中島敦の《狼疾記》- 人生の執拗低音として常に鳴り響く虚無感、不安と「臆病な自尊心」|日本の近代文学
山中を、1匹の野生のオオカミが全力で疾走している……。足音と激しい息遣いを周囲に響かせて、森の藪の奥を目指し。私が以前「狼疾記」という題名を目にして、すぐ頭に浮かんだのはそんな情景だったが、実際の意味は異なっている。狼疾、の熟語は心が乱れているさまや、ものが乱雑になっている状態をあらわす。また、自らを省みることができない人間を指してそう形容する場合もある。一説には病んだオオカミの振る舞いが由来だとされている(学研漢和大字典)らしい。中島敦の短編「狼疾記」は、それにまつわる孟子の言葉の引用から始まっていた。
2022/09/29 17:27