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2020/10/12

1件〜100件

  • 奴隷のしつけ方

    凄い題名ですね。ローマ時代に生きた「マルクス・シドニウス・ファルクス」。その架空(?)の人物に語らせた、その時代の奴隷を扱うための教本。解説者として名を連ねるジェリー・トナーと言う古典学者が創り上げた妄想の書籍なんだけれど、よく出来てます。ローマ時代の奴隷の手に入れ方、活用の仕方から始まる本書。ローマ時代に出版されていればベストセラーになっていたかもしれません。逆に奴隷達が読み込むことを恐れ、出版禁止になっていたかも。主従関係の中で起こる、それぞれの思惑や疑念や不満。これは今も一緒。この書籍、教科書的な語りではな「そうは言ってもこういうこともあるから、気をつけて」と現場目線のコメントも散りばめられているのでとても役にやったと思う・・。また当時の奴隷制度が矛盾だらけであったことも伺えます。今の時代も、盾の関係で苦労することは多い。人間のストレスのほとんどは、人間関係に起因すると言うのは、あながち間違ってないとも思う。さて、今から1000年後、数あるビジネス本や実用書、どれだけの書籍が残っているだろうか?そんなことも気にしながら読んでました。おすすめです。

  • 美的感覚を養おう

    野球、サッカー、グランドゴルフをやっているのを見かける元学校だったグランド。ジョギングコースに組み込んでるので、よく立ち寄ります。ずらっと並べてある長椅子。×の張り紙は、真ん中座っちゃダメよなのか? 椅子そのものに座っちゃダメよなのか?多分、前者だと思うけれど、違うかな? 後者だという見方も出来る・・。どっちにしても、カッコ悪い。どうするのか正解なんだろう?座っちゃダメなら撤去してこの場から移動させちゃえばいい。真ん中ダメなら、「離れて座ろう」の文字。うん、才能なし。

  • デス・ゾーン

    栗城 史多さんって、どんな人だったんだろう?気になって読んでみました。登山家なんだけど、その業界とは距離を置いてるイメージ。ほんとにこの人は凄い人なのか?登山のスキルはほんとに高かったのか?これだけ有名なのに山の雑誌に名前が載らない。でも登山家として記憶されている。なんだか不思議な人。エベレストに挑戦するも何度も失敗。コメディアンのイモトさんがサクッと登頂しちゃったりして、この人の登山家としての資質に疑問が湧いてました。この本を読んでわかったこと。栗城という演出家に皆振り回されてしまったんだなと。挑戦者である登山家。その主役となる自分を演出し頑張りたい人のヒーローを演ずる。ネットの世界でその一挙手一投足に反応し絶賛する声。それも演出だと捉えていたんだと思う。登山の技術は、プロの目線からは、大したことは無かったみたい。登山の技術や体力向上よりも演出が大切だったんだろう。旬が過ぎると周りが忘れるように、フェードアウトしていればよかったと思う。それが出来なかったんだね。命を犠牲にしてまで演出する必要は、あったんだろうか?死ぬことでしか辞められなくなったという本書の中のコメント。なんだかわかる気がします。

  • オシムのトレーニング

    サッカーはアートです。サッカー元日本代表監督だったオシムさんが亡くなったというニュースは、とてもショックでした。たまに流れてくるインタビュー記事を楽しみにしてたから。他の解説者とは違う、大きな視点で語られる言葉がとても好きでした。2005年のナビスコ決勝の国立競技場。当時オシム監督率いるジェフとガンバ大阪の決勝戦を国立競技場のスタジアムで見てました。延長PKまでもつれた試合はジェフが勝ったんだけれど、ジェフの選手は、びっくりするくらいよく走ってた。オシムさんが作り上げたインテリジェンス溢れるサッカーは、その後日本代表にも受け継がれることになります。オシム語録というワードが出来るほど、オシムさんの言葉は影響力のある重さを持ってます。オシムさん関連のいろんな書籍が出てますが、僕はこの本が一番、オシムさんを知れるんじゃないかと思ってます。サッカー練習のコーチに向けた教本です。練習の意図を含めて図解で詳しく紹介されてます。サッカーはアートだと思ってる僕にとって目から鱗の言葉だらけで、サッカーの見方まで学べちゃうすごい本。オシムさんが監督の資質を聞かれた時に、「アイデアを出すこと」と答えてました。若い選手にスタミナや技術で勝てる訳がない。しかしアイデアを提示することは出来る。そのアイデアで選手が成長出来ると、自ずと信頼関係が出来上がる。監督は常にアイデアを出すトレーニングをすべきだと。オシム語録は、モノの見方や考え方の指南書でもあります。試合中の選手には長話はしない。選手それぞれの適性や状態を見て、的確な数少ない言葉を投げかける。聞けば当たり前のことなんですが、なそうだよねってオシム語録は、サッカー選手ではない僕にも、ちゃんと伝わります。この教本見てると、サッカーって深くて面白いんだなと。これだけ普及したスポーツなのに、まだまだ無限大で可能性を感じれます。クリエイティブな仕事ってこういうことかなと思う。他のスポーツにも、こんなトレーニング本があると、僕はそのスポーツの虜になる気がします。写真の世界も、撮る主体が決まった後は、アイデアが次にくると思う。その主体をどう見せると効果的か?技術的なことは、後追いで習得すればいい気がします。 新しい視点を発見するためにも、もっとアイデアを生み出す努力は続けなきゃなと本読みながら思ってました。サッカーはアートだって、ほんと思います。

  • 2022 My Automatism 終了

    個展終了しました。たくさんのご来場ありがとうございました。前回よりもバリエーション豊かな展開に、前回見ていただいた方からは、「進化」「パワーアップ」という発展形の言葉をいただき、意図していたことが少しは伝わったのかなと安堵しております。また京都グラフィー開催中で、写真好きな方々が、その流れの中で見ていただけたことも良かったです。今回のテーマは、機械的な抗えない流れの中で、生きるスピードってなんだろう?をテーマにしたMyAutomatism LIFE SPEED+としました。+としたのは、これからも+2 +3と発展させていきますという宣言でもあります。2回目の個展、大成功ですねという言葉を多くいただきました。とても、ありがたいと思います。次の作品作りへの励みにもなります。 今回の個展を開催するにあたり、二つを意識しました。(1)テーマを意識した作品構成で、グッと深い思考をしていただきたいこと。(2)カジュアルな感覚で、アートな写真を、楽しんでいただきたいこと相反する、二つの目的をバランスよく構成することを考えました。一枚一枚に添えたキャプションは、カジュアルな感じを出すため、そして作品を深めるために必要な要素として考えてのこと。このキャプションを読まれた方から文章を含めた写真集の発売を、希望する声もありました。この試みは続けたいと思っていますが、逆の指摘もあり、なかなか難しいものだと思いました。今回いろんなバリエーションの作品を展示したことで、これからどうなっていくのか? 今後の展開を一番楽しみにしているのは多分、私自身ですね。いろんなアイデアが頭の中にあり、どうまとめていけるのか? 自然な形で進んでいければ良いかなと。趣味レベルからプロのレベルへ展示が発展出来たのか?は、見る方の判断に委ねるとして、今後は写真作家としてプロレベルの作品が作れるよう、意識も技術も向上させたいと思っています。今回ご来場いただいた皆さんに感謝申し上げます。是非とも、また見たいと言っていただけるような写真作家になれるよう、頑張ります!!引き続き応援よろしくお願いいたします。

  • 2022 My Automatism 設営完了

    仲間に手伝ってもらって、ギャラリーでの設営が完了。自分の作品が壁に掛けられ作品化していくと、ほんといろんな想いが湧いてきます。作品を展示する意義は、自分の中で沸々と湧き上がってくる思考を知るためなんじゃないかと思うことがあります。見ていただいた方の中にも、何か芽生えることがあると良いなと思います。 4/26-5/1 同時代ギャラリーでお待ちしてます

  • 個展準備はとりあえず完了

    来週からの個展に向け搬入する作品の梱包が完了。どんな風に見ていただけるのか?不安でもあり、楽しみでもあり。一週間なんて、あっという間だけど濃厚な時間にして会場に来ていただいた方が、楽しんでもらえれば良いなと思ってます。季節外れの5月始まりのDM風カレンダーです。

  • もう夏?

    あっという間に4月になって、個展まで二週間切りました。コロナによる緊急事態やら蔓延防止は、無くなったけれど、また感染者は増加傾向になってたり。もう勘弁してくださいって感じ。個展までもうちょい。個展に来ていただいた方用のポストカードも出稿完了。どんな出来になるのか?楽しみでもあり不安でもあり・・。外に出てると、もう夏って感じの陽気。もうちょっと春を楽しませてほしいですね。

  • PANDAがやってきた

     車を乗り換えました。FIAT500からFIAT PANDAに。我が家にやってきたのはPANDA STREET4x4という限定車。3人以上乗るケースが増えたことと、写真の機材やら作品の運搬に、もう少し大きな車が必要になったからなんだけれど、軽自動車の規格からほんのちょっとはみ出す程度なので、十分小さい。 納車の日に、お目にかかった我が家のPANDAは、ショールームの中の、一番目立つガラス張りの部屋の中に。中に入ると、かなり照れくさい。納車に関する車や書類の説明を受けて、記念写真撮ってもらって、盛大なお見送りされながら、PANDAとの新しい生活が始まった。試乗した時は2WDのATモデル。我が家にやってきたのは、少し車高が高い4WDのマニュアルミッション。乗り味がだいぶ違います。FIAT500に比べると、ドタバタ感が少なくて、ロールが大きめだけれど、しっかりと踏ん張ってもまだ余裕のある足回りの感じが、大人の味付け。1速が、やけにローギヤなので、ごろっと動き出すとすぐに2速へ。手首を返すだけで、シフトが決まるスポーティーさは微塵もない長いストロークの実用的なシフト操作。実用的なスピードでは、3速から5速を頻繁にシフトチェンジしてあげると楽しい。この車6速あるけれど、低いところでもしっかりとトルクがあるので、ズボラな運転でも大丈夫と懐は深い。引き取ってから、2時間を過ごしてみて感じたこと。・たっぷりとしたシートの具合がとても良い。・FIAT500よりも回転半径が短いので、街乗りに便利。・プラスティックだらけの内装も、貧乏くさくないのは流石。・乗り心地は、意外とまろやか・TwinAirのエンジン音は、それなりに騒々しい。・オーディオは20年前の使い勝手。・後席ウィンドウの昇降はマニュアルです。(^^;・相変わらず、きで前時代的。・アイドリングストップは、マニュアル車にいるのか??・シフトが、ちょっと渋いのは、最初だけ?・ECOモードも、それなりにパワーあり・ペットボトルホルダーにペットボトルが入らない、小さいぞ。・給油口は、キャップレス。割り切りがすごい。・・。・サイドミラーは、自動収納しない・・。以前に比べれば随分とまるくなったイタリアンテイスト。だけど運転する楽しさは解ってらっしゃるって感じ。お国柄の価値観の違いに、思わず笑ってしまう車ではあるけれど、FIAT500で惚れ込んだTwinAirのエンジンフィールは、この

  • 桜広場と幸之助さん

    個展の準備の合間に、パナソニック本社にある安藤忠雄さん設計の桜広場へ。毎年の恒例行事ですが、この日はあいにくの雨予報。合間を見つけて花見をしたものの、すぐに雨。早々と切り上げて松下幸之助記念館で、幸之助さんの言葉の数々に刺激を受ける。これも一年に一度の我が家の恒例行事。 創業者の思想を、後世に受け継ぐのって、すごく重要だけれど難しい。思想でしか文化は作られないと思うから、こういう取り組みは、大切にしてほしいなぁと思います。

  • 桜咲いてますね

    桜ってほんと不思議。 入学、入社、進学と4月はいろんな意味で新しい旅立ちの日。そんな時期に合わせて、桜が咲き誇る。4月を節目にしたのは、「桜」が先にあって、そこに節目を持ってきたんじゃないかと、毎年のように思ってます。昔の人が考えたことだから、調べれば解るだろうけど、なんだかそうであってほしいと思うので調べないのも毎年のこと。満開の桜を撮りに行けてないので、先週の桜。もうちょいかなって感じでした。今頃凄いんだろうね。週末、時間作って覗きにいってみようかなと。最近、とっても思うのは、季節を感じる事に喜びを感じたいなぁと思うこと。今は、いろんな事が簡単に満たされてしまう。欲しいモノはお金があれば簡単に手に入る。それが嫌な訳ではないけれど、なんだか違うこともあるねって。暖かくなって、気分がふわふわとしてくると、いろんなことが浮かんでくる。いやいはや個展の準備 もうひと頑張りです。

  • カジュアルな感じで写真展へ行ってみる

    SNSやYouTube、僕らの時代はレコードやラジオ、ストリートライブ、そこで知った趣味の合うミュージシャンのライブへ行ってみて、生の演奏の素晴らしさに感激し、さらにアーティストや音楽が好きになる。よくあることだと思うんですが、これと同じ体験を僕は、海外の美術館で経験しています。教科書や雑誌で見かけた有名な絵。本物を見た時の衝撃ったらなかった。モネとピカソは、そんな筆頭でした。二人とも、そんなに凄いとは思ってなかったんです、本物を見るまでは。特にピカソは、変な絵を描く画家。でもバルセロナのピカソ美術館で、幼少から晩年へと並べられた数多くの作品を見て唖然。幼少の頃の絵はめちゃくちゃ巧い。それがどんどん有名な画風に変わってくる変遷を知り衝撃を受けました。美術館を出る頃には、ピカソは凄い、ピカソは巨匠だって完全に切り替わってました。あの時に味わった感動、日本中の美術館へ行きました。美術館を巡るためだけにパリには何度足を運んだことか。そんな経験もあって、絵画を見る目は少しは養われたんじゃないかなと。 僕は写真を道具として作品を発表してます。なんとなく撮っていた写真、撮りたいと思う自分の心の根っこに正直になり撮り続けていると、何を表現したいのか?が明確になってくる。撮れば撮るほど、そのテーマに近づいた写真が撮れることを体験してます。写真の展示を見て、楽しいぞって思うようになったのは、そんななぜ撮ろうとするのか?作者の心を探ることが面白いと思うようになってからですね。そういう意味では画家も写真家も根っこは同じ。巷で溢れる写真の教室や展示会は、写真の技法に走りがち。もっと自由に撮れば良いのにとか、もっと面白い写真撮れるはずなのにって思うことも多いです。僕は写真はアートだと信じてます。写真展に来ていただいて、あーだこーだ感じてほしいなぁって思います。そして、もし、気に入ったならば、それを作家にそっと伝えてほしい。ダメだと思ったら、なぜダメなのか? 正直にバシっと言い放ってほしい。それが作家の次の活力になりますから。まずは、気楽な感じで、写真展に足を運んでほしいなと思います。アートってほんと楽しいですから。

  • エンブレムが変わるということ

    サッカークラブ、ガンバ大阪のエンブレムが、今年からとってもシンプルなものに変わった。これまでのは普段着やビジネスには、流石に厳しかった。鬼滅の刃のキャラクターをネクタイに着けて商談に望む人はいないのと同じレベル。でも、今度のエンブレムは付いていても許せるレベル。グッズの売り上げにも影響するんじゃないでしょうか。すごく好感持ってます。そういう意味では企業のロゴも、変わった時に感じる違和感も、年月が経つにつれ、そういうもんだって風に見えてくる。ガンバ大阪の新しいエンブレムが、大人の雰囲気をもったモダンなクラブに変わる象徴みたいになると良いなと思ってます。

  • 琴剣のちゃんこ道場

    料理はアートです。料理本の写真を見るのが好きで、パラパラめくっては楽しんでますが、この料理本は写真は一枚もなく絵のみ・・。鍋料理本は、どれもそれほどハズレはないと思いますが、この本に掲載されている鍋はどれも簡単で群を抜いて美味しいです。お相撲さんが作るちゃんこ鍋が、美味しいのは有名な話。元力士がやられているお店に入ってハズれたことは経験上ない。あっチェーン店はダメです。超有名な若なんとかさん経営のお店は、口に合いませんでした・・。鍋ってやってみると意外と簡単です。出汁から作っても、そんな技は必要ないし、バリエーションも豊富。我が家は一年中鍋作ってます。お鍋を作りたいお父さんには、超絶お勧めします。

