毎年恒例の教会学校のミュージックフェス。久しぶりに夫婦でステージに立ち、最後は全員で「愛は勝つ」を歌い上げました。
毎年恒例の教会学校のミュージックフェス。久しぶりに夫婦でステージに立ち、最後は全員で「愛は勝つ」を歌い上げました。
日本聾話学校「きこえの学校」の新たなプロジェクトのためのクラウドファンディングです! ご協力よろしくお願いします。
私たちは孤独な戦いの中にいるのではなく、すでにイエスに「祈られている」存在である。このことを知ることは何という安心か。
「面倒くさい」と感じた若き日の叱責、ブラジルの地で共に見つめた「アリの道」。先生の細やかな歩みが、いかに神の国の道を作ってきたか。
「私は良い羊飼いである」というイエスの言葉は、かつての人々を激怒させました。混迷する時代の中で、私たちがどの声に従って生きるべきか。
のぞみ教会で開催された「小さな子どものお楽しみ会」。1歳から小学3年生までの子どもたちと保護者が集まり温かな時間を過ごしました。
復活したイエスの体に、なぜ十字架の傷跡が残っていたのか。それこそが私たちの希望でもあるのです。
イースターの朝、墓を塞いでいた巨大な石はすでに転がされていた。自らの無力さに立ち尽くす私たちが、ふと目を上げたときに見える景色とは。
タイパや効率が重視される時代。1000枚配って1人来ればいいと言われる教会学校のチラシ配りは、非効率な作業かもしれません。それでも!
主イエスが息を引き取った瞬間、神殿の垂れ幕が裂けました。それは神が自らの衣を引き裂くほど激しく嘆かれた「しるし」ではないでしょうか。
ふくらはぎの怪我でレース断念。50歳を迎え、当たり前だった「サブ3」に届かなくなった悔しさの中で見つけたものとは。
2026年のイースター。黒鐘公園での野外礼拝、賑やかな祝会、そして伝統の「ハレルヤ・コーラス」。
3月22日、あさひ教会にて内田弥生さんの伝道師任職式が行われました。共に福音に仕える「同労の友」へ!
出世を願う弟子たちに対し、主イエスが示した「仕える者が一番偉い」という逆転の価値観。主は私たちを、買い戻してくださいました。
3月7日、教会学校の上級生たちと昭和記念公園へ!小春日和の中での全力遊びと、大人たちが奮闘したローボート体験。
パン作りの失敗談から、聖書が語る「パン種」の警告、そして「足りないもの」ばかり数えてしまう私たちの弱さへ。
母校・日本聖書神学校の卒業式に参列。働きながら夜学を完走した内田弥生さんの姿に感動! 円形脱毛症の記憶が蘇りました。
2026年3月6日、めぐみ教会で行われた「世界祈祷日」。ナイジェリアの女性たちが綴った平和への祈りを共にしました。
2月16日の失速、23日の不完全燃焼を経て挑んだ、3度目の32kmロングジョグ。東京マラソンの熱狂を糧に、平均$4'40"/km$で完走。
21日に開催された国立のぞみ教会の中高生会。今回は3名の参加でしたが、現役卓球部員との真剣勝。豊かな時間を過ごしました。
「一汁三菜作らねば」「伝統を守るべき」。無意識に自分や他者を縛る「ねばべき」に疲れていませんか?
3月28日のチャレンジレースに向け、4ヶ月ぶりとなる30km超のロングジョグを敢行。強風の多摩川で「脚作り」という原点に立ち返る。
12年間、病と孤独に苦しんだ女性。彼女がイエスの服に触れたとき、何が起きたのか? 単なる癒やしではない、一人の人間が尊厳を取り戻す。
2006年から続く、のぞみ教会恒例の「おもちつき会」。大雪の延期を乗り越え、快晴の中で迎えた20年目の節目のもちつき!
