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ねこのじかん https://blog.goo.ne.jp/hbneko/

「ネコ男爵」に関するイラストやストーリーを紹介するブログです。どうぞ宜しく。

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2006/11/18

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    彼らに対する神隠しをおこなうイラスト

  • その37 扉

    「扉」それは、博士が十五歳の時に起きた事件である。当時、丁稚として住み込みで働いていた博士は、就寝前の時間、雑魚寝部屋で自分なりに今日の振り返りをしながら、静かな時間を過ごしていた。一日の終わりに、その日の仕事をひととおり思い返し、自分の行動を整理する。それが、ここでの博士の日課だった。日課を終え、そろそろ寝ようかとしていると、博士の耳に突然、これまで聞いたことがないような大きな爆発音が聞こえてきた。その衝撃は凄まじかった。音だけで身体が吹き飛ばされそうになるくらい強烈であった。やがて、その衝撃音は何かがグネグネとうごめくような重くて鈍い音となり、あたり一面を覆いつくした。災害が発生したのか。博士はそう思った。地震か?爆発事故か?それともまた戦争が始まったのか?重くて奇妙な音は、いつまでも止まる事はなかっ...その37扉

  • その36 予感

    「予感」ちひろは、ヒカルの事をずっと自分の中で反芻している。ヒカルの事は、誰にも言えない。兄にも言えないし、親友のミキちゃんにも言えない。亡くなったヒカルとの関係は、自分ひとりで受け止めるしかない。誰かに話すとヒカルは消えてしまう。ヒカルはそう言うし、ちひろもそうだろうと感じている。この世には、些細な事がきっかけで失われてしまう存在があるのだろうと思う。今の二人の繋がりは、「誰にも言わない。共有しない。」そういう縛りの中でしか存在し得ないものなのだと感じている。「死んでいるのに存在している。」ヒカルと、「亡くなった弟と話ができる。」自分。この不思議な状況はいつまで続くのか分からない。いつ終わってもおかしくない。ちひろとしては少しでも長くこの繋がりを続けたい。親鳥が卵からヒナへ命を守り育てるように、ちひろは...その36予感

  • その35 わたしたち

    「わたしたち」松本先生と中村君の関係は、特殊である。二人の年齢はひと回り以上離れているが、日が経つにつれ、ゆるやかに先生と生徒と言う関係が変容してきている。出会った場所がたまたま学校で、最初の関係が先生と生徒だったというだけである。二人は定期的に会い、それぞれおススメの本を紹介しあう。簡単な本の感想を話す。本屋や図書館で面白い本に出会うとお互いの顔が浮かぶ。それだけであるが、そのような関係を続けていると、おススメの本を通じて、おのおのが持っている固有の個を少しずつ共有し、お互いの個がめいめいの中に浸透して行く手応えがあった。いつの日だったか、松本先生から「先生という呼び方はやめよう。そもそも私は先生じゃなくて司書だし。」と言われてから、中村君は彼女の事を「松本さん」と呼ぶようになった。そして、中村君として...その35わたしたち

  • その34 おかしな事が始まった

    「おかしな事が始まった。」猫橋皇二郎は、「ザ・ワールド」の中にいる。ザ・ワールドは猫橋が開発した超システムであり、止まる事のない永久機関であり、猫橋独自の仮想世界である。自分にとっての心地よさを追求するとこの空間になった。おそらく、猫橋は無意識にここで自分の起源を人工的に再現しているのだろう。消えた過去の名残が猫橋の中にはあるのかもしれない。そこは矛盾した世界だ。過去と未来、夢と現実、相反するものが同時に存在する。そこは魚にとっては水中であり、鳥にとっては空中である。泳ぐ魚の横で、鳥や虫が飛んでいる。猫橋はザ・ワールドの中にいるが、ザ・ワールドは猫橋の一部でもある。ザ・ワールドはいたる所に存在する。それは、我々の目の前に存在している。我々にはそれが見えない。もしくは見えた場合でも見過ごしてしまう。見えてい...その34おかしな事が始まった

  • イラスト

    猫橋皇二郎イラスト

  • その33 未確認飛行物体

    最近、世間ではUFOの目撃情報が多い。世界中で未確認飛行物体が目撃されている。見慣れた風景に異物が紛れ込むと、その違和にギョッとしてしまう。それが何なのかは、分からない。おそらく、この広大な宇宙空間には、地球外生命体は存在するのだろう。無数に存在する銀河の中に、人間より進化した存在がいても、おかしくない。しかし、我々にはそれが地球外のものなのかどうかも分からない。人間には分からない事が多い。実際には、何も分からないと言ってもいいくらいだ。しかし、例えば、赤子はまだ何も知らないのに、いろんな事が分かっているという側面はある。分からない事だらけだからと言って、たじろぐ必要はない。堤君は想像する。想像の中では、身体の制約はない。想像力次第で、隣町も、ブラックホールも、深海も、宇宙の果ても、天国も、地獄も、全ての...その33未確認飛行物体

  • その32 神隠し

    「神隠し」堤君は、ある未解決事件を追っている。それは、約六十年前、堤君が住む町から「人が消えた」事件だ。その時、何人もの人間が泡のように次々と町から消えてしまった。堤君は、この事件で五十七名もの人間が町からいなくなっている事を確認している。事件は解決せぬまま、宙ぶらりんになっている。消えてしまった人間が今もどこかで生きているのか、亡くなっているのか、何も分からない。消えた人々は、それぞれ、直前まで、皆、普通に生活しており、書き置き等もない。それはいわゆる「神隠し」であり、もしかしたら本人達は自分が消えたことに気づいていないのかもしれない。そして、この事件が奇妙なのは、人が消えただけではなく、なぜか、この事件は人々の記憶に残らない。次々と人が消えた大事件なのに、人々の記憶からすぐに消えてしまう。それはまるで...その32神隠し

  • その31 日常

    「日常」夜が明ける。朝の時間が好きだ。毎朝、当たり前のように、東の空に太陽が現れる。ちひろは、それを不思議だと思う。地球が動いているから、朝日が昇る。地球が動いているから、朝と昼と夜が来る。自分の足元を見ても、それが動いているとは思えない。しかし、昇る朝日を見ていると、少しだけこの地面が動いている事を実感できる。この巨大な地面が、数十億年の間、休みなく回り続けていると言う事実を考えた時、ちひろは言葉に出来ない気持ちになる。朝の空気はきれいだ。夜の間に空気が洗われている感じがする。生まれたての日の光がそれを照らす。朝、気分が良ければ、ちひろは兄の弁当を作る事もある。学校には、毎日通っている、このまま行けば、皆勤賞をもらえるだろう。学校には、ちひろにとっての日常がある。楽しみにしている授業もあれば、退屈な授業...その31日常