  • またパンダと暮らそう

    2030年には、新車でガソリンエンジン車は買えなくなるかもしれない。ハイブリッド、電気自動車には、未だ乗ったことがありません。ずっとガソリン車。ディーラーの人から言われて気づいたんだけれど、かれこれ9年FIAT500に乗ってます。その前は二人乗りのオープンのスマートカブリオ。その前が初期型のPANDA45、それにPANDA sie。国産車には無い独特の個性に惹かれ。ずっと欧州の小型車に乗ってます。今でも乗りたい車は?と聞かれると、初期型のPANDA、ルノーサンク、キャトル、初代ツィンゴ、シトロエンのAX、2CV、ちょっと旧い欧州の小型車が良いなぁと思う。困ったことも多かった。風圧で曲がるドアミラー、途中で手動アシストが必要なパワーウインドウ、ワイパーがどこかへ飛んでいったり、走行中にアクセルペダルが床に張り付いたままになったりと、イタリア車の洗礼を嫌というほと受けました。でも、なぜか、みな良い思い出。一般の人とはちょっと違う故障に対する免疫が出来ちゃってると思います。9年目のFIAT500。未だに良いなあぁと思うし、飽きてないし、好きだし。普通に車検を通すこと考えてたんだけれど、2030年まで残り8年。機材や作品の運搬に、もうちょっと荷物が積みたいとか、3人乗る時に不便だとか、使い勝手の解消もあるけれど、不思議とパンダが気になったの。前にパンダに乗ってた頃は、楽しいことばかりだったから。今日、新しい限定車のパンダを見せてもらいました。 うん、いい色でした。

  • 大阪マラソンは終わったけれど

    2022年の大阪マラソンは、コロナの影響で一般参加ランナー無しで開催。中止になった一般参加ランナー向けの、その後のアナウンスはまだない。返金の額やら方法はどうなるんだろう?大会そのものは実施されているので、経費はそれなりに掛かっていると思う。その分の経費を差し引かれた返金額にならないことを願います。 さて、大阪マラソンの翌週、東京マラソンは、開催されてました。その後のクラスターの状況はどうなんだろう?すごく気になります。大丈夫だったなら、大阪マラソンを中止にしたことへのパッシングはあるだろうね。未来は誰にも解らないから、難しい判断ではあったでしょうけど・・。そういえば、大阪マラソン以降、あまり走れてない。というのも、夜や週末は、ほぼ次の個展の準備にかかりきりで、なかなか時間が取れない。そのおかげで、準備は、だいぶ捗りました。個展まで一月半、最後のひと頑張りだけど、本を読む余裕も出来てきた。

  • テレワークの本質論

    コロナで一気に身近になったテレワークですが、コロナが落ち着いて、これは仕事にならんと一気に制度を無くした企業、いやいやこれは良いぞと、積極的に活用している企業。知り合いの企業でも対応は、分かれてます。ほんと様々。IT系の企業で働いているので、僕もテレワークしてます。仕事柄、出張が多く、各地にオフィスがあってクライアントも全国。ここでしか出来ない仕事というのは、ネット社会でデータ共有が当たり前のIT系企業だと、ほぼないと断言できます。テレワークをやめてしまう企業が多い一番の理由は、生産性が下がるということ、サボるってことに対応出来ないということ、コミュニケーションが不足するという点。超私的な意見ですが、これテレワークでなくても、起こっていること。オフィスワークでは、ずっと一緒に何かをするというケースは少ない。一人一人が担当するタスクがあって、それをこなせば目的に近づける。マネジメントで、その進捗やベクトル、それに内容の質を定期的に確認出来ていれば、そんなにおかしなサボり方は出来ないと思うんです。 オフィスに居ると、なぜ、これが出来てると思うのか? 出来てると思ってるのは錯覚なんじゃないかと思ってます。それにマネジメントする側が、四六時中監視または指示せずには仕事を任せられない仕組みになっていること。テレワークで四六時中監視して指示を出す、これは大変です。数人ならまだしも数十人になると、多分無理。ならばこの課題を解決しようと双方歩み寄れば良いけれど、そういうやり方をしているところは両者の信頼関係が構築出来ていないので歩み寄って建設的な議論にはならない。だからテレワーク無理と・・。本質はマネジメントとコミュニケーションの質の問題だと思う。テレワークがうまく活用出来ないというのは、大体こんなとこじゃないかなと想像してます。ここまでは、僕の視点なんだけれど、この本では、オフィスで出来ていることを、どうやれば、テレワークでも可能になるのか? それを考え工夫することが重要だと伝えてくれてます。環境は、この先も変わる、人も変わる、災害が起こってもそう。その都度、工夫して対応出来るようになろうってこと。テレワークうんぬんだけではない、大きな視点の考えだと思いながら読んでました。僕は、性善説で考える傾向にあるようで、性悪説を前提に仕組み化されることには、とても違和感と抵抗を感じます。そのあたりのことも記述されていて、こんな考えでは

  • 岸田劉生と森村・松形コレクション

    京都国立近代美術館岸田劉生の絵は怖い。娘を描いた「麗子像」のイメージが鮮烈すぎてそう思ってます。怖いこけしみたいな容姿に朱色の着物。こんな風に描かれた娘さん、どんな気持ちだったんだろう?という疑問も・・。ざっと見て印象に残ったのは、「壺」ですね。大きな作品ではないんだけれど、凄い圧倒される美しさがあるんです。一人の青年が、何度も何度も舞い戻っては、この作品の前で唸ってました。美大生かな? その気持ち痛いほどわかります。僕もそうでしたから。岸田劉生は、38歳で亡くなってるんですね。人間関係で苦労したことがテキストでも読み取れました。どんな人だったのか?気になりました。展示全体を見て、唸る絵はたくさんあったし「壺」は、何度も見たいと思ったけれど。僕は多分、この画家が好きではないです。うまく言えないけれど・・。そうそう僕は、ルノワールの絵も、ちょっと違うぞって思うんです。惹かれる絵もたくさんあるけれど、これ違うよなぁとか、これ手抜き?って思う絵も相当ある。それと似た感覚を岸田劉生の絵に感じたのかもしれません。 別の階の展示は、美術館のコレクション展。ここは、写真の展示も多くて、ユージンスミスやらウェストンとか馴染みの作家の写真もあって、小ぶりですが楽しめました。写真の見方が、以前よりもシビアになってる気がして、これが自分の写真に還元出来ればいいんですが・・。

  • 軍人と民間人の区別はいるのか?

     ロシアがウクライナへ侵攻してしまった。外出中街で新聞の号外で知った時には、まさかでした。このところのニュースは、この話題で持ち切り。この時代に、戦争が起こることにびっくりしているし、これが許されるならば台湾が危ないぞとゾッとした。民間人も犠牲になってます、というニュースは、軍人ならば犠牲になってもしょうがないと、取れてしまう。そもそも民間人と軍人の区別はなんなんだろう?軍人として登録した時点で、攻撃される対象になることを認めたということなんだろうか?武装している人間は、攻撃対象にしてもよいという理屈だと、火炎瓶を作っている民間人は攻撃対象になるんだろうか?思想的な面も考慮する必要もあるかもしれない。恐らく、ほとんどのウクライナ人はロシアに敵意を抱いていると想像する。敵意を武装だとすると、これも攻撃の対象になるんだろうか?戦争そのものを正当化したり、戦争することが前提の理由付けは、常識に当てはめて考えることが難しいし。ほとんどの戦争は、権力者のメンツを保つために始まっていることは、歴史が教えてくれている。だから、どこかで辻褄があわなくなる。 今回のこと、歴史の中でどう扱われるのか?すでに答えは出ている気がするけれど・・。戦争反対人殺しは悪民間人も軍人も、人間だぞ。

  • 写真は見せ方で変わる

    写真の大きさや、飾る場所によって見え方がとっても変わります。額装する時のマットの切り抜きサイズでも、見え方が変わってしまうので、いつも苦労してます。小さなサイズのミニチュアで、あーだこーだやっても、感覚が掴めない時は、実物のサイズであーだこーだやります。次回の個展のマットサイズ、やっとこさ決めました。でも本物の額装してみたら、またイメージが変わるかもしれないので、難しいですね。いつもドキドキしながらやってます。

  • ひとくず

    いやはや全く知らなかったですこの映画。でも、素晴らしく良かったです。いろんな人に見てほしい映画です。題材は、児童虐待。いまだに虐待で子供が亡くなるニュースをみます。ありがたいことなのか鈍感なのか?そんな実体験も、身近にそういう人がいることを僕は知りません。酷い親だと言い捨てるのは簡単だけれど、そこから抜け出すために何が出来るのか? 考えさせられました。そして、これは人間の弱さを如実に表した作品でもあります。弱い者に対して力を使う。これは児童虐待だけの問題じゃない。幸せになる権利は誰にでもあるはず。けれど生まれた環境によって誰もが等しく不平等であることも紛れもない事実。虐待する側は、強いことを誇示し続けるために虐待を続けること。虐待が出来ない状況になって初めて虐待を辞められると。これに気づいた時、脳天をズンと突かれたようなショックを受けました。誰しもが虐待をする可能性があるということ。解る気がします。組織の中で弱い立場の人を虐める人って、その行為を辞められないんだなと、思った。この映画は、ハッピーエンドで終わります。ホロっときます。何度も見てると、そのタイミングが変わる、上映後舞台挨拶にこられた主演であり監督である上西さんが言われてました。 すごく解る気がします。撮影は四年前、上映は2年前から。未だに、各地で上映が続いているそうです。口コミで広げてほしいと言われた監督の上西さん。この映画の意義は、こういう世界を知り、何か出来ないか?何か出来るんじゃないかと一人でも多くの人に気づかせること。そして一人でも多くその世界から救うこと。児童虐待って誰もがやっちゃダメだって解ってます。ある程度のモラルがあれば。でもそれをさせてしまう弱い弱い人間の影は、誰もが持っていることも知る必要があるかなと。この映画は、時間が経てば経つほど知ることも考えることが多くなる、そんな映画でした。名作です。P.S このイベントは市のホールで無料。かなりの方がホールに来ていて前方の席しか空いてませんでした。挨拶の告知がなかったようで、逆にラッキーだったです。

  • 超コレクション展 大阪中之島美術館

    先週オープンしたばかりの大阪中之島美術館。国立国際美術館の北隣の黒いキュービックな建物のそれは、近代美術館として40年前に構想され形になったモノ。心斎橋に近代美術館の準備室があった頃、佐伯祐三さんの展覧会もあって、足を運んだのは懐かしい思い出。その頃は、いつになったら佐伯さんの絵がいつでも見れる美術館が出来るのか?大阪に誇れる近代美術館は日の目を見るのか?期待と諦めに似た感覚でいたけれど、それが実現したんですから関係者のご苦労には、ほんと頭が下がります。 この美術館の周辺は、建設中も何度も歩いていたし、朝のテレビ番組の「おはよう朝日です」の、天気予報のバックに美術館が映っていて、すでに日常の建物になってますが、入るのは初。 エントランスから見た吹き抜けた天井に伸びるエスカレーターの景色が、かっこいい。展示は、いきなり佐伯祐三さんの作品から。人が多くてゆっくりしていられなかったの残念。でも佐伯さんのコーナーを抜けると、人の多さの割に、ゆっくり見れるくらいの余裕はありました。4階と5階の展示室を足早にまわって2時間。大きな展覧会を梯子したくらいの満足感。こんな素敵な美術館が大阪に出来たことが、本当嬉しい。佐伯さんの絵が、いつでも見れるのか? 常設展示の部屋は存在するのか? 何度か通うと解るでしょうから、答え合わせはお楽しみということで。 展示は、佐伯祐三さんは、やっぱいいね。何度も見ているけれど、何度見ても好き。山沢栄子さんから始まる写真のコーナーは、絵画と同じレベルの展示構成で、写真の格がぐっと上がる感じで、すごく嬉しい。できれば大阪にも写真専門の美術館が出来ると嬉しいんですが・・。一枚だけリヒターの絵がありました。それもよかった。ポッチョーニの絵は2枚。初めて見た気がしますが、なんやこれ?って引き寄せられるように見た絵がそれでした。好きだなぁこれ。ポスターが多いのは、天保山にあったサントリーミュージアムから引き受けたモノなんでしょうか? サビニャック好きとしては、ちょっと不満。時間の都合で展示会場以外には、寄ってないんですが、カフェやレストランはあるんだろうか?海外の美術館のカフェは、とっても居心地が良いから、そんな場所があれば嬉しい。 待ちに待った、地元に近代美術館です。期待が大きかったけれど、それ以上に素敵な器になってました。仕事帰りにフラット寄れる美術館が、また出来たこと

  • DNSって何?

    SNSで大阪マラソンに関する投稿を見ていると、やたらと「DNS」って言葉が目に付くようになった。昨日の大会からのメールだと大阪マラソンは開催するみたい。参加者全員PCR検査必須とのこと。普通に医療機関で検査すると2万円はかかる。無料でやってくれる場所は予約が取れない。出来ない人はマラソンの受付会場のインテックス大阪で無料で検査をやってくれるとのこと。混雑は避けられないでしょうね。このコロナの状況、大会3週間前に、そんな連絡受けて参加者から「DNS」の投稿がいっぱい。PCR検査は予想の範疇だけど、参加する立場からすると、オミクロンの感染者数が増え続ける中、ほんとに走って良いのか?って後ろめたさが日に日に増してきます。初めてのマラソン大会、マラソンは自分との戦いだって心底思いました。一昔前は、河川敷や田舎の人通りの少ないコースを走る大会が一般的で、スタート地点はそれなりに人がいて声援もある。500メートルも走ると、ランナーの足音と息遣いしか聞こえなくなり、これがずっと続く。給食の場所で若干の声援はあるけど、また足音だけの世界に戻る。マラソンが過酷でシュールな印象なのは、この時に出来上がりました。それから何度か大会には出たけれど、その印象はそのまま。ところが、東京赴任の一年目に運よく東京マラソンに当選して、走ってみたらお祭りでした。給食の種類も賑やかで、沿道にはずっーと人で応援の声もでかい。スタート地点の参加者の多さは、ゴールまで変わらないし。30キロ過ぎて、ヘロヘロの時に、全然知らない人が頑張れって声かけてくれた。これは嬉しいし楽しい。最後まで頑張れると思いました。マラソンって辛いスポーツなんだけど、実は楽しい。じゃなきゃお金払ってまでニコニコ走ってる人がこんなに集まるはずがない。東京マラソン以降、都市のマラソンが激増。同じ走るなら楽しい大会の方が良いから、河川敷や田舎の人の居ない場所よりも、都市の大会が人気なのは納得できます。 東京マラソン出場した時 今回は初めて当選した大阪マラソン。ものすごく楽しみなんです、いや楽しみだったです。普段走れない御堂筋とか、車道を走れる気持ち良さは想像しても楽しそう。東京よりも親近感あるし賑やかそう・・。でもコロナの影響で沿道の応援はご遠慮くださいとある。ドリンクやおやつ、給食の種類はみた限り質素。開催されれば沿道には少なからず人が溢れると思いますが、走る側は申し訳ない

  • 大統領のカメラマン (映画)

    大統領の専属のカメラマン、ピーター・スーザのドキュメンタリー。映像全盛の時代に、写真の力を感じれます。写真が上手いし良い。こういうドキュメンタリーを若者が見ると写真家を目指したいと思う人増えるんじゃないかなと思った。オバマさんの被写体としての魅力もあるけれど、写真がとっても良い。オススメです。

  • 大阪マラソンは、やるんだろうか?

    大阪マラソンまで3週間。オミクロンが猛威を振るう中、軒並み大きなマラソン大会の中止が発表され、大阪マラソンも中止かもねって噂もチラホラですが、主催者からは発表無し。この時点で中止は無いかなぁ・・。 こちらは当選してから結構真面目にトレーニングしてました。ただ年末に体調を崩してしまい、1ヶ月半トレーニング出来なくなってしまった・・。やっと当選したのでなんとか出たい。先週から少しずつ距離を伸ばして体力を戻すことをやってますが、今の体力ではフルマラソン完走は無理。歩きを入れて無理すればなんとかって感じでしょうか。でも怪我するリスクが高いうちは、仕事で迷惑かけちゃうので出ちゃダメなかと・・。 今は、まだ出るつもりで準備して直前の体調を判断して参加を決めるつもりでいます。ただね大会そのものが中止になってくれると、次回参加の権利は保証されるみたいだから、それを願ってたり・・・。やっと当選したからね、来年出れると解ってれば無理はしないんだけど・・・。体調が戻ってきて体を動かすことは楽しかったりします。でも走らなきゃってことが義務になると、どこかつまんない。

  • どん兵衛の値上げ・・

    日清のカップ麺が値上げされるらしい。ガソリンやら、なんやら、いろんなところでコロナが悪さをしてる模様。ラーメンと言えば、チキンラーメンだし。カップ麺は、あまりの美味しさに衝撃を受けた小学生の頃からオリジナルなカップヌードルか一番好き。今はカレー味に卵を入れて食べるのが定番。そうそう、どん兵衛のうどんもいいね。東京に住んでた頃は、どん兵衛の関東版の味に馴染めず。JRの渋谷構内に全国のどん兵衛が食べられるお店を見つけて、よく利用させてもらってました。もちろん関西版のどん兵衛お目当て。 どん兵衛の蕎麦も良いね。とまぁ大好きな日清さんが、値上げしなきゃならないなんて大問題です。そういえば、一時倒産が噂されてたマルタイラーメンは元気なんだろうか?棒ラーメンには、大変お世話になってました。それにしてもコロナはいつになったら落ち着くんだろうか??