2026年2月の歴史的選挙を経て、暗澹たる思いで迎えた朝。聖書が語る「命を選びなさい」という言葉は、何を私たちに問いかけているのか。
ベネズエラ攻撃や衆議院解散という激動のニュースが続く中、私たちはどう立ち振る舞うべきでしょうか。
「なぜ存在するのか」を問い直す——破綻寸前での議長メッセージ
「現在のモデルは破綻寸前である」——AIによる冷徹な分析から始まった議論。私たちは何を「維持」したいのでしょうか。
国立のぞみ教会恒例の「ミュージックフェス」。今年は夫妻がデュオで参戦? ハンバート ハンバートの名曲「笑ったり転んだり」の練習に励む
国立市内の5つの教会の牧師が集まり、新年昼食会を開催。教派を越えた協力や地域への奉仕など話題は尽きず盛り上がりました。
The Challenge Race 2 in 2026 レース報告
1月31日のThe Challenge Race 2 in 2026に出走。強風と練習不足に阻まれ、30km地点でDNFとなりました。
聖書の有名な「種を蒔く人」のたとえ。私たちの心は道端や石だらけの地かもしれませんが、神様は決して種を蒔くことを諦めません。
岡本亮輔著『キリスト教入門の系譜』を、読みました。1%未満という現実に立ちすくみながらも、なぜ私たちは言葉を紡ぎ続けるのか。
2020年から続くZoom祈祷会。今月はアメリカでの看護師経験を経て神学を学ぶFさんの証を伺いました。
年末の事故を経て挑む1月31日のフルマラソン。去年の絶好調だった自分と比較し葛藤する中、見えてきたのは「今のベストを尽くす」という潔さ。
ドラマ「不適切にもほどがある」が問いかけた現代の息苦しさ。2000年前、イエス・キリストも「安息日の不適切」を巡り対立していました。
一昨年だろうか、「不適切にもほどがある」という言葉が流行しました。コンプライアンスが重視される「令和」と、今では考えられないことが平然と行われていた「昭和」をタイムトラベルするドラマは、単なる懐古趣味を超え、規則に縛られ […]
ィンランド発祥のスポーツ「モルック」。国立のぞみ教会では新年最初の礼拝後、礼拝堂でモルック大会を開催!
昭和記念公園でのハーフマラソン。怪我と練習不足でワースト記録を更新する中、10kmに初挑戦する妻と一瞬だけ並走するという奇跡が。
屋根を剥がして病人を主イエスのもとへ運んだ4人の男たち。常識を突き抜ける彼らの姿から、信仰の本質を問い直します。
20年ご無沙汰していた会社員時代の先輩が夢に登場。勇気を出して連絡してみると、なんと相手も同じ夜に私の夢を見ていたという
2026年最初の「東京4教会合同小会」を開催。127回を数える歴史の中で、小さな群れ同士が弱さを分かち合い、共に祈ることの幸い
1月17日、昭和記念公園でのハーフマラソンに教会の仲間と出走。運動無縁だった妻の10km初挑戦という「異常事態」。
国立のぞみ教会恒例の「おもちつき会」を今年も開催!せいろで蒸したもち米を臼と杵で搗く貴重な体験。
牧師の行き先を決めるのは、厳正なる「あみだくじ」? 5月31日の一斉講壇交換主日に向け、議長として組み合わせを決定。
落車事故の痛みと共に始まった2026年。カレンダーをめくっても消えない不安や痛みのただ中で、なぜ私たちは礼拝に集うのか。
国立のぞみ教会教会学校 Facebook&Instagram
教会学校のInstagramとFacebookを紹介します! ぜひフォローしてください。
イギリスの伝統あるアワードで銀賞を受賞した、のぞみ教会の「手作りマーマレード」。教会の庭で育った豊かなみかんを使い、今年も第一弾が完成しました。
病床にある方を訪ね、共に行った自宅での聖餐式。長い友情が繋ぐ「聖餐具」に思いを馳せながら、イースターの再会を願う冬の日の記録です。
年末の落車事故で痛みを抱えたまま迎えた2026年。「新年になっても何も変わらない」という諦念のなかで響く御言葉に聞く。
年末の落車事故から10日。1月31日のレースでの自己ベスト更新が白紙になった現実と向き合う。
NCCの仲間と念願の知多半島へ。還暦を祝う喜びの旅の終盤、予期せぬ落車事故に見舞われ……
マタイ25章の言葉を道標に、今この瞬間に共におられる主(インマヌエル)の眼差しを見つめるエッセイです。
2025年の大晦日。国立のぞみ教会の牧師が一年を振り返る。ウクライナやガザの情勢、戦後80年の節目に平和への祈りを捧げます
映画『はだしのゲンはまだ怒っている』をポレポレ東中野で鑑賞。広島での幼少期の記憶や原爆体験、『はだしのゲン』との出会いを重ねながら、今あらためて「ゲン」の声に耳を傾ける意義を綴る映画レビュー。
