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”朝吼夕嘆・晴走雨読”
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2016/07/19

1件〜100件

  • 「日本を変えた男」(名護親方のいろは山に登る):上間信久著~琉球いろはアイランズ社

    琉球王朝の進貢使として5回清国へ赴いた名護親方(程順則)は清王朝の道徳書「六諭衍義」を琉球国の持ち帰り、薩摩藩に贈り、こでが徳川吉宗にも献上され、全国の寺子屋の道徳本とした教育に活用されたことで有名。本書は「f復帰50周年」と5年に一度の「世界ウチナワンチュ大会」を目前に世界に誇る沖縄が誇るこの名護親方(程順則)の紹介という異色の著書。内容は親方がいろは順に謡った20首以上の琉歌を全て著者“信久(ノブヒサ)・信久(シンキュウ)”という質疑応答・対話の独特の手法解説。ハキシャミヨ!奇妙奇天烈な書(´艸`)ウチナワ口に疎い私はフーフー飛ばし読みでしたが、この琉唄をすべて翻訳解説。ページ掲載挿入のイラストには思わず笑み!筆者の知友・編集協力パートナーの吉行万喜子さんとグレスアカデミーの仲田俊一2氏を思い出し、思...「日本を変えた男」(名護親方のいろは山に登る):上間信久著~琉球いろはアイランズ社

  • 「おめでとう!玉城デニー知事当選!」

    コロナ感染で1週間以上、自宅籠りで新聞とパソコンに埋没の日々、往時茫々!歴代沖縄県知事との出会い等回顧縷々紹介したいと思います。今回は玉城デニー知事との出会い!先の沖縄知事選で玉城デニー(本名・玉城康裕)氏が辺野古基地建設の徹底反対を訴え、8代目の沖縄県知事に再選されました。デニーさんは沖縄生まれのアメラジアンですが、実は伊江島出身のお母様もハーフですから、コーター(´艸`)気さくな人柄で、この写真は知事立候補以前の衆議員時代、東京のホテルで開催された激励会での乾杯!この頃はまだ知事立候補は決めていなかったのでは?50年前、まさか合いの子が県知事なろうとは!台湾を巡るアメリカ・日中の紛争・衝突!中国・アメラジアン・和の血を引く琉球・沖縄が和解仲介をするのでは!コロナ感染・基礎疾患・後期高齢の妄想でした。「おめでとう!玉城デニー知事当選!」

  • 「ご哀悼!平良敏子様」

    ((2016年、大宜味村・喜如嘉で95歳の平良敏子さんと!)今月14日,芭蕉布の復興と発展に尽くされた人間国宝の平良敏子さんが101歳で逝去されました。私は6年前、大宜味村・喜如嘉で芭蕉布を縫われる敏子さんにお会いしたことがあります。95歳とは思えない笑みを称えにこやかにお話するお姿が忘れられません。衷心よりお悔やみ申し上げます。「ご哀悼!平良敏子様」

  • 「まさか!私がコロナ感染!」

    9月19日、咳、痰等咽喉に違和感を覚え「大宮駅前まめクリニック」で“鼻咽頭ぬぐい”検索でコロナ陽性が見つかり、早速さいたま市保険所の疾病予防対策課の女性職員から詳細な治療説明の電話がありました。受信病院から保健所へ私の感染情報があったようです。翌日「自宅療養の手引き」が届き、毎日2回、携帯に“体温値を3桁で入力との”自動音声メッセージがあります。翌日4“血液酸素飽和度”と“脈拍数”を計測する“パルスオキシメーター”が送付され、その計測数値を日に2回、携帯で送付するよう指示頂きました。感染から4日目の現在、熱は無いものの咳と痰があり、1週間から10日程の外出禁止の指示があります。コロナ蔓延で医療機関への訪問は抑制されているものの、Net活用によるこのさいたま市の詳細な自宅療養サポート体制には改めて感謝です。「まさか!私がコロナ感染!」

  • 「東京沖縄県人会・役員懇親会」

    先日、神田の(株)メディアワンで開催された東京沖縄県人会(仲松会長)役員会の後近くの居酒屋で懇親会。コロナ蔓延懸念される中、先島出身と元気な若手女性の加入、元気さに県人会の様変わりを感じました(´艸`)「東京沖縄県人会・役員懇親会」

  • 「徳洲会 コロナと闘った800日」;笹井恵里子著(飛鳥新社)

    コロナ蔓延で各地方病院がなかなか患者を受け入れない現状にあって、患者を断ることなく積極的に受け入れる全国の徳洲会病院の状況を訪問インタビューしたフリーランス・ジャナアリスト笹井恵里子のレポート。この徳洲会病院のレポートを読みつつ創業者の徳田虎雄を想いました。阪大医学部を卒業した彼は農協と並ぶ岩盤双璧?の日本医師会に果敢に対抗し、それまで病院施設の無かった奄美の古仁屋、沖永良部、喜界、与論島の離島にはじめ北海道から沖縄まで全国に71病院を次々開設し、病設貧困に苦しんだ離島の奄美諸島にとっては神の如き偉人では!息子3人、娘一人の4人の子供を全て医者に育て、病院経営承継も感嘆です。私より2歳先輩の彼は84歳で筋萎縮性側索硬化症で逝去しますが、現役衆議員の頃、激励会で言葉を交わしたことがあります。虎雄とは柔道名人...「徳洲会コロナと闘った800日」;笹井恵里子著(飛鳥新社)

  • 「久々の関東城岳同窓幹事会開催」

    先週の日曜日、関東城岳(旧制沖縄県立二中・那覇高)同窓会(大濱多慧子会長)幹事会に参加しました。城岳同窓会の幹事会はこれまで大崎の「崎浜会館」?で開催されていましたが、今回は諸般の事情から、久々に私の神田事務所での開催となりました。この日の参加者は10名。コロナ蔓延でここ2,3年延期の最中、総会開催について様々論議がありましたが、来る10月23日開催を予定しました。同窓会役員も大浜会長、伊佐事務局長就任と刷新しましたが、この日の幹事会も若手女性?の参加と組織の若返り予兆でした。特にこの日の若手メンバーからのWEB活用の「ハイブリッド方式」の総会開催との斬新な提案には次世代担い手による会の躍進を感じました。「久々の関東城岳同窓幹事会開催」

  • 「わった―世界のウチナーンチュ」(海外県系人若者たちの軌跡); 野入直美・藤浪海・眞壁由香 編著(琉球新報社)

    来る10月31日、沖縄で「第7回世界のウチナーンチュ大会」が開催されますがこのタイミングで出版された本書。10人近い南米・ブラジル出身の沖縄2世、3世若者のルーツ・故郷沖縄への思いと自らの軌跡、沖縄渡航研修等々の体験集。それも日本語、英語、スペイン語、ポルトガル語と語られているが、勿論、私は日本語と英語の飛ばし読み以外は読めず(´;ω;`)こうした沖縄系海外育ちの若者のエッセイを編集・記述の野入、藤浪、眞壁の三女は沖縄住いながらいずれもヤマト出身。本土からの沖縄移住者だからこそ、よく見える沖縄カルチャア視点では!玉城デニー知事に見るように米軍の沖縄侵攻という負の歴史軌跡が今や海外移住ウチナーンチュや沖縄アメラジアンスクールの若者と達は多言語、広い視野で、いずれ滅びゆく日本の救済・アジアへの橋頭堡担い手とし...「わった―世界のウチナーンチュ」(海外県系人若者たちの軌跡);野入直美・藤浪海・眞壁由香編著(琉球新報社)

  • 「IT協有志による暑気払い懇親会」

    8月19日、曙橋の「健保会館」で開催された関東沖縄IT協議会(今井恒子会長)の有志役員による暑気払い懇親会に参加しました。コロナ蔓延?の最中、流石に参加者は10人余。ゲスト参加の今井さん知友の映画プロデュサーの西さんとは数年振り!古典芸能振興会の松島さんと今回は異色のゲスト参加でした。「IT協有志による暑気払い懇親会」

  • 「靖国神社でガマフヤー・具志堅さんに!」

    (ガマフヤーの具志堅さんと)8月15日「終戦記念日」に久々、九段下の「靖国神社」に参拝。もう一つの目的は“ガマフヤー”の具志堅さんが神社で“辺野古反対”のアッピール運動をしており、それを取材する「オキナワ・グラフ」編集の山川夏子さんに同行でした。会場には日章旗を掲げ軍歌を歌うグループが三々と結構おり「靖国神社はやっぱりそうか!」の印象でした。「靖国神社でガマフヤー・具志堅さんに!」

  • 「北本・寿命院の両親墓参」

    8月15日お盆、埼玉の北本寿命院に両墓参してきました。私は那覇高校から本土大学を卒業し、新聞記者、公務員、ビジネスコンサルタントを歴任、沖縄から両親を招き、埼玉で一緒に暮らしましたが、父母共に埼玉赤十字病院で逝去し、墓は埼玉北本の真言宗・寿命院敷地内の墓地に埋葬しました。我が一家、ここに埋葬、永代供養となるか(´;ω;`)「北本・寿命院の両親墓参」

  • 「725(ナツコ)の会」でイタリア・ベルカント感嘆!

    7月25日、高輪プリンセスガルデン大ホールで開催された第7回目の“725の会”を観劇、感嘆でした。725の会とは赤嶺奈津子さんと山本夏子さんの定期公演会。お二人は共にオペラ歌唱。この日はピアノ演奏の藤井麻理に藤原歌劇団員の竹内利樹バリトンに二期会の後藤春馬ベース・バリトン4人による詠唱、合唱。これは全てイタリア・ベルカントながらバックスクーリンに、私達観劇聴衆者が分かる日本語翻訳語が表示されていました。この翻訳表示、縦書きより出来れば横書きの方が(´艸`)この日出演の赤嶺奈津子さんのお母ががわざわざ沖縄から上京観劇し、久しぶりにお会い出来ました。実はこのお母様とは40年以上前からの縁?と言うのは私は日本アドバンスシステム社創業時に沖縄のIT専門校から何人か採用しましたが、この学校を立ち上げ経営、卒業生の就...「725(ナツコ)の会」でイタリア・ベルカント感嘆!

