新婚旅行中に体調を崩し空港から病院へ直行したらそのまま人生初入院、腸に穴が開いていた…のは置いといて、ついでに14cmの卵巣嚢腫が発覚したアラサーの記録。成熟嚢胞奇形種を開腹手術で摘出しました。
卵巣嚢腫が発覚するまでの経緯・MRI検査・入院・手術・術後の経過・入院費用や入院生活に持って行ってよかったものなど公開しています。
3か月ぶりの更新になってしまいました。 前回の投稿で、人工授精へ早めのステップアップを…と検討していたとおり、 5・6・7月に人工授精を行いました。 結果…実らず。次の周期から体外受精へステップアップする決断をしました。 わたしのAMH値が
卵管造影検査の薬疹でとんでもないめに遭ってから早2か月…!(2か月たつのはやっ…) ほとんどの検査を終えたので、現在は月1で卵胞チェックの検査を受けている状況です。 いちど、子宮がん検診で他の産婦人科に行く機会があり、現在通ってるクリニック
卵管造影検査の薬疹でとんでもないめに遭ってから早2か月…!(2か月たつのはやっ…) ほとんどの検査を終えたので、現在は月1で卵胞チェックの検査を受けている状況です。 いちど、子宮がん検診で他の産婦人科に行く機会があり、現在通ってるクリニック
卵管造影検査を受けたのが木曜日、このひとり言を書いているのが月曜日。 …この間、ほとんど眠れない夜が続いていました。 理由は、全身に出現した赤い斑点・目も開けられないほど真っ赤に腫れた体・耐え難いかゆみ・冷たいタオルが一瞬で温かくなるほど熱
ついにやってきました…卵管造影検査。 不妊治療についてはほとんどと言っていいくらいネットで調べていない私。(なんか気が進まなくて…) それでも風のうわさで聞いていた「卵管造影検査は痛い」と。 ちなみに卵管じゃなくて血管から造影剤をいれる検査
不妊治療クリニック5回め|ホルモン採血(E2・P4)と貧血の検査
生理前に行う検査。 月曜日午前中だからか、クリニックはもの凄く混雑していた。 1時間以上名前が呼ばれない。。 2本分の採血と内診。今年に入って何回内診受けてるんだろう…。 痛い先生と痛くない先生がいる。。。だいたい痛い先生に当たって悲しい。
前回の受診からわずか4日後、またクリニックに行ってきました。 前回もあったけど、クリニックに受付した瞬間、尿検査を案内される。 想定外の尿検査なので、既定の量が出るかビビりつつ、なんとか量を確保して終了← 受診前日夜か当日の朝にタイミングを
2回めの通院の時に「次は1月31日に来られますか?その時に卵巣の大きさを見て、タイミングが取れていればフューナーテストをしましょう」って言われたから行ったのに… めーちゃくちゃぐりぐりされたあとに 「2月〇日(←たった数日後)に来てください
2回めの通院の時に「次は1月31日に来られますか?その時に卵巣の大きさを見て、タイミングが取れていればフューナーテストをしましょう」って言われたから行ったのに… めーちゃくちゃぐりぐりされたあとに 「2月〇日(←たった数日後)に来てください
生理5日目に、「月経中採血」という検査を受けに2回目のクリニックへ。ついでに、夫の精液検査も。(容器に入ってるとはいえ、夫の精子を持って電車に乗るのはフクザツな気持ちでした…) この精液検査、採取してから2時間以内に病院に持って行かなきゃい
2022年1月11日は、暦のうえかなり縁起が良い日らしい。一粒万倍日&天赦日ということで、「なにかを始めるのに最適な日」だとか。一粒万倍日&天赦日とは…そんな縁起が良い日とも知らず、不妊治療クリニックの初診に行ってきました。評判と通いやすさ
あけましておめでとうございます。毎年年末に受けている、卵巣嚢腫が再発していないかの定期検診。年が明けてしまいましたが、行ってきました。 結果は、問題無し!手術をした左の卵巣は超音波検査で毎回見えず…右の卵巣は2cmくらいの大きさになっていま
ゆる妊活を始めて早半年。 残念ながら授かる気配がないので、不妊治療のクリニックを受診することにしました。 まずは不妊かどうか検査してもらう…で合ってるのかな? 治療費とか治療の流れとか、おおまかでも明示してくれるクリニックって少なくて…。
