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藤森照幸的「心」(アスベスト被害者石州街道わび住 https://blog.goo.ne.jp/teruyukinoburogu1945

藤森 照幸(旧名 深山 霞)

石州街道沿い(安芸国名刹 別格本山福王寺山中)にて、主夫しています。 但し、炊事だけ。 洗濯、掃除は奥様に拘りがあり 私の出番が有りません。

藤森照幸的「心」(アスベスト被害者石州街道わび住
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2016/12/28

藤森照幸的「心」(アスベスト被害者石州街道わび住さんの人気ランキング

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  • 体調不良が・・・・・

    体調不良が・・・・・

    一か月近くになる体調不良。当初左足の膝に軽い痛みは有ったものが、ある朝目覚めると激痛に変わっていた。明らかに筋が一本切れた感じであるが、昨日病院に一ったら膝の水を剥いただけで、私の話など無視。痛み止めを処方された。抜いた水と、血液を検査に回すそうだが、明日その結果がでる。果たしていかがな結果であろうか?。杖を搗いても歩けない。痛み止めが聞いている時だけトイレに行く。後はベットの上で天井を眺めているのだが・・・。なんのいい考えも、悟りも得られずにいる。此の一週間は、おでんばかり食している。幾年ぶりに作った「おでん」。広島に有った「十八番」と言う店の直伝の味である。おいしいのは間違いないが、夫婦二人では一回に食べる量が知れている。片や店では、多く売りたいのですべての材料が四、五人分で売っている。連日、「食べて...体調不良が・・・・・

  • 毎日心が痛んでいます

    毎日心が痛んでいます

    正月にこんな大事件が発生するとは、・・・・。地震大国日本ではあるが、些か不安になる。このブログも、正月明けには、広島の大抗争事件の、第二弾を記述する為、昨年中に準備していたが、掲載を先延ばしすることにした。少しでも明るい事は無かろうかと、思っていたところ、広島県の北部では、温暖化の所為か解からないが、不思議な事が起こっていることを耳にした。最初は三年前だったが、偶々の事だろうと気に留めないでいた。ところが、今年も此のお方はやって来たそうである。三年続きの訪問であるそうだ。その名は「大鷲」。シベリアや、アラスカに住む「鷲」である。冬場、北海道や、青森県には寒さしのぎにやって来るそうだが、西日本では、琵琶湖に時々現れるそうだ。中国地方には、・・・・他の県ではない。三年続きとの事で、奥様の実家近くなので出かけた...毎日心が痛んでいます

  • 遥か昔を思い出した(5)・・・

    遥か昔を思い出した(5)・・・

    今回は長話となるので、辛抱してお読みください。復学して、17歳の春の終わり頃の朝礼で、再び倒れた。気付くと、大学病院の病室に寝かされていた。この病室には、面白い経歴の人が不思議と集まって来た。一番古かった方は、「大江健三郎」著の「ヒロシマノート」に紹介されている方で、白血球数が12万個と言う方(名前は山名さん)、続いて「三波春夫後援会の中国支部長」、その次に、私の同級生の親父様で、「教会の牧師兼、幼稚園の園長」様、その次は、「五十を過ぎても独身の男性」で、付き添いの「其のお母さま」が大変な方。そして「私」が入院。その次に入院してきたのが、「共生会の親分」と言う事となった。「五十過ぎても独身の男性」の母上は、「共生会」の親分の子供の頃からの知り合いと言うか、戦争で片親を亡くしていたこの親分を、「武ちゃん、武...遥か昔を思い出した(5)・・・

  • 遥か昔を思い出した(4)・・・

    遥か昔を思い出した(4)・・・

    己斐の町(現在は広島市西区己斐)は、その歴史は深い。神功皇后が三韓征伐された時、西に向かう途上で、この街の浜辺に立ち寄られた。村の人々は歓迎して、「鯉」を料理してもてなした。喜ばれた神功皇后は、以後この村は、「己斐」(こい)とすると仰せになった。この古事を物語る神社が、山陽本線のすぐ上にある。標高150m。その山頂からは、広島市内が一望できる。この山を「旭山」と呼び、神功皇后と共に宇佐八幡神社のご神体がともに祀られている。嘗てここ迄が、宇佐八幡神社の影響圏の、東の最先端であったそうだ。すぐ下を八幡川が流れていて、嘗ては三篠川と合流して、瀬戸内海に注いでいた。嘗ては広島の地の西の玄関口であった。その為、広島電鉄もここを起点として発展した。西に宮島(日本三景の厳島)を控えていたからだ。国鉄の己斐駅と、広電己斐...遥か昔を思い出した(4)・・・

