大阪高裁の“医大生による性的暴行”逆転無罪に対する反対意思を表明します。無茶苦茶な判決です。賛同の署名をお願いします。【署名】大阪高裁の“医大生による性的暴行”逆転無罪に対する反対意思を表明します。【呼びかけ】
小野貴也,2023,社会を変えるスタートアップ──「就労困難者ゼロ社会」の実現,光文社.(11.25.23)著者の小野さんは、全国の就労支援事業所、企業と提携し、業務を請け負う障がい者と業務委託する企業のマッチングを最適化するプラットフォームを構築すると豪語する。夢を語る人をくさすつもりはないが、障がい者個々の能力、適性に見合った業務を企業から受注するしくみを、コンピュータのアルゴリズムに落とし込むことができるのか、はなはだ疑問に感じた。いんちきコンサル企業が好きそうな経営ポルノチックな業界用語にうんざりしつつ、社会福祉が確実に儲けるための狩り場にされているのではという疑念を払拭できなかった。重度訪問介護制度を活用した事業を展開する「土屋グループ」の高浜敏之は、自著を社員に礼賛させる程度でかわいいものだが...社会を変えるスタートアップ
13年ぶり(たぶん)に風邪をひく。仕事柄、放置しておくわけにはいかないので、休日当番病院に行き、検査と診察。検査の結果は、新型コロナウィルス、インフルエンザともに陰性。処方された風邪薬を飲んでだいぶ楽になった。むかしの風邪薬は全く効かなかった記憶しかないが、13年のあいだに医薬品の効能はずいぶんと向上したのだな。久しぶりに風邪をひく
鈴木大介,2023,ネット右翼になった父,講談社.(11.23.23)ネトウヨと化したかに思えた父親を嫌悪していた鈴木さん。父親の死後、ネトウヨ化の真相を探るべく、母親、姉、姪、(父の)知人から父親の言動について話を聞き、自らの偏見に気付く。そして、こころの中で父親と和解する。延々と綴られるモノローグにはいささか食傷したが、死んだ親へのあまりにも深い思いには感心した。社会的弱者に自己責任論をかざし、嫌韓嫌中ワードを使うようになった父。息子は言葉を失い、心を閉ざしてしまう。父はいつから、なぜ、ネット右翼になってしまったのか?父は本当にネット右翼だったのか?そもそもネトウヨの定義とは何か?保守とは何か?対話の回復を拒んだまま、末期がんの父を看取ってしまった息子は、苦悩し、煩悶する。父と家族の間にできた分断は不...ネット右翼になった父
山代巴,1958,民話を生む人々──広島の村に働く女たち,岩波書店.(11.21.23)広島県の農村に住む、家父長制家族とムラ社会の因習のなかで耐え忍び、ささやかな自由を希求する女たちの息づかいまでもが聞こえてくるような作品だ。山代さんは、中井正一のいう「あきらめ根性、みてくれ根性、ぬけがけ根性」にまみれた村人たちと対峙しながら、女たちのかすかな抵抗の意思を(だれが語ったのかわからない)「民話」に託し、女たちの連帯を促そうとする。また、本作は、1950年代、まだ日本社会に息づいていた中間集団のありようを生き生きと描き出してくれている点で、資料的価値も高い。農村にも民主主義が宣伝されて十数年。だが、果たして村の婦人達の生活は真に本音をはける明るいものになっただろうか。新生活運動の中に形態をかえておおいくる自...【名著】民話を生む人々【再読】
大貫恵佳・木村絵里子・田中大介・塚田修一・中西泰子編著,2023,ガールズ・アーバン・スタディーズ──「女子」たちの遊ぶ・つながる・生き抜く,法律文化社.(11.19.23)テーマパークだの、イルミだの、エキチカだの、「乙女ロード」だの、「遠征」だの、どーでもいいよそんなこと、いいかげんうんざりするやら、消費税抜きで3千円もする本に書くことかとムカつくやら、ダメだこりゃ。と思ってたら、第8章以降、けっこう読ませる論考があった。第7章までの思いっきり悲惨な内容から、凡才が文化を社会学することの難しさをあらためて感じた。現代の都市は、「女性」を通せばどのように見えるのか。都市において「女性をする楽しさ」や「女性をさせられる苦しさ」に焦点を合わせればいかなる視点が得られるのか。本書では、都市を生きる女性たちが「...ガールズ・アーバン・スタディーズ
齋藤純一・谷澤正嗣,2023,公共哲学入門──自由と複数性のある社会のために,NHK出版.(11.13.23)功利主義、ロールズのリベラリズム、リバタリアニズム等、各々の論点と難点とが簡潔にまとめられていて、あたまの中を整理するのに役立つ。講義録にもとづいて作成された教科書なので、読みやすい。各章の論考は短く切り詰められているので、途中で挫折することはないだろう。フェミニズムや、グローバルなレベルでの自由と責任についての論究がなされているのも評価できる。「支配と抑圧を免れた生」を保障する。余裕が失われ、「自分ファースト」が浸透していく時代に「公共的なもの」について考えることの意味は何か?本書は、皆が自らの価値をそれぞれ追求する「自由」と、そこから必然的に生じる「複数性」を最重要視し、これからを保障する制度...公共哲学入門
