今日は 昨日の文化の日の振り替え休日 9月から今月にかけて 日曜を挟んだ三連休が多かった 秋は暑さも止み 気候もよく 行楽やスポーツ趣味に集中するのにいい季節 そういう配慮だと思うのだけれど 今年の暑
神奈川の田舎寺の僧侶が、日頃の出来事をつれづれなるままに綴った日記ブログです。
主催者は、親鸞の教えに生きる平凡な僧侶。日常の出来事や、ニュース、ご門徒とのコミュニケーションで見えてきたことなどを、筆に(キーボードに)まかせて綴った随筆ブログです。 楽しく、時にはうーんと唸りながら読んでいただけたらと思います。
破格的に安いもの。 そういうものをしばしば見つける。 スーパーで ディスカウントストアで 百均で。 そんな時ぼくらは 往々にして「やった! ラッキー」と大喜びしたりする。 通常 500円のものが 300円以下で
文化 教育 科学って 大事な要因。 ぼくらが相互に理解し合い 支え合い 交流し合い 世界を平和に導いていく上で。 さまざまな支援がある。 水 食糧 インフラ整備など。 でも その中で 教育を施すことって 際立っ
日本の文化・学術って これからどうなっていってしまうのだろう・・・
文化の日って もと(戦前)は 明治節って呼ばれていたそうだ。 明治天皇の誕生日。 それが11月3日だった。けれど戦後 それが廃され 同日は文化の日という国民の祝日になった。 祝日の趣旨には 「自由と平和を愛し 文化をすす
町内放送。 市内△△にお住まいの○○さん80歳が 今朝7時に家を出たまま帰ってきません。 ○○さんの身長は・・・。 服装は・・・。 お心当たりのある方は お近くの交番 または警察署までご連宅を・・・。 そんなアナウンスが
何千億も万博に投じる一方で 給食費さえ払えぬ家庭がある国って
霜が降り始める月。11月を霜月というのは そういうことからだろう。 10月〜11月の時間って なぜか慌ただしい。 気温も 10月初めはまだ夏の余韻が残っている。 けれど10月下旬〜11月になると いっきに冬のそれを感じさ
大人の子ども化? 何かそんな感じ。 最近の成人 とくに20代から30代ぐらいの人たちを見ていると 何か未成熟さを覚えてしまう。 それは ぼくが彼らよりずっと年上だからというだけじゃない。あえて言えば この国の大人たちすべ
霜が降り始める時季。 二十四節気では 今の時季を そういうそうだ。 霜降。 その時期は10月23日から11月6日まで。 それが過ぎると冬至。 暦の上での冬に入る。 今はその直前の時季。 樹々
憎らしい相手への罵りことばが なぜ「豚野郎」なのだろう・・・?
「この豚野郎!」 ある吹き替えの外国映画を視ていたら そんなセリフが出てきた。 pig・豚って 人をののしることば? そういえば。 先のあの東京オリパラの準備段階で 開会式の演出責任者が タレントの渡
今はまだ5時前。さすがにこの時季の早朝は 真っ暗。 そして静かだ。 何回か書いていることだけれど。 気温の寒さと朝の静寂度って 比例する。気温が寒い季節ほど 朝は静か。 その静寂がいい。 でも その静けさが淋し
ひんやり感って 疲れを落す。 夏のむせる暑さって 疲れを倍増させる。 疲れの本質って熱なのかな? 少なくとも暑さって 疲れを増幅させる。 けれど その暑さが引いた今の時季って 疲れが溜らず また少し前までのあの
今年の秋は 日中と夜の寒暖の差が大きかったせいだろうか。 柿がみごとに色づいている。 例年より少し早い色づき? そうでもないか・・・。 柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺 正岡子
子どもたちの食が劣化してきている。 育ち盛りの 他の年代より多くの栄養を摂取しなければならない児童たち。 その食が今 危機に瀕している。 学校給食が業者の経営難で停止を余儀なくされている。三食がまともに食べられ
研究論文の公開。 それが進められようとしている。 政府の総合科学技術・イノベーション会議の有識者会合が19日 研究論文をインターネット上で公開し閲覧可能にする「オープンアクセス(OA)」をめぐり 公的資金が投入された研究
歴史的な「被害者意識」って 人をどこまでも残忍にする。 そして 過去の歴史の遺恨って どんなに封印しても ほんとうにふとしたきっかけで蘇生する。 そんなことを 見ていていつも感じる。 パレスチナの紛争。&nbs
工場制畜産は 産業として行き詰まっている。そんなことを このブログでもたびたび紹介してきた。 一定の畜舎に 動物たちを詰め込めるだけ詰め込んで どこまでも人間目線・効率性や利潤性を優先した管理飼育システム。 それは 動物
