夏目漱石の『草枕』を読む。8
第八章画工は、宿の主人つまり那美の父親の部屋でお茶を御馳走になる。相客は観海寺の和尚、大徹と、那美のいとこの久一である。久一も画工と同様に西洋画をやっていることがわかる。「鏡が池」の写生をしていたこともわかる。久一は志願兵として満州に立とうとしている。老人は当人に代って、満洲の野に日ならず出征すべきこの青年の運命を余に語げた。この夢のような詩のような春の里に、啼くは鳥、落つるは花、湧くは温泉のみと思い詰めていたのは間違である。現実世界は山を越え、海を越えて、平家の後裔のみ住み古るしたる孤村にまで逼る。朔北の曠野を染むる血潮の何万分の一かは、この青年の動脈から迸る時が来るかも知れない。この青年の腰に吊る長き剣の先から煙りとなって吹くかも知れない。しかしてその青年は、夢みる事よりほかに、何らの価値を、人生に認...夏目漱石の『草枕』を読む。8
2024/04/30 16:54