  • その30 猫になる

    「猫になる」中村君は、本を探している。昔読んだ本を、久しぶりにまた読もうと思って、いつもの図書館をずっと探している。この図書館にあったはずだが探している本は見つからない。その本は、自分にとってとても大切な本で、繰り返し何度も読んでいる本だ。しかし、本のタイトルも表紙や内容も、なぜかあやふやで思い出せない。その本がどの本棚にあったかも、覚えていない。本棚の本を取り出しては内容を確認して、元に戻す。そういう事を、ずっと繰り返している。おぼろげな記憶をたどると、探している本は猫に関する手書きの本で、一点物の珍しい本だった。なぜそのような手作りの本がこの図書館にあったのだろうと思う。分からない。もしかしたら、自分の中にある記憶は、過去のものではなく、未来の記憶かもしれない。ふとそう思った。中村君の中では、時々、時...その30猫になる

  • その29 大事な話

    「大事な話」自らを神と名乗る老紳士は、ねこのじかん研究所の本を、次々と読み始めた。2冊、6冊、24冊、120冊、720冊、5040冊……。老紳士は、同時にたくさんの本を読んだ。本の量は累進的に増加し、老紳士の周りは、本だらけになった。奇妙な光景だった。無数の本が研究所の空中に浮いていた。老紳士の周りに、研究所にある全ての本が集まっていた。やがて、上方から、博士の耳に不思議な音が聴こえてきた。それは、本から聴こえる音であった。老紳士が本のページをめくる音、本を棚から取り出す音、本が空中を移動する音だ。読書を通じて、本が楽器になっていた。そこには、本から、この様な音が出るのかというような、聴きなれない音もたくさんあった。それら無数の音が、重なって響き合い、老紳士は幻想的で美しい音楽(リズム)を奏で始めた。それ...その29大事な話

  • その28 対

    【光と影】【表と裏】【生と死】【この世界には、“対”で存在するものがある。】【光が強くなれば、闇は深くなる。】【かつて、神も“対”で存在していた。】「ルーちゃん」の事はずっと気がかりだった。ずっと隠れていたのか。探していたが気付けなかった。やはり、死ねなかったのだな。おそらく、あれから転生と憑依を繰り返したのだろう。別の何かに変わることで、ルーちゃんは、自分の名前も本当の自分も、分からなくなってしまっているようだ。外も内も、あの頃とは全く違う。(かつて彼は最も美しく、最も聡明な存在であった。)しかし、不思議と面影は残っている。久しぶりだ。懐かしいな。まだ、死を渇望しているのか。しょうがない。もう生きていたくはないだろう。しかし、我々は簡単には死ねないな。やはり。もう、わたくしはルーちゃんを追ったりはしない...その28対

  • その27 逃亡者

    「逃亡者」猫橋は、逃げた。超スピードで、逃げた。不意打ちだった。油断していた。今なら、まだ逃げ切れる。山田広高に時間稼ぎをしてもらおう。自分が何から逃げているのか分かっていない。しかし、逃げなければならない。絶対に。瞬刻を永遠に変える速さで飛び回りながら、同時に相手をかく乱させるための魔法を無数に仕掛けた。「これだけやれば、なんとかなるはずだ。」そう思った。猫橋は、突然、強烈なめまいに襲われた。稲妻に打たれたような衝撃だった。目前の視界は大きく歪み、上下左右が判別不能になった。足がもつれ、身体の自由を失った。「やられた。」と思った。悪寒がして、頭痛がして、吐き気がした。震えが止まらなくなった。気分がひどく悪い。フラフラだ。身動きができなくなった。身体が潰れそうだ。自分の現状を把握できない。どうなっているの...その27逃亡者

  • その26 何かがいる

    「何かがいる」博士は、ねこのじかんの話を老紳士に向かって続けた。ねこのじかんの話をし出すと、あれもこれも話しておく必要があると、芋づる式に話は続いた。神は、博士の話を聞きながら、ねこのじかん研究所の奥に潜む不吉な影の存在を確認した。「やはり、ここの奥には、何かがいる。」ねこのじかんではない。新たな何かだ。禍々しいオーラを感じる。神にとっても、博士の話は興味深い。しかし、この研究所の奥にいる「何か」が、気になる。今日の神の目的はこの見えない相手を、近くで確認する事だ。天上の国からでは、その何かは神の心眼でもよく見えなかった。特殊な細工をしているのか、とにかく見えにくい相手だ。ねこのじかんの事がなければ、神はその存在に気が付かなかっただろう。博士の話の途中で、神は尋ねた。「ところで、この研究所の奥を見せていた...その26何かがいる

  • その25 神、現る

    「神、現る」「おはようございます。」「わたくし、“神”と申します。」肌寒いある日の朝、ねこのじかん博士の家に、自らを「神」と名乗る老紳士が訪れた。その日、雪は降っていなかったが、寒さで吐く息は白かった。この老紳士は、博士が作った研究書「ねこのじかんについて」を、手に持っていた。「この本を作られたのは、あなたですね?」老紳士は「ねこのじかんについて」を手渡しながら、博士にまっすぐな声でたずねた。博士は渡された本を、目をまるくしてまじまじと眺めた。確かにこれは自分が作った本だ。おかしい。「ねこのじかんについて」は、世間に出まわっているものではない。この本を、誰かが個人的に所有するということは考えられない。なぜ、この人物は自分が作ったこの本を持っているのか、博士は不思議に思った。「ええ、そうです。」「確かに、こ...その25神、現る

  • extra 猫は踊る 神と踊る

    猫は踊る。歌うように。話すように。猫は踊る。軽やかに。天上の国で。神と踊る。extra猫は踊る神と踊る

  • その24 猫と踊る

    「猫と踊る」神は、「踊る猫」の中に入っていた。中から見ると、相手がよく分かる。神に死角はない。全て見える。体の中も、心の中も、何もかも。神は、相手の存在の全てを理解する。全てを包み込む。神は驚いた。猫の中は、広大な世界だった。神の目を持ってしても、全てが見えない。どこまで行っても、終わりがない。次々と「その先」が現れる。「むむむ……。」神は、あまりの広さに飲み込まれそうになった。神は踊る。踊れば分かる。踊れば知れる。大事なのは踊る事だ。神は猫と踊った。一緒に踊っていると相手の事が分かってくる。神は一緒に踊る事で、少しずつ猫の事を理解していった。神は踊り続けた。神にとって、未知はない。そんなことは、あってはならない。この世界が破綻してしまう。しかし、この猫は、神にとって未知の存在だった。調べても分からない。...その24猫と踊る

  • その23 神は踊る

    「神は踊る」この世界には神が存在する。神は、「天上の国」にいて、世界を見ている。神は、この宇宙、全ての創造主であり、理解者であり、裁定者であり、父であり、母である。神は踊る。神の存在で、最も重要な役割の一つが、「踊る」ことだ。神の踊りは、世界の原動力であり、摂理であり、道標である。「神ダンス」は、世界の成り立ちの根幹と言っていい。ある日、神の横に踊る猫が現れた。神が踊っていると、いつの間にか横に猫がいた。踊りが上手な猫だ。神にリズムを合わせている。神は踊る。猫も踊る。この猫と一緒に踊ると、踊りが良くなる。そう感じた。踊りによるコミュニケーション。磨き上げられた技術は、さらに磨きがかかる。それは新たな発見だった。「とても良い。」神はそう思った。神には、この猫が何者なのか分からなかった。猫は無数に分裂し、それ...その23神は踊る

