男はぼんやりと一史の手元を見つめている。 あえて心を覗かなくてもわかる。 今、この人はなぜか相当落ち込んでいる。 「どうしました、瑞貴(みずき)さん。 あなたの行きつけはあのワインバーのはずでは?」 努めてさらりと訊いてみる。 瑞貴とは、瑞貴の栄転がきっかけで上司部下の関係ではなくなってからも、 たまに会って酒を酌み交わす間柄だった。 しかしその際に瑞貴は必ずとい…
コダワリ派女の面倒くさい日常のくだらない話と主にpixivに掲載中の自作妄想小説の解説や進捗状況なんかを日々つらつらと書き殴っています。
1件〜100件
男はぼんやりと一史の手元を見つめている。 あえて心を覗かなくてもわかる。 今、この人はなぜか相当落ち込んでいる。 「どうしました、瑞貴(みずき)さん。 あなたの行きつけはあのワインバーのはずでは?」 努めてさらりと訊いてみる。 瑞貴とは、瑞貴の栄転がきっかけで上司部下の関係ではなくなってからも、 たまに会って酒を酌み交わす間柄だった。 しかしその際に瑞貴は必ずとい…
「夕方、きみは帰宅後に買ってきた食材を持ってキッチンに来ただろう。 あのときの顔は、とくにひどかった。 今すぐに抱いてくれとせがんでいるようにしか見えなかった」 「はあっ? なぜそうなるんだ・・・」 すっかり息があがってしまった現代は、肩で呼吸をしながら本当に解せないといった声を出す。 たしかにこめかみを押さえて何やら物憂げな顔をしているから、 余計なことをし…
「ところで、その様子は本当に用事があったわけでないんだな」 「うん。 最初にそう言っただろ。 ・・・その、やっぱり、いけなかった? ごめん、ちゃんとアポ・・」 急に少し不安そうな声を出す巽に明成は小さく苦笑した。 いいかげんに明成という人間をわかってほしい。 「いや違う、そうじゃない。 たしかにきみがアポ無しでやってくるとは少し意外だったが、むしろ・・・嬉し…
「すっげ・・・すげーよ、マスカット! 本物のヒーロースーツみたいだ!」 「陽翔くん、そろそろビショップと呼んでくれませんかね」 「いーじゃん。 マスカットで。 ねー、丈一狼?」 「俺を気安く呼び捨てるなと何度も言っていると思うが」 「ねーねー、俺、カッコ良くない!? これで、あんたの父親助け出して、悪者倒して、俺、一躍有名になったりして! あー・・・そしたらまた名…
明成の手の甲が、今度は瑞貴の頬を すうっとなぞり、そして顎に触れる。 火照った顔に明成のひんやりとした指が少し心地いいと感じた。 「ちなみに、今のきみの頭の中はこうだ。 大丈夫と答えれば嘘がバレる。 かといって、大丈夫じゃないとは言えない。 なぜなら、私に子供だと思われたくないからだ」 「・・・はあっ。 あなたは本当に意地が悪い人だ・・・」 まるで一史(いつし…
「や、やめてくださいッ! 離して・・・!」 「色素が薄くてとても綺麗な身体だ。 想像以上に中性的で少し驚いているよ」 自分でもよく見たことのない最奥までまじまじと見られて顔から火が出そうになる。 「見ないでくださいっ、こんな・・・っ、犯罪ですよ!!」 「犯罪? はて、きみは誰かに拘束されて身動きが取れない状態で辱められたかったのでは?」 「ちが・・・っ、俺は一人で・…
「必要なのは稀有な魂。 身体ではなく、穢れていない魂、つまり魂の潔白を意味する。 たとえばおまえのような花や王といった、特殊な過去や計画を持っていたり、 何者かとの強い縁や契りを魂に刻まれていないことが生娘の最低条件になる」 「そうか・・・ならばむしろ範囲は広いな。 私があの男に施した罰を解いてやれば巫女などすぐに見つかるだろう。 となるとやはり問題はあの目…
「あの、俺、このソファで寝ま・・」 「大手から引き抜きの話でもあったか」 二人の声はほぼ同時だったが、先に相手の言葉に反応したのは理季のほうだった。 「えっ、どうしてそれを?」 「やはりそうか。 きみのダブルワークを認めたのは私だからね。 その程度のことはあらかじめ予測の範囲内だよ。 よそで仕事をする機会があればきみの仕事ぶりもいろんな人の目に触れるわけだから…
東條にはわかった。 近衛は東條の口からあの言葉を引き出したいのだ。 ここまで辱めて、さらにまだ情けない姿を自らの前で晒せというのか。 本当に、どこまでも性悪な男だ。 しかし今日はこの男と駆け引きをしに来たわけではない。 純粋に解決策を・・・いや、もっと平たく言えば助けを求めに来たのだ。 恥を忍んでその言葉を言う覚悟ならば、出来ている。 「どう、すればいいんだ・・…
「うちは銀行員の父と看護師の母で、彼らはごくごく普通の人間だったが・・・、 私には四つ離れた兄がいてね、その兄が普通ではなかった」 「どういう意味?」 「生まれつきの超人だったんだ」 なぜだか半笑い気味に明成が答える。 「超人? 怪力とか、そういうこと?」 「いや、なんというか、何もかも人より秀でてできる男だったんだ。 簡単にいうと天才だな。 勉強や運動…
「忘れものだ」 「忘れたんじゃないですッ、おれ、受け取れないってちゃんと書置きして帰りましたよねッ!?」 「はて、そうだったか?」 「近衛さんッ、駄目です。 これ・・・このお金は、絶対に受け取れません」 少々乱暴に封筒を近衛の胸に当たりに押し付ける。 近衛はそんな智の言動をどこか楽しげな顔で見つめてくる。 まるで小動物と遊んでいるかのような眼差しだ。 「どうして?…
まだ少し重い瞼をゆっくり開けると、ぼんやり天井が見えた。 目が慣れるまでには少し時間がかかる。 身体を起こし、男たちの声がする方向を見て静かに言った。 「そう、あんたは俺の曽祖父にあたる」 三人の男たちは一斉にこちらを見る。 探し人はわざわざ確認するまでもなく一目でわかった。 祖母にはいつも若い頃の父親に生き写しのようだと言われていたが、まさかここまでとは。 こ…
「さあ、今日は僕の奢りです。 どんどん食べてジャンジャン飲んでくださいね」 両手に花というのは本当に気分がいい。 どちらもかなり個性的な花だが、しかしとても美しいということには変わりがない。 一史はご機嫌な調子で、両隣を交互に見ながらにっこりと笑って言った。 しかし。 「嫌だ、奢りなんてお断りだよ」 「私も結構」 ・・・。 「せっかくセッティングしたのに、二人…
ここの飯はまずくはなかったが、明成の料理と比較すると差は歴然だった。 ただその差は、料理の腕というよりも、温度だと思った。 料理の温度という意味ではなく、人の心がこもっているかどうかという意味だ。 明成の料理にはいつも温かさがあった。 さらに、皆で食卓を共にするという時間がそれをより強く感じさせていたのだろうと思う。 あれと同じことがここでできるとは思っていないが、…
「褒美は要らないのか」 「えっ。 そんな、滅相もありませんっ、僕はあなたに選んでいただけ・・」 「まあ、それがおまえの本心なのだろう。 だが先に言っておくが、このようなチャンスはもう二度とないぞ。 それでも何も要らないというのなら私は構わないが・・・」 「・・・あ・・・はい・・・。 要りま・・・」 少し迷ったように瞳を彷徨わせ、そこまで言いかけて静思(せいし…
「ふう、涼しい・・・」 風呂から出てきた朝陽(あさひ)がエアコンの前に立つ。 その表情から、少し落ち着いたことがわかって紀葉人もほっとした。 「ね、ねえ、紀葉人(きよと)さん・・・」 「うん?」 「どうしてその、あんなに強いっていうか・・・喧嘩慣れ? してるの?」 朝陽が不思議に思うのは当然だろう。 紀葉人自身、カッと頭に血が上った瞬間に、昔と何も変わらずに身体…