  • 「大倉集古館」開催の「芭蕉布・平良敏子」展に行って来ました。

    沖縄本土復帰50周年記念事業として「大倉集古館」で開催された「芭蕉布~人間国宝・平良敏子と喜如嘉の手仕事」特別展に行って来ました。虎ノ門「ホテル・オークラ」敷地内の「大倉集古館」は大倉喜八郎が開館した美術館です。この日、同行した山川夏子さんが御尊母が平良敏子さんから頂いた芭蕉布を持参し、この特別展を企画実行した「大倉集古館」の高橋裕次学芸部長と佐々木智子学芸員お二人の説明、開示されました。学芸委員のお二人はこの企画開催のため大宜味村・喜如嘉にも行き、平良敏子さんにもお会いしたとのこと。今年1002歳になられる平良敏子さんは驚嘆ながら今なお芭蕉布制作に携わっておられるとのこと。まさに日本一長寿県大宜味村のシンボルです。私も10年前、敏子さんにお会いし、blogにアップしたことがあります。こんな縁もあり私は「...「大倉集古館」開催の「芭蕉布・平良敏子」展に行って来ました。

  • 「大宜味村のパイナップル」

    沖縄随一の長寿村の大宜味村は石垣島と並ぶパイナップル産地としても有名です。先日、その大宜味村の宮城村長がわざわざ上京来社し「大宜味村・観光物産親善大使」を委嘱拝命しましたが、この度、大宜見村産出のパイナップルをお送り頂き、恐縮の極みです。御礼と大宜味村の物産PRを兼ねてBLOGアッピールさせて頂きます。宮城村長様!重ね重ね有難う御座います。「大宜味村のパイナップル」

  • 「久々のニライ会」

    先週、池袋の「みやらび」で開催された「ニライ会」に参加しました。コロナ蔓延の影響で長く開催延期されて本会は久し振り!参加者は「沖縄タイムス」「琉球新報」両東京支社長はじめいつもながらのメンバー!余興は伊良皆高吉メンバーによる琉球民謡。85歳のご高齢ものともせず、いつもながらの伊良皆師匠の活躍パワーには又も感嘆!「久々のニライ会」

  • 「久々の関東城岳同窓会幹事会に出席しました」

    久々に大崎で開催された関東城岳(沖縄県立二中・那覇高校)同窓会(大浜多慧子会長)の幹事会に参加しました。この日の参加者は14名。この同窓会、古希過ぎの“老人会”と思いきや、今回はITスキル豊かな54期卒の若手女性メンバー等々が参加、同窓会の若返り・活性化を堪能しました。コロナ蔓延の時節、返期続きの総会開催には議論沸騰しましたが、とりあえず10月開催を目指し、検討することになりました。居酒屋での2次会も盛り上げり、4期先輩(86歳)の真栄田、長嶺両先輩のいつもながらの元気さには圧倒されました。ヤッパ、同窓会はイイナ!と満喫。「久々の関東城岳同窓会幹事会に出席しました」

  • 「大宜味村長来往!観光・物産親善大使拝命!」

    恐縮ながら、宮城大宜味村長がわざわざ神田事務所に来訪され、2024年までの”大宜味村、観光・物産大使“の委嘱状を頂きました。ご存知の方も多いと思いますが、沖縄島の北部にある大宜味村は県内一の長寿村です。単に長寿に留まらず、大勢の高齢者が健康に暮らす“健康寿命村”です。その代表例が101歳ながら今なお現役の芭蕉布を編む人間国宝の平良敏子さんです。実は10年前、この平良敏子さんにお会いしたことなどBLOGにアップしたのが一縁?ですが、これ以外に大宜味村出身の沖縄財界四天王の一人と言われる宮城仁四郎さんの銅像を紹介アップしたのも縁か?私は安謝中卒業の時、当時勢理客に住まわれ、安謝中のPTA会長を務められていた??宮城仁四郎さんから賞状を頂いた空覚えがあります。宮城村長様!ボケ記憶で申し訳ありません。大宜味村PR...「大宜味村長来往!観光・物産親善大使拝命!」

  • 「関東沖縄経営者協会総会で故・仲田、矢野、新里、御三方の追悼!」

    7月7日、神保町の「喜山倶楽部」で第56回関東沖縄経営者協会(新垣進会長)の総会が開催されました。今回は経営者協会が多大なお世話になった故・仲田清祐第5代会長、矢野弾顧問、新里和英さん御三方の追悼会でした。御三方99歳、89歳、90歳とご長寿ご逝去でした。会場には仲田会長の美智子奥様さんと矢野弾様の三智千奥様もご出席頂き、それぞれ思い出・追悼のご挨拶を頂きました。恐縮ながら会を代表して新垣会長と私が御三方の追悼ご挨拶をさせて頂きました。仲田会長、矢野顧問、新里様、本当にお世話になりました。改めてお悔やみ申し上げます。「関東沖縄経営者協会総会で故・仲田、矢野、新里、御三方の追悼!」

  • 「上智大でのJOHOシンポジウムにビックリ!」

    6月25日、上智大学で開催されたJOHA(日本オーラルヒストリー学会)シンポジウムにスピーカとしてはじめ参加しました。オーラルヒストリーとは文献調査と並ぶ口述聞き取りの調査学術方法であることを初めて知りました。この学会は毎年開催され、研究誌も発行されているようですが、今回の出席者は大和、亜細亜、慶応、阪大、松山等各大学等々の教授、研究者のReal参加とされ、70人以上のZOOM参加によるハイブリッド開催でした。何と野入さんがこの学会の広報委員長を務めておられるようです。今回のテーマーは「語りから⼀冊の本を編む」という研究実践報告事例としての野入直美琉大準教授の『沖縄―奄美の境界変動と人の移動』。野入教授、出版編集の岡田みずき書林社長、調査記述対象の私3人のスピーチ、有末亜細亜大学、根本松本大学教授のコメン...「上智大でのJOHOシンポジウムにビックリ!」

  • 「竹富島と共に歩む」~阿佐伊孫良遺稿集;阿佐伊イチ子発行(あけぼの印刷)

    本書は竹富郷友会活動や東京沖縄県人会の第4代目の山口国男会長、5代目の竹田定男会長の下、6年に亘り東京沖縄県人会の事務局長を務められた八重山・竹富島出身の阿佐伊孫良さんの600メージ近い膨大な遺稿と思い出アルバム集。私は阿佐伊さんの下事務局次長としてサポートされた入沢紀さんの依頼を受け”東京沖縄県人会50周年記念事業としての「県人会名簿」作成に2か月以上5人のアルバイトを採用し、入力作業に携わった思い出があります。当時の県人会財政逼迫のため100万円の入力経費が納付されず、山口会長と阿佐伊孫良事務局長、入沢次長から再三相談、懇請を受け、県人会への寄付として税務申請したところ、何と税務署から社長交際費として30万の追徴税を請求された忘れられない思い出(´;ω;`)があります。当時の県人会は阿佐伊さん、入沢さ...「竹富島と共に歩む」~阿佐伊孫良遺稿集;阿佐伊イチ子発行(あけぼの印刷)

  • 6月25日上智大学で開催されるJOHA(日本オーラルヒストリー学会)にスピーカとして参加します。 

    テーマーは、野入直美・琉球大学准教授の最近作『沖縄-奄美の境界変動と人の移動』(みずき書林、2021年)を手掛かりに、野入会員、語り手の重田辰弥、編集者の岡田林太郎氏が、本書完成までのプロセスと想いを語ります。220625JOHAシンポジウム「語りを一冊に編みあげるまで」(1)日時:2022年6月25日午前10時~12時半(最長13時)(2)開催方式:ハイブリッド方式、会場:上智大学2号館5階FGS会議室➡上智大学2号館6階630a会議室*会場参加の場合は、正門から入場ください。守衛さんに「2号館5階でのJOHAシンポ参加」とお伝えください。(3)プログラム(午前10時~12時半)・「趣旨説明」蘭信三(大和大学)・「語りを紡ぐ」野入直美(琉球大学)・「人生を語る」重田辰弥(関東沖縄経営者協会・顧問...6月25日上智大学で開催されるJOHA(日本オーラルヒストリー学会)にスピーカとして参加します。

  • 奄美・沖縄混合の「伊是名の会」“琉美創舞”に感嘆!

    ]5月28日練馬文化センターで開催された「伊是名の会」(原口このみ会主)の第32回定期公演「琉美創舞」に行って来ました。私は数十年前にも観舞したことがありますが、今回は沖縄本土復帰50周年と奄美世界自然遺産登録の記念講演。首都圏には多くの琉舞団体がありますが「伊是名の会」は奄美と沖縄混沌の異色の集団です。この日も第1部は朝花、ネリア、ワイド、おぼくり等々、第2部はキジムナー、安里やユウタ、国頭サバクイ、エイサーとこの日の”裏声・ブルース”の奄美と”表声・ラテン”の沖縄のコンセプト・カルチャ演目と他の琉舞団体で奄美出身・沖縄育ちの私にとって目くるめく感嘆の演舞でした。琉舞、奄美民謡には全く疎い私ながら40人以上の出演者の内10名前後は幼稚園・小学児の集団舞にはさながら奄美・沖縄風のダイナミック宝塚舞を感じま...奄美・沖縄混合の「伊是名の会」“琉美創舞”に感嘆!