國分功一郎,2023,目的への抵抗(シリーズ哲学講話),新潮社.(11.10.23)行為が、つねにある目的のための手段と化すとき、生きることの意味はことごとく失われる。人間を人間たらしめる文化とは、たんに必要を充たすことからの自由であり、過剰である。これらの命題は、通常、社会学の基礎として語られるものであるように思うが、本書では、コロナ禍での外出規制へのアガンベンの異議申し立てを糸口に、目的合理性(手段的合理性)のみに拘泥する価値規範への批判と、自由の意味の探求を展開する。講話の内容をもとにしただけにわかりやすい。議論の展開が巧みなのはさすがである。自由は目的に抵抗する。そこにこそ人間の自由がある。にもかかわらず我々は「目的」に縛られ、大切なものを見失いつつあるのではないか―。コロナ危機以降の世界に対して...目的への抵抗
落合恵美子,2023,親密圏と公共圏の社会学──ケアの20世紀体制を超えて,有斐閣.(11.6.23)既婚女性が家内で家事・育児・介護労働に専念する性別役割分業が、日本社会の伝統としてあったわけではなく。高度経済成長により、第一次人口転換(多産多死から少産少死)と第二次人口転換(超少子化)との間に成立した一時的な現象に過ぎないことはいまや常識だろうが、この常識の定着に落合さんの近代家族論が果たした役割は小さくないのだろう。しかしながら、1979年に自民党が提唱した「日本型福祉社会」の構想や、1985年に成立した「第3号被保険者」制度(による年収130万円以下の既婚女性への国民基礎年金受給資格付与)にみられる、日本の近代家族をめぐる誤謬、錯誤、幻想が、その後の日本経済の長期後退を帰結したこともまた、本書で指...親密圏と公共圏の社会学
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大阪高裁の“医大生による性的暴行”逆転無罪に対する反対意思を表明します。無茶苦茶な判決です。賛同の署名をお願いします。【署名】大阪高裁の“医大生による性的暴行”逆転無罪に対する反対意思を表明します。【呼びかけ】
桐野夏生,2023,真珠とダイヤモンド上・下,毎日新聞出版.(12.20.24)上1986年春。二人の女が福岡の証券会社で出会った。一人は短大卒の小島佳那、もう一人は高卒の伊東水矢子。貧しい家庭に生まれ育った二人は、それぞれ2年後に東京に出ていく夢を温めていた。野心を隠さず、なりふり構わずふるまう同期、望月昭平に見込まれた佳那は、ある出来事を契機に彼と結託し、マネーゲームの渦に身を投じていく。下時代はバブル全盛に。東京本社に栄転が決まった望月と結婚した佳那は、ヤクザの山鼻の愛人・美蘭のてほどきで瞬く間に贅沢な暮らしに染まっていく。一方の水矢子は不首尾に終わった受験の余波で、思いがけない流転の生活がスタートする。そして、バブルに陰りが見え始めた頃、若者たちの運命が狂い出す…。冒頭、主人公の一人でホームレスの...真珠とダイヤモンド上・下
桐野夏生,200,魂萌え!上・下,新潮社.(12.19.24)夫が突然、逝ってしまった。残された妻、敏子は59歳。まだ老いてはいないと思う。だが、この先、身体も精神も衰えていく不安を、いったいどうしたらいい。しかも、真面目だった亡夫に愛人だなんて。成人した息子と娘は遺産相続で勝手を言って相談もできない。「平凡な主婦」が直面せざるを得なくなったリアルな現実。もう「妻」でも「母」でもない彼女に、未知なる第二の人生の幕が開く。夫の愛人と修羅場を演じるなんて、これが自分の人生なのか。こんなにも荒々しい女が自分なのか。カプセルホテルへのプチ家出も、「あなたをもっと知りたい」と囁く男との逢瀬も、敏子の戸惑いを消しはしない。人はいくら歳を重ねても、一人で驚きと悩みに向き合うのだ。「老い方」に答えなんて、ない。やっぱり、...魂萌え!上・下
上野千鶴子・小倉千加子・富岡多恵子,1997,男流文学論,筑摩書房.(12.18.24)吉行淳之介、島尾敏雄、谷崎潤一郎、小島信夫、村上春樹、三島由紀夫ら、6人の「男流」作家の作品とそれらをめぐる評論を、当世“札付き”の関西女3人が、バッタバッタと叩き斬る!刊行当初から話題騒然となり、「痛快!よくぞいってくれた。胸がスッとした。」「こんなものは文芸論じゃないっ!」など、賛否両論、すさまじい論議を呼び起こしたエポックメーキングな鼎談。面白さ保証付。若いときからいだいてきた、男性作家が描く女性のセクシュアリティに対する違和感を、本書が見事に言語化してくれたことを思い起こす。そんな女、いねえよ男性作家が自らと女性という他者のセクシュアリティを描くとすれば、生殖を可能とするために創り上げられた奇妙奇天烈な性的ファ...【旧作】男流文学論【斜め読み】
