創価学会は、『仏教哲学大辞典』という辞典を編纂しており、最初に発行されたものは第1巻から第5巻にわたる大部な書となっています。1964年から1969年にかけて発行されており、大事業であったことが窺えます。 その第4巻に「創価学会」の項目があります。その一部分を見てみましょう。 創価学会は、日蓮大…
問うて曰わく、十界互具の仏語分明なり。しかりといえども、我らが劣心に仏法界を具すること、信を取り難きものなり。 『日蓮大聖人御書全集』新版 128頁(観心本尊抄) 日蓮は、「観心本尊抄」において、質問者に上記の問いを立てさせています。十界互具の理屈は理解できても、自らの劣った心に仏界、…
経に云わく「提婆達多乃至天王如来」等云々。地獄界所具の仏界なり。 『日蓮大聖人御書全集』新版 125頁(観心本尊抄) 地獄界であっても仏界を備えていることを示しています。法華経の提婆達多品からの引用ですね。 「観心本尊抄」の最大のテーマは、衆生に仏界が備わっていること、人間には仏性が…
「観心本尊抄」を読むと「法華経」を読まなければならないことが分かる
「観心本尊抄」には、九界に仏界がある文証として方便品の文をあげています。 法華経第一の方便品に云わく「衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」等云々。これ九界所具の仏界なり。 『日蓮大聖人御書全集』新版 125頁(観心本尊抄) 方便・自我偈の勤行において出てこない部分ですね。方便品で読誦す…
問うて曰わく、百界千如と一念三千と差別いかん。 答えて曰わく、百界千如は有情界に限り、一念三千は情・非情に亘る。 『日蓮大聖人御書全集』新版 124頁(観心本尊抄) 「百界千如」は、十界にそれぞれ十界があることから十界互具で百界となり、それに十如是をかけて千如となりますので、当然、…
本日から、毎朝、2ページの「観心本尊抄」の音読をはじめました。 「観心本尊抄」の冒頭は、『摩訶止観』の引用からはじまります。 摩訶止観第五に云わく〈世間と如是と一なり。開合の異なり〉 「夫れ、一心に十法界を具す。一法界にまた十法界を具すれば、百法界なり。一界に三十種の世間を具すれば、百法界には…
本日、「報恩抄」の音読を完了しました。続いて「報恩抄送文」も音読しました。 「観心本尊抄」「法華取要抄」「立正安国論」「開目抄」「撰時抄」「報恩抄」と音読し、五大部と「法華取要抄」とを合わせた六大部の音読を終えたことで一つの区切りとしたいと思います。 明日からは、「観心本尊抄」の毎朝2ページの音読をはじめたいと考えています。見開きごと読んでいくということですね。 「報恩抄送文」を読んでみま…
いつもYoutubeの動画で楽しませてもらっている五分目悟さんが本を出されたということで、本日、予約しました。 特典として「オリジナル描き下ろしミニ漫画」がデータ配信されるようです。 本の発売日は、令和6年8月6日です。予約したのは、五分目悟さんの動画が気に入っているからですね。クオリティが高いことは間違いなく、じわじわと楽しみたいと考えています。
毎朝の御書1ページ音読を続けておりますが、「報恩抄」の次の一節に関し、意味が通らないのではと思い、いろいろと調べてみました。 まずは、『日蓮大聖人御書全集』新版で、その箇所を確認してみましょう。 愚者と愚者との唱うる功徳は天地雲泥なり。 『日蓮大聖人御書全集』新版 255頁(報恩抄) …
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創価学会は、『仏教哲学大辞典』という辞典を編纂しており、最初に発行されたものは第1巻から第5巻にわたる大部な書となっています。1964年から1969年にかけて発行されており、大事業であったことが窺えます。 その第4巻に「創価学会」の項目があります。その一部分を見てみましょう。 創価学会は、日蓮大…
日蓮仏法を信仰していく中で、法華経、御書を研鑚することになりますが、法華経もそれなりの分量であり、御書に至ってはなかなかの大部であり、通し読みにも時間がかかるものです。 日蓮が釈尊の一代聖教の中から法華経を選択したように、我々も、なにがしらの選択が必要に思われるのですね。確かに仏教の経典すべてを学ぶことは好ましいことでしょうが、仏教の専門家でもない庶民である我々にとって、すべてを学ぶことはでき…
問うて曰わく、十界互具の仏語分明なり。しかりといえども、我らが劣心に仏法界を具すること、信を取り難きものなり。 『日蓮大聖人御書全集』新版 128頁(観心本尊抄) 日蓮は、「観心本尊抄」において、質問者に上記の問いを立てさせています。十界互具の理屈は理解できても、自らの劣った心に仏界、…