「さあ、食べよう」 にこやかに食事を運ぶ近衛の姿はもうすっかり健康体だ。 しかしそれは見た目だけの話で、数値で見ると不安定な日もまだ多い。 とくに体内のパイライトの濃度が上昇すると、 左半身にかなりの痛みが出るようで、それを放置すると意識混濁からの記憶喪失は免れない。 さらに厄介なのは、本人の意識がない間に左半身が完全にパイライト化し、暴走を始めることだ。 しかも…
ガラスの向こう側の自動ドアが開くのが視界の端に見えた。 無意識に身体が緊張する。 コツコツと足音がして、何やらパスコードのようなものを入力し、ガラスの内側に入ってきたのは、 白衣を着たロマンスグレーの髪が特徴の、細身の外国人男性だった。 「Hi,Haruto(やあ、陽翔くん)」 やけにフレンドリーな調子で声をかけられ、陽翔は返事のかわりに思い切り怪訝な顔をした。 人をこん…
「あのー、そこのおにいさん」 「!?」 公園とビルの間の歩道で思い切って声をかけると、相手の男はぎょっと驚いた顔で数歩後ずさった。 年齢も三十前後で、獅子丸とあまり変わらないようだ。 「ね、あんた、探偵? この会社について詳しい?」 「ち・・・違う・・・」 小声で問うと相手も同じように小声で返してくる。 視線が忙しなく彷徨っている。 「え、そうなの? だけどあ…
「ほう。 ちなみに、さっき、というのはいつのことだ?」 眉を寄せ首を捻る現代と玲良の顔を見比べながら、明成がさらに問う。 「あなたが外風呂で私を発見する直前だ」 「ほう?」 「はあ?」 興味深げな明成の声と、何か言いたそうな現代の声が重なった。 「し、現代。 とにかく玲良の話を聞こう」 「だが・・・」 「玲良、続きを話してくれないか。 なぜきみは私の家の庭の風…
キャンペーンの詳細がある程度まとまってきたとき、希は はやく営業所に帰りたい一心で、 わかりやすい��そろそろお暇します�≠フサインでもある、他愛ない世間話を振った。 「そういえば先日ここの付近にあるワイナリーが話題になっているとテレビで見ました」 「ああ、有名だね」 藤咲が薄い笑みで頷く。 「ちなみに藤咲社長は赤と白ではどちらがお好きです?」 さり気なく資料を鞄…
「俺、実際に入園するまで、あの人があんなに意地悪だなんて、知らなかった・・・」 「うん? まあ、そうだろうねえ・・・。 彼は普段、極端に口数が少ないからそういう情報が外部に漏れ出にくいのはあるかもね」 セドが苦笑いし、どこか曖昧な口調で答える。 「毎日死ぬ思いで地獄みたいな授業受けて、やっと解放されると思ったら、俺一人だけ居残り。 今日みたいに骨折してたらさ…
「さっきの話だと、廿楽先輩が俺に引き抜きの話をしてくるって、近衛部長は事前に知ってたみたいですが・・・」 「彼はそういう男なんだよ。 そのくらいのことは東條でも気が付いていたんじゃないか? 廿楽くんのことだから、また何か新しいプロジェクトでも思い付いたんだろう。 それには人員の確保が必須だ、しかし使い物にならない素人は要らない。 欲しいのは動かしやすい有能な人材…
どうやら今日は本当に留守のようだ。 マナトは暖炉のあるリビングの三人掛けソファの中央にどかっと腰をおろし、大きな溜息をついた。 「はあっ、なんだよもー。 ちょっとぉー、魔術師サーン? 勘弁してよねー。 せっかくこのマナト様がわざわざ殺しにきてやったってのに、どこほっつき歩いてんだよー」 「すみません、少し買い物に出ておりました」 「ひいいーーッ!?」 突如真…
「きみがなぜ先ほどの質問をしたのかはなんとなくわかる。 だが、運命と計画からは誰一人逃れられない。 それは龍神も、王も、花も、皆同じだ。 わかっているはずだ、大切な何かを捨てねばならない瞬間が必ず訪れる。 残念だが、これに関して例外はない。 私も、きみも、尊彦もだ」 「・・・そうだな」 珍しく少し真面目な顔付きで、明成がどこか少し遠くを見るような目で小さく言…
「現代、口を開けなさい」 食卓から何かを手にした明成が現代に静かに命ずる。 その瞳が優しげに細められているところがまたさらに恐怖心を煽る。 「い、嫌だ・・・っ。 俺は納得がいかない! それに御影もいるんだ、おい、離せっ。 大体俺は、負傷した馬が玄関先で待ち伏してたなんて状況に出くわしたことはないっ。 それに、いつも俺たちのことを猫だの狐だの鹿だの言っておいて、 …
「彼・・・おっと、ご主人様は現在お食事中です」 わざとらしくご主人様などと言い直して羽角が答える。 「はあ? 人をこんな場所に幽閉して自分は呑気に食事だと?」 諦めたような冷めた顔をしているが、現代の口調はとても忌々しげだ。 黄金の花である現代もまた、玲良と同様にこのような目に遭うのは初めてではないのだろう。 「彼の食事は決して呑気ではありませんよ、とても神経…
人間の男は感情のこもらない声で言った。 その声を聞いた途端、零陵の足が一歩、そしてまた一歩と無意識に後ずさる。 「・・・どうして・・・あんたが・・・もう、ハンターは辞めたんじゃ・・・」 顔が青ざめ、声も勝手に震えてしまう。 「招集がかかった。 悪戯狐たちの悪さが止まらないから手を貸してくれと。 先日から現役の妖魔ハンターたちが必死で守っていた村もついに攻め落と…
「今月も俺の勝ちだな」 会社のリフレッシュルーム。 腕組みをして はつきがやってくるのを待ち構えていた同僚の祥(しょう)が薄く笑って言った。 身長差があるため、睨むとどうしても見上げる形になってしまうのも腹が立つ。 ちなみに祥は、はつきの幼馴染でもある。 「ぐ・・・っ、今月こそは絶対に負けないと思ってたのに! てか、一番でかい取引先が改装工事で休業してんのにどう…
こんなことになるくらいならば、最初から粉砕して海に撒き散らし、 魚の餌にでもしてやればよかったと激しく後悔している。 「尊彦。 おまえはすでに気が付いているはずだ、自分が何者であるかを。 だから目を抉った。 しかし、そんなことをしても無駄だ。 おまえには平穏など許されない」 「はあ・・・あんたも大概執念深い男だな。 昔、あんたの使い魔にちょっかいかけたことをまだ…
しかし、今日に関しては何かが少しおかしい。 気分は落ち着いているし、仕事も普段通り問題なく捗ったが、何かいまいち調子が出ない。 とくにどこかが痛むわけでもないが、なんとなく息苦しさを感じる。 我ながら珍しい感覚だ。 「それを人は不調というんだ」 突如背後から聞こえてきた冷えた声に、明成はほんの一瞬だけ身を固くした。 この書斎兼仕事部屋の入口は、今明成が向かってい…
「嘘つきペナルティ」 「いッ!?」 慎重に一定の距離を保ちながら話す尊彦の言葉を途中で遮って男が放った一言は、 尊彦を瞬時にして硬直させる威力があった。 「はあっ、尊彦。 この私につまらない嘘をついたらどうなるか・・・ この世で、きみが最もよく理解していることだと思っていたが、片目を失ったら、 そのことも忘れてしまったか?」 わざとらしく溜息をつきながら探る…
志信が先日の様子を思い出しながら話していると、突然小部屋の扉が大きく開かれた。 開いた扉から強い陽光が差し込み、眩しい光の中に一人の男のシルエットが浮かび上がる。 「ああ、失礼。 静かだったからてっきり誰もいないのかと思ったら。 こんなところで大の男二人がかくれんぼとは・・・」 扉を開けた本人も少し驚いた顔をして、部屋の中の逢沢と志信の両方の顔を交互に見て言った…
