プロフィールPROFILE

Danza Espanolaさんのプロフィール

住所
東京都
出身
未設定

自由文未設定

ブログタイトル
永遠の未完成を奏でる 天籟の風
ブログURL
https://danza-espanola.net
ブログ紹介文
五千年後を遠望し 新しい美学価値を創造する思想のアトリエ(哲学・美学・国学・心理学・リベラルアーツ)
更新頻度(1年)

20回 / 294日(平均0.5回/週)

ブログ村参加:2016/12/28

Danza Espanolaさんのプロフィール
読者になる

Danza Espanolaさんの人気ランキング

  • IN
  • OUT
  • PV
今日 11/14 11/13 11/12 11/11 11/10 11/09 全参加数
総合ランキング(IN) 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 977,906サイト
INポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
OUTポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
PVポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
哲学・思想ブログ 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 13,106サイト
思想 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 715サイト
今日 11/14 11/13 11/12 11/11 11/10 11/09 全参加数
総合ランキング(OUT) 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 977,906サイト
INポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
OUTポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
PVポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
哲学・思想ブログ 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 13,106サイト
思想 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 715サイト
今日 11/14 11/13 11/12 11/11 11/10 11/09 全参加数
総合ランキング(PV) 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 977,906サイト
INポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
OUTポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
PVポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
哲学・思想ブログ 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 13,106サイト
思想 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 715サイト

新機能の「ブログリーダー」を活用して、Danza Espanolaさんの読者になりませんか?

ハンドル名
Danza Espanolaさん
ブログタイトル
永遠の未完成を奏でる 天籟の風
更新頻度
20回 / 294日(平均0.5回/週)
読者になる
永遠の未完成を奏でる 天籟の風

Danza Espanolaさんの新着記事

1件〜30件

  • principle(4)習得

      前の記事では生得について少し触れた。本記事からは、生後まもなくから死の直前までの経験によって獲得…

  • principle(3)―生得

      生得的は先天的と言い換えることができる。対象となる生物(例えば人間)が生まれながらにもっている性…

  • principle(2)―人類知の限界

      人間(個体)の本質を探究していく上で、未来において究極の人類知でさえ小さな一部として包摂される、…

  • principle(2)―人類知の限界

      人間(個体)の本質を探究していく上で、未来において究極の人類知でさえ小さな一部として包摂される、…

  • principle(1)―序

      観念論と実在論および直接視座にかんする subject シリーズ( 1 ~ 10 )の新たな展開…

  • 個人固有の無意識構造と言語の「場」

      古代ギリシア哲学のプラトン、アリストテレスから始まった認識論について、以前から「subject」…

  • 当ウェブサイトの新しい発信スタイル

      5月1日に日本では「令和の時代」が始まり、2か月が経ちました。「令和」の意味について賛否いろいろ…

  • 当ウェブサイトの新しい発信スタイル

      5月1日に日本では「令和の時代」が始まり、2か月が経ちました。「令和」の意味について賛否いろいろ…

  • 平成最期の日に

      [caption id=attachment_301 align=alignright width=90] 風の人モード[/caption] 今日で平成が終わる。 平成に置き去りにしてゆくことと取り戻すことをまとめておきたい。自戒の念を含め少々辛口になる。   1.「平成」は、「昭和」を卒業し「令和」へステップアップするためのモラトリアム期間という一面があった。 敗戦国としての日本 日本政府が「戦後レジームからの脱却」を標榜しても、米国からの圧力をはねのけ米国への依存度を減らし、敗戦国体制を克服した完全な独立国であることを世界が認めないかぎり、日本の独りよがりにしかならず時間がかかることを学んだ。米国との対等な国家関係を長期に目指し、急ぐことは終わりにしよう。 高度経済成長した日本 戦後、日本経済は急成長した。1980年代後半に不動産バブルが起き89年を頂点とした高度経済成長。経済大国日本。そしてバブル崩壊から平成が始まった。失われた10年と呼ばれ、失われた20年と呼ばれ、つまるところ失われた30年となった。30年間そして今もなお勤労者の給与所得平均は下がり続けている。この30年間、政府は経済復興を提唱し続け国民はそれに期待し続け、挫折し続けてきた。過去の栄華を振り返っての「夢よもう一度」はいいかげん終わりにしよう。 日本人の優越コンプレックス幻想 戦後の経済成長は俺たちがやったんだ。高齢者はこう言って胸を張る。確かに日本の自動車産業や精密機器産業、家電産業は世界に名をとどろかせた。土木建築業界も国内経済全体を引っ張った。しかし成長の主たる要因は3つ。米軍空爆による国土破壊の反動、戦後の占領軍による腐敗した政財界体制の解体、そして何よりも人口急増ボーナスだ。各産業は消費者がいなければ潤わない、潤わなければ投資ができない。消費者が急増したことで設備投資が爆発的に進み、研究開発に十分な資金投下があればこその技術の進歩であった。もちろん日本人の勤勉性と職人気質がシナジー効果を生んだことは否定できない事実。 だが経済成長の主たる要因を「俺たちだからできたんだ」とするのは勘違いも甚だしい。もう「昭和自慢」にはご退場願おう。バブル崩壊後に社会人となった50才以下の人たちの能力が原因で、日本経済が下降したような言い方をするな。逆に「俺たちが今の