11月23日、国立のぞみ教会で恒例の秋のバザーが開催されました。子どもから大人まで多くの地域の方々が集い、奉仕を通して教会の温かさを感じる一日となりました。
国立のぞみ教会の教会学校は、幼稚園とのつながりに支えられながらも、地域との新しい関係づくりが課題となっています。コロナ後の活動再開を見据え、教会学校案内の作成やポスティングに取り組む様子を紹介します。
第35回ぐんまマラソン 二年ぶりの挑戦と、再び刻まれた悔しさ
二年ぶりのぐんまマラソン挑戦。サブ3を狙って臨んだ2025年大会は、前半順調も後半のからっ風に苦戦し3時間14分でフィニッシュ。牧師ランナーとしての思いと、次なる挑戦2時間45分切りへの決意を綴ったレースレポート。
預言者ミカの言葉が現代社会に響く。軍需産業と金、宗教の腐敗といった問題に通じるミカ書3章5節を読み、今を生きる私たちへの問いとして受けとめた一日。
入門クラスで話題になった「聖書通読」。まだ読んだことがない方と一緒に、今日から聖書協会共同訳で通読を始めます。自分のペースで、言葉との出会いを楽しみましょう。
30kmの壁の向こうへ ― The Challenge Race 11 in 2025
10月4日のThe Challenge Race 11 in 2025に出場。ぐんまマラソン2025に向けた30km走で3時間7分ペースに挑戦。サブ3達成へ、残り1か月の仕上げ期間。
モーセは約束の地を目前にして生涯を閉じました。未完成の人生をどう生き抜くのか。
神はなぜイスラエルを選ばれたのか。それは「貧弱だったから」です。弱さの中にこそ働く神の愛と力を、申命記7章から見つめ直します。
二年ぶりの宿泊キャンプ!総勢39名の子どもたちと過ごした教会学校の夏。テーマは「わたしだよ」(マタイ14:27)。嵐の湖で語られたイエスさまの言葉を中心に、子どもたちと聖書を学びました。
2025年8月、カンボジアで開催された第二回アジア青年交流会(AYG)。日本・フィリピン・カンボジア・アメリカの青年が出会い、賛美と祈りを共有したかけがえのない6日間の記録。
民数記23章のバラム物語から、呪いではなく祝福を語ることの大切さを考えます。十字架と復活に示された神の祝福を、今週も携えて歩みましょう。
民数記に描かれる「荒野を旅する神の民」。雲の導きに従い、神のペースで歩む彼らの姿は、現代を生きる私たちへのメッセージでもあります。自分の計画にとらわれず、イエス・キリストを見つめて歩む旅へ。
「なすべきことは、ただ一つ──信仰のフィニッシュラインを目指して」
晩年のパウロが語った「なすべきことは、ただ一つ」。信仰の歩みを「走ること」にたとえたその言葉に、私たちがこの地上をどう生きるかのヒントがあります。
2025年6月、国立のぞみ教会で恒例の「ミュージックフェス」が開催されました。子どもたちの笑顔と平和への祈りが音楽にのせて会堂いっぱいに響きました。
ペンテコステ——教会が聖霊によって生まれた日。多様性の中で一つとされる「一致」とは何か。キリストの心を模範とする歩みを通して、この時代に光を放つ教会の姿を見つめます。
獄中にあっても「喜び」を語ったパウロ。彼が記したフィリピ書から、苦難の中でも進む福音の力を見つめます。あなたの歩みにも、キリストは共におられます。
キリスト者の自由とは何か?パウロのガラテヤ書5章から「愛によって働く信仰」の本質をたどり、時代に逆らう福音の力を見つめます。
雨にも負けず、地域とつながる温かなひととき。のぞみ教会で行われたフードバザーの様子を、子どもたちの笑顔と中高生の活躍を交えてレポート。
「派手さじゃない」──イチローの言葉に学ぶプロフェッショナル
「派手さはいらない。堅実に。それがプロ。」イチローの言葉に導かれて、牧師という働きにおける“静かなプロフェッショナル”の姿を綴ります。
「もっと頑張らなきゃ」「まだ足りない」――そんな思いに縛られそうなとき。福音の本質は、キリストに“知られている”という確かさにあります。
「何を信じて、生きているか?」――揺れる時代に問われる“わたし”の軸
信じることが難しい時代に、「何を信じて生きるか?」という問いを改めて受け取ります。見えないものに信頼を置くという信仰の意味を、ガラテヤの手紙と日常の交差点から見つめていきます。
最強ハンター降臨!教会版「逃走中」で子どもたちと汗だく全力バトル|2025年春 国立キリスト教会×のぞみ教会合同イベント
教会で「逃走中」!? 最強ハンターとして国立の子どもたちと全力バトル。合同開催となったユニークな教会イベントの様子をレポート!
