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照井正邦
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大田区
出身
藤沢市
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2009/11/14

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  • 「私ではない誰か」73(アクリル画)

    「私ではない誰か」73(アクリル画、158×227mm)「私ではない誰か」73(アクリル画)

  • 「教室」チンドン屋が来たと窓をあけたが、それでは他の先生の気がすまなかった(アクリル画)

    「教室」チンドン屋が来たと窓をあけたが、それでは他の先生の気がすまなかった「教室」チンドン屋が来たと窓をあけたが、それでは他の先生の気がすまなかった(アクリル画)

  • 「空間のオブジェ」24(アクリル画)

    「空間のオブジェ」24(アクリル画、158×227mm)「空間のオブジェ」24(アクリル画)

  • ローライズ2(似顔絵)

    ローライズ2ローライズ2(似顔絵)

  • ローライズ(似顔絵)

    ローライズローライズ(似顔絵)

  • 「空間のオブジェ」23(アクリル画)

    「空間のオブジェ」23(アクリル画158×227mm)「空間のオブジェ」23(アクリル画)

  • 彩度のある黒(似顔絵)

    似顔絵教室で、なぜだか講師である私に教えようとしてやってこられる受講生がいました。おそらく、言葉が会話になっていないので、「よい会話」ができるようにだと思われます。けれど、その前に「絵の言葉」の壁があります。彩度のある黒。絵ではなく、色を先に勉強した方なら、無彩色には彩度がないのでありえないのかもしれませんが、絵ではよく使います。彩度のある灰色、冷たい赤、熱い青もしかり。「会話」というものが、よい手紙を書くためのものが大半なので、それを優先させると絵が描けなくなってしまう話法もあるようです。たどたどしい言葉で、絵の道を歩んでいきたいと思っています。彩度のある黒(似顔絵)

  • 同じ色の調和した作品と壊滅的作品(似顔絵)

    フォービスムのような調和した私の人物画が高い評価されたあと、友だちが同じ色を用い描いたら「色が壊滅的だから、学科のほうを頑張れ」と言われてしまった。同じ色を用いたとしても、同じにはならない。歌でも、「語り」で歌おうとしたら、オンチと笑われ、「音取り」を練習させられ続けたり。身につける順序にこだわる先生は、意外と多い。同じ色の調和した作品と壊滅的作品(似顔絵)

  • ふざけた代償(似顔絵)

    ふざけた代償。デッサン教室で、現役時代にふざけた絵を描いてしまった。それ以来、最下位をばく進。そからというもの、藝大のアルバイト講師が必至に上位に貼ろうとする。「なんでこれできてるのに、主任は選ばないのかなぁ」最初にふざけた絵を描いたからです。似顔絵での「キメツケ」はカンフル剤になるが、キメツケられると取り返しがつかない。ふざけた代償は大きい。ふざけた代償(似顔絵)

  • 「空間のオブジェ」22(アクリル画)

    空間のオブジェ(アクリル画158×227mm)仮題を、「空間のオブジェ」に。人と人とのコミュニケーションを、人間といったりします。物間という言葉はないですが、その間が題材です。「ある、あれ」が重要なことの多い西洋画の方々に、「ない」を伝えるのは困難でした。空間は「ない」のかもしれませんが、オブジェとして描きました。「空間のオブジェ」22(アクリル画)

  • 大事な部分を描いて歌う人(似顔絵)

    大事な部分だけを描き込み続けていると、描く場所がなくなる。「消すことも描くこと」という美術お受験レベルのことを知らない相手だと「大事じゃなかったんかい!!」と叱られてしまうかもしれない。大事な部分を描いて歌う人(似顔絵)

  • 「どーでもよくない」と言わされそう(似顔絵)

    個人的な話です。どーでもいい歌を作ったりしきて、「大人な歌を歌え」と笑われてきましたが、「歌うな」ということになりました。「大事な問題を描いてほしい」というコメントも頂くようになりましたが、どーでもいい歌を歌って、大事なことの絵は、「余白として」少しは描けたかもしれません。「どーでもよくない」と言わされそう(似顔絵)

  • 難しくなってきた「それ以外で浮き彫り画法」(似顔絵)

    その問題以外を描いてきましたが、賛成反対に関わらず、上から塗りつぶされそうです。マチエル(質感)の描き方が分からずに長い間ずっと描いてきましたが、上から塗りつぶされることによって、私自身の作品群がマチエルになっていくのかもしれません。残念です。難しくなってきた「それ以外で浮き彫り画法」(似顔絵)

