「どうした?」 ん? と問いながら耳たぶを甘噛みされ、そこから全身に甘ったるい痺れが広がっていく。 「うぅ・・・あなたは、昔から意地が悪すぎるんですよ・・・っ」 「表面を取り繕い本性を隠して相手の懐に入るのは簡単だが、 これから長く付き合っていこうと思う相手にそんなことをしても意味がないだろう。 互いに本性を見せ合い本音で語らなければ本物の信頼関係など築けな…
コダワリ派女の面倒くさい日常のくだらない話と主にpixivに掲載中の自作妄想小説の解説や進捗状況なんかを日々つらつらと書き殴っています。
「おまえは一体何をしているんだ」 大きな厨房で、突然玲良に声をかけてきたのは予想外の人物だった。 いつもなら、このくらいの時間になると料理人や上層部の幹部たちが匂いを嗅ぎつけて、 味見と称して玲良の料理を食べにくるのだが、今日の声は違う。 無意識に背筋が強張ってしまう。 「・・・相樂が厨房に入るなとは言わなかった」 「たしか、金輪際・・・いや、来世以降も会わな…
次に目が覚めたときは牢の中だった。 小さなその部屋の隅で、玲良が目を覚ましたことに気付いた男がふとこちらを振り返った。 「起きたか」 「・・・猫」 「その呼び方はやめろ」 「親しみを込めているつもりだ」 ゆっくりと身を起こしつつ、不機嫌顔の現代に反射的にそう返すと、冷めた目で軽く睨まれた。 「俺には喧嘩を売られているようにしか聞こえない。 大体何なんだ、あん…
「私のエネルギーだけではだめなのか?」 「残念ながら無理だ」 「だが、現代は今ここにはいない」 「ああそうだ。 ・・・おい待て、どこへ行く」 「現代になら連絡は付く。 それに、この件についてはもうすでにある程度の話はしている。 今すぐ事情を話して中国まで来てもらう」 「くだらないことに私の大切な財産を巻き込むな。 それに、この話をもうあの子にしただと?」 現代の…
「明成、俺はあなたをあの男と関わらせたくない」 「なぜ」 「危険だからに決まっているだろう」 「具体的に」 「・・・やつは・・・」 駄目だ、これを言ってしまえば関わらせたも同然ということになってしまう。 やはりこの男をその場凌ぎの言葉で説得するのは不可能だ。 だったらどうすれば。 「明成・・・。 わかって、くれ・・・頼む、このとおりだ」 現代は深々と頭を下げた。…
帰宅した現代は、一度自分の部屋に戻り、手帳を見つめてしばし考え込んでから、 普段は滅多に近付かないある部屋のドアを静かにノックした。 「どうした」 静かな声とともにドアが開き、中から明成が現れた。 ここは書斎兼、明成の仕事部屋だ。 「仕事中にすまない。 その、今夜か・・・明日の朝早くでもいいんだが、時間を取ってもらえないか。 ほんの十分程度で構わない。 少し…
「んまあ、筋トレもするけどさ、俺はほら、一応、昔、全国大会優勝してるからさ。 空手で」 あえてサラリと言うが、これは拓磨(たくま)の最も自慢のアピールポイントだ。 十年前の話だが、盛り無しの実話だ。 当時に比べて筋力は少し落ちたかもしれないが、身体能力的にはまだまだ現役だと思っている。 今、社会人の部で大会に出ても、さすがに優勝とまではいかないかもしれないが、 それ…
心持ち歩くペースを上げた静流の目に一人の青年が映った。 みやげ物屋の前、興味津々といった様子でショーケースの中のかまぼこを真剣に凝視している。 十代後半か、もしかすると二十歳前後で自分とそう変わらないのかもしれないが、 表情や仕草がやけに幼くて、どことなくアンバランスな気がした。 艶やかな黒髪と目を引く綺麗な顔立ちもあり、気になってしばらく見ていると、 何やら店の人…