聖書を読んでも感激がわかない――そんなとき、ほんの少しでも「生きてみる」。八木重吉の詩から、体で引き受ける信仰のかたちを見つめ直したエッセイ。
ガラテヤ書1章から「ただ信じるだけで救われる」福音の本質をたどり、律法や「べき論」から解放される恵みを見つめ直します。
東京マスターズ5000mに初出場。雨の中、Takanoriとワンツーフィニッシュを決めた渾身のレース。記録と展開を詳細に振り返る。
心の呼吸が浅くなっていないか――羽仁もと子の言葉とともに、「神の愛を呼吸する」静かな信仰の回復について考えます。
疑いを抱えながらも礼拝する私たちに、主は近寄ってくださる。「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」という約束を胸に、復活の喜びを歩んでいきましょう。
「どうせ無理」という時代に、もう一度“やってみよう”と背中を押す言葉を。信仰も人生も、一歩から始まる。
イエスの墓へと向かったマリアたちは、不安と混乱の中で走り出しました。その先に復活の主が立っておられたように、私たちの信仰の歩みもまた「理解の先にある出会い」へと導かれています。
「自分で決める力」こそ人権――井上ひさしの言葉から平和を考える
「人権とは自分で運命を決める力」――作家・井上ひさしの言葉から、ガザやウクライナの現実、フランシスコ教皇の平和への祈りまで。今、わたしたちができる一歩を考えます。
説教は「文字」ではなく「声の響き」。原稿に書かれた言葉が、礼拝の場でどのように命を持ち、会衆と共に響き合うのか。説教学の恩師たちの教えと、説教者としての現在地を見つめながら綴る、唐澤健太牧師のエッセイ。
50代にしてマラソン2時間35分を目指す。孤独な挑戦に欠かせないのは、共に走る友の存在。祈りのように、朝の道をふたりで走り出す──。
「人生最大のピンチ」から始まった奇跡──洗礼のあるイースター
教会学校の野外礼拝とエッグハンティング、洗礼式、BBQ愛餐会、そして大人たちのモルック大会まで──のぞみ教会らしい恵みと喜びに満ちたイースターの1日を振り返ります。
主の復活を、みんなで祝おう──イースター2025の準備と喜び
子どもたちと準備したイースター・エッグ、朝の野外礼拝とエッグハント、そして教会での洗礼式とBBQ──主の復活を喜ぶ一日の記録です。
十字架の上でイエスが発した唯一の言葉「なぜ私を見捨てたのか」。その叫びは、絶望ではなく、私たちの痛みを担う祈りでもあった──闇に響く主の言葉をめぐるエッセイ。
🖥 ChatGPTと歩む、WordPressテーマ切り替えの道 昨晩のWordPressのバージョンアップにともなって、ブログに思わぬ不具合が起きた。見た目の表示はこれまで通り。サイトもちゃんと閲覧できる。でも、本文の編 […]
映画『男はつらいよ』のセリフと、アンパンマンの歌に込められた「なんのために生きるのか?」という問い。教会の母ノリ子先生の言葉を思い出しながら、信仰をもって生きる楽しさについて綴ったエッセイです。
サブ2:35、福岡国際マラソン。50歳を超えてなお、自己ベストを更新し続けるための3年計画。走ることは、祈ることでもある──。
