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  • 「電動アシスト自転車」 に乗り始めました

    発信元:赤とんぼ日暮らし通信■□写真タイトルと撮影場所□■購入した電動アシスト自転車取説よりスキャン(2021.5.28)★写真の上でクリックしてご覧ください★先日「電動アシスト自転車」を購入した。買う動機となったのは入院して同室だった男性の「電動アシスト自転車は便利ですよ」の話しだった。その話しによると、武蔵大和駅西側から多摩湖の堤防に行く坂道は普通の自転車では苦労したが、電動アシスト自転車ならいとも簡単に乗ったまま行けたことに驚いていた。「ああ、あの坂ですか?}と、私もあの坂ではまともに進むこともできずに自転車から降りて転がしながら”ハァ~ハァ~!!”と、息つぎしながら堤防に向ったことを想い出した。その他、とにかく便利です、といくつかの話しも聞かせてくれたが、確かに便利なようだ。私にとって自転車は無くてはな...「電動アシスト自転車」に乗り始めました

  • 川沿いで咲くハルシャギク

    発信元:赤とんぼ日暮らし通信■□写真タイトルと撮影場所□■ハルシャギク空堀川沿いにて(2021.5.23)★写真の上でクリックしてご覧ください★川沿いでこの花が咲いていたが、どうしても名を思い出せない。パソコンには「花の名」というフォルダを作って判った花の名を入力していたが、この花を登録するのを忘れてしまったようだ。やっと昨日、名を思いだした。ハルシャギクだ。ハルシャギクはキク科ハルシャギク属の一年草。空き地や道端などに生える雑草、雑草なんですね!!和名の由来となっている「ハルシャ(波斯)」はペルシャのこと。別名はジャノメソウ(蛇目草)だが、この名の方がピッタリする花姿です。川沿いで咲くハルシャギク

  • 明るくなった空堀川

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ23日(日曜日)久し振りにMとH子さんを誘って川沿いを歩いた。その前日は終日ぐずついた天気だったが、その日は晴れ間もある穏やかな雰囲気だった。家を出てすぐに川沿いの遊歩道に出ると妙に河道内が明るい。よくよく見ると栗木橋と曙橋間の河道内にあった桑などの樹木が全て伐採されていた。16日の散歩の時はまだ樹木はあったから、その後伐採されたのだろう。これで大沼田橋と栗木橋間の河道内にある樹木が全て伐採されたので明るくなり、豪雨で水位が増しても樹木が弊害になって流れが乱れることもないだろう。市のハザードマップによると我が家は浸水地域なので、豪雨などで空堀川の水位が上がる度にこの樹木の存在が心配だったが、これで少しは濁流の流れが直線的になるかもしれない。でも伐採されたある桑の木の切り株を見るとかな...明るくなった空堀川

  • 祝 照ノ富士関優勝

    発信元:赤とんぼ日暮らし通信■□撮影場所□■自宅の庭にて(2021.5.24)●写真の上でクリックしてご覧ください●隣家のアジサイが満開ですアジサイは不思議な萼(がく)持ちの花です優勝決定戦になったけれど私の予想通りに照ノ富士が優勝、大相撲史に一つの偉業を積み重ねた。序二段まで落ちた照ノ富士が大関に返り咲いたが、その序二段とはどのような位置づけなのなのだろうか?大相撲における「序二段」とは、序の口と三段目の中間に位置する地位で、番付表では下から2番目に記載されるが、大関の位置とは途方もなく遠い下の位置になる。序二段から大関まで、照ノ富士は良く頑張ってきたが、それを支えた回りの人たちの気遣いや応援があったからだれろう。しかし、日本人であればこのような努力はせずに引退したであろうが、それはモンゴル人特有のDNA絡み...祝照ノ富士関優勝

  • 照ノ富士の優勝なるか?

    発信元:赤とんぼ日暮らし通信■□写真タイトルと撮影場所□■クレマチス川沿いの民家にて(2021.5.11)★写真の上でクリックしてご覧ください★大相撲夏場所14日目、照ノ富士対遠藤の一戦は期待通りの大一番となった。激しい攻防の末、両者一体となって土俵を割った。軍配は照ノ富士へ。だがすぐに物言いが付き、約4分にも及ぶ審判の長い協議の末、軍配差し違えで遠藤の勝ちとなった。遠藤との投げの打ち合いでわずかに照ノ富士の右肘が早くついたとの評定だった。でも見た目には両者一体となっての土俵割だから、取り直しをすればもっとファンを湧かせたかもしれない。この取り組み、久し振りにファンを湧かせた熱戦となった。両者共よく頑張った攻防だった。これで照ノ富士は余裕であった独走態勢が一転、貴景勝、遠藤の後続二人に1差に迫られて迎える千秋楽...照ノ富士の優勝なるか?