  • 於竹さん(アクリル画)

    於竹さんをアクリルで描きました。「お竹さんを描いてもらうのが夢なんです」と物語ってくださった方とお会いしたのですが、その方の似顔絵を面相で描くので精一杯でした。「夢は…」「夢とは…」「夢という字は…」などなど色々な仮説や定義などがあるのかもしれませんが、叶わないときが一番幸いなこともあるのかもしれないと思いました。補足:また、意地悪な人を生み出しかねない言い回しになってしまいました。嘘つきと言わせて一人にさせる意図は全くありません。カッコの「さん」は、その方たちだけが愛着を持って使える呼称で、私に描いてほしかったのはさんづけできないものです。添付したアクリル画は、人としての「お竹」を、人間の絵として描く、所謂似顔絵と同じ方向性の作品です。また冗長な口語になってしまいました。於竹さん(アクリル画)

  • 於竹さん(アクリル画)

    於竹さんをアクリルで描きました。「お竹さんを描いてもらうのが夢なんです」と物語ってくださった方とお会いしたのですが、その方の似顔絵を面相で描くので精一杯でした。「夢は…」「夢とは…」「夢という字は…」などなど色々な仮説や定義などがあるのかもしれませんが、叶わないときが一番幸いなこともあるのかもしれないと思いました。於竹さん(アクリル画)

  • 同じ波形の拡大解釈(医療検査の雑記)

    幼少期、毎年恒例の心電図の検査があり、同じ波形が続いて正常になることを夢見ていた。検査の紙は絵巻物のようにどんどんとその長さが増していくが、同じ波形にならない。その頃から、おそらく遠い目をしていたのかもしれない。疲れやすい体質というより、自分で言うのもなんですがよく生きていると言った感じの時の遠足の返りに、疲労から何かの発作のようになり、担任から「そんなことになることはあり得ない」と放置されたり。親が教員なので、ここで死んだら、その先生は、私の件では大丈夫だろうけど、別件で困ってしまうから強引に、死なない方法を考えねばと、余計なことを考えたり。誰も救ってもらえることがない状態で、アスファルトが柔らかくてあたたかく感じたり、日が射してきて、全体が白くなって輝きだしたときに、「誰も救ってくれないのではなく、すでに救...同じ波形の拡大解釈(医療検査の雑記)

  • 人の批評と絵の批評(絵の雑記)

    「Nが横だとZ。Z世代の姿勢が心配」このような無意識的複合体を意識化たらしめて言語化することを「傷つける」と言うのかもしれません。私の文字言語ではない絵を、言語化して批評して頂くのはもちろん自由であり光栄なのですが、私を傷つけるためだけに、私の絵を用いて批評すると、その意図は全くないのですが、まわりの方々が大笑いし、それが私に対してだったらよいのかもしれませんが、批評した本人への嘲笑になってしまっている場合もあるやもしれません。そんな特異な景色を想像してしまうのは、作品を「私の子供」と比喩する方を知っているためだと思います。描いているときは、絵が私自身であるか、私の子供であるか、ただの作品であるのかが大事なのではなく、描きたいことや描かねばならないことがあるからです。この根本的な問題点の原因は、特定の集団に属す...人の批評と絵の批評(絵の雑記)

  • ホームランがスラム化した跡のスラング(雑記)

    昔、TVゲームで「ラリホー」という呪文があったので、「○○ほー」とメガホーンで眠りたくありませんが、歌は好きですヘイヘイホー。ホームランがスラム化した跡のスラング(雑記)

  • アナログというアプリ(手描き人の雑記)

    「デジタルか、リアルか」というTVメディアから発信される二択の問いかけ。それは、第三の選択「アナログ」という方向性へ向かわせるのではなく、用語を言わせようとしているだけなのではなかろうか?一般人は、アナログと言うと手書きだと思って、その言葉を使ってしまう。アナログもデジタル概念の枠内の一つの用語。「定規を使いたい」と言いたかったところが、「定規アプリを使いたい」ということになりかねない危機感を感じている。結論として、人は定規が使えなくなるが、それを訴えたとしても、デジタル側の言い分としては、「定規が使えない人のためのアプリ」という大義名分がある。私は定規なしには生活ができない。それを電気定規にしょうとする人々は多いだろう。それを否定はしないが、オンラインであるなら、無法遅滞に思える。町内会のルールを作るように取...アナログというアプリ(手描き人の雑記)