  • 遥か昔を思い出した(3)・・・

    遥か昔を思い出した(3)・・・

    私が生まれ育った町は、当時国鉄「己斐駅」から西に500m。旧山陽道と、国鉄の山陽本線の線路に挟まれた平屋の家だった。原爆では、屋根瓦が全て吹き飛び、生後四か月の私は、寝かされていた六畳の和室の畳と共に5m程空中散歩させられたそうだ。その家から、1.5km西に行くと、かの「仁義なき戦い」の片方「打越組」が有った。元来この地域は、江戸時代からの埋め立てで出来た土地柄で、その中でも「打越家」は、中心的役割を成した家柄だった。事件が起きた当時、この打越家には、二人の男の兄弟が有り、お兄さんは戦前から荒れ地を開墾して農業をなさっていた。出来る物は限られていて、この地域に有った中学校(庚午中学校)は、通称「芋中」と呼ばれていた。つまり、薩摩芋が主力の農業だったのだ。それ以前は、「どんぶけ田」と呼ばれた泥沼で、蓮根畑だ...遥か昔を思い出した(3)・・・

  • 遥か昔を思い出した(2)・・・

    遥か昔を思い出した(2)・・・

    昔の話と言えば、己斐の町から広島電鉄宮島行に乗ると、20分で「楽々園」と言う停留場に着く。ここは嘗て、広島電鉄(通称広電)が経営する遊園地が有った。戦後の子供たちのあこがれの場所で、夏はその施設の南側が海水浴場と成って、大変な賑わいだった。この施設の中に、劇場が有り、色々な出し物がやって来た。その中に前回紹介した「手品師」も出演していて、その芸を見た事がある。この御仁の芸は、喉を通るものなら何でも飲み込んで、再び取り出すという芸であった。中でも、「金魚」を飲み込んで、釣り針を飲み込み、金魚を吊り上げるという芸当を、得意としていた。五歳の時、此の「楽々園」に海水浴に行ったら、偶々この御仁が出演していた。裏口から入ってその芸を見て驚嘆したのを、今でも覚えている。剃刀の刃や、スプーン、そして金魚・・・。見事な芸...遥か昔を思い出した(2)・・・

  • 遥か昔を思い出した・・・

    遥か昔を思い出した・・・

    昭和26年、私が小学校に入る前年の事だ。その前の年には、国鉄己斐駅前(現在のJR西広島駅)の闇市場で、アメリカのNPと日本の警察の連合と、広島のヤクザ「岡組」との間で、激しい銃撃戦が有った。闇物資の取り締まりだったが、「岡組」の勝ち。皆が、警察側を妨害したからだ。この「岡組」が後に二つに分かれ、かの有名な広島ヤクザの抗争事件(仁義なき戦い)になっていった。それはさて置き、その己斐駅前で、毎週土曜日の午後、バナナの叩き売りが有った。その口上が面白かったが、それよりビックリさせられたのが、語られたバナナの薬効であった。その時私は、近所の子供たちと、太田川放水路にアサリ取りに出かけて、その帰り道だった。当時、朝の御みそ汁のアサリは、子供が河で採って来るのが常識。貧乏な我が家においても、例外ではなかった。幾らでも...遥か昔を思い出した・・・