  • その22 永遠のようなもの

    「永遠のようなもの」猫橋皇二郎は人間ではない。猫橋は何千年も生き続けている。見た目は人間のように見えるが、中身はどんな生き物とも違う。猫橋は人目を避けて生きているが、吸血鬼やゾンビの類でもない。人間の血を吸わないし、噛みついたりしない。太陽の光も平気だ。猫橋は過去の記憶が消えている。自分が何者なのか分からない。親もいないし、戸籍もない。自分のことはもう分からない。どうでもいい。諦めている。猫橋には、「生きるのはもう飽きた。」という気持ちがある。既にあらゆる生物の死期を大幅に過ぎているが、自分の寿命が見えない。これまで、無数の命が産まれ、生き、死んでいく姿を見てきた。どんな生き物も全て同じである。皆、いつかは死ぬ。必ず終わりがある。うらやましい。数百年前に一度大きな災害にあい、猫橋は頭部を含む身体の大部分を...その22永遠のようなもの

  • その21 先生

    謎の資産家、発明家、科学者、研究者、宇宙飛行士……、猫橋皇二郎には、世界に隠れて、多種多様、無数の顔がある。猫橋は何者でもあり、何者でもない。猫橋は、自身が開発した超システム「ザ・ワールド」を利用して、千年以上、秘かに世界と同化している。ザ・ワールドは人智を超えた特殊システムである。システムとシンクロすることで、あらゆる情報が言語等を経由せずに猫橋の中にダイレクトに伝わるようになっている。猫橋は、目に見えないもの、言語化できないものと同化している。猫橋には、人の心の中が見える。あなたがどこにいようと、猫橋にはあなたが見えている。あなたが何を考えているのか、あなたの未来がどうなっていくのか、猫橋は全てが見えている。猫橋皇二郎は、ねこのじかん博士の師匠である。猫橋は、ねこのじかん研究の始祖であり、開拓者であり、ねこ...その21先生

  • その20 理由がある

    「理由がある」図書館で過ごす時間が好きだ。堤君は図書館に行くと、中村君のいる場所を訪れる。図書館では、本を読んだり、勉強をしたり、中村君と話をしたり、気の向くまま好きなように時間を過ごしている。中村君には、独特のマイペースな空気感がある。一緒にいると時間がゆっくりと流れるように感じる。不思議だ。ひっそりとした図書館で、中村君の方向から聞こえてくる本のページをめくる紙のこすれる音や、字を書く際のペンが紙を滑る音が妙に心地よい。堤君は、中村君との間にあるそんな静かなコミュニケーションがお気に入りだ。言葉はなくても、そこには心地よいリズムのやり取りがある。堤君は「歴史」を自身の学習の中心に置いている。人類の歴史や生き物の歴史、植物の歴史、地球や宇宙の歴史、歴史の勉強は時間旅行だと思う。勉強をしながら、堤君はそれぞれの...その20理由がある

  • その19 矛盾している

    「矛盾している」いつだって堤君は、真ん中にいる。堤君の側にいると、まるで「この世界は堤君を中心に回っている。」ように感じる。堤君をよく知る者は皆、堤君のことを完全な人間、スーパーマンのような特別な存在だと捉えている。「何をやっても完璧。」周囲からの畏敬の念により、堤君はいとも簡単にその場の空気をコントロールできてしまう。実際には、この世に完全な人間など存在しない。堤君はスーパーマンではない。これまで受けたテストでずっと満点だったからと言って、次のテストでも確実に満点をとれる訳ではない。どんなに成功を収めても、それはいずれ過去の栄光になる。先のことは分からない。一寸先は闇。自動的に成功は続かない。常にふりだしに戻される。そんな中、堤君は昨日よりも今日、今日より明日、常に自分を高め、変化する事を求めている。堤君はい...その19矛盾している

  • その18 それは偶然ではない

    「それは偶然ではない」堤君は、中村君の数少ない友達のひとりだ。時々、中村君に会いに図書館に来てくれる。中学時代、いつもクラスの端っこにいる中村君に、堤君は声を掛けたり、どこかに誘い出したり、親切にしてくれた。堤君は中村君の存在を気に入ってくれているようだった。堤君は学校では目立つ存在だった。見た目が派手だし、佇まいが個性的だし、身体は大きくて、生徒会長もしていたので、学校で堤君を知らない者はいなかった。堤君がすることに対しては、大人も生徒も何も言えない。堤君は校則や常識で縛られるような存在ではない。周りはその存在をありのまま受け止めるしかない。堤君は頭がいい。とにかく勉強ができる。テストはいつも満点しかとらない。堤君は勉強が得意なので、現在、全国でも有数の進学校に通っている。しかし、正直周囲に対しては物足りなさ...その18それは偶然ではない

  • その17 次、会う時は

    長い間、ふたりは口をきいていなかったので、久しぶりの会話はぎこちなかった。ふたりはお互いの様子を伺いながら、ぽつりぽつり言葉を選んで話をした。兄妹は少し緊張しているようだった。ちひろの横にはヒカルがいる。中村君にはヒカルが見えていない。ヒカルは耳を澄まして、ふたりの会話を聞いていた。正午すぎ、太陽の日差しがぽかぽかと心地よかった。図書館の周りは広い庭園になっている。歴史ある庭園で、散歩をしたり、のんびり過ごすのに最適な場所だ。この庭園は、猫橋皇二郎(ねこばしこうじろう)という資産家から寄贈されたものであり、普段は地元の自治体が維持管理をしている。庭はほどよく手入れされており、ここの植物たちは皆気持ちよさそうだ。本施設の寄贈者である猫橋という少し変わった名前の資産家は、表舞台に姿を見せない謎の人物だ。この人物は後...その17次、会う時は

  • その16 人にはそれぞれ自分だけの場所がある

    ちひろは、兄が作っているスクラップ・ブックを見て驚いた。その内容はちひろの想像を超えていた。少し眺めただけで、この本を作るのにとても手間をかけられているのが分かった。ちひろは息をのんだ。兄はこんなものを作っていたのかと思った。兄のスクラップ・ブックを眺めていると、ちひろはついついその世界に引き込まれ、時間を忘れて読み続けてしまった。図書館の窓からは、太陽の光がまっすぐに差し込み、空気中を舞っているほこりがキラキラと光っていた。ちひろは窓からの光のあたたかさを感じながら、兄の生み出した世界の中に入っていった。中村君は手作りの本を作ろうとしている。スクラップ・ブックをベースにして、好きな物を厳選してまとめた雑誌のような本だ。本には「季刊誌なかむら」という名前を付け、完成したものはナンバリングして管理している。中村君...その16人にはそれぞれ自分だけの場所がある

