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小谷の250字 http://blog.livedoor.jp/kotani_plus/

政治経済から芸能スポーツまで、物書き小谷隆が独自の視点で10年以上も綴ってきた250字コラム。

圧倒的与党支持で愛国主義者。巨悪と非常識は許さない。人間が人間らしく生きるための知恵と勇気、そしてほっこりするようなウィットを描くコラム。2000年11月から1日も休まず連載。

小谷隆
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住所
江戸川区
出身
豊橋市
ブログ村参加

2014/11/24

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  • ハル(61)

    「この子ね」と母親は言った。「あなたのこと本当に好きだったみたいよ」 返答のしようもなくて、僕はただ黙って頷いた。 夏の日にいちど逢ったきりだった。たった一度。一緒に過ごしたのはたぶんトータルで2時間ぐらいだっただろう。実をいうと僕は彼女の顔さえ忘れか

  • ハル(60)

    棺に案内してくれたのは母親だった。「ほら、将来のお婿さんが来たわよ」 母親はもの言わぬ亡骸にそう話しかけた。 棺の中の彼女は原型をとどめないほど不自然な厚い化粧を施されていた。それは僕の記憶の中にある彼女とはほど遠く、とてもその人だとは思えなかった。

  • ハル(59)

    10月の始めに起きたその凄惨な事件はテレビが全国放送で大々的に報じた。18歳の少女が4人組の少年たちに乱暴され、なぶり殺しにされて川に投げ込まれたという。 夕食をとりながら観ていたテレビの画面に映った少女の名前を見て僕は凍りついた。 翌々日の夕方、僕

  • ハル(58)

    そんな彼女が翌週末になると妙に明るい声で電話してきた。「いいこと思いついたんだよ」と彼女は意気揚々と言った。「専門学校! 入試ないし」「専門学校? 何の?」「何でもいいの。東京にはいっぱいあるんでしょ?」「何でもいいってことはないだろう?」「ファッ

  • ハル(57)

    兄によれば、彼女は地域でも最下層の高校に行っていて、さらにその中でも地を這うような成績なのだという。「おれも人のことは言えないけど、あいつには逆立ちしたって入れる大学はないよ」と彼は言った。「今は君に入れあげてるけど、はしかみたいなものだからね。秋に模

  • ハル(56)

    それからというもの、彼女からはほぼ毎週末に電話がかかってくるようになった。特に何を話すわけでもなく、彼女にとってみれば「忘れられないため」なのだそうだ。「そういうことで、私がいることをちゃんと憶えておいてよ。勉強の邪魔はしたくないからこれでね。じゃあ」

  • ハル(55)

    「彼女いるの?」「いるわけない。受験生だよ」「じゃあ彼女にして」「だって君は友だちの妹だし」「友達の妹だと彼女にしちゃいけないの?」「いや、そういうわけじゃないけど」「じゃあ彼女にして」「だめ。僕は受験生だから」「けち」「けちとかそういう問題じゃ

  • ハル(54)

    「僕みたいな人って? まだそれほど話したわけじゃないのに」「頭のいい人ってすぐにわかるよ。私バカだから特に」「君はバカに見えない。学力はどうか知らないけど、少なくとも頭の悪い子じゃない」「学力と頭のいい悪いは違うの?」「違うよ。学力があってもバカなや

  • ハル(53)

    「これからどこまで行くの?」 バスを降りると僕は彼女に訊ねた。「別にどこでもないの。家にいたくないだけ」 お茶でも飲んで行こうということになったけれど、その住宅地の駅には喫茶店ひとつなかったので、僕たちは鈍行の電車に乗っていくつか離れた駅まで行った。

  • ハル(52)

    日も傾いてきた頃、おいとましようとしたら、彼の妹が駅まで一緒に行きたいと言った。 がらがらのバスの最後列に並んで座ると、彼女は家のことをいろいろと話して聞かせた。「兄とは血が繋がってないのよ」 彼女は父親の連れ子で、両親の再婚で彼と兄妹になったという

  • ハル(51)

    僕はハルの写真をもういちどじっくり眺めた。おそらくバックダンサーとして踊っているときの顔だろう。満面に笑みを浮かべた顔が大写しになっている。「その子、気に入ったの?」「うん。まあね」 これをもらえないものかと期待したけれど、さすがにそれは口に出せなか

  • ハル(50)

    彼が指さした先には、アイドルグッズの中に埋もれて、よく使いこまれたギターがあった。 彼はおもむろに立ち上がってギターを取ると、椅子に座って構えた。「聴いてよ。おれが松田聖子向けに作った曲。『小麦色のマーメイド』を意識した」 彼はアルペジオのイントロか

  • ハル(49)

    「これからデビューするんだよ」と彼は言った。「大手の事務所が前から育成しててね。デビュー前の修行でバックダンサーやってたけど、秋には出てくるらしいよ」 なるほど、あの夏の日の白い車と「仕事」の意味が伝わってきた。 それにしても、こんな地方の衛星都市に住

  • ハル(48)

    彼のコレクションはトップアイドルだけにとどまらず、見たことのないマイナーなアイドルにも及んでいた。「これは去年デビューした子でね」と彼は得意そうに捏名した。「1曲目だけでほぼ引退状態なんだ。可愛いんだけど歌がひどくてね」 いわゆる「生写真」の類もたく

  • ハル(47)

    友人宅では大いにもてなされた。明るく快活そうな母親はテーブルいっぱいに色とりどりの料理を広げ、食べて食べてと僕を急かした。物静かで少し気難しそうな顔をした父親からはビールまで勧められたけれど、未成年だからといってさすがに固辞した・ 3日分ぐらいの食事を