生きててほしいと願っていた人が亡くなってしまいました。 心にはぽっかり穴。 「亡くす」という経験をするたびに、もっと一生懸命生きなきゃ、毎日を精一杯生きなきゃと思います。 でもいつしか心の穴も小さくなって、悲しみが癒えるのと同時に精一杯生きなきゃという気持ちも薄れてしまう。 こんな愚かな自分を変えたい。 昨晩、会えたらいいなと思っていた人と夢で会えました。もう簡単には会えない人。夢の中で話をして、懐かしくて、元気でいてくれて、嬉しかった。 教えにきてくれたのかな。 いつか、会えなくなってしまう時がくる。 死だけじゃなくて、いろんな理由で。 だから、伝えられるうちに精一杯伝えなよ。って。 ありが
前回までのお話しはこちらです。 いざ、自分が妊娠したかもしれないとなると、いつ・なにを・どうしたらいいのかが全くわからないことに気付きました。 とりあえず、お酒とコーヒーは控えて、お刺身は食べちゃいけないんだっけ?え、お寿司食べられないってこと?食べられないならあと1回くらい食べたかった…。 とか、 とりあえず近所の産婦人科行けばいいのかな?産婦人科どこにあるんだろう?卵巣嚢腫で通ってる病院のほうがいいのかな?でも遠いんだよな~、妊婦になって毎回あそこに通うのはな~…。てか、いつ行ったらいいんだろう? とか、 私の知識これくらいしかありませんでした。。自分でも驚きです。 でも、今の時代スマホで
前回までのお話しはこちらです。 いざ、自分が妊娠したかもしれないとなると、いつ・なにを・どうしたらいいのかが全くわからないことに気付きました。 とりあえず、お酒とコーヒーは控えて、お刺身は食べちゃいけないんだっけ?え、お寿司食べられないってこと?食べられないならあと1回くらい食べたかった…。 とか、 とりあえず近所の産婦人科行けばいいのかな?産婦人科どこにあるんだろう?卵巣嚢腫で通ってる病院のほうがいいのかな?でも遠いんだよな~、妊婦になって毎回あそこに通うのはな~…。てか、いつ行ったらいいんだろう? とか、 私の知識これくらいしかありませんでした。。自分でも驚きです。 でも、今の時代スマホで
こんにちは、ろもです。このページは、記事にするまでもないような日々のとりとめのない話し、いわゆる日記的なものを書きたくて作ったページです。 27歳の時に卵巣嚢腫を患ってから、早5年。自分のことをアラサーと言うにはおこがましい年齢になりました。 20代の時は正直子どもを産みたいと思えなかったのですが、昨年あたりから子どものいる生活を想像するようになりました。 今年の3月くらいから妊活を開始。ただ妊活と言っても、タイミングを狙って活動をする…くらいで大した知識も無く、はたしてこれが妊活と言えるのか?と自分でも疑問なくらいふわふわした感じでした。 そんなエセ妊活?を始めて4か月、生理が予定日を過ぎて
毎月やってくるPMS…つらいですよね。この記事では重いPMSに悩んでいた私が、PMS対策に効果のあったサプリをレポートしました。PMSを改善したいと思っている方のご参考になれば嬉しいです。
【大人も楽しめる】リゾナーレ那須の宿泊ブログ【お得に泊まる】
リゾナーレ那須の宿泊ブログを読みたいですか?本記事ではリゾナーレ那須の宿泊レポートから、カップルや夫婦などの大人でも楽しめる理由、お得に泊まる方法を紹介しています。リゾナーレ那須への宿泊を考えている方は必見です。
宇多田ヒカルさん1983年生まれ19歳で卵巣嚢腫が発覚。卵巣嚢腫と共に、左卵巣を手術で摘出されたそうです。2015年、32歳の時に男の子を出産されています。以下はオフィシャルサイトの日記からの引用です。2002年5月10日に公開された「みん
卵巣嚢腫の闘病記録を公開しています。卵巣嚢腫の症状や入院・手術・退院後について。また入院費用の詳細なども公開しています。初めてお越しのかたはこの記事をご覧いただくと、お知りになりたい情報にアクセスしやすいと思います。
2016年に卵巣嚢腫を開腹手術で摘出しました。それより前からPMSに悩まされていた私。卵巣嚢腫はPMSと関係あったのか、そして私のPMS対処法についてのお話です。
2016年3月に卵巣嚢腫の開腹手術を終え無事に退院をしました。入院時の持ち物については、基本的に病院から渡される「持ち物リスト」通りに揃えればOKです。ですが、病院から指定された持ち物以外にこれは持って行って良かった!これがあればよかった…
卵巣嚢腫が発覚してから手術をするまでの間にMRI検査を受けました。体験談を読むと造影剤が苦手とか音がうるさいとか色々な声がありますが、私が何よりお伝えしたいのは…検査前には必ずお手洗いに!ということです…。
