「そのようなお話は一度も聞いたことがありません。なにかの間違いではありませんか」 アリアは毅然として言ったが、ルークは少しも怯まない。まるで、アリアのその発言を予期していたようだった。 「レディ・ロイドのお耳には届いていなかったようですが、そうなのです。さあ、お部屋にご案内いたします」 ルークは素知らぬ顔で階段を上りはじめる。 「お待ちください。このことを、私の父は知っているので…
いま雨音は聞こえない。止んだのか、あるいは雨の降っていない遥か遠くまで来たというだけなのかもしれない。 (私、どうなるの? どこかの山に捨てられるのかしら……) あるいは海に投げ入れられるのかもしれない。 そんな想像をすると、蒸して暑いくらいの馬車内だというのにゾッとして身が震えた。馬車のなかが薄暗いせいもあって、そういう嫌な想像ばかりしてしまう。 馬の蹄と車輪の音が幾分か静かにな…
「ふふ……やっぱり、ひとりで来たわね」 ふだんはとても目立つ色のドレスを着ているシンディだが、今日はどうしてか暗い色合いのものだった。雨で陽射しはないというのに帽子を被っている。遠くから見れば彼女がシンディだとはだれも気がつかないかもしれない。 シンディは冷笑を浮かべ、階段の上からこちらを見下ろしている。彼女がゆっくりと下りてくる。 「乗りなさい」 「えっ?」 腕をつかまれ、無理…
「明日からメディエッサに、ですか?」 朝食の席でアリアは兄のパトリックに尋ね返した。 「ああ、そうだ。明日から一週間ほど、サディアス殿下と一緒に行ってくる。おまえがメディエッサ国のことを知っていたとは驚きだ。殿下から聞いたのか?」 「はい。薬草が豊富で、そのぶん有識者も多いのだとお聞きしました」 長机の向こうにいるパトリックはおもむろにうなずいた。 「今回の国家間交渉は父のことを…
「あっ、あぁ……!」 胸を見られるだけでも恥ずかしいと思っていたのに、そこを両手でまさぐられて高い声を上げている自分が信じられない。羞恥心はいったいどこへ行ってしまったのだろう。 アリアが下を向いてキュッと下唇を噛むと、サディアスは心配そうに眉尻を下げて「どうした?」と尋ねた。 「わ、私……どうしてしまったのだろう、と……」 「なにか、おかしいのか?」 「だって、私……サディアス様に…
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