碍は衆生に属す 光の碍にはあらず そんなことば(曇鸞『浄土論註』)が浮かんだ。 ほとけの光。 それが到り届いていることが実感できない。けれど 光は常に照らし続けている。 それを遮断するのは人間の自我。 ほと
世の中って循環している。 すべては回り合い 支え合い 調和とバランスを取り合っている。 世界って そういうバランスの上にある。 だから ぼくらが環境をだいじにすることで 環境もぼくらをだいじにしてくれ ぼくらが
お隣の国 でも 関係は芳しくない。 中国 ロシア 韓国 北朝鮮・・・。 日本を取り巻く国 日本と国境を接する国。 そういう国がいくつかあるけれど 概して それら国と日本との関係って よくない。 最近
この所の涼しさのせいだろうか 境内の草の伸びのペースがやや落ち 草取りが若干ラクになった感じ。 けれどその一方で 落ち葉がすごい。 境内の樹は ほとんどが落葉樹。 樹々も葉の入れ替わりの時季。掃除が大変だ・・・(^^;)
自分の良心にうそをついている人の顏 自分を偽っている人間の風貌。そんなふうに ぼくには見えてしまう。 自民党の杉田水脈衆院議員。 56歳にもなるいいおばさん。それが ブログでアイヌや朝鮮の人たちの人権を茶化し
食べることって 人間生活の基本。 そもそも働いて生きることを「食べていく」という。 生き働くことって 食べることに裏打ちされる。 あるいみ人間って 食べることを軸に生活を創造している。 そんなふうにいうこともで
動物愛護法(「動物の愛護及び管理に関する法律」)の年度内の改正が 今進められているようだ。 従来 イヌ・ネコ 特にペットのそれに重点が置かれ(前回改正ではそれらへのマイクロチップ装着や生後間もないイヌ・ネコの販売禁止 殺傷した場
10月も半ばに来ると 夜はさすがに寒い。 報恩講シーズンまっさかり。 うちの宗派ではそういう。 10月も半ば過ぎると・・・。 もってのほかの大事 この上なくだいじなこと そう
地元の大地で育ったさつまいもは やはりおいしい・・・(*^。^*)
農家のご門徒さんから たくさんのさつまいもをあげていただいた。 さっそく本堂にお供え。 おさがりは焼き芋に。 折しも庭の樹々は落葉の時季ではあるけれど 近年は消防法の規制が厳しくなって 境内の落ち葉焚きも自粛さ
「発見」という概念。 初めてそのものを確認するといういみ。 だれによって? 人類によって。 宇宙の新惑星発見なんて そんなふうに使う。 けれど逆にいえば。 人間以外の者 たとえば動物や鳥がそ
「産湯と一緒に赤子を捨てる」。 そんなことばを思い出した。 汚れた産湯を捨てなければならない。でも誤って捨ててはならない赤ん坊まで一緒に川に流してしまう そんなような感じ。 埼玉県自民党県議団が4日に提出した
不登校・いじめのが過去最多になった学校環境に思った・・・(-_-)
子どもは 社会の鏡。 そんなことを思う。 子どもの感覚ってまだ社会に汚されず 社会や家庭の姿を正直に映し出す。鏡みたいに。 だから 子どもを見れば 彼らを取り巻く環境の歪みが見え また広く社会のひずみや濁りも映し出される
短期的成果のみを要求し基礎研究を疎かにする 日本の文部科学行政
遊びのこころってだいじ。 どこにたどり着くかわからない好奇心。でも。 歴史に残る大きな発見や発明って そのそぼくな好奇心から起こっている。 そんなことを思う。 遊戯神通利衆生
1億1千万羽。 これが 年間に殺処分 というよりつぶされ 闇に葬られ 「生ごみ」として処分されるおすの鶏のひな(ひよこ)の数。 ただしこれは あくまで把握されているめすのひなの数から推定された数(一般財団法人日本種鶏孵卵協会の推計
盗難防止の日 そもそも「盗難」ってと考えてみる・・・(‘ω’)
私有財産の感覚。 そういうものに人類が目覚めたのって いつごろだろうか。 狩猟採取から 農耕・食糧生産の技術を覚え 人間が移動しなくてもよくなり 定住し始め 家をもち私有物の概念が生まれ そんな中で これは自分のもの こ
やはり淋しい。 今の時季 気温が少しずつ下がってくる そんな日中 ひとりでお茶を飲んでいると ふっとそんな愁い感を覚えた。 夏の猛暑が跡を引いたうっとうしさ。早く涼しく 秋の気候になってほしいとあれだけ思っていたのに。&
干潮で潮が引くと そこには汚物やらごみやら こんなものがと思うような汚いものがあちこちに眼に入ってくる まるでそんな感覚かな。 最近のニュース。 このところひっきりなしに 学校教師とか塾講師とかの 子どもへの性加害のニュ
影を通して形を知る そんな感じかな。 旧統一教会の問題。 ほんらい 人をやすらかにし迷いや囚われから解放すべきはずの宗教。その「宗教」が人を損ない 家庭を壊し 社会に明確な害を及ぼす そんなパターン。 まさに