  • subject(10)―客観世界(改)

      [caption id=attachment_305 align=alignright width=90] 山の人モード[/caption] 今日はようやく春が訪れたなあという感じの陽気でした。東京は風が強かった。 さて、昨年10月23日まで9回に分けて考察してきた認識構造論を再開します。約160日ぶりです。修正すべきは修正し、9回目までとは異なる新しい着想からの展開です。まだまだ粗削りの仮説ですが(いつものことですが)、意識ー無意識をとりいれて主として「客観世界」の論理構造を構築します。但し、このシリーズだけの連続記事ではなく、各テーマの論考が飛び飛びになると思います。 一応、subject(9)―実在と観念 からのつづきです。   1.内面認識と外部認識 前の記事まででは、subject と object について「異なる視座」からの考察を基本としました。今回は「認識の流れ」と「実在世界と客観世界の差異」に重点を置き、意識と無意識の中で何が起きてどうなっているのかについて、その構造を論理的に解明しようとする試みです。 下の図を参照してください。内面認識は自分の内部のみで起きていることで、外部認識は自分の外部がどう自分にかかわってくるか、その振り分けです。   2.「実在世界」「客観世界」とは何か 「実在世界」とは世界の全てです。物理的宇宙的世界(空間と時間)のみならず、概念化された意味の世界と価値の世界を含みます。実在世界には事実もありますが虚構もあります。 「客観世界」とは「自分の外部の世界はこうなっている」というふうに、客体として対象化した外部世界を主体の自分が“仮定的”事実として、または想定的に信じる世界です。「仮定的」は無自覚です。   3.「客観世界」をつくる目的は何か 人類は、他者や他家族と群居生活を送るようになりました。危険から身を守ることや食糧確保が主な目的です。そこでは人間同士が互いに危険分子とならないように、一定のルールを決めねばならなかった。守るべき掟(おきて)があり罰則も設けられたでしょう。 そうすると自然に「同じ世界観の共有」を目指します。他者の感情を害さないように、どういう場合に他者はどういう感情を抱くのかを元にした「共感」と、それに伴って「理性的価値観の共有」が必要

