前回我々は、西郷隆盛の有名な言葉 「敬天愛人」 の、「敬天」に着眼し、内村鑑三の名著『代表的日本人』(1995年岩波文庫)に辿り着いた。この名著の筆頭に…
前回まで我々は、『遺訓』の中でもとくに有名な 「命もいらず 名もいらず」 について見て来た。今回からは、それに劣らず有名な、西郷の言葉 「敬天愛人…
論語漫歩584 『星の王子さま』 「命もいらず 名もいらず」2
前回我々は、『遺訓』第三十章の名言、西郷が 命もいらず 名もいらず 官位も 金もいらぬ 人、と称えた、幕末の剣聖山岡鉄舟について見た。西郷も…
論語漫歩583 『星の王子さま』 「命もいらず 名もいらず」1
我々はついに、『遺訓』の中でも、特に有名な章にたどりついた。『遺訓』第三十章である。 命もいらず 名もいらず 冠位も 金も いらぬ人は …
前回我々は、祖国の危機に臨んで、幕末、無数の志士たちが、「殉死」していくのを見た。サンテグジュペリも、ナチスドイツに占領されたフランスのために戦って「殉死」し…
前回我々は、友月照のために、西郷隆盛が薩摩潟に身を投ずるのを見た。今回も、祖国に命を捧げる人々を見ることにしよう。幕末、多くの名君が出た。その、名君の中の名君…
星の王子さまは、愛する「バラ」(妻コンスエロ)のために、自ら命を断つ。西郷もまた「友」(勤王の志士・月照上人)のために命を断った。「友情」に殉じたのである。こ…
論語漫歩579 『星の王子さま』 「児孫のために美田を買はず」
前回我々は、極貧の中にあって 「道を楽しむ」 顔回の姿を見た。今回は、西郷の出番である。 よく親しまれ、よく吟詠される、西郷の漢詩がある。七言絶句『偶成…
前回我々は、西郷と顔回が、単なる「知識」の追求者ではなく、自分自身が「堯舜」になることを目指す、「実存」の行者であるのを見た。今回もまた、この二人の共通点を見…
前回我々は、西郷隆盛の気宇が壮大で、中国四千年最高の聖人堯舜を目指し、 「堯舜を お手本とする」 のを見た。今回は、その続きである。『遺訓』第三十六章に…
論語漫歩576 『星の王子さま』 「堯舜を手本とせよ ! 」
前回我々は、西郷が、論語全体、儒教全体で、最も重要な 「克己」 の解釈に於いて、「第二の孔子」、「新儒学の創始者」と称えられた朱子を越えているのを見て、…
前回我々は、『遺訓』第二十六章の 己に克てば 成り 自ら愛すれば 敗る について見た。すなわち、西郷は、「己に克つ」(克己)と「自ら愛す」(自愛)と…
前回我々は、『遺訓』冒頭の「天の道」と「私」(己を愛する心)のうち、後者について見た。すなわち、『遺訓』第二十六「己を愛するは 善からぬことの第一なり」の全文…
論語漫歩573 『星の王子さま』 「己を愛するは 善からぬことの第一なり」
前回我々は、『遺訓』冒頭の「天道」(天の道)と「私」(己を愛する心)のうち、「天の道」について述べた。そこで、我々は、「天の道」とは、「誠」のことであり、西郷…
前回我々は、『遺訓』冒頭の「天道」(天の道)と「私」(己を愛する心)が、キルケゴールの言う「あれか」(享楽の自己愛)・「これか」(宗教的実存)に該当するのを…
前回我々は、世の中に「本物」が稀有な原因として、西郷隆盛の言葉 「自ら愛する心」 を取り上げた。今回は、前回引用した『遺訓』21の読解を試みることにしよ…
これまでに、我々は、「実存哲学の祖」キルケゴールが 「真のキリスト者は 一人もいない」と、嘆くのを見た。また、サンテグジュペリ自身である飛行士とサンテグジ…
これまで、我々は、「実存哲学の元祖」キルケゴールが、 「真のキリスト者は 一人もいない」 と、嘆くのを見た。また、「飛行士」が、「星の王子さま」に出会う…
前回我々は、『星の王子さま』にも 「あれか、これか」 すなわち、「大人の世界」と「子供の世界」の対比があるのを知った。さて、我々は前々回、「実存哲学の元…
前回我々は、キルケゴールの生涯が、まさしく 「あれか、これか」 の闘いの生涯であったことを知った。ところが、『星の王子さま』にも、この「あれかこれか」の…
前回我々は、キルケゴールのもう一つの代表作『死に至る病』の意味について考えてみた。今回は、再び『あれか、これか』に戻ることにしよう。我々は、前々回、キルケゴー…
前回我々は、「世界史上の一大転機」をなす「明治維新」の大業が、「天」の大いなる助けのもと、ペリーと西郷の協力によって達成されるのを見た。内村鑑三は分析する…
「ブログリーダー」を活用して、井藤マサカツさんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。