福島「海洋放出」以上に 原発依存のエネルギー政策に眼が向けられるべきだ
福島の 「核の汚染水」海洋放出の第二段が まもなく再開されるという。 福島の放射能漏れ事故という禍根。 地震による津波という不可抗力があったとはいえ 原発という施設そのものが孕む問題それ自体に立ち入った視座から この「海
夏の湿気の落ちた秋の涼風が 何ともここちいい・・・(*^。^*)
ここちよい・・・(*´ω`*) 朝起きて 境内を歩く。 少し前までは汗が出てべとべとになった。 けれども 月が変わって 風がさわやかに 空気から熱や湿気が落ちた。 たったそれだけで こん
いのちって つながっている。 眼に見える形 見えない部分で ぼくらはいろんないのちとつながり合い 自然環境・地球環境ともつながり合っている。 これが 今の最先端のいのちの認識。 そういえるのではないかと思う。&
利根川流域の広大な平野には 親鸞の匂いがする・・・(#^.^#)
気温の変わり目。まさに9月の終わりって そんな季節だ。 日中はまだ30度近い。でも 夜半過ぎるとほんとうに寒いという感じ。 薄手の掛け布団だと寒いので 押し入れから厚手の掛け布団を引っ張り出す。 時計を見たら2
月って 灰色の岩石のかたまり。 近くで見ると こつごつしてあばただらけの いかにも無味乾燥で殺風景な景色。お世辞にも きれいで潤いのあるといえる光景じゃない。 昨日図書館で借りてきた『フル・ムーン』いう写真集(2002年
乾いた秋風のような そんな人っていいなって思う・・・(*^。^*)
乾いた西風。 それが吹き始めると ああ秋なんだなぁ・・・ って実感されてくる。 南からのジトッとした夏の空気。 太平洋の湿気を吸ったそんな空気が去り 大陸から乾いた空気が入ってくる。 ひんやりして 肌にさわやか
蚊から見える世界とぼくらの見える世界って ちがうらしい・・・(*’ω’*)
この時季になって? 昨晩そして今朝と 寝ている時に蚊が飛んできた。 秋口に蚊? でも。 夏の昆虫である蚊って 意外にも暑さに弱いらしい。32度以上の気温の中では生きられないそうだ。 それがこの所の日中
ジブリが 日本テレビに買収され 傘下にされるということ。 正直 とても悲しく残念に思った。 時に幻想的で 時に社会批判をも厭わない純粋性。 それは 子どものみならず大人をも魅了する 高い芸術性を伴ったもの。&n
よくもこんな人間が 「国会議員」として国民の税金から報酬を受けているもんだ。 過去の経歴 とくにここ数年の言動をたどってみると 驚き また憤りさえ涌き上がってくる。 自民党衆院議員 杉田水脈という人。 先般 7
「害獣」を駆除対象でなく 共生し合っていこうという世界の方向性
「害獣」と「益獣」という概念。 そんなものが設定されている。 人間生活 あるいは生産活動に 何らかの形で支障をもたらす存在。 それが この「害」という概念。 けれど。 このブログでもくり返し
早朝の涼風は 熱や湿気の煩いを落してくれる・・・(*^。^*)
軽やかさ。 そんなものを感じる。 秋の風って。 湿気が落ち 熱が抜け 肌に心地いい。 そんな空気の変化が 朝境内を歩く時 はっきり感じられた。 日中の暑さは続く。 でも 風は着実に秋に向かっ
個性への誇りと頑固さって 時に紙一重だったりする。 個性ってその人の独自性。 他人から規定される自分じゃなく それ以前の自分の独自性。 いわばアイデンティティ。 それへの尊重は 多様性ということにも結
お彼岸を象徴するマンジュシャゲって 不思議な花だ・・・(*’ω’*)
早朝の境内。 でも もうお参りに来ている人がいる。 うちの寺のご門徒は 半分以上が農家。 農家の朝は早い。 本堂でお勤めをしていると 正面の扉を開けて親子連れの姿が。 本堂のお参り。 焼香をされていた
夕空が紅く 沈む夕陽が美しい。 秋分ごろの夕刻って 茜色に染まる。 夕陽も 田んぼの稲穂も 赤とんぼも そして緑だった大地の草の葉も。 みんな紅く染まる。 秋って 茜色のイメージ。 まるで古い写真の変
「つるべ落とし」が実感される 9月の長い夜・・・(*^。^*)
夜長ということば。 夜が長いということ。 それを肌で実感できる9月のお彼岸前後の時季。 つるべ落としということばがある。 日没時間。 今週始めの11日には6時。 でも その3週間ほど先の30日には 5
「老い」に対し ネガティブとは違った角度で見てみようよ (*´ω`*)
姥捨て山の話が ふと心に浮かぶ・・・。 現在の長野県千曲市の更科地域の話として伝わる。 昔 年寄りの大嫌いな領主がいて 「年寄りはみんな六十歳を過ぎたら山に捨てよ」というおふれを出した。 その領内に
