認知症になった親の在宅介護から高額老人施設への入所、そして経済破綻までの経緯をエッセイにしています。
主に、認知症になってしまった親の介護エッセイです。在宅介護から始まり、やがて手に負えなくなり高額老人施設への入所、そして経済破綻を目前に控えながら日々暮らす現状までの経緯を綴っています。その他、管理人自身の仕事や日常、気になる情報、憂いな私事についての雑記帳です。
自室で横になっていても、なにやら急に寝床がガクンと傾いたように平衡感覚を奪われる。 ベッドの真ん中で寝ている筈なのに、端からごろりと転げ落ちそうな感覚に陥り焦る。 不意に訪れるメニエール症からの回転型眩暈によるものだ。 もっとも、仕事を辞めたあたりのひと頃から比べると、だいぶその頻度や強さも緩和されつつあったが、スーパーでの買い物中なんかに突然グラっと襲われても危ないので、少量の買い物の時でさえ…
深夜ビクっと目が覚めると、階下の部屋から父の叫び声が聞こえる。 どうやら断続的に叫び続けているようだが、いつ頃から叫んでいたのだろう。 たった今しがたか、5分か10分前か、それともだいぶ前からか叫んでいたのか。 気づいた以上いつまでも放置しているわけにはいかない。ここは住宅地だ。皆眠りについた深夜である。 胸の痛みを覚えながらぼんやり床から這い出し、照明を絞った深夜の薄暗い階段をヨロヨロ降りて父…
目覚めると、まだ胸の中央左寄りのあ…
「・・・の件ですが、このまま進め…
仕事を休み、ぼんやりと改善しつつ…
どこかの天井が見える。 四方を布…
年度も新たに、有給休暇と介護休暇は戻ったものの、おそらくそれらは父の介護を理由にあっという間に消えて無くなるであろうことは目に見えていた。 それでも有るのと無いのとでは意味合いも大きく異なり、多少なりともサラリーや職場での”立場”を温存するには助けられそうであることに安堵する。 そう…
精神病院への入院を土壇場で断られ、家族も主治医もケアマネージャーも途方に暮れる事態となったが、父の身体機能の低下は著しく進み続け、その介護度は、それまでの「要介護3」から「要介護5」へと上げられ、諸々の介護サービスの利用範囲も目一杯まで引き上げられることになった。 だがそのことは、介…
訪問医療の主治医に精神病院宛の紹介状を書いて貰ったのは、父を施設から自宅に連れ帰ってから僅か1ヶ月ほどのことだった。 いわば、我が家は1ヶ月で父の介護に根を上げたことになる。 もっと詳しく述べれば、日々、そして夜毎発せられる父の雄叫びや悲鳴に耐えられなくなってのことだった。 例えるな…
施設で危篤を告げられ、家族によって住み慣れた自宅に連れ帰され”看取られる”準備に入った父だったが、そこからは誰も予想出来なかったほどの復活を遂げた。 復活を遂げるや否や、父は凄まじい程の大音量と勢いとで昼夜問わず叫び声を上げ続けることになり、数日もしないうちに我が家はその”騒音”によっ…
菓子折を手に、父が世話になっていた認知症患者特化型の施設を訪れたのは、父を退所させてから10日ほど経ってからの事だった。 施設の食堂ロビーでは馴染みの顔の入所者達がそれぞれテレビを眺めていたり、ソファにぼんやり腰掛けるなどしており、暴言を吐く父を、よく叱り付けていたあの女性の姿もあ…
いわゆる”虫の息”で帰宅した父だったが、そのまま数日が過ぎた。 管理人は日々仕事に出向き、家にいる母から何らかの連絡が入るのを待つ形となった。 その間、日に1度医師が巡回に訪れ、訪問の看護師も点滴の交換や容態の確認に出入りしていた。 看護師が入るたび、床ずれ防止の姿勢変換やオムツ交換が…
少々長文になりますが、 糖質制限を実践した管理人の経緯と結果について書いてみます。 ダイエットやメタボ、 そして高血糖や糖尿病の改善に有効とのことから、 近年よく耳にするようになった『糖質制限』。 じつはこれ、単に”味覚として甘い”食物や飲料を控えれば OKというワケではありません。 それ以外の食品にも、糖質はそりゃもう沢山含まれています。 はいそうです、炭水化物ですね。 むしろ、こ…
父危篤 ———— 勤務中に知らせを受けたので、早退して一旦自宅に寄り、そういう連絡が入ったと母へ伝える。 外出着を準備するのに母が寝室のドアを開け放つと、そこでは施設をたらい回しにされる直前まで父が寝起きしていたベッドがあり、長年使っていた布団や枕が整然と延べられたままである。 あの日まで、認知症在宅介護の修羅場と化していた筈のベッドだが、いまやそれは用途も温度も必要としないただの物体でしか…
ノロウィルスの旬な季節になりました…
その後母が回復し、日常生活を取り戻すまでの間、施設から父の退所を促す連絡が来なかったのは、我が家にとって何よりの救いとなり奇跡だったといえよう。 施設へは毎日足を運び、父の様子を窺い話しかけ、何回かに1度はスタッフや他の入所の皆様へということで菓子や飲み物といった差入れもしていた。 本来、家族からの付け届けの類については、どこもそうだが一切断られるのが普通であった。だがそこではいつも素直に受け…
結局は、施設側に折れてもらったのだろう。 後ろ髪を引かれる思いを胸に、父のいる施設を後にしながら、帰りの車中ではただただそんな気持ちに苛まれた。 「どうか宜しくお願いします」と、施設の責任者に玄関口で頭を下げたときも、相変わらず父の叫び声は轟いており、こちらをじっと窺っていた何人かの他の入所者達の顔も目に入った。 その中には、父を一生懸命に叱り付けていた女性の姿もあり、隠れるか消えてなくなりたい…
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