  • ハル(46)

    46「こんにちは」 バスを降りるなり、女の子は僕に挨拶した。「兄がお世話になってます」「どうも」 僕が来ることを知っていたらしい。予期せぬ丁寧な出迎えに僕はたじろいだ。この子のどこが不良なのか。兄貴よりもしっかりしているようにさえ見えた。 彼女に従

  • ハル(45)

    サトシの家は僕の町の駅から予備校のある駅を超えてさらに30分以上も行った隣の県にあった。正午に差しかかろうとしていた頃、丘陵に立ち並ぶ住宅街の一角にあるサトルの家まで、長い坂道をバスで上っていった。 バスには僕の他には老紳士と高校生ぐらいのほっそりした

  • ハル(44)

    孤独な日々で、一人だけ親しくなった友達がいた。サトルとは同じ食堂で何度も顔を合わせるうちに、打ち解けていろいろと話すようになった。予備校ではまったく授業の重ならない私立理系で、しかも地を這うようなレベルのクラスだったけれど、好きな音楽が共通していたこと

  • ハル(43)

    受験勉強は孤独だった。あえて選んだ孤独だった。同じ予備校に通う高校時代の同級生もいたけれど、緊張感もなくときおり授業をさぼってパチンコやストリップ劇場にしけこんでいるような彼らとは距離を置くようにしていた。昼も彼らが出没しそうな構内食堂や近辺の飲食店は

  • ハル(42)

    人生の中であれほど真剣に勉強した時期は他になかった。朝は5時に起きて、電車で1時間もかかる予備校に登校し、午後4時ごろ帰ってくると夕飯の時間までみっちり復習し、食事を済ませると12時まで机に向かった。 ここまでやって成績が上がらないはずはない。春先の模

  • ハル(41)

    ハルはいつの間にか手の届かない所まで行ってしまった。そんな彼女に少しでも近づくには、僕自身ももっと高い所へ行かなければならない。いつの間にか僕はそんな勝手な思い込みに支配されていた。けれどそれが受験勉強のモチベーションになったのだから、今から思えばあれ

  • ハル(40)

    抜け殻のような2週間だったけれど、それでも僕は少しずつ前を向いた。ハルと過ごした9歳の夏を思い出しながら、そこにいろんな妄想を被せた。幼いハルの裸に、美しく成長したおとなの裸体を想像して重ねた。そこにテレビの向こうで踊る垢抜けた彼女がさらに重なる。そし

  • ハル(39)

    しかし受験はあえなく全敗した。東京の私立を2つ、国立を1つ受けたものの、合格判定Bだった私立がかろうじて補欠に引っかかっただけで、それもけっきょくお呼びがかからないまま、季節だけが残酷に春へと移り変わった。 緊張感がぷつりと切れたあとは抜け殻のようにな

  • ハル(38)

    テレビがじっさいストレス解消になったのか、追い込みの勉強も捗った。国立大学の共通一次試験も順調に終えて、志望大学に滑り込めそうな点数をあげた。 その前日もテレビを食い入るように眺めていた僕を家族は心配して、母親などはガミガミ言ったものだけれど、2日間の

  • ハル(37)

    それからというもの僕は毎日、新聞のテレビ欄を細かく調べて、その三人組が出演する番組は必ず観るようにした。バッグダンサーがいるときもあればいないときもある。いるとわかれば目を皿のようにしてハルを探した。 ハルはセンター付近の、三人組に比較的近い場所にいて

  • ハル(36)

    彼らが涙で顔をくしゃくしゃにして歌い始めた。一人の顔がアップになる。その後ろで若い女の子たちがバックダンサーとして踊っている。 その一人に僕は釘付けになった。 まさか。 間違いない。ハルだ。 僕は家族にそれを伝えようとして思いとどまった。 三人を行

  • ハル(35)

    大晦日ぐらいはリラックスしなさいと両親に言われ、その日は家族と一緒にすき焼きをつついた。勉強から離れることの罪悪感をかすかに抱きながらも、久しぶりにゆっくりとテレビを眺めながらの団欒を過ごしていた。 レコード大賞から紅白へ。我が家も日本の平均的な家庭だ

  • ハル(34)

    18の秋は脇目も振らずにひたすら受験勉強に勤しんでいた。夏までの模擬試験の結果だと第一志望の大学にはわずかに届かなかった。せめて秋の模試でB判定にまで到達しないと、ランクを下げるよう学校から勧告される。それだけは避けたかった。 毎日、午後4時ぐらいに帰

  • ハル(33)

    ハルから渡された番号には市街局番はなかったけれど、桁数からしておそらくは都内の番号だった。彼女は東京に住んでいたのだ。母親が再婚して移り住んだ先はもっと北だったのだけれど。 あとで、とハルは言った。しかしその「あと」がいつなのか僕ははかりかねていた。い

  • ハル(32)

    「せっかく会えたのにこめんね。これから仕事なの」 ハルはひとしきりしゃべったあと、バッグから紙切れを取り出してペンで何か走り書きして僕に渡した。「あとで電話して」とハルは言った。「こんどゆっくりね」 ハルは胸の前で小さく手を振ると、近くに停まっていた白

  • ハル(31)

    僕は夏休みを利用して東京へ大学見学に来ていた。いくつかキャンパスを回り、最後に高田馬場からバスに乗ろうとしていたところだった。 ハルはその頃の高校生の標準的なファッションとはほど遠い、おとなめの白いブラウスにグリーンのスカートで、さながら女子大生風情だ

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