「きみは美術部かな」 「え、アタリ・・・とはいえ、僕はピアノを習っていたからほとんど帰宅部だったけどね。 ・・・って、僕の話はいいんだよ!! きみのことを知りたいんだ」 「今さら私の何を知りたい? 私が今ここで可愛いペットたちと幸せに暮らしていることを知っているのは、 きみと、本当にごく少数の限られた人間だけだ」 「だってきみはすぐに僕のこと、なんでもわか…
改めて貰った名刺に視線を落とすと、字面だけは見覚えのある名前が真ん中に書かれていた。 「高階現代? というと、有名なジャーナリストと同じ名だ。 以前は主に経済関係のネタをよくすっぱ抜いていたイメージだが・・・ そういえば最近は紙面であまり名前を見かけなくなっていたな」 つぶやくように言いながら明成は男の全身をもう一度、下から上までさらりと見た。 線が細く、聡明…
「それはそうと、・・・志信、ひとつ頼みがある」 「?」 「黄金の花のエネルギーが欲しい」 「なに?」 「どうせ持っているんだろう、全部よこせとは言わない。 このキューブに入るだけでいい」 そう言って文明はサイコロより二回りほど大きなクリスタルの立方体を手のひらに乗せ、 怪訝そうな表情の志信に見せた。 「私としては直接本人を抱いて採取しても構わないのだが・・・、この…
「先生、今日はありがとうございました」 「あ、お疲れさまでした。 御影さん、どうでした? 初めてのヨガってことでしたけど、やっぱり少しきつかったですか?」 「いや、僕にはちょうどいい強度だったけれど、現代と社長さんには少しハードだったかもね?」 小さく笑いながら御影が答えると、どこからともなく情けない声が聞こえてくる。 「どうしてこの僕までこんな目に・・・」…
「私にはそれが、彼だけへの罰だとは思えないのだが」 今の志信の言葉にはとくに嘘はなかったが、だがそれだけが本心ではない。 志信はじっと明成の瞳を見据え、そして再びゆっくりと口を開いた。 「・・・そうだ。 そうして先日までのあの子をたっぷりと甘やかし、 おそらくこれからもそうするだろうきみと・・・ そして、このような方法を取ることしかできない、私自身への罰だ。 …
「きみが落ちるのは一向に構わないが、私の友人を巻き添えにするのはやめてもらいたい。 落ちたいのなら、地獄へでもどこへでもきみひとりで勝手に落ちろ」 どこかで聞いたことのあるような声がして、千歳(ちとせ)の動きがぎくりと止まった。 「そんな、どうやってここに入っ・・・、って、あっ、おまえ、は・・・!」 目の前にいる千歳の身体が邪魔になって新参者の姿は見えなかっ…
「今日は会長と社長に呼ばれていたんだ。 最近はデパートもなかなか厳しいからな」 東條(とうじょう)の仕事はフリーの経営コンサルタントだ。 出会いはもうかれこれ十七年前に遡る。 当時、理季(まさき)は学生でまだ十五歳。 初めて始めたバイト先で、東條は二十五歳で独立したての駆け出しコンサルタントとして雇われていた。 それが今では敏腕の経営コンサルタントとして、大企業にも…
もうすでに時間がない。 名残惜しいという言葉では到底表現しきれない感情を押さえつけて馨(けい)は御影を見た。 そろそろ夢路がここへやってくる時間だ。 早々に具体的な契約の話に移ろうとした馨の言葉を、高階が「待て」と遮った。 −−− その契約だが、御影があの坊やを引き取るのはいい。 だが・・・その前に、ひとつ気になることがある。 −−− あるねぇ。 僕も聞きた…
興味がないとは言えないが、あのストイックな現代がああなってしまうほどの薬を作り出し、 それを蔓延させ、ある意味すでに世界を征服している男に関わる勇気は御影にはない。 「ですが、僕には引き継いだ研究も・・・」 「嘘をつけ」 冷たい表情で一蹴されて、ぎくっとした。 「アカデミーは今、おまえの扱いに手を焼いている。 俺が脱退して久しいとはいえ、内部にはまだ俺に情報…
「あのままにしたら・・・明成が、壊れそうだった」 ぽつりと零すように言うと、文明は無言になった。 そして再び動きが激しくなり、またもや強制的な絶頂へと導かれた玲良は強い快感に必死に耐える。 文明は小さく痙攣するその身体を見てどこか満足そうに瞳を細めると、 玲良の横に並ぶようにして仰向けに寝転んだ。 「私は、目が覚めた瞬間にやられたと思った」 「?」 「明成…
「やれやれ。 私の身分証を確認しなかったのか。 見ず知らずの男を安易に自宅にあげるとは、この若い博士は随分お気楽な性格をしているらしい。 雀瓜アカデミーといえば、世界屈指の機密組織のはずだろう。 そんなことでリスク管理の面は大丈夫なのか」 嫌味というよりは心底疑問といった口調で言い、男はどこか冷めた顔で改めて御影を見た。 その瞳は数分前よりもしっかりと御影の顔…
「適当に座っててもらって構わない。 あ、先に言っておくが、メニューにあるようなものは期待するなよ? 味は同じだが、余っているのは肉やテリーヌの端、その他 中途半端なものばかりだ」 そういって厨房に入った櫻井が、しばらくして持ってきたのは美味そうな牛の煮込み料理と、 前菜に出されるような、野菜のジュレや生ハム、チーズの盛り合わせだった。 「・・・あんたは? 食っ…
「最低だな」 「歪んでいるのは事実だな」 「なんだってそんな鬼畜なやつのところに戻ったんだ。 ここにいれば、そんな目に遭わずに済むし、大体、それが嫌で出てきたんじゃないのか」 「そんなもの、好きだから以外にないだろう」 「だとしたら とんだ筋金入りのマゾヒストだ」 「あちらのサディスト具合も同じく筋金入りだから、相性は最高ということになってしまうな。 ・・・…
「ねえ、もしかしてあの子に何か言った?」 海鮮の黒胡椒炒めを食べながら親良はカウンタの中の知郎に声をかける。 「ラストオーダーもとっくに終わった閉店間際に来る非常識な客とは喋りたくねえ」 「仕方ないでしょ、僕も自分の店を閉めてから来てるんだもん。 ここ数日、ぱったりと姿を見なくなったんだよねえ、あの子・・・。 少し前にお店掃除してたから、良い兆候だなあと思…
指示された場所にいくつか封筒とチラシを置くと、楠瀬はぐるりと店内を見渡して言った。 「チッ、うるさいな・・・。 あんたに関係ないだろ、用が済んだならもう行けよ」 「関係ないことはないよ、うちも同じビルで飲食店をやっているんだ。 虫やねずみがいたら死活問題なんだよ、わかってる?」 「なんなのあんた、なら大家に言えよ。 あんたじゃなく、大家に言われりゃ出て行くよ」 …
気に入りの高級ブランドのノベルティでついてきて気に入っていたが、 つい最近どこかで落として失くしてしまったものにそっくりだ。 というか、おそらくこれはそのキーホルダーだ。 「・・・どこで拾ったか知りたいか?」 再び椅子にゆったりとかけ直し、男は意味深に笑った。 なんだろうか、この妙な余裕は・・・。 「406号室」 「!?」 その部屋番号は忘れたくても忘れらるれは…
「いやあ、やっぱりここのお風呂は気持ちいいですねえ」 「・・・榊さん、しばらく見なかったけど、忙しかったの?」 「そうなんですよ。 ちょっとバタバタしてて・・・ほら、前に話した相棒のこと、覚えてます?」 「あー、アメリカ人のビジネスパートナー?」 「そう。 彼が急に出て行くことになって、それで一時期テンテコマイになっちゃって。 お店の運営も危機的状況で、もうお風呂…
「・・・パーティでもするのか?」 「あ、お久しぶりです、玲良さん・・・って、パーティなんかしませんよ。 この家では、朝は基本的に全員集合、夜は家にいる人が揃って食事を摂るルールなんです。 ていうか、組織の重鎮というのも大変ですね。 僕の見張りの次は、真冬の無明ヶ丘をパトロールですか? 小さいとはいえ、あんなにたくさんの生傷まで作って、まったくご苦労なことで…