  • thinkTANKに満足

    カメラのバック選びはキリがない。バッグは撮影条件や機材で変わるし、同じ場所に同じ機材を持ち込んでも、使い勝手や好みは人によって変わるから、究極のバッグなんてないんだと思う。悩み出すとキリがないので、今あるモノを有効活用するという考え方が一番なんだろうなと。僕の場合は、撮影がメインであったとしても、それだけで終わることがないので機材だけ入ればOKとはならない。仕事のための資料、パソコン、宿泊用の着替えやらも詰め込まなくてはいけない。色々と試しては入れ替えてると、いつのまにかthinkTANK製になりました。・バックパックタイプのエアポート・エッセンシャルズ・ショルダータイプのレトロスペクティブ30・キャリー型のエアポートナビゲーターレンズを何本か持つ時は、この3種類を単品、もしくは組み合わせで使ってます。カメラ一台にレンズ一本の時は、手持ちにしてバックに入れない前提で動きます。バックが良くても、良い写真が撮れる訳でないんだけど撮影の時の取り回しやすさは重要な気がします。当分はこれで満足してると、自分に言い聞かせてます。

  • お金の価値

    昭和8年(1933年)その頃の大卒の初任給は70円だったそうです。いろんな説があるんだけど、10年ごとの推移はこんな感じ1970年(昭和45) 39,9001980年(昭和55)114,5001990年(平成 2)169,9002000年(平成12)196,9002010年(平成24)201,8002021年(令和 3)226,0002000年からは、微妙な伸び。もうちょっと詳しくみると、1993年の時点で19万を超えているようなので、ここ30年くらいは、それほどあがっていない。30年前のレコードの値段は2500円、CDに置きかわったけれど、3200円くらいで今も売ってるし、30年前と価格の違いを意識して話すこともない。自宅を建てた時のローンの利率は2%弱、その当時、これ以上下がることはないと、不動産屋は自信をもって言ってたけれど、それ以降も下がり、それ以上にはなることもなかった。国内だけで見ていると、この問題点は解りずらいけれど、これ世界的な動きではない、というところに問題があるみたい。国ごとの成長率、日本がまったく伸びていないというのは、大卒の初任給から想像はつく。でも他の国は、どんどん上がっているらしい。これ何が問題なのか?視点をちょっと変えてみると解ってくる。国内でも、地方から出てくると都市の物価は高いと思うけれど、それにみあった収入が得られる仕事がそこにはあるということ。そういう人たちがそこにいるということ。これを世界という枠で見てみると、日本は、どんどん地方に分類されちゃうという見方。マクドナルドのビッグマックの値段が、日本の倍という報道に、そんな国に住みたくないという発言を若者から聞いた。でもアメリカの大多数の人達は、それを補える所得があるということ。30年より以前の日本は、毎年毎年そうなってたわけです。国内でも地方から都市部へ人が流れるように、日本から海外へ仕事を求めるって流れになるんだろうなということ。もちろん全ての人がそうではないのは地方でも同じこと。けれど、優秀だと言われる人ほどその傾向が強い。それがもう始まってしまってるということなんだと思います。残念だけど。コロナ対策にお金が大量に刷られて、そのお金があり余って株価を押し上げているという事実。お金を刷ると日本は貧乏になるのか?二千万ないと老後が危ないと言いながら日本の借金額は、一人当たり一千万を超えるらしい。お金ってなんだろう?と思わず

  • 富士山

    新幹線からでも飛行機からでも、富士山が見えると嬉しい富士山は、日本が産んだ、いや日本に生まれたアートです

  • マイクロチップの埋め込み?

    令和4年6月から犬や猫のペットに対してマイクロチップの埋め込みが義務化されるとか。すごい時代になったもんだと思ってたら、すでに諸外国では普通のことみたい。安易にペットを捨てるということを防ぐためだということなんでしょう。今、保護されている犬も埋め込まれる対象になるんだろうか?ペットを飼ったことがないので、ことの真相はよく解らないし、調べる気力も沸かないんだけれど、なんだか怖い。日本はマイナンバーでさえ、普及させられない国です。どうすれば普及するのか?人間にもチップを埋め込んでしまえって考えてる人がいると思う。生まれた時にマイクロチップが埋め込まれる。そんな時代がくるんだろうか?複雑です。

  • GM1Sの小ささは正義です

    LUMIXのGM1Sの、このブルーの色合いと質感がとってもいい。マイクロフォーサーズの利点を最大限に活かしたこのサイズ。この流れを組んだカメラが、スマホ全盛の流れの中で埋没してしまったのはとても残念だけれど、仕方ないですね。未だにきちんと映るし、これで良いぞって思うことも多い。何より工業製品としても美しい。パナソニックの製品は、どこか田舎臭いデザインになることが多いけれど、これは大好き。この小ささで製品化してくれたことに感謝。GRは普段使いGM1Sは、気分を変えたい時に使ってることが多いですね。この小ささは正義です。はい。

  • 成人式って誰のため

    成人式には振袖着て晴れやかな姿で出向くことが一般的ですが、僕はそんな経験や価値観がないんです。小学校の卒業式に遡るんだけど、僕の小学校は、なぜか卒業式はいつも通りの普段着で行いましょうという習わしがあった。制服は無かったので、いつも普段着で、卒業式もそのま。参列者にもそれは徹底され母親はエプロンつけてた気がする。金銭的な負担を考えた学校側の配慮だったんだと思う。そんな考えが一般的だと思って育ったので、特別な日という感覚が薄いまま大人になってしまった。晴れやかな門出という特別な感覚が芽生えたことがない。それは中学、高校になっても同じで、成人式もそう。そんな環境や考え方が、珍しいことだと知るのはだいぶ後。僕は、成人式には、出席していないんです。その日は航海訓練の実習船の船上。夕飯時にみんなで祝ってもらって「いつか船長になります」みたいなことを言ってた気がします。それで充分だったし、それで満足だった。成人になった若者へインタビューがニュースで流れてました。暴走する若者は無視するとしてこんなこと言ってました。・少子高齢化で支えてもらえない。・二千万円持ってないので老後が心配・コロナで中止にならずによかった・友達にあえてよかった・振袖着れて嬉しいえっ? 成人式の日に老後を考えちゃうんだとか、ハロウィンやクリスマスレベルのイベントの感覚なのかなと・・・。成し遂げたい夢や希望を語る若者像を期待していると、ひっくり返ります。節目として入学式、卒業式、そして成人式と、その日を区切りとして心機一転心構えを整理するのはとても良いことだと、随分と大人になった今は思います。大人になる定義もこの春から変わるようですね、18才成人とか。誰かが決めて祝福されるだけの与えられた儀式は、違うんだろうね。自分の意思で、自分の気持ちを整理する。そして決意する。そんなことを周りは期待している。成人式を、自分のためにする。こんな大人になりますって自分から宣言する決意の日。そんな風潮になれば良いなと思いました。自分が決意したことを実行していると、必ず誰かの世話になります。応援してくれる人が、とっても大切な存在になります。応援してもらえるような人にならないといけない。その期待に応えたいと思う。それに気づくと世界が変わるんだけどね。

  • 心と言葉が一致すること

    夏井いつきさんが、こんなことを言っていた。「教師をしていた頃、言いたいことを伝わる言葉に出来ず、別の意味に捉えられ苦労していた子供達を見てきた。大人になって苦労しないよう、言葉を使えるようにしてあげたいと思った。」テレビでタレントが作る俳句を添削し、驚きの俳句に仕立てあげる夏井いつきさん。俳句という17音に込める神がかり的な言葉の選択は、こんなところから生まれたんだと感心してしまった。「言葉の選び方は、センスもあるかもしれないけれど、技術です」ときっぱりと言われていた。なるほどなと。言いたいことがきちんと伝えられる技術は、確かに必要で、言葉の重要性は、僕も痛感する。でもその場を取り繕う言葉を使う人が、いかに多いことか。その人の過去の行いや言動から、その人に近い多くの人は、それが自分を大きく見せたり、取り入れられるようとしたりする偽善的な言葉で、心とは別の言葉だと気づいている。でも言葉だけが取り上げられてその人物像を作り上げられるのは、よくある話。夏井さんのドキュメンタリーを見ていて、心で思ったことを伝える技術も必要。それに加えて、誰に見られても堂々としてられる心を磨くことも重要なんだぞと自分に言い聞かせてました。

  • オレの宇宙はまだまだ遠い 益田ミリ

    昨年はコロナの影響でテレビドラマを、いつになく多く見た年になりました。黒木華さん主演の「僕の姉ちゃん」も、はまってしまったドラマの一つ。その後、原田知世さんの「スナックキズツキ」もツボでした。どちらも益田ミリさんが原作者と知り、なんだこの感性?と気になって、益田ミリさんの書籍を何冊か買ってきました。漫画家だと思ってたら、エッセイも書いてます。最初に読んだこの本。帯のフレーズにぐさっときました。誰かよりましだから幸せそういう生き方は違うんだよね書店員の土田君が主人公のエッセイみたいな漫画。普段、マンガを読まない僕にも、とっても読みやすく、行間から伝わる情報量がすごい。大きな声で言えることでもないんだけど、気の許せる人になら言ってしまいそうな、心がまったりするというか、そうそう、そんな感じって共感がいっぱい。益田ミリさん、一気にファンになりました。

  • 始まった2022年

    令和4年がスタート。書類の生年月日も西暦で書く事が多くなって和暦を使うことが無いので「令和」を忘れてしまいそうになります。日本人が史実の時系列に弱いのは、この和暦が悪さしているからという説もあります。明治が45年、大正が15年、昭和が65年、それにあっという間だった平成が31年。これ過去の年号に比べるととっても長いんです。明治の前の慶応が4年、その前の元治は2年、数ヶ月という年号もある。大体5年から6年、長くて10年ほどで元号が変わってます。昔の人は、元号を覚えるだけでも大変だったでしょうね。今でさえこんがらがってしまうので令和が長く続くことを願います。さて新しい年になるにあたり、卓上カレンダーを作ってみました。月曜日始まりで気に入ったモノがなかったのと、頂いた卓上カレンダーが趣味にあわずケースだけ再利用。illustratorでデザインして写真用紙にプリントしてカットしただけ。意外と気に入ってます。今年はどんな写真が撮れるのか?つまらない生き方をしているとつまらない写真しか撮れないと言われます。良い写真が撮れるような生き方になると良いなと思います。今年もよろしくお願いします。

  • インパール作戦に学ぶ組織の力

    小説「わたし、定時で帰ります」朱野帰子著は、吉高由里子主演のテレビドラマの原作本。IT系WEB制作会社を舞台に無謀な仕事を受注した無能上司に現場が振り回される物語。その小説の中、無謀な仕事に絡め揶揄する形で地上最悪の作戦としてインパール作戦やジンギスカン作戦の話が出てきます。このインパール作戦フィクションじゃないことを知って、俄然、興味が湧きました。 1944年、日本陸軍はインド北部のインパールを制圧すべき、隣のビルマから山岳地帯のジャングルを抜け、インパールを目指す。これがインパール作戦。1941年に真珠湾攻撃を仕掛け太平洋戦争が勃発。1945年に終戦したので、その一年前。この作戦、東京から岐阜あたりまでの距離をずっと山岳地帯のジャングルを抜ける過酷な道のり。調べていると、その作戦の指揮官、牟田口廉也の愚将っぷりが出るは出るは。食糧やら物資の供給がジャングルや兵員の絡みで後方支援が出来ない。で、馬や牛を同行させて、それを食糧にしましょうというのがジンギスカン作戦と呼ばれているらしい・・。輸送トラックは、途中走れる道が無くなると分解して運び上げたとか。その牛や馬は、過酷な道中で息絶えてしまう。物資、食料がない、助けてくれという軍隊からの支援要請には、「気がたるんどる」という精神論で返したとか・・。小説の中では、無謀な仕事を受注し疲労困憊の社員に、畳み掛けるように難題を押し付ける無能な上司の仕事っぷりに重ね合わせてましたが、これどこの組織でも似たような状況ってあるんじゃないかと。政界でもアベノマスクやら、給付金の配分方法、またコロナ対策、コンピュータを使えないサイバー担当大臣任命など、なんでこうなるの?という不思議な事が、偉い方々の中でもまかり通ってます。インパール作戦も、無謀だとの声は多かったようです。そりゃそうだ。でも作戦は実行された。 今の政界同様、関係者の利害関係やらメンツが決定に深く関わっていたとのこと。知るとアホらしくなるものの、こういうことは、今だに身近なところでも普通に起こってるんじゃないかな。笑い飛ばせる程度のことなら、いざ知らず。人命に関わることに及んでもそうなるんですから、影響の大小は関係ないのかもしれません。このインパール作戦では、3万人の死亡、4.2万人が戦病死したとのこと。この作戦の決定には、牟田口蓮也の組織力学を利用する巧みさや強引さが、あったようです。この方は、その後

  • オミクロンに怯える

    コロナウイルスの新種「オミクロン」が猛威をふるいそう。ウイルスというのは形を変えて生き延びるらしい。ウイルスをやっつける薬が発明されると、その薬は当然ながら最初は効いてるんだけど、ずっと続けていると効果がなくなる。薬の効能がなくなったわけではなく、ウイルス側がその薬に適応する、つまり薬に対抗できる体に変わるそうです。これを薬剤耐性と言い。薬を適性以上に投与しすぎるとその可能性が高くなると言われてます。これだけコロナが蔓延して、多くの人の体に入っていくと、いろんな体質の方に遭遇する確率が増える。感染した人が多ければ多いほどウイルスが変異する確率は、高くなるので変異したウイルスが出てくるのも時間の問題というのが専門家の一致した意見。このオミクロンの次の変異ウイルスも出てくるんでしょう。人類はウイルスとの戦いというのは納得です。せっかく行動の制限がなくなってきてるのに、行動制限付きの緊急事態宣言下に逆戻りすると嫌だなぁと。いつのまにかコロナ前の満員電車状態になった車内で、時差通勤を呼びかける車内アナウンスを聞き、考えてしまった。

  • 結局新しいGR3がやってきた

    リコーのコンパクトカメラGR2が、故障してしまいました。代わりにマイクロフォーサーズ仕様の最小カメラ、パナソニックのGM1Sをひっぱり出して代用してたんですが、どうも違う。好きなカメラではあるんだけどGRのようにスナップの撮影枚数が増えない。鞄から出してレンズキャップを外すというレンズ交換式カメラでは当たり前の動作が面倒で、鞄から出すことをやめてしまう。本当に撮りたい対象ならば、それでも撮るんだけど・・。レンズの出っ張りも微妙に邪魔だったりと常に鞄の中に入れておくには収まりが悪い。やっぱGRじゃなきゃダメだなと。たった数週間のことだけれど、GRが無い生活は耐えられないと悟りました。はい。2から3になって、操作性は変わらないだろうなと思ってたら、少し面食らってます。ストロボが無くなったのは問題ない。GR2でもほとんど使ってなかったし。そのおかげで小さくなったのは大歓迎。でも背面の操作ボタンが少なくなってしまい、露出に当ててた裏面右端にある上下ボタンが無くなってGR2で馴染んでしまった操作が出来ない・・。フォーカスのポイントの変え方わからずピントが合わせられないのは参った。タッチパネルになったことに気づいたのはだいぶ後。使い勝手は別物と思えるほど違います。慣れるまでちょっと時間かかりそうですが映りは相変わらず素晴らしい。