  • その15 スクラップ・ブック

    「スクラップ・ブック」ちひろは幼い頃のことを思い出していた。図書館に向かう坂道を上っている途中、不意に目の前の景色が変わる感覚があった。周りの色味が変わり、音やにおいが変わった。ちひろは図書館が好きだった。この図書館には子供が読める本がたくさんあったので、ちひろとヒカルはここで兄に本をたくさん読んでもらっていた。当時、中村君は、ちひろ達の付き添いで図書館に行っていたようなものだ。丘の上にある図書館へ続く坂道は長い。幼い妹や弟が自転車で登りきるにはなかなか難儀する距離だった。兄はいつも自転車から降りて、ちひろ達と一緒に自転車を押しながら歩いてくれた。時々振り返って話しかけてくれる兄の背中は、今より随分大きく見えていた。兄はやさしかったと思う。兄はいつも幼い妹弟を守るように寄り添っていてくれていた。そんな古いセピア...その15スクラップ・ブック

  • その14 秘密

    「秘密」ちひろは、幼い頃、兄の後ろをずっとついてまわる女の子だった。父親がいない少女にとって、兄の存在は大きなものがあった。兄は、重い荷物を持ってくれたり、ビンの蓋を開けてくれたり、弟とキャッチボールをしてくれたり、夜中に一緒にトイレに付いてきてくれたりした。そういう事で、幼い少女は、兄の中に父親の姿を感じていた。ちひろは、友達と話していると、すぐに、「ウチのお兄ちゃんはね……。」と兄の話をするので、友達に呆れられていた。「ちひろちゃんは、本当にお兄ちゃんのことが好きなんだね。」友達はちひろの事をからかった。3年前に弟を失ってから、兄は、随分変わってしまった。父だけでなく、弟まで失ってしまった事で、兄の中でそれまで我慢していたものが崩れてしまったのかのかもしれない。兄は家族とも友達ともあまりしゃべらなくなってい...その14秘密

  • その13 本の話

    「本の話」待ち合わせをして、相手が来るまでの時間が好きだ。ひとりで誰かを待っている。約束はしているけど、もしかしたら、相手は来ないかもしれない。当てがあるようでない、宙ぶらりんな時間。中村君には、中学時代、心を許した先生が一人いる。その先生は「松本先生」と言って、図書室の先生だ。中村君と仲良くしているというだけで、松本先生には、珍しい生き物を手懐けた凄い人であるかのように、周りの職員から尊敬のまなざしを向けられていた。松本先生は、本への造詣が深く、中村君とは話が合った。松本先生と話をするのは、中村君の楽しみだった。松本先生は、中村君の行動については、分かる気がしている。自分もあまり集団になじめない性格だ。小さい頃から本ばかり読んでいた。人間関係が苦手だ。学校には行きたくないなら、無理して行く必要はない、と思う。...その13本の話

  • その12 彼ら

    「彼ら」中村君は、よく空を見上げている。空を見るのが好きだ。この星をくるりと覆っている空をじっと見ていると、その大きさに吸い込まれそうになる。空は不思議だ。青空を見ていると急に切ない気持ちになったり、雨空がキラキラと眩しく光って見えたりする。自分の置かれている状況によって、見え方が変わる。中村君は、虫や鳥や動物達を眺めるのが好きだ。彼らを見ていると、何だか心が落ち着く。彼らの中で流れている時間は、とてもゆるやかに見える。彼らは時計を見て、ため息をついたりしない。彼らを見ていると、人間が認識している「時間の流れ」が、そもそもこの世界に存在しているのかどうかも、分からなくなる。何かに夢中になると、「時間を忘れる」ことがあるが、そういう外れた感覚を大事にしたい。彼らは、言葉を使わない。言葉がなくても、彼らは生きている...その12彼ら

  • その11 休日

    「休日」中村君は、街を歩くのが好きだ。図書館が休みの日は、本を片手に街を歩く。街を歩く際は、知らない道を歩くようにしている。長く住んでいる街でも、知らない道はたくさんある。「身近な場所にある未知の風景」を探すのが楽しい。時間はいくらでもある。街を歩いていると、植物の姿が目に入ってくる。アスファルトの隙間から生えた草や、街路樹の葉の色が鮮やかに視界の中に入ってくる。植物たちは、あらゆる場所で太陽を求めて身体をのばしている。彼等はただ生きている。彼らの声が聞こえてくると、心が落ち着く。中村君は、いろんな店を回って、古い物や珍しい物に触れるのが好きだ。古本屋に行って、古書や昔の雑誌を読みふけったり、骨董品屋やリサイクルショップで、一見ガラクタのような物を、後生大事に鑑賞したりしている。古着屋で、昔の服のデザインやディ...その11休日

  • その10 悩める少年

    「悩める少年」中村君が高校に進学しないと言い出した時、周りの人達は、少なからず驚きました。大人達は、随分、中村君のことを心配して、学校に行くように説得しましたが、中村君の意志は固く、結局、中村君は高校に行かないことになりました。中村君の家には、母と妹と弟がいます。4人家族です。母親は仕事が忙しく、朝早くから夜遅くまで仕事で家にいる事はないので、子ども達で家事を分担しています。中村君はよく家事をします。掃除や洗濯、料理や食器洗いなどをするのは楽しいです。そこには日々の小さな達成感があります。家では、やる事はたくさんありますので、細かいところまでやりだすときりがなく、一日中家事をすることになるので、時間を決めて家事をするようにしています。中村君の妹は、中村君が高校に進学しないことに対して反対しています。「お兄ちゃん...その10悩める少年

  • その9 図書館にて

    中村君はよく図書館に通っています。図書館は、お金を使わず、ひとりで本を読んで静かに時間を過ごせるので、お気に入りの場所です。図書館で本を読んでいると、つい夢中になってしまうので、気がついたらもうこんな時間だったという事がよくあります。様々な時代、様々な国、様々なジャンルの本が並ぶ図書館の本棚を眺めていると、中村君は、時や場所を越えた世界の中にいるような、不思議な気持ちになります。本を通じて、中村君は、「ここ」とは違う世界に行くことができます。中村君は、本のジャンルには、特にこだわっていません。とりあえず、目についたものを、片っ端から読んでいます。そして、あまり面白くないと感じる本でも、最後まで読むようにしています。どのような本であれ、そこには必ず「良いところ」があるものです。また、中村君は、読書はもちろん好きな...その9図書館にて

  • その8 ひとりのじかん

    「ひとりのじかん」中村君は16歳。高校には行っていません。みんなが学校に行っている時に、いつもひとりで時間を過ごしています。中村君は本を読むのが好きなので、よく本を読んでいます。中村君はいろんな場所で本を読みます。公園だったり、図書館だったり、喫茶店だったり、電車の中などで、本を読みます。その日の気分次第です。読書以外にも、漫画を読んたり、ゲームをしたり、映画をみたり、特にこれという計画も目標もなく適当に毎日過ごしています。天気が良い日に外で本を読んでいると、とても気持ちが良いです。眠くなったら、そのまま寝たりします。中村君は、昔から、集団生活になじめない性格でした。学校にいても、何か違和感を胸に抱いていました。そして、中村君は中学3年生の時に、高校へ進学しないことを決めました。人と距離を置き、自分の時間を生き...その8ひとりのじかん

