【平家物語148 富士川⑦完】「これは頼朝一人の手柄に非ず、ひとえに八幡大菩薩のおんはからい」 院宣を賜ってからの最大の危機に、 一兵も失うこともなく勝利を得た武将の当然ともいえる感慨であった。
夜は白々と明けた。静かな暁である。 定められた六時、勢揃いした源氏は天にもとどけと鬨《とき》の声を三度あげた。 東国武士の野性をおびた声が朝の空気をふるわせた。 平家の陣は死んだように静まりかえって物音一つない。 敵の策かとしばし様子をうかがったが、やがて偵察の侍が放たれた。 「人みな逃げ落ちています」 と呆《あき》れ顔で報告すれば、やがて敵の忘れた鎧を手にして戻るもの、 平家の大幕をかついで帰るもの、いずれも口を揃えていうのである。 「平家の陣には蠅一匹飛んでおりませぬ」 これを聞くと、頼朝はさっと馬から降りた。 兜をぬぎ、手水《ちょうず》うがいをして身を浄めると、京都の方を伏し拝んだ。 「…
2024/10/31 20:27