もう一度店内を振り返ると、またもやあの男と目が合った。 と、いうよりも男がじっと現代のほうを見ていた。 そして静かにこちらを指差し、先ほどの女性店員に一言。 「そうだな、彼のイメージでもらおうか」 それは命令することに慣れた温度を感じさせない口調だった。 訝しげに男を見ると、男はやけに冷たい表情で現代の視線を受け止めた。 見るからに大企業の上層部といういで…
とりあえずこの短時間で男についてわかったことは、 何らかの望みがあることと、やけにマイペースな性格であるというこの二点だ。 さて、どう話を進めるべきか。 「ふむ。 では、あなたは? あなたもそれの一員ということですか? それともチームBの新メンバー?」 「俺は違う」 これは即答。 表情からも嘘ではなさそうだが、しかしそこから自己紹介が続くわけでもない。 ふむ、…
「それで、そいつはおまえにあえてそんな風に絡んできて、一体何がしたかったんだ? というかその手口は・・・引き抜きの誘い、か」 「な、なんでわかるんですか!?」 「なるほどな。 だったらある意味、成功かもしれないな。 誰だか知らないが、理季に目を付けたこととあえてその攻め方を選んだことは、 ビジネス戦略的には上出来だ。 ただ・・・」 東條の表情が、すっと冷た…
「おい何考えてんだ?」 「楽に死ねる薬が欲しい」 「馬鹿かおまえ、さっきの俺の話聞いてたのか?」 「あんたが男役スターに惚れる変態だって話ならテキトーに聞いてた、どうでもいいと思いながら」 どうせきっともう死ぬのだ、今さら上司だからといって気を使う必要もない。 優明希(ゆめき)はキッチンのほうに目を向けた。 包丁で首か腹を切れば死ねるだろうが痛いのは嫌だ。 何かも…
「巽、私にはわからないんだ。 何が自分のエゴで、何がそうでないのか。 何が最善で、誰のために選択することが真の意味で正解といえるのか・・・本当に、わからない」 自分にとってのエゴとは何か。 視点と角度を変えれば、何を選択しようと明成のエゴだ。 それこそ、何も選択しなかったとしてもエゴだ。 逆にこの状況では、何を選択しても間違いや判断ミスとは言えないのかもしれない…
「身体が何ともないのなら、まずは食事を摂ろう。 現代はもう出かけたから私と二人でランチだ。 といっても、きみは数日間何も胃に入れていなかったから、食べられるものは限られてくるがな。 本当はきみの好きなキッシュでも焼いてやりたいところだが・・・」 「そんな・・・、明成さんも忙しいんですから、僕にあまり気を遣わないでください。 それに あれは・・・僕の、自業自得だ…
男はぼんやりと一史の手元を見つめている。 あえて心を覗かなくてもわかる。 今、この人はなぜか相当落ち込んでいる。 「どうしました、瑞貴(みずき)さん。 あなたの行きつけはあのワインバーのはずでは?」 努めてさらりと訊いてみる。 瑞貴とは、瑞貴の栄転がきっかけで上司部下の関係ではなくなってからも、 たまに会って酒を酌み交わす間柄だった。 しかしその際に瑞貴は必ずとい…
「夕方、きみは帰宅後に買ってきた食材を持ってキッチンに来ただろう。 あのときの顔は、とくにひどかった。 今すぐに抱いてくれとせがんでいるようにしか見えなかった」 「はあっ? なぜそうなるんだ・・・」 すっかり息があがってしまった現代は、肩で呼吸をしながら本当に解せないといった声を出す。 たしかにこめかみを押さえて何やら物憂げな顔をしているから、 余計なことをし…
「ところで、その様子は本当に用事があったわけでないんだな」 「うん。 最初にそう言っただろ。 ・・・その、やっぱり、いけなかった? ごめん、ちゃんとアポ・・」 急に少し不安そうな声を出す巽に明成は小さく苦笑した。 いいかげんに明成という人間をわかってほしい。 「いや違う、そうじゃない。 たしかにきみがアポ無しでやってくるとは少し意外だったが、むしろ・・・嬉し…