  • その7 博士の本

    「博士の本」博士は、ねこのじかんに関する本を作っています。本のタイトルは「ねこのじかんについて」と言います。博士は、この本を手書きで作っています。博士は、同じタイトルで本を何冊も作っています。本を作るたびに、博士の本に対するこだわりは強くなっていて、内容を一冊一冊変えています。博士は本を作るにあたって、紙の材質であったり、挿絵を描くための画材などにもこだわっています。この本には完成形はありません。博士は、時間があれば、これまでに自分が作った膨大な資料を整理しています。ねこのじかん研究所にある資料室には、博士が作った本と資料で溢れています。ひとつの事を極めるためには、それを含む様々な事象に精通していかなければなりません。博士の研究対象は、ねこのじかんを通じて多肢に拡がっており、博士はこの世界のあらゆる事象を深く深...その7博士の本

  • その6 ねこのじかんの話

    「ねこのじかんの話」博士は、ねこのまちの人たちから、ねこのじかんの話を聞きます。ねこのまちの人は、ねこのじかんを見かけたり、何か新しい情報が入ったら、博士に報告しに来てくれます。ねこのまちの人たちにとっては、やはりねこのじかんのことは、博士に伝えたいという気持ちがあります。博士は口数が少なくはありますが、ねこのじかんの話に熱心に耳を傾けてくれるのです。博士は人の話を聞くのが好きです。博士が並々ならぬ関心を持って話を聞いていることが分かるので、ついついねこのまちの人は博士に対していろいろと話をします。なかには、「子供が反抗期で困っている。」とか、「最近、肩こりがひどい。」など、ねこのじかんとは関係ないことまで博士に話す人もいます。そのような、ねこのじかんと直接関係ないことに対しても、「ふむ、そうですか」など、言葉...その6ねこのじかんの話

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    イラスト

  • その31 人生は完全では終わらない

    「人生は完全では終わらない」博士は、中村君が書いている読書感想ノートを読んでいました。簡潔でありながらも、丁寧に書き込まれた中村君のノートを読んでいると、そこに紹介されている本達が、どれも素晴しい本に感じられ、博士は、それらの本を「是非、読んでみたいな。」と思えてくるのでした。ネコ皇帝はねこのじかんを探し続けていました。あちこちを探している時、ネコ皇帝はねこのじかんの事を考えます。小さい頃、兄といつも一緒にいた時の事を懐かしく思い出しながら、ねこのじかんの事を探しました。博士に残された時間を考えると、時間がないけど、ネコ皇帝はのんびり兄を探し続けました。博士は読書の合間に図書館の中を歩き、中村君のノートを参考に本棚をじっくり眺めて回りました。そして、博士は、長い間、誰も手に取っていない本を取り出し、その本にかか...その31人生は完全では終わらない

  • その30 限られた時間の中で

    「限られた時間の中で」博士は中村君に会いに図書館を訪れるようになりました。博士は、図書館で中村君におすすめの本を教えてもらい、それらの本を図書館が閉館するまで読みました。会えば会うほど、中村君の存在は弟の健一そのものだと、博士は感じました。しかし、じっくり接してみると、中村君には弟とは微妙な違いがある事が見えてきます。弟のようであり、どこか違うようでもあり、博士は中村君と接していると、なんとも不思議な気持ちになりました。中村君は、本棚をじっくりと眺めながら、博士に読んでもらう本を選びました。中村君には、「博士にぜひ読んでもらいたい本」がたくさんあります。中村君は一度博士用に選んだ本を大掴みで読み返しながら、博士に読んでもらう本を厳選しました。この本の次にはあの本がいいとか、博士はきっとこういう本を気に入るだろう...その30限られた時間の中で

  • その29 それぞれの道

    「それぞれの道」堤君は、周囲から一目置かれたり、尊敬されても、自分を見失わないようにしています。人は、ある時点で何らかの高みに到達できたとしても、そのレベルが自動的に維持されるものではありません。衆人は突出した対象に対して実際以上に高く崇めたり、悪意を持って低く見積もったりします。堤君はそのような誇張された虚構に飲み込まれず、実際の自分の現状を冷静に把握していたいのです。堤君には他者と安易に融合したくないという気持ちがあります。しかし、いくら自分の能力を高める事が出来ても、周囲に影響を与えず、自分の中だけに留め置いては意味がありません。それ故に、堤君は周囲をよく観察し、多くの人と関わろうと試みています。他者は自分ではありませんから、自分と同じようにはいきません。こちらの意図を相手に確実に伝える為には、それぞれの...その29それぞれの道

  • その28 この不公平で不平等で不均衡な世界で、時には弱者、時には強者になる我ら

    「この不公平で不平等で不均衡な世界で、時には弱者、時には強者になる我ら」堤君は、テストでいつも満点を取ります。堤君にとって、テスト結果で大事なのは、「満点かどうか。」だけです。満点を取れば、受験者数がどれだけ多いテストであっても、おのずと順位は1位になります。そして、堤君はただ問題に正解するだけでは満足できません。堤君は、問題の意図をよく理解したうえで、非の打ち所がない出題者の求めの上を行く内容で解答します。堤君は、「個人の内面にある感覚」にこだわっています。どんなに取り繕っても、自分の中の感覚には嘘はつけないからです。表面的に成功に見えることでも、自身の中に良い手応えがなければ意味がありません。堤君は表面的な勝ち負けに徹底的にこだわりますが、堤君が本当にこだわっているのは自分の存在の芯から満足感を得られている...その28この不公平で不平等で不均衡な世界で、時には弱者、時には強者になる我ら

  • その27 ネコ皇帝の話

    「ネコ皇帝の話」「あんたが聞きたいのは、神山さんと中村真一の事やろ?」博士から質問されることを待っていたように、ネコ皇帝は言いました。「神山さんはおいの所にも来たよ。」「神山さんは山田広高と同じように“にいちゃん”のことを調べとったね。」「にいちゃんのことをいろいろ聞かれたよ。」「おいも、小さい頃はいつもにいちゃんと一緒におったけん、昔話はしたけどね。」「まあしかし、あの神山さんもようおいの存在に辿り着いたもんやね。おいはにいちゃんの影みたいなもんやけん。」「あんね。山田広高にはわからなかったかもしれんけど、あの神山さんは人間じゃなかよ。」「人間ではない?」博士はすこし驚いてネコ皇帝を見つめました。「それでは、あの方はいったい何者なんでしょう?」博士はネコ皇帝に聞きました。「それが、よく分からんったい。」「おい...その27ネコ皇帝の話