  • 計画停電に対する素朴な疑問。(似顔絵)

    計画停電に対する素朴な疑問。計画停電に対する素朴な疑問。(似顔絵)

  • 人流(似顔絵)

    人流人流(似顔絵)

  • 「街人-machibito-」16(アクリル画)

    「街人-machibito-」16(アクリル画、158×227mm)「街人-machibito-」16(アクリル画)

  • 「街人-machibito-」15(アクリル画)

    「街人-machibito-」15(アクリル画、158×227mm)「街人-machibito-」15(アクリル画)

  • 田中卓志(似顔絵)

    盆栽好きとおっしゃっていたのに、TVゲームで真っ先にシュートして点を決めていたので、浮かびました。・小学生のとき、速いことだけを考えて、フロントモーターに加工した最軽量の愛車でコースアウトし、大破したことがあります。事故がおもちゃでよかったです。コースアウトだけしないようなセッティングで生きてきましたが、参加しないという選択肢も考慮するようになりました。田中卓志(似顔絵)

  • 毛筆でドレス(似顔絵)

    毛筆でドレス・毛筆の練習も兼ねて。描き込み過ぎてしまいました。毛筆で白いものを描くのは難しい。インクの色を換えればよいかというと、「紫と認識する色相」が喜ばれたり激昂されたり、「では薄墨で…」と他者から案を出されたりでもしたら、「毛筆の案を出してすみませんでした」となりそう。妄想から戻る文かもしれないので、すみませんで済みそうです。毛筆でドレス(似顔絵)

  • 「想像力のある絵」と「想像力になる絵」(雑記)

    「想像力のある絵」ではなく、「想像力になる絵」が描きたいという気持ちがあります。すべて細密に描き込むと、鑑賞者から想像力のある絵描きとして評価されるかもしれません。一方、鑑賞者の想像力をかき立てる絵ですと、想像力のない方、あるいは作者の想像力や描写力を評価しようとする方にとっては、何も描けていないと酷評されることもあるかもしれません。以前、絵を描く場所がなく、人から見える鏡のある場所で自画像をデッサンしていたとき、画塾の講師のアルバイトしていた同級生から「画塾の講師は、絵が描けない人ばかりだ」と教えられたのですが、今考えてみると観てはいないですが「描きかけの作品」で、その先は生徒が自力で考えて描いてほしかった習作だったのではないか、あるいは抽象画まで進んで、具象は描かないと心に誓った絵描きだったのではないかと想...「想像力のある絵」と「想像力になる絵」(雑記)

  • 世界中の誰よりきっと(似顔絵)

    世界中の誰よりきっと・毛筆での似顔絵依頼があり、練習も兼ねて描いてみました。鉛筆で描いた似顔絵を面相筆で描きました。似顔絵の大先輩に、「下書きはしないように」という助言を頂いたのですが、「似せる」と「描く」の矛盾が解決できないので、守れていません。「下書きではなく、下えがきです」と開き直ることも可能かもしれませんが、もう少し「下書きしないとできない」で練習していきたいと思います。世界中の誰よりきっと(似顔絵)

  • 「街人-machibito-」14(アクリル画)

    「街人-machibito-」14(アクリル画、158×227mm)「街人-machibito-」14(アクリル画)

  • 「街人-machibito-」13(アクリル画)

    「街人-machibito-」13(アクリル画、158×227mm)「街人-machibito-」13(アクリル画)

  • Z世代と揶揄する「歩クフィクション」世代(似顔絵)

    宇宙(そら)へ向かって手を振るまではいかないですが、地に足をつけて散歩しています。翼(ファンネル)を付けたり、アリエールになって白くなる予定も全くありません。少し、歩いている途中で走る練習もしています。歩くことへのワンセンテンス的なコンセプトは特にありませんが、グローバルな立体的図形の頂点群の一つの角にならぬよう、座標点にならぬようにしています。たかが似顔絵、されど似顔絵、それでも似顔絵、一周まわってたかが似顔絵。「されど」の方々には迷惑をおかけしているかもしれません。Z世代と揶揄する「歩クフィクション」世代(似顔絵)