紙袋を開けて中を覗くと、いくつかのパンが入っていた。 ふわりと小麦の香りがする。 「なんだこれ。 これ、おまえんとこのバーガーのバンズじゃねえのか」 「そうです、試作なんです。 その・・・昨日もらったエビチリ、あれが美味しすぎて」 「あんなもん、まかないだろ」 「いえ、そうじゃなくて・・・その、えっと・・・あれで、エビチリバーガー作ったら絶対に美味しいと。 もち…
��コルシカの悪魔�≠ナ久しぶりに友人たちと過ごした夜から数日後、その事件は起こった。 いつもより少し早めに自分の店に向かった知郎は、 相変わらず人の店の前にまで長蛇の列を作る、バーガーショップ��満月�≠フ人気ぶりに、 うんざりするような嫌気がさしていた。 しかし、よく見ると何やら様子がおかしい。 「ああっ、��錦�≠フ柁野(かじの)さんっっ!!」 血相を変え、慌てふため…
パシンッ!! 乾いた音が静かな部屋に響き渡る。 文明の左の頬を打った、玲良の右手の手のひらがじんじんと熱く痺れている。 「・・・」 思い切り叩かれ、わずかに右を向いたまま少しも表情を変えない文明を、 玲良は大量の涙を瞳いっぱいに溜めたまま、強く睨みつけた。 王相手にこんなことをして、ただでは済まないことくらいわかっている。 だが、殺すのなら殺せばいいと開き直っ…
「不眠不休で昼夜研究に明け暮れる変わった男だと聞いていたから、 てっきりもっと小汚い場所と男を想像していたが・・・」 「ッ!?」 あまりに驚いて、その場から飛び退く。 一体どこから侵入したのか、 全身真っ黒の服を着た、見たこともない男が壁のキャビネットに背を預け、腕を組んで立っていた。 ごくり、と唾を飲む。 そこにいるはずなのに気配がしない・・・。 この男…
「コホン・・・。で、何か買って帰るものは?」 その台詞に明成は苦笑する。 なるほど、現代は最初からそれを聞きたかったらしい。 わざわざこのようなまわりくどい話から始めずに、ストレートに聞けばいいものを。 しかしそこがまた妙に律儀な現代らしいといえば現代らしい。 「とくにないが・・・きみ、アポが入っているんじゃなかったのか」 「ああ、夕方だ。 煙草と薬を切らしてるか…
「こんなところで会うとはな」 やはりこれも死を目前にした気まぐれか。 いつもなら気が付いてもとくに絡むこともなくスルーするところだが、 今日はなぜだか少し話してみたい気分になった。 「・・・赤い花の王」 相手も会議中から文明の存在には気が付いていたのだろう。 声をかけられ、相手も足を止めた。 そして、自分よりもほんのわずかに身長が高い文明のことを、 特徴的なダ…
驚いて明成を見ると、いつもと変わらない表情でこちらを見ている。 まな板の上には明成が飾り切りしていた二十日大根・・・。 「おい・・・、食べ物をむやみにパイライト化するのはやめろ」 現代が低く抑えた声で言う。 大体、当たったらどうするつもりだ。 こんなものがこめかみや首の血管にでも刺さったら即死だ。 「私がそんなミスをすると思うか」 「人の心を勝手に読むな、・・…
「なるほど、最近『藤のや』で現代を見かけなくなった理由がようやくわかりましたよ。 こういうことだったんですね」 「・・・そういうことだ」 ふーふーとグロッギにそっと息を吹きかけて冷ましながら、 現代がどこか気まずそうに視線を逸らしつつ答える。 やはり猫舌というのも事実らしい。 「ちなみに、近衛さんのごはんで一番好きなメニューって何です?」 「それは私も今後の…
「ち・・・違うんだ、これは・・・てか、なんでおまえら勝手に人の部屋に・・・」 この状況はあまりにも分が悪い。 祐季也が三悠と二人を交互に見ながらしどろもどろになって言うと、 ジュンが何かを思い付いた顔をした。 「・・・あ、そうだった。 ユキちゃんにこれを返そうと思って来たんだった。 はい、ありがとう」 「へ?」 とことこと歩いてきたジュンに渡されたものを反射…
年配の店主の声に、一史は「こんばんは」とにこやかに会釈しつつ、 ベンチに腰かけて左隣の先客のほうを見た。 だが、相手のほうは一史の視線になど全く気が付かない様子で、 ぼんやりと目の前のおでんの具材を見つめている。 そういえば、この男にはまだ一史がこの土地で新たな生活を始めていることを 知らせていなかったことを思い出す。 「寂しいなあ。 僕の声と空気感忘れちゃいました…
−−− やあ、火を貰えるかな。 バーの裏の囲われたスペースで煙草を吸う細いデニムに白シャツの美少女・・・ いや、美少年だろうか。 ステージ上にいた格好よりずっと小さく華奢に見えるが、 素体の美しさが際立つこちらの服装のほうが好ましいと明成は思った。 相手は明成の声に驚いたように一瞬びくっと肩を震わせたが、 こちらの顔をちらりと横目で見ると、無言でライターの火を差し…
「きみの買ってきてくれたほうれん草、ベシャメルソースとの相性が抜群だ」 優雅な動作でダイニングに料理を運ぶ明成が嬉しそうな顔で言った。 目の前には、美味そうなクリームシチューとグリーンサラダ、白ワインが美しく並ぶ。 まるで高級レストランだ。 「ベシャメル・・・?」 「クリームシチューを作る際に使用したソースだ」 「それも自分で作るのか?」 「今日は時間があった…
だだっ広いリビングに戻り、カップの蓋を開ける。 その際に、アイスクリームと一緒に受け取っていたスプーンをわざと床に落とした。 カラーンという派手な音とともにスプーンが床に転がった。 「・・・おっと、手が滑った。 基村、拾って新しいものと替えてきてくれ」 「はい」 静かに返事をした基村はそっと床に落ちたスプーンを拾い上げるとキッチンまで行き、 別のスプーンを持ってき…
「クク、苦しそうだな。 久しぶりに味わう私の薬の効果はどうだ、ムルジム?」 「・・・そういえば、あなたが付けた名前だったな」 ふと先週の電話を思い出す。 −−− ムルジム。 二度目のそれはまたべつの未登録番号だった。 開口一番、その怪しい笑いを含んだ声にはあまり聞き覚えはなかったが、 先の電話と同じ国番号で、そのコードネームで現代を呼ぶ人間がいるとすれば答えはひ…
「・・・それで?」 食後に二人分の茶を淹れてきた近衛は再び椅子に着席し、正面から智の顔をじっと見た。 久しぶりに美味い飯を食べ、心身ともに満たされて少し夢心地になっていた智は、 近衛の穏やかながらも真面目な声に、 改めて自分が何のためにここに来たのかを思い出し、慌てて姿勢を正した。 「はい?」 「どうして住宅の営業をしていたきみが、 夜の街で心寂しいおじさん…
文明にはまだ玲良が必要なのか。 その質問の答えを一番知りたがっているのは、ほかでもない玲良本人だというのに。 「・・・あいつがたまにあんたのことを考えているところを見ると、いたたまれない気分になる」 「きみも案外しつこい性格だな。 いつまでもくだらないことを気に病むな。 大体、あれはきみのためにやったことじゃない」 文明の��戒め�≠�解き、スーパーノヴァを止め…
気が付くと男は広間の中心的な存在になっていた。 この会合恒例のダンスタイムが始まるころには、 女性たちの熾烈なバトルが水面下ですでに勃発していた。 男性たちもそれに嫉妬するどころか、我先にと自分の組織をアピールしようと牽制しあっている。 すでに男女関係なく、その場の誰もが男の視線を自分に向けてもらおうと必死だった。 男は退屈そうな瞳とは裏腹に、その口元にはどことな…