  • その26 ねこの国の不思議な猫

    「ねこの国の不思議な猫」ねこの国には、ネコ皇帝という名前の猫が住んでいます。ネコ皇帝は、絶大なる力(パワー)を秘めている猫です。ネコ皇帝は、その気になれば、3日間で地球を7回破壊できるほどの強大な力を持っています。また、ネコ皇帝は、その強大な力で時空をねじ曲げたり、潰したりすることも出来ます。ネコ皇帝の力は、あまりに強大なので、日頃は、そのエネルギーをセーブしないと生活ができません。蓄積されたエネルギーの影響で、「おいは、こげな身体になっとるったい。」と、ネコ皇帝は言います。「これは太っとるわけじゃなかとよ。エネルギーが充満しとるったい。」ネコ皇帝の目には、人間には見えないものが見えており、多くのことを正確に理解しています。「おいは、何でも知っとるよ。」この神秘的な猫は、自信たっぷりにそう言います。ねこの国は、...その26ねこの国の不思議な猫

  • その25 博士の考察

    「博士の考察」博士は、中村君の事を考えていました。もしかすると、彼は健一の生まれ変わりなのだろうか?いや、まさか……そんなことはありえない。しかし、ふたりが全く関係ないと言うには、あまりにふたりは似すぎている。ふたりはまるで同一人物だ。おそらく、ふたりにはなにかしらの繋がりがある。そもそも、あの老紳士は一体何者なのだ。あの人はねこのじかんのことを熟知していた。なぜか私の本を持っていたし、彼(中村君)が私の前に現れることを予言していた。私の周りで何かが起きている。このことは、なにかねこのじかんにも関連しているようだ。よく調べなければならない。「今日は、あなたに、お伺いしたいことがありましてね。」博士は、ねこの国に住むネコ皇帝のもとを訪れていました。その25博士の考察

  • その24 博士の家にて

    「博士の家にて」博士は中村君の姿を見て驚きました。あまりにも驚いて博士は声が出ませんでした。中村君は博士の弟にそっくりなのです。それは声や顔が弟に似ているというだけではなく、立ち振る舞いやしぐさなど、中村君のすべてが博士の弟の生き写しのようなのでした。ちひろは博士を見つめていました。兄の顔をぼうぜんと見つめ続ける博士の様子を見て、その雰囲気や人となりから、「確かに、この人はそんなに悪い人ではないかもしれない。」と、ちひろは感じました。これまで手紙ではやりとりをしていたのですが、博士の家に来ると、中村君はとても緊張してしまいました。自分がこれまで読んだ本の中で一番好きな本を書いた人に直接会えるというのは、自分が考えている以上にドキドキするものでした。そして、博士を目の前にすると、人見知りの中村君は全然話ができませ...その24博士の家にて

  • その23 ねこのじかんの話

    「ねこのじかんの話」ねこのまちは、小さい町です。人の数より猫の数のほうが多いくらいです。ねこのまちは正式には「町」ではなく、ゆるやかな集落といった感じなので、その存在は地図にも載っていません。ねこのまちへは細く長いトンネルを抜けて行かなければならず、ねこのまちの存在を知っている外部の者はほとんどいません。ねこのまちに暮らす人は、基本的に自給自足の生活をしています。衣食住を住民間のやりとりでほぼすませているので、ここにはお金すらほとんど流通していない状況です。中村君とちひろは、ねこのまちを歩いていました。ここの木々は、ハッとするほど鮮やかでした。ふたりは自然豊かな景色に思わず見とれて、口数が少なくなりました。ここの空気は、植物たちの命の匂いがしていました。「こんにちは。」ふたりは背が高く少し気難しそうな老人に声を...その23ねこのじかんの話

  • その22 ねこのまちへ

    「ねこのまちへ」中村君とちひろは、博士が住むねこのまちへ向かっていました。ふたりは、博士から送ってもらった案内をもとに、バスを乗り継ぎながら、ねこのまちへ向かっていました。バスを乗り継ぐにつれ、周りは田や畑ばかりの田舎の風景になりました。空気はひんやりとしていて、耳に違和感を感じるくらい静かでした。やがて外の風景から田や畑すら見られないようになり、人の気配がなくなりました。「こんなところに、こんな場所があったんだ。」窓の外では見たことがない風景が続きました。湿り気を帯びた空気は、バスの窓の表面に水滴となって広がっていました。そして、水滴はコロコロとつながりながら窓の表面をすべっていました。自然に囲まれた静かな風景が、永遠に繰り返されるように、ふたりは感じました。ねこのまちの最寄りのバス停についた時、ちひろは、「...その22ねこのまちへ

  • その21 ひとりぼっちの少年

    「ひとりぼっちの少年」博士が、ねこのじかんの研究をするようになったきっかけは、弟の健一が亡くなったことです。弟が亡くなってしまい、博士はひとりぼっちになってしまいました。博士には、両親がいませんでしたから、家族は弟だけでした。その弟とも、お互い丁稚(でっち)として、幼い頃から別々の場所にいる事が多く、一緒に生活をしていませんでした。ふたりには、約束がありました。「いつか、兄弟で、一緒に暮らそう。」自分たちの家を持ち、自分たちだけで生活をするというのが、ふたりの夢でした。そして、ふたりにとって、兄弟から届く手紙が何よりも楽しみでした。相手からの手紙を読むのも、相手へ手紙を書くのも、ふたりにとって大きな喜びでした。弟が亡くなったことを、博士が知ったのは、弟が亡くなってから随分経ってからのことです。弟が亡くなったこと...その21ひとりぼっちの少年

  • その20 とても長い平行線

    ちひろは、何となく、自分の知らないところで得体の知れないことが進んでいるような不安を感じました。中村君にとって、特別な存在である「ねこのじかん」や「ねこのじかん博士」も、ちひろにとっては、不可解な存在でしかありませんでした。「お兄ちゃんは、もう、その人とかかわるのはやめた方がいいよ。」ふたりの話は、とても長い平行線のように、どこまで行っても決して交わることはありませんでした。その20とても長い平行線

  • その19 ペン・フレンド

    「ペン・フレンド」中村君は、博士への手紙を書いていました。会ったことない相手に手紙を書くというのは、やってみるとなかなか難しいものです。中村君は、悩みながらも、少しだけワクワクした気持ちで手紙の内容を考えていました。どうしたら、自分の手紙を読んでもらえるだろうか。中村君は、考えました。手紙の冒頭の挨拶は、「こんにちは。」ではじめた方が良いだろうか。「はじめまして。」と、書き出したほうが良いだろうか。それとも、「突然の手紙、申し訳ございません。」とするべきか……。考えが煮詰まると、中村君は場所を変えて、手紙を書き直しました。博士は、「ねこのじかんについて」への問い合わせの手紙が入った封筒を、まじまじと眺めました。丁寧に書かれた宛名や、アイロンをかけているようにシワひとつない封筒を見て、「これはきれいな手紙だ。」と...その19ペン・フレンド

  • その18 問い合わせの手紙

    「問い合わせの手紙」中村君は、所在のわからない本の持ち主を探す司書の田中さんの手伝いをしていました。図書館としては、持ち主に本を返却したいと考えています。調べたところ、この本は、一般に流通しているものではありませんでした。そこで、中村君は、このすべてが手書きされた本は、作者である山田広高氏が個人的に所有していたものではないかと思いました。中村君自身、この本の作者である山田広高氏がいったい何者なのか知りたい気持ちがありました。「ねこのじかんについて」は、読めば読むほど、これまで読んだどの本よりも完成度が高く、きっとこの本の作者は只者ではないはずだ、と中村君は考えていました。中村君は、この手書きの本を作った山田広高氏について調べるため、図書館にある本を調べました。この図書館にある本の中に、なにか少しでも手がかりにな...その18問い合わせの手紙