経に云わく「提婆達多乃至天王如来」等云々。地獄界所具の仏界なり。 『日蓮大聖人御書全集』新版 125頁(観心本尊抄) 地獄界であっても仏界を備えていることを示しています。法華経の提婆達多品からの引用ですね。 「観心本尊抄」の最大のテーマは、衆生に仏界が備わっていること、人間には仏性が…
「観心本尊抄」には、九界に仏界がある文証として方便品の文をあげています。 法華経第一の方便品に云わく「衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」等云々。これ九界所具の仏界なり。 『日蓮大聖人御書全集』新版 125頁(観心本尊抄) 方便・自我偈の勤行において出てこない部分ですね。方便品で読誦す…
問うて曰わく、百界千如と一念三千と差別いかん。 答えて曰わく、百界千如は有情界に限り、一念三千は情・非情に亘る。 『日蓮大聖人御書全集』新版 124頁(観心本尊抄) 「百界千如」は、十界にそれぞれ十界があることから十界互具で百界となり、それに十如是をかけて千如となりますので、当然、…
本日から、毎朝、2ページの「観心本尊抄」の音読をはじめました。 「観心本尊抄」の冒頭は、『摩訶止観』の引用からはじまります。 摩訶止観第五に云わく〈世間と如是と一なり。開合の異なり〉 「夫れ、一心に十法界を具す。一法界にまた十法界を具すれば、百法界なり。一界に三十種の世間を具すれば、百法界には…
本日、「報恩抄」の音読を完了しました。続いて「報恩抄送文」も音読しました。 「観心本尊抄」「法華取要抄」「立正安国論」「開目抄」「撰時抄」「報恩抄」と音読し、五大部と「法華取要抄」とを合わせた六大部の音読を終えたことで一つの区切りとしたいと思います。 明日からは、「観心本尊抄」の毎朝2ページの音読をはじめたいと考えています。見開きごと読んでいくということですね。 「報恩抄送文」を読んでみま…
いつもYoutubeの動画で楽しませてもらっている五分目悟さんが本を出されたということで、本日、予約しました。 特典として「オリジナル描き下ろしミニ漫画」がデータ配信されるようです。 本の発売日は、令和6年8月6日です。予約したのは、五分目悟さんの動画が気に入っているからですね。クオリティが高いことは間違いなく、じわじわと楽しみたいと考えています。
毎朝の御書1ページ音読を続けておりますが、「報恩抄」の次の一節に関し、意味が通らないのではと思い、いろいろと調べてみました。 まずは、『日蓮大聖人御書全集』新版で、その箇所を確認してみましょう。 愚者と愚者との唱うる功徳は天地雲泥なり。 『日蓮大聖人御書全集』新版 255頁(報恩抄) …
毎朝、1ページの御書音読ですが、「報恩抄」に入りました。 題号が「報恩抄」ですから、とにかく恩を報ずればよいと安易に考えてしまいがちですが、日蓮の筆を見ますと、単に恩を報ずればよいという単純な事柄ではないようです。1ページ目から、重要な視点が得られます。 仏法を習い極めんとおもわば、いとまあらず…
毎朝、御書1ページの音読をしていますが、「撰時抄」の音読が終わりました。新版の御書で52ページありますから、52日かかったわけです。「撰時抄」は、御書の中でも長編の御書といってよく、読み通そうと思うと量が多いため気が重い感じがする御書ですが、1日1ページと決めて習慣化すると、あっさり読了したという感覚がするものです。 習慣化すると何事もいずれは終了、完了しますね。いい習慣をたくさん持つことが人…
御書、法華経を大事に考えておりますが、このことは、取りも直さず、言葉を大事にしていることといえましょう。題目の「南無妙法蓮華経」も言葉であり、この「南無妙法蓮華経」という言葉を大事にする心持ちが信仰といえます。 単なる言葉ではないか、と反問する人がいますが、確かに単なる言葉であっても、その言葉を大切にするかしないかで人生が大きく変るものです。やはり、言葉は大事にしなければなりません。 視点を…
開目抄や撰時抄などは、和文で書かれています。よって、文語での助動詞、助詞を把握しておきませんと、意味が取れないのですね。 古語辞典を使いますが、手っ取り早く助動詞、助詞を調べたい場合、やや使いにくいですね。 古典文法をコンパクトにまとめたものがないかと探したところ、『必携 古典文法ハンドブック』という本があり、購入しました。ハンドブックと銘打たれているとおり、片手で収まる新書サイズとなってお…
佐伯祐三の画集の年譜を見ていますと、今から100年前の1924年に、佐伯ははじめてパリに行っていることが分かります。 1924との記載のあとに、(大正13)年との記載があります。100年前は、まだ大正時代だったのですね。大正時代といえば、もう歴史の中での時代という感覚がありますが、ある意味、たった100年前が大正時代であり、令和の時代に生きる我々であっても、大正時代とは、そう遠くない時代である…
