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蒼氓さんのプロフィール

住所
大和市
出身
大和市

人生にて、真理との出会い(邂逅)を書いております。あなた様の参考にして下さい。

ブログタイトル
真理との邂逅 高級霊のメッセージ
ブログURL
http://muratakazuhiko.hatenablog.com/
ブログ紹介文
真理探究の道
更新頻度(1年)

253回 / 303日(平均5.8回/週)

ブログ村参加:2017/06/26

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ハンドル名
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蒼氓さんの新着記事

1件〜30件

  • あなたたちが世に在って占める地位は何ら重要ではない。

    第一話 101 あなたたちが世に在って占める地位は何ら重要ではない。あなたたちにとって最も重大なことは、神おんみずからの真の現れである神の愛を受けかつ与える能力である。 103 偶像や肖像は心の中にある象微にすぎない.。そんなものより得るところは殆ど無い。われわれは神の愛を知り且現わさなければならないのである。キリストは神のみ霊であり愛によって天と地とにおける一切の力を与えられているのである。 心身の神癒 参考、 象徴(しょうちょう)は、抽象的な概念を、より具体的な物事や形によって表現すること、また、その表現に用いられたもの

  • 私の霊界紀行 驚異の幽体離脱体験記 F・C・スカルソープ・著 近藤千雄・訳

    私の霊界紀行 驚異の幽体離脱体験記 F・C・スカルソープ・著 近藤千雄・訳 潮文社 2007年4月刊 ●同じ次元ないし同じ波長の状態にあれば、お互いに「固い」と感じられること、心に思ったことが本を読むように読み取れるということが分かった。 ●哀惜の念は地上的無知の産物である。つまり死を永遠の別れとして悲しむ情である。 それは真実を完全無視した情であり、霊的法則に反し、波長を下げることになる。 ●夜中に霊界を旅行すると、まだ生きているはずの人々をよく見かけることがある。 ●同じく真昼に離脱したときのことであるが、今ごろ絶対に寝ているはずがないと思われる人を霊界で見かけることがあった。 どういうこ…

  • 「宮沢賢治の詩を丹波哲郎流に」

    何か困難にぶつかるたびに、気持ちを前向きに切り替えてゆくこと。 その心掛けが幸せになる第一歩だと私は思っている。 そんな私が昔からことあるごとに思い出す座右の銘が宮沢賢治の詩である。 その詩があまりに好きなので、私流にアレンジして作ってみた。 金もいらず 噂も気にせず 名誉にも 人の脅しにも 負けぬ自由な心を持ち こだわることもなく 決してあせらず いつも静かにほほえんでいる 一日に一房のブドウと 一枚のアジの開きと 一杯のうどんを食べ あらゆることを神様におまかせし そしてわが事を忘れ 人様の事を思い 霊界のお花畑の隅にいて 東に恋に破れた者あらば 行ってもっといい人がいると慰め 西に不幸な…

  • 「私の霊界紀行」ー脅威の幽体離脱体験記  F・C・スカル・ソープ著 訳近藤千雄

    上層会の単純素朴さ 光輝に満ちた上層会へ行く程、霊的真理の単純素朴さを思い知らされる。「光輝に満ちた」と表現したのは、その境涯全体に行き渡る明るさがまるで熱帯地方の真昼のように煌々と輝き、それでいて少しも不快感を与えないからである。その境涯に来て受ける影響はいつも同じである。すなわち真理への悟りが一段と深まるような意識にさせられるのである。 環境そのものから発せられる波長が霊体に心地よい感じを与えてくれるし、そこの住民が自然に発散している友愛の念からさらに幸福感を与えてくれる。その友愛精神にはわざとらしさがなく、オーラの範囲の広さのせいで、少し近づいてもひしひしと感じられる。ただ、辺りの光輝の…

