4月って 新年度の始まりの月そもそもこの新年度って 非常に不可解ぼくは小さいころから そんなことを感じていた新年といえば1月1日 だから すべてそれに沿えばいいのでは?なぜ それを3か月もずらした「年度」などという起算法を用いなけ
神奈川の田舎寺の僧侶が、日頃の出来事をつれづれなるままに綴った日記ブログです。
主催者は、親鸞の教えに生きる平凡な僧侶。日常の出来事や、ニュース、ご門徒とのコミュニケーションで見えてきたことなどを、筆に(キーボードに)まかせて綴った随筆ブログです。 楽しく、時にはうーんと唸りながら読んでいただけたらと思います。
今日は午後から 来週の花まつりの準備を始める お釋迦さま誕生佛のたらいを乗せる花御堂を 物置の奥から引っ張り出した 一年間のほこりをはたきではたいて 本堂の脇にもって来た お釋迦さまの誕生会って 親
桜が満開だ・・・(^◇^)境内の樹も 近くの公園の樹も まさに絶好調といった感じだ先日までの雨が上がり 一気に温かに その勢いで にわかに開花した 今年の桜 いいものだなって思う満開の桜を見ていると 日本人に生まれてよかったなんて
4月1日 新しい年度がはじまった各地で桜のたよりが聞かれるこの時季は 何か新しい命の息吹みたいなものを感じさせられる時季でもある4月って 佛教関係の行事が多い来週の月曜日 つまりちょうど一週間後はお釋迦さまが生まれた「灌仏会」(か
人も動物も いのちって相依相関し合っているんだ・・・(^◇^)
お釋迦さまは 縁起ということを説かれた 縁起って? 世界 この世は 円環し 循環し合っているということ つまり 相依相関ということだ 自然と人間って 相互関係 自然を侵し その調
ぼくは以前 埼玉の学校で教員をやっていた 埼玉の西部地区で その学校には電車を使って秩父から通ってくる学生が多かった 秩父という場所にはそれまで取り立てて関心を持たなかったけど その学生たちと接する中で ほの
駆け足で過ぎ去ったような そんな慌ただしい3月も あさってまで 年度末である3月 だから あれやこれやとやっているうちに 3月って いつの間にか過ぎてしまう ほんとうに 時間ってたいせつだ
年度替わりの季節 世の中は今 忙しく移り変わる 新しい2024年度に向けて そんな中 昨日 私の教員時代の教え子が 久々に神奈川の寺を訪ねてきた 長い間 川越の施設に勤め 先ごろケアマネージャーの資格をめでたく
昨日までの雨もやみ神奈川の今日は晴れ 日中は暖かくなってきた今日は朝から 境内の木の枝打ちをしたぼくのいる寺は木が多い 毎年3月末の今ぐらいから 少しずつ枝打ちをするでも 全部終わるのには 2〜3週間かかる普段は感じないけど 木っ
今日も朝から雨模様 昨日は 一件の法事が寺であった私のいる寺の建物は段が多い 近年はご高齢の参拝者が多いので 不自由をかけている お焼香も 座布団に座ってやっていただくのだが 足が悪く 正座のできない人も多い
スギの花粉が飛んでいる・・・( ˘•ω•˘ ) この所の寒と暖の行きつ戻りつの気候の中で わが物顔に飛びまくる 花粉症は いまや「国民病」? 寺に来る人たちも
鶏たちにやさしい飼育法の基準 ベター・チキン・グレードということ
部屋の軒下に 鳥たちが巣を造っている 朝 カタカタと音がするので見てみると つばめが草の茎やちいさな木の枝を運んでは飛び そんな光景が見られる 寺の境内には自然が残っている でも 一歩そこから出たら 住宅があり
芥川龍之介の小説に 桃太郎っていうのがある桃太郎といえばだれもが知る昔話正義の味方桃太郎が 犬 猿 キジを従えて 鬼ヶ島に悪い鬼を成敗に行く話でも 芥川は これを鬼側の視点に立って描く平和な楽園だった鬼ヶ島 そこに「侵略者」として
思いを正直に吐き出して打ち解ける空間(「禅定」のいみ)・・・
ぼくのお寺に時々 ご門徒やそれ以外の方でも 相談や話を聞いてもらいたいといってこられることがあるあるいは電話なんていうのも結構ある大体 そういうのは2〜3時間 長い時は5時間ぐらい話を聞くことが多い でも それだけお寺が頼りにされ
春爛漫の境内 昨日のお中日は 境内に墓参の人があふれていた 穏やかな風景 こんな風景が ずっと続いてほしいと思うけれど 諸行無常 世の中や世界の情勢って いつ どんな風に変わるかわからない
最近 愛用のPCの調子が悪い操作しても反応がおそいのだ 情報が重くなっているみたいだ時々近くの電気屋さんもっていく このごろは ちょっとした操作を聞くのでもお金がかかる なるべく自分で操作をするけど 変なところをさわってしまい別の
