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  • オヤジのあくび663

    鈴木鶴子「江藤新平と明治維新」を読む4 西郷隆盛が政府から去ることに、大久保は、なぜ平然としていられたのだろう。お膝元の近衛兵を統括していた元帥は西郷隆盛その人で、実際西郷隆盛が鹿児島に帰ると同時にかなりの兵が帰郷してしまう。しかし、すでに政府は徴兵令を敷いており、戊辰戦争を戦った兵隊に頼らなくても大丈夫になりつつあったのだ。 いよいよ本書も最終盤となり佐賀戦争が語られる。戊辰戦争以前の動きで佐賀藩は薩長両藩に確かに遅れを取った。その挽回なのか、いざ征韓! と、はやり立ち憂国党や征韓党なる集団ができていた。新平が佐賀に赴いたのは、当初これらの集団を鎮撫するためであった。 しかし、これは罠で政府…

  • オヤジのあくび662

    鈴木鶴子「江藤新平と明治維新」を読む3 どの時代にも立場や人間関係を利用して、私腹を肥やす者がいて、最近も政党の不正会計を正す論議が立法府で行われている。江藤新平の時代には、それは薩長閥の要人でありそれにぶら下がる商人たちであった。江藤新平は、司法卿として軍会計と商人の癒着を追求していく。既得権に胡座をかいていた人々が、新平を煙たがったのも無理はない。 明治政府の幹部は、当時下級武士出身者が多かったが、法律をしっかり教育されていないルーズさが露呈している。法治国家とか三権分立とかを前提にした至極真っ当な論議が噛み合わなかったのだろう。 新平が参考にしていた制度は、革命後のフランス民法である。そ…

  • オヤジのあくび661

    鈴木鶴子「江藤新平と明治維新」を読む2 話は江戸城無血開城から。西郷隆盛と勝海舟の会談で決まった史実は有名ですが、その裏側で江藤新平が奔走していた話は、この本で初めて知りました。日本が内戦状態に入れば英仏の思うツボとなることを恐れて走り回ったのでしょう。やがて彰義隊が立て篭もる上野に向けて、本郷加賀藩邸から撃たれたのが佐賀藩のアームストロング砲。その合図で動いた長州兵とともに、勝敗を決する兵器となりました。 さて当時の江戸市民(新平はすでに市民という言葉を使っている)132万人に対して、どのような民政を行うか。いよいよ江藤新平の本領発揮です。官軍は占領軍のような存在ですから、政策が失敗すれば混…

  • オヤジのあくび660

    鈴木鶴子「江藤新平と明治維新」を読む1 江藤新平は著者の大伯父でして、逆賊扱いされてきた新平への思いが著作のエネルギーになったと思われます。 新平は、佐賀弘道館で大木喬任や副島種臣と知り合う。当時の弘道館では、水戸学を取り入れた国学を講じていて、先祖が南朝側であった新平は大いに共感したらしい。やがて新平は義祭同盟という尊王活動に加わる。この同盟の中からは、島義勇、副島種臣、大木喬任、大隈重信など明治政府で活躍する人材が出ているが、藩政に対しては藩主鍋島直正が藩政改革に爆進中でもあり、藩政を改革する勢力とはならなかったようであります。 教授の退任や長崎留学を断るなどして、大木喬任と共に新平は弘道…

  • オヤジのあくび659

    片野ゆか「動物翻訳」を読む2 宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」でアオサギが話題になったが、本職に登場する動物は、アフリカハゲコウ。知らない鳥だったので少し調べると、腐肉を食べる大型鳥らしい。 担当者のミッションは、フリーフライト。つまり大空を自由に飛翔させることだ。鳥が大空を飛ぶのは当たり前の話だけど、それを動物園で実現するとなると、だいぶ勝手が違う。ちゃんと飼育員のところへ戻って来られるようにしなければならないのだ。 恐れていたことは、起きてしまった。動物園のある山口県秋吉台から飛び立った雌鶏のキンが和歌山県の御坊市まで飛んだのだ。これを人間=動物園側の視点ではロストと言うべきだろうが、…

  • オヤジのあくび658

    片野ゆか「動物翻訳」を読む1 プロローグを読むと、変化のない単調な生活を送っていると飽き飽きしてしまうのは、人間も動物園の飼育動物も同じこと。環境エンリッチメントという飼育動物の幸福な暮らしを実現するための方策が模索されるようになったとあります。 はじめに登場するのはお馴染みのペンギン。日本は世界で最も多くペンギンを飼育している国なのだそうだ。ペンギンと言えば南極の氷の世界を思い浮かべるが、フンボルトペンギンは自然豊かな島に営巣している。動物園の中に島の自然を再現しよう=緑のペンギン島!と言う世界初の試みが紹介される。 可愛らしいのは、長野から埼玉へ移送されてきた卵が孵ったエピソード。ヒナの名…

  • オヤジのあくび657

    伊藤亜紗「目の見えない人は世界をどう見ているのか」を読む 本書の始めの方に、ゾウとアリでは時間の感じ方が違う話が出てきます。また客観的な情報が個人によって異なる意味に捉えられることがある話。視覚障害の皆様には、晴眼者には感じられない感覚があるのだとも。第一章空間では、目が見えないからこそ脳にスペースができて、視覚情報への対応に追われている晴眼者とは違う空間把握ができる。例えば見える人が二次元的に、例えば富士山を絵に描いたように認識するのに対して、目が見えない人は三次元的に立体的に捉えると。 実は学校教員をしていた頃、視覚障害の疑似体験としてアイマスクを使ったことがありました。けれど筆者はそれは…

  • オヤジのあくび656

    栗山英樹「栗山ノート2」を読む 「栗山ノートを読んだら、古典を読まなくてもいいね」と先輩から言われたエピソードが登場します。この本の目次には名言・格言が並んでいます。野球監督としての判断が何に支えられていたのか? が垣間見える趣向なのです。少々説法臭いのですが、元々栗山監督は教員養成のための大学出身でして、その辺りも繋がっているのかもしれません。 彼の信条が伺える言葉が刮目相待。栗山流解釈は「選手たちの成長や進歩を信じて前へ進んでいく」です。ボク自身、学校を辞めた後も、別の教室で生徒と接する機会を持ち続けているのですが、肝に銘じたい言葉と感じました。 WBC日本代表監督として、どんな場面で自分…

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