  • 「街人-machibito-」12(アクリル画)

    「街人-machibito-」12(アクリル画、158×227mm)「街人-machibito-」12(アクリル画)

  • 泉里香(似顔絵)

    泉里香さんの似顔絵を描いてみました。全身はもちろん、実際にどういう顔なのか全く分からない方なので、写真でみたときの似て見えるポイントを誇張して描きました。モデルさんの顔の特徴ではなく、写真を美化修正する、レタッチャーさんのオリジナルな癖かもしれないので、似ていたらごめんなさい。泉里香(似顔絵)

  • 泉里香(似顔絵)

    泉里香さんの似顔絵を描いてみました。泉里香(似顔絵)

  • 「彩度のある黒」と嘘がつけていたなら。(似顔絵雑記)

    「彩度のある黒」という嘘がつけていたなら。色を言葉として覚えている方がいらっしゃいます。似顔絵教室で、「髪の毛を紫にしてみたら」とアドバイスしたら、「嫌です」ときっぱり断られてしまいました。確かに現実では、私は白髪も少し目立ちはじめてきましたが髪の毛を染めた経験はありません…なんてことを話したかったのではなく、黒を彩度のある色味で描いてほしかっただけです。色の響きを学んでほしいとき、色の名前を言うと、ことごとく断られてしまうので、色を断念しモノクロで教えています。言葉としての色を教えようとされる人生の先輩の生徒さんがときたまいらっしゃるのですが、「LGBTです」と嘘をつきたくなってしまいます。「彩度のある黒」と鉛筆デッサンでは普通に言えますが、彩色ではなかなか言えません。「彩度のある黒」と嘘がつけていたなら。(似顔絵雑記)

  • フィギュアスケートで客席のほうが気になる(似顔絵)

    フィギュアスケートの似顔絵。様々なポリシーというものはあると思いますが、マークの比率というものが気になってしまいます。亀倉氏のはそれは巨大だったわけで、何でもありなのかもしれませんが、「フィギュアで」というのは皮肉な感じがします。フィギュアスケートで客席のほうが気になる(似顔絵)

  • 動く(アクリル画)

    「動く」(アクリル画、158×227mm)動く(アクリル画)

  • フィギュアスケート春(似顔絵)

    フィギュアスケート春フィギュアスケート春(似顔絵)

  • 「展示」21(アクリル画)

    「展示」21(アクリル画、158×227mm)「展示」は、仮のタイトルなのですが、「無題」とする案もあります。「展示」21(アクリル画)

  • 明るすぎるモニター(雑記)

    蛍光灯の寿命がもうそろそろなので、急に消えたりします。妄想をあえて膨らますと、ポルターガイストのように思えますが、西洋のそういった物語は、妖怪、妖、怪のたぐいではなく、実名のある幽霊が多いので、その過去の畏怖の念を感じるストーリーとの接点をなくしてしまうのが課題なのかもしれませんね。仮に人為的なものであるなら、何かしらの自然を大事に生きている人が、ヒューマニズムにまで落とされ、ごく内側の人々のために和をなし、結果的に外部を人間との相違のコントラストを強め、「個人的傲慢さ」と感じる者へ愚かな制裁へと、「集団的傲慢さ」をもって、国よりも強いと思い込み突き進むのかもしれません。(三人以上が集団で話し合うと、総意となるそうです、パンポンピン)あまりに人間的な協調行動が、自然の畏怖を忘れさせ、人的な恐怖にすりかえられたと...明るすぎるモニター(雑記)

  • 「街人-machibito-」11(アクリル画)

    「街人-machibito-」11(アクリル画、158×227mm)「街人-machibito-」11(アクリル画)

  • 「街人-machibito-」10(アクリル画)

    「街人-machibito-」10(アクリル画、158×227mm)「街人-machibito-」10(アクリル画)

  • 紙と鉛筆がない(雑記)

    筆記具を取り扱わないコンビニがでてきました。描くための道具が手に入らないという不安。紙と鉛筆の重要さに気付かされ、描く技術以前の、絵が描ける環境が継続できるように、私の場合は「似顔絵教室」しかありませんが、なんとか少しでも粘っていきたいと考えています。紙と鉛筆がない(雑記)

  • 「街人-machibito-」9(アクリル画)

    「街人-machibito-」9(アクリル画、158×227mm)「街人-machibito-」9(アクリル画)

