【ヨハネによる福音書20章19~29節】昔、教員の免許取得の為に、高校に教育実習に行きました。フランス語の教員の資格ですから実際は何の役にも立たないのですが、それでも高校でフランス語の授業がある学校に行きまして無事に免許だけは取りました。一応、担当のクラスもありまして、学校の終わりの時間、ホームルームの時間に、急に担任の先生から菊池さん何か話をしてくださいと言われまして、びっくりしました。その時に話しをしたのが人間の感情についての話をしました。クラスの皆さん、もし皆さんに彼氏、彼女がいるとして、その相手に振られてしまったらどう思いますか。と聞いたのです。すると当然のように「悲しい」とか「腹が立つ」とか「学校に来たくない」とった返事がありました。そうですよね。でも出来事には感情がありません、と話しました。出来事に...見ずに信じる人の幸い
【ヨハネによる福音書20章1~18節】皆様、イースターおめでとうございます。今日の礼拝はヨハネによる福音書20章、少し長い箇所を読んでいただきましたが、主イエスが復活された場面、この箇所には復活された主イエスの他に、メインとして登場するメンバーは、マグダラのマリア、弟子のペトロ、それからヨハネ、この三人が主イエスの復活に際して、どう動いたのかが記されているわけです。その中で、今日はマグダラのマリアに目を向けて、特にマリアの心がどう動いていったのかを見て行きたいと考えています。話は少し変わりますが、私が神学生であった頃に、春になる前の寒い頃であったと思います。私自身北国の生まれですけれど、寒がりで体温も上がりません、そういう体質なのだと思いますけれど、アルバイト先で一緒に仕事をしていた女性がいて、その人が漢方のお...神の栄光が現わされる時
【イザヤ書50章4~7節】【マルコによる福音書14章32~41節】本日は受難週の礼拝です。先ほど9時からの子どもの教会では、伝統的に受難週の礼拝で読まれるマルコによる福音書11章から、主イエスがロバの子に乗ってエルサレムに入城された場面を読んで礼拝を守りました。今日は、私が説教当番ではありませんでしたが、先日その箇所を改めて読み直しました。読み直す中で、分かっていたようで分かっていなかったなぁと改めて思わされたことがありました。単純なことですが、主イエスは、なぜ子ロバに乗ってエルサレムに入られたのかということです。馬ではなくロバであった、しかもロバの子であった。それは真の「平和の主」という姿を人々に見せるためであった。そのように思っておりましたが、それだけでは足りない、もともと、なぜ、主イエスがエルサレムに入ら...御心に適うことが行われますように
【イザヤ書9章1~6節】【ヨハネによる福音書1章1~5節】先週、長男を車の助手席に乗せて、私が運転していたのですが、突然聞いて来ました。「お父さん、人が死ぬ時でどんな時か分かる」そう聞かれたものですから、ビックリしました。私はびっくりして言葉を失ってしまい。どう答えたら良いのか考えてしまいました。そしたら息子が続けて言いました。「人が死ぬ時は、その人が完全に忘れられた時だよ」その言葉を聞いてちょっと感動しました。でも、お前一体どうした。何かあったのか?と聞きましたら、どうも今読んでいる漫画の中に出て来るセリフのようでした。この場面が気に入っていたようです。どんな漫画なのかは一切わかりません。でもそんな言葉を使っているのかと思うと、漫画も捨てたものではないなと思います。人が完全に忘れられてしまう時、その時人は死ぬ...光を見つめて生きていく
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