  • 中間整理 2019-03

      [caption id=attachment_301 align=alignright width=90] 風の人モード[/caption] テーマが拡散してしまいましたので、ここで一旦整理することにします。今後、このサイトで何について考察し書いてゆくのか、です。定期的に整理していくことにします。   〇 価値論 このテーマが構想のど真ん中です。扱う領域が広いので中テーマと小テーマに区分けします。 1.認識論――構造論 (ⅰ)実在論、観念論、直観論の「ディオ・トレビスタ」 (ⅱ)主観、客観、相互主観性、相互客観性 2.自我論――生成論 (ⅰ)自我の生成メカニズム (ⅱ)無意識の生成 (ⅲ)無意識から意識の生成 3.欲求論――生命体論 (ⅰ)細胞の養分吸収原理解明から個体欲求へ (ⅱ)細胞の次世代継承システム(生殖や受精の“存在”の謎)解明から個体欲求へ 4.共感論――他者との価値共有論 (ⅰ)理性的共感――論理 (ⅱ)感情的共感――愛、情、侠 (ⅲ)倫理 5.美学論――純日本的情趣論 (ⅰ)悲哀美の情趣 (ⅱ)大西克禮の美学論に学ぶ 6.人生意義論――幸福論 (ⅰ)自己実現 (ⅱ)志 (ⅲ)愛、情、生きかたの美学 7.新価値観生成論――世界の永遠改革論 (ⅰ)目的的創造 (ⅱ)偶発的産出 (ⅲ)自然的生成 (ⅳ)常時生成のための承継システム   〇 世界論 人間の造る社会論のなかでとりわけ自由について扱います。次に多次元的(多文脈的)なそれぞれの世界観からのアプローチ。最後に時空的物理世界および人類には永久に発見できない世界の可能性について考察対象とします。 1.自由理論 まず、リベラリズムについて広範囲を網羅的にまとめ、根源へ深く沈潜します。独自のフリーダム理論(リベラルではない)の建設にチャレンジします。 2.多次元的世界観からのアプローチ 地理的国家区分、グローバル経済、宗教・思想とイデオロギー、メディア、科学、インターネット。 3.世界概念論 (ⅰ)空間と時間による物理的世界 (ⅱ)意味と価値による世界 (ⅲ)人類には発見不能な世界の可能性   現段階で思いつくままの整理ですが、当然、柔軟に改変していきます。 おおよその羅針盤ができた。 さ

  • 人生意義のセオリー(8)侠

      「共感」から生成される心として「愛」と「情」がありました。いずれも重要な心で人生の意義に直結しま…

  • 人生意義のセオリー(8)侠

      [caption id=attachment_315 align=alignright width=90] 黄昏人モード[/caption] 前の記事からのつづきです。 「共感」から生成される心として「愛」と「情」がありました。いずれも重要な心で人生の意義に直結します。今回の記事では「侠」を扱います。「愛」がどちらかと言えば女性性の「思い」だとすれば、「侠」は男性性の濃い「人のために立ちあがる心」です。前の記事で扱った「情」を水の精とすれば「侠」は火の精と言えるかもしれません。   4.侠 〇 定義 「侠」という文字は「俠」の略字です。「俠」には「人」という字が4つも入って何をかいわんやですね。(俠はパソコン環境依存文字ということなので侠をここでは使っています) 侠気は「きょうき」と読みますが「おとこぎ」とも読みます。侠の入る熟語はその他に、義侠心、勇侠、侠骨、任侠、仁侠などがあり、強きをくじき弱きを助ける男気という意味が辞書には掲載されていますが、「強きをくじき」と「義(ただ)しい」の意味は補助的に扱います。 主旨としては、困っている人たちや弱っている人たちを見て、居てもたってもいられず、或いは頼まれて、「よし!」と、人のために立ち上がる心の「侠」です。   〇 ひと肌ぬぐ心意気 心意気はとても大切だと思っています。正しさの理屈じゃなく、損得勘定一切なく、なんだかよくわからないが勝手に心が動く。歯切れの良さがある。さっぱりと潔い感じの「よし!」という心映えが立ち上がってくる。色々考えてみたのですが、今のところ原理はよくわかりません。しかし心意気を失うことは自分の生命力を失うことと同じことのような気がしてなりません。 「侠」の心意気は、自己犠牲の精神だとか献身性だとか、そういった「善性」の理(ことわり)のたぐいではありません。表面上の意味としては似ているのですが。   〇 ありのままの「勇」 新渡戸稲造の『武士道』では、「義」と「勇」がセットで語られます。 「義」――武士道の光り輝く最高の支柱 「義」は「勇」と並ぶ武士道の双生児である 新渡戸の論拠としては『論語』の、 義を見てせざるは勇なきなり を「勇気とは正しいことをすることである」というふうに捉えるわけです。 (引用は三笠書房 奈良本辰