毎朝の御書1ページ音読を続けており、現在、「撰時抄」に入っています。和文ですので、所々、助動詞、助詞で意味が取りづらいところがあります。そのようなときは、『現代語訳撰時抄』で現代語訳を確認します。古語辞典等を使って調べるのが本筋ではありますが、朝のそんなに時間がないときの音読ですから、落ち着いて古語辞典を調べる訳にはいかないのですね。そこで『現代語訳撰時抄』で簡単に済ませます。 もちろん、週末…
『日蓮大聖人御書全集』新版が発刊されてから、約2年4ヶ月となりました。発刊されてすぐに「観心本尊抄」を読み、その後、1ページ目からの通し読みをして、読了しますと、ある意味、燃焼し尽くしたといいますか、御書を読もうと思わなくなるのですね。 時折、御書を読むのですが、継続的な読書とならないときがあるものです。時々読むという感じになるわけですね。 せっかく御書の新版が出ているのですから、毎日、御書…
外典・外道等は、仏前の外道は執見あさし。仏後の外道は、仏教をききみて自宗の非をしり、巧みの心出現して仏教を盗み取り自宗に入れて邪見もっともふかし。附仏教・学仏法成等これなり。 『日蓮大聖人御書全集』新版 54頁〜55頁 (開目抄) 「附仏教」とは、仏教を取り入れ、仏教に添って、仏教に基づ…
日蓮は広・略を捨てて肝要を好む。いわゆる、上行菩薩所伝の妙法蓮華経の五字なり。「九方堙が馬を相するの法は玄黄を略して駿逸を取り、支道林が経を講ずるには細科を捨てて元意を取る」等云々。 『日蓮大聖人御書全集』新版 156頁 (法華取要抄) ここで「支道林」という学僧が出てきますが、中国東晋…
本日は、元旦であり、初日の出の日です。今後は、旭日昇天の勢いでありたいですね。旭日を連想させる御文を拝しましょうか。 天晴れぬれば地明らかなり。法華を識る者は世法を得べきか。 『日蓮大聖人御書全集』新版 146頁 (如来滅後五五百歳始観心本尊抄(観心本尊抄)) 太陽が昇れば、大地は明るく…
かしこきも、はかなきも、老いたるも、若きも、定め無き習いなり。されば、まず臨終のことを習って後に他事を習うべし 『日蓮大聖人御書全集』新版 2101頁(妙法尼御前御返事(臨終一大事の事)) 賢明な人間も、思慮分別がない人間も、老人も、若人も、どうなるか、いつ死ぬかは分かりません。それ故に…
『ジーニアス英和辞典』第6版で「only」を調べて、用例を見ていますと、大谷翔平選手の名前が出てきました。And now, the one and only Shohei Ohtani! さあみなさん, 正真正銘の大谷翔平さんです《◆登場の場面で用いる》. 『ジーニアス英和辞典』第6版 1451頁 『ジーニアス英和辞典』第6…
本書の読者、そして英語を生業としない日本人にお勧めしたいのは、もう一方の道である。すなわち、基礎的な英語だけは身につけておいて、あとは自分の得意分野に専心するという生き方である。 斎藤兆史『日本人に一番合った英語学習法』祥伝社 177頁 以前は、『総合英語One』の例文を「基礎的な英…
物盛んなればすなわち必ず衰え �驍�ればまた替あり 速成は堅牢ならず すみやかに走れば顚躓多し 灼灼たる園中の花 はやく発きてまたまず萎む 遅遅たる澗畔の松 鬱鬱として晩翠を含む 賦命は疾徐あり 青雲は力めて致し難し 語を寄せて諸郎に謝す 躍進は徒為のみと 『蒙求・小学 (中国の古典)』…
えまれぬことなりとも、えませ給え。 『日蓮大聖人御書全集』新版 1952頁 (河合殿御返事) 仕事をしている場合、通常は、笑顔でいられない状態であることが多いものです。嫌な人との関わりがあったりしますし、忙しすぎるという場合もあります。余裕がなくなり、顔が険しくなってくるのですね。当然、…
人間の幸せに必要な基礎的な事柄は、「睡眠」、「食事」、「運動」です。これらを外して幸せになることは不可能ですね。 この中で「食事」について、御書を拝してみましょう。 食には三つの徳あり。一には命をつぎ、二にはいろをまし、三には力をそう。人に物をほどこせば、我が身のたすけとなる。 譬えば、人の…
人は、インスタントにすぐに結果を求めがちですが、その結果が大したことがなく、すぐに陳腐になり、使い物にならない場合が多いのではないでしょうか。 やけに急ぎますが、そんなに急いで出来上がったものが長持ちすることはなく、いわば、安物買いの銭失いに似た状態になるだけでしょう。 中国の古典に学びながら、どのように行動すればよいのか、考えてみましょう。
人にたまたまあわせ給うならば、むかいくさきことなりとも、向かわせ給うべし。えまれぬことなりとも、えませ給え。かまえてかまえて、この御おんかぼらせ給いて、近くは百日、とおくは三ねんつつがなくば、みうちはしずまり候べし。それより内になに事もあるならば、きたらぬ果報なりけりと、人のわらわんはずかしさよ…
「少欲知足」という言葉は、御書において、以下の通り、2カ所出てきます。 ただ正直にして少欲知足たらん僧こそ真実の僧なるべけれ。 『日蓮大聖人御書全集』新版 1434頁 (曽谷殿御返事(成仏用心抄)) よき師とは、さしたる世間の失無くして、いささかのへつらうことなく、少欲知足にして慈悲有らん僧の、経文に…