  • 「1966年早大学費闘争の記録」

    私は早大4年の時、学費闘争で逮捕された忘れ難い思い出があります。本書は1966年150日以上行われたこの早大学費闘争に携わった18人の早大同窓の証言です。私は第一文学部西洋史クラスの委員としてこの闘争に加わり、当時の早大本部に泊込みストをしていましたが、大学当局は警視庁と協議、2500人の機動隊を動員、この泊り込みストの203人の学生が逮捕され、私もその一人でした。私と同じく泊り込んでいたクラス級友3人も逮捕されます。本書には何故かこの逮捕留置の経験談は著述されていない。逮捕された私は刑事の出身名前等の詰問に黙秘した結果、”城東4号”として江東区の城東警察署に送致され、顔写真、指紋採取されます。何故、城東警察署かというと203人の逮捕学生は都内61個所の警察署に3、4人毎に留置されたようです。3泊4日の留...「1966年早大学費闘争の記録」

  • 「高橋東大名誉教授によるウクライナ侵略の背景講演に驚愕!」

    6月4日与野本町「ギャラリー南風」(山田しづ子さん経営)で開催された“沖縄に応答する会」(2022年第一回学習会)での高橋哲也東大名誉教授による「ウクライナから侵攻」テーマーの講演会に参加しました。当日の参加者は30人前後。2008年以降のウクライナに関するロシヤ、欧米の対応やウクライナをめぐるプーチンの侵略動機原因に関する多角的視点、資料に基づく高橋教授の講演には文字通り“眼から鱗”でした。プーチンの侵略を決して是とする訳ではないが、今回の侵略行動についてこれまで知らなかった様々な視点、背景を知りました。例えば、副大統領時代のバイデンのウクライナ訪問によるNATO加盟勧誘活動とこれを抑制したオバマ前大統領の抑制やNATO加入反対のウクライナ国内運動に対するゼレンスキー大統領の荒まずしい弾圧政策等々最近の...「高橋東大名誉教授によるウクライナ侵略の背景講演に驚愕!」

  • 「第37回武蔵野奄美フォーラム」へ参加しました。

    5月28日、武蔵小金井の商工会館で開催された恒例の「武蔵奄美フォーラム」に参加しました。今回の講師は駐日コートジボワール共和国大使館の中島亜津子財務官秘書。以前「象牙海岸共和国」と呼ばれた長くフランス植民地だったこの西アフリカの共和国のコーヒ、ココア等の農産主要産業国の実情を初めて知りました。中嶋さんは上智大卒業後フランスに留学し、この駐日大使館に勤務されたとのこと。祖父が八重山石垣出身、祖母が奄美出身の奄美・沖縄三世というのもビックリでした。私の“高出生、低就学率のアフリカ“についての質問についても明確にお答え頂きました。この日の参加者は40名前後。徳之島から高岡秀規町長が上京、重信竜昇奄美市東京事務所長も参加されていました。「武蔵奄美ファーラム」とは在京の奄美出身者による年2回前後の講演交流会で、私も8年前...「第37回武蔵野奄美フォーラム」へ参加しました。

  • 「世界一孤独な日本のオジサン」:岡本純子(角川新書)

    変なお本だけど、高校同期から推奨紹介されて読んでみました。著者は早稲田・政経卒で読売記者、ケンブリッジ大修士、MIT客員研究を経て日本と欧米社会を比較し、その視点からコミュニケーション不足の日本中高年の孤独仕様?を書いています。それによると名刺(キャリヤ)、孤高、沈黙、以心伝心、“言わず語らず”等々の日本のカルチャーが“世界一孤独、寂しい日本のオジサン“生み出しているとの本書の記述に必ずしも同意はしないが、我と我がライフスタイルを顧みる貴重な機会です。地方から上京移住の“お上りさん”の私が所属関わる沖縄、奄美、早稲田、那覇高関連の交流グループは関東沖縄経営者協会、関東沖縄IT協議会、東京奄美IT懇話会、WUB東京、東京沖縄県人会、那覇会、沖縄協会、沖縄フアンクラブ、沖縄クラブ、四水会、埼玉奄美会、浦和稲門会、東...「世界一孤独な日本のオジサン」:岡本純子(角川新書)

  • 「関東城岳役員会」に参加しました。

    山手線「大崎」で開催された関東城岳同窓会(沖縄県二中・那覇高校)の役員会に出席しました。参加者10名(女性3人)の平均年齢は80歳(´艸`)傘寿過ぎ物ともしない久々にお会いした先輩連々の元気さに“そろそろ年か!”と思う我と吾が身の老いらくマインドを吹っ飛ばされました。これこそ同窓会のメリットか(´艸`)いつもながらメインテーマーは会員の若年活性化でした。「関東城岳役員会」に参加しました。

  • 「土佐幡多の会・創設10周年記念交流会」へ参加しました。

    (中野会長と!)5月21日錦糸町「東武ホテル」で開催された高知県「土佐幡多の会」創設10周年記念高交流会の招待を受け参加しました。黒潮文化の沖縄と高知県はジョン万次郎の繋がりもあり、何かと交流がありますが、東京沖縄県人会との交流繋がりは高知出身の(株)CIJ中野元社長と私の創業(株)日本アドバンスシステムの合併が切っ掛けで、仲松東京沖縄県人会長を紹介、以来「神田会」や両県人会への参加等で絆を深めました。この日は仲松県人会長、新垣関東沖縄経営者協会長にタイムス、新報両支社長に神田会メンバーと10人近い沖縄関係参加者が参加しました。閉会のよさこい踊りには沖縄カチャシーとの親近を感じましたが印象深かったのは詳細なプログラムとテーブル毎の座席表と参加者着席名簿、さらにスッタフ名簿等々の事前配布でした。(参加の琉球新報・...「土佐幡多の会・創設10周年記念交流会」へ参加しました。

  • 「県出身・3美女オペラ歌手来訪!」

    来る6月25日、浦安音楽ホールで日本人女性として初めて交響曲を作成した沖縄(宮古)出身として伝説的な著名作曲家・金井喜久子編曲の“沖縄わらべ歌”コンサートが開催されます。先日、そのコンサートに出演する沖縄出身の二期会所属のソプラノ歌手・友利あつ子さんと藤原歌劇団員の知念利津子さんが、琉舞・オペラ歌手の赤嶺奈津子さんの案内で神田事務所に来られました。この3方、武蔵音大、沖縄県立芸大、昭和音大と共にオペラ歌手。私の小中同期、幼馴染の伝説のオペラ演出家・故粟国安彦君の思い出で盛り上がりました。伝説の金井喜久子さん、私が那覇高校在学中に講演に来られた記憶がありますが、その思い出の沖縄わらべ歌は初めて!武蔵野線・新浦安駅と少し遠いけど聴きに行きますよ!「県出身・3美女オペラ歌手来訪!」

  • 「沖縄復帰50周年式典」に参加

    沖縄県から招待を受けて5月15日、高輪のグランドプリンスホテルで開催された「沖縄復帰50周年記念式典」に参加しました。天皇陛下や岸田総理や玉城デニー知事、衆参議長、最高裁番長、米国大使、全国知事代表の挨拶に続き沖縄県民代表として、対馬丸記念館長の高良正勝君の登場挨拶には驚きました。と言うのは彼は那覇高同期の友人!誇らしく感嘆でした。那覇高後輩合唱部による「芭蕉布・じんじん・てぃんさぐぬ花」の閉式合唱にも驚きでした。この日の東京会場には閣僚、国会議員、国家公務員等々500人以上の参加でしたが、我が那覇高同期は北海道から「美ら島沖縄大使」の八木君、大阪から琉球舞踊・康舞会の金城康子宗家と私の3人、久々の出会いに歓喜でした。閉式後品川南にWUB東京メンバーが集い大阪から参加の鉢嶺WUB開催会長歓迎・慰労会をしました。「沖縄復帰50周年式典」に参加

  • 「国立劇場・復帰50周年記念・沖縄芸能フエシティバル」に喝采!

    5月8日、沖縄の日本復帰50周年記念として半蔵門の「国立大劇場」で開催された「沖縄芸能フェステバル」を観劇しました。コロナ蔓延の最中、出席者人数を懸念したのですが、実行委員メンバーの尽力もあり、会場ほぼ満席。出演は沖縄から来訪の琉球音歌人間国宝の西江喜春に舞踊の宮城幸子師匠の諸鈍舞と100人を超す東京琉舞協会師匠メンバーの華麗な演舞。圧巻は子供・若手メンバーにちるダイナミックな”現代版組踊スペシャル“舞踊。北海道から八重山まで「現代版組踊推進協議会」17団体を立ち上げ、当日の司会演出した南島詩人・平田太一のパワーに満場喝采!この全国を席捲する琉舞とエイサーを観ると22世紀日本の活性化とリーダーを担う沖縄の未来を思いました(笑)各琉舞プログラムへの明解爽やか佐々木仁子さんの解説司会にも改めて感慨!仁子さん相変わら...「国立劇場・復帰50周年記念・沖縄芸能フエシティバル」に喝采!

  • 「沖縄戦―ある母の記録」講談

    沖縄復帰50周年イベントの一環か5月4日「さいたま市産業文化センター」で開催された「沖縄戦―ある母の記録」講談に行きました。講師はジャラリ-「南風」オーナーの山田しづ子さんから何度か紹介された福島出身の神田香織さん。神田さんは沖縄戦でお子さん、夫親族11人を亡くし、2020年99歳で亡くなった安里要江さんの伝記を読み、衝撃を受けその体験を講談として何度か語っています。この日は会場ほぼ満席。照明や音響を取り入れた手振り羽振りの戦火被害の神田さんの講演には思わず、“止めて!”と耳を覆い叫びたくなるほどのリアルさでした。講演に先立ち「南風三線教室」メンバーによる沖縄民謡演奏には聞きりました。主催、司会の山田しづ子さん!本当にご苦労様!「沖縄戦―ある母の記録」講談

  • 「内幸町プレスセンターでの“沖縄復帰50年シンポジウム」

    (右は出席参加の川平朝清様)4月28日、内幸町のプレスセンターで開催された毎日新聞・琉球新報・アジア調査会主催の「沖縄復帰50年」シンポジウムに新垣進関東沖縄経営協会長と行って来ました。内幸町プレスセンターはかって10年近く私が会長を務めた「三月会」で2か月に1回、講演会を開催訪問した思い出の場所。この日の基調講演は沖縄日帰りの玉城デニー知事に松元新報編集局長とTBSキャスターの松原耕二氏。興味惹かれたのは講演後のデニー知事に沖縄出身の宮城大蔵上智大教授、真喜屋美樹沖縄持続的発展に五百旗頭アジア調査会長の4人のパネリストによるデスカッション。共に1968年生まれと復帰前の沖縄体験の無い宮城教授と真喜屋所長の復帰論を聴きましたが、私が最も興味を引かれたのはアメリカによる沖縄施政権の背景と歴史を淡々と語る五百旗会長...「内幸町プレスセンターでの“沖縄復帰50年シンポジウム」

  • 「弁護士CASE FILE 1」;早稲田リーガルコモンズ法律事務所著;(株)朝陽会発行

    本書は早稲田大学出身弁護士グループ(事務所)14人による”これほど人間臭い仕事もない“との生々しい弁護経験奮戦記。14篇全て読むのは難渋ながら印象に残っているのは「事業承継」案件と本書を送ってくれた沖縄出身の早稲田後輩女性弁護士の携わった「セックスワーカーにも給付金を」訴訟案件。読み通すのもシンドイ内容ながら”職業スティグマ“に立ち向かう著者のスピリッツに改めて感嘆!私も早稲田卒業後、琉球新報東京支社記者を1年で退社、行政管理庁埼玉行政監察局に務めながら中央大第二法学部に通い司法試験に挑戦したが不合格断念の苦い経験がありますが、本書を送ってくれたこの後輩女性の早大法学4年次の司法試験現役一発合格にもホトホト感嘆!因みにこの女性弁護士のご尊父も沖縄で辺野古基地反対運動家の弁護士さんです。「弁護士CASEFILE1」;早稲田リーガルコモンズ法律事務所著;(株)朝陽会発行