「そうだ、たぶんあんたは孫娘を救いたかったんだろう。 病魔に巣食われた母が余命数日と聞いて、祖母も毎晩泣き腫らしていたという話だからな」 その話は知らない。 男は、現代が時郎の母に種を飲ませたという事実のみを語り、 その理由についてまでは教えなかったからだ。 「石屋は俺に、自己保存欲のない人間だと言った。 それが黄金の花の特性だ、とも。 あのときはまだ、石…
「・・・きみはもう少し信じることを覚えなさい」 「えっと・・・ちゃんと信じて、ますよ・・・?」 ちろりと明成を見て答えると、明成はゆるく首を横に振った。 「私じゃない。 きみ自身のことだ」 「・・・僕、自身・・・?」 「研究所や整った設備の中にいなくても、その優秀な頭脳や技術を十分に発揮していなくても、 そうして何も持たず、何も着ていなかったとしても、 きみ…
「そうだ。 昨夜、あの坊やが失踪した。 現在は行方不明中だ」 「え・・・」 雪城史苑が失踪? 廿楽がわずかに眉を寄せる。 「昨日の夕方辺りにキャリーケースらしきものを持った坊やを見かけた人間がいる。 そして廿楽さん・・・あなたは数日前にあの坊やと接触しているはずだ」 口調は淡々としたままだが、語尾の断定的な言い回しがすでに裏を取っていることを暗に強調している。 …
「時郎は確かにおまえの子孫であり、黄金の花だ」 「それはさっきも聞いた」 「ではそれがなぜか・・・おまえにわかるか?」 「何?」 「時郎が黄金の花たる所以(ゆえん)だな」 「そんなこと知るか。 俺だってあんたたちから同じことを言われるが、その理由など全く知らないんだ」 「ならば言い方を変えてやろう。 厳密には決して物理的な話だけではないのだが・・・」 どこ…
「どれも私好みのビンテージだ、あれはきみの趣味か?」 「・・・」 秋一郎は小さく頷いた。 「あの時計も商品か?」 「あれは違う・・・ディスプレイだ」 「だろうと思った」 言いながらまた男はくすくすと笑った。 とてつもなく感じの悪い男だ。 「こういったセンスで雑貨だけでなく家具も仕入れてくる業者を探しているんだが・・・ きみ、誰か知らないか?」 「・・・知…
壁に手をかけ、目を閉じて耳に神経を集中させてみる。 もしも本当にここにゲートがあるのならば、その独特の音が聞こえるはずだ。 「チッ」 思わず憎々しい舌打ちをしてしまう。 店内の気持ち悪い音楽が邪魔をして何も聞こえない。 どうやら時郎の集中力を乱すこの曲は、異世界の楽器で奏でられているようだ。 意識が分散してしまい、力が使えない。 「おや、気が付いた? この曲には…
「・・・まあいい、どうせあっちはろくに自己紹介もしなかったんだろう。 俺は高階時郎(たかしなときお)。時間の時に、郎と書いてトキオだ。あんたのひ孫にあたる。 先にあんたが会ったのは“ときお”・・・俺と身体を共有しているもうひとつの人格のほうだ」 「やれやれ、記憶喪失の次は二重人格か。おまけにひ孫だと?馬鹿らしい。俺にそんなものはいない」 いい加減にしてくれと…
楽しそうな口調で取り出した、細く少し しなった不思議な形状のものを見て、御影は瞠目した。 明成の視線の先には御影の中心で自己主張しているもの。 あ、あれは・・・まさか。 「ま、待ってくださいっ、さすがに僕、そこまでは・・・」 たしかに明成の言う通り、 御影には少々痛みを伴うきつめの刺激を明成に与えられると極度に反応してしまう習性がある。 そういうふうに御影の身体を…
−−− 大変だったな。 電話に出た友人の第一声に、皐月は思わず小さな舌打ちをした。 すでに事件の情報は入っているようだ。 「相変わらず有能な後輩・・・いや今は部下だったか、どちらでもいいが、 さっそく基村が報告したのか」 −−− ああ、彼からの報告ももらったが、・・・見ていたからな。 「なに?」 見ていた、とはどういうことだろうか。 と、考えかけて、電話口…
「目が覚めたのか」 その低く冷たい声に、現代の背が無意識に強張る。 極度の緊張感に吐き気が一層強くなり、呼吸がさらに浅くなる。 「はい、・・・たった今です」 相樂は静かに答えて、現代から一歩下がった。 男はゆったりとした足取りでこちらに向かって歩いてくる。 そしてちょうど現代の三十センチほど前で立ち止まると、腰をかがめて目線を合わせてきた。 「いい顔だ。 飼い…
「元気そうだな」 相変わらずの抑揚のない声と冷たい視線。 まさか、こんなところで偶然会ってしまうとは。 久しぶりに顔を見られて嬉しい反面、まだ納得できる自分になっていないため、 このタイミングでは会いたくなかったという気持ちもあり、どことなく複雑な顔になってしまう。 「うん・・・そっちも変わってないな」 「ひと月やそこらで人間は変わらない」 ぴしゃりと言われて…
意外にも増えてきてしまったステイホモシリーズ・・・。汗 同じ世界観で書いているため、既存キャラを流用することも多いので、 以下、自分が覚えておくためのものすごく簡易的な登場人物のメモです。 ★★★
「おまえ、なんでこの仕事引き受けた?」 「恩師に頼み込まれましたので」 相変わらず全く抑揚のない声だ。 だが、その台詞にはしぶしぶ感が垣間見えた気がした。 となると、金欲しさというわけではなさそうだ。 そう思うとさらに腹が立ってくる。 「結婚は?」 「相手がおりません」 またさらりと無表情に答えられる。 これだけの見てくれの良さで、相手がいないと? かなり嘘く…
「その本はきみが買ったのか?」 「いえ、これは母の友人にもらったんです」 「お母さんの友人・・・? それは男か?」 「はい。 この町に越してきてからは、おれもすごーくお世話になってる人です。 その人、自分のことは父親代わりだと思っていいから、 もしも何か困ったことがあったらなんでも相談しなさいって言ってくれて・・・」 「それはお母さんの恋人か何かか?」 「い…
「ぅげ・・・貴志(たかし)!?」 「あー、なーんでそんなに嫌そうな顔するかなー。 幼馴染のこの僕に対して、ひどくない?」 突然の幼馴染の登場に、反射的に一歩後ずさって周囲を見渡す。 今この町にいることは極力誰にも知られたくないというのに、 よりにもよってこいつと遭遇してしまうとは、不運にもほどがある。 「うるせえ・・・。 ここで俺に会ったことは忘れろ」 「いやい…
「ちょっと待て。 一度整理させてくれ。 とりあえず、近衛さんがあんたから金を受け取ったことはわかった。 で、そのときにあんたとヤったということもわかった」 「あっ・・・それは・・・う、その・・・うん・・・」 ああ、猛烈に恥ずかしい。 「で? 次は好き嫌い? 今の話の流れではめい・・近衛さんに惚れた、となるのが普通だろうが、 だがもしもそうだとするなら、あの人…
「勧誘って・・・マクロビは宗教じゃないですよ。 おれ、ちょうどこれから朝飯作って食べるんで、良かったら一緒にどうですか。 せっかく朝ヨガに興味持ってもらったのに終わっちゃったから、そのお詫びってことで」 「やめとく」 間髪入れずの冷めた一言に智は思わず男に詰め寄ってしまう。 「なんでっ」 「・・・おまえのファンに恨まれるのはごめんだ」 何を言うのかと思え…
セキュリティを解錠し中に入ると、 今まさに白衣を脱ごうとしていた御影が少し驚いた顔で出迎えた。 「明成さん・・・」 「御影、帰り支度をしているところ悪いが、急患だ。 少し診てやってくれないか」 「えぇ、もちろん、それは構いませんが、・・・どちら様です?」 御影が少し困惑した顔で志信のことを見ている。 「近衛明成、私はきみと今後についての話をしに来たのであって、 …