宮台真司・藤井誠二・内藤朝雄,2002,学校が自由になる日,雲母書房.(12.17.24)「理不尽さ」に覆われた学校システムと、学校共同体主義者による見えざる内面支配を解除し、自由な学校・自由な社会を実現するためのプログラムを大胆に提言する。「リベラリズム教育論」の決定版。崇高なる国家共同体であれ、ノリと空気に支配された学校の教室空間共同体であれ、個人の自由を圧殺することに変わりはない。いじめや理不尽な校則に象徴される学校空間の不自由から脱却するにはどうしたら良いのか、リベラリズムを擁護しつつ議論が展開されている。内藤さんの「学校リベラリスト宣言」は、『いじめの構造──なぜ人が怪物になるのか』所収の論考とほぼ同一の内容。目次学校の何が問題なのか二つの尊厳観日本的メンタリティの構造ほか少年犯罪と新少年法「コ...学校が自由になる日
内藤朝雄,2009,いじめの構造──なぜ人が怪物になるのか,講談社.(12.16.24)人間が「怪物」になるいじめは、なぜ生じ、蔓延するのか?いじめ論で注目を集める研究者が、そのメカニズムを語り尽くす。いじめに興ずる中学生たちに、個人の尊厳や人権を説いても無駄である。彼ら、彼女らは、法の外にある祝祭空間、ノリの世界のなかで、ノラない、ノリが悪い、場の空気を損なう対象を、いじめ尽くす。「悪い」とは、規範の準拠点としてのみんなのノリの側から「浮いている」とかムカツクといったふうに位置づけられることだ。自分たちのノリを外した、あるいは踏みにじったと感じられ、「みんな」の反感と憎しみの対象になるといったことが、「悪い」ことである。「みんなから浮いて」いる者は「悪い」。「みんな」と同じ感情連鎖にまじわって表情や身振...いじめの構造──なぜ人が怪物になるのか
諸富祥彦,2005,生きるのがつらい。──「一億総うつ時代」の心理学,平凡社.(12.15.24)この国の年間自殺者はもう何年も三万人を超えている。誰もが自分は「軽うつ」ではないかと疑いはじめている。この時代には確かに、私たちの生きる意欲を奪う何かがある。生きるのがつらい。もう、前向きになんか生きられない。そんな閉塞感が漂う世の中で、自分の苦しみにうまく対処し、身近な人と支えあいながら生きていくには、どうすればいいのか。反ポジティブシンキングの思想で語る、「一億総うつ時代」の心の処方箋。生きづらさをもたらす社会的経済的要因を考えずに、「気はもちよう」を地で行くだけの心理操作はいただけないが、諸富さんが推奨する「脱同一化」は、たしかに有効な方法であるように思う。生きていくためには、いろいろなスキルが必要です...【旧作】生きるのがつらい。──「一億総うつ時代」の心理学、生きづらい時代の幸福論──9人の偉大な心理学者の教え【斜め読み】
桐野夏生,2014,緑の毒,KADOKAWA.(12.15.24)39歳の開業医・川辺。妻は勤務医。一見満ち足りているが、その内面には浮気する妻への嫉妬と研究者や勤務医へのコンプレックスが充満し、水曜の夜ごと昏睡レイプを繰り返している。一方、被害者女性たちは二次被害への恐怖から口を閉ざしていたがネットを通じて奇跡的に繋がり合い、川辺に迫っていく―。底なしの邪心の蠢きと破壊された女性たちの痛みと闘いを描く衝撃作。文庫オリジナルのエピローグを収録。本書の読みどころは、人間の卑小、卑劣さを一身に体現したかのような、連続レイプ魔、サイコパスの開業医、川辺の人物造形にあるだろうな。最後は極悪人が成敗されるという安心のオチであるが、ストーリーよりも、一人ひとりの体温さえも感じさせる、登場人物の心象風景の細やかな描写が...緑の毒
桐野夏生,2013,ハピネス,光文社.(12.13.24)結婚は打算から始まり、見栄の衣をまとった。憧れのタワーマンションに暮らす若い母親。おしゃれなママたちのグループに入るが、隠していることがいくつもあった。お互いのことを、「○○ママ」と呼び合う、ママ友カーストが気色悪いことこの上ない。見栄の張り合いにうつつを抜かす子持ち専業主婦たちのどす黒い心象風景が印象に残る。人間の醜悪な、微に入り細を穿つ心象風景を描くことについては、おおよそ桐野さんの独擅場である。桐野夏生,2015,抱く女,新潮社.(12.13.24)「抱かれる女から抱く女へ」とスローガンが叫ばれ、連合赤軍事件が起き、不穏な風が吹き荒れる七〇年代。二十歳の女子大生・直子は、社会に傷つき反発しながらも、ウーマンリブや学生運動には違和感を覚えていた...ハピネス、抱く女
ふと、思いついて、USBDACをパワーアンプに直結してみたら、音が激変。(通算二度目)一つ一つの音がよりクリアに、微粒子がふわーっと広がっていくかのような(どんなんやねん)音場に変わった。プライマーのプリアンプはクローゼットにしまった。オーディオセットがこれまた一段とシンプルになった。 で、久しぶりに、『YellowMagicChildren〜40年後のYMOの遺伝子』を聴く。YMC "YellowMagicChildren#01"LIVEMOVIE[DIGEST]やばい、やはり、巧い、巧すぎる。アンドロイドが弾いているかのような、正確無比なベースラインが心地よい。DAOKOの「在広東少年」、最高やな。夢見心地になる万華鏡のような音世界(どんなんやねん)に浸る。トム・ヨークの福岡公演に行かなかったのが悔や...DACとパワーアンプを直結しYellowMagicChildren聴いて悶絶する