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「どうした?」 ん? と問いながら耳たぶを甘噛みされ、そこから全身に甘ったるい痺れが広がっていく。 「うぅ・・・あなたは、昔から意地が悪すぎるんですよ・・・っ」 「表面を取り繕い本性を隠して相手の懐に入るのは簡単だが、 これから長く付き合っていこうと思う相手にそんなことをしても意味がないだろう。 互いに本性を見せ合い本音で語らなければ本物の信頼関係など築けな…
「すごいな、やはりきみのセンスも独特で素晴らしい。 きみはどちらかというと、洗練されたシャープな印象のものが好きなんだな」 動きやすいラフな服装でやってきた近衛はどこか無邪気な瞳で倉庫の中を見渡している。 ほとんど全身ジャージのような格好なのに、それでも品のある紳士にしか見えないから憎たらしい。 所詮住む世界の違う人間だとはわかっているが、 同じ男として、どこか…
「それはそうと、明成、おまえは気が付いていたか? 現代の中の あのパンドラの箱・・・。 あれが、本人の強い自己暗示だけで鎖されていたわけではないことに」 「・・・いや」 またもやほんのりと意地の悪い笑みを浮かべて問われ、明成はうんざりしながら首を横に振った。 「というか、そもそもわからない単語が多すぎる。 地下組織のグループに、オークションに、プレートに、…
「さあ、今日は僕の奢りです。 どんどん食べてジャンジャン飲んでくださいね!」 両手に花というのは本当に気分がいい。 どちらもかなり個性的な花だが、しかしとても美しいということには変わりがない。 一史はご機嫌な調子で、両隣を交互に見ながらにっこりと笑って言った。 しかし。 「嫌だ、奢りなんてお断りだよ」 「私も結構」 ・・・。 「せっかくセッティングしたのに、二…
「この店の前を通るたびにこのことばかり考えてしまって、辛くなるんだよっ。 もしかしたら、あの部屋に行けば何か解決法がわかるかもしれないって思ったけど、 でもあんた、あの部屋はもう使うなって言ったし・・・」 「ああ、約束させておいて正解だったと今改めて実感していたところだ」 「・・・そ、そういうわけだから、最後にあんたの料理が食えてよかったよ。 まだスタッフ…
ナイジェルがほんの一瞬、視線だけで退路を確認した瞬間、ズキッと右腕の古傷が痛んだ。 「暴れないほうがいい」 静かな声とともに腕を軽く捻りあげられて、思わず本気の悲鳴が口から零れてしまった。 「あ゛ッ、つ・・・ぅ」 「待てッ、崇嗣(たかつづ)! 右腕はやめてやってくれ、彼は・・・ナイジェルは、俺の・・・友人だ」 友人・・・? はっきりとそう言われ、心の奥底では…
静思はゆっくりと寝かされていたベッドから身を起こすと、 ほぼ同時に両側からすっと差し出された 時郎と董の手を交互に見た。 少し頑張れば、そのような支えに頼らずとも自分の足だけで歩くことは可能だと思うが・・・ 静思がわずかに迷っていると、逆に董のほうから手を取られた。 すると今度は反対側を時郎に取られる。 「とりあえず目標は十キロ増だな」 「時郎、そういうおまえだって…
「これは、随分大胆な行動に出たな」 陽も落ちた無明ヶ丘の寂びれた駅前。 その言葉とは裏腹に、近衛はとくに驚く様子もなく足を止めた。 「待ち伏せなどしなくても、普通に呼び出せばいいものを。 連絡先は教えておいたはずだが?」 「・・・話が、したい」 「そんな全身に毒がまわったみたいな顔をして。 せっかくの男前が台無しだ」 休日でもきちんとした格好をしているのはさすが…
「十五年も待たせておいて、まだ逃げるつもりか。 おまえが追いかけっこ好きな兎だということはよくわかったが、私はもうそろそろ落ち着きたい」 「だから、何の話を・・・」 「これ以上まだとぼけた態度を取り続けるというのなら、私にも考えがある」 片手でまとめられた手をそのままに、くちびるを塞がれた。 「ぁ・・・ふぅ、んんぅ・・・」 まずい、そう思ったが遅かった。 …