今日は朝から風が強く お墓参りの人たちもマスクをされている人が多い 花粉症だ ちょうどこの時季 花粉が飛びやすいかくいう私も 軽度の花粉アレルギーがある墓地のごみをかたづけながら くしゃみの連続であるでも 肌をなでる風が
昨日からお彼岸に入った 今週の土曜日 23日までの一週間が春のお彼岸の期間お彼岸とは わかりやすく言えば ほとけさまに心を向けて佛道精進する期間これに春と秋の年二回あるのは この時期は気候がよくてじっくりものを考えるのにいい時季だ
ぼくたちは 豆腐や納豆など 大豆製品をいただいている でも そのぼくたちが食べる大豆製品に使われる大豆は 世界で生産される大豆の わずか6%ほどに過ぎないことを ご存じだろうか? 大豆の75%は「大豆ミール」
先日花屋さんにいったら 若い女性の店員が 左手の手首にきれいな腕輪念珠をしていた 聞いたら 「お守り代わりに」つけているといっていた 腕輪念珠が流行したのはいつごろからだったろうかもうずいぶん前のことだ記憶している&nb
もうすぐ彼岸の入り 日に日に濃くなる春の気配 野山の花や緑 そんな時季には 気持ちが開放的になる うきうきとなり ずっと家にいるのがもったいないような 一週間ぐらい どこかに旅でもしたい そんな気持ち
来週から お彼岸に入る早いお宅では お彼岸のお経の依頼もそろそろ 暑さ寒さも彼岸までといわれるが 日中は14度まであがった でも 朝はまだ寒い昨日あたりは 畑にうっすら霜が降りていた庭の梅の枝でうぐいすが美しい声で鳴いて
私は食べることが好きだというか 食べることがきらいな人っていないだろう 健康な普通の人であれば・・・根を詰める仕事をして 気が付くとお昼 空腹であった自分に気づくその時の食事って最高にうまい食欲って 仕事の充足感と平行するものなんだよね人は
ぼくは法事の時 参拝者の人たちにお経本をくばり 一緒にお勤めするようにしているお寺さんによっては そういうのをうっとうしがる住職もいるが ぼくの場合は これまでやってきて おおむね好評だだいたい法事が苦痛とか退屈だっていう その理由のほとん
お彼岸の入りまであと一週間ほど日ざしは日ごとに濃く 朝が早くなってきた ひんやりする朝でも 7時過ぎると にわかに暖かくなる 3月に入るのを待ったように 先週あたりから墓地の草が一気に伸び始める。草取りが大変な時季に突入
狭い環境に閉じ込められると 人間はストレスが生じるちょっとした物音にも敏感になり ふとした刺激でもいらだちやすくなる 監獄などでけんかや暴力が起きやすいのは そういう人間の自然な心理によるものだろう それは人
「準備だおれ」だけで終わる人生なんて つまらないよね・・・(´・ω・`)
食事の準備をする 今日はお気に入りのメニュー この日のために準備した とっておきの食材 腕によりをかけて・・・ さぁ できた うん うまいうまい! 最高のしあわせ 生きているって感じ&nb
「進化」と「退化」ということについて 思った・・・(´・ω・`)
ぼくはねこを飼っている十年ほど前に ぼくの所に居ついたねこ最近はすっかりぼくになじみ 朝雨戸をあけると飛び込んできて顔をすりつけたりするえさをねだっているのだねこは「畜生」そういわれる でも ときどき 彼と接して ねこっ
お坊さんって 頭の毛を短くしている 私は普通に伸ばした長髪だが 人によっては 「お坊さんらしくない」って言われることもある 浄土真宗のお坊さんって 一般に頭を短くしていない 長髪の人が多い正式な統計を見たわけ
時間に生きる中で いつの間にか時間に支配されていったぼくたち・・・
お彼岸まであと2週間 夜明けの時間がだいぶ早くなったちょっと前までは 7時くらいまで暗かったのにねぼくは毎日 5時前に起きて本堂の戸をあける冬の5時は結構寒い それに真っ暗だでも そんな中でも近所の住人がジョギングで境内を走っていたりする5
うすら寒い春の朝 寒さの中にもったりとした春の空気を感じる 明らかに半月前のあの冬の日とはちがう 生命感と湿気をふくんだ空気の冷たさ 庭掃除のひと仕事を終え 部屋にもどる平日の昼どき 暖か
親鸞も 蓮如さんも 詩心 歌心が豊かだったらしい親鸞は多くの和讃を詠まれているし 蓮如さんも御文のはしばしで教えのこころをかみ砕いた和歌を添えている歌ってリズムリズムに乗ると 難しい佛教の道理も すっと入ってくることがある以前、松田聖子さん
採卵鶏のおすのひなが 誕生したその日に殺されることについては このブログでも何回か取り上げたが 肉養鶏のひなもまた 生まれたその日に選別され 「規格外」と判断されたひなが殺されている そのことって あまり知られていない