卵巣嚢腫が発覚し開腹手術にて摘出しました。発覚する前に自覚症状はあったのか、生理や体形に異変はあったのかについてのお話です。
私はトータルで2回入院しました。高額療養費制度などを利用しつつも、自己負担した金額は合計で約30万円ほど。しかし民間の保険に入っていたおかげでその大部分を取り戻すことができました。わたしはかんぽ生命に加入していたのでその詳細のお話です。
ひとつ前の記事でも触れましたが、2016年1月の緊急入院の後「高額療養費制度」の申請をしました。高額療養費制度とは全国健康保険協会によると高額療養費とは、同一月(1日から月末まで)にかかった医療費の自己負担額が高額になった場合、一定の金額(
卵巣嚢腫(開腹手術)で入院しました。事前のMRI検査や血液検査の費用から入院の費用まで公開しています。高額療養費制度のおかげで想像していたより入院費用はかかりませんでした。
卵巣嚢腫(開腹手術)で摘出しました。病院から渡された持ち物の中で悩んだのが「腹帯」です。そもそも腹帯がどのような物なのか…というところからスタートでした。腹帯の種類、用途、購入した腹帯の使用感などレポートしています。
卵巣嚢腫を開腹手術で摘出しました。入院中につらかったことをランキング形式で紹介しています。ただつらかったとは言っても、今はそんなつらさも忘れてピンピンしています!同じ境遇のかたが心の準備をするのにお役立ていただけたら嬉しいです。
卵巣嚢腫(開腹手術)で入院、頂いて嬉しかったお見舞いランキング
卵巣嚢腫という病名は自分が患って初めて知りました。しかし、実は女性の10人に1人はかかるとも言われているメジャーな病気だそうです。この記事を読んでくださっている人の中には、家族や友達、同僚が卵巣嚢腫で入院してしまったというかたもいらっしゃる
卵巣嚢腫という病名は自分が患って初めて知りました。しかし、実は女性の10人に1人はかかるとも言われているメジャーな病気だそうです。この記事を読んでくださっている人の中には、家族や友達、同僚が卵巣嚢腫で入院してしまったというかたもいらっしゃる
大腸内視鏡検査を受けるために病院に行ってきました。鎮静剤を打つかどうかは検査当日に聞かれました。検査中の痛みやお尻は見られてしまうのかについてのレポートです。
大腸憩室炎は治ったものの、大腸内視鏡検査を受けることになりました。前日の下剤服用から当日の朝までの記録です。
酷い腹痛から大腸憩室炎が発覚しました。憩室炎の症状や原因はどのようなものなのか、当時を振り返っています。大腸内視鏡検査は受けるのに中々気が進みませんが、検査を受けるに至った考えをまとめています。
卵巣嚢腫で開腹手術を受けた後、腹帯はいつまで着けておけばいいか
腹帯を着けていると安心感が得られる一方、鬱陶しく感じる時もある。手術を受けてからどれくらいの期間腹帯を着けておけばいいのか特に説明も受けないまま一か月ほどずっと腹帯を着けていた。ちょうど通院する機会があったので、看護師さんに腹帯の着用期間を聞いてみた
手術前卵巣嚢腫が発覚してから手術をするまで、傷跡がどうなるのか非常に不安だった。今まで手術はおろか入院すらしたことが無かったので、”自分の体に手術跡ができる”という事実が受け入れられなかったのだ。当初は傷がほとんど目立たないという腹腔鏡手術
手術してから2回生理がきた2016年4月末現在、卵巣嚢腫の開腹手術をしてから今日までに2回生理が来た。1度目は手術をした翌日3月16日に、2度目は4月16日だ。手術前の生理についてこれまで生理不順とはほぼ無縁な人生を送ってきていた。さすがに
5月22日で退院してから2か月が経った。入院してた時のことなど、もはや思い出せないくらい元気になった。「傷が痛い」や「腹帯をいつまでつけようか」という悩みも現在では一切無い。傷は触ってもほぼ痛くないので、腹帯も全く着けていない。
4月27日に熱を出して以来、10日間程熱が上がったり下がったりする状態が続いた。(熱を出しながらもGWの富山旅行に出かけたりした…笑)高い時は39度出る日もあった。不思議なことに喉の痛みや頭痛、鼻水などは一切無く、ひたすら熱だけが出る状態だった。
4月27日(水) 朝、目が覚めるとものすごく汗をかいていることに驚いた。ダルさもあったので一瞬で「だいぶ熱がある…」とわかった。測ってみると37度7分ほどだった
