2019年2月で告知から4年が経ちました。手術→放射線治療→抗がん剤と約8ヶ月かけて、その後、2016年7月に自毛デビューしました。この4年間、色々な仕事に就きました。自分の居場所をひたすら探していたように思います。時には意地になり、時には弱気になり楽観的になったり
芽球性形質細胞様樹状細胞腫瘍 BPDCN 昨日、父の主治医Kドクターから話しがあった。前もって情報を収集しておく事が、自分が冷静で、そしてなによりもショックを抑えられるとどこか自分防衛のようにこのBPDCNについて検索しまくっていた。そして本当にこの病気ならば1日で
『BPDCN は、非常に稀ですが、小児にも成人にも発症することがある白血病です。白血病は、血液を作る器官である骨髄に発生するのが普通ですが、この白血病は皮膚の発疹として発症することが多いという特徴があります。 確立された治療法がなく、他のされたいみたいに対する
芽球性形質細胞様樹状細胞腫瘍 BPDCN で、ほぼ確定だろうとのこと。 (でもまだほぼって何だろ??)
空いた時間は父の病室に行くことが日課になった。でも、検査入院からそのまま家に戻ることなく治療を始めて3週間…確定されたい病名に正直私はしびれをきらせていた。病室の父の気持ちはどうだろう?母や姉は私ほどモヤモヤしていないように思える。。病名がハッキリしない
私が乳がんになった時、周りに隠す事しか考えられなった。ただただ知られたくなかった。可哀想と思われるのが嫌だった。他人の目や、どう思われるかが気になって仕方なかった。よく病気になった人に『あんなに良い人が・・・・』とか『何も悪い事なんてしていないのに・・・
新学期が始まる4月から心が休まることがありません。4月あたまに母の弟が末期の肺癌で亡くなり。2週間もたたないうちに従兄が40代半ばで心筋梗塞で突然亡くなりました。短い間に2度も葬儀に出て、骨上げをして、心の空虚感と疲労でいっぱいでした。でも、その数日後には父
父、EPOCH療法2日目。4年前の今日は私が抗がん剤治療始めた日。
4年前の今日、私は緊張して病院にいきました。ケモ1クール目の日でした。人生で一番『はらをくくった日』でした。4年後、私たち家族がまた『癌』と向き合う事になるなんて…。でも私自身は、病にいつなるかなんてわからないから、家族みんな健康でいる時期なんて短いのか
だいぶご無沙汰していたブログ…今日、2019年5月9日 木曜日 もう一度始めます。4年前、乳がんの告知をうけ、自分自身が思いもよらずある日突然癌サバイバーになった時、それまでの価値観や見方、考え方、優先順位が全て一瞬にして変わりました。変わった‥正確に言う
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