ぼくはとても方向音痴だ・・・(´・ω・`)旅行なんかに行っても 慣れない土地だと 西も東もわからない 法話で地方のお寺に寄せてもらう でも・・・駅を降りるとわからない○○方面の出口に車を用意しておきました
「木の芽時(きのめどき)」ということばがある樹々に新芽が出始める早春の季節 つまり今ぐらいの時季のことであるこの時季は木や草が芽吹く 生命の息吹に充ちた時季日中の気温も温かく 冬が終わった! というにわかな解放感みたいなものを感じる時季でも
突然だけど ぼくは関西人だ今生活しているのは神奈川だげど 親も 幼少時代の中心だった生活の場も 関西普段はそうでもないけど 感情的になったり 親しい相手だったりすると つい関西なまりがでてしまう自分では押さえているつもりなんだけどね埼玉の学
先日の雨で 境内が一気に活気づいたよう草の芽が一気に吹き タンポポがあちこちで根を張りだした 高台の切通し付近の山林で冬眠していたタヌキの目撃情報もちらほら お参りの人たちの話題に上る そんな季節になった(ちなみにこのタヌキ 今の
魔 官属をひきいて 来たりてせめこころみるに 制するに智力をもってこれを知らしむ 魔 みな降伏せしむ・・・ 『無量寿経』巻上の序の文聴衆のぼさつたちの徳行を述べる箇所 彼らは ほんとうはさとりを得たぼさつそ
・・・その日 私は知人からの電話を待っていた彼とは20年来のつきあい私は彼と ある共同の出版物を出す計画を練っていたこの数日 彼と会い その詰めの話をすすめていたその日も午前中に会って話をし 昼食を共にしたそこである問題が生じ それをどうす
便利さと効率性って仲がいい 便利さ・快適さをもとめる意識が 効率性を要求する 便利さ・快適さと効率性重視の心に共通したものがある それは自分本位 人間本意の視点に陥りやすいということだ 便利さの追求は
昨日 庭掃除の後 ラジオのスイッチを入れたら 大沢悠里さんの番組に劇団四季の若手の役者がゲストとして出ていた岡村美南さんと山本紗衣さん二人とも 幼い時から音楽やミュージカルにふれておられたそうで 今の役者の道は かなり早い時点で志されていた
ぼくは朝 朝食の時間に いつもラジオを聴く習慣がある今朝 食事の支度をしながらラジオを聴いていると 川井郁子さんの番組でこんなことばが出てきたドフトエフスキーのことばだという 幸福は 幸福の中にあるのではなく それを手に入れる過程の中にあ
ぼくは以前 所属していた大学の研究所の仕事で 関東の親鸞の旧跡に伝わる伝説の調査をしたことがある茨城県内を中心に北関東一円を 電車とタクシーを乗り継いでまわった晩冬の そう 今ぐらいの時季だったろうかある旧跡寺院を訪問し 予想外
今日は日中 近所のお宅に月参りにいった九州出身の90歳のおばあちゃん近所に息子さん娘さんがいて 時々様子を見に来てくれるらしいが 基本的に小さな家に一人暮らしされている3か月前から 亡くなった旦那さんの月命日にお参りさせていただいている心臓
早朝はまだうすら寒い でも 春は着実に近づいているようだ 寺の庭に そろそろ草の芽が出始めた。草は 確実に春を感じているんだ今日は朝から 庭の草むしりだ・・・(´・ω・`)雑草の生命力はすごい!
「機が動く」ということがある。いつもの道を少し変えてみる。生活の中でパターン化したことを ちょっと違ったやり方でやってみる。そうすると 機が動く。機って ある種のエネルギー。ぼくらの住んでいるこの世界って エネルギーのバランスからできている
ポール・マッカートニーが提唱した「ミート・フリー・マンデー」
元ビートルズのポール・マッカートニー。 今年81歳になるこの老ミュージシャンでありアーティストの活動力はすごい。 ビートルズ時代 そしてその解散後 結成したポール・マッカートニー&ウイングス。 いまだに輝きを失
関西の田舎の方では ものに「〜さん」をつける風習というか 習慣が 結構最近まであったおかゆのことを「おかゆさん」 いものことを「おいもさん」 豆を「お豆さん」 おはぎを「おはぎさん」という感じでね関東の人にはうっとうしいかもしれないけど 関
何となく心がウキウキする。 2月半ばを過ぎた昼近い時間の 晴れて風のない温かな日ざしを受けていると 何か 抑えていたものが解き放たれるような開放感を覚える。 そう。 長い重い冬が過ぎ 一刻一刻生命の息吹がめざめ 長い冬の
23.4度。 これは何の角度だかご存じだろうか?地球が回転している中心の軸を地軸という。 この地軸って太陽に対して平行じゃない。少し傾いているんだ。この地軸の傾きの角度が23.4度。 かなり微妙な傾きだ。ぼくらの地球って 23.4度傾きなが
2月も半ば。 日中はだいぶ暖かだけど 朝はやはり寒い。 今の時季の朝の寒さって 12月あたりの寒さとはちがった 何というかチクチクする寒さ(というより冷たさ)だ。 冬の時季の寒さって 譬えていうと壁にぶつかった