  • 「四水会で仲井真元知事と今井参議員に!」

    先週、東池袋の「越後屋」で開催された恒例の「四水会」で仲井真元県知事と今井絵理子参議員(元speedo))にお会いしました。この最も驚いたのはこの日同席の今井議員の秘書の吉川夏貴さんが今井さんと同じ糸満高同期でSPEED以来の秘書とのこと!「ちむどんどん」主役の糸満高出身の黒島結菜といい、改めて糸満ウナグ(女性)のパワー?を思いました。「四水会」とは全国に様々ありますが、この「四水会」は今から30年?前、仲井真元県知事のお兄様・格さんが池袋で立ち上げた「交流会」。その後山城幸松(株)空気清浄機サービス社長が会長を務めましたが今は息子の山城真志社長が継承しています。長く会の運営サポートしているのは仲井真さんの東大工学部・通産省同僚の船津さんで、沖縄出身以外のこの日の参加者も船津さんの知友人でした。「四水会で仲井真元知事と今井参議員に!」

  • 「奇遇に仰天!」

    先週、大久保の「関東ITソフトウェア健保会館」で開催された「関東沖縄IT協議会(今井恒子会長)のビジネス交流会に参加しましたが、セミナー後の懇親会で「私はCSC学院の2期卒ですが、重田さんが社長を務められていた日本アドバンスシステム社を受験しましたが不合格で落ちました」という参加メンバーの挨拶を聴き仰天しました。CSC学院とは沖縄初のコンピュータ専門学校で、私は創業時この学院から10人を超える採用し、60歳の定年間近の現在も勤務している社員もいます。沖縄事業所開設の際は琉大卒のこの学院の教師をスタップとして採用等数々の思い出の学院です。CSC、日本アドバンスシステム等々の懐かしい言辞を聴き、往時茫々の回顧でした。日本アドバンスシステム不合格の彼はその後独立創業し、現在東京でIT会社を経営しているとのこと。“場所...「奇遇に仰天!」

  • 「田端・県経営者協会常務来訪!」

    先日、沖縄県経営者協会の田端事務局長が来訪され、新垣関東沖縄経営者協会長と共に歓談しました。田端さんは沖縄県住宅供給公社理事長や県東京事務所長を歴任されていますが、東京所長勤務の時は私を県功労受賞へ推薦される等諸々大変お世話になりました。益々のご活躍を!「田端・県経営者協会常務来訪!」

  • 「ニューオオタニ“合同盛春集い“で平田大一とカチャシー( ´艸`)

    4月10日、ニューオタニホテルで開催された“日本復帰50周年記念”「合同盛春の集い」に参加しました。合同とは東京沖縄県人会、板橋区沖縄県人会、東京八重山郷友連合会、沖縄県経営者協会、沖縄フアンクラブ等々在京の沖縄関係団体。コロナ蔓延の最中、参加者は240名強!締めではこの日わざわざ沖縄から上京参加の天下の”南島詩人”平田太一さんとカチャーシに恐縮の極み(´艸`)”重田さん、知ってますよ”と20年前共にテレビ出演した縁?(´;ω;`)「ニューオオタニ“合同盛春集い“で平田大一とカチャシー(´艸`)

  • 「神宮前で開催された那覇会・幹事会に参加」

    神宮前の瑞木工房社(岩崎りり子事務局長)で開催された幹事会に参加しました。この日のリアル参加者は庄司会長以下7名。男性は私他2人。ZOOM参加3人の合計10名.。那覇会(庄司マサエ7代目会長)とは沖縄県那覇市出身在京者による今年で発足75年になる交流・懇親会。会員は200人前後。10年前、会76回目の講演会で“ITネット時代をどう生きるか”のテーマでスピーチをした記憶があります。昨年は会報へ“私の那覇の思い出“エッセイを寄稿しました。今回コロナ蔓延での総会延期と会報発行の論議後、”過ぎし昔の那覇歓談に湧きました。骨折脇腹をサポートしつつこの日参加の84歳の庄司会長のエネルギーには感嘆です!「神宮前で開催された那覇会・幹事会に参加」

  • 「関東沖縄IT協議会」役員懇親会でビックリ!感謝!

    コロナ蔓延を押して開催された「関東沖縄IT協」役員会(今井恒子会長)に参加、仰天!会場は大学時代ウロウロ彷徨した懐かしい新宿・大久保通沿いのシリックコミュニケーション社。ビックリしたのは会議後の懇親会場で1週間後の私の誕生祝いにとバースデイケーキ―が出されたことです。いやはや!IT協の皆さん!有難う御座いました。感謝謝!「関東沖縄IT協議会」役員懇親会でビックリ!感謝!

  • 「氷川神社・大宮公園で・桜満開」

    昨日、久々に女房と共に小雨の中、我が家から徒歩20分「氷川神社」へ散策、隣接する大宮公園でソメイヨシノ桜満開を観賞満喫しました。「氷川神社・大宮公園で・桜満開」

  • 「紀尾井ホールとニューオオタニ日本庭園散策」

    久々に四谷の紀尾井ホールで開催された日本音楽文化交流協会のクラッシク・コンサートを鑑賞しました。曲目はバッハ:ヴァイオリン、モーツァルト:フルート協奏曲にハイドン交響曲。指揮を務める及川光悦さんとの縁はかって私が会長を務めた「三月会」に参加された及川さんから勧誘された私は「音楽文化交流協会」に入会し毎年案内を受けます。この日の同席参加は糸満出身池田さんとお友達。演奏会前に最寄りのニューオオタニホテルの日本庭園を散策、満喫しました。「紀尾井ホールとニューオオタニ日本庭園散策」

  • 「大恩・烈女来訪!」

    先日、私に「おきなわ就活塾」執筆を再三再四、督促した「おきなわ女子会」会長の花井さんと、原稿を添削修正編集頂いた川平さんお二人が揃って神田に来られ、歓談会食しました。私の初のこの著書出版はこのお二人の督励があったればこそと忘れがたい厚恩があります(´艸`)。お二人は「早稲田大学琉球・沖縄研究会」(勝方会長)設立運営を陰でサポートされ、私はこの研究会の支援委員長に任命され、「おきなわ就活塾」(新宿書房)の印税100万円以上を寄付督励された思い出があり、数年ぶりの会合に尽きず盛り上がりました(´艸`)。「大恩・烈女来訪!」

  • 「沖縄のアメラジアン」“移動とダブルの社会学的研究”;野入直美琉大準教授著

    アメラジアンとはアメリカ人とアジア人の混血子。本書によるとアメラジアンは韓国、フィリッピンにも多くいるようですが沖縄の比率が高いのは長きに亘る米国軍駐留の結果か。このアメラジアンを多角的に分析調査し、博士号取得の学術を基盤にした本書。私は著者の野入さんに沖縄のアメラジアンスクールを案内され、ブラック、白人、黄色、日本語、英語と多色、多彩な子供達の元気な姿を見て、沖縄の未来を感じました。琉球大で人文社会学の研究をしつつ、この沖縄アメラジアンスクールの理事長のボランティアー活動を務める野入さんの多彩旺盛な活動パワーに改めて感嘆です。300頁を超すこの調査研究書を読むのは大変でしたが、最も興味深く魅かれたのはアメリカ人と結婚した沖縄女性の動機、経緯やアメラジアン生徒へのインタビューを読み、ハーフならぬダブル、ナショナ...「沖縄のアメラジアン」“移動とダブルの社会学的研究”;野入直美琉大準教授著

  • 「貯蔵32年、43度の泡盛古酒に呆然困惑!」

    沖縄県国頭郡金武町の金武酒造社は同地域の鍾乳洞に「古酒泡盛」として現在1万本を超す古酒(43度)の貯蔵ビジネスをしています。管理費は年3000円ですが、私も同社オーナーの豊川麻美さんの勧誘を受け平成2年から貯蔵委託していましたが、32年を経過した今年、貯蔵を終え、送付頂きました。この鍾乳古酒洞は「瀧の蔵」として、沖縄県観光ツアーとしても有名です。32年貯蔵・43度のこの稀酒“果て、どうしたものか”と困惑呆然と眺めています。希望者には10万円で売ろうかな(笑)「貯蔵32年、43度の泡盛古酒に呆然困惑!」

  •  令和4年の年賀状  

    インターネット普及と高齢化促進もあり、今年も数人から「年賀状発送を止めさして頂きます」との挨拶を頂き、年賀状の受け取り数が減って来ました。私は印刷賀状に肉筆で一言加え、今年も300通程発送しましたが受信は250通程でした。お送り頂いた方々の半数近くが県人会・経営協や高校・大学の同級・同窓からでした。地域別には首都圏、沖縄が大部分、関西、奄美からは数通、北海道・四国からはそれぞれ1通づつでした。令和4年の年賀状

  • 「自立自尊であれ」;OXメンバ―著(幻冬舎ルネッサンス新書)

    「辺野古の埋め立て承認」“沖縄を売った男”(竹中明洋著)等々で揶揄され、沖縄県内マスコミを中心に“日本政府の言いなりになった仲井真知事”とパッシングの側面がありますが、本書はそうしたイメージを覆す仲井真元知事の”沖縄21世紀ビジョン”作成に基づく「那覇国際貨物ハブ・航空機整備工場」「空手会館創設」「OIST(沖縄科学技術大学院)」「伊良部大橋建設」等、対日本政府への強力な交渉力による数々の沖縄県への貢献業績を“奇蹟の成果”として詳細に述べている。何度か米国に行き直接米国首脳との交渉を試みたり、日本政府と安易に妥協せず、史上最高の振興資金獲得は、仲井真知事自身が通産省キャリアとしての経験があるのでは。現在定着している仲井真県政の負のイメージは、次の時代には覆り、やがて歴史的に高く評価されるだろうと述べている。一気...「自立自尊であれ」;OXメンバ―著(幻冬舎ルネッサンス新書)