  • その17 所在のわからない本

    「所在のわからない本」その日、中村君は時間をかけて本を選んでいました。朝から図書館を歩き回り、本棚を眺めては、本を取り出し、また本棚に戻すということを繰り返しましていました。今日は、たっぷりと時間をかけて本を選んでみよう、何となくそう思いました。この日は、まるで時間が止まっているように、ゆっくりと流れていました。こうして図書館の本棚を眺めて歩くだけで、中村君は十分に楽しい気持ちになりました。そして、その日の昼ごろ、中村君はこの古い図書館の隅で、1冊の不思議な本を見つけました。「ねこのじかんについて」山田広高その本は、表紙や文字や挿し絵が、全て印刷されたものではなく、手書きで書かれたものでした。「これは凄いな…」この本には、この図書館の管理番号が割り振られていませんでした。この図書館では、すべての本を管理番号で把...その17所在のわからない本

  • その16 静かなコミュニケーション

    「静かなコミュニケーション」堤君は、図書館に行くと、いつも中村君の横に座ります。そして、読書をする中村君の横で、勉強をします。読書や勉強したりしている時、ふたりの間には会話はありません。図書館の静けさの中、ただ、本のページをめくる音や、ペンで字を書いている音だけが耳の中に入ってきます。そのような、本をめくる「サッサ」とか「パラッ」という音や、字を書く「サラサラ」とか「コツコツ」という音を聞くだけで、ふたりは、その日のお互いの調子が分かります。堤君は、中村君とのそういう静かなコミュニケーションが好きです。堤君には、リーダーシップがあります。組織を、一つにまとめる力があります。ですから、堤君は、中学時代、ずっとクラスの級長でした。そして、堤君が所属するクラスは、いつでも「キチンとしたクラス」でした。堤君が所属するク...その16静かなコミュニケーション

  • その15 ライバル

    「ライバル」堤君の口ぐせは、「俺が1番だ。」です。堤君は、中村君の中学時代の同級生で、中村君に会いに図書館に来てくれます。堤君は、勉強がとても好きなので、現在は全国でも有名な進学校に通っています。堤君は、大変な負けず嫌いです。常に自分が1番でないと気が済みません。それで、堤君は、現在通う学校で、常にトップの成績をおさめています。勉強のいいところは、努力がはっきり結果に反映されるところです。堤君は、テストでは、すべて満点をとることを目標としています。どんなに難しいテストであっても、テストの問題には必ず答えが用意されていますから、しっかり準備をして、ミスをしなければ、テストの結果は満点になるはずです。勉強は、やれば結果が出ます。こんなに良いことはありません。そんな堤君ですが、中学のとき、学校のテストで満点をとれなか...その15ライバル

  • その14 なぞの老紳士、現る。

    「なぞの老紳士、現る。」「おはようございます。」「わたくし、神山(かみやま)と、申します。」肌寒いある日の朝、ねこのじかん博士の家を、「神山」と名乗る老紳士が訪れました。そして、このなぞの老紳士は、博士が書いた研究書「ねこのじかんについて」を、手に持っていました。「この本を書かれたのは、あなたですね?」老紳士は「ねこのじかんについて」を手渡しながら、博士にたずねました。博士は渡された本を、目をまるくしてまじまじと眺めました。「ねこのじかんについて」は、世間に出まわっているものではありません。この本を、誰かが個人的に所有するということは考えられません。なぜ、この人物は自分が書いた本を持っているのか、博士は不思議に思いました。「ええ、そうです。」「確かに、この本を書いたのは、私です。」博士が、そう答えると「ふむ……...その14なぞの老紳士、現る。

  • その13 なぞの訪問者

    「なぞの訪問者」この世界には、神様がいます。神様は、「天上の国」で宇宙の全てを見守っています。天上の国には、神様以外の者は入ることができません。天上の国は、宇宙空間とは別の異次元空間にあります。しかし、この天上の国には、なぞの訪問者がたびたび現れています。そう、それは、ねこのじかんのことです。ねこのじかんは、当たり前のように天上の国に現れ、散歩したりします。そして、ねこのじかんは、この神聖な世界で、昼寝をしたり、読書をしたり、ホットケーキを食べたりしています。ねこのじかんは、天上の国で、よく神様のまねをして遊んでいます。気が付いたら、ねこのじかんが横にいて、自分のまねをしているので、神様はおどろいてしまいます。いつだって、ねこのじかんはとつぜん神様の前に現れるのです。神様は、このたびたび現れるなぞの訪問者を、不...その13なぞの訪問者

  • その12 図書館にて

    「図書館にて」土曜日、ちひろは、図書館に行きました。木曜日に、中村君から「ちひろ、時間があるなら、土曜日、一緒に図書館に行かないか?」と、誘われたのです。思いがけず、中村君からそんなことを言われて、ちひろはドキリとしました。ちひろは、中村君のうしろを自転車でついて行きました。こんな風に、兄と一緒に外に出かけるなんて、ひさしぶりです。長い坂道を、自転車で息を切らしながらのぼるとき、ちひろは思いました。「そういえば、昔は、この坂道を自転車でのぼったり、下ったりするのが、好きだったな。」図書館について、すぐにちひろは、図書館の中やそのまわりを散歩してみました。この古い図書館のまわりは、公園になっています。木々の葉がグラーデーションとなって、公園一面をパレットのように彩っていました。そして、ちひろには、図書館のまわりの...その12図書館にて

  • その11 兄のノート

    「兄のノート」ちひろは、幼いころ、兄のうしろをずっとついてまわる妹でした。ちひろは、ともだちと話していると、すぐに、「ウチのお兄ちゃんはね……。」と兄の話をするので、「ちひろちゃんは、本当にお兄ちゃんのことが好きなんだね。」と、いつも友達にからかわれていました。しかし、兄が高校に進学せず、家にこもる生活をするようになってからは、ちひろは、人から「お兄ちゃん、今、何しているの?」と、聞かれるのが、嫌になりました。ちひろには、前からずっと気になっていることがあります。それは、兄が書いているノートのことです。「本の感想って、いつも、いったい何を書いているのだろう。」家に誰もいない日、ちひろは兄のノートを取り出しました。人のものを勝手に見るというのは、良くないことだと思いますが、ちひろは、どうしてもノートに何を書いてい...その11兄のノート