全インドの約3分の2の地域で 豚の妊娠・分娩ストールフリー法が可決された
お釋迦さまの国インドって動物を大事にする国。 そう インドを訪れた多くの人が指摘する。 農村部だけでなく 大都会でさえも。 街路樹にはリスが戯れ 道では牛や馬 らくだが荷車を引いている。 大きなお寺では象を飼っ
自然環境って 決してあたり前に与えられたものじゃないんだ・・・(´_ゝ`)
自然環境って 自明のもの あたりまえに与えられたものじゃない。 そういう意識って 長い間ぼくら人類は忘れてきた。 一人ひとりが意識しないと 自然環境は容易に壊され 失われ しかももとにもどらないもの。 そんな意
みんな知っていた。 関係者だけでなく 業界関係者の間では周知の事実。 なのに言えない空気。 ジャニーズ性加害問題で 今世間は沸きたっているけれど 一連の問題を見ると ほんとうに日本的 というか日本のムラ社会その
コスモスの花言葉は 謙虚 調和 そして平安だという・・・(*^。^*)
花って 植物の生殖器官。 植物が 自身の種を残すために ほんらい葉であった部分を独自に進化させて 花という部位を一定の時季になると顕出させるようにしたもの。 花の授粉って 花自身ではうまくできない。 そこで風の
怒り 憎しみ 非難。 このところエックス(旧ツイッター)を見ていると そんなコメントばかりで 見ていて疲れてしまう。 ジャニーズ事務所の性加害問題。 先日の事務所の会見を契機に 世間の眼はいっきに
今は新月の時季。 今月末29日は中秋の名月だ。 先月31日のスーパームーンと相俟って 9月は月が美しく それが夜の静けさを荘厳する。 宇宙と自分 そのつながりが実感され この世の喧騒がむなしくむいみに思えてくる
夏から秋にかけての時季は 虫たちの楽園の季節だ。 蝶が舞い テントウムシやダンゴムシが草むらに這いまわる初夏。 やがて地中から這い出て成虫になったカブトムシやせみたち。 そして お盆あたりから草むら
(※文章の中に やや残酷な情景描写が含まれます) 「害虫」「害獣」「害鳥」とぼくらはいう。 でも。 自然界には 「害」とか「益」という概念は存在しない。 ただその個体が生きている 必死で生
感情的な危機意識って しばしば大局的な方向を見誤らせる。 そんなことを思う。 喩えは適切ではない
9月の異名「ながつき」って 長夜月。 そんなことを以前書いた。 秋の夜長っていう。 秋って夜が長い。 だから飽きない(飽きないのに「あき」っておかしいなって今気づいて 一人で笑ったりする
「天高く 馬肥ゆる秋」などというが 秋の空って高く感じられる。 夏のどんよりした空って低い。 でも 秋は空気が乾いている分 空の透明度
半ば もう確信犯化している。 そんなことをつくづく感じる。 自民党と旧統一教会との癒着。 そのズブズブさって もう自民党の政策と統一教会の意向との境界線さえ見えないくらい 一体化してしまっている。
日中は猛暑。 宵の口ごろは まだ熱帯夜の兆し。 そんなことで薄着と薄手のタオルケットで寝ていたのだけれど。 夜中の2時3時に目が覚めると 寒い〜・・・(~_~) まるで10月下旬から11月初めぐらい
この暑さで 蚊もへたばってしまっているようだ・・・(*_*;
夜 寝ていると蚊が ぶ〜んという羽音を立てて飛んできた。 はっとして 顔面上30センチの空間に注意を向ける。 そうだ 今は蚊の季節だったんだ。 そう改めて認識するぼくがいた・・・。 夏と
牛乳の「価格調整」のため 4万頭の牛たちが税金を使い殺されている
ものって 多くなると価値が下がる。 希少価値ということばがあるように ものって 少なければ少ないほど 価値は上がる。 これは経済の基本的な法則だ。 ものの価値を上げる意図。 そ
「行き合いの空」。 今の時季の空って そんなふうに呼ばれているのだと 先日のラジオでいっていた。 遠くに積もる積乱雲 夏の盛りをイメージさせる入道雲。 けれど一方 手前をみると きぬ雲やうろこ雲が見
いつも書いていることだけれど・・・。 「災害は忘れたころにやってくる」ではなく 近年の自然災害はまるで「忘れるまもなく」 ひっきりなしにやってくるという そんな印象だ。 しかも オーストラリアや南米の森林火災
また 子どもを炎天下の車内に置き去りにする事件が起きてしまった・・・
過去が教訓とされない意識 目先のことに囚われて大きな筋道で自分の行動を考えられない思考。 今 とくに平成生まれの若い世代って そういう感覚に包まれてしまっているなってつくづく感じる。 大きな因果関係で物事が把