  • 「箱根の森でITSP・老々懇親会」

    めったにない2022・2・22日、恒例の例会。ITSPとは“ITスペシャル・パーソン“と名乗るIT企業経営をリタイヤしたメンバーの交流食事会。今回はコロナ蔓延による半年振りの開催。場所は「箱根の森美術館」隣接のTJK(東京都情報サービス健保組合)の会員制リゾートホテル。神田を一時半に出発し東京駅から東海道新幹線で小田原駅、箱根湯本、彫刻の森と乗り換え、4時半に到着。この日、それぞれ家族の懸念、反対を押し切っての参加者は84歳から79歳、平均年齢81歳の7人。久々1泊二日の老々交流懇親会でした。気が付けば埼玉在住の私以外皆さん横浜、川崎、大磯、相模原、町井と皆さん神奈川在住者。参加者から「重田さん、なんで埼玉在住?」と聞かれ“ウン??!!”。「箱根の森でITSP・老々懇親会」

  • 「e-TAX確定申告終了しました」

    先週、確定申告を終えました。昨年に続き自宅パソコンによるe-TAX申告に挑戦!マイナナンバーカード、ICカード読取器、利用者識別NO、暗唱番号と縷々大変ですが、昨年に続きボケ防止と敢えて挑戦?しました。公的年金収入に10万を超える医療と寄付等々控除の結果、7500円の還付金結果が出ました。やれやれ!「e-TAX確定申告終了しました」

  • 「琉舞2姫来訪!」

    東京で琉球舞踊教師を務めるお二人が神田事務所に来訪され、今年2個目のバレンタインチョコレートを頂き恐縮!お二人は玉城流・八曄流と流派は違うものの昨年、四谷の「紀尾井ホール」で“琉球の綾音”を共演されました。今後とも益々のご活躍を!「琉舞2姫来訪!」

  • 「久々のバレンタインチョコ、有難う( ´艸`)」

    現役社長時の2月14日のバレンタインデーには女子社員等々から義理チョコを含め、毎年10個以上のチョコレートを頂きましたが、退任後のここ数年は殆どなかったものの、昨日は、突然神田事務所に義理チョコ頂きました。ジュリメーカーのYさん、有難う!それ以外に沖縄県本部からインターネットチョコがきました。喜屋武Mちゃん有難う!さて、お返しのホワイトチョコどうしようかな??(´艸`)「久々のバレンタインチョコ、有難う(´艸`)」

  • 「第3回目のワクチン接種」

    先日、さいたま市からの案内を受け、ネットで自宅最寄りのさいたま市の医院で予約し第3回目のワクチン接種を受けました。ワクチンは第1、2回に次いでファイザー製。接種の翌日は何となく体に倦怠を感じましたが、特に強い副作用は無く、その後ほぼ毎日マスク着用で神田事務所に通っています。私の周りにはワクチン接種を拒否し、一切受けていない人がいますが、彼らはその後も感染していないようで、ワクチンの効果は果たしていかばかりか?「第3回目のワクチン接種」

  • 「那覇文芸」~那覇市文化協会(文芸協会)発行

    沖縄県那覇市には音楽、舞踊、武道、花道等々30近い文化活動をする「那覇市文化協会」という組織があり、今回紹介するのはその中の文芸活動部の機関誌。県外に住む私はこの活動を余り知らなかったのですが、今回送付頂き、拝読、驚きました。というのは会長の伊佐節子さんはじめ会員の何人かに那覇高の同期がいたからです。年1回の発行は今年で28号を迎えるようで、これはすべて80人近い会員のボランティア活動とのこと。内容は俳句、短歌、詩、川柳、エッセイ、小節、評論と200頁を超す多彩な内容で、読むのも大変でしたが、トッピクスとしてボリビヤでお会いした島袋正克(トーマス・バルガス)さんの写真とボリビヤ移民小説にもビックリしました。28号の表紙には貴重な沖縄の薬草が載っていますが、これも伊佐さんの自宅庭園の産物とのこと!いやはや、元教師...「那覇文芸」~那覇市文化協会(文芸協会)発行

  • 「琉大WEB講座でスピーチ」

    2月1日、琉球大学の人文社会学の野入直美准教授による「沖縄近代史」のZoomミーティング講義に招聘され参加しました。テキストは野入さんの『沖縄―奄美の境界変動と人の移動』でしたが、スピーチの後、参加の学生達から“日本復帰後の在沖奄美人としての体験、“大連でのサバ思い出、文学部ながら何故IT企業創業、金沢出身の女房との出会”等々と要所要所、鋭い質問を受け、参加琉大生の300ページを超す”テスト本”の精読・探求力に、彼らの学究マインドを感じました。ミーティングは10時半から12時までの一時間半、参加の学生は人文社会専攻の2,3,4年生の16名。女性が10人以上と大半でした。経営現役の頃、何度か琉大で就職セミナー講演をしましたが、久々の学生との質疑応答に覚醒?しました。「琉大WEB講座でスピーチ」

  • 「母校への朦朧回想」

    (平成13年、那覇高創立記念日で講演)かつて、沖縄県内随一を誇った母校・那覇高が今や県内ランキング?10位以下になったと慨嘆Blogをアップしたところ、多くの先輩、後輩から様々批判コメントを頂きました。母校変異一つのの背景には首里→那覇→新都心と沖縄県内経済のダイナミックな変動、発展があるのではないかと!とはいえ、戦後一貫不変のランキングを維持する埼玉県の浦和高・浦和一女や鹿児島県のラーサール、鶴丸の背景には経済発展だけではなく、県内の教育行政視点があるのでは?また、母校慨嘆だけでなく卒業生として母校への貢献を!との鋭意な指摘を受け、言い訳ではありませんがいくつかの関りを回想しました。忘れられないのは平成14年、那覇高創立記念日に招かれ、“IT社長への道”と題し全校生を前に体育館で講演したことです。その時頂いた...「母校への朦朧回想」

  • 「琉大退学、上京受験失敗!」

    (私が入学した首里城跡の琉大と放生池)私は那覇高校を創業し琉球大学(法政科)を受験します。当時農学部長を務めていた泉裕巳さんから「辰弥君、法政科現役で一番合格ですよ」と聞いて帰宅した父の顔が忘れられません。この泉裕巳さんは当時琉球政府の副主席を務めていた泉有平さんの子息で、私達と同じ奄美の須子茂出身でした。このお二人は共に九州大農学部卒でした。今思うと、あろうことか、琉大新入生の私は地元紙に当時グランド施設用地として学内で揉めていた「放生池埋め立て問題」で大学を難詰する投書をしました。当時、安里学長を補佐しこの問題解決に奔走しつつ、英語授業を担任しておられた翁長先生から“あれは君か?”と問われました。またこの件について泉先生が父に“辰弥君のあの投書はちょっと!”と注意があったようです。この投書問題が原因ではあり...「琉大退学、上京受験失敗!」

  • 「母校・那覇高の没落」??(´;ω;`)

    先月10日「成人の日」にBS・TBS番組で午後10時から30分「沖縄県名門高校」のタイトルで我が母校・那覇高校紹介の番組放映がありました。高校同期、同窓生何人かに事前連絡し観ました。創設時の校舎、懐かしの校庭、城岳同窓会館や稲嶺、仲井真・翁長等々那覇高出身の歴代県知事の名前も出ましたが、内容は生徒会長を含む現在校生の活動紹介が主でした。私達の那覇高12期卒には大学教授、医師、弁護士、上級国家公務員と数10人を超すキャリアがおり、かって首里高校と並ぶ県内随一の名門校??でしたが、今や沖縄県内では昭和薬科、開邦、尚学、球陽等々の高校が偏差値上昇で我が母校は見る影もない(´;ω;`)何故こうなったか??私の住む埼玉では浦和高、浦和一女、故郷・鹿児島ではラ・サール、鶴丸高校と戦後揺るぎない高偏差値を維持、誇っているにも...「母校・那覇高の没落」??(´;ω;`)

  • 「国境は誰のためにある?」~中山大将著(清水書院)

    昨年11月、Zoom(オンライン)で「戦争社会学研究会」の土井智義琉大研究員と中山大将釧路公立大教授による「沖縄-奄美の境界変動と人の沖縄-奄美の境界変動と人の移動:実業家・重田辰弥の生活史移動:実業家・重田辰弥の生活史」(野入直美著)の書評会が開催されました。私も参加し、感想を述べましたが本書はその時の中山さんからお送り頂いた研究書でした。本書は日本、ロシア、ソビエテ間で数回に及ぶ境界変動したサハリン・樺太とその地に居住し先住民、アイヌ、ロシア、中国、日本人達の移動翻弄を調査記述している。この中山さんの“境界地域”研究については『沖縄―奄美の境界変動と人の移動」書中(251P)でも野入さんが触れています。中山さんは”サハリン残留日本人”について「樺太住民の境界地域史」(国際書院)書かれています。この本も寄贈頂...「国境は誰のためにある?」~中山大将著(清水書院)

  •  「皆様、明けましておめでとうございます。」

    今年はコロナ、オミクロン蔓延で自宅に籠り勝ちの日々ですが、私はボケ防止を兼ねて毎日神田事務所に通っています。とは言え、自宅を出るのは9時前、帰宅は5時前とラッシュを避け感染防止の毎日です。ステージ4、重度の大腸癌が見つかり手術を受けた時は5年後の東京オリンピックまで・生存率は16%と言われましたが、お陰で今年で9年目ですが、完治とは言えず、3か月一度の定期検診継続です。私は今年で82歳を迎え、日本男性平均生存率を超えそうですが、いつ再発するかわかりません。昨年は野入直美琉大準教授による『沖縄―奄美の境界変動と人の移動』~重田辰弥生活史の刊行を頂き、多くの方から感想を寄せられ、我が生涯の回顧レビューという貴重な機会を得て感謝に堪えません。有難う御座いました。いつまで続くかわかりませんが残る生涯、お世話になった故郷...「皆様、明けましておめでとうございます。」

  • 「早大西洋史クラス会」

    先日立川で久々に早大クラス5人が集い忘年会をしました。コロナ蔓延の最中、流石に女性の参加者はゼロ。当日の参加者で私以外は吉祥寺、小金井、八王子、立川と皆中央沿線街の居住者。私以外は皆さん元高校教師、編集記者と流石文学部出身職歴!改めて“我と吾が身”の異色を自覚しました!「早大西洋史クラス会」