越田順子,2017,毒母育ちの私が家族のしがらみを棄てるまで,彩図社.(12.12.24)子どもの頃から「妹なんだから我慢しなさい」と言われ続け、新婚生活も初めから母と同居、母との葛藤に気づかず味方になってくれなかった夫と別れることになった。母は私がいないと生きていけないと言ったから、母に尽くすことにした。望まれるがままに母と暮らすための家も建てた。給料もほとんど渡してきた。それなのに、母は遺言に、私が渡したお金で貯めた貯金を姉に渡すと書いた。私がやってきたことはすべて勝手にやったことだから自己責任だと言った。気がついたとき、私はもう子どもも産めない歳になっていた。私はなんのために生きてきたのだろう…。娘の生を否定し、娘婿を娘から奪って、あまつさえ娘の収入と資産を奪い尽くす毒母。不思議なのは、越田さんが、...毒母育ちの私が家族のしがらみを棄てるまで
小島慶子,2015,わたしの神様,幻冬舎.(12.11.24)TV局の「女子アナ」三人のあいだの、嫉妬、怨恨、憎悪を描く長編小説。小島さんがかつて身を置いていた世界であるだけに、人物造形がとてもリアルに仕上がっている。ここまで人間の卑小さ、意地汚さを描き尽くしたのは、お見事と言うほかない。なかなかにエグい。わたしの神様
牛島定信,2012,パーソナリティ障害とは何か,講談社.(12.11.24)境界性、自己愛性、反社会性……。私たちはパーソナリティ障害とどう向き合うべきか。第一人者が豊富な症例をもとにその本質に迫る。「見捨てられ不安」を抱く境界性、尊大さの背後に別の人間像を隠し持つ自己愛性、「恥の心理」を抱える回避性……。精神科臨床の最前線に立つ著者が、豊富な症例をもとに、現代の病ともいえるパーソナリティ障害の心理構造から周囲の接し方まで丁寧に紹介する一冊。本書では、スキゾイド、サイクロイド、妄想性、反社会性、境界性、自己愛性、回避性、強迫性、演技性、以上のパーソナリティ障がいが取り上げられている。なかでも、境界性パーソナリティ障がいについては、たいへん興味深かった。境界性パーソナリティ障害の特徴として、まず挙げておかね...パーソナリティ障害とは何か
懸田克躬,1965,病的性格,中央公論新社.(12.11.24)取り扱う概念も学説も、さすがに古くなってしまっているのは否めないが、今日の、パーソナリティ障がいの概念体系に接続されるコンセプトの元型が提示されていて、なかなか興味深かった。それから、使用する言葉と文体が、非常に美しい。文学的素養を備えた精神科医の分析を読むのは、実に心地よい。【旧作】病的性格【斜め読み】
金完燮(李幸子訳),2002,娼婦論,日本文芸社.(12.10.24)ベストセラー『親日派のための弁明』の著者が語る韓国人女性を激怒させた問題の女性論。訳文がひどいのはおいておくとして、この金完燮という人、いまでいう「炎上商法」を旨とする作家なのか、いろいろと暴言がひどい。オヤジに囲われた水商売女も、夫に経済的に依存する既婚女も、不得意多数の客を相手にする売春女と変わらぬ娼婦である──この点については同意する。あるいはある男性が、すごく美しい娼婦に惚れて、彼女にアパートを買ってあげ、また毎月の生活費もまかない、ただ自分だけ利用することができる「専属娼婦」にしたら、これも法律には抵触しない。このようなケースでは、男性や女性が既婚者ならば、まだ姦通罪で処罰することができる場合があるが、おたがいが未婚ならばなん...娼婦論
田島治,2008,社会不安障害──社交恐怖の病理を解く,筑摩書房.(12.10.24)人間にとって不安とは身近なものである。しかし、それが度を越え、日常生活に支障をきたすまでになった場合、不安障害の可能性が出てくる。とりわけ現代においては、「社会不安障害」(SAD)と呼ばれるものが最も多く、対人恐怖がその症状の典型として現れる。本書は、具体的な症例を紹介しながら、病気としての登場の経緯、治療にあたっての留意点、薬に関する知識などを解説し、この病に悩む人々への一助を提供しようとするものだ。社会不安障がいは、ASDやADHDと同様、サービス経済化が進行し、他者とのコミュニケーションが欠かせぬ職業が増加するとともに顕在化したものであろう。新たな疾病なり障がいなりがつくり出され、効能があるとされる薬剤が濫用される...【旧作】社会不安障害──社交恐怖の病理を解く【斜め読み】
