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く〜にゃん
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奈良市
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戸畑区
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2012/02/11

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  • <松伯美術館> 「未来につなぐ日本画展」

    【公募展優秀賞受賞作家の現在(いま)Ⅰ】松伯美術館(奈良市登美が丘2丁目)で「未来につなぐ日本画展」が開かれている。副題に「公募展優秀賞受賞作家の現在(いま)Ⅰ」。この美術館では日本画の普及と若手作家の育成を目的に、開館以来ジャンルを花鳥画に絞った公募展「花鳥画展」を23回にわたって開催してきた。さらに2016年からは隔年でジャンルを問わない「松伯日本画展」も開いてきた。ところが新型コロナ感染症の拡大で、今年度も含め3年連続公募展の中止を余儀なくされた。そんな中で企画したのがこの「未来につなぐ日本画展」。公募展の歩みを振り返りながら受賞者の制作を支援しようという試みだ。昨年度の大賞受賞作家の作品展に続いて、今年度と来年度は優秀賞受賞作家を取り上げ2回に分けて近年の作品を紹介する。今展の会期は3月12日まで...<松伯美術館>「未来につなぐ日本画展」

  • <アンビリバボー> なに、これ? 巨大ナメクジ?

    【ヤンバルヤマナメクジか6年前に沖縄で】2月24日の日経新聞朝刊「絶景で神頼み」に沖縄の斎場御嶽(せーふぁうたき)が掲載されていた。参道奥の巨岩がもたれかかった三庫理(さんぐーい)の大きな写真とともに。6年前に訪ねた懐かしい場所だ。久しぶりにパソコンで当時の写真を見返すうち、撮ったのもすっかり忘れていたこの巨大ナメクジのような画面が目に飛び込んできた。撮ったのは2016年10月6日、沖縄島中部の亜熱帯の森「ビオスの丘」(うるま市)を訪ねたとき。同伴の3人の仲間と共に「湖水観賞舟」に乗ってジャングルクルーズを楽しんだ。水辺の草花や野鳥のさえずり、水浴びする水牛など亜熱帯の雰囲気を堪能して船着場で下船。その直後、木製ベンチの端にこれまで見たことのない物体が張り付いていることに気づいた。胴体が薄茶色で太く、背中...<アンビリバボー>なに、これ?巨大ナメクジ?

  • <大和郡山盆梅展> 丹精込めた花梅約120鉢

    【七分咲き、3月12日まで】春の訪れを一足早く告げる盆梅展が各地で開かれている。関西で最も有名なのが滋賀県長浜市の盆梅展。訪ねたのは随分前だが、今でも初めて盆梅を目にしたときの情景、見事な古木の枝ぶりが目に浮かぶ。奈良県大和郡山市の盆梅展は長浜が今年で72回目なのに対し、まだ20回目と歴史は浅い。だけど今ではすっかり大和路の春の風物詩として定着、連日多くの見物客でにぎわっている。大和郡山盆梅展の会場は郡山城跡の追手門・追手向櫓・多聞櫓(写真)。郡山城跡は「続日本100名城」の一つで、昨年11月には国の史跡にも指定された。主催は大和郡山盆梅展実行委員会(速見俊雄会長)。会場には愛好者が丹精込めて育てた花梅約120鉢がずらりと並ぶ。靴を脱いで櫓の建物内に入ると、花の甘い香りがマスク越しでも分かるほど漂っていた...<大和郡山盆梅展>丹精込めた花梅約120鉢

  • <奈良市写真美術館> 「入江泰吉 万葉大和路とみほとけ」展

    【没後30年記念、未発表の仏像写真を含む81点】奈良市写真美術館(高畑町)で「没後30年記念入江泰吉万葉大和路とみほとけ」展が始まった(3月26日まで)。写真家入江泰吉は戦後ほぼ半世紀にわたって奈良の風物を撮り続けた。この美術館はその入江の作品を広く紹介するため1992年4月に開館した。そのため正式名にも奈良市の前に「入江泰吉記念」と付く。ところが美術館が開館する直前、入江は92年1月16日86年の生涯を閉じた。(写真は晩年の入江泰吉)今展での展示作品は大和路の風景や万葉集に詠まれた草花、仏像など合わせて81点。そのうち仏像写真は28点で、戦後まもない1940年代から50年代にかけガラス乾板で撮った未発表作品も多く含まれる。<みほとけ>の展示会場には入江が愛用したカメラ「リンホフスーパーテヒニカ4×5in...<奈良市写真美術館>「入江泰吉万葉大和路とみほとけ」展

  • <奈良大学博物館> 「古写真のなかの奈良」展

    【北村信昭コレクションのガラス乾板写真】奈良大学博物館で「古写真のなかの奈良」展が開かれている(3月20日まで)。副題に「奈良大学図書館所蔵北村信昭コレクションのガラス乾板写真」。北村信昭(1906~99)は明治時代に奈良市の猿沢池畔で「北村写真館」を開業した北村太一(1856~1911年)の孫に当たり、写真や文筆、民俗学など多方面で活躍した。太一は近代写真の草分け的存在といわれる。長州(山口)に生まれ、東京で写真技術を学んで写真撮影のため訪れた古都奈良の情景に魅せられ永住した。この写真展は明治~昭和初期の寺社や奈良公園周辺の風景など23枚の写真パネルで構成する。太一が撮影したものが18枚を占め、そのうち12枚は大型ガラス乾板で撮影されデジタル処理して引き伸ばした。これに信昭撮影分3枚と撮影者不明2枚が加...<奈良大学博物館>「古写真のなかの奈良」展