「あいつが執心している花はおまえか。 なんだ、花というから楯彦(たてひこ)のような男を想像していたら・・・ただの人間ではないか」 「だ、れだ・・・?」 後頭部の中が大きく揺れて、気持ちが悪い。 かろうじて言ったが、部屋の電気が消えているため、相手の姿が全く見えない。 「今から死ぬおまえが知る必要はない」 「・・・」 相手の台詞に、現代は黙り込んだ。 どうや…
「・・・侑利(ゆうり)はまだ戻ってないのか」 仕方なく話を振ってやると、静かに頷き返された。 しかし、その直後に見せた利久の瞳がやけに妖艶に微笑んでいることに気付き、壱可は眉を寄せた。 この顔はまたろくでもないことを考えている。 「いい加減に諦めろ。 いくら息子といえども、私たち親には彼らの人生まで縛る権利はない。 思い通りにならないのは当然だ、私はとっくに諦め…
「それはそうと、明成、おまえは気が付いていたか? 現代の中の あのパンドラの箱・・・。 あれが、本人の強い自己暗示だけで鎖されていたわけではないことに」 「・・・いや」 またもやほんのりと意地の悪い笑みを浮かべて問われ、明成はうんざりしながら首を横に振った。 「というか、そもそもわからない単語が多すぎる。 地下組織のグループに、オークションに、プレートに…
「ちょっと待て。 俺の��戒め�≠ニやらはどうなる」 現代の声に文明が軽く振り返る。 「おまえは はなから私のもとに明成を連れてくる気などなかっただろう。 そのような命知らずで愚か者の��戒め�≠ヘそのままにしておく。 以前も言ったが、おまえの中にある私の��戒め�≠ヘ一つではない。 あの禁断症状のように私の声や言葉に反応するものもあるが、 おまえ自身の行動や、特定の…
「出てきなさい、ちょうど私もそろそろきみの顔が見たいと思っていたところだ」 「・・・あんた、以前より気が敏感になっているんじゃないのか」 怪訝な声とともに現れたのは、異次元で妖魔調教師をしている紗城(すずしろ)という青年だ。 その容姿は明成よりもずっと若いが、数百年は生きているらしい。 ちょうど明成が無明ヶ丘に拠点を移すときに初めてその姿を見ることになったが、 か…
ふと顔を上げて、近衛がこちらを見る。 「智と何かあったか?」 「・・・」 「ははあ、あったな、その顔は」 「とっとと帰れ」 「茶篠、私を敵に回すのは賢くない」 「・・・」 おそらく言うとおりだろう。 しかし敵に回したところでもう脅威はない。 秋一郎はすでにここを長期で離れる計画をしている。 「やれやれ、まただんまりか・・・ではきみの表情と行動から、何があったか…
「それはそうと、ここへきた本当の理由はなんだ」 「だから、最初からきみに会いに来るつもりだったと言っただろう。 ・・・これ以上きみを待たせるのも可哀想だからな」 「は? なんだそれは・・・」 「この半年間、きみは私が迎えに来るのを待っていたんじゃないのか」 一体何を言い出すのかと思えば。 しかし表面上のそのような思いとは裏腹に、 現代の呼吸は無意識に浅くなり、鼓…
一気に説明している間、文明は少しも表情を変えないままに現代を見つめていた。 何を考えているのかまったくわからない瞳で。 「・・・だから、べつにあなたに可哀想などと同情されるような話じゃない」 「まさか、本気で言っているのではあるまいな」 「これがふざけているように見えるか。 俺は本気だ」 「ならば先ほどの質問に答えろ。 おまえはなぜ薬を欲しがる。 前回、私があの…
「ふふふ、そうだろうと思っていた。 私も、あの手この手で何とか私を負かそうと試行錯誤するきみと遊ぶのは本当に楽しかった。 きみへの罰ゲームは、私にとってのご褒美だったからな。 悔し涙を浮かべつつ私の腹に跨るきみを見られると思うと毎回ぞくぞくしてたまらなかった。 私に抱かれながら、必死に感じていないふりをしようとする姿も可愛くて仕方がなかった。 そんなことを…
「彼・・・おっと、ご主人様は現在お食事中です」 わざとらしくご主人様などと言い直して羽角が答える。 「はあ? 人をこんな場所に幽閉して自分は呑気に食事だと?」 諦めたような冷めたような顔をしているが、現代の口調はとても忌々しげだ。 黄金の花である現代もまた、玲良と同様にこのような目に遭うのは初めてではないのだろう。 「彼の食事は決して呑気ではありませんよ、とて…
「社長・・・」 「ん?」 「スーツ・・・似合いすぎです。 隣に並びたくないです」 ちょっぴり悔しくてそう言うと、ははは、と軽く笑い飛ばされてしまった。 こうして似たような格好をすると、同じ男とは思えないほどの視覚的差が生じてしまう。 「じゃ、さっそくカメラワークの確認と簡単なリハーサルだけしてしまおう」 そこからニ十分ほど本当に簡単なリハーサルとカメラの位置を確…
顔を上げると、玲良と似たような背格好の男と、もう一人、かなり長身の男が立っていた。 どちらも、作り物かと思うほどの整った綺麗な顔立ちをしている。 そして、長身の男のほうはおそらく、人ではない。 なぜならその切れ長の瞳の色が、青や青紫に微妙に変化しているからだ。 「・・・どちらさまですか」 抑揚のない口調で玲良が問うと、黒い髪をした人間の男が一瞬むっとした顔をした…
「この香りは?」 シャツのカフスを留めながら、瑞貴は近すぎる背後から聞こえた声に少し振り返った。 情事の翌日はその余韻を微塵も残さない。 これはアバンチュールを楽しむ大人の基本であり、鉄則だ。 「・・・��甘い三日月�=B フレグランスは大人の男の身だしなみだよ。 ていうか、なんでまた僕の腰に手まわしてんの・・・」 「おまえの抱き心地が気に入った。 悪い香りではな…
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男はぼんやりと一史の手元を見つめている。 あえて心を覗かなくてもわかる。 今、この人はなぜか相当落ち込んでいる。 「どうしました、瑞貴(みずき)さん。 あなたの行きつけはあのワインバーのはずでは?」 努めてさらりと訊いてみる。 瑞貴とは、瑞貴の栄転がきっかけで上司部下の関係ではなくなってからも、 たまに会って酒を酌み交わす間柄だった。 しかしその際に瑞貴は必ずとい…
「夕方、きみは帰宅後に買ってきた食材を持ってキッチンに来ただろう。 あのときの顔は、とくにひどかった。 今すぐに抱いてくれとせがんでいるようにしか見えなかった」 「はあっ? なぜそうなるんだ・・・」 すっかり息があがってしまった現代は、肩で呼吸をしながら本当に解せないといった声を出す。 たしかにこめかみを押さえて何やら物憂げな顔をしているから、 余計なことをし…
「ところで、その様子は本当に用事があったわけでないんだな」 「うん。 最初にそう言っただろ。 ・・・その、やっぱり、いけなかった? ごめん、ちゃんとアポ・・」 急に少し不安そうな声を出す巽に明成は小さく苦笑した。 いいかげんに明成という人間をわかってほしい。 「いや違う、そうじゃない。 たしかにきみがアポ無しでやってくるとは少し意外だったが、むしろ・・・嬉し…
「すっげ・・・すげーよ、マスカット! 本物のヒーロースーツみたいだ!」 「陽翔くん、そろそろビショップと呼んでくれませんかね」 「いーじゃん。 マスカットで。 ねー、丈一狼?」 「俺を気安く呼び捨てるなと何度も言っていると思うが」 「ねーねー、俺、カッコ良くない!? これで、あんたの父親助け出して、悪者倒して、俺、一躍有名になったりして! あー・・・そしたらまた名…