  • 照ノ富士と遠藤との大一番、どちらが勝つか?

    発信元:赤とんぼ日暮らし通信■□写真タイトルと撮影場所□■綺麗に咲いているが名知らずの花です空堀川沿いにて(2021.5.11)★写真の上でクリックしてご覧ください★大相撲夏場所も明日が千秋楽、優勝の行方は誰に?今日、明日と見逃せない星取りの動きだ。序二段まで下がってまた大関まで上がった照ノ富士が優勝するのか、それとも昨日貴景勝を破った遠藤が初の賜杯を抱くのか、俄然面白くなってきた。連休を続ける横綱などもう存在価値も無い、7月場所に復帰してももうかつての力を発揮できるはずもない。若手力士の餌食になる前に引退すべきではないだろうか?だが将来的には横綱への期待も高かった朝乃山が欠場、それも自らの不祥事での行動による謹慎、大関たるに相応しくない態度は大相撲ファンを侮ることになった。今、誰もがコロナ禍の影響で我慢しなが...照ノ富士と遠藤との大一番、どちらが勝つか?

  • 予約しました

    発信元:赤とんぼ日暮らし通信■□写真タイトルと撮影場所□■クレマチス川沿いの民家にて(2021.5.11)★写真の上でクリックしてご覧ください★コロナ禍絡みの肺炎でなくて安堵したが、今も全国的にその感染するスピードがあまり落ちていないことに一層の不安が増してくる。ブログへの投稿文から一年前の東村山市の感染状況を振り返ると、3月27日には感染者無しだったが、初感染者が出たのは4月4日らしい。その後、東村山市の感染者は増え続け、5月19日時点では763人とカウントされている。今は全国的に「コロナウイルスワクチン接種」の気運が高まっているが、日本の接種状況は世界的に見ても100位以下とのスロースピード、一体何が原因なのだろうか?4月26日からは高齢者に対する接種が始まり、先週、私宛にもワクチン接種券が郵送されてきたが...予約しました

  • もしかしたら?

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ退院してから数日は本調子ではなく、少しふらつき気味の私だったが、その後は身も心も元気になりつつある。18日、退院から11日目、担当医の指示で通院し、まずは採血、胸部レントゲン撮影を済ませて待合室で呼ばれるのを待った。平日なのであまり混んではいなかったが、待っている人は高齢者ばかり、若い人の姿は見られなかった。予約は10時だったが診察が始まったのは11時過ぎだ、まずはレントゲン写真を見ながら「肺はきれいになりましたよ」と医師から説明を受けた。同時に血液検査の結果も大きな問題点は無いとのことでまずは一安心した。その後、話しをしたが救急車で搬送されて来た私を見た医師は「死ぬかと思った」そうで、その言葉は意外だった。もしかしたら、私は死の世界に逝く可能性があったらしいとのことだった。医師が患...もしかしたら?

  • 少しリフレッシュできました (私の闘病記・終り)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ街医院の医師から「入院してください」と言われた時の私は頭の中が真っ白「コロナ禍の影響だったら家族はどうなるのか?Mの介護はどうなるのか?」と見えない不安に押し潰されそうになっていた。幸いにもコロナ禍とは関係の無い肺炎で助かったが、まさかこの歳で救急車搬送で入院するなどとは夢にも思わなかった。どうして肺炎になったのかは、いまだに判らないが医師の説明によると、何らかの異常なウイルスが検出されたとのことだが真意は聞いていない。だが街医院で処方された薬による異常な血圧低下が原因だと未だに私はそう思っている。新しい薬は今後も要注意だ。治療経過も順調で大型連休で事務処理ができなかったので13日目の退院となったが、平時なら10日で退院できたと医師が言っていた。気になるのは再発?医師からは「可能性は...少しリフレッシュできました(私の闘病記・終り)

  • 進んだ医療のディジタル化 (私の闘病記・その十一)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ36年前もこの病院に入院していたのは奇遇だが、病院の環境は一変している。それを全て列記するのは省くが表面的に目に付くのはディジタル化された医療環境で、いわばアナログからディジタルの世界へ変化して多様な方法が実践されている。医師はパソコンでカルテに入力し、現場の従事者たちはディジタル化された器具や道具を駆使してデータ取得に精出している。私が入院して見た光景からそれを追ってみよう。日に三回、看護師さんが部屋で定時検診を行うが、必ずワゴン車の上にはノートパソコン(NP)が置いてある。この検診は患者の治療に欠かせない現状の兆候を把握する重要な情報源となるので、項目的には多岐に渡っているが、取得したデータは全てNPに入力されている。私の場合、主な項目はディジタル血圧計で得た血圧上下値、脈拍値、...進んだ医療のディジタル化(私の闘病記・その十一)