  • 「スウェデンボルグの霊界からの手記」 私は生きながら死後の世界を見てきた エマニュエル・スウェデンボルグ 今村光一抄訳・編

    地獄界の区霊は、霊界の光や霊流から霊としての喜びや幸福を感ずることができない代わりに、 自分の欲望を満足させることを喜ぶ。 これらの欲望は、ほかの区霊を支配したり、ほかの霊に悪業を働いたり、あるいはほかの霊の賞賛を得たりしたいといった人間でいえば、外面的、物質的な低級な欲望ばかりだが、それにしてもいくら低級な欲望とはいえ、これを満足させることは彼らに喜びであることには間違いない。 そこで、彼らは これらを彼らの”光”として永遠の生を送ることになる。 ①霊界の霊は、自分たちの生命の源もすべて霊界の太陽にあることを知っている。 そこで、②彼らは自分が本当は自分の主でなく、太陽こそが主であり、その太…

  • 人生の帰趣0113 

    人生の帰趣0113 宇宙の目的 宇宙に目的ありと見るは宇宙の能力即ち働きの結果は必ず終局の目的に至ると云ふので大霊の力用から人格的の仏を出現して心霊界の太陽とし、斯く大霊には不可思議の力用ありて、人格的の仏として人類を摂して終局目的の霊界に帰趣せしむるを云ふ。 此は大霊の力に基く。 又被救者の方から云ふも大霊目的と言ふ力は恰も天の太陽の光を以て地上の動物植物を化育する如くに、如来は心霊界の太陽として、人類の心霊を霊化して罪悪深重の凡夫を救霊して光明の生活に入らしめ、煩悩の罪悪を化して霊的に為し給ふ働きである。 浄土敎の如く弥陀の本願力、一切の人類を光明中に摂して、斯心光に触るる者は正定聚の位に…

  • 「スウェーデンボルグの霊界からの手記」 私は生きながら死後の世界を見てきた エマニュエル・スウェーデンボルグ 今村光一抄訳・編

    霊界の太陽は生命と秩序の基礎 「われ、いまは霊界の太陽のことを汝に語らん・・・・・太陽はわれら霊にとりては神の如きものにして霊界のすべての基礎は太陽にあり、霊界は太陽によりて存在するものなれば、われ、これを詳しく語らん」私が最初に霊界に入ったとき、胸の高さにあって動かない太陽に驚いたことはすでに記した。 「すべての生あるもの生命の原始と連なることによりて初めて生命あり、その生命継続しうるなり。原始と連ならずして生命あるものなし。霊界の霊すべて太陽に連なりてその永遠の生を受くるものなり・・・・・」 彼はこう強調してから、太陽のことについて話し始めた。 霊界の太陽はその光で霊を照らし霊にものを見せ…

  • シルバー・バーチの霊訓(一) アン・ドゥーリ編 近藤千雄訳

    問「霊的法則は霊界でも地上でも同じ作用をするのでしょうか。」 答「違います。 こちらでは同一レベルにまで進化した者同士の生活が営まれており、霊格にによる区別がはっきりしているからです。 ですから地上のように比較対照というものがありません。 各自がその霊格に合った階層で生活しており、程度の低い者と高い者とがいっしょに暮らすということがありません。 地上では精神的ならびに霊的発達程度の異なる者が毎日のように顔を合わせますが、こちらではそうゆういうことがありません。 ただし、使命を受けて(地上的な言い方をすれば)低い階層へ降りて行けば別です。 そうでないかぎり同じレベルの霊同士の生活が営まれます。 …

  • 「スウェデンボルグの霊界からの手記」 私は生きながら死後の世界を見てきた エマニュエル・スウェデンボルグ 今村光一抄訳・編

    つねに目の前にある霊界の太陽 ラクダの背に荷を積んだ隊商が、東洋の砂漠を延々と列を連ねて西へ進んでゆく。広い砂漠には視界をさえぎるものとてない。隊商たちには、街道を進むときのような目標はなにもない。彼らに進路を示すものはただひとつ、時間と太陽の位置や高さから経験で割り出した西の方角だけである。時間は昼ごろ、太陽はちょうど南の空に輝いて彼らに進むべき方向を示していた。このとき突然、砂漠中に響き渡る遠い雷の音が隊商たちの耳に聞こえた。雨を求めている彼らは、その雷はどの方角で鳴ったのだろうと思って、思い思いに四方を見回した。彼らのあいだに大恐慌と異変が起きたのはこのときである。隊商たちが思い思に、各…