  • 展示20(アクリル画)

    展示20(アクリル画、158×227mm)展示20(アクリル画)

  • DENDEN(似顔絵)

    DENDENDENDEN(似顔絵)

  • 東京都出身(似顔絵)

    コロナ対策にそった上での似顔絵を描いてみたら、ものすごくおかしな雰囲気になってしまいました。東京都出身(似顔絵)

  • 東京都出身(似顔絵)

    COVID19対策への疑問。遊ぶや楽しむことが「複数人で」ということが前提になってローカルなマナーのなかで、そのマナーがルール化されてしまっているのではと心配になってしまいます。一人で食べるのは「会食」ではないはず。会食している方たちが、つばを飛ばしながら注意するのが正義で、それに答えてしまうと会食ならぬ、「対食」になると、悪になってしまう。お店へ行くのが怖い。孤食を楽しんでいる人は、会食されていた方の迷惑にならないように、「行かない」という手段をとっているとすると、この国の経営が苦しくなっているのもうなずけます。ちなみに、個人的な話ですが、スマホを持っておらず、携帯電話も持ち歩かないので、デジタルアプリ上で透明人間になっているかもしれません。東京都出身(似顔絵)

  • 「習作」人物画(アクリル画)

    習作です。習作でしか人物画が描けなくなるような空気を感じています。けれど、「現実ではなく絵である」ということで、そういった空気でも描けるように思えます。本画では、絵であっても人物が表現できない世界になるのであれば、人物以外になるかもしれませんが、それをカモフラージュと受け止められれば、その絵も表現できなくなるでしょう。賢明な方法としては、人物以外のモチーフから、視覚的だけではない人というものを描くという案が浮かびますが、最終的に見せられなくなるのは同じなので、人物を描きつつ、描くのが難しくなっていく道を歩きながら、絵を向上させていこうと考えています。「習作」人物画(アクリル画)

  • 「習作」人物画(アクリル画)

    人物画の習作。中学生のとき私の絵を見た方から「膝の関節が細すぎる」と言われたことがあります。美術史を勉強していなかったので反論できませんでしたが、反論する必要もなかったことにこの歳で気付き、何も言わなくてよかったです。「習作」人物画(アクリル画)

  • 川口春奈(似顔絵)

    川口春奈さんの似顔絵を描いてみました。川口春奈(似顔絵)

  • カルゴン先生(似顔絵)

    「カルゴン先生!」カルゴン先生(似顔絵)

  • 松田聖子(ディスタンスな似顔絵)

    モデルへの距離が近くなりすぎ、ファンアートよりになってしまっていることを反省し、ディスタンスな似顔絵を描いてみました。松田聖子(ディスタンスな似顔絵)

  • 「街人-machibito-」8(アクリル画)

    「街人-machibito-」8(アクリル画、158×227mm)「街人-machibito-」8(アクリル画)

  • 「街人-machibito-」7(アクリル画)

    「街人-machibito-」7(アクリル画、158×227mm)「街人-machibito-」7(アクリル画)

  • マーキュリーが飛んでる。(似顔絵)

    マーキュリーが飛んでる。マーキュリーが飛んでる。(似顔絵)

  • 開店ルラララ(似顔絵)

    開店ルラララ開店ルラララ(似顔絵)

  • 「街人-machibito-」6(アクリル画)

    「街人-machibito-」6(アクリル画、158×227mm)「街人-machibito-」6(アクリル画)

  • 「街人-machibito-」シリーズ(アクリル画)

    「街人-machibito-」シリーズです。ユトリロのような縦長の風景画を描きたかったのですが、風景や海景を描いたことがあまりないので、無謀だと判断し、景色を感じる人物画を描く案が浮かびました。マグリットのようなシュルレアリスムにも見えるかもしれませんが、無意識ではなく、あるいは無意識を意識下して描いています。議題が決まっている会議や、少人数の話し合い、似顔絵を描くときの目鼻口の位置の似せ方など、何かしらの輪郭の内側を集中してみるだけになりがちな世界に危機感をもっています。私自身も、額の外を想像するのが難しく、等しい問題を抱えていることを自覚していますが、作品のなかで全体を、大雑把でもよいので見てもらいたいという欲求があります。そのものの見方は、主軸になるものが何も描いていないように映るかもしれませんが、見る人...「街人-machibito-」シリーズ(アクリル画)