河野貴代美,2006,わたしって共依存?,日本放送出版協会.(12.9.24)恋人、友達、家族…誰かのそばから離れられない自分を「依存症」ではないかと不安に思っているアナタへ。親密な関係は、苦しくもあたたかいもの。人に頼り・頼られることのススメ。相手に依存されることで承認欲求が充たされ、自らに依存する相手がなくてはならない存在になる。それが、共依存である。相手が、アルコール、薬物、ギャンブル等の依存症者である場合、依存症ゆえのトラブルに対処することで、依存症者は嗜癖の泥沼から抜け出すすべを失う。依存症の様態によっては、自らも相手と一緒に、生活や人生の破綻の憂き目に合う。自己は他者との関係性のなかでしか存在しえないわけであるから、依存されることに依存する、依存することに依存される関係を断ち切ることは難しい。...【旧作】わたしって共依存?【斜め読み】
原田隆之,2019,痴漢外来──性犯罪と闘う科学,筑摩書房.(12.8.24)痴漢は犯罪であり、同時にその一部は「性的依存症」という病気でもある。東京都心のとある精神科クリニックで開かれる、通称「痴漢外来」。ここでは性的依存症の「治療」プログラムによって、通常30%台と言われる痴漢の再犯率を3%にまで抑えている。痴漢行為を行うのは、どんな人なのか。彼らに共通する「認知のゆがみ」とはなにか。どうすれば痴漢をやめさせることができるのか。最新の研究成果に基づき、痴漢をはじめとする性犯罪・性的問題行動の実態に迫る。窃触(痴漢)、盗撮といった性犯罪は、歪んだ性欲の発露に端を発する、「やめるにやめられない」、一種の強迫神経症の現れであり、まぎれもない依存症──プロセス依存、行為依存の病気である。もちろん、病気だからと...痴漢外来──性犯罪と闘う科学
長田美穂,2006,問題少女──生と死のボーダーラインで揺れた,PHP研究所.(12.7.24)リストカット、万引き、売春、フーゾク――。境界性人格障害(ボーダーライン)と診断された彼女の死から見えてきたものとはなにか。生と死。正常と異常。自分の外側と内側。人間は、つねにその境界線(ボーダーライン)を揺れ動く。リストカット、摂食障害、薬物依存、セックス依存……。つい境界線を越えてしまうことが、どの人にも起こりうる時代になった。そういった問題ごとが、もう他人ごととはいえない時代になった。本書は、女性ジャーナストが長年追い続けた「問題少女」の観察記録である。彼女・レイカは、鬱病とも境界性人格障害(ボーダーライン)とも診断されていた。だが、著者・長田との関係、つまり取材する者とされる者の関係をこえ、「友人」とし...問題少女──生と死のボーダーラインで揺れた
桐野夏生,2014,夜また夜の深い夜,幻冬舎.(12.6.24)私は何者?私の居場所は、どこかにあるの?どんな罪を犯したのか。本当の名前は何なのか。整形を繰り返し隠れ暮らす母の秘密を知りたい。魂の疾走を描き切った、苛烈な現代サバイバル小説。奇想天外なストーリーではあるが、そこはファンタジー小説と割り切って読めば、ぐいぐいと物語世界に引き込まれ、一気読みしてしまうことだろう。主人公の舞子とエリス、アナとのシスターフッドが印象に残る。桐野夏生「夜また夜の深い夜」書評心の闇を癒やす不幸また不幸夜また夜の深い夜
加藤真規子,2009,精神障害のある人々の自立生活──当事者ソーシャルワーカーの可能性,現代書館.(12.19.23)本書は、桃山学院大学に提出された博士論文に、修正を加え、加筆したものである。慣れない学術論文を執筆する苦労があったのだろう、お世辞にも文章が巧いとは言えず、読みにくい。それでも、自らも精神を病んだ経験をもつ加藤さんは、精神障害当事者のピアカウンセリングの経験と、当事者の語りを生かして、懸命に当事者本位のソーシャルワークのあり方を模索する。精神障害当事者は、典型的なサバルタン(自らを語る言葉を奪われた人々)であり、当事者の語りをひきだしそれを書物に再現したことの意義は大きい。【旧作】精神障害のある人々の自立生活【再読】
安丸良夫,1999,日本の近代化と民衆思想,平凡社.(12.10.23)勤勉、倹約、質素、正直等を旨とする「通俗道徳」が、いかにして農民層に定着したか、古文書を駆使して明らかにする。「通俗道徳」は、貧困の原因を勤勉、倹約等の徳目の欠如にもとめるため、一方で、厳しい自己責任の論理、他方で、当時の支配者層の免責へとつながった。あらためて、「通俗道徳」とネオリベラリズムの心性との親和性を再認識した。生活保護受給者を侮蔑し、徹底的に排除しようとする心性は、いまになって現れたものではない。本書が「平凡社ライブラリー」に加えられて24年。いまだに絶版にならずに読まれ続けていることからも、時代に棹さす本書の価値が色あせていないことがわかる。近代の思想史的系譜を探る。幕末から明治期の百姓一揆や新興宗教の史料を博捜し、日本...【名著】日本の近代化と民衆思想【再読】