・・・その人は走ることが堪能。そう。10キロ 20キロを平気で走り続ける。そんな体力の持ち主。 毎朝 走り続ける。 その姿を見て 彼の隣の住人も走ることをまねし始める。 その隣の住人も さらにその隣の住人も さ
・・・2月も中旬に入り 戦況は変わった。 寒さをつかさどる「冬将軍」の最後の抵抗。もう日の傾きは 確実に春にむかっている。 覚悟! 3月も間近だ。 「背水の陣」に詰められた冬将軍は 執拗に抵抗をつづける。エイっ
ぼくは 「ぼくでないもの」によって成り立っている・・・(‘ω’)
ぼくらの暮らしって ぼくらだけで成り立っているのではない。 あたりまえだけれど ぼくらが生きるためには いろんな人の働きがあり 苦労があり 労働があり 水があり きれいな空気があり 大地があり 地球がある。
春が待ち遠しい! ここ数日 少し気候が持ち直したと思ったら また今朝は氷点下。共同墓地の霜柱も重たそうだ。 でも。昨日 墓地での法事でお経をあげていたら 遠くの茂みでキジの声がした。 ケーンとね。 今
アトムは完全ではない なぜなら悪い心をもたないからだ 「漫画の神様」とよばれた手塚治虫さんの名言。 アトムについて問われた時に述べたといわれる。 (-ω-;)ウーン 深いな
お坊さんって職業か? そんな議論がされることがある。 一般的な社会通念からすると 僧侶って「サービス業」になるらしい。 テレビのインタビューなんかで人を紹介する時 職業がテロップなんかで出る。 その時
ほんとうに暖かな朝が続く。毎年 今の時季は 墓地の水道の凍結対策で大変なのだが 今年は今のところ それがほとんどない。 珍しい年だ。 昨日 農家のご門徒のお宅からたくさんの野菜をあげていただいた。 大根 ねぎ
2月は一年で一番寒い時季。 気温の底づきはその初めの一週間ほどだが 年間の平均気温が最も下がる時季だという。 水道が凍り 墓地のトイレの水が流れなくなる。朝の掃除で かじかんだ手が痛い。 でも 2月って なんだ
雪帽子 かむりて地蔵 さむげなり 暖冬のこの冬 ひさびさに 雪が降るかとも思ったが その期待がはずれた関東地方。 昨年の1月末には 境内にも 墓石にも 積もっていた・・・。 浄土真宗で
全世界で生産される大豆の75%は 畜産動物の飼料に消えている
私たちは 豆腐や納豆など 大豆製品をいただいている。 でも その私たちが食べる大豆製品に使われる大豆は 世界で生産される大豆の わずか6%ほどに過ぎないことを ご存じだろうか? 大豆の75%は「大豆ミール」と
今日は2月3日。 立春の前日である今日は 節分の日。 「鬼は外 福は内」の豆まきの日。 でも。 その鬼って ほんとうに外に追い出せるものなのだろうか? 人間の体に害をなすウィルスっていうのも
昨日から二月に入った。 二月の古い呼称は きさらぎ。 何という優雅な響きのことばだろう・・・(#^.^#) もっとも。 旧暦なので 本来のきさらぎは 今の暦だと3月前半ぐらいになるようだ。
仕事の合間に 近くの公園を散歩する。 寒い〜 ((+_+)) 木陰になっているその中で 眼の前にふっとひだまりが。 体を丸めてそこに入る。暖かい日射が 冷えた体を温めてくれる。生きている。そんな感じ。日のぬくも
日常って 奇跡。 そんなことを言った人がいた。 普通に起き 普通に歯を磨き 普通にご飯を食べ 普通に出勤し 普通に人と接せられること。 これって 普通じゃなかった。 そんなことが今 ぼくらに 骨身に染
冬の月って もの淋しい でも 空気が澄んでいるせいか その煌煌とした月明かりって どこか幻想的で いいなぁって思う・・・(#^.^#) 光には音がある。 そんなことを 以前ある作曲家がいっていたのを
二階にものを取りに行くために 階段を昇る。 階上の部屋の窓に 久々の陽ざしがさっと入る。さわやかな感じに ふと自分を忘れ・・・ さて 自分は何をしに二階に来たんだっけと 思い出せなくなる。 そんなことって これを読まれて
産業動物を含むすべてのいのちにも 幸福を求める権利があるんだ
日中でも気温が低く 一日の仕事が終わって ゆっくりお風呂につかのが楽しみな季節。 あつーいお湯を湯船にためて 全身を浸す そんな贅沢さ。 お湯の温もりが冷えた体に じわーっと染みわたり 何とも言えない至福感・・・(^◇^
1月は 一年の寒さの底づきの時季。 古来 多くの人が この時季の寒さの中でいのちを落とした(別に人が死ぬのは1月だけには限らないけれど・・・)。 先日も書いたように 親鸞の師・法然上人が往生されたのは 1月25日。&nb
