哲学するフォトグラファーの日常つれづれの記、おでんのだしのようにたくさんの旨みをこめて
自称「哲学的フォトグラファー」ですが、ヘタさを、キャプションでかっこつけて、ごまかしてるだけ。哲学的というのは深い意味はないのですが、お寺のそばで育ったせいか、妙に仏教には哲学的に親近感を覚えます。人間は宗教心が大事だと思っている一人です。 リンクはご自由にどうぞ、こちらからも訪問します
苦の正体はいったい何か では、その「苦」というものはどういうものなのでしょうか、一つ一つ揚げていきましょう。ところで、ここで言う「苦」は、つらいとか、そう...
タイやミャンマーの仏教と、日本の仏教の違いはなぜあるのか 世界の中で仏教を信仰している国は、東アジアと東南アジアが中心でございます。ところが、同じ仏教...
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