  • 主役は女性看護師さん (私の闘病記・その十)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼこのブログでは病院の医療現場で働く人たちをご紹介しよう。その主役は女性看護師さんである。毎朝、8時過ぎからナースステーションで行われている朝のミーティングを遠くから覗いて見ると十数人のスタッフがいるが男性看護師さんは三人、後は全て女性看護師さんだ。実際に私の面倒を見てくれたのは女性看護師さん、患者側からすれば女性看護師さんの方が親しみ易いのが確かだ。総じて見ればどの看護師さんも落ち着きのあるプロフェッショナルとしての気風があって、新人を探すのが難しいほど技量が伯仲している様子が判る。医療現場と言えば、当然勤務体系はシフト制のはずだ。ある看護師さんに話を聞いてみると月に4、5回の夜勤があるそうで、その日は職場で12時間も過ごすそうだ。勿論、仮眠、休養を取る安全対策実施の中での勤務だろう...主役は女性看護師さん(私の闘病記・その十)

  • Wi-Fi 機能が使えない (私の闘病記・その九)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼこのコロナ禍でいろいろなことが規制され、家族にも会えないルールが続いているので、入院の時に三階に来た長男と会ったのが26日午後のみ、以降は会えず退院の日にやっと面会が許可されて久し振りに長男と会った。こんな状況の中でもっと家族とコミュニケーションを取りたい願いがあるが、それを助けてくれたのがスマホで特にLINEが有効だった。本来、私には携帯電話などは不用品なのだが、要介護のMの緊急事態に備えての電話持ちのつもりだったが、今回自らの入院で多いにスマホの利用価値があることを知った。家族との必要な情報が途絶えているので、H子さんには何度もLINEで物の手配や依頼事を連絡した。しかしここの院内では「Wi-Fi機能」が使えないから今月分のスマホ料金が心配になってきた。病院などの施設では必ず「W...Wi-Fi機能が使えない(私の闘病記・その九)

  • 寝言 と 鼾 に参りました

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ私が過ごした第三病棟は主に呼吸器疾患の高齢者が多いようだが、不思議なのは太った人がいないこと。どの人からも弱々しい感じを受けるが、そのスマートな細身の人も夜になると個性を発揮する時がある。それは寝言を言う人、鼾(いびき)をかく人であり、その個性に私もギブアップしてしまった。最初は満杯の四人部屋だったが、その中の一人の寝言にはびっくり、でも同じ病人同士だからと諦めて取りあえずは我慢するしかなかった。その後、その人も含めて三人が退院、だがすぐに隣のベッドに別の男性が入室したが、実はこの男性の鼾に苦しめられることになる。そしてその最初の夜は最悪だった。隣人の鼾がひどく、私はまったくの不眠状態に陥ってしまった。特に21時の消灯後、日付が変わるまでは激しく、静かな雰囲気で寝慣れている私からは睡...寝言と鼾に参りました

  • この病院とは奇妙な因縁がある (私の闘病記・その七)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ当院の私のカルテ番号は85ー00001、この番号にはそれなりの歴史があるが、私は昭和60年(1985)5月から6ヶ月間、この病院に入院していた。この年、この病院は紙製だった診察券を磁気機能を持ったデジタルタイプの診察券に変更する構造改革を実施、当時の患者リストから「ア行一番のあ」から始まる私が85ー00001の番号を付与されたと、風の便りで聞いた。それから36年、今も私は当院の一部診療科との定期的な通院が続いているが、当時の入院も今回の入院に類似しているようで奇遇な気がする。昭和60年5月、大型連休が終わっても私の体調が優れず、倦怠感やだるさが続き、働くことも叶わぬ体の変調に苦しめられていた。思い切って休暇を取り、当院呼吸器科を受診、胸部レントゲン写真を見た医師は即「入院してください...この病院とは奇妙な因縁がある(私の闘病記・その七)