  • 人生意義のセオリー(7)情

      「共感」と「愛」についてと同様に、「情」もまた、これから深く考察していこうとしている段階で、未だ…

  • 人生意義のセオリー(7)情

      [caption id=attachment_315 align=alignright width=90] 黄昏人モード[/caption] 前の記事からのつづきです。 「共感」と「愛」についてと同様に、「情」もまた、これから深く考察していこうとしている段階で、未だ十分に「情」を定義することさえできておらず準備不足は否めないのですが、アウトプットしながら考えていこうと思います。   3.情 〇 定義 まず、「情とは何か」との普遍的意味への問いは持ちません。「情」は「共感」や「愛」以上に多義的で文脈によって語義は変化しますが、普遍的意味を統一しようとすることに何ら意義を感じないからです。かと言って膨大な語義語感の「情」を視野に考えるのでは「愛」や「共感」との区別もつかなくなります。そこで、私の捉える「情」のイメージを元に定義づけてゆくことにします。 西洋思想で考えられてきた情は、emotion や feeling の「感情」、patos(ギ) , passion にあたる「情念」の二種に収斂されます。こうした、驚き、喜怒哀楽等の感情は当然、自我で覚知できるものです。 私は、上記の「現象・表現の情」ではなく、もっと無意識の深くに根源的にある「情」についてここでは扱います。言ってみれば「日本古典的な無意識下の情」です。自我で覚知できない「情」です。この無意識下の情から演繹的に西洋思想的な感情・情念を説明できると考えています。 以下は相良亨著『日本人の心』からの孫引きになります。 ただ人は情(なさけ)あれ 朝顔の花の上なる露の世に 『閑吟集』 たゞ人は幾度も情あるべきは浮世なり 『義経記』 たゞ人は情あれ、情は人の為ならず 『山中常盤』 去る程に、人は只(ただ)情あれ 『三河物語』 古典では「情」を「こころ」「なさけ」と読みますが、「じょう」でも良い。要はどのような文脈でどのような語義・語感として「情」が使われていたのかが肝心です。相良は上記を引用しつつ「ただ情(なさけ)あれ」という心情が日本の古典にはあったと述べています。私の定義する「情」は上記文脈での「情」=「こころ」とほぼ同義とします。   〇 「あはれ」と「情」 本居宣長の思想「物のあはれ」の「あはれ」は、長らく「ああ」と「はれ」を繋げたものとして語の成り立ちが考

  • 人生意義のセオリー(6)愛

      [caption id=attachment_315 align=alignright width=90] 黄昏人モード[/caption] 前の記事からのつづきです。 前の記事では「共感」の重要性に気づいたことを書きました。人類の社会性のベースと言える共感から幾つかの重要な心のはたらきが誕生します。そのなかでも、とりわけ人間らしい心の「愛」と「情」について、哲学として考察してまいります。この二つは「人生意義」に十分になり得る。むしろこの心なき「志」や「自己実現」は他の誰かの胸を打つことはない。「愛」と「情」を「愛情」というふうに一括りにしなかった理由は「情」の項目で述べます。   2.愛 まず愛の意味について事典から引用します。 愛(〔ギリシア〕agapē, erōs, philia〔ラテン〕amor〔英〕love) 愛は人間理性の規定対象ではなく、逆に人間を根源的に定める領域にあるので定義できないが、次のような諸特徴を示す。愛はまず明らかに情緒・感情・意志・志向的性格を帯びている。したがって他者との関係性を示す。 (『岩波哲学思想事典』p1) 上記引用後の概説内容を参考に他者を対象に替え、対象別に分類してみます。(私見含む) 〇 対象=人間・・・肉親愛、友愛、同志愛、恋愛、性愛、師弟愛。 〇 対象=自分自身・・・自己愛、ナルシシズム。 〇 対象=超越者・・・神愛、神秘主義的愛、仏の慈悲。 〇 対象=文化・・・芸術への愛、哲学的愛、伝統習俗への愛。 〇 対象=自然・・・山川草木への愛、郷土愛、動物愛、地球愛。 〇 対象=共同体・・・家庭愛、祖国愛、チーム愛、法人愛。 〇 対象=物質・・・愛車や長年使用し続けた装飾品など愛着をもつ愛用品。 〇 対象=空想・・・幻想的愛、虚無的愛。 その他の分類について同書では、生命愛と向死愛、利己愛と利他愛、サディズムとマゾヒズム、融合愛と独占愛、甘えと自律的愛、偏愛と博愛・公正な愛、などを愛の対置の方法例として挙げています。続いてもう少し引用します。 こうした愛の多様な関係性・志向性は、精神科学・人間科学・社会科学などの対象としてその属性が記述されようが、愛はむしろ関係を創ったり破綻させたりする意味で言語行為論的に働く。特に愛は他者との関係の中で働きつつ、人間