接吻という敬意のしるしを、裏切りの合図に変えてしまったユダ。それでもイエスは彼に「友よ」と呼びかけました。マタイ福音書の受難の場面から、愛の本質に触れるエッセイです。
子どもだった私は、園長先生の“澄んだ目”に安心をもらっていた。今は、自分がその眼差しを向ける番だ。細い目でも、人生に残るような眼差しを注ぎたい。
飢え、渇き、病、孤独…「最も小さな者」のうちにおられるイエス。自身の体験とマタイ25章40節の言葉を重ねながら、「できなかったこと」の記憶と、“うろたえ”の中にある福音を見つめるエッセイ。
SNSや忙しさの中で、書くことから遠ざかっていた。使わずにいたネタ帳の言葉と、いまの自分として向き合う。「更新を再開する理由」を少しだけ、正直に綴りました。
フルマラソンPB2時間48分56秒、そして50歳。もう十分だと思いつつ、まだ先を見たい――。目標は2時間35分切り、福岡国際B。挑戦を決めた理由と想いを、正直に綴ったエッセイ。
「全能の神にもできないことがあります。それは、“見捨てる”ということ。」――奥田知志牧師の言葉を通して、見捨てられたと感じるときにこそ届く、神の愛の力を思い起こします。
「恨みは恨みしか生まん」――正しさを盾にした暴力の連鎖を断ち切るために。愛と対話から始まる小さな平和についての黙想。
毎年恒例の教会学校のミュージックフェス。久しぶりに夫婦でステージに立ち、最後は全員で「愛は勝つ」を歌い上げました。
日本聾話学校「きこえの学校」の新たなプロジェクトのためのクラウドファンディングです! ご協力よろしくお願いします。
私たちは孤独な戦いの中にいるのではなく、すでにイエスに「祈られている」存在である。このことを知ることは何という安心か。
「面倒くさい」と感じた若き日の叱責、ブラジルの地で共に見つめた「アリの道」。先生の細やかな歩みが、いかに神の国の道を作ってきたか。
「私は良い羊飼いである」というイエスの言葉は、かつての人々を激怒させました。混迷する時代の中で、私たちがどの声に従って生きるべきか。
のぞみ教会で開催された「小さな子どものお楽しみ会」。1歳から小学3年生までの子どもたちと保護者が集まり温かな時間を過ごしました。
復活したイエスの体に、なぜ十字架の傷跡が残っていたのか。それこそが私たちの希望でもあるのです。
イースターの朝、墓を塞いでいた巨大な石はすでに転がされていた。自らの無力さに立ち尽くす私たちが、ふと目を上げたときに見える景色とは。
タイパや効率が重視される時代。1000枚配って1人来ればいいと言われる教会学校のチラシ配りは、非効率な作業かもしれません。それでも!
主イエスが息を引き取った瞬間、神殿の垂れ幕が裂けました。それは神が自らの衣を引き裂くほど激しく嘆かれた「しるし」ではないでしょうか。
ふくらはぎの怪我でレース断念。50歳を迎え、当たり前だった「サブ3」に届かなくなった悔しさの中で見つけたものとは。
2026年のイースター。黒鐘公園での野外礼拝、賑やかな祝会、そして伝統の「ハレルヤ・コーラス」。
3月22日、あさひ教会にて内田弥生さんの伝道師任職式が行われました。共に福音に仕える「同労の友」へ!