  • 走る効能

    2022年の大阪マラソンに当選してから、少しづつトレーニングを開始。ひたすら早歩きとRUN。これがトレーニングと言えるのかは置いといて、5時間以上走り続ける体力は間違いなくない。NHKのランスマの講師でもある「教えて金さん」の教えによると、歩くことの延長線に走ることがあるらしい。歩く時は早く、走るときはゆっくりと。この最初のトレーニングの段階でフォームを固めるらしいです。過去二回、フルマラソンのゴールの経験はあるものの、どちらも力尽き途中から歩いたり走ったり。だから今回は走り抜きたい。ありがたいことに、時間はまだある・・。というかもう3ヶ月切ってます・・。で、この早歩きというトレーニング。不思議なことに、一時間近く早歩きをした後に、ゆっくりゆっくり走りだすと、不思議と走れるんですよ。もちろん遅いですが・・。発見したことがひとつ。歩きでは起こらないけれど、走ると起こる酸欠。マスクをしていると、ゆっくり走っても酸欠になります・・。マスクをはずすとめっちゃ楽。 走ってる人をみていると、ほとんどマスク無し。解ります。で走ってるというか早歩きしてる時間中、作品の構想やらアイデアが、ふと思いつかないかと思ってますが、まったく浮かびません。でも、トレーニングが終わってストレッチしてシャワー浴びてまったりしながらカメラ触ってると、いろいろと湧いてくるんですよ不思議なことに。あれやこれや撮ってみたいと。なるほどなこれが走る効能なんですね。

  • ー融合ー 大町憲治写真展・蒔絵師の視点 PartⅣ

    京都写真美術館 僕の個展を観にきていただいたことがきっかけで知り合いになりました。蒔絵師として活躍されている大町さんの写真展。すでにアーティストとして実績を重ねられ活躍されていて写真はまだまだと謙遜されてましたが、内容は素晴らしい。作品を全て同サイズに揃えられていて、スッキリと整頓されていて観やすかったです。額の中は一枚の写真をモノクロで背景にして、ひとまわり小さなカラー写真を上に重ねる、ちょっと変わったスタイル。写真の上に何やら光るものが重ねられていて、キラキラと輝き、いいアクセントになってました。聞くとサファイヤらしい。写真家は、こういう手法は取らないだろうし、こんな発想もしないと思います。写真作品として認めない人もいるかもしれない。でもアート作品ってこれでいいと思うんですよね。作りたいものを作る視点と、「あれ?これいいかも」と観る人の視点を想像しながら作品を作る。作品を買っていただくことに、こだわって作品作りをされていること。何より作品が良いんですから、それで良いんじゃないでしょうか。僕は写真の可能性を感じてました。「融合」ってタイトルもなるほどなと。花の写真が多かったんですが、都市の夜景をこのスタイルで作品化すると面白いだろうなと。僕の中でイメージが膨らむ、素敵な空間だったです。

  • ジョギングシューズで知った道具の寿命

    大阪マラソンに向け、ちょっとずつ走る距離を延ばしてます。走る距離が延びるほど、身体の変化が起こるのはいつものことなので、対処法を探りながらトレーニング。走り出して15分ほどすると両足のスネが張る感覚があり、痛みだす。止まってストレッチをすると楽になる。そして走り出すと、いつの間にか痛みが消える。右足は軽症ですぐに治まるが左足は、ずっと痛みが続く。こんな症状が最近起こって困ってます。でも、今日は全く起きなかったんです。びっくりするくらい何も。変わったのはシューズです。ランニングシューズを変えたら、全く起きなくなりました。はい。みかけはそれほど痛んでませんが、底も減ってる10年前のシューズを使ってました。手入れして長く使えるモノが好きで、長く使う前提でモノを買います。このジョギングシューズは、専門店でインナーを整形してもらったもの。買った時はそれはそれは走りやすかったことを覚えてます。いろんな大会で走ったから愛着あるもの。体が歳を取ってるし筋力も落ちてるだろうから、体の使い方が悪いんだろうなと思ってランニンング専門のお店で相談してみたら、靴底が硬化していて、クッション性が無くなってるとか。擦り減った部分も多くて、トラブルが起きるから新調した方がいいとのアドバイス。向こうも商売ですから新品を勧めるだろうことは想像してましたが、勧められたシューズをお試しで履いてみて、軽さと衝撃の少なさに、かなりびっくりしました。これはいいかもと思うほどに。新調したシューズで、すこし走ってみたら、とにかく楽。スネの痛みなんて起こっていたことを忘れるほどストレスがない。踵で着地した時に、膝への衝撃があったんですが、それもない。少しだけ走るつもりが、痛みがないことが嬉しくで2時間走ってました。ゴムとかウレタンは、経年劣化するのは、少し考えればわかることなのにね。車のタイヤも5年使えば走行距離が短くても買い替えを勧められますから。ジョギングシューズも、それくらいで買い替えが必要になって来るんでしょうね。なるほどなと。しかしシューズの進化って馬鹿に出来ないですね。

  • お金の話 ひろゆき

    僕もひろゆきです・・。 ひろゆきさんの本、読んでみたんだけど、なるほどねって思うことがいっぱいでした。すごく分かりやすいことも人気の秘密なんだろうと思います。なんせ納得感が半端ない。売れてる理由は、「ひろゆきさんは、こう考える。なるほどね」で、終わっちゃう人が多いからなんだろうなと思いました。ひろゆきさんの意見は参考にするけど、自分の価値観で自分で決めてその人生を生きて行くという人達が増えないと、面白い世の中にはならないと思うんですよね。同調しちゃう人が多いと言われる日本人だから余計に。誰かに答えを求めることを続けていると、自分で考えることを忘れちゃうと思うんですよね。 と、そんなことを考えてしまいました。

  • オリンパスのカメラはE-M1(無印)が好き

    オリンパスのカメラはちっちゃくて良く写るし、大好き。手元にあるオリンパスはE-M1(無印)一台とE-M1のMk2が二台。無印からMk2になって画質がびっくりするくらい向上したと思う。Mk3に買い替えなかったのは、Mk2と画質の面で感動がなかったから。Mk3買うなら、値段が下がったE -M1Xを買っちゃうかな。発売すぐに予約して買ったE-M1(無印)ですが、Mk2を入手してからは、ほぼ出番なし。無印とMK2ではとても似てるけれど、操作性が微妙に違い、両方を同時に使いこなすには無理があって、ほぼマニュアル操作で煮詰めて行く中で操作性が違うのは、とてもストレス。でも手放さなかったのは、シャッターを押した時の手に残る感触が無印の方が、格段に良いんです。LUMIXのS1Rほどではないけど、シャッターフィールがとても好き。このシャッターを押した時の感覚に、僕はとても拘りがあって、NIKONのdfとかオリンパスのPEN-Fなんかも、常に手に入れたい候補にあります。

  • コクヨ測量野帳 TOKYO2020バージョン

    新装開店の文具屋さんで見つけました。普段使いをしているメモ帳「コクヨの測量野帳」この東京オリンピックバージョンが叩き売りされてました。一冊98円。表紙以外は、そのまんまの測量野帳。ノーマルでも160円くらい。一年に10冊くらいは軽く使い切るのでストックとして10冊購入。980円で10冊はお得だったです。 そういえば毎年毎年、この時期になると本屋や雑貨屋さんに来年の手帳が山積みされてます。よくぞこれだけの種類の手帳があるものだと、びっくりしますが、この手帳が完売するとは到底思えない。売れ残りはどうなるんだろう?と毎年思ってます。 最近書き終わった測量野帳とトラベラーズノートのメモ

  • 杉原千畝 情報に欠けた外交官

    ンテリジェンス・オフィサーとして杉原千畝の足跡を辿る名著ですね。圧倒的な取材力と考察に基づいて記されています。映画「菅原千畝」を観たのはずっと前、この本を読んでまた観たくなりました。杉原千畝が、外交官としてヴィザを発給し、多くの方を救ったのはよく知られるところ。今の外交官の倫理規定に照らし合わせると、とんでもないことをしてたんですね。マニュアル通りのことしかやらないと思われている役人のイメージからは、ほど遠い印象。問題とならないような裏工作もしていたようです。推測とはいえ、なるほどと思う考察が面白いです。今の世の中、規制やらルールやら、誰かが決めたことを馬鹿正直にやってる人が称賛されたり馬鹿をみたり。ちゃんと自分で情報を集め、きちんと考え、自分の信念のもと行動する。杉原さんが生きていた時代も、今も難しいことに変わりはないんでしょう。ドイツやロシアで、この杉原さんの洞察力に基づいた行動は、どう観られてるんでしょう。本書でもいくつか、その視点が語られていますが。一冊マルっとその視点から観た本を読みたいなと思いました。 ナイスな本でした。

  • シーズンシート15年も買ってたのね

    サッカーJリーグのガンバ大阪から、何やら贈られてきました。なんだろうと開けてみるとガンバ大阪のシーズンシート15周年をお祝いするピンバッジ。地元ということでJリーグ始まって以来ずっと応援しているサッカークラブ。当初はというかずっと弱い弱いガンバでした。リーグ最低のスタジアムに雨の日も風の日も足しげくスタジアムに通ってました。夏の夕暮れは恐ろしいほど綺麗な夕焼けが見れるスタジアムに。今では日本一見やすく快適で、カッコいいスタジアムになったのは、サポーターの誇り。15年はすごいなぁと自分のことながら、びっくりしてます。歳をとるわけです。シーズンシートがあっても全ての試合を観れたシーズンは残念ながらありません・・。チケットを買う煩わしさよりもガンバ大阪をサポートする意味を込めて毎年毎年買わせてもらってる感覚ですね。ここ二年はコロナ騒ぎで、昨年は返金、今年は販売無しとなったシーズンシート。ありがたいことにまだ僕に保有権があるみたい。来シーズンはコロナの影響で距離を空け変則的な座席になってますが一試合でも多く面白い試合が見れるといいなと思ってます。それにしても、今年のガンバは弱かった・・。祝・残留です。

  • LUMIX S1Rの使い心地が素晴らしすぎる

    軽いは正義という考えからマイクロフォーサーズを好んで使ってるんですが、軽さとは真逆なLマウントのLUMIXのS1Rを一年前から導入して作品撮りに使ってます。LUMIXのプロサービスにも加入し、機器購入やレンタル、それにクリーニングやら点検と特典を存分に活用させてもらってます。この重量級のカメラですが、一週間ほど借りて使って画質と使い勝手の良さが重いというネガな部分を上回ってしまい、即決で購入を決めてました。カバンに入れてると間違いなく重いです。レンズも重量級だし。ただ撮影中その重さを感じないどころか、重さからくる安心感を感じることが多くて、手放せないメインカメラになってしまいました。一年間使ってみても使い心地の良さは変わることなく、むしろ良くなってくる。大きさからくる物理的な余裕もあってボタンの配置や種類に迷いがなく、掴んだ瞬間から手に馴染むというのも良い。メニューの使いやすさは、どのカメラメーカーのモノよりも分かりやすいと思う。これは家電メーカーならではだと思う部分。ソニーは論外。オリンパスは、まぁ許せる。パナソニックは、やるじゃん。そんな感じですね。このカメラ、ミラーレスの中では群を抜いてシャッター音が良い。無駄にシャッター切ってる気がします・・。ダメな部分も当然あります。それはまたの機会に書きますかね。マーケットへの訴求力の無さか、販促の下手さなのか、パナソニックは、ほんとに宣伝が下手。なかなか販売に苦戦してるのが、とってももったいないと思います。良いカメラですよ、これは。

  • GR2修理費用に愕然

    リコーのGR2を診てもらった。リコーイメージングスクェア大阪は、週替わりのギャラリーをランチのついでに見に行けるほど身近な場所にあります。症状を係の人に伝えると、ふむふむとよくある現象のような素振り。「速攻で治しときました」と言われれることを期待しつつ5分後。「シャッターユニットの交換になり、修理費用は高額になります」申し訳なさそうに費用は片手くらいという情報を伝えてくれました。修理代の倍額ちょいで新しいGR3はどうかと商売人らしい気配りとともに。いやいや10万を軽く超える遊びの道具を、はいそうですねと即決出来るほど度胸も小遣いもない。それに欲しいカメラが他にもある、リコー製ではないけど・・。動揺している心の中を見透かされたように「下取りするとこれくらいです」とニッコリ提示された金額。・ショールームでカメラが買えること・下取りありとはいえ量販店やら、価格.comの最安値よりも随分安い値段仕事の道具ならば、即決してたと思う。ただ今んとこGR2は遊びの道具。これがないと仕事が出来ない訳ではない。ここは、頭を冷やして考えることに。そういえば除湿庫に一台、遊びに使えるカメラが眠っていることを思い出した。そのうち、新しいGRを買うと思うんだけど、GRが無い生活を初めてみることにしたというオチでした。

  • GRにセンサーゴミ見つけた矢先の挙動不審

    コンパクトカメラはずっとリコー製。デジタルになってからはジーコジーコと賑やかな音がするGXシリーズを何台か壊れるまで使い倒し、その後継であるGRへ。GRD3、GRD4を経由して現行機種一世代前のGR2が愛機。昔程ではないけれど未だに賑やかな駆動音はリコーならではの味。とにかくGR は、よく写る。それに使いやすい。iPhoneもよく写るけれど、RAW現像の耐性と空間の抜けの良さはGRが確実に勝ってます。並ばれて追い越される日が来ちゃうかもしれませんが・・。メモ撮りだけなら、完全にiPhoneになりましたが、撮影を楽しみたいと思った時は、やはりGRかな、比べる必要もないけど。そんな僕のGRは使用環境が過酷です。カメラ本体の小ささから、ジーンズのポケットにねじ込むし。鞄の中で、電源が入ってしまい、レンズが繰り出そうともがいてるシーンを何度もみかけたりで、傷だらけ。100均で買ったウレタンの袋に入れてはいるものの結構雑な扱い。大切に使ってますとは言えないけれど、道具としては正当な使い方かなと思ってます。さて、そんな過酷な使われ方もあって、数年経つと電源が入らなかったり、レンズが繰り出さなかったりとなりお役御免になるのがいつものパターン。 今回はセンサーにゴミがついてしまいました。レンズ交換式でもないのに、なんで?と思うけれど、絞りを最小にして白い壁にむけてシャッターを押してみる。なんどやっても、同じ部分にゴミが映るので間違いない(と思う)。さて、困ったなぁ。センサー掃除、してくれるんだろうか?高いかな?とまぁこんなことを書いてた矢先、GRの挙動がおかしくなった。背面の液晶に画像が映らない。色々と試していると理由がわかった。レンズ側からじっと見てると、電源入れるを、空いてるはずのレンズの幕が閉まってる。だから背面の液晶には何も映らない・・。シャッターボタンを押すと、シャッターの幕が空いて、その後は背面液晶にもちゃんと映る。でも電源切って、次の撮影のために電源入れると、また映らない。これは使えない・・・。さてさて困った。

  • 出張中にGR2がご機嫌斜め

    博多駅前のイルミネーションを出張先には必ず持参しているリコーのGR2でスナップ。なんだか挙動が変。背面液晶に画像が映ったり映らなかったり。シャッター押すと撮影は出来る・・。 困った。

  • 大阪マラソンに当選してしまった・・

    毎年毎年、応募するも落選続きだった大阪マラソンに当選しました。どうせダメだろうと思っていたので、びっくり。フルマラソンは過去に2度完走、マラソンがどんなものは知ってます。でもそれは10年も前のこと・・。走れるのか・・。今は気が向いた時に、ジョギングはしてるけど、気が向かないと2、3ヶ月走らないことも?せっかく当選したので走ろうと思ってますが、どうなることやら。一度くらい完走してみたいと、思い立って大会に参加。5キロ、10キロ、ハーフと大会をレベルアップ。走れる距離が伸びるとともに自信が付くことも楽しかった(過去形)。初めてのフルマラソンは、東京マラソン。東京赴任の一年目に当選。大会直前に帯状疱疹にかかってしまい、完全なトレーニング不足。20キロくらいで歩いてしまい。残りはジョグとウォーキングを繰り返してゴールするという、なんとも残念な完走。疲れと足の疲労で駅の階段を降りることが出来ず。フルマラソンの過酷さを痛感して、もう2度とマラソンなんて走るもんかと心に決めたものの、なぜかまた走りたくなり、この後も大会には出てました。その後は、大阪やら神戸それに東京マラソンにエントリーするも落選続き。そして現在に至る。今回は落選したら、ひらかたのハーフマラソンに出ようと思ってたので、少し体を動かし始めたのと、過去に参考にしたトレーニング本を読み返して、気分を盛り上げてるところでした。速くは走れないし、誰にも期待されてないだろうし、気楽と言えば気楽。完走することと大会までのトレーニングを楽しんでみよう密かに誓ったところ。体は確実に衰えてますが、ここに顛末記を書けるくらいには、なってると良いなと思います。