朝の明るくなる時間が 少しずつ遅くなってきていることを実感する。 8月の下旬は夏至から2か月。 来月の今ごろは もうお彼岸過ぎだ。 うかうかしていたら 10月 11月になり 今年も終わってしまう。
夏の暑さは 切り花の寿命を短くさせる。 お盆から2週間。 墓地に供えられた花も そろそろ茶色くなり枯れ始める。 何しろ何百基もある広い寺墓地。 枯れて汚くなり始めた花を下ろす作業も 一苦労
8月最後の月曜日って まるでイベントが終わった翌日の朝みたいな そんな雰囲気がある。 街も 市内のモールなどから子どもたちの姿が にわかに消える。 早い所では もう新学期が始まっている学校もあるよう。&nbs
暑い中の水分摂取。 一仕事した後の水って おいしい・・・(*^。^*) 全身に染み渡るようだ。 いうまでもなく 水って生命に欠かせないもの。 たとえ食物はなくても 水があれば
汚染水放出・原発依存への姿勢に見える 国民の思考力低下の実相
塩分の強いラーメンのスープ。 体に良くないからと水で薄めても 全部飲み干せば 結局同じこと。 薄めぬ状態で飲んで摂取する塩分と。 「薄める」ということばのトリックに騙されて 無条件に安全
佛教を弾圧正当化の後ろ盾に使うミャンマー軍政に 不快感を覚える
季節の二重奏。 そう呼びたくなる。 今の季節の朝の音。 耳を澄ますと聞こえてくる生きものたちの声。 草の茂みに鳴く鈴虫 そして遠くの雑木林から聞こえてくるひぐらしのカナカナという声。 それがだぶって
ニンビー(NIMBY)。 そんなことばがあることを知った。 「Not in my back yard」。 その頭文字をとったことば。 「うちの裏庭に来ないで!」。そんないみ。
病み上がりの日常の光景ってちがって見える・・・(´-ω-`)
一日じっくり休み 風邪の具合もだいぶよくなった。 このブログを読んでくださる方々からも お見舞いのことばをいただいた。 この場を借り お礼申し上げたい・・・。 病み上がりの光景って 今ま
夏の疲れが一気に出始める。 8月の下旬って そんな時季か。 三日前からの風邪。 だいぶよくなってきたけれど 体にだるさと疲労感が。 暑さによる疲労の蓄積。 それが 年齢とともに出やすくなっ
女性って 人口の約半分を占める。 女性って 人類の半分。 でも 人間って 長い間 その女性を 社会の陰の部分に置き拘束してきた。歴史の表舞台に立たないようにさせてきた。 これって 今冷静に考えると不
動物たちの痛みに共感する意識って ここ数年ではっきり変わってきている。 そんなことを思う。 たとえば。 (このブログでも過去に紹介したように) 畜産動物(牛)に対する暴力が初めて刑事事件として起訴さ
お盆が終わり いっきに緊張感が抜けたせいだろうか。 夏風邪を引いてしまった。 体に悪寒が走り咳がとまらず 昨晩からからだがだるい・・・(*_*) そもそも当年の夏このごろは なにとやら
地球環境の修正機能が滞っている。 そんなことを感じる。 近年の自然災害をみると。 少し前までならすぐに終息していたであろう事態が終息しない。 そして長引く。 のみならず それが
お盆が過ぎ 夕方の日ざしが茜色にと変わってきた・・・(*^。^*)
茜色。 そんなイメージ。 秋 というか立秋が過ぎ お盆が終わった秋のお彼岸までの時季って 地表に「赤み」が増してくる。 真夏の白い日ざし。垂直に照らしていたその日ざしが だんだん斜めになり日射が微妙に弱くなり
すいかがおいしい・・・(*^。^*) ご門徒さんがお盆のお供えとしてあげてくださったすいか。 お盆が終わり そのおさがりをいただく。 すいかの甘い部分(赤い部分)って胎座とよばれるのだそ
80年前の戦争という「やけど」から この国はいったい何を学んだのだろう・・・
日本の いわゆる「防衛」って 実質がなく 中身はスカスカ。 そんなことをたびたび このブログでも書き指摘してきた。 自衛官の成り手不足。 それが今 慢性化し深刻なレベルになっているという
早くも新米の季節に。 8月の半ば。 早稲の品種のお米は はやくももう市場に出回り始めているよう。 今年は天候の関係で不作気味。 だから 新米の
遊牧の民。とくに中央アジアの砂漠地帯などで 羊の群れを追って生きる人たちの肉の摂取量は 現代の平均的日本人のそれの10分の1ぐらいだといわれる。 遊牧民というと 日本人には 肉食の機会が豊富だというイメージをもたれてし
立秋過ぎの朝の爽快感って まるで別世界のようだ・・・(*^。^*)
別世界のようなさわやかさ。 8月の朝って そんな雰囲気。 何回もこのブログで書いているけれど。 風が涼しい。 夜の間に体に溜った熱を すーっと吸い取ってくれるよう。 そして虫の声。&nbs