出世を願う弟子たちに対し、主イエスが示した「仕える者が一番偉い」という逆転の価値観。主は私たちを、買い戻してくださいました。
3月7日、教会学校の上級生たちと昭和記念公園へ!小春日和の中での全力遊びと、大人たちが奮闘したローボート体験。
パン作りの失敗談から、聖書が語る「パン種」の警告、そして「足りないもの」ばかり数えてしまう私たちの弱さへ。
母校・日本聖書神学校の卒業式に参列。働きながら夜学を完走した内田弥生さんの姿に感動! 円形脱毛症の記憶が蘇りました。
2026年3月6日、めぐみ教会で行われた「世界祈祷日」。ナイジェリアの女性たちが綴った平和への祈りを共にしました。
2月16日の失速、23日の不完全燃焼を経て挑んだ、3度目の32kmロングジョグ。東京マラソンの熱狂を糧に、平均$4'40"/km$で完走。
21日に開催された国立のぞみ教会の中高生会。今回は3名の参加でしたが、現役卓球部員との真剣勝。豊かな時間を過ごしました。
民数記に描かれる「荒野を旅する神の民」。雲の導きに従い、神のペースで歩む彼らの姿は、現代を生きる私たちへのメッセージでもあります。自分の計画にとらわれず、イエス・キリストを見つめて歩む旅へ。
晩年のパウロが語った「なすべきことは、ただ一つ」。信仰の歩みを「走ること」にたとえたその言葉に、私たちがこの地上をどう生きるかのヒントがあります。
2025年6月、国立のぞみ教会で恒例の「ミュージックフェス」が開催されました。子どもたちの笑顔と平和への祈りが音楽にのせて会堂いっぱいに響きました。
ペンテコステ——教会が聖霊によって生まれた日。多様性の中で一つとされる「一致」とは何か。キリストの心を模範とする歩みを通して、この時代に光を放つ教会の姿を見つめます。
獄中にあっても「喜び」を語ったパウロ。彼が記したフィリピ書から、苦難の中でも進む福音の力を見つめます。あなたの歩みにも、キリストは共におられます。
キリスト者の自由とは何か?パウロのガラテヤ書5章から「愛によって働く信仰」の本質をたどり、時代に逆らう福音の力を見つめます。
雨にも負けず、地域とつながる温かなひととき。のぞみ教会で行われたフードバザーの様子を、子どもたちの笑顔と中高生の活躍を交えてレポート。
「派手さはいらない。堅実に。それがプロ。」イチローの言葉に導かれて、牧師という働きにおける“静かなプロフェッショナル”の姿を綴ります。
「もっと頑張らなきゃ」「まだ足りない」――そんな思いに縛られそうなとき。福音の本質は、キリストに“知られている”という確かさにあります。
信じることが難しい時代に、「何を信じて生きるか?」という問いを改めて受け取ります。見えないものに信頼を置くという信仰の意味を、ガラテヤの手紙と日常の交差点から見つめていきます。
教会で「逃走中」!? 最強ハンターとして国立の子どもたちと全力バトル。合同開催となったユニークな教会イベントの様子をレポート!
聖書を読んでも感激がわかない――そんなとき、ほんの少しでも「生きてみる」。八木重吉の詩から、体で引き受ける信仰のかたちを見つめ直したエッセイ。
ガラテヤ書1章から「ただ信じるだけで救われる」福音の本質をたどり、律法や「べき論」から解放される恵みを見つめ直します。
東京マスターズ5000mに初出場。雨の中、Takanoriとワンツーフィニッシュを決めた渾身のレース。記録と展開を詳細に振り返る。
心の呼吸が浅くなっていないか――羽仁もと子の言葉とともに、「神の愛を呼吸する」静かな信仰の回復について考えます。
疑いを抱えながらも礼拝する私たちに、主は近寄ってくださる。「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」という約束を胸に、復活の喜びを歩んでいきましょう。
「どうせ無理」という時代に、もう一度“やってみよう”と背中を押す言葉を。信仰も人生も、一歩から始まる。
イエスの墓へと向かったマリアたちは、不安と混乱の中で走り出しました。その先に復活の主が立っておられたように、私たちの信仰の歩みもまた「理解の先にある出会い」へと導かれています。
「人権とは自分で運命を決める力」――作家・井上ひさしの言葉から、ガザやウクライナの現実、フランシスコ教皇の平和への祈りまで。今、わたしたちができる一歩を考えます。
説教は「文字」ではなく「声の響き」。原稿に書かれた言葉が、礼拝の場でどのように命を持ち、会衆と共に響き合うのか。説教学の恩師たちの教えと、説教者としての現在地を見つめながら綴る、唐澤健太牧師のエッセイ。