  • 塩分控え目は健康の元 (私の闘病記・その六)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ4月26日午後入院、その日の夕食から『レストラン第三病棟』の食事のお世話になった。始めての夕食の配膳は18時前、一体どのようなメニューが現れるのだろうか?そして始めて見て驚いたのは茶碗一杯の大盛りごはんだった。家で食べる量の倍もある。家ではご飯を食べるのは夕食だけだが、ご飯には糖分があるので私は軽く一杯食べるようにしていたがここでは毎食ご飯付きだ。いつもH子さんが「もう少し食べた方がいいのでは?」と言うが私には適量だと思っている。だからいずれこの大盛りご飯は半分に減量願いするつもりだ。それと副食、いわゆるおかずも三品ほどついていたが、思った通り塩加減は超薄味だった。H子さんも私たち向けにかなりの減塩料理造りに徹しているが、それよりも何ランクも下の薄い塩加減だ。高齢者の中には市販の弁当...塩分控え目は健康の元(私の闘病記・その六)

  • 生きるには酸素が必要 (私の闘病記・その四)

    発信元:赤とんぼ日暮らし通信■□写真タイトルと撮影場所□■通販で購入したオキシメーター自宅DKにて(2021.5.12)★写真の上でクリックしてご覧ください★入院してからは毎日点滴していたが、それ以外に重要なのが「血中酸素濃度値」の安定だった。私はこのような値があるのを知らなかったが、救急車に乗った時には78%だったとのこと、健康な人の血中酸素濃度値は96~99%だから救命士も驚いていた。そしてこの濃度を測るのが「オキシメーター」と呼ばれる測定器だ。オキシメーターを中指か薬指、または親指に挟むと酸素量と脈拍が表示される。それが96%以上であれば正常だが、入院した頃の私の濃度は不安定だったので、その対策が酸素補給だった。入院時は70%台だったので、最初から鼻にチューブが取り付けられて常時装備となり、シャワー使用中...生きるには酸素が必要(私の闘病記・その四)

  • 病室はどんな雰囲気? (私の闘病記・その三)

    発信元:赤とんぼ日暮らし通信■□撮影場所□■病室にて(2021.5.7)●写真の上でクリックしてご覧ください●フラット状態のベッド頭部を上げたベッドこの病院には3ヶ月間隔で通院しているので、一階外来フロアのレイアウトは少し理解していたが、三階にこのような療養施設があることは知らなかった。実際に病室に入ってみると整った広い空間のある環境で、ゆったりとした静かな雰囲気に好感が持てた。最初は四人部屋の通路側の区画だったが、その後、夜間、隣人の鼾(いびき)に耐えられずSOS発信、入院三日目には隣室へ移動した。この煩い隣人の鼾は入院中の最大級の”困ったこと”だった。その後は窓際の区画で過ごしたが、奥側の区画は少し狭く感じられた。私有持ち物などは備え付けのラック内に収容できるが、移動式の備品入れもあり、貴重品用に鍵付きのセ...病室はどんな雰囲気?(私の闘病記・その三)

  • 生まれて始めての点滴 (私の闘病記・その二)

    発信元:赤とんぼ日暮らし通信■□撮影場所□■入院先の病室にて(2021.5.5)●写真の上でクリックしてご覧ください●点滴剤の本体私はこれでモニターしていました私が何故、肺炎を発症したのか?は、私にとっては重要な疑問である。私なりには街医院で投与された「脈拍降下剤」が血圧低下を招き、それが肺炎の原因となったと思い込んでいるので街医院医師への微妙な感情が残る。先日、入院先の担当医師にその件を確かめる「薬との因果関係はありません」と否定されたが何となく釈然としなくて私の気持ちは複雑だ。治療といえば絶対安静だが、薬の投与も重要な要素で、その中でも点滴は初日から続いた。。最初は日に4本の抗生物質(1本100ml)が注入されたが、四日後には昼食後と夕食後1本となり、減った分は内服薬に変更された。ところでこの点滴は腕に差し...生まれて始めての点滴(私の闘病記・その二)

  • ・・・入院・・・そして退院 (私の闘病記・その一)

    発信元:赤とんぼ日暮らし通信■□撮影場所□■市北部の路上にて(2021.5.8)●写真の上でクリックしてご覧ください●私が入院した市北部の総合病院三階の病室で13日間暮らしました人生、時には思いもよらない突発的な事が起きる。今までの人生の中で実際に多くの出来事を経験してきたが、それが人生だと淡白に考えながら生きてきた。しかし、その出来事に遭遇した時、齢(よわい)80歳を越えた私には時には命取りの危険な状態が待っていたことを知る由もなかった。4月26日、街医院へ通院、診断の結果、驚くべきことに肺炎が発症しているとのことで、”即入院”との医師の言葉に気が動転した。その時まず気になったのは家族のこと、もしこの肺炎がコロナと関連した場合に及ぶ影響を危惧するとともに、Mの介護をどうするのか?も気掛かりの一つだった。その後...・・・入院・・・そして退院(私の闘病記・その一)

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