  • モノの陰影から、光そして空間へ(お絵描き雑記)

    若かりし頃、石膏デッサンを続けているとき、自分の限界に気付いたときがありました。そのとき、石膏像そのものを描くだけではなく、それを取り巻く光の重要性に気付きました。それは、人工光であったり、窓からの日差しであったり、日だまりであったり、白く反射する台であったりしたのです。光というと語弊を生みますし、光のない絵もあり得るので「空間」と言っています。浪人を繰り返すうちに、想定デッサンではないときの嫌がられる要所が見えてきてしまって、要領よく描くわけではないですが、自然主義のような素朴な素描になっていきました。けれど、自然主義を突き進んでは、ある意味俗世俗的な絵が描けなくなる心配を持ち、完成させることができなくなっていったのです。そのような心持ちのときに「完成を終着点とするのではなく、柱をあえて一本抜く建物」の話に出...モノの陰影から、光そして空間へ(お絵描き雑記)

  • 「習作」ラボルト(デッサン)

    習作です。形が正確に取りづらくなってきました。「形が合ってるところだけしか良いところがない」予備校生時代もありましたが、形以外の余計なことを追求してきて、今は助かっています。「習作」ラボルト(デッサン)

  • 「習作」ラボルト(デッサン)

    習作。ラボルトを鉛筆で描いてみました。A4(297×210mm)サイズに描いたのですが、何故かスキャンデータが211mmになってしまいます。有名な教本のなかに、偏平されたようなデッサンがあったのですが、それと同じようにやられているのかも。縦横比を規定するタグもあるので、歪ませるのもhtmlの管理者等の自由と言えばそうなのでしょうけれど。愚痴になってしまいました。「習作」ラボルト(デッサン)

  • びっくりしたなー、モウ!(似顔絵)

    びっくりしたなー、モウ!びっくりしたなー、モウ!(似顔絵)

  • 「街人-machibito-」5(アクリル画)

    サムホールサイズのアクリル画です。街を人物画として描きました。「街人-machibito-」5、サムホール(158×227mm)「街人-machibito-」5(アクリル画)

  • まつーい(似顔絵)

    「読み書き」だけではなく、「見る描き」もしてほしい。「見る描き」が苦手だから、読み書きをする方も多いと思うので、私のような絵を描く者を危険視するのは当然かもしれませんが、創造する最終成果物は同じかもしれません。否、似て非なるモノ!「分かりあえない苦しさ」と言葉博士に言われると、「感じあえない楽しさ」と絵描きが独り言をさみしげにつぶやく。「絵を観て下さい」とお願いすると、名前を確認してから読み解こうとされてしまう。それは、まずーい。まつーい(似顔絵)

  • 森恵(ヘタウマ似顔絵)

    「ヘタウマなんですけど」と描いたあとの謙遜ではなく、「ヘタウマでお願いします」という場合の、練習も兼ねた似顔絵です。(非営利)森恵(ヘタウマ似顔絵)

  • 「街人-machibito-」4(アクリル画)

    サムホールサイズのアクリル画です。街を人物画として描きました。「街人-machibito-」4、サムホール(158×227mm)「街人-machibito-」4(アクリル画)

  • 「街人-machibito-」3(アクリル画)

    サムホールサイズのアクリル画です。街を人物画として描きました。「街人-machibito-」3、サムホール(158×227mm)「街人-machibito-」3(アクリル画)

  • 「街人-machibito-」2(アクリル画)

    サムホールサイズのアクリル画です。街を人物画として描きました。「街人-machibito-」2サムホール(158×227mm)「街人-machibito-」2(アクリル画)

  • 街人-machibito-(アクリル画)

    サムホールサイズのアクリル画です。街を人物画として描きました。「街人-machibito-」サムホール(158×227mm)街人-machibito-(アクリル画)

  • ダレノガレ明美(似顔絵)

    ダレノガレ明美さんの似顔絵を描いてみました。ダレノガレ明美(似顔絵)

  • 陸と海がわかれていた頃(アクリル画)

    陸と海がわかれていた頃297×210mm陸と海がわかれていた頃(アクリル画)

  • 私ではない誰か72(アクリル画)

    サムホールサイズのアクリル画です。72の案を飛ばして描きました。その案は、73で描くかもしれません。「私ではない誰か」72、サムホール(158×227mm)私ではない誰か72(アクリル画)

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