  • 斉藤真人 トキ・メグル・風景

    アートステージ 567 (京都)とても楽しみにしてました。斉藤さんを知ったのは、今年の春。たまたま個展を覗き見る機会があって、ビビットきてしまって以来、ちょこちょこチェックさせてもらってます。街の風景を抽象化する作品は、僕の「LIFESPEED」シリーズと似通ってる気がして、勝手に親近感湧いてます。 今回は、以前からの作品と今をミックスした構成。具象化された作品が、年を追うごと抽象化されている様が見れます。ですが過去の作品からも現在の抽象化の香りがぷんぷんするのは面白い。斉藤さんの作品は、じっと見てると、色が滲み出てくるんです。話の中でも「雨」というキーワードが多く出てきましたから。斉藤さんは水のフィルターを通して街を見ている気がします。水に滲むという斉藤さんの視点は、作品の大きなポイントなんだろうと勝手に解釈。水に染めると色も形も淡い感覚になります。色とバランスに嫌味が無いのは、そんな視点から来てるんじゃないかとギャラリーを後にした時に、ふと浮んだこと。それにしても、こうもびたっと感性の合う作家さんに出会えた偶然に感謝ですね。作品見ながら軽くお酒でも飲みながら語りあいたいなぁと思ってました。 そんな機会が訪れること密かに期待してます。きっと楽しいはず。 このアートステージ567は、とっても趣がある空間でした。僕もここに作品を展示させてもらえる日が来ると嬉しい。

  • 塩ラーメンとトンボ

    読みかけの本を読み漁ろうとバイクで山へ。 気持ちいい場所でひとしきり本を読み。ジップロックに詰め込んだ野菜やかまぼこの具材を鍋に放り込んで塩ラーメンを作る。インスタントなのに、外で食べると美味しい。幼い頃から空を見ながら食べることが好きで、お袋にせがんでよくベランダでご飯を食べさせてもらってたっけ。本を読んでた時から、一匹のトンボが目に入る。いなくなったと思ったら、また戻ってくる。なんだか愛らしい。 OLYMPUS DIGITAL CAMERA ラーメン食べて、あたりを散歩して、戻ってお茶飲んでたら、またトンボが帰ってきた。名前つけてやろうかなとか思ってたら、どこかえ消えた。どこに住んでるんだろうね。

  • バイクは好きだけれど

    「バイクのある風景」富士フィルムフォトサロン大阪すんごい楽しみにしてました。バイク雑談のアウトライダーが休刊になり、バイク雑誌を全く見なくなり、バイク絡みの素敵な写真に飢えていたんです。が、全然楽しくない。感激も驚きも感情が全くピクりとしない。自分でも、この感覚は驚きでした。写真は普通に綺麗です。バイク乗りだと思われる人達が見にきてるようです。写真を撮られた方だと思われる人とも談笑もされてます。いつもなら、近寄って話したい気分になるし、そうするんですが、その気にならない。困りました。逆に、今、声を掛けられたら、もっと困る。一通り見て自分のこの感覚はなんなのか?バイクが好きで一年中乗ってます。バイクで日本中旅もしました。今もガレージに3台のバイクがあります。これだけ乗ってても毎回、非日常感を味わえるんです。バイクの何が好きか? 僕はバイクを見て楽しむという趣味はあまりない。バイクに乗ってる時の疾走感やヘルメット越しに流れる風景、風の音、匂い。体を通して感じる全てをひっくるめてバイクに乗ることが好き。バイクにはカメラを積んで行きますが、写真を撮るためだにバイクに乗ることは、あまりないし、写真を一枚も撮らないこともある。でも、満足なんです。この写真展、それぞれのライダーにはドラマがあったはず。でもそれが僕には伝わらなかった。 バイクって、楽しいだけではなく、辛いことも多い。危ないと思うシーンも経験してるはず。雨や風の影響ももろに受けます。そんな泥臭い部分もひっくるめてバイクなんだけど、それは感じない。風景写真としてはよく出来てると思うんだけど、バイクを絡めてしまうと、バイクに求める自分の価値観が写真に見えないと、ちょっと違うぞってなったんだと思います。 写真はどれも素敵なモノでした。

  • バンクシーってなんやねん

    最近、バンクシーがブームなんでしょうか? 展覧会やらテレビで特集があったり。そんな中、映画「バンクシーを盗んだ男」を見ました。結論から話すと、バンクシーってなんやねん?って疑問が沸いたままはてなマークが頭に浮かんだまま大きくなってしまった感じ。バンクシーで知ってることと言えば・イギリスを拠点に活動・匿名・ストリートグラフィティ・ステンシルアート・芸術テロリスト・オークションでは多額な値段がつくこれくらい。映画の中ではパレスチナの問題を焦点にあててました。バンクシーによって富を得た人もいるし、当てが外れた人もいる。パレスチナに壁が出来ていることは、不勉強で、この映画で初めて知りました。そして、その壁に寄り添うように、バンクシーがホテルと作ったことも。バンクシーがゲリラ的に、描くストリートアート。壁に書かれた絵を売り捌くために、壁そのものを切り取って商売をしてしまう人達。バンクシーが描く絵は、政治的にも社会的にも、インパクトのある絵を書いてます。恐らく違法なんでしょう。だから匿名なんだと思うけど。でね、バンクシーは、社会に何かを問いかけてる。で、それからどうしたいんだろう?問いかけることで始まることもある。それはそれで素晴らしいことだとは思う。それがバンクシーの意図したことなんだろうか? 先ほどいつもの図書館に、バンクシーがらみの本の予約をネットでしたとこ。すんごい興味があるので、深掘りしてみたい。福岡と東京で展覧会がやってるみたいだけど、気になります・・。

  • 黒枝豆は旬に限る

    この時期になったんだなと思う。 そう、黒枝豆のシーズン。 大阪の北摂からバイクで丹波方面へ行くと、あっちこっちで「黒枝豆」の販売所があちこちに出現。収穫すぐの枝付きの黒枝豆が売られてます。バイクだと積載に苦労するものの、吸い寄せられるようにバイクを停めて買ってしまうんです。自宅に帰って湯がいて食べてみる。美味いんですね。もっと買っとけばよかったと毎年思うくらい、満足です。

  • ボールペン売り場で固まる

    ボールペンの替え芯を買いに文房具売り場へ。ボールペン市場は三菱の一強なんですね。ボールペンなんてなんでも良いというのが、大勢だと思います。さらに、三菱が誇るジェットストリームがあれば、なんら問題にすらならないかと・・。 紙との相性とか書き味に凝り出すと、そうではないんだけどと語り出した時点で、サァーと人がいなくなる気がします。でもなぁ、そういうことにこだわる人も、少数なりともいると思いたい・・。で、目下のマイブームは、ペンテルのエナージェル。書き味が万年筆っぽいとことか、スラスラとインクが出てくる感触が妙に好き。写真集にサインする時も、このペンテルのサインぺんを使ってました。色々試した結果これがいいと思ったからなんですが。さて、そのペンテルの三色ボールペンのエナージェルの替え芯を買いに来たんだけど、それがない・・。こんなに多くの種類が売ってるのに、欲しいものがない。これは結構凹みます。別にマイノリティー狙いで使ってる訳ではなかったので、自分が良いなと思ったものがメジャーではないと知ったから、ちょっと残念。このペンテルのボールべん、単色と複合だと替え芯のサイズが違うらしく、単色はあるけど複合だけが売ってない。これだけを買いにきたから、がっくりではあったけど、こんな素敵なボールペンを知らない人が多いことにも驚きでした。ペンテルのエナージェル良いですよ!!

  • 環境・心のまる

    京都グラフィーで散々写真を見た後、ホームの同時代ギャラリーへ。山本新太郎「環境・心のまる」見てきました。写真は発見、絵画は発想。その言葉はとても共感するんだけれど、作品を見ていると作者も作品を作りながら、何かを発見しながら創作しているんじゃないかと思うような作品群でした。 説明書きは7年ぶり6回目の個展です。地球生命を含めて、自然環境の循環=円Circleの中に生かされています。自然の内包しているものをどう形にしていくかが、今回のテーマです。今迄になく、たった一つのものは新しいと思いますし、混沌としているものを、鮮明にしていく作業の中で新鮮さが無くなっても、ひきつける「何かが」あればよいと思っています。ひきつける「何か」。この何か作者は探そうとしてるんだろうか?絵を見ながら、ひきつけられた理由を、僕なりに考えました。一枚一枚の答えを見つけることが難しい。あえて誰かに質問してその答えを探ることが、もったいないような、そんな時間。色のバランスが着物の生地を重ね合わて組み合わせたような、どこか懐かしいでも新しい、日本画のイメージがほのかにしたことでしょうか。作者の山本さんも恐らく絵を構成する上で色と形のバランスはとても気を使ってる気がしましたから。良い時間でした。

  • YOKOHAMA

    リコーのGR2

  • 絵の前で考えてみる

    海外の美術館では、小学生くらいの子供達が先生に引率され、一枚の絵の前で話をしている光景をよく見ます。あれは日本でもやってるんでしょうか? 美術には全く縁がなかったので、そんな体験をしたことがない。小学生の頃の自分は、教科書の中の小さな小さな作品の写真を見て、「へぇー」でおしまいだった気がする。その頃、本物のピカソのゲルニカの前に立っていたらどうだっただろう? 何か違った感性が生まれてたかもしれない。大人になって、パリでロダン美術館で見た彫刻のあまりのリアリティの凄さ、バチカンで見た大きな大きな絵画の力、オランジュリーの睡蓮の美しさなど、もう衝撃でしたから。こんな体験を小学生の頃にしていたら人生変わってたかなと思うことがあります。小学生には戻れないけれど、今でも充分、アートに刺激を受けてます。美術館が楽しいのは、絵の前で素直になってみると、色々と見えてくること。絵を見ながら浮かんだ事を言葉に出してみる。そして、仲間と、話あってみる。楽しい時間ですね。先日、美獣館で、楽しそうに話されてる方をみて、良いなぁと思いました。その楽しさを、伝えられると良いなぁと思います。写真でも、そんな体験が出来るともっと嬉しいですね。

  • 世界の美しい廃墟

    トマス・ジョリオン著 作者は、「時の流れと磨き上げによる事物の解体」と廃墟を定義してます。なるほどね、なんですが、写真はやっぱ廃墟。ページをめくるたびに感じるのも「廃墟」。美しいという概念がなかなか僕の視点からは出てこなかった、どちらかというと不気味という言葉が出てくる。写真は上手いし綺麗。手入れの行き届いた同じ場所を想像すると美しいだろうなという視点が生まれた時に、この作品の意味が理解できた気がしました。手入れする人の手ではなく、時の流れを、主題にしていること。深いなぁと。廃墟というと、長崎の軍艦島が浮かびますが、作者は、写したい対象になるんだろうか?ちょっと気になりました。

  • 陸前高田 20111-2014 畠山直哉

    写真家・畠山直哉の震災にまつわるの写真集です。舞台は陸前高田。それは畠山の故郷でもあります。超有名な写真家が、震災を、それも故郷を撮るとどうなるのか?写真集は、冒頭から説明もなく淡々と、被災した街の風景を丁寧に切り取った写真が続きます。どの写真も三脚を立てじっくりと構図を計算し撮りためたイメージを持ちます。スナップで撮影した軽々しさは感じない。でも脚色することのない故郷の姿を写真集に閉じ込めてます。地球の発生と比較するとちっぽけな時間の経過でしかない人の一生。地球も街も変化しながら生きているってこと。髪や爪が伸びるように日々小さな変化を続けている。その小さな変化が積み重ねられ大きな歪みとなり、ある時、その均等が崩れ落ちる。抗うことが出来ない、そんな自然の猛威に対し、人はどう生きるのか?人生100年と言われるけれど、その先にある誰も見ることが出来ない200年後、300年後の未来のために、何かをするってこと。すごいことです。 安っぽい、表面だけの言葉は、この写真集を見ていると、ちっぽけで意味のないことだと思わずにはいられません。 僕は畠山直也さんの「SLOWGLASS」という写真集も好きです。ガラスの水滴越しの風景写真。同じテーマで写真を撮っていたことがあって、参考にしてみてはと紹介されて知りました。畠山直也さんの写真を見る機会が増えるほど、この方の凄みを感じています。

  • 「中国共産党100年 赤い遺伝子の継承」を見て思ったこと

    共産党一党支配が続く中国に関するNHKのドキュメンタリー番組を見ました。貧しい村人に兵士が恩義の御礼に自分たちの布団を半分にして分け与えた「半分の布団」。村人に世話になった兵士がお礼に渡すものがなく、手渡した「一枚の借用書」。それぞれの村の話を美談に仕立てあげ中国共産党の宣伝として活用。村は観光資源として増収を目論むというWIN-WINの図式。番組では対照的な村の状況を伝えています。 この手の映像を見るといつもながら、声高に共産党を賛美する国民の姿は、異様に映ります。北朝鮮でも同様。ナチス政権の頃と何が違うんだろう?そんな不思議な思いにかられます。これは間違ってるとこちらからは見えるけれど、誰も変えられない。間違ってると思うのは、日本の資本主義の世界にどっぷり浸かっている日本人ならではの思想を持ってるからなんでしょうか。幸せだと思う社会は人それぞれ、心の底から幸せだと思っているのであれば、それでいいと思う、でも、どうなんだろう?組織って怖いなぁとつくづく思う。国だけでなく、会社組織も同じこと。仕事上いろんな判断が必要になる。判断基準は複雑で、誰もが納得できる判断は少ないかもしれない。会社って変なところだなぁと思うのは、不条理なことがまかり通ること。中国共産党に対して、変だぞと思うのと同じように。使う側と使われる側という解りやすい力関係があるが故に。その不条理に巻き込まれる人がいかに多い事か。中間管理職と言われる立場の人は、ほとんどそうかもしれない。朝令暮改なんて日常茶飯事。そんな世界に浸かってると慣れてしまうんでしょう。そして考えなくなる。気楽に乗り切れることならば、そうやってやり過ごすことも才能かもしれない。ちゃんと世の中を知り、大切にしなければならない価値観を曲げてまで、従わなきゃならないなら、行動した方が良いのかもね。企業のプロパガンダに染められる前に、その世界から逃げることも含めて。 もうひとつ余計なことを書くと、会社では、管理しやすいよう人の行動を枠にはめたがる。また個人の思考性や思想にレッテルを貼りたがる。あいつはこうだと・・。自分のこと自分ですらちゃんと解らないのにね。人はいろんな面を持ってることはみんな知ってるはず。でも、それを他人が決めちゃうんだから、びっくりします。だから人の評価なんて気にする必要はない。僕はそういう考えです。でも評価されると嬉しいし、されないと悲しいという感情は沸き起こりま

  • 手帳は未来の自分への手紙

    社会人になってまもなく高価な手帳を手に入れました。確か東京の百貨店で、二十台の時。ファイロファックスのシステム手帳。クレジットカードで買った初めてのモノだったような気もします。身分不相応な革の手帳を買ったのは、その手帳を使うことがかっこいいと思ったのと、そんな手帳を使いこなせる人になりたいとも思ったから。雑誌で坂本龍一さんが使ってると知ったことがきっかけなんだけれど。使い始めた頃は、多くの予定がある訳ではないし大したことは書いてなかったと思う。でも手帳に書いた事を見返す習慣は、この頃に出来上がった。そんな若い頃から仕事も、手帳も変わり、30年以上経過したけれど、常に手許に置いて手帳は使い続けてます。スケジュール管理と、その時に思いついたこと、心に残ったことを、忘れたくないことをメモするくらいですが。 ある時、これは「未来の自分への手紙」じゃないかと。そう気づいたんです。今はこう考えてこう思ったけれど、未来はどう? そんな風に。そう発見した時から、書くことがとても楽しい。人に見せる気がないので、正直に書けることも気楽でいい。  いろんな手帳を使いましたね。「7つの習慣」の超信者でもあるので、そのオフィシャルな手帳を使ったこともある。普通のノートを手帳代わりにしたことも。今は、ほぼ日手帳のWEEKSと、コクヨの測量野帳、それにトラベラーズノートを併用中。ほぼ日手帳はスケジュール管理と日々の日記。測量野帳はアート鑑賞やら旅の記録。トラベラーズノートは、写真関係の雑記帳、テクニック的な記録など。その年によって使い方を微妙に変えてますが、最近はこれで落ち着いてます。  手帳といえば、博物館の展示の中に、それに関係する方が使っていた手帳やメモが展示されていることがよくあります。僕は、それにすごく興味がある。最近は、手帳もデジタルに移行してる人も多くて、そんな展示も無くなるのかと想像すると、ちょっと寂しい。その方が亡くなったら誰も見れないですもんね。 さて京都へ行ったついでに、愛用中のトラベラーズノートの京都店を覗いてきました。トラベラーズノートの公式オフィシャルブックの発売日だったので、それも見たくて。トラベラーズノートは、発売まもない頃に、とある画材屋さんで見かけて動街買い。一枚革のシンプルな手帳。好みの薄いリフィルを挟み込み、ゴムバンドで束ねるという仕様。使い込むと味が出る革の風合いが好きだったのと、カスマ

