穂積氏と尾張氏と息長氏

穂積氏と尾張氏と息長氏

日本書紀前半の構成の詳細版を作成中。 日本書紀前半の構成 詳細版 懿徳[4]と仲哀[14]は早逝してるので短くした。ヤマト大王は女系継承との推測から、母系先祖で色分けした。ここでいう尾張氏は瀛津世襲に近い《日本海側の尾張氏》のこと。 神功皇后は父系の「息長」ばかり吹聴されるが、母系は「葛城」である。母の名は「葛城高顙媛」、母系の曾祖母の名は「当麻之咩斐」という。垂仁7年の逸話に登場する「当摩蹶速」のいた当麻邑は、wikipediaによると現在の葛城市にある。 日本書紀 垂仁7年 七年秋七月己巳朔乙亥 左右奏言 当麻邑 有勇悍士 曰当摩蹶速 其為人也 強力以能毀角申鉤 wikipedia 当麻蹴…