「だから頼れと言っているだろう」 ほんのりとうんざりさを感じるほど呆れた調子で言われて、景都はおそるおそる口を開く。 「・・・えっと、さっき、響生さん、なんて言いました? 接点がなくなるって言いました?」 「言ったが、それがどうした」 ・・・! やはり、聞き違いなどではなかった。 ということはつまり、響生は、自分と会えなくなってもいいのかとそう言ったのだ。 そん…
現代は固く目を閉じた。 もうあの頃とは違う、と何度も自分に言い聞かせる。 当時の、いつ消えてもいいと本気で思っていた 投げやりで、虚ろで、空っぽな自分ではない。 意志を持ち、目的のために生きているのだ。 こんなところで再び昔と同じ罠に落ちてしまうわけにはいかない。 「なるほど、本当にいい表情(かお)をする」 「・・・」 「こう思っているのだろう、どうしていつもこのよ…
「きみ、うちの派遣の女性たち複数人に手を出していたそうだが」 「あ」 それで思い出した。 そうだ、久満子の名刺に書かれていたロゴだ。 となると、久満子と、それ以前に親密な関係になった女子たちがこの男に相談でもしたのだろうか。 「心当たりはあるようだな」 「はぁ・・・まあ・・・」 しかし解せない。 先日の久満子も含め、基本的には誰ともとくに大きな問題も後腐れ…
「・・・殺すなよ」 「しつこいやつだな、おまえも」 景都を抱えながら、夕凪が背後に向かって再び言う。 それに対し返ってきた冷たく硬質な声は、紛うことなき響生のものだ。 「誰が後始末をさせられると思っているんだ。 しつこくもなる。 正直、私もその男がどうなろうと構わないが・・・今は、景都の処置を優先してやるべきだ。 どうせもうすでに関節の一つや二つ外しているん…
「・・・なんだ、ついに出迎えサービスまで始めたか?」 「ひっ、響生(ひびき)さんッ!? なんで・・・」 ドアを開けたのは背の高いハンチング帽の男、響生だった。 いつもなら待ってましたとばかりにカウンタの中で大きく振りまわしてしまう尻尾が、 今日は予想外のタイミングでの来店に驚き、ピンッと上に張っている。 「なんでも何も・・・。 おまえ、ひどい顔色だな。 もしかして…
「それで六年前のそのとき、やつは何をしていたんだ?」 「わかりません」 この質問に対しては御影も淀みなく答えた。 本当に知らないからだ。 「ん、つまりどういうことだ? 釈永紗城は今さら御影の前に現れて、 当時あの研究室に自分が現れたことを逢沢さんには話してくれるなと、そう言ったということか? 先日、あんたが自分と初対面だと思い込んでるのは、あちらさんにもわか…
「あっ、すみません! あとで掃除するときに一緒に片付けようと思って出しっぱなしに・・・」 突然背後から聞こえてきた、少し慌てた声に 秋一郎は振り返った。 そして軽く瞠目する。 「おい・・・」 智が腰にバスタオルを巻き付けただけの状態でこちらに小走りに向かってきたからだ。 「な、何やってるんだ、おまえ」 「え? シャワーしてました」 髪から雫をポタポタと零しなが…
「じきに分かりますって。そんなことよりも、さっきこの近くであの方とすれ違いましたよ。 ほらあの・・・あれ? 顔はしっかり思い出せるのに名前が出てこない・・・えーと、ほら、あのリュクスの・・・」 一史の勤めるジュエル製薬株式会社のライバル会社、株式会社リュクスの営業。 珍しくド忘れしてしまった男の名前を思い出そうとしていると「あぁ、彼ね」と廿楽はすぐにピンと来たよう…