登ろうという意識が山の存在に気づかせる 今日は山の日だ・・・(*’ω’*)
なぜ山に登るのか? そこに山があるからだ そんなことばを思い出してしまう。 有名なこのことばは イギリスの登山家ジョージ・マロリーが語ったとされる。 山に登りたいという意識。 その意識を
ご門徒さんから たくさん冷や麦をあげていただいた。 さっそく 本堂にお供えし 今日のお昼 そのお下がりのそうめんをいただく。 暑い日のそうめんは最高。 今から楽しみ・・・(#^.^#)
核抑止による一時しのぎの「平和」の危うさを思う 長崎原爆の日の朝
赤とんぼが舞う。 その光景に いつもなぜか はかなさ 無常を感じるのは ぼくだけだろうか。 立秋は
暑さって 体力を奪う。 暑さって ある意味 極寒状態よりも疲労感が大きい。 それは肉体的な部分より 多分に精神的な部分に。 このブロ
「暑い暑い・・・」といっていると 暑さしか入らぬ心のポケットが造られて行く。 以前にも書いたけれど そんなことばが実感として感じられるこのごろの暑さだ。 いったん暑さに心を囚われると 暑さを増長させる情報しか
桑名市・多度大社の「上げ馬神事」に 抗議が殺到しているという
三重県桑名市にある多度大社に 上げ馬神事というのがある。 若者が馬に乗り 急な坂(というより崖)を一気に駆け上がらせ さらに頂上の約2メートルほどの壁を乗り越えさせるという神事。 その乗り越えた回数で その年
夏の猛暑って 陰・陽でいえば陽に属する。 でも。 その猛暑の盛りである8月って なにか昏さを感じる。 そんなことを このブログでもたびたび書き 指摘してきた。 8月って 何か陰がある。&n
昨日 近所のご法事の帰りに公園の脇を歩いていたら 砂場に数羽の鳩たちがうずくまっていた。 鳩はふつう 人が近づくと逃げるものだが その時はぐったり疲れた様子で逃げる気配(元気)もない様子。 鳩たちはうずくまっ
夏の水田には そろそろ緑色の穂が出始めている・・・(*´ω`*)
ご法事で海岸近くの地域を通過する。 海岸から奥まった平野には 広い田園地帯が広がる。 寺のある高台エリアとはちがった広い視野が開けた爽快な景色。 やや湿ってはいるが 涼しい風が車窓から入って顏をなで
樹々の葉が落ち始めるころ。 「葉落ち月」。 それが8月の古称「はづき(葉月)」の名の由来だという。 旧暦の8月って 今の9月ごろ。 秋の入り口なのでそろそろ 木の葉が色づき 落ち始めるころだというの
ぼくらが生きる上で絶対欠かせぬもの。 ぼくらの生命を潤すもの。 そうでありながら いったん怒り出すと すべてをなぎ倒し 破壊し 呑みこんでいくもの。 水って そんなふたつの相反する顏をもつ存在。 &
ツクツクボウシの声を聞いた。 昨日の午後 ご法事で海岸寄りの道を車で走っていると。 ツクツクボウシって 夏の終わりに鳴くせみ そんな意識があるけれど 7月末にその声がした。 季節が早まっているのかな
地球上のすべての人たちが 現在のような生活様式をむりなく継続していくには 地球1.75個分が必要だ といわれる(さらに 平均的なアメリカ人の生活レベルをすべての人が享受したら 地球が5個分必要だとも・・・)。 人間が生
7月終わりの土曜の朝って なぜかうきうきしてくる。 普通の夏の朝なのに。 この感覚ってたぶん 小学生のころの名残り。 7月下旬って 夏休みの始まり。 これから始まる一か月以上ある長い自由な
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今日は 昨日の文化の日の振り替え休日 9月から今月にかけて 日曜を挟んだ三連休が多かった 秋は暑さも止み 気候もよく 行楽やスポーツ趣味に集中するのにいい季節 そういう配慮だと思うのだけれど 今年の暑
生と死のリアリティっていうのがある 生きることや死ぬことってリアルで生々しいこと ほんとうはね でも 今の日本では生と死のリアリティってオブラートに包まれている 幾重にもね
先日 久々に市の図書館に行った 調べもののついでに 最近の本を見たいなと思って平日の午後 でもずいぶん人がいた目的の本の貸出手続きをとり その後館内を散策書棚の本をひととおり眺めつつ ビデオのコーナーに かなり古い映画の
霜月 古来11月はそう呼ばれている立冬を迎え霜がそろそろ降り始める そんな時季ということだろうもっとも今の暦は かつての暦とは 一か月ほどずれているなので 霜月というのは12月の前半にかかるくらいの時季だったと思われるこの時季になると そろ
