誰かに救ってもらうのではなくて、 本当は自らが自らを救える教えがちゃんとしてあるのです。 自分自身が自分自身で救う道。本当に人を救う力があります。 互いに手をとり合って進んでゆける、ご縁となりますように。。
人間のご都合主義の考え方では人は救えない。 ▼61頁 ● 互いに手をとり合って進んでゆける、ご縁となりますように。。
世の中で、一番の苦しみはものと二つになること。一番の安らぎはものと一つであること。 ▼61頁 ● 互いに手をとり合って進んでゆける、ご縁となりますよ…
自分が自分に迷う。他人から救われるんじゃないんです。自分が自分の力で、自分で救うんです。それじゃから確かなんです。自分が自分で自分を救うんだから、救われたか、…
子供のことで悩んでいるという。実は「子供のこと」ではなく、「私のこと」として、自分自身が悩んでいることに気付くべきだ。 ▼58頁 ● 互いに手をとり…
人も、ものも活動体、たえず変化している。いろんなものと、一体になって生きている己。これから学ぶものなどない。今の自分を生かしきっていくだけ。 ▼58頁 …
事実とは、ただ今のことなり。今の外に、今を求むるは仮想なり。 ▼56頁 ● 互いに手をとり合って進んでゆける、ご縁となりますように。。
第10回 オンライン禅会 「Zoom」を通し、井上哲玄老師と参加者の禅会です。御老師とじっくりと対話して頂けますよう、限定10名の少人数の場となっております…
先祖の霊が迷っているという。誰が、迷っていると認めたのか。迷っているのは、生きている自分ではないのか。 ▼56頁 ● 互いに手をとり合って進んでゆける…
只管打坐というのは、今の自分の事実を言っているんです。今の自分の事実、「足が痛い」「苦しい」等、全部を只管打坐と言うんです。 ▼56頁 ● 互いに手を…
わかるとは、一切無自己にして現ずる様子がわかるのみ。 ▼54頁 ● 互いに手をとり合って進んでゆける、ご縁となりますように。。
理屈が付くだけ不徹底なのです。 ▼51頁 ● 互いに手をとり合って進んでゆける、ご縁となりますように。。
人生とは「今」、今以外にはない。 ▼51頁 ● 互いに手をとり合って進んでゆける、ご縁となりますように。。
人は、今の中に過去を立てる。「昨日は…」といって、今の中に立てる。今の中に自己を立てる。「ゴツン」、痛い!なぜ私を叩いた、と自己を立てる。 ▼49頁 …
人の言葉を正しく、そのまま聞く。探らない。裏を読まない。追わない。言葉通りに聞ける人になればよい。 ▼48頁 ● 互いに手をとり合って進んでゆける、ご…
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