  • <橿考研付属博物館> 特別陳列「豪族と渡来人―高取の古墳文化」

    【薩摩遺跡から市尾墓山・宮塚、与楽、束明神古墳まで】奈良県立橿原考古学研究所付属博物館(橿原市)で、特別陳列「豪族と渡来人―高取の古墳文化」が始まった。奈良盆地の東南部に位置する高取町には約800基の古墳があり、〝古墳密度〟は隣の明日香村を凌ぎ県内1位といわれる。昨秋、高取を代表する2つの前方後円墳、市尾墓山古墳と市尾宮塚古墳を初めて訪ねた。このブログでも取り上げた(10月11日)が、その4カ月後にまさか高取の古墳に焦点を当てた特別展が開かれようとは……。会期は3月21日まで。館内に入ると、展示会場入り口手前で市尾墓山古墳、与楽(ようらく)カンジョ古墳など4カ所の横穴式石室・石槨の360度回転映像が流れていた。会場では弥生時代後期~古墳時代前期(2-3世紀)の薩摩遺跡から始まって、古墳時代終末期(7世紀末...<橿考研付属博物館>特別陳列「豪族と渡来人―高取の古墳文化」

  • <なら歴史芸術文化村㊦> 地域展「物部氏の古墳 石上・豊田古墳群と別所古墳群」

    【「発掘された日本列島2022」展と同時開催中】奈良県天理市の布留遺跡は古代の有力氏族、物部氏の拠点だった可能性が高いといわれる。その遺跡の北側に広がるのが石上(いそのかみ)・豊田古墳群と別所古墳群。それらの古墳群のこれまでの発掘調査の成果を一堂に紹介する地域展「物部氏の古墳石上・豊田古墳群と別所古墳群」が、「発掘された日本列島2022」展開催中の「なら歴史芸術文化村」で同時に開かれている。文化村と天理市教育委員会の共催。石上・豊田古墳群と別所古墳群は合わせて270基を超える古墳を擁する群集墳。6世紀を中心に大型の前方後円墳や中小規模の円墳が相次いで築かれた。そのうち石上大塚古墳やウワナリ塚古墳、別所大塚古墳は全長が100mを超える。6世紀末に前方後円墳の造営が終わった後も、ハミ塚古墳や豊田トンド山古墳と...<なら歴史芸術文化村㊦>地域展「物部氏の古墳石上・豊田古墳群と別所古墳群」

  • <なら歴史芸術文化村㊤> 「発掘された日本列島2022」展

    【全国各地の33遺跡約520点の出土品を展示】国内でこれまでに確認された遺跡は約47万カ所に上り、毎年約8000件の発掘調査が行われているという。文化庁は発掘の成果を公開するため1995年度から「発掘された日本列島」展を開いてきた。今年度の「発掘された日本列島2022」展は昨年6月の埼玉県さいたま市を皮切りに北海道伊達市、宮城県石巻市、宮崎市と巡回し、現在は最終地の奈良県天理市「なら歴史芸術文化村」で開催中(2月12日まで)。「新発見考古速報」と昨年度から始まった「我がまちが誇る遺跡」の2本立てで、合わせて33遺跡約520点の出土品を展示している。「新発見考古速報」で取り上げた遺跡は旧石器時代から縄文・弥生・古墳時代、さらに古代・中世・近代まで全国の14遺跡。「史跡取掛西(とりかけにし)貝塚」(千葉県船橋...<なら歴史芸術文化村㊤>「発掘された日本列島2022」展

  • <なら工芸館> 「黒川和江 御所人形六十年の軌跡」展

    【裸姿の愛らしい人形や和紙の衣裳をまとった雛人形など60点】人形作家として関西を中心に長く活躍した黒川和江さんの作品展が「なら工芸館」(奈良市阿字万字町)で始まった。「黒川和江御所人形六十年の軌跡」展(2月26日まで)。黒川さんは20代後半から人形作りに没頭し、日本伝統工芸展などで受賞を重ねた。後に同展の鑑査委員や日本工芸会近畿支部人形部会長、奈良県美術展覧会審査員なども務め、伝統工芸の継承・発展に尽くしてきた。今展は奈良県下で開く初の個展。ところが残念なことに2022年10月に逝去されたということで、生前を偲ぶ回顧展となった。黒川さんは1932年広島県生まれ。60年に京都の人形作家、面屋庄三氏(十三世面庄)に師事し、その後、人間国宝(重要無形文化財保持者)の桐塑人形師、林駒夫氏に入門して技を磨いた。19...<なら工芸館>「黒川和江御所人形六十年の軌跡」展

  • <キャット> 庭を訪ねてくれたネコたち

    【飼い猫?野良猫?黒・白・茶トラ・キジトラ…】新型コロナ騒ぎもあって在宅時間が長くなったせいか、庭を眺める時間も長くなった。すると、野鳥たちとともに庭にやって来る猫も多いことに気づいた。全身真っ黒のネコは最初「シャー」と威嚇してきたが、次第に懐いていつの間にかじゃれ付くように。茶トラ模様の猫もたびたび庭に姿を見せた。が、やがて2匹とも突然姿を消した。飼い猫だったのか?猫にはそれまであまり関心がなかった。しかし最近「ペットロス」という喪失感が少し分かるような気がしてきた。黒猫は最初にやって来たとき、まだ生後半年か1年だったかもしれない。体が少し小さめだったような気がする。2週間ほどは近づくと「シャー」と怖い顔を向けてきた。だがペットフードをあげるうち敵じゃないと分かってくれたようだ。そのうち庭にいる時間も長...<キャット>庭を訪ねてくれたネコたち

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