上杉聰,2008,天皇制と部落差別──権力と穢れ,解放出版社.(12.5.23)「万世一系」の血縁幻想により正統化されてきた天皇制が、一方で、被差別部落出身者への属人的差別を正統化してきたことは、直観的に想起できるが、上杉さんは、部落差別の起源を丹念に歴史資料を読みこなして検討し、最終章で、皇位継承問題における男系至上主義の欺瞞を指摘する。ただし、「天皇制と部落差別」それ自体についての論及は乏しい。一連の議論をとおして浮かび上がるのは、天皇崇拝と部落差別に通底する血縁幻想の理不尽さである。部落を「社会外」として再構成した著者が、いま「天皇制と部落差別」の歴史を解きあかす!「差別の歴史をつくるのは誰か?」の難問―「権力」か「民衆」、それとも「ケガレ」か―を解く。目次第1章天皇制と部落差別の歴史第2章歴史にお...【旧作】天皇制と部落差別【再読】
若林正恭,2021,ナナメの夕暮れ,文藝春秋.(12.4.23)わたしはTVが大嫌いで実際に見ることはない。そのTVの売れっ子芸人らしいオードリーの若林さんのことも当然知らないし知ろうとも思わない。それでも、このエッセイ集には大いに共感した。子どものころから自らが生きる世界や他者への強烈な反発、違和感を持ち続けてきたのは自分と同じ、それでも加齢とともにとんがった部分がやや削れて丸くなり、反発や違和感をやり過ごすこともできるようになる。それでいて、つまらない大人になりきってしまうわけでもなく、ときには世界のなかでの居心地の悪さに煩悶し自問自答を繰り返す。そうそう、そこいらへんのバランス感覚がだいじだよね、と共感しながら楽しめる作品だ。恥ずかしくてスタバで「グランデ」を頼めない。ゴルフに興じるおっさんはクソだ...ナナメの夕暮れ
木村友祐,2023,幼な子の聖戦,集英社.(12.3.23)話題となった小説だけに、多少は期待して読んだのだが、ちょっとこれは厳しい。表題作は、東北の寒村の村長選挙をめぐるドタバタ劇であるが、人間のクズとしか言いようがない主人公の人物造形がもっと醜悪で、結末がさらに救いようのないものであれば、もう少し楽しめたように思う。併録された「天空の絵描きたち」は、表題作より良かった。ストーリー展開の疾走感ともども、人間にとっての職業の意味を問い直す内容になっているのが評価できる。第162回芥川賞候補作「幼な子の聖戦」と、ビルの窓拭きを描いた話題作「天空の絵描きたち」を収録。「幼な子の聖戦」――東京で疎外感を味わい、信じかけた新興宗教にも失望し、史郎は故郷に戻って村議となる。幼なじみの仁吾が村長選に立候補すると、改革...幼な子の聖戦
上野千鶴子,2023,上野千鶴子がもっと文学を社会学する,光文社.(12.1.23)初出は、文庫本の解説など。歳をとられてずいぶんと筆致はやわらかくなったが、なるほどそんな読み方があったのかと気付かせてくれるひらめきは衰えを感じさせない。最良の読書案内としても使えるので、おすすめである。著者の生き延びるための読み解き術にかかると、何より面白く痛快で、世の中のカラクリがわかる。凡百のグルメ本を超えた最強のフェミ本、春画研究での江戸のセクシュアリテイ、林真理子や川上未映子の小説から「介護」と「出産」、男のフェミニズムなどを題材に、読んで役立つ分析力に唸る快著。目次(抜粋)1家族はどこからどこへ食を切り口にした鮮やかな戦後女性史どぶろくと女への二千年の愛と怒り2女はどう生きるのか女ひとり寿司は最後の秘境喪失のあ...上野千鶴子がもっと文学を社会学する
小野貴也,2023,社会を変えるスタートアップ──「就労困難者ゼロ社会」の実現,光文社.(11.25.23)著者の小野さんは、全国の就労支援事業所、企業と提携し、業務を請け負う障がい者と業務委託する企業のマッチングを最適化するプラットフォームを構築すると豪語する。夢を語る人をくさすつもりはないが、障がい者個々の能力、適性に見合った業務を企業から受注するしくみを、コンピュータのアルゴリズムに落とし込むことができるのか、はなはだ疑問に感じた。いんちきコンサル企業が好きそうな経営ポルノチックな業界用語にうんざりしつつ、社会福祉が確実に儲けるための狩り場にされているのではという疑念を払拭できなかった。重度訪問介護制度を活用した事業を展開する「土屋グループ」の高浜敏之は、自著を社員に礼賛させる程度でかわいいものだが...社会を変えるスタートアップ
13年ぶり(たぶん)に風邪をひく。仕事柄、放置しておくわけにはいかないので、休日当番病院に行き、検査と診察。検査の結果は、新型コロナウィルス、インフルエンザともに陰性。処方された風邪薬を飲んでだいぶ楽になった。むかしの風邪薬は全く効かなかった記憶しかないが、13年のあいだに医薬品の効能はずいぶんと向上したのだな。久しぶりに風邪をひく
鈴木大介,2023,ネット右翼になった父,講談社.(11.23.23)ネトウヨと化したかに思えた父親を嫌悪していた鈴木さん。父親の死後、ネトウヨ化の真相を探るべく、母親、姉、姪、(父の)知人から父親の言動について話を聞き、自らの偏見に気付く。そして、こころの中で父親と和解する。延々と綴られるモノローグにはいささか食傷したが、死んだ親へのあまりにも深い思いには感心した。社会的弱者に自己責任論をかざし、嫌韓嫌中ワードを使うようになった父。息子は言葉を失い、心を閉ざしてしまう。父はいつから、なぜ、ネット右翼になってしまったのか?父は本当にネット右翼だったのか?そもそもネトウヨの定義とは何か?保守とは何か?対話の回復を拒んだまま、末期がんの父を看取ってしまった息子は、苦悩し、煩悶する。父と家族の間にできた分断は不...ネット右翼になった父