「役割期待」。 そんなことがあると ぼくはこのブログで たびたび述べてきた。 事故に遭ってけがをし あるいは身内をそれで亡くした人って 同じような事故を起こさぬよう 事故がいかに悲惨で 身内を失うことがいかに
大寒の時季。 昨日から今日にかけ 全国各地で雪。 気温も低い。 寒がりの私にはつらい・・・(~o~) 例年 気温の底づきとなる今の季節。北海道の釧路などでは この時季 最低気温が氷点下20度という日も珍しくない
ふとした出遇いが 人を変えるってある。 就職の面接に行く途上で 落としものを拾ってくれた男性にふと声をかけられ うちの会社に来ないかといわれ その後 自分の天職に出遇った人もいる。 出遇いって ささい。 でも
今日1月23日は 「八甲田山の日」だという。 1902(明治35)年の今日 八甲田山に出かけた兵士210人が遭難。必死の捜索・救助の甲斐なく 199人が亡くなっている。 なぜか? 冬の八甲田山って ものすごい吹
本来社会の規範となるべき政治家たちがなす罪が問われぬ この国
「ミイラ取りがミイラになる」。 そんな譬えがある。 ピラミッドなどの遺跡を盗掘する泥棒が そこから出られなくなって 結局自分がミイラになってしまう。そんな譬え。 この所 警察官の犯罪・事件が多い。 取
昨年2023年 千葉県匝瑳市にある複合型児童館FLOWER・CHILDRENが 今後同館で提供する給食で使用する卵をすべてケージフリーにすると決定したという。 同館は 小規模保育園 病児・病後児保育 放課後児童教室の3
人口減がいわれる。 少子化の危機 将来この国はどうなるか などとね。 明治の初めごろの日本の人口って 3千万人ほどだったという。 1872(明治5)年の調査(全国戸籍調査)では 男性1679万6158人 女性1631万4
寒い日が続くが 朝が微妙に早くなってきているのを感じる。思えば冬至から一か月。 ぼくらの意識を超えて 大自然は確実に動いているのだ。 年末年始にあげられた花がそろそろしおれ始める。 そんなことで 昨日の午後から 枯れた花の整理を始
今の皇居って 江戸城の遺構。 江戸城は 江戸時代の全国のお城の総元締めのような存在。 そんなイメージがある。 でも。江戸城には 天守閣ってなかった。 いや 正確には1657年の初頭まで 天守閣は存在し
「災害は 忘れたころにやってくる」という。 けれども 最近の自然災害は まるで忘れる暇もなく 次々とこの地球のいたるところで起き 毎年 その被害のレベルはひどくなっている様相だ。 元日に起きた能登の大震災。 現
朝は0度 でも日中は13度14度。 そんな気温差が大きい時季。 体調を崩しがち。 ご門徒さんも 風邪を引かれた人が多いみたい。 気をつけないといけない・・・。 朝は霜柱が立ち 水
1月も はや真ん中。 年初めから慌ただしく流れる時間の中で 毎日があっという間にどんどん流れていく。 寒さもまさに底づき。 でも。 少しずつではあるが 日の傾斜角度が高くなり 朝の明るくなる時間が早くなっている
地球上の哺乳動物の60%が人間の食の充足のために拘束される 工場制畜産の歪み
地球は緑あふれる星。 地球上には日差しがあふれ 水が豊かに 潤い さまざまないのち さまざまな生物たちが そんな環境をことほいでいる。 そういうイメージ。 けれども。 地球上のいのちある存在って じつ
天気予報を見る。 全国の天気で 札幌の最高気温が氷点下5度! 「最低気温」の聞き間違いかと思ったが どうもそうではない。 そして 予報士が付け加える。 「札幌は昨日よりいくぶん暖かなようですね」と。&
一日の中で最も気温が低くなるのは 日の出直前だという。 以前にも何回か書いたけれど。 戦後 シベリアに抑留された捕虜の人たち。 その人たちの処刑って 寒中の外の柱に縛りつけられるやり方だったという。
先週の土曜日の6日からは 二十四節気の小寒。つまり 寒の入り。そろそろ 墓地の水道管も凍結対策をしないといけない。 以前にも何回か書いたが ぼくは低血圧の冷え症。 だから 冬の朝ってとくにつらい・・・(*_*)しもやけが
能登半島の震災。 次第に全容が明らかになるにつけ その大きさ 悲惨さが見えてくる。 折しも真冬の 一年で最も気温が底づきする季節 まして雪の多い北陸。 気候的な条件も加わり 避難所の人たちも 被災現場で捜索に当
昨日は休日。 そんなことで 住職の娘さんが 子どもたちを連れ 寺に泊まりに来ていた。 娘さんには ふたりの女の子が。 ともに中学生。 数年前までは 母親と一緒に 老坊守になついていたが 今はスマホをい