明成の手の甲が、今度は瑞貴の頬を すうっとなぞり、そして顎に触れる。 火照った顔に明成のひんやりとした指が少し心地いいと感じた。 「ちなみに、今のきみの頭の中はこうだ。 大丈夫と答えれば嘘がバレる。 かといって、大丈夫じゃないとは言えない。 なぜなら、私に子供だと思われたくないからだ」 「・・・はあっ。 あなたは本当に意地が悪い人だ・・・」 まるで一史(いつし…
「や、やめてくださいッ! 離して・・・!」 「色素が薄くてとても綺麗な身体だ。 想像以上に中性的で少し驚いているよ」 自分でもよく見たことのない最奥までまじまじと見られて顔から火が出そうになる。 「見ないでくださいっ、こんな・・・っ、犯罪ですよ!!」 「犯罪? はて、きみは誰かに拘束されて身動きが取れない状態で辱められたかったのでは?」 「ちが・・・っ、俺は一人で・…
「必要なのは稀有な魂。 身体ではなく、穢れていない魂、つまり魂の潔白を意味する。 たとえばおまえのような花や王といった、特殊な過去や計画を持っていたり、 何者かとの強い縁や契りを魂に刻まれていないことが生娘の最低条件になる」 「そうか・・・ならばむしろ範囲は広いな。 私があの男に施した罰を解いてやれば巫女などすぐに見つかるだろう。 となるとやはり問題はあの目…
「あの、俺、このソファで寝ま・・」 「大手から引き抜きの話でもあったか」 二人の声はほぼ同時だったが、先に相手の言葉に反応したのは理季のほうだった。 「えっ、どうしてそれを?」 「やはりそうか。 きみのダブルワークを認めたのは私だからね。 その程度のことはあらかじめ予測の範囲内だよ。 よそで仕事をする機会があればきみの仕事ぶりもいろんな人の目に触れるわけだから…
東條にはわかった。 近衛は東條の口からあの言葉を引き出したいのだ。 ここまで辱めて、さらにまだ情けない姿を自らの前で晒せというのか。 本当に、どこまでも性悪な男だ。 しかし今日はこの男と駆け引きをしに来たわけではない。 純粋に解決策を・・・いや、もっと平たく言えば助けを求めに来たのだ。 恥を忍んでその言葉を言う覚悟ならば、出来ている。 「どう、すればいいんだ・・…
「うちは銀行員の父と看護師の母で、彼らはごくごく普通の人間だったが・・・、 私には四つ離れた兄がいてね、その兄が普通ではなかった」 「どういう意味?」 「生まれつきの超人だったんだ」 なぜだか半笑い気味に明成が答える。 「超人? 怪力とか、そういうこと?」 「いや、なんというか、何もかも人より秀でてできる男だったんだ。 簡単にいうと天才だな。 勉強や運動…
「忘れものだ」 「忘れたんじゃないですッ、おれ、受け取れないってちゃんと書置きして帰りましたよねッ!?」 「はて、そうだったか?」 「近衛さんッ、駄目です。 これ・・・このお金は、絶対に受け取れません」 少々乱暴に封筒を近衛の胸に当たりに押し付ける。 近衛はそんな智の言動をどこか楽しげな顔で見つめてくる。 まるで小動物と遊んでいるかのような眼差しだ。 「どうして?…
まだ少し重い瞼をゆっくり開けると、ぼんやり天井が見えた。 目が慣れるまでには少し時間がかかる。 身体を起こし、男たちの声がする方向を見て静かに言った。 「そう、あんたは俺の曽祖父にあたる」 三人の男たちは一斉にこちらを見る。 探し人はわざわざ確認するまでもなく一目でわかった。 祖母にはいつも若い頃の父親に生き写しのようだと言われていたが、まさかここまでとは。 こ…
「さあ、今日は僕の奢りです。 どんどん食べてジャンジャン飲んでくださいね」 両手に花というのは本当に気分がいい。 どちらもかなり個性的な花だが、しかしとても美しいということには変わりがない。 一史はご機嫌な調子で、両隣を交互に見ながらにっこりと笑って言った。 しかし。 「嫌だ、奢りなんてお断りだよ」 「私も結構」 ・・・。 「せっかくセッティングしたのに、二人…
ここの飯はまずくはなかったが、明成の料理と比較すると差は歴然だった。 ただその差は、料理の腕というよりも、温度だと思った。 料理の温度という意味ではなく、人の心がこもっているかどうかという意味だ。 明成の料理にはいつも温かさがあった。 さらに、皆で食卓を共にするという時間がそれをより強く感じさせていたのだろうと思う。 あれと同じことがここでできるとは思っていないが、…
「褒美は要らないのか」 「えっ。 そんな、滅相もありませんっ、僕はあなたに選んでいただけ・・」 「まあ、それがおまえの本心なのだろう。 だが先に言っておくが、このようなチャンスはもう二度とないぞ。 それでも何も要らないというのなら私は構わないが・・・」 「・・・あ・・・はい・・・。 要りま・・・」 少し迷ったように瞳を彷徨わせ、そこまで言いかけて静思(せいし…
「ふう、涼しい・・・」 風呂から出てきた朝陽(あさひ)がエアコンの前に立つ。 その表情から、少し落ち着いたことがわかって紀葉人もほっとした。 「ね、ねえ、紀葉人(きよと)さん・・・」 「うん?」 「どうしてその、あんなに強いっていうか・・・喧嘩慣れ? してるの?」 朝陽が不思議に思うのは当然だろう。 紀葉人自身、カッと頭に血が上った瞬間に、昔と何も変わらずに身体…
「さあ、食べよう」 にこやかに食事を運ぶ近衛の姿はもうすっかり健康体だ。 しかしそれは見た目だけの話で、数値で見ると不安定な日もまだ多い。 とくに体内のパイライトの濃度が上昇すると、 左半身にかなりの痛みが出るようで、それを放置すると意識混濁からの記憶喪失は免れない。 さらに厄介なのは、本人の意識がない間に左半身が完全にパイライト化し、暴走を始めることだ。 しかも…
ガラスの向こう側の自動ドアが開くのが視界の端に見えた。 無意識に身体が緊張する。 コツコツと足音がして、何やらパスコードのようなものを入力し、ガラスの内側に入ってきたのは、 白衣を着たロマンスグレーの髪が特徴の、細身の外国人男性だった。 「Hi,Haruto(やあ、陽翔くん)」 やけにフレンドリーな調子で声をかけられ、陽翔は返事のかわりに思い切り怪訝な顔をした。 人をこん…
「あのー、そこのおにいさん」 「!?」 公園とビルの間の歩道で思い切って声をかけると、相手の男はぎょっと驚いた顔で数歩後ずさった。 年齢も三十前後で、獅子丸とあまり変わらないようだ。 「ね、あんた、探偵? この会社について詳しい?」 「ち・・・違う・・・」 小声で問うと相手も同じように小声で返してくる。 視線が忙しなく彷徨っている。 「え、そうなの? だけどあ…
「ふう、涼しい・・・」 風呂から出てきた朝陽(あさひ)がエアコンの前に立つ。 その表情から、少し落ち着いたことがわかって紀葉人もほっとした。 「ね、ねえ、紀葉人(きよと)さん・・・」 「うん?」 「どうしてその、あんなに強いっていうか・・・喧嘩慣れ? してるの?」 朝陽が不思議に思うのは当然だろう。 紀葉人自身、カッと頭に血が上った瞬間に、昔と何も変わらずに身体…
「さあ、食べよう」 にこやかに食事を運ぶ近衛の姿はもうすっかり健康体だ。 しかしそれは見た目だけの話で、数値で見ると不安定な日もまだ多い。 とくに体内のパイライトの濃度が上昇すると、 左半身にかなりの痛みが出るようで、それを放置すると意識混濁からの記憶喪失は免れない。 さらに厄介なのは、本人の意識がない間に左半身が完全にパイライト化し、暴走を始めることだ。 しかも…
ガラスの向こう側の自動ドアが開くのが視界の端に見えた。 無意識に身体が緊張する。 コツコツと足音がして、何やらパスコードのようなものを入力し、ガラスの内側に入ってきたのは、 白衣を着たロマンスグレーの髪が特徴の、細身の外国人男性だった。 「Hi,Haruto(やあ、陽翔くん)」 やけにフレンドリーな調子で声をかけられ、陽翔は返事のかわりに思い切り怪訝な顔をした。 人をこん…