  • 荻須高徳展 私のパリ、パリの私

    美術館「えき」KYOTO 好きですこの画風。佐伯祐三(1898-1928)さんがパリで亡くなったのは30才の1928年。荻須高徳(1901-1986)は、その時27才。パリで接点があった二人。絵からもその影響を感じます。佐伯祐三さんを知る流れで荻須さんの事を知ったけれど、稲沢市荻須記念美術館へも、未だに行けてないので荻須さんの絵を、一気にこれだけの数見るのは、多分初めて。展示は、年代順に回顧する形式。1930年頃までは、筆使いが、佐伯さんそっくり。構図もよく似てます。「ポスターの壁」と題された絵は、佐伯さんが得意とした題材そのもの。ただ、佐伯さんはもっともっとダイナミックに崩すだろうなと思った。歳を重ねるにつれ、その画風は普通というかまともな線になってくる。それはそれで良いんだけれど、佐伯好きからするとちょっと複雑。荻須さんの絵は若い頃の画風が好きですね。それに初期の頃の作品は、とても光って見えるんです。絵の具の材質によるものなのか?とても綺麗。重厚感とは違う輝きが良いです。写真でこういう表現をしてみたいとずっと試行錯誤してはいるけれど、未だ実現できず。それにしても、パリの街は、画家にとって魅力的に映るんですね。佐伯さんもパリから日本に戻り描くものが見あたらず、再びパリへ戻ってましたからね。僕は、初めてパリへ行った時に、空の色が日本とは違うことに驚いて空ばかり撮ってました・・。もう一つ興味深いのは、エッフェル塔が出来たのが1889年、荻須さんも佐伯さんもエッフェル塔を主題として、描いてないんですね(多分)。写真家の植田正治さんも、パリへ行った際、エッフェル塔の写真を一枚も撮ってないと聞きました。この当たりが凡人とは違うんでしょうか。展示の最後に、パリ風景のデッサンがあったんですが、1979年に新聞に掲載された画文集47章の挿絵の一部。その画文章、47章の文、挿絵が全て、この展覧会の画集に掲載されてました。荻須さんの価値観がとてもよく解る読みごたえのある内容で、展覧会を見終わってからも楽しめてお勧めです。荻須さんは84歳まで生きて、作品を残されました。佐伯さんは30歳。佐伯さんが同じ歳まで生きていれば、どんな作品を残されたんだろう?画風は変わったんだろうか?と、そんな事を見終わったあと、考えてました。佐伯さんが亡くなった頃から、荻須さんは「OGUISS」に変えたらしいです。

  • KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭

    まだまだ回れてない・・・。10月になったら残りを回るつもりです

  • MINAMATA

    小さな頃、新聞でよくみた「水俣」という文字。「水俣病」という地名が付いた病名を地元の人はどう受け入れているのか? そんな疑問を持ち、詳しいことは解らないけれど水俣は危ない場所という思い込みが、少なからずあったと思います。ユージンスミスという写真家を知ったのは、夫人であるアイリーンさんと面識をもったことがきっかけ。写真集を見て、書籍を読んで、もの凄い人なんだと知り、アイリーンさんを通して環境問題のこと、女性ということで写真家として認めてもらえない現実、そしてこの映画「MINAMATA」のことに、興味を持つようになってました。完成したものの、なかなか日本で上映が決まらなかったこの映画。映画の内容から、大人の事情が背景にあるんでしょうね。 ユージンスミスの情報はある程度解っていたので映画を見て新しい事を知った訳ではなかったけれど、映画を見終えて、純粋に上映出来たことに、ほっとしたというか、よくぞ作ってくれたと思ったのが最初の感想。ユージンスミスになりきったジョニーデップが凄すぎて、他の出演者が霞んでしまったかもしれない。冒頭から凄いアングルで始まり、ロックなサウンドとハリウッド映画だと感じるスピーディーなアメリカでのカットが続き、この調子で最後まで突っ走られると着いていけないかもと不安になり始めた頃に、ゆったりとしたシーンに変わる。日本のシーンでは演劇くさい演出が、野暮ったいと思ったりもしたけれど、まぁ許容範囲。2時間があっというまに終わってしまった印象です。  ユージンスミスが主役ではあるけれども、人災として捉えた環境汚染への問題提起ですね。時間が解決する問題は、数多くある。この水俣病の問題もそうかもしれない。けれど、風化させることなく次の世代に伝えるべき事、この問題はまだ終わっていない事を、世界に知らしめる意味でとても意義のある作品ですね。 ユージンスミスを英雄化するとか、被害者を哀れむとか、そういう極端な演出が見えてこなかったことも好印象。映画ですから、史実を誇張してしまう部分は、あるんだろうとは思いますが、水俣病の事を知るきっかけとしても日本人は必見の映画ではないかなと思います。日本人には作れない映画だと思う。でも日本人に作って欲しかった映画でもあります。

  • ぼくが世の中に学んだこと 鎌田慧著

    夢中で読んでしまった。1983年に発行された骨太の著者の経験を綴ったルポ。町工場の過酷で非人道的な低賃金の労働体験。昔はねと一括りで、語るのは、うまくないけれど、「出稼ぎ」という言葉が一般的だった頃の昭和の時代の話し。劣悪な労働環境は大企業のトヨタでもそうだったみたい。使い捨て?家畜のような待遇。使う側と使われる側というわかりやすい図式の中で生きている人達の事が、著者の実体験を通して描かれてます。活字でこれだけの描写をする著者のライターとしての技量には驚くしかないけれど、その内容も実に興味深い。僕は、この本の中にあるような過酷な仕事をした経験がない。僕は単純な作業の繰り返しが昔からダメで、ほぼ使い物にならないと思ってます。それを強要され、せざる得ない状況になったとしたらどうだろうか?と想像しながら読んでいたのでとても疲れました。ただ企業に働き精神的な苦痛で去った仲間をいっぱい知っています。精神的な苦痛のレベルは、時代や環境、それに人それぞれの感覚で、変わるんだろうと思う。そもそそ人と比べてどうかという議論すら間違っているとも思う。 この本で著者が伝えたかったことは、最後の最後に書かれてます。 「この本の読者の中から、どんな苦しい時でも、その苦しみを仲間と分かち合い、明るく生きている多くの人がいることを知り、自由におおらかに生きていく年若い人たちが、ひとりでも、ふたりでも出てくれれば、著者としての本望であると。」 心に刺さった文 (引用)・どんなところにいっても、ものごとをしっかり考えている人がいる。世の中のことをよく考え、自分を犠牲にしても人々のために働いている。・こころの底からのギリギリの言葉に対しては、高学歴や権力の言葉は役に立たない。・戦争中でも、命をかけて戦争に反対しつづけた人たちがいた・さまざまな場所で、自由に、つまり人を支配したり、人に強制したり、あるいは人から強制されたり、自分の意見を言わなかったり、あきらめてしまったり、そんな生き方でない生き方をしている人がいる。 僕は、学生の頃「太平洋ひとりぼっち」を読んで、海の上で仕事をしたいと思い航海士になった。学生の頃に、この本を読んでいたら、どうだろう?サラリーマンの道は選択肢からバッサリ外していただろうなと、想像します。若い人に是非是非読んで考えて欲しいと思います。

  • セザンヌの食卓

    セザンヌって、よく解らなかったです。モネとかルノワールは、視覚的に良いなぁって思うけれど、セザンヌは、良いなぁって思わなかった。なぜ近代絵画の父と言われるのか? ピカソが、最も影響を受けた画家と語ってるのを知り、ますます解らなくなったというのがセザンヌの絵を知った頃の感想。 この本の作者は、セザンヌの「リンゴとオレンジ」を見て強い衝撃を受けたと冒頭に書かれてます。僕とはそもそもセザンヌとの初対面の印象から違い絵画の見え方そのもが違います。さすがです。 セザンヌはリンゴや果物を数多く書いてますが、どれも美味しそうには見えない。いわゆるヘタウマの絵だと思う。セザンヌの絵の特徴は「なんだか変」だと思ってます。それはモノを正対した時に、こんな風には見えない。同じ平面のテーブルにあるお皿の角度がおかしい。これがキュビズムと言われる、ピカソが影響を受けたといわれる所以でもあるんですが。これが絵としてなりたっていること。それを作品としてバンバン描き残したことが天才と言われるんでしょう。変人と捉えられてもいいかもしれないけど・・。小学校の時に、こんなデッサン描いたら怒られると思って書けない。他人からどう見られるのか?が気になってしまい自由な発想が削がれるのは、どこの世界でも同じこと。そんなこと企業では日常茶飯事ですからね。さぁみんな思いつくまま発想してみようと言いながら、出された意見を、あーだこーだとぶっ壊す達人の多いことか。 このセザンヌが残した、このヘタウマの絵から、発想を得たピカソの作品を漁ってみたり、この本にあるセザンヌの絵を見てみると、なるほど、そういうことかと発見が出来る。今までと違う見え方を世に出したという点はまさしくアートの視点。それにキャンバス全体を見渡した時に感じる、色のバランスが、なぜか気持ちいい。セザンヌが多く描いた「ヴィクトワール山」も、そう。なんだ良いじゃんと思えてくるんです。セザンヌの絵が好きかどうかは別に、すごく興味深い絵を描いてること、今更ながら発見できます。 この書籍は、セザンヌが食べたであろうレシピが掲載されてます。写真がセザンヌっぽくないのが惜しい(笑)

  • 元吉烈:ある遊郭の記憶

    先週、写真集を見せてもらって、どんな写真展示になるのか?とても興味が湧いてギャラリーで見てきました。「ある遊郭」とは、大阪はハルカスのお膝元の飛田新地。本展は、その一角に1929年に建てられた「満すみ」という元遊郭の廃屋を記録した写真集「HOUSE OF SESIRES」を紹介するための写真展。この写真集を作るためクラウドファンディングで382万5千円を集めたとか。これからの写真集の在り方かもしれませんね。このプロジェクトは写真家の元吉烈さん、グラフィックデザイナーの門馬翔さん、それにこの「満すみ」の存在を知り写真集の発行を企画した篠原匡さんによって作られてます。偶然にも3名とも在廊されていました。写真家の元吉さん以外、誰が誰か解らず・・。話の展開から後になって、それに気づくというなんとも間抜けさに、ギャラリーを後にして苦笑してました。写真集を最初に見ている影響からか、展示された写真は、ジャーナリスト目線の写真が多いことが気になってました。なんでだろう?って考えてると、元吉さんはドキュメンタリーの映像作家であるとのこと。この当たりがヒントでしょうか?そのあたりはちゃんとお聞きすれば良かった。写真は額装することなく、プリントされた用紙をクリップで吊るすという展示手法。作家の元吉さんは「展示は額装じゃ面白くないかなと思ったので、こうなりました。お金もかかるし」と笑って話されてました。 作風からして、これはこれでアリなんだろうなと思ったんですが、これは賛否が分かれるところでしょうね。僕はありだなと。最近の写真展を見ていると額装だけが全てじゃないですからね。東京都写真美術館で展示されてる作品でもそうだし。伝われば良いんじゃないかと。それよりも写真集、すごく良いです。記録に残すという意味でも、写真のクオリティーの面でも、とても素晴らしい作品に仕上がってます。この写真集を見て、展示を見たいと思ったくらいですから!! 写真集作成の経緯など、ここに綴られてます。https://shinichiro-kaneda.com/articles/44

  • 次回個展のお知らせ

    タイトルは仮です

  • INTUITION Works On Paper

    直感 紙の作品・宝塚市立文化芸術センター宝塚市立文化芸術センターは、宝塚ファミリーランドの跡地に建設されてます。敷地内でバザーが行われていたり、平日でも家族連れが、遊びにくるような、アートを生活の延長線上に感じられるカジュアルなでも本格的な日本では珍しいアートセンター。宝塚歌劇を生み出したおしゃれな関西圏のベッドタウン。館長である加藤義夫さんは、「街のリビングにしたい」と言われてました。この場所が日本のアートのお手本になるといいなと思います。 オランダを中心に活動する美術家集団「The Act of Painteing」は、抽象絵画を推し進め人の潜在意識と直感による内面を視覚化することを検証しているそうです。この展覧会は、そんな海外のアーティストの作品と二人の日本人画家、またワークショップで作成された子供達の作品を加え展示されていました。日本人画家の中村眞弥子さん、柴田千佳子さん、それにセンター長の加藤義夫さんを加えたギャラリートークに参加してきました。普段は写真以外の美術系のトークを聞く事が少ないので、とても興味深い内容でした。・言葉に表せないモノを視覚化するものが抽象画・抽象画は、言葉に表すことが非常に難しい・評論家はそんな矛盾するような難しい仕事・「直感」は、何も考えていないようで、これまで人生の経験をベースに選択し無意識に判断している・抽象画は何もないところから生まれる。数十枚は描けるが、それ以上描くことが難しい・子供は天才 自我が生まれた段階から描けなくなる・アーティストは、自我から解放されるている・抽象画は自由で作品を観ることで精神の浄化作用がある・医者にコレクターが多いのは、この浄化の影響・抽象画は、積み重ねた経験値から人生を物語っているとも言える・作品を観るというより感じる感覚・見えないモノを視覚的に表現する・絵画はメッセージではなく、存在を共有するものなどなど。 「直感」というタイトルは、トークを聞いてとても納得。中村眞弥子さんそれに柴田千佳子さんの作品は、写真で見るよりも迫力もあり存在感がありました。これだけ大きな作品なのに、色と形のバランスの良さはなんだろう? ずっと見ていて飽きない作品。この日で撤収されてしまう事が、とても惜しい。こんな作品を写真を通して発表したいですね。

  • あわだつからだ 前川志織

    風アートプランニング代表の泉井さんと、ご縁があってギャラリーへ伺ってみました。早く行かねばと思いながらも、なかなかタイミングが掴めず今回が初。 個展は前川志織さんの「あわだつからだ」。体の風景を描くというサブテーマ。部屋に入り、全体を見渡す。黒い・・。やばい作品? 死? 宗教画? ギュスターブモローの黒い版? 作品の説明に「パネルに綿布、墨汁、エッグテンペラ」とあります。墨汁で全体を塗り、そこから下地を削り出し人や背景を浮かび上がらせるという手法。水彩画しか描いた事がないので、どれほど大変かは解らないけれど難しそう。作品をじっくり見るとベースになる墨汁の風合いが、どの作品も一様ではなくて、背景として成り立ってる。全体が黒いので解りづらいけれど、微妙なグラデーションがすごくいい。戦場での苦しい心の叫びを全面に出し、見ているとこちらも苦しくなる画家の香月泰男さんの「シベリアシリーズ」を連想しましたが、前川さんの作品は、じっと見ていると光が灯される感覚になる、不思議な感覚になったことが印象に残ってます。 前川さんは、とても静かな佇まい。作品のタイトルも、「ここではないどこか」「自分と指切り」「泥を結ぶ」「半身」等、暗い印象はない。最初に感じたネガティブな印象は、作品全体を見渡した後には、すっかりなくなりました。体の風景を描くと作者が示したように、体が泡立つように湧き上がる人の情景を表現するには、この前川さんの作風があってるのかもしれない。そう思うと噛めば噛むほど味が出てくる作品です。いいもの見させていただきました。次の作品も見てみたい!!

  • おかえりモネが面白い

    連ドラは、一気に見る派です。テレビの前にかじりついて見てた昔はなんだったんだろう?録画したドラマを見たい時に見る。録画と言えばVHSやらβやらとビデオテープの規格があったことなんて、今時の若者は知ってるのかなぁ? そういえばリモコンのボタン「巻き戻し」ではなく「早戻し」になってるんですね。で、NHKの朝ドラ、「おかえりモネ」が面白いという話。いつものことながら、当初は全く見てませんでした。ある程度、撮りたまったところでちょこちょこ見だしていると、いつのまにか追いついてしまい。今では次の回が待ち遠しくなるほど。おかえりモネの「おかえり」の意味が、なんとなく解りはじめた終盤。 何が面白いのか? それは主人公の永浦百音(モネ)を演じる、清原果耶(きよはらかや)さんの、表情に引き込まれ始めたんです。これが演技ってやつですね、すごいなぁと。彼女は表情だけで演技が出来てしまう。そんな方はいっぱいいるんでしょうけど、引きこまれてます。なんなんだ、凄いぞと。ストーリーの展開やセットには、都会的な香りは全く感じなくて、むしろ、野暮ったい。そこはNHKの朝ドラ。このドラマを見て気象予報士になりたいと思う人がどれだけいるのか?それよりも清原果耶さんみたいな女優になりたいと思う人が増えるといいなと思ってます。先日、気仙沼で「おかえりモネ展」やってました。登場人物の大きな大きなポートレート。フォトグラファーの腕にひとしきり感心!! 上手い!!

