中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(100)
「栓をひねると出てくる温水は……」。私のそばには他にいのちのあるもののないのを。三行の短い詩。引用した行では、音(母音)の揺らぎが「あ」から「お」へとかわっていくのだが、何か、音を飲み込んでしまうブラックホールのようなものが、その行のうねりのなかにあり、その重力のそばで音(声)が動く。そのときの不思議な音、聞こえない音が聞こえる。最後を「あるもののないものを」と書くと、文法的に間違いになるのか。意味が違ったものになるのかわからないが、その消えていった「も」(お)の音が、暗く暗く、真っ暗に瞬間的に輝いて、聞こえる。私は、引用しながら正確に引用しているか、何度も何度も確かめたが、確かめるたびに不安になるのだった。*************************************************...中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(100)
2024/04/24 23:56