日本でいうお盆と地蔵盆それをいっしょくたにしたような欧米発のお祭り ハロウィンここ数年 日本でもいろんな形で コンビニにスーパーにその影響を見 イベントとして普及している姿を感じることができるクリスマスと同じくキリスト教の行事表面上は カト
静けさ そんなものを感じる 気温が下がるにつれ 大地って静けさに染まっていく ちょっと前まで聞こえていた草むらの虫の声もこのところ聞こえなくなり 暑い時季には耳に届いた早起きの子どもたちの声も さすがにこの時季には聞こえ
30年ぐらい前まではその存在も知られなかったもので 今それがないと生きていくことすらできぬものは?そう問われたら それはインターネットと答えたい そんな思いがしてくるインターネットがパソコンの普及とともに私たちの生活に入り 生活に影響を与え
二十四節気ってある太陽の動きに合わせ 1年を24に分けた暦の指標それによると今の時季は 「霜降」(そうこう)と呼ばれるそうだ「霜降」 つまり霜が降りる季節二十四節気では 例年ではだいたい10月23日あたりから11月6日ごろがこれにあたるよう
北海道厚真町の養鶏場で先週 鳥インフルエンザ感染が確認され 道は当該養鶏場の鶏1万9千羽を「殺処分」した 約2万羽 ものすごい数だ 近年 鳥インフルエンザウィルスは強靭化しており 鶏の殺処分数も極端なレベルに跳ね上がって
エネルギー問題は 今最も熱く語られている領域そんなことがいえると思う電気自動車の普及や 太陽光発電設備の設置義務化への動き 省エネや節電意識への一般家庭への普及エネルギー問題は同時に環境問題や地球温暖化対策へも直結する今 議論されている原発
エネルギー問題は 今最も熱く語られている領域そんなことがいえると思う電気自動車の普及や 太陽光発電設備の設置義務化への動き 省エネや節電意識への一般家庭への普及エネルギー問題は同時に環境問題や地球温暖化対策へも直結する今 議論されている原発
町内の回覧板が回ってきた 「特殊詐欺に注意」 そんなビラが挟まっている 特殊詐欺が跡を絶たない そんなことがずっといわれている 自分の身内の声かどうかも気づかず それで騙され引っかかってしまう&nb
ウクライナ そして中東ガザでの武力衝突 さらにイスラエルは レバノンやイランとも戦火を交える今 世界の各地で紛争や 武力による弾圧が起こっているそのことを思うと ぼくらが平和の中で生活できることの有り難さをつくづく思わされる&nb
一日の時間が貴重そんな気持ちをひときわ強くさせられるのが 今の時季気候がよくすごしやすいことそして 一日の昼間の時間がどんどん短くなっていること(夕方はもう5時過ぎには暗くなってきている)そんなことが 一日という時間の貴重さを感じさせる短い
自分の眼で見るそれはだいじなこと禅宗などでは 「冷暖自知」という冷たさやあたたかさは 直接自分が接し 自分の眼で見よそういうのだけれどもぼくらのものの見方って 多分に主観に左右されているもの一方で佛教は そう指摘する・・・ 「手を打てば 女
ウクライナ そしてガザ それにアメリカとシリアやイランとの対立 今 世界はあちらこちらで絶え間ない戦争が起き 火花を散らし合っている 戦争は悲惨 それは兵士と兵士 戦闘員と戦闘員だけにとどまらず 一般
寒くなってきた・・・((+_+)) そろそろ 冬物の衣類を出さなければならない時季衣装箱をひっくり返すと 昨年買った厚手のコートが出てきた・・・ 毛皮製品の需要が高まっているようだ毛皮ってファッション 「高級
世界情勢ってめまぐるしく変わっているそんなことを思う数年前まで仲のよかった国が突然何かのきっかけで国交を閉ざしたり 輸入をストップさせたりまた逆に仲が悪かった関係が何かのきっかけで良好に改善されて行くことも(日本と韓国のユン政権のように)ほ
朝 雨戸を開けてカーテンを閉じる 日中に日ざしが部屋に入り気温が上がるからけれどもここ数日 日中でもカーテンを閉じないままにしている乾いた西風 それが気温を下げ 今までのようなねとっとした湿気も吹き飛ばしてくれるため今までは鬱陶し
朝 雨戸を開けてカーテンを閉じる 日中に日ざしが部屋に入り気温が上がるからけれどもここ数日 日中でもカーテンを閉じないままにしている乾いた西風 それが気温を下げ 今までのようなねとっとした湿気も吹き飛ばしてくれるため今までは鬱陶し
破格的に安いもの。 そういうものをしばしば見つける。 スーパーで ディスカウントストアで 百均で。 そんな時ぼくらは 往々にして「やった! ラッキー」と大喜びしたりする。 通常 500円のものが 300円以下で
文化 教育 科学って 大事な要因。 ぼくらが相互に理解し合い 支え合い 交流し合い 世界を平和に導いていく上で。 さまざまな支援がある。 水 食糧 インフラ整備など。 でも その中で 教育を施すことって 際立っ
