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韓国旅行または韓国関係の記事が多いブログです。
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ブログ村参加:2019/05/04

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Well肉桂さんの新着記事

1件〜30件

  • 飛んで飛んで飛んで回って回って回って忘れる(チャンクの暴走45)

     夢想花(むそうばな)といえば円広志(まどかひろし) の大ヒット曲である。 特に、 飛んで♪ 飛んで♪ 飛んで♪ 飛んで♪ 飛んで♪ 飛んで♪ 飛んで♪ 回って♪ 回って♪ 回って♪ 回る♪というサビの部分は人口に膾炙した。 大人は「一体『飛んで』は何回なのか

  • 否定のハンカチーフ(チャンクの暴走)

     太田裕美の「木綿のハンカチーフ」は昭和50年(1975)に発売された歌だ。 都会に旅立った男の子と彼の帰りをじっと待つ女の子の言葉のやり取りが切なくも面白く、シングルレコードが100万枚以上売れた大ヒット曲である。 中学生だった私もよく口ずさんでいたような気がする

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅19-阿蘇駅で阿蘇を想う-(河童日本紀行635)

     「Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅」は今回で終わりである。 豊肥線は阿蘇駅が終点ではなく、大分まで続く。 それどころか、熊本県内にもまだ2つ駅がある。「いこいの村駅」と「宮地駅」である。 そして父祖の地である坂梨は宮地の近くにあるから、本来ならここまで行くと

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅18-内牧駅にて子供時代を偲ぶ-(河童日本紀行634)

     内牧は私の生まれ故郷である。 といっても、棲んでいたのは生まれてから1年くらいと小学校の1.2年の3年間だから、この土地のためなら死んでもいいというほどの愛着はない。 ほんの一寸だけ残っている記憶が蘇った時にちょっぴり懐かしいだけだ。 内牧の記憶。 土筆を採

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅17-市ノ川駅にて鬼八伝説を考える-(河童日本紀行633)

     市ノ川駅は隣の赤水駅と同じく昭和35年(1960)の設置である。 熊本-阿蘇間の開通に伴ってリニューアルしているようだが、元の駅舎の形を思い出せない。元々現在のようなシェルタータイプのもので、色を塗り替えただけなのかもしれない。 ただし、ここからの風景は頗る良

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅16-赤水駅にてベンガラを学ぶ-(河童日本紀行632)

     赤水駅はかつていかにも田舎の駅という感じの駅舎が立っていて、私はとても好きだったのだが、熊本地震で被害を受けて解体されてしまった。 もはや写真で偲ぶしかない。 しかし、その貴重さに気付いていなかった私は写真を撮っていなかったので、残念ながらこのブログに

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅15-立野駅-(河童日本紀行631)

     立野の地名は熊本の多くの土地と同じく健磐龍命(たけいわたつのみこと)という神話上の神様に由来する。 既に「津久礼(つくれ)」や「鯰」という地名の由来として命が阿蘇の外輪山を蹴破った話をしたが、この時に尻餅をつき、「立てぬ」と言ったことから「立野」という地名

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅14-瀬田駅にて隠れた偉人に逢う-(河童日本紀行630)

     肥後大津駅の項で地域名を冠してその後に駅名が来ているものは他所の土地に同名の駅があるという話をした。 ところが、次の駅で早くもこの理論に当てはまらない現象が発生する。 というよりも、「AはB」だから「BはA」ではないという話である。 瀬田駅には頭に「肥後」

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅13-肥後大津駅にて不知火光衛門の謎を解く-(河童日本紀行629)

     子供の頃は何故「肥後」の名を冠した駅名があるのか謎だった。 自分の棲むここは熊本、つまり肥後。当たり前のことを何故わざわざ強調する必要があるのか分からなかった。 自分の世界がだんだん広がってくると、世界は自分の棲む熊本だけではなくて、日本国という結構広

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅12-原水駅で加藤清正を想う--(河童日本紀行628)

     冒頭の絵と内容がほぼ無関係なのをお詫びします。 原水駅は豊肥線の前身である宮地軽便鉄道の熊本-肥後大津間が開通して数年してから開設されているから、古い駅の一つである。 地図で見ると三里木から肥後大津までは相当距離があるから、乗客の利便のために親切された

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅11-三里木駅にて鉄砲小路の歴史を想う-(河童日本紀行627)

     私は3という数字が好きである。 これについては以前書いた。素数への愛(毒にも薬にもならない話40) ところが、これが序数として使われている場合には、やはり1と2、さらには4以下の数字が気になってしまう。 たとえば「三郎」という人に会うと、「兄弟の3番目なんだろ

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅10-光の森駅にて津久礼帝国の光芒を想う-(河童日本紀行626)

     題名が大袈裟かつ内容と違うことをお詫びします。 光の森駅は豊肥線の駅の中で最も新しい駅である。 しかし、出来てすぐの2016年には早くも県内5番目に乗車客の多かった八代駅を抜いた。 ただし、今回は人がいない時を狙って(?)の旅だから、普段は人でごった返す駅もご

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅9-武蔵塚駅にて武蔵の遺訓を学ぶ-(河童日本紀行625)

     武蔵塚駅はその名を聞けば古くからある駅のように感じるが、実は隣の光の森駅と同じく比較的新しい駅である。 したがって幼い私が阿蘇から豊肥線に乗って祖父母の家まで行っていた頃にはまだ存在しなかった。設置は昭和56年(1981)だからもう私は大学生である。  豊肥線

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅8-竜田口駅にて野生動物を憂うる-(河童日本紀行624)