  • 夫婦で認知症?・・・

    夫婦で認知症?・・・

    本日九時過ぎ、目の薬が無くなったので、眼科に行くべく奥様に、「眼医者に行ってきますが、他に何か御用は有りませんか」と、尋ねた。「お刺身が頂きたいので、買ってきて」承知して出かけた。家から十分。スーパーと眼科は、歩いて三分の所にある。スーパーの入り口に、交通整理員が三人。私「?」平日に整理員が居たかいな?。病院に着くと、本日休診の札が。なんと私は、一日曜日を間違えていました。否、奥様も。最早この時間では、刺身は売り切れ。何時もの事で、早い者勝ちの世の中なのだ。売れ残るほど店頭に並んだ時代は終わった。自宅に帰って、二人で大笑いをしたが、奥様は、「胃が痛い」とおっしゃる。病院は休み。何時もの「キャベジン」と、薬箱を見たら無い。から瓶が転がっているだけだ。ネットで注文すると、一週間かかるという。300錠で1580...夫婦で認知症?・・・

  • 不思議な縁

    不思議な縁

    何時も伺う、マリアンカ様とnatu様のブログが、不思議と同じ日に宗教の事を記載されていた。私はその前日、布団の中でスマホでヤフーの記事を読んでいた。その記事は、九州の隠れキリシタンと、ある曹洞宗の寺院のかかわりの記事であった。江戸幕府によるキリスト教弾圧が激しさを増した時、浦上のキリシタンは、マリア像を五島列島の隠れキリシタンに預けたそうだ。預かった信徒は、その像を曹洞宗の天福寺に預かってもらったそうである。その経緯は、キリシタン狩りが厳しくなった時、樫山地区のキリシタンは、天福寺の住職に、改宗したように見せかけてもらう事を、懇願したそうである。その当時の住職は、人の命を大切にすることを一番と考えて、受け入れたそうである。その経緯の中で、マリア像が天福寺に持ち込まれ、隠されたそうだ。幕府の追及は厳しく、持...不思議な縁

  • 八畳の洋間を独占

    八畳の洋間を独占

    私の日常は、八畳の洋間が中心である。ベット一台、タンス?引き出しばかりの物入れが五台、パソコン三台、寒さを避けてきた洋ランの鉢が10鉢、机が三台。残りの空間は、到って狭い。南西は全面ガラス窓。東のが面が、全面板壁で、残り二面は引き違いの小さな窓がある。そんな二階の部屋で、日々世の中を見ている。TVは有るが、あまり見ない。世界の情勢は、NETで情報を取り入れている。一つの事案にも、NETでは色々な意見が入り乱れ、なかなかに面白い。そんな私が、メールと言う手段で、昨日「サッカースタジアム」の開所式について、広島市長に直訴して置いた。と同時に、面識のある市議会議員に面談で(我が家にて)、意見を伝えて置いた。果たしてこの正月の内に、どんな結論になる事だろうか。この三日間は、それは、それは忙しい思いをした。奥様の足...八畳の洋間を独占

  • 広島市長は何を考えているのやら

    広島市長は何を考えているのやら

    広島市は、ドイツハノーバー市と姉妹都市縁組をしている。元市民球場の北西部分には、ハノーバー庭園と言う広場が存在しているのだ。今回広島市は、相生橋麓の商工会議所以下、青少年センター等、全てぶち壊して、再開発するそうだ。戦後の平和運動や、青年教育の中心地、こども科学館などぶち壊してしまうらしい。その代わりそれらを統合した建物を作るらしいが、建物が大きく成ると、利用規約が非常に厳しく成る事等、政治家の皆さんはお判りではない様だ。子供の施設は、夜の時間制限が存在するし、図書館などは、静かさが必要である。反面若者の施設は、文化活動で大きな音を立てる。そんな事はお構いなしで、サッカー設備まで作ってしまった。市営住宅の真横である。夜間に、大声援の中で試合が行われたら、市営住宅の住民は寝て居れまいに。さてこのスタジアムの...広島市長は何を考えているのやら

  • 冷え込み

    冷え込み

    この秋一番の冷え込みとなった。-2℃。もう少しで初氷となるとこだったが、そこは瀬戸内の温かさが、・・・。それにしても突然の冷え込みに、野良猫が一番びっくりしている様だ。今朝は一匹も見受けない。昨日は、家の前の舗装が、日が当たって温まると、三匹ほどがゴロゴロ昼寝をしていた。奥様の車が、寒さでご機嫌斜めである。バッテリィーを長く使ってきたので、気温が下がるとご機嫌斜めとなる。ぼちぼち私と一緒で、引退の時期のようだ。差し当たっては動くように私が手を入れて置いたが、新しいバッテリィーを、一つクリスマスのプレゼントに進呈せざるを得ない。孫二人、娘夫婦、奥様、合計五名のプレゼントで、年金は全消えてしまう。広島出身の岸田総理、此の不況を、何とかして下さいませ、ませ。それにしても野党もダラシガない。取って代わろうという人...冷え込み