  • 未来に生きる 「モアイ」

    イースター島にある有名な石像の「モアイ」。名前の由来は「未来に生きる」。へぇ〜知らんかったです。先日、三陸を訪れた際、さんさん商店街という道の駅にモアイ像が。なんで、こんなところに?と横目で見ながら、大雨の中、車に飛び乗ったので、謎は解明されず。そんなことを突然思い出して、気になって調べてみたら、経緯はこんなとこ。・1960年 チリ地震津波で三陸は被害を受ける・1990年 チリからチリ地震津波を後世に伝えるた国鳥コンドルの碑が贈られる・1991年 それを機に、チリ人彫刻家製作のモアイ像を志津川の松原公園に設置・2011年 東日本大震災により松原公園からモアイが流される  流されたモアイが発見され、志津川高校の敷地に移設・2013年 チリより新しく製作されたモアイが三陸に贈られ     さんさん商店街に設置される目のあるモアイは世界に二体だけだそうです。そのうちの一体が、この三陸のものなんですね。なんだか、すごい。それにモアイの意味が、とっても良い!!このテーマで写真撮ってみたくなりました。「未来に生きる」なんかいいね。

  • しゃにむに写真家 吉田亮人著

    面白かったです。一気に読んでしまいました。小学校の教師から写真家へなった吉田さん。「この家には教師二人も要らん。教師辞めて欲しい。写真家になったら・・」なんて同僚で教師の奥さんから言われて、その通り教師をやめた吉田さん。同じ境遇になった時、僕ならどうしただろう?なんて思いながら読んでました。写真業界のことを少なからず知ってる僕ですら、この決断は凄い。それに写真家になるための苦労話もあっけらかんと書かれています。写真家としてもがき苦しむ様は、DeNAを創業された南場知子さん著の「不恰好経営」を思い出してました。起業って成功法があるわけではなく、さまざまな失敗を繰り返しながらあゆみを進めていく。どの起業家も同じで想像以上に泥臭い。そんな体験されている方の言葉は重いし面白い。結局、独立してお金を稼ぐんだから、同じといえば同じなんだけれど、その苦労をしてでも写真をやり続けたいと思う意志や意義が重要なんだろうなと改めて思ってました。 発表された作品の作成意図や心の変化も丁寧に描かれていて、写真家としての葛藤は、とても解りやすく共感できるものでした。それにしても、要所要所で出てくる、吉田さんの奥さん。すんごい良いエッセンスを与えてます。できれば奥さん語録だけの本があっても面白いかもと余計なことも考えてました。吉田さんの写真、失礼ながら見たことがありませんでした。今度写真集取り寄せてみようかなと思ってます。写真家に興味がある人は、必須の図書だと思います。是非是非。

  • ネットで簡単に手に入らない知識は貴重

    ネットでなんでも手に入ると言われます。調べたいキーワードで検索すると、わんさか出てきます。これで知った気になれます。が、これは結構的外れ。ニュースソースの類の新聞、週刊誌は、購買層とスポンサーへの忖度、それに記者の主観というフィルターが入り、事実かどうかすら怪しい。さらになんのチェックもなくダダ漏れで流される情報の多くは裏どりがとても大変。例えば、私のことを知りたいとして、「みまつひろゆき」で検索しても、表面的なことしかわからないと思う。というか全然無名過ぎて何も解らないと言った方が正しい。インターネットで手に入る情報は、まだまだまだまだ知り得ない情報の方が多く、手に入った情報の信憑性を探ることは難しいということ。 例えば、カメラマンの経験。プロカメラマンがどんな設定でどんな小道具を使って、どんなライティングをしているのか? お客さんの見つけ方や価格交渉の方法、作家であれば個展の事、写真集の作り方、などなど。ネットで検索しても僕が知ってる事が出てこない。あったとしてもビタッと的を得るような情報を見つける事は至難の技。おそらく皆さんの専門分野をネット検索してみれば解るんじゃないかと思います。 だから、その専門分野で現役で活動されてる方の、ネットでは探しきれない知識は、とっても貴重であり、知りたいと思う方はお金を出してでも欲しいと思うんです。小さなビジネスは、そんなところから始まるんだなと思う。そんなことを飛行機の中で考えてました。

  • なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館へ行くのか?

    この長いタイトルに、そそられて買ってしまった。商品名って大事です。世界のエリートが、ほんとに美術館へ行ってるのか?という疑問は拭えないにしても、この書籍の鑑賞方法で鑑賞すれば、ビジネスに対する本質的な見方は変わると思いました。ニューヨーク近代美術館(MoMA)で採用されているビジュアルシンキングカリキュラム(VTC) その後名称が変わったビジュアルシンキングストラテジー(VTS)のメソッドに沿って書かれてる紹介されてます。 作品を見て何を感じ、何を考えるか?に重点を置かれてます。「見る、考える、話す、聴く」を駆使しながら作品鑑賞アート作品:作品そのモノアート;作品と鑑賞者の間に起こるコミュニケーションそのもの。美術館の一枚の絵を鑑賞する時間は10秒以内ギャラリートーク、音声ガイドを聞いて、覚えていたことはありますか?ほとんどの人が、覚えてないらしいです。 この書籍ではアートの定義はコミュニケーションとあります。なるほどですね。アートはこれまでの通説を覆すモノの見方を作者が提示するモノだと僕は定義してます。いろんな定義があって、それだけで議論が出来てしまうほど解釈は幅広いです。試しに周りの人に訪ねてみてください。面白い回答がいっぱい出てくると思います。 答えのない世界で答えを導き出す。アートの世界で普通に行われていることが、今のビジネスシーンで必要だという論理ですね。実際アートを本気でやられてる方は、ビジネスの現場でクリエイションされてる方と遜色のない、頭の良さを感じることが多いです。僕は決められたことを淡々とこなす作業は得意では無く、仕事を創る側の仕事をずっとしてきました。仕事を創るという事は、アートとの共通点が多い事は、なんとなく感じていたので、ここに書かれていることはとても共感できます。 小難しい事は置いといても、アートって楽しいんだぞってことが、もっと解ってもらえるといいなと思います。写真もアートですから。

  • ワクチン摂取と夏の空

    新型コロナ感染症のワクチン摂取の2回目を受けてきました。会場に到着してから出るまで17分。15分の待機込みですから、会場入ってワクチン摂取する時間は、たった2分。素晴らしい。摂取してる隣のブースから、こんな声が「二度目の摂取になるが本当に大丈夫か?熱が出ればどうしてくれる?一度目はだるくなった。責任取れるのか?」不安な気持ちになるのはしょうがないにしても、ワクチンは強制ではないので、責任云々の話をここでするのは、どうかなと・・。説明を聞いて、接種を受けない人もいると係の人から立ち話で聞きました。いろんな方がいますし、最後は自己責任で判断。それでいいのかな。会場を出ると雨が降って来ました。雨雲はとっくに遠くへ行って晴れ間が広がってるのに。もう少しの辛抱かな。追記14:30 接種16:00 熱 36.2  頭痛がしてくる20:00 熱 36.0  体がだるい22:00 熱 36.1  辛いので寝る翌日06:30 熱 36.7 頭痛が酷い10:00 熱 37.2 11:00 熱 38.414:00 熱 37.317:00 熱 37.1 頭痛酷し18:30 熱 37.8翌々日06:20 熱 37.209:30 熱 36.5

  • 雨の日に「天気の子」を観る

    このところ、ずっと雨です。高気圧が邪魔して雨をもたらす前線が停滞しちゃっているかららしい。中学の頃、学校の課題で天気図を描きました。毎日定刻に、呪文のようにNHKラジオから流れる各地の気圧を白紙の日本地図に書き写し、そこから同じ気圧を線で結び見慣れた天気図を書き起こす作業。慣れれば、苦もなく描けるようになるんだけれど、作業は機会的で退屈。あの頃は、新聞の小さな天気予報でしか知る術がなかったから、そんな作業も授業であったんだろうなと。確かに天候の動きに対してはとても敏感になれた気もしてましたから。さて雨の中、新海誠作の「天気の子」観ました。劇場で見たことがあるので2回目。深海誠は、雲をとても綺麗に表現する。この作品のテーマは天気。晴れの絵がとても美しいから、ずっと続く雨のシーンが生きてる気がします。窓の外は雨、映画の中も、ずっと雨。ただジメッとした雨じゃないように見えるのが救い。でもストーリー的には、この雨はやまず、東京の街を沈めるほど雨が降り続く設定です。いやはや、すごい設定にしたもんですね。見終わった頃に、また土砂降りの音が。3年も降り止まない雨なら嫌だな・・。

  • 三陸巡りと「鹿の夢」

    友人の写真家・駒崎佳之さんが仙台で個展「鹿の夢」を開催中。応援のついでに三陸を少し巡ってきました。コロナと豪雨の予報もあって、機動力の高いバイクでの遠征は諦め、飛行機で仙台へ向かうことに。雨降る仙台空港でレンタカーをピックアップして4日間、三陸沿いを予定を決めずに回ってみました。三陸には、震災の直後にバスと列車を乗り継いで行きました。あちこちで路線や道路が寸断されていて、パズルのように先へ進んだことを思いだします。その後、仙台市内には仕事で訪れることはあっても、なかなか岩手の方まで足を伸ばす事がなかったので良い機会でした。 雨の中、海岸沿いを走り、気になった場所で降り、また先へ進む。津波予防の防潮堤は、予想以上に建設されていて関西に住む僕には、そのスケールに驚くばかり。ただ、いまだに残る震災の傷跡や津波到達点のプレートを見ると、これでも足らないんじゃないかと思ったりもします。震災を後世に伝えるための施設や努力の後は、各地で遭遇し、その思いの強さと深さには、正直、圧倒された感じでした。 そんな旅の最後に、仙台へ戻り、せんだいメディアテークで駒崎さんの写真展「鹿の夢」です。人も生き物の一種、少し考えてみれば解る当たり前だけれど忘れかけている命の循環をテーマに、何度も通った「三陸」と自らが住まう滋賀の「針畑」を舞台に撮影した作品達。何度も見てきた写真だけど、場所が変わると見え方が違う。 三陸を巡ってきた直後というのもある。アートの作品は、自分の心の持ちようで見え方が変わる。アートという目線で見ることが正しいか否かは、見る人が決めれば良いと思うけれど、ジャーナリズム的な視点とアート的な視点を併せ持つ独特な視点が駒崎作品の真髄なんだろうなと、作品を見ながら思ってました。一人でも多くの方が、この作品を目にすると良いのにと思いながら。いつもは、地元の人や、同じ旅する人と話し込む時間を楽しむんだけれど、今回はコロナ感染の予防ということで、人目を避けるように行動。それがストレスになっていた事を帰りの飛行機の中で感じてました。感染を気にせず人の暖かさを感じられるような世の中に戻る事を切に願います。それにしても、ほんとずっと雨でした。

  • 香月康男展

    宮城県美術館   香月康男(1911-1974)終戦記念日です。ずっと雨が降ってます。九州では未曾有の災害に見舞われる程の豪雨。この仙台でも災害級とは言わないまでもずっと降ってます。宮城県美術館は、とても佇まいが好きな美術館なんですが、晴れてほしい。さて、美術館に寄ったらたまたまやってた・生誕110年「香月康男展」「生きることは、私には絵を描くことでしかない」 そうパンフレットにあります。先入観全くなく、見始めたんですが、展示の初めは、ゴッホみたいだとか、ピカソもかな?ルオーやら、セザンヌ、ロートレックの影響も見えたりする。構図が斬新で、頭や体半分が切れているけれど、不思議と不自然さを感じない。ラフな下絵の時点で、その構図が完成されていて計算通りの構図だということが解ります。さて、この香月さんの絵から、突然、色がなくなります。キャプションを見てると、シベリアへの抑留された頃から、絵のタッチが変わります。戦争で徴兵されてから終戦後、日本へ帰るまでの間の精神的な心の叫びが、絵に出てきます。代表作の「シベリアシリーズ」らしいです。ショッキングでした。好きとか嫌いとか関係なく、衝撃でした。見る事が辛くなるような気がして、それまでじっくり見ていた絵画と同じ作者とは思えない絵画に先を急ぎたい衝動にかられました。見ている僕がそうなんだから、描いてる本人も辛かったんじゃないかなと。そのシベリアシリーズの最後、点呼(左)点呼(右)と連作が続きます。シベリアから日本へ帰る際に、集められた集団の列を描いた二枚の絵を横長に連結で見せた作品。人の存在は解るけれど、集団の後ろの方は塗り潰されてます。なんだか切ないやるせない感じになりました。モネも人をこんな風に書くことはあるけれど、それとは真逆な切ない印象が残るのは、やはり色を失ってしまったからなんだろうと感じました。香月さんは、日本へ帰ってからも絵を描き続けたらしいです。鮮やかな色が出てきたのか? それともずっと、暗い感じだったのか? 少し興味を持ちました。山口県に美術館があるようなので、訪ねて見ようと思います。

  • グランマ・モーゼス展

    グランマ・モーゼス 1860−1961  アメリカ生まれアメリカ人なら、知らない人はいないと言われる国民的画家だそうです。リュウマチで動かなくなってからリハビリのために70台で絵を描き始め、80才で初個展。100才まで描き続けたそうですね。人生100年時代の大先輩です。展示の最初に、刺繍の絵。これが素晴らしい。フォークアートという分類になるそうです。フォークアートは労働者によって生み出された実用的で装飾的なモノも含まれるらしく、鍋敷とか暖簾とかを想像したんですが、どうでしょうか? 絵画はこの刺繍アートかと思うほど、そんなタッチで描かれてます。モーゼスおばさんの絵は、白がとってもいい。冬の雪のシーンが得意らしいんですが、よく解ります。冬の絵が視界に入ると他の絵をすっ飛ばして見に行きたくなるくらい衝撃ありました。クリスマスの時期には、モーゼスさんの絵を世に知らしめたアメリカの大手デパートにモーゼスさんの絵が溢れたんでしょうね。すごく解ります。ほとんどの建物が右に傾いているのは、わざとなのか、味なのかは解りませんが、僕は普通に写真を撮ると左下りになってしまうので、親近感湧きました。 ただ展覧会全体を通して感じたのは、絵画としては僕の好みではなかったです。好みの問題なので、受ける方には受けると思います。会場で見かけた入場者は女性ばかり。わかる気がします・・。

  • ワクチン接種 1回目

    ワクチン接種の予約が取れたのが先週。そして本日、ワクチン打ってきました。会場は、こなれた感じで待ち時間はほぼ無し。接種後に15分間の待機時間が、長いと思った程度。3週間後の2回目の予約をとって終了。不安もなくとても気持ちよく終えられたと思います。 ただ建物の関係で受付が1階で、接種場が2階。促されるまま指示に従い歩く中、あることがふと浮かんでしまった。最近、ナチス、ホロコースト関連の映画や本を読み漁ってた影響だと思います。収容場で毒殺されてしまった方々は、促されるまま、歩みを進めていたんだろうことを。 コロナ感染の不安を解消するためにワクチン接種へ出向く自分。でもこれが、仕組まれた罠だったとしたら・・・。なんてことを考えてると怖くなってきた。そんなことはあるはずも無い平和な世の中に暮らせていることを感謝しないとね。

  • オリンピックは何をもたらすのか?