  • その10 自転車にのって

    「自転車にのって」松本先生は、中学校での勤務歴30年のベテラン先生です。松本先生には、ずっと気になっていることがあります。それは中村君のことです。松本先生は、中村君を高校に進学させられなかったことを、ずっと心残りに思っています。先生は、中村君へ定期的に電話をしています。そして、たびたび中村君の通う図書館をおとずれ、近くの喫茶店に行ったり、図書館のまわりを一緒に散歩したりして、中村君と話をしています。先生は、中村君と話をし、中村君が選んだ道(高校に進学しなかったこと)に対して、中村君がどのように考えているのか話を聞きます。そして、先生は中村君が選んだ道に対して、自分が考えていること(中村君とは、異なる考え)を、中村君に話します。そのような話し合いをくり返すことで、先生は中村君のことをすこしでも理解していきたいと考...その10自転車にのって

  • その9 孤独な少年

    「孤独な少年」中村君が高校に行かないと言い出したとき、周りの人たちは、おどろきました。大人たちは、ずいぶん中村君のことを心配して、学校に行くように説得しましたが、中村君の意志は固く、結局、中村君は高校に行かないことになりました。中村君が高校に進学しないことに対して、誰よりも心配したのは、中村君の妹のちひろでした。中村君の妹のちひろは、兄が学校に行かないことが理解できませんでした。「本をたくさん読みたいからって、それだけの理由で高校に行かないなんて、私はおかしいと思う。」「高校に行かないのなら、働いて、家にお金を入れるくらいしたらいいのに。お兄ちゃんは考えが甘いよ。」ちひろは、中村君に対してそんなことを言うのでした。朝から図書館に行って、一日中、好きな本にかこまれながら読書をして時間をすごす。それは、中村君が考え...その9孤独な少年

  • その8 本を読む少年

    「本を読む少年」中村君は16歳。高校には行っていません。中村君は、学校に行かず、毎日、図書館に通っています。中村君は、本を読むことが好きです。ですから、中村君は、これまでたくさんの本を読んできました。中村君の目標は、「図書館にある全ての本を読む」ことです。そして、中村君は、読んだ本の感想をノートに書いています。中村君は、読む本のジャンルには、特にこだわっていません。とりあえず、目についたものを、片っ端から読んでいます。そして、あまり面白くないと感じる本でも、最後まで読むようにしています。どのような本であれ、そこには必ず「良いところ」があるものです。様々な時代、様々な国、様々なジャンルの本が並ぶ図書館の本棚たちに囲まれていると、中村君は、時や場所を越えた「想い」の中にいるような、不思議な気持ちになります。読書を通...その8本を読む少年

  • その7 博士の本

    「博士の本」ねこのじかん博士は、ねこのじかんについての研究書を作っています。この本は、博士のねこのまちにおける研究を一冊にまとめたものです。博士は、この本を一冊一冊、手書きで作っています。そして、本を作るたびに、博士の本の内容に対するこだわりはどんどん強くなっています。また、本を作るにあたって、博士は本の内容だけではなく、紙の材質であったり、挿絵を描くための画材など、様々なものにこだわっています。この本には完成形はありません。博士は、ねこのじかんの研究を、若いころからずっと続けていました。ですから、博士がこれまでに作成した資料は、膨大な量になります。博士は、この研究書を作るたびに、これまでの全ての資料に目を通し、まとめ直しています。そして、博士は、本を書き直すたびに、改めてねこのじかんという猫の不思議さを思わず...その7博士の本

  • 果物

    果物

  • その6 ねこのまちにて

    「ねこのまちにて」ねこのじかん博士は、毎日、ねこのまちを歩いています。日によっては、朝から日没まで、一日中、町を歩くこともあります。自然豊かなねこのまちでは、葉の色づきや風のかおりなど、季節によって町の表情がおおきく変わります。博士は、ねこのじかんを探しながら町を歩いています。ねこのじかんは、めったに人前には現れません。しかし、博士は、その場にねこのじかんがいなくても、ねこのじかんの気配を感じながら町を歩いています。この町には、ねこのじかんがいないときでも、ねこのじかんの気配があちらこちらに残っていますので、博士は、それらねこのじかんの名残りを見つけるだけでも、十分楽しいのです。ねこのまちの人は、ねこのじかんを見かけたり、何か新しい情報が入ったら、博士に教えてくれます。博士は、ねこのまちの人たちから聞く、ねこの...その6ねこのまちにて

  • その5 ねこのじかん博士

    「ねこのじかん博士」ねこのまちには、何十年もの間、ねこのじかんの調査と研究を続けている人がいます。その人は、町の人々に「ねこのじかん博士」と呼ばれています。ねこのじかん博士は、自宅でねこのじかんの研究をしており、家には「ねこのじかん研究所」という看板を立てています。博士は、もともと生物学の研究者であり、特にネコ科の生物全般に精通しています。学術的に猫について詳しいのは当然ですが、それだけではなく、博士は猫と話をしたり、心を通じ合わせることもできます。博士は、ねこのじかんの研究をするため、この町にやってきました。博士がねこのまちに住むようになってから50年以上の歳月が経ちましたが、いまだに町の人たちにとって、博士は謎が多い人物です。町の人たちにとっては、ねこのじかんと同じくらい、ねこのじかん博士も不思議で興味深い...その5ねこのじかん博士

  • その4 いつもひとり

    いつもひとりねこのじかんは、いつもひとりです。空を飛んでいる時も、散歩する時も、ねこのじかんはいつだってひとりです。そんな様子を見ていると、ねこのじかんはさびしくないのかなと考えてしまいます。ねこのじかんは、人によってどこか「かなしげ」に見えます。「きっと、さびしいんじゃないかな。」そう言われてみれば、ねこのじかんは孤独で悲しそうに見えます。「ねこのじかんは、いつものんびりしていて、楽しそうだよ。」という人もいます。そう言われてみれば、ねこのじかんはゆったりとしていて、幸せそうに見えます。見る人によって、ねこのじかんの印象は変わります。ねこのじかんの存在は、見る人の心の中をうつす鏡のようです。ねこのじかんは、よくひとりで本を読んでいます。「ねこのじかんは読書家なのだよ。」まちの老人は言います。「ねこのじかんは、...その4いつもひとり

  • その3 空飛ぶねこのじかん

    ねこのじかんです。どうぞヨロシク。

  • その2 洋服を着た猫

    ねこのじかんです。どうぞヨロシク。

  • その1 ねこのじかんについて

    ねこのじかんです。どうぞヨロシク。

  • その0 さあ、ねこのじかんがはじまるよ。

    ねこのじかんです。どうぞヨロシク。

  • 2018.7

    ねこのじかんです。どうぞヨロシク。

  • 2018.6

    ねこのじかんです。どうぞヨロシク。

  • 2016.9

    ねこのじかんです。どうぞヨロシク。

  • 2016.3

    ねこのじかんです。どうぞヨロシク。

  • 2016.1

    ねこのじかんです。どうぞヨロシク。

  • 志の高い少年

    ねこのじかんです。どうぞヨロシク。

  • ライバル

    ねこのじかんです。どうぞヨロシク。

  • 2015.9

    ねこのじかんです。どうぞヨロシク。

  • 心地よい風

    ねこのじかんです。どうぞヨロシク。

  • 15.7.17

    ねこのじかんです。どうぞヨロシク。

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