  • 「沖縄こども貧困」プロジェクトへの寄付

    (沖縄タイムス12月17日掲載)「先日開催の関東沖縄経営者協会忘年会では、有志による「沖縄こども貧困問題」に対する活動報告がありましたが、私も沖縄タイムス社の「こども未来」と琉球新報社の「りゅうちゃん子供希望募金」プロジェクト、平和記念堂改修費として「沖縄協会」にそれぞれ10萬円を寄贈しました。これは『沖縄―奄美の境界変動と人の移動』~重田辰弥生活史(みずき書林)を書いて頂いた野入琉大準教授、並びに購入して頂いた方々への御礼とご報告です。皆さん!有難う御座いました。。「沖縄こども貧困」プロジェクトへの寄付

  • 「1年振りのIT/SP会」

    IT/SP会とは首都圏でIT会社創業経営者のOB中心の昼食懇親会。10年以上継続していますが会員は上場会社の会長、顧問等々10近いメンバーで、中でも私は最弱小創業者(´;ω;`)。平均年齢は80余歳。メンバー中ゴルフ未趣味は私を含め二人ながらいつもの通りゴルフと高齢病状治療報告経験交流に盛り上がりました。今回の会場は日比谷の「ペニンシュラホテル」内のビル・クリントン米大統領も訪れたという高級天ぷら店“天一”!お昼ながら食事代はなんと15,000円(トホホ!)「1年振りのIT/SP会」

  • 「忘年会開催準備作業、ご苦労様!」

    先日の関東沖縄経営者協会忘年会開催に先立ち、年末多忙な最中、ボランティア有志が神田の事務所に集い、諸々開催準備作業をして頂きました。御礼にはお昼食だけで誠に申し訳なかったけど皆さん、献身の貢献、本当に有難う!「忘年会開催準備作業、ご苦労様!」

  • 「久々のニライ会参加」

    久々に池袋の沖縄料理店「みやらび」で開催された「ニライ会」に参加しました。「ニライ会」とは30年ほど前に、立ち上げた和気藹々の沖縄交流会。会長は歴代何人を迎えメンバーは50名の半数近くは沖縄フアンのヤマトンチュ(本土人)。事務局は長きに亘り元岩波書店の後藤さんが勤めています。いつもながらこの会には御夫婦で結構参加されます。これは昨年暮れのことでした。アップ時期ズレました(´;ω;`)「久々のニライ会参加」

  • 「第55回関東沖縄経営者協会忘年会」参加有難う御座いました。

    12月8日、神保町の日本教育会館・喜山倶楽部で関東沖縄経営者協会(新垣進会長)忘年会を開催しました。コロナ感染未収の時節での開催にはいささか懸念がありましたが、平良県東京事務所長、タイムス・新報支社長、南風原・元東大副学部長、わざわざ沖縄から野入琉大準教授の来賓を含め100人を超す参加者で盛り上がりました。南風原さん、野入さん!ご多忙な最中、遠路わざわざのご来訪有難う御座いました。裏方ボランティアの皆さん!本当ご苦労様でした。(閉めのカチャーシー!左は南風原・元東大副学長(´艸`)「第55回関東沖縄経営者協会忘年会」参加有難う御座いました。

  • 「久々に仲井真・元沖縄県知事と!」

    先月、池袋で開催された「四水会」で元沖縄県知事の仲井真さんと久々にお会いしました。仲井真さんはユーデキヤ(優秀)尊寿の那覇高の2期先輩でした。東大を卒業後、通産省ご勤務の頃は歌舞伎町、赤坂、銀座のお店で度々お会いし、団欒、叱責されました(´艸`)沖縄県副知事から沖縄電力社長に就任されたときには、WUB東京大会開催サポーター頂きました。県知事ご就任時は「沖縄県雇用貢献」で感謝状や「美ら島大使」の就任状を頂きました。辺野古誘致では色々批判を浴びながらも現在は「自由民主党沖縄県連最高顧問」として矍鑠、益々のご活躍を!「四水会」とは仲井真さんのお兄様・格(いたる)さんを囲む会として発足した数10年以上継続の懇親会で、現在山城真志関東沖縄経営者協会理事がお父さんの後を継ぎ会長を務めていますが、会員の大半は仲井真さんと縁の...「久々に仲井真・元沖縄県知事と!」

  • 「東京奄美総会~世界自然遺産登録祝典」に参加しました。

    先月23日(勤労感謝の日)大手町「きゅりあんホール」で開催された「令和3年東京奄美総会」に出席しました。この日は奄美の「世界自然遺産登録」の記念式典も含め国会議員、鹿児島知事はじめ奄美大島からも5人を超える市町村長も上京され、コロナ蔓延の最中、300人に近い参加者でした。いつもの通り会長開会挨拶に先立ち、郷土遥拝、奄美会歌斉唱、70ページを超えるカラーのプログラムといつもながらの異色の式典でした。環境省自然局長、鹿児島県知事、徳之島町長の情熱溢れる自然登録申請、審査経緯、取り組みについてのトークセッションには胸を打たれました。(久々の鎌田瀬戸内町長と!)「東京奄美総会~世界自然遺産登録祝典」に参加しました。

  •  与野本町「南風」で沖縄談論!

    先週(11月12日)、九州大学院比較社会文化院の里村和歌子博士が「ジェンダーと植民地主義」のテーマー研究でわざわざ福岡から与野本町の「南風」に来られ歓談しました。その縁は里村さんが「沖縄から基地を引き取る」運動で「南風」オーナーの山田さんとの縁とのこと!「ジェンダー」研究での勝方「早大琉球沖縄研究」元会長の紹介を依頼されましたが、勝方さんの都合がつかず、代わりに与野本町に居られる琉球沖縄研究員の上地聡子さんを紹介したところ、延々2時間近く意見交換されていました。そのあと屋良朝博前衆議員秘書の鈴木さんも見えて、沖縄の基地問題等々論議に湧きました。なんと、里村さんのご主人は朝日新聞の記者で1年近くご夫妻で沖縄に駐在されたとのことです。埼玉在住の鈴木さんは以前糸数慶子参議員の秘書も務められ、年末の関東沖縄経営者協会忘...与野本町「南風」で沖縄談論!

  • 「10年振りの銀座奄美カルチャー発信店訪問」

    “銀座奄美カルチャー発信”とは私の勝手な命名ですが、先日たまたま、新垣会長と銀座を散策し銀座4丁目の奄美大島紬着物販売店「銀座もとじ」を訪問、創業の泉二社長にお会いしました。実は10数年前、故・内倉典子さんに案内され紹介されたことを思い出しました。奄美大島高校を卒業後上京、紆余曲折、大島紬着物店を創設50年、息子さんに事業承継の偉業には感嘆です。奄美出身者としてはこの銀座での奄美文化の発信店はの50年継続は誇りです!社長の泉二さん!皆さんこれ読めます?奄美には泉の姓は多いのですが、これは“モトジ”と読みます。泉家のご次男がルーツか?(^○^)失礼しました。「10年振りの銀座奄美カルチャー発信店訪問」

  • 「第36回武蔵フォーラムで原・奄美IT懇話会長講演」

    11月3日「文化の日」に武蔵小金井商工会館で開催された第36回の「武蔵野奄美フオーラム」(叶芳和会長)に東京奄美IT懇話会の中山副会長と参加しました。この日のテーマーは“奄美群島のSDGs策定」。講師は3人でしたが、最も注目したのは奄美IT懇会の会長を務める原念二君の”奄美群島デジタル構想」。10月、叶会長が五反田の原会長経営の(株)アブストラクに来られ、我々3人で奄美懇の活動を報告しました。当日フォーラムでの原会長の講演内容は私の心配懸念を吹っ飛ばす(笑)見事な迫力ある経験談でした。本当にご苦労様!「第36回武蔵フォーラムで原・奄美IT懇話会長講演」

  • 「沖縄電力東京支社長、来訪!」

    11月2日沖縄電力東京事務所の島袋所長と山里副所長が神田の関東沖縄経営者協会事務所に来られました。この日は沖電が掲げる代4回の”対話旬間“これは沖電の地域支援CSR活動として掲げる”ふれあい”地域奉仕“”メッセージ活動””スポーツ交流“の4活動の一環としての来訪でした。来年のカレンダーとお土産を頂き、この沖縄のTOP主要企業の来訪には新垣会長とともに恐縮感謝でした。島袋支社長の高校同窓、山里副所長の奄美同郷の機縁にはビックリでした。「沖縄電力東京支社長、来訪!」

  • 「那覇会役員会に参加」

    原宿・神宮前の「瑞木工房」で開催された「東京那覇会」役員会に出席しました。この日の参加者はZOOMオンライン参加者を含め10名。久々の改装された原宿駅から会場までの表参道・明治通りは若者で混雑でした。本会は「おもろさうし」研究で有名な故・外間守善先生や勝方恵子元早大教授等々が歴代会長を務め発足から80年以上を迎える那覇出身在京者による文化交流会ですが、今後継会長人選で悩んでいます。この日の役員会場の「瑞木工房」は日本女子大卒建築設計士3人とデザイナーを務める岩崎りり子現那覇会長女性4人の建築設計事務所。発足から何と50年近い継続経営には感嘆です!「那覇会役員会に参加」

  • 「世界のウチナーンチュ日」ZOOM会議に参加しました。

    10月30日の「世界のウチナーンチュ日」、10時から(日本時間)2時間、ブラジル、リマ、メキシコ、ハワイ、沖縄、大阪、東京と各国からの100余人参加のZOOMに参加しました。WUB東京からは平良会長はじめ5人の参加でした。会話は日本語、英語、スペイン語と様々。改めて世界に広がる沖縄ネットワークを感じました。実はこの10月30日から1週間を「ワールドウチナーンチュウィーク」として、沖縄に関心、共感のあるレストラン、食堂、飲み屋さんにWUBロゴの入ったポスターを掲示し、豚肉を使った料理提供を「世界WUBネットワーク」から提案しています。「世界のウチナーンチュ日」ZOOM会議に参加しました。

  • 「琉球警察」;伊東潤著(角川春樹事務所)

    率直に言って“奇妙奇天烈”な書と言わざるを得ない感想です!本書はUSCAR(琉球列島米国民政府)に支配されていた復帰前の琉球公安警察による瀬長亀治郎を中心とする沖縄人民党と復帰運動への抑圧調査の警察活動ストリーですが奄美も復帰前ですから奄美大島の警察史の一面ともいます。特に主人公に徳之島出身の若手警察官が登場しますが、瀬長を追及操作する内に瀬長に傾倒し、人民党へ入党する等々紆余曲折の400ページを超える本書は全ページが会話記述の異色の復帰前の琉球諸島の一史ともいえます。それにしてもグルクン、アダン、ガジュマル、キジムナー等々の沖縄アイテム以外に徳之島方言や風景が描かれていまが、何と沖縄方言は私も何度かお会いしている藤木勇人、奄美徳之島については恵比寿の徳之島料理店「大吉」店主の教示、協力だって!ビックリです。「琉球警察」;伊東潤著(角川春樹事務所)