  • 体を病むと、心も病む

    体を病むと、心も病む

    危機を脱出した心不全だが、不整脈は依然として続いている。食物規制、大量の薬。うんざりの毎日である。嬉々としてお過ごしの皆様のブログを拝見すると、やっかみが起こる。やりたいことは山ほどあるが、全てドクターストップ。一番が「ウイスキー」。飲みたいなーと思っていたら、来年度から50%の値上げだそうだ。辞めるには良い機会かもしれない。女もダメ、酒もダメ、せめて宝くじと思えども、売る場の前は人だかり。順番を待ってからとは到底思えない。変り映えのしない食事を一日三回。(薬を飲むために)風呂に入るのも、億劫になって来た。私が入らないと奥様も、お湯がもったいないと入らない。段々と負の連鎖が始まっている様だ。被爆者には、東区まで行けば、市営の天然温泉がある。被爆者は格安。付添人は半額。出かければよいのだが、自宅から距離が5...体を病むと、心も病む

  • 未だにもやもや

    未だにもやもや

    自宅に帰って何日なのだろうか?、自分ではハッキリしない。危機を脱した病人は、即退院。病室が足りないのだ。それでも一日余分に置いていただいたそうだ。病院に到着時の脈拍数は、20から30程度で、「駐車場から自分で歩いて診察室まで来たのは、君くらいしか見たことが無い」と言われた。診察途中からは意識が混濁。首に電極を付けられたのは、日にちが変わってからだったそうだ。麻酔も懸けづ、電極を付けられて気が付いた。文句を言ったら、「麻酔薬を使って死にたいですか」の一言。それから先は、心臓電極、心電図計、血圧計、点滴二本、排尿管一本を付けられ、もうろうとして寝ていたが、翌日の夕方からは、看護師としっかりやり取りできるまでに回復した。直ぐにでも帰っていいと言われたが、一日延期していただいた。その代わり、部屋を三回変わり、廊下...未だにもやもや

  • 三度目の命拾い

    三度目の命拾い

    九日、体調不良が続いていた。内科に行ったら、ワクチン接種の行列。仕方なしに時間をずらして行くことにしたが、これが失敗の始まり。午後五時前から、滝のような汗。七回着替えたが止まらず。市民病院に駆け込んだ。到着時の心拍数38。完全な心不全で、20分遅れたらあの世行だった。即緊急入院、36時間点滴が続きやっと心臓が回復。それまでは、首を通っている心臓に行く神経に電極を付けられて、機械で生かされていた。此れが三度目の死にぞこないであった。しかも、前々回診察してくれた医師。麻酔もされず首に電極とはひどい話だが、最早麻酔を打ってはいけない状態だったそうだ。こんな病人が救急車でなく、奥様の車で、しかも診察室まで歩いた事にびっくりされた。奥様は先生の説明を聞いて顔色が変わっていた。前回は胆嚢の反乱。心臓は二回目。死ぬる時...三度目の命拾い

  • 全てに疲れたようだ

    全てに疲れたようだ

    九時から買い出しに行った。此の処どのスパーも、荷物の入れ替えが激しい様である。店長と話すと本音は出て来ないが、言外に今の物価高が潜んでいる様だ。大量消費の時代も終わりですかねと、逆に聞かれた。私は大量消費をしていないので、何と答えてよいやら困ってしまった。小春日和の様な今日など、野の草でも摘みに行きたいが、体が動かない。運転時間も片道三十分までにしている。週三回までで、全てを済ませたいが、そうはいかない事が多いい。一つは病院である。点滴の回数を減らしてもらった。その分自宅での安静時間が多くなって、なかなかパソコンの前にも座れない。奥様が何時もにらんでいる気がするのだ。久しぶりに同い年の友人から電話が有ったが、内容は「訃報」であった。昭和20年生まれの者たちで作っていた、「羽立会」と言う会員が亡くなったそう...全てに疲れたようだ