大人って何? 子どもと大人の境涯線は? 歴史の中で そういうことって何回も議論されてきた。 大人って? 身体的に成熟し 仕事や車の運転などに耐えられたり また結婚し子どもを設け責任をもって育てられるような状態に
多くの畜産動物の中 鶏は その数が突出して多い。 採卵鶏だけでも 約1億7千万羽。 つまり日本の総人口を軽く超える。 これにさらに 肉用鶏が加われば おそらく少なく見積もっても2億5千万ほどになると思われる。&
年が明けて早々の 能登半島の震災。 そして 翌日の羽田空港での事故。 初っ端からこんなことが続くと 気分が落ち込みがち。 でも。 見方によれば 一年間の災いや辛いことを最初に受け切ってしまい 後の時間
「壊れた家屋に閉じ込められています。 助けてください!」「体が挟まれて動けません。 お願いですから拡散してください」 そんなメッセージに 住所と名前が書き添えられている。 元日の夕刻に起きた 石川県能登地方を震源とする
「すること」ばかりでなく 「しないこと」ももっと評価されるべきだ
大みそかから元日あたりにかけての温かさ。 でも今朝はひんやりだ。 といっても これがこの時季の普通の寒さなのだけれど。 明後日6日から 寒の入り。 いよいよ寒さも本番に入る・・・(´・&o
正月の三が日も あっという間に最終日に。 といっても 今のご時世 正月休みをゆっくりとれるような雰囲気じゃない。 物価高と低賃金。 だから 正月を返上して働いている人も 少なくない。 街なども 元日は
除夜の鐘から 昨日の元日にかけて 忙しく ちょっと睡眠不足気味。 そんなことで疲れがたまり 軽い風邪をひいてしまったよう。 先週末からまたちょっと寒くなった感じ。けれど 日中はかなり気温が上がる。 寒い外と暖房
今は 元旦の5時前。 昨晩は 除夜の鐘の接待で 2時過ぎまで起きていた。 だからほとんど睡眠を取っていない。 今日は昼間 たくと君が手伝いに来てくれる。 だから 日中に少し仮眠を取りたい。
アニマルウェルフェアは 世界的動向。 今 世界の消費者も 投資家も アニマルウェルフェアを遵守しない業者・企業は相手にしない そんな流れになり 企業の社会的価値を諮る基準の一つとして アニマルウェルフェアは重要な要素となりつつある
お正月のお飾りがひととおり終わった30日の朝・・・(*’ω’*)
餅つきも無事終わり 本堂 客殿 そしてぼくの部屋のお内佛さんのお供えのお餅とお飾りも完璧な状態。 30日の今日は カレンダーの掛け替え。 昨年も書いたけれど ここ数年 近くのJAでいただいたカレンダーを掛けて
29日につく餅は 「くんち餅」っていうんだ・・・(#^^#)
年末も押し迫って 今日は29日。 寺の餅つきの日だ。 この日につく餅のことを 「くんち餅」っていうそうだ。 「くんち」とは「9日」 9のつく日のこと。 通常29日って 餅つきは忌避される。
今日は12月28日。 今年最後のお講(親鸞の月命日)の日。 そのお勤めを終えたら 本堂と庫裡の大掃除。 本堂のじゅうたんを外し 座布団を本堂の欄干に並べて天日干し。 内陣に溜った一年の埃をはたく。 今
今年は 年末になって寒い日が続いた。 まぁ ここ数日は暖かになっているけれど。 1月2月の気候を先取りしたような寒気 そして雪。 天候の状態って どうなっているのかと思ってしまう。 西高東
一日の寒暖の差が大きいせいだろうか。 周りでも 風邪を引いている人が多い。 年末年始の忙しい時季。 こんな時期に風邪を引いては 洒落にならない。 そんなことで ストレッチし 食事に気をつけ 夜は熱い風呂に入った
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4月って 新年度の始まりの月そもそもこの新年度って 非常に不可解ぼくは小さいころから そんなことを感じていた新年といえば1月1日 だから すべてそれに沿えばいいのでは?なぜ それを3か月もずらした「年度」などという起算法を用いなけ
今日から新年度何か新しい空気の入れ替わりを感じる 心なしかね・・・ 世間では4月1日は「エープリルフール」とされるが ぼくが属する宗派(真宗大谷派)では今日は親鸞聖人の誕生日とされている 親鸞聖人
3月最後の日年度替わりを控え 昨日は部屋の大掃除をした本や小物 書類などを整理する一つひとつのものに いろんな記憶 さまざまなこの一年の思い出がよみがえってくる不要なものは処分し 整理断捨離とまではいかないが すっきりと身軽になったような
ぼくらのものの見方って ほんとうはとても偏っている それは ぼくらが「人間」という枠組みを とりあえずいったん外してものを見るという そういう方法を試してみると よくわかったりする 以前にも このブログで書い