  • 「スウェデンボルグの霊界からの手記」 私は生きながら死後の世界を見てきた エマニュエル・スウェデンボルグ 今村光一抄訳・編

    では、もっとわかりやすく説明しよう。霊界の太陽から流れでる霊流が、霊界の生命の源であることはすでに述べたとおりだ。 この霊流には、霊界の上、中、下、の三世界に直接、太陽から注がれるもの(直接霊流)と、 太陽ー上世界ー中世界ー下世界の経路をへて各世界に注がれるもの(間接霊流)のふたつのものがあることを思いだしてほしい。 私は、この霊流について説明したとき、霊流は霊界内の下世界にまでしか達しないかのようにわざといっておいた。しかし、私は、いまは、霊流は下世界から、さらに人間界まで達しているのだと訂正しよう。 人間の生命は、宇宙の空間にひとりだけ離れてポッンと存在しているのではないことは誰にでもすぐ…

  • 「引き続き霊界での成長につい」

    「一つの界から次の界へよじ登っていくのではありません。 自然に成長し、自然に進化していくのです。 程度の低い要素が、程度の高い要素にその場を譲っていくのです。 何度も死に、何度も誕生するのです。 幽体は、肉体の死のような過程で失われていくのではありません。 低級なものが消えるにつれて、浄化され精妙になっていくのです。 それが幽体の死です。 そもそも“死”とは変化であり、復活であり、低いものから高いものえの上昇です。 時間と空間にしばられた地上的制約から解放された霊の世界を説明しようとすると、なにかと困難に遭遇します。 低いものは高いものを理解できません。 有限なるものは無限なるものを包含するこ…

  • (122)一番初め霊は未だ自己意識をもっていませんね、それがどうして善悪を選択する自由をもつことが出来るのですか。

    彼等の中に、善悪のいずれかへ誘う何か原理とか傾向があるのですか。 「自由意志は、霊が自己意識をもつに応じて現れてくるのである。 もし本人の意志とは別の原因で動かされるなら、霊に自由はないと言えるだろう。彼の選択を決定させる要因は、本人の内にはなくて彼の外部に、つまり、本人の自由意志をそそのかすような影響の中にある。 人類の堕落と原罪という形でいわれるものは、この選択のことである。ある霊は誘惑に負けた、ある霊はこれに抵抗した」 -ー何処から、その人間に働きかける影響はくるのですか。 「*1不完全な霊から来る。彼等は人間にとりついて、これを自由にしたいと思っている。 人間が負けると彼等は喜ぶ。サタ…

  • 「あなたの考えは霊に見抜かれている」

    いまのような人間の考えの裏側には霊の考えがあって、それによって操られるなんてことは普通の人にはなかなかわかりにくい。 これは普通われわれは体が働くのは目に見える筋肉の働きで働いていると思いがちだが、本当に体を動かしているのは目に見えない多くの神経繊維なのだという関係にそっくりであろう。 霊とのつき合いを重ねるにつれ、私は後には街に散歩に出たときに自分の周囲に霊がついてきているのにも気ずくようになった。そんなときには、霊は私の買い物の選択にまで口出しするほどであった。 私は霊に「街の様子や人々の話声が聞こえるか」と試しにたずねてみたりするほどになった。 しかし、最初に「お前にそんな考えをさせてい…

  • 奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき 。 テイラージル・ボルト

    彼女は、右脳の世界は、過去・現在・未来という直線的な時間もなくなり、あるのは「今」だけ、自分が周囲の人々、周囲の世界とつながっていることを実感できて、至福に満ちた世界である!と、説明されています。 左脳は「今」を過去と未来に繋げて反応し、機能的理論的に人が普通に生きていく上で重要な役割を果たすのですが、同時に「今、ここ」を失いがちになってしまう。 左脳の世界では、自分は個人であり、周りの人々、周りの世界から切り離されています。 そして、左脳は、「私が、私が」と、自己中心的なので、エネルギーの流れから隔離され、一体の孤立した人間になってしまう、と、テイラー博士は説明されています。 テイラー博士は…