  • 何時まで続くのやら・・・・

    何時まで続くのやら・・・・

    十月十六日、広島大学医学部の腎臓内科を受診した。地元医からの紹介である。血液関係の検査は、総て正状値より15%低く、腎臓機能は全て15%高い数値で、午後二時まで延々と検査した。尿蛋白はけいそく不能だそうだ。甲状腺刺激ホルモンは基準値の倍数。クレア二ンは規定の二倍。・・・書いていくと切りがない。胆嚢無し、前立腺無し前立腺に至っては100%癌が有ると判断した手術だったが、国立のがんセンターも、がん細胞を見つけられなかった。勿論広大も。今回は胆嚢のX写真から癌に間違いないと切除したが、これまた、癌無し。中の石が大量で、壁を傷つけて、癌に見えたそうだ。一応退院したが、一日おきに点滴。三日に一度の血液検査。一時間半の点滴は、いささか、嫌になって来た。今日も今日とて、地元医に30P分の報告書が届いていた。時間が懸かる...何時まで続くのやら・・・・

  • 通行税

    通行税

    日本三景の一つ、「宮島」本来は神の島「厳島」と言う。元来人が住んではいけない事に成っていた島である。いつの間にか商売人が住み着き、「精進落し」と称してド派手な商売を始めた。三、四十年前町政が行き詰まり、広島市と合併の話が合ったが、廿日市町が反対し、その結果廿日市町と合併して、廿日市市となった。その結果、財政的行き詰まりとなり、通行税を取るという。広島市と合併して居れば、そのような事にはならなかったであろう。確かに飛び地的関係となり、「宮島」を横取りされた感じには成るが、旧佐伯郡の五日市町等は広島市に合併している。否、廿日市町が広島市に合併すればいいのだったのだが、「宮島」と合併すれば財政的に収入が増えると思った町民が多かったようだ。私の元々の本籍地は、廿日市町に有ったので、外から見て居て、「損をして得を取...通行税

  • 谷あいの我が家

    谷あいの我が家

    広島市と言っても谷あいにある我が家、急に秋がやって来た。中心部から15km。原爆が投下された時は、其の投下に使われた落下傘が、二つ我が家の南西と東北各々500mの所に落ちてきた場所だ。夕方五時過ぎたら、急に気温が下がり窓を閉めた。西日が斜めに大きな窓に差し掛かって、風情は有るのだが、これからの季節は、高齢者にはきつくなり始める。此処から一時間ばかり来るまで走れば、スキー場に行けるのだ。その谷筋から、一級河川太田川が流れて来て、寒さを運んでくる。嘗ては、この屋のすぐ近くに「帆待ち川」と言う川が有って、江戸時代は午後の気温が上がる時吹く、山風を待って、船便に利用したくらいである。近年は、あまり雪も降らなかったが、今年は何だか嫌な予感がするのだ。雪の多いい年は、不思議と九月が終わると急に涼しくなるからだ。将に今...谷あいの我が家

  • いよいよ秋本番か

    いよいよ秋本番か

    昨日までの天気が一転、夕方小雨交じりの天気となった。午前中は、心地よい秋風が吹き、さすが中秋の名月のお陰?と思っていたが、夕方になり肌寒くなると、小雨が降って来た。将にご婦人の心変わりの如く、(これはご婦人に失礼しました)・・・。今では隣家の屋根を叩く雨粒の音が強く成って来た。それにしても、世間は戦時中でありながら、あまり騒がしくない。一見地球が二分されて戦うのかと思いきや、何だかクスぼり続けた山火事の様である。こういう上他愛を硬直状態と言うのだろうか。どうもそうでは無さそうだ。アメリカの暗部で何だかたくらみがなされている気がしてならない。此のっ戦争で、ビットコインが値上げしたとかしないとか、はたまた、新しい投資方法が考え出されたとか、色々噂話が飛び交い始めた。片方では、次期オリンピック予選にスポーツ選手...いよいよ秋本番か

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