祈りについて考えてみた。祈らないカトリック者でいいのか?仕事が忙しくて、仕事から帰ってきて、ご飯を食べてテレビを見て、くつろいで時計を見たらもう11時。普段は祈れないから、それじゃ、日常を神に捧げてそれを神への祈りとしよう。確かにそれはそれでいいのかもしれない。間違ってはいない。でも、ある時、それでいいのか?と考えはじめた。祈りのしないことの代償は、確実に誘惑に負けやすくなるということを実感する。それと共に神と聖母への申し訳なさの気持ちが増大する忙しい、疲れた=祈りをしなくていいとはならない。それは、神様の救いのみ業に協力することを少なくすることであり、また、自分自身にも関わることだから。この瞬間、多くの罪が世界中で犯されており、また、自分自身もしかりである、神様の担う十字架がどんどん重くなり、聖母の涙が...祈ること
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