ろもろぐにお越しくださりありがとうございます。当ブログでは27歳の時に14cmの卵巣嚢腫(成熟嚢胞性奇形種と後に診断)を患った時の入院・手術の記録を公開しています。卵巣嚢腫の闘病記を時系列にご覧になりたいかたは以下をご参照ください。各記事の
色で例えるなら桜色だった近所の景色も、あっという間に若緑一色になった。日毎の変化は大きくないが、一週間前と比べると様々な事が変化しているのを感じられる。私はというと、もう手術をしたことを忘れてしまうくらい日常生活に戻っている。
2016.04.14 病院 予約の30分前に病院に到着する。医師のOKが出るまでは車の運転も控えるようにと言われていたが、車で10分もかからない道のりが電車だと40分近くかかってしまうので、自己判断のうえ車で向かった。
満開だった桜はあっという間に散ってしまった。先週まで桜のトンネルだった道を通ると、今度は桜吹雪のトンネルになっていた。9日土曜日にはそんな桜吹雪の中で、芝生に座り簡単なピクニックをすることができた。
3月30日(水) 退院8日目 昨日たくさん歩けたので、今日も少し遠出してみようかということで母と散歩に出かける。しかし昨日とは違い、10分くらいで猛烈にお腹が痛くなる。冷えた時のような痛さだった
3月23日(水) ~退院1日目~入院している時から寝たり起きたりする際に傷が痛んでいたので、自宅で生活するうえでも不安に思っていた。病院のようにスイッチ一つで寝起きできればまだ楽なのだが…。
あれよあれよといううちに退院日を迎えた。当初の計画だと26日に退院の予定だったが4日も早まった。まだ”普通に歩く”からは程遠い歩き方だし、ちょっとした動きで痛むので不安もあった。
とても良く眠った。普段は起きて朝の検温と血圧測定を待つが、この日は測定に来た看護師さんの声で目が覚めた。吐き気などもなくとても快調。昨日までつぼみだった桜が花開いていた。
手術をしてから5日が経ち、傷の痛みはかなり良くなっていた。歩くときに腰は曲がってしまうが、ベッドから降りる動作も苦なくできるようになった。どちらかというと傷の痛みよりも、腰の痛みの方が気になっていた。
昨日までは傷が痛くて寝返りを打つのが一苦労だったが、今日はそこまで苦労することなく寝返りが打てるようになっていた。当初、退院予定は26日と言われていたが、病床の都合(混んでいるらしい)と経過が良いことを理由に予定日が22日に早まった。
久しぶりに心穏やかに眠ることができた。睡眠導入剤のせいか起きた時に頭痛が激しかったが、傷の痛みには昨日よりまた良くなっていると起きた瞬間に感じた。今日は久しぶりにシャワーが浴びられる日だ。手術の前日に浴びて以来なので、なんと4日ぶりにもなる。
朝起きると昨日より調子が良いと感じた。今日なら歩ける気がする。電動ベッドを起こして看護師さんを待ち、看護師さんが来たら「今なら歩ける気がする」と伝え歩くのに付き合ってもらった。
起きる。痛い。熱も38度以上あるらしく、頭がぼーっとする。昨日よりも痛む範囲が若干狭くなったような気がしたが、点滴の痛み止めが切れると燃えるような痛さを感じた。予定では今日から歩行練習をするとなっていたが、歩くなんて不可能だと思った。
「終わりましたよー」という声が聞こえた。”すごくよく眠った”という一瞬の充実感の後に吐き気と体のダルさと燃えるような痛みを感じた。手術は成功、と説明があった気がするようなしないような…意識は朦朧としていた。
いよいよ手術当日を迎えた。前日の21時から禁食、当日の朝9時からは完全に飲食禁止となった。手術は12時半スタートの予定で、家族は11時ごろ来院するようにと伝えられていた。特にすることもなく、家族と他愛もない話をしながら時間を待った。
術後はしばらくシャワーを浴びられなくなるので、念入りに体を洗う。本当は一番遅い時間に入りたかったが、15時頃から下剤投入ということでその前にシャワーを済ます。そして15時過ぎ、看護師さんが下剤を持ってきてくださった…。 考えてみると下剤を飲むのも生まれて初めての経験だ。
13時に入院手続きの予定で、時間通りに受付を終えた。年末年始にも同じ病院へ入院していたため、手続きはいたってスムーズに終わった。自分のベッドにつくとすぐに採血が行われた。久しぶりの注射に少し緊張したが、点滴を入れるための注射より全然痛くないことをすぐに思い出した。
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