企業再生経営者、山田修の戦略ブログ。6社で社長を務め再生させた戦略を日々語る。
MBA社長などの異名を取りながら、20年以上にわたりプロフェッショナル経営者として活動してきた。 企業再生や業績回復には、「やり方を変えろ」つまり一にも二にも「戦略の立案とその実践」が必要となる。 経営学的な立場からその要諦を解説する。日々の実践を書き連ねている。
誰も知らない「コニカミノルタの奇跡」…企業消滅の危機乗り越え、超グローバル企業に変身(7)
「立ち位置を変える」というのはマーケティングで「ポジショニング」としてよく使われる概念である。前述の「ジャンルトップ戦略」がなんということはない、ランチェスター戦略だったことと合わせて、この会社の経営陣は戦略用語あるいは知識を知らないのか、あるいはあえて気取った言い方を選んで...
誰も知らない「コニカミノルタの奇跡」…企業消滅の危機乗り越え、超グローバル企業に変身(6)
講演で松崎氏は「業界外の技術進歩により当社のビジネス構造が変革された」と述べたが、それに対する大きな対処は、実は松崎氏以前に始まっていたようだ。 「当社は、ポスト銀塩フィルム、ポスト・カメラ時代の施策として独自路線、すなわち『ジャンルトップ戦略』を採用している」(松崎氏)...
誰も知らない「コニカミノルタの奇跡」…企業消滅の危機乗り越え、超グローバル企業に変身(5)
両社を統合まで追い込んだ新技術はデジタルカメラだった。デジカメの出現、そして普及により銀塩フィルムを使っていた従来型カメラの需要は限りなく減少し、両者のマーケットは壊滅したわけだ。コニカミノルタは、前身2社の主要ビジネスだった銀塩フィルムとカメラの両方から06年に撤退している...
誰も知らない「コニカミノルタの奇跡」…企業消滅の危機乗り越え、超グローバル企業に変身(4)
株式市場の評価も業績の推移とほぼ同様だった。CEO就任直前の09年6月5日の同社の株価はその年の高値、1,077円だった。そして退任直後の14年5月23日には885円と就任時より2割以上下落している。皮肉なことに、松崎氏がCEOを退任すると15年5月29日は1,568円という...
誰も知らない「コニカミノルタの奇跡」…企業消滅の危機乗り越え、超グローバル企業に変身(3)
コニカミノルタでのCEOとしての実績は平板 過日の講演で初めて拝見した松崎氏の印象は、私が想像していたような経営者像とは違った。修羅場を買って出るような、パワフルでエネルギッシュ、脂ぎったような生臭さを感じさせないご容貌であり、お話しぶりだった。 松崎氏が取...
誰も知らない「コニカミノルタの奇跡」…企業消滅の危機乗り越え、超グローバル企業に変身(2)
すると、会社側も8名の取締役候補を立てて瀬戸氏に対抗してきたのである。当時の会社側というのは潮田氏側に近いと目されていて、いわば「体制派」あるいは「守旧派」と解されていた。そのなかに、というか中心的人物として松崎氏が登場したわけだ。 潮田氏は瀬戸氏側の反撃などがあって、...
誰も知らない「コニカミノルタの奇跡」…企業消滅の危機乗り越え、超グローバル企業に変身(1)
コニカミノルタジャパンが所在する浜松町ビルディング (「Wikipedia」より/Lover of Romance) 松崎正年コニカミノルタ取締役会議長は今年6月、LIXILの株主総会が行われる直前に新取締役候補として会社側から推挙された。会社側が選定した候補が取締役会で...
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