  • 「ハワイアンビューテイ協会メンバーの来訪」

    アロマ,フラダンス,等ハワイのカルチャ―普及、講座活躍の“ハワイアンビューテイ協会がありますが、月に1度前後神田の事務所で「フラワージエリー講座」が開催されていますが、お二人はこの日の参加。ハワイのデービッド・イゲ知事は沖縄ルーツ等々、元沖縄県の知事公室長・沖縄ハワイ協会長の高山朝光さんが「ハワイと沖縄の架け橋」を詳細を書かれていますがハワイと沖縄は様々な絆があります。私もハネムーン,WUB大会、ホノルルマラソンと何度かハワイに行きましたが、ハワイ州政府で要職を歴任、WUBを立ち上げたローバート・仲宗根さんのワイキキのご自宅で御招待受けた思い出があります。(ワイキキ海岸でジョギング~2017年)「ハワイアンビューテイ協会メンバーの来訪」

  • 「珍客来訪!」

    先日神田事務所に珍客とは失礼ながら、日本に国籍移住の元我社の中国出身女性来訪。お二人は日本在住20年以上、共に在日中国語教育機関の運営、NHK委託の中国論文の日本語翻訳等々といずれも知的業務に従事。それぞれ北京、上海出身ですが私はお二人の御家族、ご両親ともお会いしていますが、皆さん文革に苦闘した経験を伺いました。実はこのお二人を紹介したのは私ですが、二人共、沖縄が大好きで何度か先島などでダイビング等のツアーを楽しみ“東京より沖縄が居心地良く、人柄も良い!”と。この感想に改めて琉球と中国の誼を感じます。この日も二人の日本語と中国語綯い交ぜの会話は私への“称賛か難詰”か当方チンプンカンプン!双女来訪、謝々礼々!「珍客来訪!」

  • 「米寿おめでとうございます!」

    米寿を迎えられた埼玉奄美会の雪山渥美先輩から記念の画集出版書を頂きました。会社を創業し、ご子息に承継の一方し米寿を迎えられ毎々精力的に絵画スケッチの活動、出版には感嘆です。雪山さんとの出会いは10年前奄美・徳島から復帰前の沖縄に渡航し、様々な苦労の末、上京し喫茶店ボーイしつつ作家を目指し、会社を創業までの苦労話を出版された「愚か者の夢追い半世紀」(新風社)に対する私の感想Blogアップでした。(https://blog.goo.ne.jp/shigeta-nas/e/214a7d586c5c62d2917efd0e11c7db25)同じ埼玉暮らしの奄美出身先輩、ご高齢にも拘わらず私の様々にイベントにも出席される一方、毎朝出社され、私のBlogをチッェクされる活動には驚きです。この米寿祝いの画像集に掲載された奥様...「米寿おめでとうございます!」

  • 「終の棲家」リフォーム

    36年前に購入、何度か改築した埼玉与野の自宅ですが、共に傘寿・古稀を越え、今年は売却し、介護付き老人ホームへの移住を提案したのですが、女房は「この家で逝く!」と強く譲らないので「終の棲家」リフォームを業者に委託しました。リフォームとはいえ、外癖、屋根の塗装、玄関、部屋の一部改良と3社へ相見積依頼し、比較検討の上、発注したのですが、着手すると様々な追加工事が提案され、当初見積を100万近くを超える総額500万以上のコスト支払いとなりました(´Δ`;)とは言え、完了すると近所周囲の皆さんから“綺麗になりましたね!”と言われ、近隣街並の麗化?に多少なりと貢献したか?と溜息でした(^○^)(before)「終の棲家」リフォーム

  • 「千客万来」~早大西洋史クラスメート来訪!

    (新垣関東沖縄経営者協会長撮影)久々に早大西洋史のクラスメートが神田の事務所に来訪し、懇親盛り上がりました。私が入学した当時の早稲田の一文西洋史の50余人のクラスは男女半々でしたが、男子は私をはじめ九州、四国、東北等々の地方出身者が多く、しかもその大半は1,2,3年の浪人?でしたが、女性の大半は首都圏名門高の現役でした。早稲田に入学した時はそのカルチャーの違いに呆然!往生しました(^○^)この日来訪の3人の皆さん、桜陰、浦和一女、文京竹早といずれも首都圏の名門女子高卒の現役合格者(^○^)コロナ蔓延落とは言え、十数年振りの来訪、交流!往時茫々と盛り上がりました。三女の皆さん!本当にお疲れ様でした!「千客万来」~早大西洋史クラスメート来訪!

  • 「川崎・沖縄フェアに参加」

    9月20日、川崎の「キングスカイフロント東京REIホテル」で開催された“沖縄フェア”に新垣経営協会長と行って来ました。今年は那覇市・川崎市の友好都市締結25周年でもあり、沖縄東京事務所やコンベンションビューローや関東沖縄経営者協会メンバーの㈱エージェンも協力しており、その応援を兼ねての参加でした。コロナ蔓延にも拘わらず結構な参加者でした。経営協メンバーの宮里英克君の三線ライブに玉城久美子さんの司会で盛り上がりました。流石に沖縄出身者の参加もあり、ライブ閉めにはついついカチャシ―舞いました(^○^)川崎駅から会場のホテルまで、新垣会長の運転する車に同乗し、途中、比嘉「元川崎沖縄県人会長」の評判の庭園を訪問し、記念撮影でした。(比嘉さん庭園で、最近の彼女達と?)「川崎・沖縄フェアに参加」

  • 「久しぶりの横浜!CIJ株主総会に出席」

    9月16日、横浜ベイシェラトンホテルで開催された(株)CIJ第46回の株主総会に出席しました。当日出席の取締役役員や会場受付案内の社員はいつもの通り40人近い?メンバーでしたが、何とこの日出席は14,695名の株主中僅か10人前後が広い会場に転々でした。もちろん、これはコロナ蔓延の結果です。社長による決算報告の後、何か質問があった方が良いかと、ただ一人私が挙手し“対前年減収減益中の2%強の配当に御礼を述べ、福岡支社とオフイスの併設について質問しました。この拙い質問に会場、失笑があったか(´艸`)因みに今期の売上は203億、利益は9億2千万でした。1時間弱の総会終了後、社長、監査役等知友の役員様に挨拶の後、久しぶりのみなとみらい、桜木町と散策、中山(株)フィチャーミライ社長や宇田(株)フードリボン社長と会食懇親で...「久しぶりの横浜!CIJ株主総会に出席」

  • 「千客万来」

    コロナ蔓延の最中ながら、8年前事務所オープン以来“魅ディプロヂューサー”?の比嘉美佐子さんはじめ、”空飛ぶアッちゃん“の高山厚子さん食事持参で来訪、盛り上がりました。「千客万来」

  • 「朝日新聞記者来訪!」

    先日、沖縄の復帰50周年を迎えるに当たりNHK、毎日新聞と取材を受けましたが、今日は朝日新聞の記者が来訪、在京沖縄出身者としての沖縄の日本復帰をどう受け止めた等々取材を受けました。この日の来訪記者は新垣関東沖縄経営者協会長に続くものでしたが、たまたま早稲田の後輩で、私が琉球新報を受験する前の朝日新聞受験失敗の話したら失笑買いました。こうした連日のマスコミ取材を受け、改めて米軍基地の永久提供を条件とした日本政府の沖縄復帰?対応を思います。「朝日新聞記者来訪!」

  • 木村「沖縄協会」東京事務所長激励会

    (祝・新「沖縄協会」東京事務所)沖縄の摩文仁で”平和祈念堂”を管理運営する「沖縄協会」東京事務所の神田小川町から日本橋小伝馬への移転に伴い、孤軍奮闘してい木村事務局長を神田事務所に招き、慰労会食をしました。参加者は弁護士の三宅さんに日本テレワーク協会の平良君3人。実は木村さんを囲むこの4人は“月一昼食会”メンバー(^○^)木村さん!本当にお疲れ様!木村「沖縄協会」東京事務所長激励会

  • 「沖縄フアンクラブ」常任理事会

    9月8日7時半から2時間以上、「沖縄フアンクラブ」の理事会に参加しました。参加者の半分近い方が本土出身の沖縄移住で、泡盛、三線を嗜む愛好の、文字通り”本土出身沖縄フアン“の歴々には沖縄出身乍沖縄文化に疎い我と我が身を痛感しました。因みに会長は元日銀沖縄支店長の大澤さん、事務局長は愛娘の大澤まりさん,ご苦労様でした。この日の参加者で沖縄出身は私を含め3人でした。「沖縄フアンクラブ」常任理事会

  • 「毎日記者、取材に来訪!」

    来年「沖縄の日本復帰50週年」を迎えるに当たり、NHK記者からも取材がありましたが、先日は毎日新聞の記者から取材を受けました。趣旨は沖縄復帰以前の沖縄出身者としての本土渡航パスポート保持や国民・厚生年金加入、受給等様々でした。沖縄復帰について私が語った思い出は72年の復帰数年後の裁監督による沖縄水産高校の甲子園での善戦や具志堅用高のチャンピオン獲得による沖縄出身としてのプライド感でした。その後は南沙織や宮里藍等の県出身芸能人やゴルファーの登場で沖縄のプレゼンスは飛躍的に向上したこと。「毎日記者、取材に来訪!」

  • 「埼玉奄美会」役員会

    令和7年で発足50周年を迎える「埼玉奄美会」の役員会が8月29日、浦和コミュニケーションセンターで開催されました。コロナ蔓延最中、流石にこの日の参加者は20人弱でしたが、“重田さん!BLOG拝見していますよ”米寿の先輩役員に声を掛けられビックリ!こうした先輩に出会い“そろそろ年か!”との思いが吹っ飛びました。会は2時間以上延々と“会則見直し”論議で閉会!「埼玉奄美会」とは言え、メンバーは都内公務員や大学講師、金融機関の履歴OB連々、出身は喜界、沖永良部、徳之島と南島出身者が多く、瀬戸内出身は私と2人でした。因みに私は相談役を拝命しています。「埼玉奄美会」役員会