暗い廊下を曲がるところで慣れ親しんだ気配を感じ、足を止めた。 「あ、ボス」 そこにいたのは側近の魔物、相樂(さがら)だ。 ちょうど文明に用があったらしい。 「なんだ」 言いながら、文明は相樂からふわりと漂った懐かしい香りに気付く。 この香りは・・・ 「・・・茶か?」 それも日本茶、緑茶だ。 中国を拠点にしている文明は普段あまり飲む機会はない。 「はい。 …
呆気に取られるフェネルの目の前で、男・・・三峰(みつみね)はスマートフォンを取り出した。 「ああ、リヒトか? たった今、犯罪者を現行犯で一人捕まえた。 先日おまえと飲んだバーの裏だ、おそらく最近世間を賑わせているやつだと思うが・・・ ん? 私は平気だ、でなければこうして電話していないだろう。 被害者は私の知人だ、だが今は・・・とても話ができる状態じゃない、私が…
「あの騒動がなければ二度と会うことのなかった私たちが今ここで再会しているんだ。 しかも、私たちはただの人間同士ではなく、・・・王と��花�≠セ」 語尾を す、と細めた目で言われて、冷たい何かが背を這うように走り抜けた。 防衛本能からか、反射で思わずソファから立ち上がろうとしたが、 まるで身体が金縛りにあったかのように動かない。 「・・・・・・ッ!?」 「そう慌てる…
「おまえは一体何をしているんだ」 大きな厨房で、突然玲良に声をかけてきたのは予想外の人物だった。 いつもなら、このくらいの時間になると料理人や上層部の幹部たちが匂いを嗅ぎつけて、 味見と称して玲良の料理を食べにくるのだが、今日の声は違う。 無意識に背筋が強張ってしまう。 「・・・相樂が厨房に入るなとは言わなかった」 「たしか、金輪際・・・いや、来世以降も会わな…
次に目が覚めたときは牢の中だった。 小さなその部屋の隅で、玲良が目を覚ましたことに気付いた男がふとこちらを振り返った。 「起きたか」 「・・・猫」 「その呼び方はやめろ」 「親しみを込めているつもりだ」 ゆっくりと身を起こしつつ、不機嫌顔の現代に反射的にそう返すと、冷めた目で軽く睨まれた。 「俺には喧嘩を売られているようにしか聞こえない。 大体何なんだ、あん…
「私のエネルギーだけではだめなのか?」 「残念ながら無理だ」 「だが、現代は今ここにはいない」 「ああそうだ。 ・・・おい待て、どこへ行く」 「現代になら連絡は付く。 それに、この件についてはもうすでにある程度の話はしている。 今すぐ事情を話して中国まで来てもらう」 「くだらないことに私の大切な財産を巻き込むな。 それに、この話をもうあの子にしただと?」 現代の…
「明成、俺はあなたをあの男と関わらせたくない」 「なぜ」 「危険だからに決まっているだろう」 「具体的に」 「・・・やつは・・・」 駄目だ、これを言ってしまえば関わらせたも同然ということになってしまう。 やはりこの男をその場凌ぎの言葉で説得するのは不可能だ。 だったらどうすれば。 「明成・・・。 わかって、くれ・・・頼む、このとおりだ」 現代は深々と頭を下げた。…
帰宅した現代は、一度自分の部屋に戻り、手帳を見つめてしばし考え込んでから、 普段は滅多に近付かないある部屋のドアを静かにノックした。 「どうした」 静かな声とともにドアが開き、中から明成が現れた。 ここは書斎兼、明成の仕事部屋だ。 「仕事中にすまない。 その、今夜か・・・明日の朝早くでもいいんだが、時間を取ってもらえないか。 ほんの十分程度で構わない。 少し…
「んまあ、筋トレもするけどさ、俺はほら、一応、昔、全国大会優勝してるからさ。 空手で」 あえてサラリと言うが、これは拓磨(たくま)の最も自慢のアピールポイントだ。 十年前の話だが、盛り無しの実話だ。 当時に比べて筋力は少し落ちたかもしれないが、身体能力的にはまだまだ現役だと思っている。 今、社会人の部で大会に出ても、さすがに優勝とまではいかないかもしれないが、 それ…