山代巴,1958,民話を生む人々──広島の村に働く女たち,岩波書店.(11.21.23)広島県の農村に住む、家父長制家族とムラ社会の因習のなかで耐え忍び、ささやかな自由を希求する女たちの息づかいまでもが聞こえてくるような作品だ。山代さんは、中井正一のいう「あきらめ根性、みてくれ根性、ぬけがけ根性」にまみれた村人たちと対峙しながら、女たちのかすかな抵抗の意思を(だれが語ったのかわからない)「民話」に託し、女たちの連帯を促そうとする。また、本作は、1950年代、まだ日本社会に息づいていた中間集団のありようを生き生きと描き出してくれている点で、資料的価値も高い。農村にも民主主義が宣伝されて十数年。だが、果たして村の婦人達の生活は真に本音をはける明るいものになっただろうか。新生活運動の中に形態をかえておおいくる自...【名著】民話を生む人々【再読】
大貫恵佳・木村絵里子・田中大介・塚田修一・中西泰子編著,2023,ガールズ・アーバン・スタディーズ──「女子」たちの遊ぶ・つながる・生き抜く,法律文化社.(11.19.23)テーマパークだの、イルミだの、エキチカだの、「乙女ロード」だの、「遠征」だの、どーでもいいよそんなこと、いいかげんうんざりするやら、消費税抜きで3千円もする本に書くことかとムカつくやら、ダメだこりゃ。と思ってたら、第8章以降、けっこう読ませる論考があった。第7章までの思いっきり悲惨な内容から、凡才が文化を社会学することの難しさをあらためて感じた。現代の都市は、「女性」を通せばどのように見えるのか。都市において「女性をする楽しさ」や「女性をさせられる苦しさ」に焦点を合わせればいかなる視点が得られるのか。本書では、都市を生きる女性たちが「...ガールズ・アーバン・スタディーズ
齋藤純一・谷澤正嗣,2023,公共哲学入門──自由と複数性のある社会のために,NHK出版.(11.13.23)功利主義、ロールズのリベラリズム、リバタリアニズム等、各々の論点と難点とが簡潔にまとめられていて、あたまの中を整理するのに役立つ。講義録にもとづいて作成された教科書なので、読みやすい。各章の論考は短く切り詰められているので、途中で挫折することはないだろう。フェミニズムや、グローバルなレベルでの自由と責任についての論究がなされているのも評価できる。「支配と抑圧を免れた生」を保障する。余裕が失われ、「自分ファースト」が浸透していく時代に「公共的なもの」について考えることの意味は何か?本書は、皆が自らの価値をそれぞれ追求する「自由」と、そこから必然的に生じる「複数性」を最重要視し、これからを保障する制度...公共哲学入門
國分功一郎,2023,目的への抵抗(シリーズ哲学講話),新潮社.(11.10.23)行為が、つねにある目的のための手段と化すとき、生きることの意味はことごとく失われる。人間を人間たらしめる文化とは、たんに必要を充たすことからの自由であり、過剰である。これらの命題は、通常、社会学の基礎として語られるものであるように思うが、本書では、コロナ禍での外出規制へのアガンベンの異議申し立てを糸口に、目的合理性(手段的合理性)のみに拘泥する価値規範への批判と、自由の意味の探求を展開する。講話の内容をもとにしただけにわかりやすい。議論の展開が巧みなのはさすがである。自由は目的に抵抗する。そこにこそ人間の自由がある。にもかかわらず我々は「目的」に縛られ、大切なものを見失いつつあるのではないか―。コロナ危機以降の世界に対して...目的への抵抗
落合恵美子,2023,親密圏と公共圏の社会学──ケアの20世紀体制を超えて,有斐閣.(11.6.23)既婚女性が家内で家事・育児・介護労働に専念する性別役割分業が、日本社会の伝統としてあったわけではなく。高度経済成長により、第一次人口転換(多産多死から少産少死)と第二次人口転換(超少子化)との間に成立した一時的な現象に過ぎないことはいまや常識だろうが、この常識の定着に落合さんの近代家族論が果たした役割は小さくないのだろう。しかしながら、1979年に自民党が提唱した「日本型福祉社会」の構想や、1985年に成立した「第3号被保険者」制度(による年収130万円以下の既婚女性への国民基礎年金受給資格付与)にみられる、日本の近代家族をめぐる誤謬、錯誤、幻想が、その後の日本経済の長期後退を帰結したこともまた、本書で指...親密圏と公共圏の社会学