  • キラキラニコニコ

    スピリチュアル サウンドメッセージ 私から、皆様へのメツセージソング ☆彡 キラキラニコニコ \(^o^)/ おはよう~ *************************************** ハイ 元気ですか 心配してますか どんな暮しですか ニコニコしてますか 変わらずいますか まだ休めませんか 山は高いんですか キラキラしてますか 海へ行こうよ 世界は広いよ 360度の 水平線の朝 大切なことを すぐ忘れるから 僕が君の輝く星になる おはよう どんな天気でも おはよう あったかで まんまるに生まれた ニコニコしてる 君の笑顔に おはよう 全力で笑って 365日 晴れのちくもり 雨…

  • 103.(嘆きや悲しみがあってこそ魂は強められるのです) 

    種が暗い土の中に蒔かれるのは、そこで養分を吸収してそこで生命力を発揮できるようにするためです。 それと同じように、人間の魂も死後の霊的生活にそなえて、この世での様々な体験という魂の養分を摂取するために,この暗い地上世界に送られてくるのです。 人生体験のすべては、壮大な神の計画の一部に組み込まれています。 あなたがたが、何よりも望まない、悲しみ、辛さ、落胆、苦悩、痛みなどの体験も、魂の向上のためには非常に大切なのです。 しかし、そのことは苦しんでいるときにはわかりません。 人生をその一部だけで判断するのではなくて、全体を振り返って見ることができた時にはじめて、人生の価値を明確に理解できるようにな…

  • 偶像崇拝者とは。

    偶像崇拝者とは?。 仏像やマンダラを拝んでいる人達だけが、偶像崇拝者ではありません。肉体を自分だと信じている人達は、みな偶像崇拝者なのです。 なぜなら、肉体は愚かな像だからです。木を切り刻んで作った仏像も、宇宙の塵(原子)で作った肉体も、何ら変らぬ偶像です。 ですから、物質に目を眩まされている人達は、みな偶像崇拝者なのです。 物質をどんなに崇拝しても、そこからは何も得られません。 物質(肉体)は、必ず消えて無くなる幻だからです。造られた物を崇めるのではなく、 造り主である生命を崇めましょう。 "汝の見るもの受け継がん!"と言われるように、生命を観れば(意識すれば)本もの(生命)が与えられ、 物…

  • 権力欲、拝金主義、唯物論、快楽主義、利己愛、このような者が、テレビなどで毎日にぎわっておます。

    もし、今おかれた自分に満足出来ない時、 もし、人と比べて自分を卑下する時、 もし、人生は暗闇ばかりで光があたらないと感じた時、 もし、自分が情けなく思われるとき、 もし、死にたいと、思った時、 もし、神様に文句が言いたい時。 次の言葉を想い浮かべてほしい。 同じ地球上に身も横たえる場所もなく、星空で寝なければならない人が大勢いるのです。風雨にさらされている人が大勢いるのです。その日の食べ物に事欠いている人がいるのです。そういう現実のもとで、あなたは、いまの自分の身の上について神に向かって不平をいう資格があると思われますか。 great silver birch 霊訓(12) 備考、地上生活で毎…

  • 嫌いな人をほめてみよう。

    好きな人の嫌いなところはありますか? いくつ思いつきましたか。好きな人の嫌いなところは意外と見つかります。 では逆はどうでしょう。 嫌いな人の好きなところを挙げるのって難しくないですか? とはいえ「嫌い」でその人に心を閉ざしてしまうのももったいない。 マンガではよく宿命のライバルがのちの盟友なりますし、 ドラマではたいてい運命の二人の第一印象は最悪です。 違うから、おもしろい。違うから視野が拡がる。違うから成長できる。 たいせつなのは、お互いを想い、認める気持ち。 嫌いな人のいいところを見つけてみませんか。 そんな小さなやさしさから世界はちょとずつ変わっていくと 私たちは信じています 違うから…