  • 人生意義のセオリー(5)共感

      [caption id=attachment_315 align=alignright width=90] 黄昏人モード[/caption] 前の記事からのつづきです。 人生意義のセオリーとして「志」と「自己実現」を掲げました。この二つに集約できると考え、次は「何を」するのか「企画」の段階へ入ろうと計画していたのが約一ヶ月前。しかしこの一ヶ月のあいだに現代社会の問題点(少子化や「自由」について)のさまざまな考察を行った結果、この二つだけではいけないと思うに至り、考えを改めることにしました。 「志」と「自己実現」はいずれも外へ向けて形づくられるものです。一つの、或いは複数でも良いのですが、目的に照準が合わされます。ある程度、遠い未来に。ある程度、大きな社会を世界として視野に。自己実現はもちろん、志が社会善を志向するものだとしても個人的価値観(延長)上の人生意義の範疇です。 しかし人類が皆、この二つだけを人生意義として生きたらどうなるでしょう。 おそらく人類は絶滅します。というのは、子どもをつくらなくなるからです。結婚もしなくなる。志にせよ自己実現にせよ、自分の時間と労力を自分のためにのみ使う方が圧倒的に有利であり、守るものを抱えないほうが有利です。精神的なストレスも減りますし自分の自由度がなんといっても大きい。 外形上は志も自己実現も華々しく映り、誰もが憧れをもちます。目に見えるはっきりとした実在があるのでわかりやすい。けれどそれと引き換えに、「偏向した自由社会や自己実現を標榜する人たち」は子孫を遺さなくなり絶滅へ向かいます。現代日本を見ても欧米先進国の“白人”の急速な減少化を見ても、この端緒が現れているように思います。   今回の記事のテーマに掲げた「共感」は、主に内面において大きな人生意義となることに気づきました。いや、哲学者のマックス・シェーラー(1874-1928)が主張したように、むしろこちらを土台とすべきかもしれません。 以下では、内面的にはたらく「共感」「愛」「情」について考察します。   1.共感 おそらく人類の最も原初的な価値感覚のひとつです。 人類は社会を形成しました。猿人、原人、古代人の時代、一人で生きるより、一家族で生きるより、集団を形成した方が生存に有利だと、数万年数十万年をかけて気づいたの

  • 人生意義のセオリー(4)自己実現

      [caption id=attachment_558 align=alignright width=90] 鳥の人モード[/caption] 前の記事 からのつづきです。 人生の意義は、「志」「野望」を達成すること、または、その目的に向かって歩み続けることで最大化されます。敢えて「野望」という刺激的な言葉を使っていますが、耳障りの良い言葉で言えば自己実現です。私的欲求とその現実化です。 「自己実現」という言葉は、現代日本の世俗の手垢がつき過ぎ陳腐化している感があり避けていたのですが、今日のこの記事では自己実現のほうを使用してみます。まず前の記事でのチャートを再掲します。 人生の意義に「志」と「野望」を書き添えているのは、どちらか一方ではなく、どちらもという「両立」の意味です。なぜ「志」だけでは駄目で「自己実現」が必要なのかを論理的に明確にしたい。     1.公的な「志」と私的な「自己実現」 「志」とは例えば「戦争のない世の中にする」「世界中の人たちが感動する映画を作る」「全ての癌を治せるようにする」など。 「自己実現」を上記の事がらにミートすると「世界平和に貢献したことによってノーベル賞の受賞者になる」「世界最高の映画監督になる」「癌の治癒薬を開発したことで後世に名を残す」などになります。 言語の定義や語感は人によって若干異なるかもしれませんが、私は「志」を私心のない公的なこととし、「自己実現」を敢えて角度のついた言葉でいうのならば、エゴイズムに基づく私的欲求の実現と考えています。   2.「志」は同志を集める 志を抱き達成を目指して歩んでいると、低い確率ですが同志とめぐりあって志を共有しコラボレーション(協働)的に動けるようになることがあります。但し、人と人は全く同じ価値観や感情をもつ人格にはなることはできません。背景に抱えること(家族の事情など)も異なり、変節は日常茶飯事ですし、死ぬまで同志であることは稀だと思います。 どれほど高い志を抱きそれを世に訴えても、多くの人は「立派なことをしてますね、頑張ってください」と励ましはすれども、同志以外の人は自分のことで手いっぱいで、けっして汗を流そうとせずお金の寄付がせいぜいでしょう。   3.「自己実現」はファンを集める もしテニス