お参りに行ったお宅で 塀の上のユリの球根の鉢植えが先日の強風にあおられ 鉢ごと地面に落ちている そんな光景を目にしたけれど その球根が 落ちたその場所に根を張って 緑の芽を力強く天に伸ばしていた転げ落ち 鉢が壊れるのは不運 けれどこの世界は
お参りに行ったお宅で 塀の上のユリの球根の鉢植えが先日の強風にあおられ 鉢ごと地面に落ちている そんな光景を目にしたけれど その球根が 落ちたその場所に根を張って 緑の芽を力強く天に伸ばしていた転げ落ち 鉢が壊れるのは不運 けれどこの世界は
桜も咲き始め 麗しい季節 春って そんな時季 考えてみると 春という言葉には 柔らかで可憐でういういしく若々しいという そんなイメージがある 「わが世の春」とか 「青春」などという言葉にも示されているように&n
大地が歓んでいるそんな雰囲気が流れる朝日に日に緑を増していく大地黄色さがまぶしい菜の花あちこちで動き出す田畑での農業の営み花が美しい時季そんな空気の中で 一日中室内にいるのがもったいない昼過ぎには外の空気をということで ちょっと遠くまで歩い
コンビニの駐車場から出る時本来なら優先車線であるはずの大通りの車が 私のために止まってくれた車内から手をあげてお礼を示すと その車の初老の男性運転手もニコッと笑って手をあげ返してくれる そんなそぼくなやりとり それに なぜかほっと
桜の花のことを先日書いた桜のもつ「はかなさ」が この花の魅力なのではないかとすべては移り変わる これをお釋迦さまは「無常」といわれた 「無常」とは流れそんなことをふと思う流れとは・・・ぼくらの体も 酸素を吸って二酸化炭素を吐き出している水や
春分が過ぎたのに 肌寒い朝先週の暖かかった日 ダイニングのシンクの所に小さな虫が出てきた長い寒い時季が過ぎて 虫たちも待ちかねた春にはしゃいでいるようすでも その彼らも この所の寒さで またなりを潜めてしまったようだ・・・(*_*)「虫けら
食べるって生きる基本 でも ぼくらがものを食べるということは かならず 例外なく 環境に負荷を与え 他のいのちに苦しみを与えていることそれが植物であれ 地球の生態系であれ 間違いなく 例外なくね・・・ だから ぼくらが「
先日 お彼岸のご法話で留守にした その間に宅配がドアの所に 不在通知の伝票が早速連絡して 再配達をお願いした「ありがとうございます すみませんね」と荷物を受け取るぼく「いいえ 大丈夫ですよ」と若い女性のドライバーさん忙しいのを承知しながらも
お中日が過ぎ お彼岸もひと段落という感じだ 一年を 昼と夜 明と暗の綱引きと譬えると 春分・秋分はちょうど両者が五分五分になった状態 これから昼側にぐっと綱が引かれていくのが春分 日ざしは日ごとに明るくなり 昼
早朝はまだ少し寒いけれど 先週から一気に春めいた(というより 日中はもう初夏のようでさえある)暖かな日ざしの日が続いている今日は春分 お彼岸の中日だへやに入る日ざしも だんだん短くそして高くなってきていることを感じる垂直に近くなるほど日ざし
ぼくはしばしば 疲れた時 気が沈んだ時 くつろぎたい時に 音楽を聞く 音楽は 疲れたこころをやわらがせ 現実とは違った世界にぼくを導いてくれる最も手軽で もっとも効果的な 癒しと安らぎの手段 そんなことで 音楽に耳を澄ま
さわやかな朝 お彼岸二日目である今日3月18日は 点字ブロックの日でもあるそうだ1967年のこの日 岡山市の岡山盲学校の近くの国道の交差点に 点字ブロックが敷設これは 日本だけでなく世界でも初めてのことだったという今とは違い この
春三月・・・(*^-^*) うららかな気候の続くお彼岸のこの時季は 一年でいちばんいい時季 何をするのにも そう思う けれど・・・ 三月って 年間を通しても一番心身の健康を損ないやすい時季そう専門家た
日本人ってもともと 動物の肉を食べるってことに積極的じゃなかった 佛教の慈悲や不殺生のおしえが そういうことを忌避させたんだ だから 浄土真宗の報恩講の時とかお盆などの時には 魚市場が休みになったり 精進の食
ぼくはねこを飼っている 7年前から飼っているねこ ぼくに馴染み 朝 雨戸をあけると飛び込んできて顔をすりつけたりする えさをねだっているのだねこは「畜生」 でもときどきねこって人間より賢いんじゃないかって思う時がある え
今日は午後から 来週の花まつりの準備を始める お釋迦さま誕生佛のたらいを乗せる花御堂を 物置の奥から引っ張り出した 一年間のほこりをはたきではたいて 本堂の脇にもって来た お釋迦さまの誕生会って 親