  • 「恩師の思い出!」

    (2008年牧港の介護施設「ポート・ヒロック」に95歳の山元先生と高校先輩・教師のお嬢さんを訪問)先日、ご逝去された中学2年担任の新川初子先生を偲ぶ度に、小学校以降の恩師方々が思い浮かびます。後に校長に就任される奄美大島の古仁屋小学1年時の担任の祷義勝先生は“辰弥君!学芸会の開会挨拶をしなさい!”と言われたことだけが鮮明に覚えています。小学2年、3年の担任は林みつえ先生でしたが、毎週日曜、妹さんとお住まいの自宅に伺い、お食事を頂いた記憶があります。小学4年の時のクラス担任の森江美子先生のご自宅にもたびたび遊びにいきましたが、ある時クラス級長就任を辞退したところ激しく叱責され、以後お宅訪問が出来なくなくなりました。残念ながら古仁屋小学校時代の写真は無いのです(´Δ`;)沖縄の安里(後の安謝)小学6年に転校した時の...「恩師の思い出!」

  • 「伊良皆高吉先生!益々のご活躍を!」

    先日「沖縄音楽三線教室」を主宰する伊良皆高吉先生の事務所に伺いました。というのは神保町から日本橋に引っ越した「沖縄協会」の東京事務所を訪ねた処、何とこの新事務所と私の神田オフイスの中間に伊良皆さんの教室があり、お訪ねしたところ、ネットで三線教室実施の最中にも拘わらず、気さくに対応頂き、恐縮しました。伊良皆さんのお弟子は優に1000人を超すようですがその殆は沖縄出身ではなくヤマトンチュとのこと!5年前の私の神田事務所開設の節は、わざわざご来訪頂きましたが、たまたまこの日は首里城の再建を祈願し「首里の城」CDを作詞作曲し、県外県内はじめ世界に配る旺盛な活動には改めて感嘆です。この日、私も首里城再建に些少ながら貢献と購入させて頂きました。伊良皆先生!益々のご活躍を!「伊良皆高吉先生!益々のご活躍を!」

  • 奄美の「南海日日新聞」紙上に書評が掲載されました。

    先般、野入直美琉大准教授による記述出版された「沖縄―奄美の境界変動と人の移動」~“重田辰弥の生活史”(みずき書林)の書評が「沖縄タイムス」(南風原朝和・前東大副学長著)と「琉球新報」(前泊博盛・沖国大教授著)の沖縄県内2紙に掲載されましたが、先月11日、奄美大島の「南海日日新聞」(雪田倫代著)紙にも掲載されました。これは沖縄視点とは少し違う、奄美視点を感じました。著述の野入さん!掲載3紙と書評3氏に改めて感謝です。有難うございました。奄美の「南海日日新聞」紙上に書評が掲載されました。

  • 「御哀悼!恩師・新川初先生!」

    (2020年五反田事務所へ来訪の新川先生と愛娘の菅ちゃん)先月、恩師の新川初子先生が大阪豊中市の介護センターでご逝去されました。享年95歳、コロナ蔓延でお見送り参席叶わず、衷心より御哀悼申し上げます。先生は昭和18年沖縄県立第一高等女学校から沖縄師範学校に進み、「ひめゆり学徒」として悲惨な戦争体験をされます。戦後沖縄の西原中学で6年間務められた後、私がいた安謝中学二年の担当として来校されましたが1年後に京都に転居され、以来定年まで阪神で教職を務められました。定年退職後は阪神地方唯一の従軍ひめゆり同窓・平和の語り部”として延べ500回を超える講演をされています。その詳細は今でもNETで観ることができます。何故、京都に転居されたのか。それは京都府警勤務のご尊父の元、京都で生まれた先生は、同じ京都生まれの沖縄出身教職...「御哀悼!恩師・新川初先生!」

  • 「終の棲家、自宅リフォーム選択!」

    2012年に自宅のリフォームをしましたが,あれから20年近く年経過し、外壁の汚れや屋根の一部崩壊等があり、この度再リフォームに着手しました。今度も大和ハウス、ポラす等数社から相見積もりを頂いたが、東京RE社に依頼。前回は3カ月近くに引っ越し、転居の工事でしたが、今回は自宅生活中での施工。工事期間は2カ月弱の8月末まで(´Δ`;)。後期高齢、あと何年どう過ごすか女房と議論!自宅での終の棲家選択でした。「終の棲家、自宅リフォーム選択!」

  • 「コロナ蔓延圧しての関東沖縄経営者協会総会!」

    コロナ蔓延の最中、開催実施を迷いましたが、先月29日、神保町の「日本教育会館」で第55回の関東沖縄経営者協会総会を開催しました。流石にこの日の参加者は40弱でしたが、審議は無事終了しました。会場での恒例の懇親会は中止でしたが、高齢の幹部有志8人で神田の「琉の介」での2次会は盛り上がりました。総会参加者の写真を観ていると、県人会同様、メンバーの若返りと世代交代を実感します。「コロナ蔓延圧しての関東沖縄経営者協会総会!」

  • 「久々のジョギング?」

    かって、三田の慶応大学東門向いのアネックス三田ビルで㈱日本アドバンスシステム創業時、社員有志で「ジョギングクラブ」を立上げ、毎週末、東京タワー、芝公園から皇居外苑をジョギングしました。そんな懐かしい思い出もあり、先日久々に神田事務所から鎌倉橋を渡り竹橋通りの皇居周縁近くのジョギングとは言え、ヨチヨチのワーキングでした(´Δ`;)(40年?前社員と共に皇居外苑通りをジョギング)「久々のジョギング?」

  • 「幻の安謝中」

    私は小学6年、奄美大島から沖縄に移住し、転校入学した安里小学校は間もなく安謝小学に校名が変わります。当時、那覇北端僻地の安謝は小中学併校で、1961年に中学が岡野に“安岡中”として校名変更し移動するまで9年間、当時那覇地区では珍しい“安謝小中学校”でした。校長も生徒会長も小中同一で、私が3年の時、生徒会長を務めた安謝中学は今は無き“幻の母校”です。安謝中同期は3クラス、全校でも400人にも満たない弱小学校で、私達は上野山、真和志、那覇中等々当時の那覇のエリート?中学への劣等感に苛まれました。当時の安謝中は“アジャパー中”と揶揄われることがありましたが、当時の岡野地区への移転に伴い安岡中に改名したのでは?安謝中で忘れられない同期には後に「沖縄ジャズ協会」会長を務めるジャズピアニストの屋良文雄と「藤原歌劇団」のオペ...「幻の安謝中」

  • 「第35回武蔵野奄美フーラム」に行って来ました。

    コロナ蔓延の7月18日、武蔵小金井の商工会館で開催された第35回の「武蔵野奄美フオーラム」に行って来ました。この日の講師は元・奄美会副会町長・経営コンサルタントの平栄光氏。科“国際化時代の奄美振興”についHerlthy!Wealty!ResortIsland!と様々な視点から奄美振興の可能性と課題を語られた。後半は西田日東商船㈱社長が持ち前のユーモアーたっぷりの口調で自らの経営経験を語られた。この日の出席者笠利、大和、龍郷、名瀬、瀬戸内、徳之島、和泊、与論、伊仙、天城と奄美各島出身の在京官僚、大学教師、経営者等々40名弱の参加。年2回開催のこの会は講演、交流、懇親会ですが、この日はコロナの影響もあり、講演後の懇親は中止でした。「第35回武蔵野奄美フーラム」に行って来ました。

  • 「屋良朝博沖縄県・立憲民主代表」

    屋良朝博衆議員がさいたま市のギャラリー「南風」(山田しず子オーナー)に来られ、懇談しました。屋良さんは沖縄北谷高校からフリッピン大学に留学という異色の学歴、「沖縄タイムス」に入社し社会部長や論説委員長を経て、国会議員に立候補、当選、先日沖縄県の立憲民主代表に就任されたようです。沖縄タイムスでは現・平良東京支社長と同期とのこと!この日は辺野古基地を巡る補助金や沖縄県内鉄道軌道建設等について議論しましたが、県経済に関する詳細な数値情報の博学には感嘆!「屋良朝博沖縄県・立憲民主代表」

  • 「御哀悼!野村一成会長様」

    (平成18年、摩文仁の平和祈念堂前で)7月4日、同年の野村一成「沖縄協会」長急逝の報に衝撃を受けました。外務省沖縄担当大使として沖縄サミット開催に貢献された縁で清成忠雄(元法政大総長)前会長の後任として第6代目「沖縄協会」長に就任され、以来5年間に亘り会長を務められ、1年に何度か協会理事・協議会でお会いしました。東大法学から外務省、ドイツ、ロシア大使、宮内庁御用掛というエリート役職歴任にも拘わらず、偉ぶるところ些かも無く、たまたま同年の私は沖縄協会評議員として何度か気さくにお話した思い出があります。衷心より御哀悼申し上げます!「御哀悼!野村一成会長様」

  • 「川崎交流館」での上里隆史「江戸上がり」講演

    川崎の「東海道かわさき宿交流館」で開催された上里隆史氏による「琉球王国からの使者」~江戸上がり~講演を聞きに行きました。上里さんの講演は「早稲田大学琉球・沖縄研」や「とかしきなおみモーニングセミナー」等々何度か聞きましたがこの日は“江戸上り”最後の宿泊ルート地とも呼べる川崎での講演。100人程の出席者の殆どは地元在住のヤマトンチュ!それにしても川崎市の運営管理のこの「かわさき宿交流館」のユニークな展示と“街道歩きをもっと楽しくするために”の28回に及ぶ講演主催には感嘆です。会場の「交流館」1,2階には無料で観覧できる川崎市の産業・文化の歴史展示があり、先に川崎駅前に建立された川崎と宮古の絆・“石敢當”の写真も展示されおり、改めて川崎と沖縄の強い絆を感得しました。「川崎交流館」での上里隆史「江戸上がり」講演

  • 「タイムス」「新報」両紙による多角書評

    4月3日「沖縄タイムス」紙の読書欄冒頭で南風原元東大副学長に依って「沖縄―奄美の境界変動と人の移動」~“野入琉大准教授著”(みずき書林)の書評が掲載されましたが、7月11日「琉球新報」紙の読書欄では前泊博盛沖国大教授による書評が載りました。“標準文化媒介する移住”、“移民と移動の読ませる裏面史”とのタイトルに、改めて著者の野入教授の多角的視点を感じました。「タイムス」「新報」両紙による多角書評

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