壁にある垂れてこはれてゆくころのドライ・フラワー 真夜の民放 つり革に手を手首まで差し込めるわれら会社員(ノマド)か月を見ながら 荒地に寄り集ひたるやうな人間が何人きたつて荒地だらうが あながちたがふとも思はざる鰓と書く魚の思ふところを剥がし
嬰児のつかれはてたるまどろみの胸元は拍動を聴く壁 こんなにも追いつめられて言葉ってかにが吹き出す泡みたいだな
さざなみに揺れるひかりの水面をいつも渡っている白い船 走馬灯みたいに道路をすぎてゆくひかり ときどき緊急電話 トンネルを抜けるそのたび暗くなる都心に一斉に灯がともる 青色のとてもきれいなこの星で、息が苦しい、水があるから
頭上(とうじょう)をかすめゆく雲 夜だから ひとつのこらず暗雲だろう 靴下を、服をズボンをなげすてて泣いてるような十月の部屋 水底をさかなは眠る十月のこんな季節の出立ちじゃない 持てあますほどの温度を授けつつ花瓶に蝋の花ひとつ挿す 錠とざすたびできあがるまひるまの密室としてああお手洗い
独房のような部屋だが一本のさくらが散ってゆくのが見える あたらしく住む街だからとりあえず迷子のように暮らしています かりそめの主従となって日雇いのわたしをバイトの君が連れゆく
夏の尾のように花火を持っている なにかをつかまえたかったのだが 天国へちかづくように階段の音はしずかに廃墟にひびく 薔薇園にみずもたらして天使たるわたくしひとり薔薇にほほえむ
宇宙その深くを地球漂いて雨落ちてゆく、地球深くを ひとびとのみな起つという終点をひとりが寝過ごしている未明 反時計回りと言われ頭上にぐるぐるまわるひとつの時計
死後硬直ってわからないけど月光に立ちつくしてるビルだとおもう 立つ日々の餞別のためこんなにも痛々しいほど暮れたゆうべを 海岸にうちあげられたあざらしのようになんにもやる気がでない 肋のようにビル、ゆっくりとソーダに溶ける骨があるなら詩だったが
なにもかもおさめるための入れものとしてこんなにもでっかい、春は 曲芸飛行、くじらが海を飛びだしてぼくはからだで拍手している さみしいということばあるさみしさの、さみしい、きみの漢字練習
空からの声が遠くて(We have a gift for you.)みな雪になる 生きていく理由をつよく考えて春と思えば春を生き抜く くらやみに僕が入っていったので僕入りのくらやみとなります きみたちのきみにぎりぎりふくまれていなそうだから俺は眠るが 埋葬の手段としてのおにぎりのひとつひとつにのりを巻くこと
抜け出せねえ。デブスパイラルから。 まず、デブスパイラルとはなにか?一般的なデブスパイラルと言えば、大体ダイエット→リバウンド→ダイエット、といったぐらいのスパイラルのことを指すだろう。 しかし、甘い。輪廻転成でいうと、人間道→畜生道→人間道を繰り返して、生きるのきついきついと音を上げているぐらい甘い。 俺が指すデブスパイラルは、もう餓鬼道→地獄道→餓鬼道ぐらいきつい。やばい。メンヘラjkが言う痩せたいとナンシー関が言う痩せたいぐらい違う。重みが違う。 じゃあ、そんな俺が差しているデブスパイラルはどんなものかというと、ダイエット→ハゲる→リバウンド→ダイエットのループ。これはまじでやばい。現代…
中学の時、ごく一般的な社会科教師がいた。極めて普通のおっさんで、強いて言うならば笑顔がなんかべたべたしていて少し気持ちが悪かった。当然、授業もごく普通に進んで、二学期も終わりに近いという日、その先生の化けの皮が剥がれた。 その日は授業が早く終わって、雑談タイムになっていた。その先生は授業が早く終わるとその後の時間は自由時間にしていた(そのせいで三学期に授業が追いつかなくなって光陰の速さで授業が進む羽目になり、信長、秀吉、家康が20分で死亡し、江戸幕府は二時間程度で倒幕された)。 その先生と生徒が話していて、先生は若い頃どんなことやってたんですか、とかそんないった類の話になった。先生はえへへーと…
文書くのがめんどくさいので、単純に好きな俳句を書いていく。 じゃんけんで負けて蛍に生まれたの 池田澄子 ピーマン切って中を明るくしてあげた いっせいに毛虫孵りて毛虫に会う 君が代の朝の暑さに緘黙す ナンバーワン俳句をやってない人に見て欲しい俳人。口語を使った俳句を多く作る人で、もうとにかく感性がすごい。 じゃんけんとピーマンの句の口語をうまく生かした句もすごいが、文語で作った毛虫の句も発想がすごい。 或る闇は蟲の形をして哭けり 河原枇杷男 野遊びの二人は雨の裔ならむ 萍の一つは頭蓋の中に浮く 死ぬや虻死のよろこびは仰向きに (萍はうきくさ、虻はあぶと読む) 個人的に一番好きな俳人。一読すると幻…
ゆうべ、なかなかに寝付けなかったので、おしっこが漏れそうになったときのことを考えていた。 決して突飛な考え事ではない。実際に、おしっこが漏れそうになるという事案はままある。俺はあんまりおしっこを我慢することができない。そのくせ尿を貯めようとするので、頻繁に失禁危機に陥るのである。 電車の中を想定する。東京から姉ヶ崎に向かう電車の中だとしよう。東京駅から乗り込んで、ずっと席に座っている。で、新木場あたりで尿意が襲う。無論、降りるなどという選択はあり得ない。下策も下策である。仮に千葉あたりで電車を降りたとして、再度乗り込めば電車内はインド状態であり、席を取ることなど夢のまた夢だろう。 それゆえ、席…
人類はついに禁忌に手を染めた。ミルクティーの中にタピオカを入れたのである。これはかつて人類がバベルの塔を建てようとしたことと相違なく、その証拠に以前より強まっていたTwitter民とInstagram民の対立は決定的なものとなり、今やかれらは戦争状態にある。黙示の日はそう遠くないだろう。 タピオカミルクティーが原因で諍いが起こるのは心苦しい。俺はTwitterを主に用いているものの、タピオカミルクティーをこよなく愛しているのである。そこで、Twitterの民草にタピオカミルクティーの美味しさを布教し、この宗教間の断絶を繕わんとする。 さて、まず前提条件としてミルクティーが苦手な人は自害するべき…
本ブログ、更新初日にしてネタが尽きてしまった。 そもそも、浪人生活というものがなんらの起伏も持たずにただただ勉学に励むハイパーつまらない生活であるということを俺は忘れていたのだ。こんな状態でブログを書こうとしても、家の裏に雉が来たとか、最近家の前にカラスがよくいるとかしか書く事が無い。そんな地域の回覧板のようなクソ記事(雉とかかっている)を出したくない。 そこで、俺は音楽を紹介することにした。 論理の飛躍甚だしい。が、しかしよく考えてほしい。先ほど述べた通り、浪人生活とは起伏を持たない全く平坦な生活である。恋愛も友情もクソもない。ゴビ砂漠を放浪し続けている方がまだ楽しいだろう。 さらに、浪人生…
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