    オリンピックが始まり、日本勢の活躍に一喜一憂。テレビはオリンピック一色ですね。日本で開催されてるとはいえ、メディアで情報を知るしかないので、関西に住んでいると東京でもヨーロッパでもあまり関係ないですね。時差がないだけで・・・。でも、やはり日本勢の活躍は嬉しい。仕事で横浜スタジアム近くのホテルに宿泊。女子ソフトボールと野球の会場ですね。少し近くを歩きましたが厳重警戒で、なんだか物々しい。ですがオリンピックの華やかさは全くなかった。ホテルには、海外のメディアの方が宿泊されていて、オリンピックを本当にやってるんだと気づけます。ホテルで翌日の仕事の準備。東京の感染者が過去最高更新とテレビから流れてきました。菅総裁は、人流は減少し万全な感染対策だと虚ろな目で、インタビューに答えてました。緊急事態宣言が、地元の大阪でも再発令されるようです。オリンピックが無くても、多分、こうなってる気がします。オリンピックに出場されている選手の頑張りを見て、何かを感じたとしても、コロナの感染対策を頑張ろうと思う方は、いるんだろうか?選手村でのバブルシステムが崩壊していると指摘する人選手村では感染は抑えられている。東京都の感染状況を見て日本人のモラルはどうかと指摘をする人テレビの中では、責任問題を含んだ責任感と新鮮味のない会話が続く話している人達は誰も、オリンピックを止められない。オリンピックのメダルは、コロナを撃退する特効薬には、ならない。やっとこさワクチンの予約が取れました。いろいろと大事にならないことを祈ります。

  • 過去を知ることの大切さ

    「オペレーション・フィナーレ」「アイスマンを追え」「最後の日々・生存者が語るホロコースト」そんな映画を立て続けてみたのは、「まんがパレスチナ問題」を読んで少しパレスチナの事実を知り、ユダヤ人に興味を抱いたから。宗教に関する争いごとの意味がまったく解らず、この歳まで過ごしてきたし、その意味を知ったところで、身の回りの何かが変わるとは思わなかったんですが、違いました。オリンピックの開会式の監督である小林健太郎さんが、過去にホロコーストをジョークのネタにしていたことが判明、開会式の前日に解雇されました。タイミングとしては最悪。開会式の内容は変更されることなく実施されたものの、しこりは残ります。そういえば2017年にはガンバ大阪のコアなサポーターがナチスの親衛隊を連想させるフラッグを試合中に使用して処罰を受けてます。僕も含めて多くの日本人は、ジェノサイドやナチの問題について無知すぎるんでしょう。学生の頃に習ってると思いますが、事の本質までは、きちんと理解出来ていないと思います。 ナチスのことホロコーストのことを少し知りだすと、日本を加害者と捉える中国や韓国が靖国問題を大きく捉えることもちゃんと理解しなきゃなと思うようになりました。戦犯扱いの犯罪者を祀る場所を参拝するとは何事かと・・。震災のこと、広島、長崎への原爆のことをジョークにしたら日本人は黙っていますか? それと同じですよと海外の方が語られていたニュースを見ました。なるほどなと。 日本人は、良い悪いの本質的な議論をすることを好まず、その場の空気に流される国民性だと言われます。バブル方式の感染対策は穴だらけ。公平とは言い難い人選の数々。「復興五輪」なんてテーマは忘れられ、このオリンピックで露呈しているこのオリンピックを通して日本の国民性を、海外の方は、どう捉えているんだろう?悪いことも含めて、ちゃんと向き合う姿勢。自ら知って参加しようとする姿勢。そして行動する。大切なことなんだろうと思います。

  • オリンピックと4連休

    東京オリンピックが開催されます。コロナ騒ぎは、まだ終わってない。終わっていないどころか東京は緊急事態宣言中。ほとんど無観客で開催されるオリンピック。開催する意味があるのか?と疑問の声が上がるのも当然でしょう。僕は前回の東京オリンピックの年生まれ。東京オリンピックの思い出はないけれど、その後のブラウン管の中で開催されたスポーツの祭典は覚えてます。時差の影響で眠い目を擦りながらでも見ていた・・気がする。その頃、テレビで見れるスポーツと言えばプロ野球、その頃の年配者に人気の相撲くらいか。オリンピックで初めて知るスポーツも多かったんです。物珍しさもあったんだと思う。ネットなんて無かったからね。今は、なんでも見れる。オリンピックだって沸くのは、出場する選手、関係者、ビジネスに絡む人達の大会になってるかもしれない。なんだか高校野球みたいだなと。 オリンピックに合わせて休日が変更され、4連休になった来週末。コロナだしオリンピックだし、観光地はどうかなと思って、ホテルの予約状況を調べてみると観光地の宿は満室状態。ほとんどの地域で予約が取れない。宿に泊まって、オリンピック観戦?それはないか。コロナ自粛への嫌気からだろうね。国を上げて盛り上がったスポーツの祭典は見てみたい。日本で開催されて本当によかったと海外の方に思ってもらいたい。でもなぁ、日本は大丈夫か?って疑問を感じちゃテンション下がって他人事になってます。オリンピック?やるんだって感覚。日本人としてはダメなんだろうけど・・。こんな雰囲気にしちゃったのは誰なんだろね。コロナが悪いんだけど、コロナで浮き彫りになったことも多いですね。なんだか残念。

  • バイク乗りの習性

    目覚めると雨曇りの天気、夕方はまた崩れる予報。昨日一昨日は雷の音と雨で目が覚めるほどの悪天候。最近は夕暮れ時にもいきなり天気が崩れる。温暖化の影響らしいけれど、バイク乗りには困ったもんです。身に危険を感じるほどの雨ではさすがにどこへも行けない。休みの日、バイクに跨がって走りたいと思う衝動はやはり押さえきれず、夕方までには帰ると決めてバイクに跨がった。お気に入りのルートの中から比較的天候が持ちそうな北よりを今日は選択。ちょっとした渋滞を抜けバイクの鼓動と風を感じだすと、やっぱいいなと思う。この瞬間のためにバイクに乗ってる気がする。これだけで充分。どこへ行ったというのは、重要ではなくて、バイクに乗って何を感じたか?それが大事なんだと思う。

  • 応援団吹奏楽部 

    立命館大学のライブ、かっこよかったです!!

  • 昼の学校 夜の学校+ 森山大道

    写真集ではなく、談話集ですね。2003年と2004年に大学と専門学校で講演した時のモノ。+は、それに2011年の談話を追加したという書籍です。参加者から質問を受け付けて、森山大道が回答すると言う形で進行していきます。ざっと斜め読みをした部分もありますが、森山大道さんの自分にブレない姿勢は気持ちいい。好き嫌いもはっきりしていて、それをきちんと説明出来てる。サラリーマンとはほど遠い人です。会議中にふらっとどこかへ行っちゃう気がします。「あっこの場には俺要らない。必要になったら呼んで」とか言いながら。サラリーマンなんて望んでないと思うから、どうでもいいことですが・・。とはいえ、周りの人への配慮に長けた人だなとも感じました。それくらい出来ないと、こんなには有名にはなってないんでしょう。それにしても、この語り口はライブ感があります。何度も繰り返し話される話題も多いですが、技術的なこともきちんと丁寧に、また解らないことも正直に話されてます。語りに無理がないので、スラスラ入ってくる。教えてあげたいと言うよりは、私の経験はこうです。そしてこう考えた。それを聞いて、皆さんが何か感じてくれえばいい。そんなスタンスで語られています。なんかかっこいい。

  • 写真家も同じかな

    日経新聞に掲載されていた絵本作家「いせひでこ」さんのエッセイ。いせひでこさんの絵本は、自宅にも何冊かあって、わざわざ展覧会へ足を運んだこともあるくらい、好きです。新聞に名前を見つけて嬉しくなって読んでみました。その中にこんなフレーズが。「私が絵本を描きたいと思う時、テーマはまだ大地の下。なぜ惹かれるのか、わからないままモチーフにこだわり続けると、スケッチから小さな物語のタネが生まれ、ある日突然、水が染み出すように「伝えたかったこと」が浮かび上がってくる。」 これ、僕も同じです。なぜ惹かれているのか?写真を撮りたいと衝動的に思った理由が、後からはっきりすることがあります。むしろ、そっちの方が多いと思う。いまだに、なぜこんな光景に惹かれるのか?言葉に出来ないテーマも多いですから。作家ってそういうものなんだなと、ちょっと安心しました。撮る意味をずっとずっと考えてる。この考える深さが作品にも影響を与えてる気がします。

  • 作品撮りで意識していること

    「Automatismな視点」をキーワードに、作品撮りをはじめました。前回、新幹線の車窓作品としてまとめた「Life Speed」の世界観を、もう少し進めてみようと少し違った視点から試作を始めました。作品に昇華させる上で気をつけていることは、とにかく数を撮ること。「量のない質はない」をとても意識してます。撮り続けていると、歩留まりはよくなり、撮れば撮るほど選択できる写真が増え、必然的に質が上がる、はず。 まだまだ作品として練り上がってはいませんが、楽しんで仕上げようと思います。

  • 読書大全

    世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学 200冊大作ですね。僕の読書の量は、年間70冊ほどでしょうか? 最後まで読了した本の数で、雑誌や斜め読みした本を入れるとその倍近くになると思います。 この書籍は、ビジネスリーダが読んでいるというキーワードですが、作者が読んでみて素晴らしかった本という側面もあります。 僕は仕事に行き詰まった30代に、仕事の考え方に悩んだ時期があってに、片っ端からビジネス書や自己啓発本を読みました。その甲斐あって、それはそれは影響を受けた書籍も多数巡り会えましたが、読むまでもなかったと思う本、あまりのくだらなさに途中で読むことを辞めた本も多くあります。それがベストセラーとして店頭に並べてあった本であってもです。もしかしたら、そちらの方が多かったかもしれません。 その頃に、この一冊があれば、どんなによかっただろう思いながら読んでました。 この「読書大全」で紹介された書籍は200冊。全部読むと僕のスピードだと軽く3年はかかる計算になります。いやサクッと読めるような本は一冊も無いので、倍の5、6年は、かかるかもしれません。読んだことのある書評を読んだところ、どれも的を得た書評でした。紹介されている書籍の書評から読みたい欲求が沸々と湧いてくるのも、書評が信頼出来るとわかったからでしょう。哲学や芸術関係に偏った今の読書スタイルを見直すいいきっかけにもなりました。これは図書館で借りた本です。新しく購入して自宅に置いておきたいと思いました。それくらいよかった。良書は読むたびに得ることが多いんです。前書きに、そんなことも書かれてます。冒頭の「はじめに」だけでも読んで見ることをお勧めします。最近読んだ書籍紹介本の中では一押しです。

  • Viva Video! 久保田成子展

    国立国際美術館 久保田成子(1937−2015) 新潟出身 映像作家 ビデオアートのパイオニア。鷹野隆大さんの個展のついで。事前知識なし。  写真やってると映像にも、当然ながら興味あります。ちょこっとやってみると写真と映像は全くの別物だと解ります。基礎的なベースも写真以上にやれることが多く、かつ手間がかかる。久保田さんの映像作品は、とても斬新。映像が映される四角いマスで構成された画面。そのマスが微妙に動き画面全体に躍動感があります。制作にどれほどの時間をかけているのか?その仕事量を想像すると、唖然となります。映像と彫刻を組み合わせた「ヴィデオ彫刻」は、まさに現代アート。光の拡散も面白いし綺麗。書籍や自筆の葉書、それに作成メモからも、人間的な可愛らしさも感じ。一つ一つの作品のグレードがとても高いので、とっても楽しめました。 お勧めです!!

  • 鷹野隆大 毎日写真1999−2021

    国立国際美術館 ジェンダー、セクシャリティをテーマとする写真家。多分、写真を始めていなければ足を運ぶことはなかったと思います。国立の美術館で写真展が開催される意味を、考えながら見てきました。作品の紹介文は、こんなことが書かれてました。・毎日撮るから「毎日写真」。・無目的に撮られた膨大な写真から何が見えてくるのか?・いかに自分が「見たいものを見たいように見ていたのか」・それは「謙虚であることの可能性」へと道を開くものであった。・あるいはまた、写真は「今」しか写せないという厳粛な事実アートは発見であり、デザインは解決とすると、この作品群は発見の連続であるアート作品。近代的な匂いを感じさせながら、どこが懐かしい写真が並ぶ「毎日写真」。影を主人公にしてしまった「Green Room Project」「Red Room Project」「Sun light project」。モノクロームな二次元でありながらも奥行きを感じさせる「Photo -Grapf」。定点観測的に撮影し東京の象徴のまわりで混沌とした街の姿を写した「東京タワー」シリーズ。全体に何かを語りかけるような優しさはなく、見たいものを見たいようにしか見ていないという作者の言葉通り、ドライな割り切りの目線があって、テーマをどんと押し付けてくる分かり易さは感じなかったです。けれど、どこか挑発的な印象もありました。この正体はなんなんだろう? 男? 女? ??? そんな答え探しに何の意味があるのか? 映っているモノ、それだけですと。今見ているモノが未来に記憶として残れば、それでいい。そんな思いもあるのかもしれない。作者が言う「見たいものを見たいようにしか見ない」。これは全ての人に当てはまること。だから多様な視点でモノや人を捉えることの重要性をもっともっと気づかなければならない。今回の写真を通して改めて考えさせられました。開催から初めての休日なのに閑散とした館内。商業的な視点はひとまず置いて、ゆっくりと作品と向き合って、感性を刺激しながら、答えのない答え探しをしてみる。とっても素敵な時間でした。 写真も絵画と同じレベルで楽しめている自分が、ちょっと嬉しい。国立の美術館に、私の写真が展示されること、ちょっと妄想したのは内緒です。

  • スナップは突然に

     何やら楽しそうなリズムで会話をしながら、立ち止まった僕を追い抜いて行った二人。楽しそうな二人の背中を撮ってみたいと衝動的に感じポケットからコンパクトカメラを取り出していた。僕は人の後ろ姿に、とても惹かれるみたい。理由はよく解らないけれど、なぜかそう。そのうち、なぜか?って答えに気づけると思う。今は自分の欲求に素直になるだけですね。それにしても、楽しそうだった。

  • 誰でもできるけれど、ごくわずかな人しか実行していない成功の法則

     この手の本は、気力があり余ってる時に読むと、納得感が大きいんですが、体力気力が落ちてる時に読むと、相当疲れます。わかっちゃいるけどねって感じで、本を閉じてしまいます。自己啓発系のおススメ本を聞かれると「七つの週間」が、迷うことなく頭に浮かびます。これも落ちている時には、結構きつい。だけど最初に知った時のインパクトが大きすぎて、僕の場合は人生のバイブルとして未だに活用してます。 この「誰でもできるけれど・・」も、自分の人生を自分で切り開く考え方を指南してくれます。自分で決めて自分で動く、その際、自分が影響を与えられることにフォーカスしましょうと。根底に流れる考え方は「七つの週間」です。 うん、行動を習慣化して自分を変えてしまおうという、すばらしく真面目な考え方です。ダラッと人生を謳歌したい人、ちょいと疲れてる人に力説すると間違いなくうっとおしがられます(笑)成功の法則?なにが成功なの?個人の考えによるところが大きいわけですが、自分が「成功」だって思う人生に向けて、こうしましょうって論旨で書かれてる訳です。サラリーマンを長くやっているとその目標とするところってなんなのか? 働くって何? 人生って何? って疑問が浮かぶことは、一度や二度ではないはず。でも、結局今の場所に収まってる。大多数のサラリーマンはそうなんじゃないかなと。この本は、そこを一歩踏み出しましょうって勇気を与えてくれます。そうだよなと。でもね、読んでも実行しないと何も始まらない。読んでその気になって勇気もらって、いつかはねって思って終了。そんな使われ方なんだろうね、で次の本読むみたいな。 隣にコクヨの測量野帳ってノートを並べてみました。もう何十年も使ってますが、気になったこと、浮かんだことをバシバシ書いてます。もう百冊は優に超えてます。取材ノートですね。成功への法則ではないけれど、このメモから、やりたいことが明確になって実行したことも多いので記念に・・。

  • 目薬

    疲れのバロメーターは目の焦点。合わなくなると疲れてるなぁと思う。目の周りの筋力が衰えてくるからだと医学的な根拠も知らずに思ってます。乱視と老眼です、多分。普段メガネはかけてません。映画館とかスタジアムでのサッカー観戦で、くっきりと見たい場面にメガネを使う程度。あとは本を読むときに老眼鏡、もといリーディンググラスの一番軽い度数のものを使ってます。メガネがないと生活出来ないほどではないです。コンタクトレンズは一度使って辞めました。乱視の場合は装着時にレンズの上下を合わせる必要があってレンズの下を重くすることで角度を決める。これが何かの拍子でその角度が簡単にズレてしまうんです。バイクに乗っている時、瞬きをした瞬間、それが起こった。世界が思いきり歪んでしまい恐ろしくなって以来、コンタクトはしてません。 カメラは、ファインダーの視度調整機能で普通に見えるレベルです。さて、そんな目には目薬はとても大事だと思います。なので目薬は多用してます・・。なんてことはなく、たまに使う程度。自慢ではないけれど、ボールペンや万年筆のインクは、しっかりと使い切ってから交換します。でも目薬って最後まで使い切ったことないんです・・。使い切る前にどこか無くしてしまって・・。この目薬も、そのうち、何処かへ旅立ってしまうんでしょうか。

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