  • 人生意義のセオリー(3)全体構造

      [caption id=attachment_558 align=alignright width=90] 鳥の人モード[/caption] 前の記事からのつづきです。 人生意義のセオリー(1)(2)の、詳細部分を完全にカットし簡略したチャートは下の図のようになります。     〇 Mind から人生の意義が生まれる。 〇 高貴な価値観をつくらなければ高貴な人生の意義とはならない。 〇 人生の意義へ向かって進むことによって Mind もまたつくられる。 〇 人生の意義に沿った企画を幾つか発案する。ビジョンをもつ。 〇 企画・作品創造は情熱と使命感をもって取り組めるものでなければならない。 〇 企画の内容とその創造が Mind の価値観を育てるものであるとなお良い。 〇 人生の意義と企画に自ら具体化したことを設定し全体を構想する。 〇 テーマが決まったら戦略を練る。システム構造を考案する。 〇 現場戦術は心理学の実践である。     価値観・人間性の醸成は生が終わるまで継続してゆかねばなりません。 人生の意義となる志(公的)と野望(私的)、および意義に沿った企画発案、それぞれに何を具体的に設定するのかが、一番のネックになりそうです。 野望はともかく、志については、他者のそれに相乗りさせてもらうことも一つの手だと思います。具体的に何を設定したら良いのか、自分の本当にやりたいことが見えてこないという人が、現代日本にはとても多いように感じます。 企画発案のセオリーについては現在熟考中です。   つづく。  

  • 人生意義のセオリー(2)企画と戦略

      [caption id=attachment_558 align=alignright width=90] 鳥の人モード[/caption] 前の記事からのつづきです。 人生の意義と欲求の関係には、テーマ(意義)を先に決定してから欲求につなげていく場合と、何かの欲求に動機づけることでテーマが決定していく場合の二方向があることを確認しました。 そしてテーマと欲求だけでは絵に描いた餅であり、具現化しようとしなければ「プロセス」に意義を感じることはありません。つまり「何を」するかの「企画」が必要になってくる。     1.意義を具現化する企画は手段 意義を形にするためには「何を」するのかをまず決めなければなりません。必須条件は人生の意義の実現に関連性のある「何か」であるということ。 意義実現の最終地点に近接した企画から今の自分自身に最も近いところにある企画まで、いろいろな企画を空想します。今思い浮かべられる企画だけで5つくらいは発案したい。 しかしあくまで企画は、人生意義実現のための手段であって目的ではありません。ですから一つの企画に固執することはあってはならないとなります。一度企画を決定し始めた後に新しい企画を加えてもいいし、最初の企画を早々に断念してもよいのです。柔軟性が大切です。   2.作品としての企画 企画とは作品です。作品を創造するときには強い情熱や使命感が自然に湧き上がってきます。逆を言えば、情熱や使命感をもてない作品は自分にとって創造価値のないものになる。 情熱を傾けて創造したくなる作品には必ずビジョンがあります。作品の未来の姿が明確にイマジネーションできる。 企画創造のキーワードは「作品」「情熱」「使命感」「ビジョン」。 企画発案のキーワードは「アナロジー」「趨勢(世の流れの)洞察力」「ジャンルの横断と関係性」。 後者の発案(アイデア)の能力を高めるための論考は後日書きます。   3.戦略とは企画を実現するためのシステム 「What」(何を)にあたる企画テーマが決まったならば、次は「How」(どのように)実現、実行していくか、これにあたるのが「戦略」です。 戦略とはシステムを造ることです。構造を構築・構成する。時間的、空間的、人的、経済的、数値的、つまり「How」のなかには、「When」「Where」「Who」などが含まれます。そしてこ

カテゴリー一覧
商用