桜が満開だ・・・(^◇^)境内の樹も 近くの公園の樹も まさに絶好調といった感じだ先日までの雨が上がり 一気に温かに その勢いで にわかに開花した 今年の桜 いいものだなって思う満開の桜を見ていると 日本人に生まれてよかったなんて
4月1日 新しい年度がはじまった各地で桜のたよりが聞かれるこの時季は 何か新しい命の息吹みたいなものを感じさせられる時季でもある4月って 佛教関係の行事が多い来週の月曜日 つまりちょうど一週間後はお釋迦さまが生まれた「灌仏会」(か
お釋迦さまは 縁起ということを説かれた 縁起って? 世界 この世は 円環し 循環し合っているということ つまり 相依相関ということだ 自然と人間って 相互関係 自然を侵し その調
ぼくは以前 埼玉の学校で教員をやっていた 埼玉の西部地区で その学校には電車を使って秩父から通ってくる学生が多かった 秩父という場所にはそれまで取り立てて関心を持たなかったけど その学生たちと接する中で ほの
駆け足で過ぎ去ったような そんな慌ただしい3月も あさってまで 年度末である3月 だから あれやこれやとやっているうちに 3月って いつの間にか過ぎてしまう ほんとうに 時間ってたいせつだ
年度替わりの季節 世の中は今 忙しく移り変わる 新しい2024年度に向けて そんな中 昨日 私の教員時代の教え子が 久々に神奈川の寺を訪ねてきた 長い間 川越の施設に勤め 先ごろケアマネージャーの資格をめでたく
昨日までの雨もやみ神奈川の今日は晴れ 日中は暖かくなってきた今日は朝から 境内の木の枝打ちをしたぼくのいる寺は木が多い 毎年3月末の今ぐらいから 少しずつ枝打ちをするでも 全部終わるのには 2〜3週間かかる普段は感じないけど 木っ
今日も朝から雨模様 昨日は 一件の法事が寺であった私のいる寺の建物は段が多い 近年はご高齢の参拝者が多いので 不自由をかけている お焼香も 座布団に座ってやっていただくのだが 足が悪く 正座のできない人も多い
スギの花粉が飛んでいる・・・( ˘•ω•˘ ) この所の寒と暖の行きつ戻りつの気候の中で わが物顔に飛びまくる 花粉症は いまや「国民病」? 寺に来る人たちも
部屋の軒下に 鳥たちが巣を造っている 朝 カタカタと音がするので見てみると つばめが草の茎やちいさな木の枝を運んでは飛び そんな光景が見られる 寺の境内には自然が残っている でも 一歩そこから出たら 住宅があり
芥川龍之介の小説に 桃太郎っていうのがある桃太郎といえばだれもが知る昔話正義の味方桃太郎が 犬 猿 キジを従えて 鬼ヶ島に悪い鬼を成敗に行く話でも 芥川は これを鬼側の視点に立って描く平和な楽園だった鬼ヶ島 そこに「侵略者」として
ぼくのお寺に時々 ご門徒やそれ以外の方でも 相談や話を聞いてもらいたいといってこられることがあるあるいは電話なんていうのも結構ある大体 そういうのは2〜3時間 長い時は5時間ぐらい話を聞くことが多い でも それだけお寺が頼りにされ
春爛漫の境内 昨日のお中日は 境内に墓参の人があふれていた 穏やかな風景 こんな風景が ずっと続いてほしいと思うけれど 諸行無常 世の中や世界の情勢って いつ どんな風に変わるかわからない
最近 愛用のPCの調子が悪い操作しても反応がおそいのだ 情報が重くなっているみたいだ時々近くの電気屋さんもっていく このごろは ちょっとした操作を聞くのでもお金がかかる なるべく自分で操作をするけど 変なところをさわってしまい別の
今日は朝から風が強く お墓参りの人たちもマスクをされている人が多い 花粉症だ ちょうどこの時季 花粉が飛びやすいかくいう私も 軽度の花粉アレルギーがある墓地のごみをかたづけながら くしゃみの連続であるでも 肌をなでる風が
昨日からお彼岸に入った 今週の土曜日 23日までの一週間が春のお彼岸の期間お彼岸とは わかりやすく言えば ほとけさまに心を向けて佛道精進する期間これに春と秋の年二回あるのは この時期は気候がよくてじっくりものを考えるのにいい時季だ
ぼくたちは 豆腐や納豆など 大豆製品をいただいている でも そのぼくたちが食べる大豆製品に使われる大豆は 世界で生産される大豆の わずか6%ほどに過ぎないことを ご存じだろうか? 大豆の75%は「大豆ミール」
先日花屋さんにいったら 若い女性の店員が 左手の手首にきれいな腕輪念珠をしていた 聞いたら 「お守り代わりに」つけているといっていた 腕輪念珠が流行したのはいつごろからだったろうかもうずいぶん前のことだ記憶している&nb
もうすぐ彼岸の入り 日に日に濃くなる春の気配 野山の花や緑 そんな時季には 気持ちが開放的になる うきうきとなり ずっと家にいるのがもったいないような 一週間ぐらい どこかに旅でもしたい そんな気持ち