平井晶子・中島満大・中里英樹・森本一彦・落合恵美子編著,2023,<わたし>から始まる社会学──家族とジェンダーから歴史、そして世界へ,有斐閣.(10.29.23)落合恵美子さんの京都大学退官記念論文集。近代家族論と歴史人口学を中心に、落合さんの多彩な研究領域を反映し、落合社会学の薫陶を受けた著者たちの研究テーマもとても多彩だ。落合さんの、私的な問題意識を一般化、普遍化させる手腕が、見田宗介の「一点を突破し全面展開せよ」という助言の後押しを受けて初めて開花したことや、高橋徹や森岡清美とのエピソードなどが興味深い。パーソナルイズポリティカル!自分の中の「なんで?」から始めて、その問いに潜む社会の特性を考える。個人的なことが社会的なことにつながる、その面白みを味わいながら、歴史や比較といった社会学の射程の広さ...<わたし>から始まる社会学
原田ひ香,2022,DRY,光文社.(10.22.23)貧困、暴力、虐待、堕落、絶望等を描くフィクションの醍醐味は、究極の悲惨さ、残酷さを安心して楽しめる点にあると思うので、初老の女が母親を刺したりとか、誘拐して介護した認知症の老人を、死後、体液を抜き内臓を取り出してミイラにするとか、けっこう読みどころはあった。しかし、究極のエグさを堪能させてくれる桐野夏生ワールドを知る者としては、いまひとつ物足りなさを感じてしまう。離婚し子供たちと引き離され、金銭的に困窮した藍は、祖母と母のいる実家に戻る。生活力もなく喧嘩の絶えない藍たちに手を差し伸べたのは、隣に住む美代子だった。祖父を介護して暮らしているという美代子に助けられ親しくなるうち、彼女のある秘密が知れる…。貧困、ケア、孤独。背負わされる業と役割に、女たちは...DRY
上野谷加代子・松端克文・永田祐編著,2019,よくわかる地域福祉(新版),ミネルヴァ書房.(10.21.23)地域福祉は、いわゆる社会福祉基礎構造改革により、社会福祉の諸サービスが、市町村の圏域内において、市町村地域福祉計画にもとづき、行政機関、社協、社会福祉施設および居宅介護事業所、社会的企業、病院、NPO等の協働により、住民参加を得ながら供給されるしくみであるが、「地域包括ケア」ともども、1979年に自民党により提唱された「日本型福祉」のたんなる焼き直しであることは否めず、法制度という「容器」だけが整備され、肝心の中身が貧弱である状況は現在でも変わっていない。本書のような入門書でも、その、やたら立派な(地域福祉関連の)法制度という「容器」の異様さと中身の乏しさに気付かされる。国家が、地方交付税等により...よくわかる地域福祉(新版)
木下光生,2017,貧困と自己責任の近世日本史,人文書院.(10.15.23)近世農村に生きた人々の生活を再現すべく、歴史資料を丹念に読み込み、数々の通説をくつがえしてくれるたいへんな労作。なにより印象深いのが、身上をつぶし困窮した農民には、村落が、家族・親族間、次いで五人組内での扶養、扶助をもとめ、また村落として扶助する以前に「乞食」として生きることを強い、村落で扶助するにあたっては扶助される者に恥辱を与え生活を監視することまで行っていた、以上の点である。「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」とする民法877条の存在や、生活困窮者の生存権保障を支持せず、生活保護受給者を侮蔑し、受給者の私生活を監視することさえよしとする国民世論が、なにに由来するものなのか、目を開かされた思いだ。「(前略)...貧困と自己責任の近世日本史
安立清史,2023,福祉の起原,弦書房.(10.14.23)『銀河鉄道の夜』や『千と千尋の神隠し』の解題はおもしろかったのだが、「プラハの春」における旧チェコスロバキアの人々の非暴力的抵抗と「福祉」がどう結びつくのか、よくわからなかった。「戦争」と「福祉」にまつわる軽い読み物としては上出来の内容ではなかろうか。戦争と福祉。新たな「起原」は何度もやってくる。その可能性をつかみ直す。目次序章ゴーギャンの三つの問い第1章「福祉の起原」―起源と起原起原をめぐる問い―なぜ「歴史」ではなく「起原」なのか「福祉」の語源をさかのぼる「福祉」を定義する二つの方法―エスピン=アンデルセンの『福祉資本主義の三つの世界』をめぐって介護と福祉の社会化はどこへ向かうか―「宅老所よりあい・よりあいの森」から考える第2章戦うことと戦う「...福祉の起原
大西康之,2022,流山がすごい,新潮社.(10.7.23)西の明石、東の流山。明石市が、泉房穂(元)市長主導で住民福祉の著しい向上をはかったのに対し、流山市は、市長が「送迎保育ステーション」の設置をはじめとした斬新な子育て支援を行ったうえで、流入してきた、新規来住者の市政参画と起業とによって、存分に民間活力を生かしたまちづくりを行ってきた。また、流山は、明石と異なり、膨大な東京都市圏人口を擁するがゆえに、住民福祉の向上と並行して民間企業の大規模な投資と開発が可能となった希有な都市といえる。地方都市は、やはり、明石をモデルとすべきであろう。「母になるなら、流山市。」のキャッチコピーで、6年連続人口増加率全国トップ―。かつては数多ある東京のベッドタウンの一つにすぎなかった千葉県流山市がいま、脚光を浴びている...流山がすごい