花は咲いたか 実はまだかいな?緑色の実がなってると思って買った枝物、花が咲き始めてることに、さっき気づいてびっくりしましたアオモジっていう花らしい。
好事(こうじ)、無きにしかずと読みます。好い事を人は求めます。何か大きな幸せがあれば、何か大きな成功があれば…そうしているうちに、心は今この瞬間を離れて別の何かを求め続けます。
万年筆デビューしました(^ ^)初心者向けとして紹介されていたパイロットのコクーンです。書き味は滑らかで長時間書いても疲れず、こんなに素晴らしいならもっと早く万年筆にしておけば良かったと思いました。
8月24日19時、地蔵盆の法要を厳修しました。檀家様の家内安全、福寿増長、災禍不興、吉祥随意、所願成就また延命地蔵菩薩経により、八大恐を除き、特に風雨随時とあるように台風被害の少なく安寧なることを祈りました。
昨日の深夜ですが、鈴鹿川の橋を渡っているとバシャバシャと音がしたので、見てみるとなんと、鹿!!これには驚きました。かなり下流で街も近いので鹿を見ることなんてありません。
純白の白い机汚れなき白は僕の心も洗う机を白くしてみました。新しく買ったわけではなく、前にあった机に壁紙の白を貼ったのです。
今日は弘法縁日です。毎月21日は弘法大師ご入定の日(3月21日)の縁日として、法蔵寺でも本堂の外から内陣の弘法大師様にお参り頂けます。
ゲームにハマってしまって…めっちゃ面白いんです。とにかく中毒性がすごい。どこの、どんなゲームかは伏せておきます。なぜならあまりにハマりすぎて、仕事に影響がでてきてしまったからです。
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花は咲いたか 実はまだかいな?緑色の実がなってると思って買った枝物、花が咲き始めてることに、さっき気づいてびっくりしましたアオモジっていう花らしい。
2月15日、中村哲さんの映画「荒野に希望の灯をともす」の上映会にスタッフとして参加させて頂きましたが、大盛況で終わった後も充実感がありました。
ずいぶん仰々しいタイトルですが、私が大学生の時の卒論のタイトルが「金剛般若経における菩薩の考察」でした。
平和の為にいったい自分が何ができるのか問われる映画です映画「荒野に希望の灯をともす」の上映会を2月15日(土)に三重県津市にて実施します。参加希望の方は前売り券をお渡ししますのでぜひご連絡ください。
新年明けましておめでとうございます。旧年中はお世話になりました。今年もどうぞよろしくお願いします。令和7年が私にとって、やっと少し水面に出れるかなぁという予感のする年です。
仏様は見ている。これは本当の話。だから、誰に評価されなくても、自分に自信がもてなくても、一歩、また一歩と歩を進めている時に、ハッと気づく時がくる。
来年の1月15日に大般若祈祷で使う祈祷札を今年も手作りで作成しました。
禅の修行をするとコップの裏側が見えるんだよ…修行時代に尊敬する先輩僧侶から言われた言葉です。正直今でもその意味するところは完全には分かりませんが、例えばキュピズムというのは、一つの絵の中に多角的な視点が同時に入っていると言います。
釈迦如来真言:ナウマク・サマンダボダナン・ボク初七日 初江王古代インド(BC:655~ 諸説あり)にゴータマ・シッダルータとしてシャカ族の王家に生まれ悟りを開いて仏の教えを説いたいわゆるお釈迦さま。
日永カヨー(イオン)でお坊さんの本特集がありました!!でも、煩悩の世界って…😅...
「人は一生に四回生まれ変わる」ちょっと古い本ですが、京都大学の数学者の森毅さんのご本です。本当に人は一生の間に何回も生まれ変わります。
二七日と書いて"ふたなのか"と読みます。亡くなってから2×7で14日目になります。初江王(しょこうおう)というあの世の裁判官の審議を受けます。初江王の本地仏は釈迦如来です。
人生は山あり谷あり、順風満帆なだけで人生を送れることは普通はありません。誰の人生にも試練の時というのはあるものです。
コロナで延期になっていた地区運動会が何年かぶり(4年って言ったかな?)に再会したので参加しました。
不動明王真言:ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン(一字呪) ノウマク・サンマンダ・バサラダン・センダンマカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カン・マン (慈救呪) 他初七日(所願忌) 秦広王(しんこうおう)...
われわれは、文学作品であり、絵画であれ、音楽であれ、「芸術」といわれる分野のものは、インスピレーションによってできあがると思いがちである。
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亡くなって最初の七日間、この間に死出の山という山を超えます。死後に山を越えるというのは日本神話にも見られます。現世と黄泉(よみ)の国の境界にある黄泉比良坂(よもつひらさか)がそれです。そして三途の川に辿り着くのも初七日だと言われています。
今年も法蔵寺檀信徒の皆様のおかげをもちまして無事に庭の剪定が終わりました。ジャングル状態の庭がきれいさっぱり美しくなりました。
戒名は仏弟子となった人に導師から授けられる名前です。亡くなった人に戒名をつけるのは、仏弟子となって死後の導きを正しく受けたいという考えによります。
なかなか記事を書けていませんgな、noteの方に名前を出さずに書いていた記事があるのでこちらにシェアしていきます。
最近、朝起きてから理趣分というお経を讀んでいます。通常の日課として讀むお経もあるのですが、ご飯が炊けるまでの時間があるので、その時に讀むようにしたのです。