文化の日って もと(戦前)は 明治節って呼ばれていたそうだ。 明治天皇の誕生日。 それが11月3日だった。けれど戦後 それが廃され 同日は文化の日という国民の祝日になった。 祝日の趣旨には 「自由と平和を愛し 文化をすす
町内放送。 市内△△にお住まいの○○さん80歳が 今朝7時に家を出たまま帰ってきません。 ○○さんの身長は・・・。 服装は・・・。 お心当たりのある方は お近くの交番 または警察署までご連宅を・・・。 そんなアナウンスが
霜が降り始める月。11月を霜月というのは そういうことからだろう。 10月〜11月の時間って なぜか慌ただしい。 気温も 10月初めはまだ夏の余韻が残っている。 けれど10月下旬〜11月になると いっきに冬のそれを感じさ
大人の子ども化? 何かそんな感じ。 最近の成人 とくに20代から30代ぐらいの人たちを見ていると 何か未成熟さを覚えてしまう。 それは ぼくが彼らよりずっと年上だからというだけじゃない。あえて言えば この国の大人たちすべ
霜が降り始める時季。 二十四節気では 今の時季を そういうそうだ。 霜降。 その時期は10月23日から11月6日まで。 それが過ぎると冬至。 暦の上での冬に入る。 今はその直前の時季。 樹々
「この豚野郎!」 ある吹き替えの外国映画を視ていたら そんなセリフが出てきた。 pig・豚って 人をののしることば? そういえば。 先のあの東京オリパラの準備段階で 開会式の演出責任者が タレントの渡
今はまだ5時前。さすがにこの時季の早朝は 真っ暗。 そして静かだ。 何回か書いていることだけれど。 気温の寒さと朝の静寂度って 比例する。気温が寒い季節ほど 朝は静か。 その静寂がいい。 でも その静けさが淋し
ひんやり感って 疲れを落す。 夏のむせる暑さって 疲れを倍増させる。 疲れの本質って熱なのかな? 少なくとも暑さって 疲れを増幅させる。 けれど その暑さが引いた今の時季って 疲れが溜らず また少し前までのあの
今年の秋は 日中と夜の寒暖の差が大きかったせいだろうか。 柿がみごとに色づいている。 例年より少し早い色づき? そうでもないか・・・。 柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺 正岡子
子どもたちの食が劣化してきている。 育ち盛りの 他の年代より多くの栄養を摂取しなければならない児童たち。 その食が今 危機に瀕している。 学校給食が業者の経営難で停止を余儀なくされている。三食がまともに食べられ
研究論文の公開。 それが進められようとしている。 政府の総合科学技術・イノベーション会議の有識者会合が19日 研究論文をインターネット上で公開し閲覧可能にする「オープンアクセス(OA)」をめぐり 公的資金が投入された研究
歴史的な「被害者意識」って 人をどこまでも残忍にする。 そして 過去の歴史の遺恨って どんなに封印しても ほんとうにふとしたきっかけで蘇生する。 そんなことを 見ていていつも感じる。 パレスチナの紛争。&nbs
工場制畜産は 産業として行き詰まっている。そんなことを このブログでもたびたび紹介してきた。 一定の畜舎に 動物たちを詰め込めるだけ詰め込んで どこまでも人間目線・効率性や利潤性を優先した管理飼育システム。 それは 動物
碍は衆生に属す 光の碍にはあらず そんなことば(曇鸞『浄土論註』)が浮かんだ。 ほとけの光。 それが到り届いていることが実感できない。けれど 光は常に照らし続けている。 それを遮断するのは人間の自我。 ほと
世の中って循環している。 すべては回り合い 支え合い 調和とバランスを取り合っている。 世界って そういうバランスの上にある。 だから ぼくらが環境をだいじにすることで 環境もぼくらをだいじにしてくれ ぼくらが
お隣の国 でも 関係は芳しくない。 中国 ロシア 韓国 北朝鮮・・・。 日本を取り巻く国 日本と国境を接する国。 そういう国がいくつかあるけれど 概して それら国と日本との関係って よくない。 最近
この所の涼しさのせいだろうか 境内の草の伸びのペースがやや落ち 草取りが若干ラクになった感じ。 けれどその一方で 落ち葉がすごい。 境内の樹は ほとんどが落葉樹。 樹々も葉の入れ替わりの時季。掃除が大変だ・・・(^^;)
自分の良心にうそをついている人の顏 自分を偽っている人間の風貌。そんなふうに ぼくには見えてしまう。 自民党の杉田水脈衆院議員。 56歳にもなるいいおばさん。それが ブログでアイヌや朝鮮の人たちの人権を茶化し