  • 相手を拝む心

    前回の続きです。 無心の心の持ち主となれ。茶の心とはこれである。無心に点ずる茶は、招いた人の心と和する。調和とは無心の心。 無心とは我(が)のない心、人のことを悪く言わず、自分をよく見せようとしない心である。それは自分よりも相手のためになろうとする奉仕の心、たとえ相手が泥棒であっても、その人のために祈る心、下着まで脱いで与えた良寛の心、この心は必ず相手に通じ、泥棒は翌朝謝りに来たのである。 故に調和とは、相手を尊敬する心、奉仕する心、無私の心、どん底からの慈愛心は、相手を師とし仏として拝む心から。それは向上心に立った強い自省の心から生まれてくる。 何も恐れる必要はない。誰も憎む必要はない。誰も…

  • 第十話  心は有効な論理的思考をすることができる。

    心は有効な論理的思考をすることができる。 しかしわたしの云う悟りは 論理的思考に先行する、それは心の背後にそして又 心を超えて存在する 一切の 創造の究極因について直接知ることである。 心身の神癒 第十話 7

  • (64)物質の世界において誰かが奇特な行いをしようとする時、霊界においてそれを支援しようとする霊がすぐさま馳せ参じます善行が無駄に終わることは決してありません。

    なぜなら霊界側では人類の向上のために役立つことをする人にいつでも援助の手を差し伸べる用意がなされているからです。 ***************************************************************************************************** (65)あなたにとってまったく見知らぬ霊、名前こそ聞いたことのない霊でありながらあなたのために力になってあげたい一心で来てくれる霊が大勢いるものです。そういう霊は名のりたがりませんし、見返りと言うものを一切期待しないものです。 ***************************…

  •  第十四話      施しをしても自分の善事をトランペットを鳴らして吹聴してはならぬ。むしろ右の手のしたことを左の手に知らさぬことである。

    68 施しをしても自分の善事をトランペットを鳴らして吹聴してはならぬ。むしろ右の手のしたことを左の手に知らさぬことである。 69 なぜならば、心(ハート)の底から為(し)たことは何であれ、あなたたちの父はそれを知り給い、豊かに報い給うからである。 70 天にましますあなたたちの父に祈る時は、外部に心を逸らす感官の扉を閉めて天に入らなければならない。 75 弟子は幾度許したらよいか、七度か、とペテロは聞いた。(その時の)わたしの言葉は七度の七十度(たび)であったことが(聖書に)録されているではないか。それは永遠の赦しを意味する。天にましますあなたたちの父は、あなたたちが赦しを求めたその瞬間に、み…

  • 「迷える霊との対話」

    ドクター・ピープルズ 地縛霊を前に語る かつてトルコ領事も務めたこともある、j・M・ピープル氏は六十年にわたってスピリチュアリズムの普及に尽くして、九十九歳で他界したスピリチュアリズムの大先輩であるが、私達は家族ぐるみのお付き合もさせて頂いて、尊敬していた方である。 これまでも何度か出現して語り、時には霊界が側の大勢の地縛霊を前に啓発の講演もなさったこともある。次はその一つである。 1922年10月4日 スピリット=J・Mピープルズ (中略) 私は地上時代はスピリチュアリズムをずっと信じていましたがそれでもあるドグマにしがみつしておりました。キリスト教から完全に脱け切っていなかったのです。 ど…

  • 「人は死ぬことができません」

    霊魂不滅を認めず死んだらすべてが終わりだと思っていた人が死んだ時はどうなりますか。? 死というのは自然法則に反することで、ありえないことですから、人は死ぬことができません。 ですからそのような人は、いつか目覚めて、事実に直面することになりま.その目覚めにどのくらいの時間がかかるかは。その人の魂の進歩の程度ーそれまでにどれほど精神的に向上してきたかということと、霊界の新しい環境にどのように同調していけるか、によります。 そのような人が霊界に移ってゆくことは難しいことですか。? それも本人の魂の進歩の程度によります。一般的には地上世界から霊界に移るのは難しいことではありません。 無意識のまま霊界に…

  • 1980年代の末、有名な天才アインシュタインの娘リーゼルは、父から彼女に宛てられた1400通の手紙を、父親の死後20年間は内容を公開しないという指示を添えて、ヘブライ大学に寄付しました。