「三類の強敵」とは、俗衆増上慢、道門増上慢、僭聖増上慢のことですが、「唱法華題目抄」において、法華経の文と妙楽大師の法華文句記巻八の四の文とを出して、まとめてくれています。御書を読めば、「三類の強敵」が文証付きで理解できるのですね。御書新版では、8頁から9頁にかけて記載されています。 「悪知識」とは、簡単に言うと、人を不幸に陥れる人間のことですが、「唱法華題目抄」では、涅槃経の文、章安大師の言葉…
妙楽大師、「五十展転」の人を釈して云わく「恐らくは、人謬って解せる者、初心の功徳の大なることを測らずして、功を上位に推り、この初心を蔑る。故に、今、彼の行浅く功深きことを示して、もって経力を顕す」文。文の心は、謬って法華経を説かん人の、この経は利智精進・上根上智の人のためといわんことを、仏おそれて…
つらつら微管を傾け、いささか経文を披きたるに、世皆正に背き、人ことごとく悪に帰す。故に、善神は国を捨てて相去り、聖人は所を辞して還りたまわず。ここをもって、魔来り、鬼来り、災起こり、難起こる。 『日蓮大聖人御書全集』新版 25頁 (立正安国論) 仏教の正しい法に背き、悪道に陥ると、善神…
『孟子』離婁章句下に、以下の言葉があります。 孟子曰く、大人は言必ずしも信ならず。行い必ずしも果ならず。惟だ義の在る所のままなり。 孟子がこう言った。 「萬人に勝れた人(大人)は、必ずしも言行一致するとは限らない。 どうかすると、人との約束も実行しない場合がある。 事情が変って、先約を実行しない…
All of us are “experts” on other people and see them much more clearly than they see themselves. To make the boss effective is therefore usually fairly easy. But it requires focus on his strengths and on what he can do. It requires building on strength to make weaknesses irrelevant. Few things m…
The adaptation needed to think through the strengths of the boss and to try to make them productive always affects the “how” rather than the “what.” It concerns the order in which different areas, all of them relevant, are presented, rather than what is important or right. Drucker, Peter F.. …
It is generally a waste of time to talk to a reader. He only listens after he has read. It is equally a waste of time to submit a voluminous report to a listener. He can only grasp what it is all about through the spoken word. Drucker, Peter F.. The Effective Executive (Harperbusiness Essentials)…
この経一部八巻二十八品六万九千三百八十四字、一々に皆妙の一字を備えて三十二相八十種好の仏陀なり。 『日蓮大聖人御書全集』新版 82頁 (開目抄) この経とは、法華経のことですが、法華経の文字が69384文字あるということです。この法華経の文字をすべて写し取るにはどれぐらいの時間がかかる…
かりそめにも法華経を信じていささかも謗を生ぜざらん人は、余の悪にひかれて悪道に堕つべしとはおぼえず。ただし、悪知識と申して、わずかに権教を知れる人智者の由をして法華経を我らが機に叶い難き由を和らげ申さんを、誠と思って、法華経を随喜せし心を打ち捨て余教へうつりはてて、一生さて法華経へ帰り入らざらん人…
西條八十の「ぼくの帽子」を『名作童謡 西條八十100選』で読みますと、現代仮名遣いとなっています。 また、『西條八十全集』第六巻で読みますと歴史的仮名遣いですが、漢字は旧字体ではありません。 発表当時の表記で読んでみたいと思っておりましたが、「ぼくの帽子」が発表された「コドモノクニ」の発行は、1922年(大正11年)2月1日であり、その「コドモノクニ」が手に入る見込みはなく、どうしたものかと…