クラゲを見たいと思った。 先日、池袋サンシャイン水族館に行くとコロナウイルスの影響で休館となっており、5年前に引き続きまたしても入館し損ねてしまった。本当についてない。せっかく会社を休んだことも無駄になってしまった。 といって行く当てもなく、薄暗い水族館の入口のスペースを歩いた。普段はチケットを買い求める人波に埋まっているはずの場所に人がいない。違う知らない世界に迷い込んでしまったような、不思議な感覚がした。BGMもアナウンスも騒めきもない冷たい静寂のなか、どこか遠くを駆け回る子どもの笑う声が施設に反響して聞こえてきた。それがまるでこの世の者ではないように思え、隙間から入り込む春風がかえって薄…
「もう、殺して」 とそういうことを彼女に言われたのは一度や二度のことではない。その度に私は、 「もしそのときが来たら、おれがやってやるよ」と返すのだった。「約束だからね」と言う彼女に、「約束するから勝手に死なないでね」と返していた。 私たちは何がなくとも「死にたい、死にたい」などと年がら年じゅう口にして、「もう疲れたよね」などと言ってはお互いを慰め合う関係だった。 死ねば現在の苦しみから解放される、最後の手段がある、というそのこと自体が救いだった。けれども、もうそんな段階はとうに過ぎてしまっていた。私たちの日常には、いつも傍らに死があった。 * H子とは、5年前に婚活をしていた時期に知り合った…
「おはよ」 彼女が勢いよくカーテンを明けると、陽光が差し込んできた。部屋の空気を温かく照らし、さらさら流れているのがわかる。「この部屋、眺め良いね」「そう?うん、南向きだからかな」 ベッドに寝そべり空を見あげると、白い雲が風に流され少しずつ動いていた。このままあの雲の行く末を見届けたいけれど、そうはいかない。会社へ行かなければならない。 なんとか布団から抜け出してスーツに着替えながら、以前にもこんな景色を見たことを思い出していた。それは消してしまいたい、忌まわしい日々についての記憶だ。 * 5年前、当時住んでいた下町の安アパートで洗濯機のすすぎ終了を知らせるアラートがけたたましく鳴っていた。急…
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