「あのー、そこのおにいさん」 「!?」 公園とビルの間の歩道で思い切って声をかけると、相手の男はぎょっと驚いた顔で数歩後ずさった。 年齢も三十前後で、獅子丸とあまり変わらないようだ。 「ね、あんた、探偵? この会社について詳しい?」 「ち・・・違う・・・」 小声で問うと相手も同じように小声で返してくる。 視線が忙しなく彷徨っている。 「え、そうなの? だけどあ…
「ほう。 ちなみに、さっき、というのはいつのことだ?」 眉を寄せ首を捻る現代と玲良の顔を見比べながら、明成がさらに問う。 「あなたが外風呂で私を発見する直前だ」 「ほう?」 「はあ?」 興味深げな明成の声と、何か言いたそうな現代の声が重なった。 「し、現代。 とにかく玲良の話を聞こう」 「だが・・・」 「玲良、続きを話してくれないか。 なぜきみは私の家の庭の風…
キャンペーンの詳細がある程度まとまってきたとき、希は はやく営業所に帰りたい一心で、 わかりやすい��そろそろお暇します�≠フサインでもある、他愛ない世間話を振った。 「そういえば先日ここの付近にあるワイナリーが話題になっているとテレビで見ました」 「ああ、有名だね」 藤咲が薄い笑みで頷く。 「ちなみに藤咲社長は赤と白ではどちらがお好きです?」 さり気なく資料を鞄…
「俺、実際に入園するまで、あの人があんなに意地悪だなんて、知らなかった・・・」 「うん? まあ、そうだろうねえ・・・。 彼は普段、極端に口数が少ないからそういう情報が外部に漏れ出にくいのはあるかもね」 セドが苦笑いし、どこか曖昧な口調で答える。 「毎日死ぬ思いで地獄みたいな授業受けて、やっと解放されると思ったら、俺一人だけ居残り。 今日みたいに骨折してたらさ…
「さっきの話だと、廿楽先輩が俺に引き抜きの話をしてくるって、近衛部長は事前に知ってたみたいですが・・・」 「彼はそういう男なんだよ。 そのくらいのことは東條でも気が付いていたんじゃないか? 廿楽くんのことだから、また何か新しいプロジェクトでも思い付いたんだろう。 それには人員の確保が必須だ、しかし使い物にならない素人は要らない。 欲しいのは動かしやすい有能な人材…
どうやら今日は本当に留守のようだ。 マナトは暖炉のあるリビングの三人掛けソファの中央にどかっと腰をおろし、大きな溜息をついた。 「はあっ、なんだよもー。 ちょっとぉー、魔術師サーン? 勘弁してよねー。 せっかくこのマナト様がわざわざ殺しにきてやったってのに、どこほっつき歩いてんだよー」 「すみません、少し買い物に出ておりました」 「ひいいーーッ!?」 突如真…
「きみがなぜ先ほどの質問をしたのかはなんとなくわかる。 だが、運命と計画からは誰一人逃れられない。 それは龍神も、王も、花も、皆同じだ。 わかっているはずだ、大切な何かを捨てねばならない瞬間が必ず訪れる。 残念だが、これに関して例外はない。 私も、きみも、尊彦もだ」 「・・・そうだな」 珍しく少し真面目な顔付きで、明成がどこか少し遠くを見るような目で小さく言…
「現代、口を開けなさい」 食卓から何かを手にした明成が現代に静かに命ずる。 その瞳が優しげに細められているところがまたさらに恐怖心を煽る。 「い、嫌だ・・・っ。 俺は納得がいかない! それに御影もいるんだ、おい、離せっ。 大体俺は、負傷した馬が玄関先で待ち伏してたなんて状況に出くわしたことはないっ。 それに、いつも俺たちのことを猫だの狐だの鹿だの言っておいて、 …
「彼・・・おっと、ご主人様は現在お食事中です」 わざとらしくご主人様などと言い直して羽角が答える。 「はあ? 人をこんな場所に幽閉して自分は呑気に食事だと?」 諦めたような冷めた顔をしているが、現代の口調はとても忌々しげだ。 黄金の花である現代もまた、玲良と同様にこのような目に遭うのは初めてではないのだろう。 「彼の食事は決して呑気ではありませんよ、とても神経…
人間の男は感情のこもらない声で言った。 その声を聞いた途端、零陵の足が一歩、そしてまた一歩と無意識に後ずさる。 「・・・どうして・・・あんたが・・・もう、ハンターは辞めたんじゃ・・・」 顔が青ざめ、声も勝手に震えてしまう。 「招集がかかった。 悪戯狐たちの悪さが止まらないから手を貸してくれと。 先日から現役の妖魔ハンターたちが必死で守っていた村もついに攻め落と…
「今月も俺の勝ちだな」 会社のリフレッシュルーム。 腕組みをして はつきがやってくるのを待ち構えていた同僚の祥(しょう)が薄く笑って言った。 身長差があるため、睨むとどうしても見上げる形になってしまうのも腹が立つ。 ちなみに祥は、はつきの幼馴染でもある。 「ぐ・・・っ、今月こそは絶対に負けないと思ってたのに! てか、一番でかい取引先が改装工事で休業してんのにどう…
こんなことになるくらいならば、最初から粉砕して海に撒き散らし、 魚の餌にでもしてやればよかったと激しく後悔している。 「尊彦。 おまえはすでに気が付いているはずだ、自分が何者であるかを。 だから目を抉った。 しかし、そんなことをしても無駄だ。 おまえには平穏など許されない」 「はあ・・・あんたも大概執念深い男だな。 昔、あんたの使い魔にちょっかいかけたことをまだ…
しかし、今日に関しては何かが少しおかしい。 気分は落ち着いているし、仕事も普段通り問題なく捗ったが、何かいまいち調子が出ない。 とくにどこかが痛むわけでもないが、なんとなく息苦しさを感じる。 我ながら珍しい感覚だ。 「それを人は不調というんだ」 突如背後から聞こえてきた冷えた声に、明成はほんの一瞬だけ身を固くした。 この書斎兼仕事部屋の入口は、今明成が向かってい…
「嘘つきペナルティ」 「いッ!?」 慎重に一定の距離を保ちながら話す尊彦の言葉を途中で遮って男が放った一言は、 尊彦を瞬時にして硬直させる威力があった。 「はあっ、尊彦。 この私につまらない嘘をついたらどうなるか・・・ この世で、きみが最もよく理解していることだと思っていたが、片目を失ったら、 そのことも忘れてしまったか?」 わざとらしく溜息をつきながら探る…
志信が先日の様子を思い出しながら話していると、突然小部屋の扉が大きく開かれた。 開いた扉から強い陽光が差し込み、眩しい光の中に一人の男のシルエットが浮かび上がる。 「ああ、失礼。 静かだったからてっきり誰もいないのかと思ったら。 こんなところで大の男二人がかくれんぼとは・・・」 扉を開けた本人も少し驚いた顔をして、部屋の中の逢沢と志信の両方の顔を交互に見て言った…
「きみは美術部かな」 「え、アタリ・・・とはいえ、僕はピアノを習っていたからほとんど帰宅部だったけどね。 ・・・って、僕の話はいいんだよ!! きみのことを知りたいんだ」 「今さら私の何を知りたい? 私が今ここで可愛いペットたちと幸せに暮らしていることを知っているのは、 きみと、本当にごく少数の限られた人間だけだ」 「だってきみはすぐに僕のこと、なんでもわか…
改めて貰った名刺に視線を落とすと、字面だけは見覚えのある名前が真ん中に書かれていた。 「高階現代? というと、有名なジャーナリストと同じ名だ。 以前は主に経済関係のネタをよくすっぱ抜いていたイメージだが・・・ そういえば最近は紙面であまり名前を見かけなくなっていたな」 つぶやくように言いながら明成は男の全身をもう一度、下から上までさらりと見た。 線が細く、聡明…