    アルベルト・アインシュタインから娘への手紙: 1980年代の末、有名な天才アインシュタインの娘リーゼルは、父から彼女に宛てられた1400通の手紙を、父親の死後20年間は内容を公開しないという指示を添えて、ヘブライ大学に寄付しました。 これはリーゼル・アインシュタイン宛ての手紙の中の1通です。 アインシュタイン 「私が相対性理論を提案したとき、ごく少数の者しか私を理解しなかったが、 私が人類に伝えるために今明かそうとしているものも、世界中の誤解と偏見にぶつかるだろう。 必要に応じて何年でも何十年でも、私が下に説明することを社会が受け容れられるほど進歩するまで、お前にこの手紙を守ってもらいたい。 …

  • SACRED LOVE 暗い夜明けでも 凍えそうな真夏も 心にあるのは いつも幸せを歌った君と 愛の日の 永遠を 誓った あのときの僕だよ・・・

    愛こそは唯一の実在にして常在である。然らばこの「常在なるもの」は一切の条件に制約されない永遠そのものであることを悟得するがよい。 心身の神癒 第一話 77 わたしは愛によってこそ神の子なのである。故にあなたたちも愛によっつて神の息子、娘とならねばならない。それ以外の方法で真の神の息子、娘となることはできない。 心身の神癒 第一話 72 永遠に神聖なる愛 絶対無限の存在である神よ。 永遠の生命であり、愛であり、 慈悲であり、全知全能なる存在として、 ご自身をご自身の中に顕している神よ。 あなたを、真理として理解することができますように、 私たちの理性を光で照らし出してください。 あなたの愛を、あ…

  • 「地獄は悪業に対する刑罰の場ではない」

    まず、もっとも多くの人が持つ疑問はこんな疑問に違いない。 「生命と調和の源であり、世界の創造主ともいえる 「天の理」がなぜ地獄のような存在を許しているのか」。 しかし、その答えは意外に単純である。 一言でいえば 闇がなければわれわれは光の存在に気ずきえないからだ」 つまり一方に暗い闇があるからこそ他方に明るい光の存在がわかるのであって、闇と光は一組のものなのだ。 生命と調和に関してもこれはいえる。生命と調和の場である天国もこれと反対の地獄がなければ存在し得ないことになる。 私は人々の疑問に対し「地獄がなければ天国も存在できない」といういい方でよく答えるが、これもそういう意味からだ。 私がいまま…

  • 「善の実践の重要性」

    スウェーデンボルグは仁愛なき信仰を批判します。 彼によると信仰は仁愛と結びついていなければなりません 同様に、善と真理、愛と知恵はひとつです。 それらがひとつであればそこから役立ちが生まれます。 わたしたちは役立ちの生活をすべきです。「悪を避け善をなせ」。 スウェーデンボルグの教えはそこに尽きるといっても過言ではありません。 仏教の「諸悪莫作、衆善奉行」と同じです。しばしばス ウェーデンボルグ神学は 仏教的キリスト教であるといわれます。 抜粋、スウェーデンボルグの教えの特徴 。 仁愛=情け深い心で人を思いやること。いつくしむこと。 諸悪莫作=もろもろの悪を作すこと莫く。 衆善奉行=もろもろの善…

  • 人との調和は「我(が)」のない心から

    人と対してこれと争い、これを恨む。これでは調和はない。調和がなければ何事もうまくいかない。調和を得るため、意志の力で相手を変えようとしても変えられるものではない。これは我の働き、自惚れ心であって、自分を強く押し出せば出すほど、相手もそれに応じて反抗し、調和はますますこわれる。 「相手が」という気持ちがある間はいけない。我の強い人は相手のことを批判し。向上心の強い人は自己を反省する。相手の言う事がシャクに障る、相手の言葉が間違っているかもしれないが、その心その言が自分にもないか。必ずある。とかく人間は自分の事は自分に判らぬもの。その心で相手から学ぼうとせよ。いま相手から教えられているのだと思う感…

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