     東海学園前駅ができるまで、竜田口駅は水前寺駅の次の駅であった。 そして、熊本駅から始まる豊肥線が平らな地面を走るのは大体この駅までで、ここからはどんどん登り調子になり、肥後大津駅を過ぎると急激な坂を登っていく。 駅名の由来はもちろん近くにある立田山であ

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅7-東海学園前にて松前重義の偉業を仰ぐ-(河童日本紀行623)

     東海学園前駅は熊本では唯一学校内に駅舎がある駅である。 この学校は「望星学塾大学(仮名)」とその附属高校である「熊本望星高校(仮名)」からなる。  駅名が実名なので学校の仮名に少々(かなり)無理があるが、「誰にも得をさせない、誰にも損をさせない」というこのブ

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅6-水前寺駅近郊の2つの公園-(河童日本紀行622)

     阿蘇と天草のほかに、熊本の地名で全国に知られているのは水前寺と八代だろうか。 いずれもその地名を芸名に冠した歌手の名によって全国に広がったと言っていい。 この2人とは言わずと知れた水前寺清子と八代亜紀である。 ただ、水前寺さんに関しては、本当は子飼とい

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅5-新水前寺駅で高校時代を想う-(河童日本紀行621)

     「新」の付いた駅名といえば、多いのは新幹線が開設されたことによって出来たそれである。 熊本でも九州新幹線の開通と共に「新玉名駅」「新八代駅」「新水俣駅」が設置された。 そしてそれは大体交通の不便な郊外にある。 これは新幹線の停留に必要な敷地の確保が理由

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅4-南熊本駅の謎-(河童日本紀行620)

      以前私は「熊本」を名乗る駅について問題提起したことがある(偉そうに)。熊本へ行こう90-JR三角線で行く三角西港リメイク15 西熊本駅-(河童日本紀行553) この中で私は次のように書いている。 西熊本駅があまりにマイナーな場所にできたのでネタに困って戯言をこねくり

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅3-平成駅にて平成時代を想う-(河童日本紀行619)

     熊本駅から阿蘇方面に出発すると最初に停車するのが平成駅である。 元号が駅名なので全国あちらこちらにあるのかと思ったら「酷鉄(仮名)」の駅名では全国唯一、ここにしかない。 てっきり平成元年にできた駅かと思ったらそうではなく、平成4年(1992)に出来ているから、別

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅2-変わりゆく熊本駅-(河童日本紀行618)

     熊本市の中で私が物心ついてから最も変化したのが熊本駅の周辺だろう。 かつては戦前の面影をそのまま残したような寂れた一角だった。 二本木遊郭址の周囲に広がる古い住宅街は「昔の面影を残す」といえば人聞きがよいが、幼い私には相当近寄りがたい雰囲気だったと思う

  • Zunow三兄弟と行く豊肥線の旅1-旅の始まりの戯言-(河童日本紀行)

     今、日本には2種類の人間がいる。 片や買い物に行くのに「独りで行け」「少しでも長居をするな」と言われ、恋しい家族に逢うのに「県境を越えるな」と言われ、ずっと練習してきたスポーツや芸術の、出場を恋焦がれていた大会が中止になって代りの何だかよく分からない集ま

  • 家の近所の橋に秘められた物語(河童日本紀行616)

     冒頭の絵と内容が(ほとんど)関係ないことをお詫びします。 落ち着いたら家の周囲のことも報告したいといいながら3ヶ月、 転居からはや6ヶ月が過ぎてしまった。 落ち着いたら、にはCOVID-19の感染が落ち着いたら、という意味もあったのだが、こちらは一向に落ち着かない

  • 実はいろいろ変化したこと(それでも生きてゆく私263)

     私がこのブログに河童を登場させてからもう随分になる。 河童はペンタブという機械で描くのだが、なにせそれが安物だからとても手間がかかるという話は既にした。 先日本当にたまたまもう少し良いペンタブをリサイクルショップで見つけたので機器を交代させることにした

  • 春のとある日(Good Old Days)

     今DHK(大本営放送協会)で放映中のドラマ「イエー!(仮名)」に主人公が「晩稲大(仮名)」の応援歌「紺青の空(仮名)」を作詞するシーンが出てくる。 断わっておくが私は晩稲大の卒業生ではない。というか、縁もゆかりもない。 ところが、この歌を聞いた瞬間、私の中に熱き血

  • テイクアウトより限定予約制では(毒にも薬にもならない話87

     COVID-19に対する防疫措置として緊急事態宣言が延長された。 本当は韓国旅行をするはずの連休にほぼ家に籠っている状態のうえ、COVIDとは違うウイルスのことで多くの人に迷惑をかけ、少々滅入ってしまった。 ちょっとだけ気晴らしに飲食店のドライブスルーテイクアウトの

  • こんなマスクがあればいい(毒にも薬にもならない話86)

     みなさんお久しぶりです。 COVID-19(新型コロナ感染症)で世界が揺れる中、何を書いても人の心を逆撫でしそうで、こういう時の私の対処法「洞ヶ峠」を決め込んでおりました。 「自主的時差出勤」で5月の連休明けまで午前もしくは午後の4時間は外出せずに家に籠っているの

  • 河童簡単韓国料理21-チャパグリを作ってみた-(いやしんぼ111)

     韓国映画「パラサイト-半地下の家族-」が大人気である。 かくいう私も見に行った。 私の棲む県は韓国や中国に関するイベントが開かれることもまずないし、たまに映画などが上映されても期間が極短いので、最初に公開された1週間の日曜日に大急ぎで行ってきたのだ。 感想

  • 妻が私を見つける方法(それでも生きてゆく私)

      先日後輩たちに臨床実習について講義していたときのことである。 話が「実習のコツ」に及び、まさに佳境に入らんとし、私は身を乗り出して後輩たちに話しかけた。 すると後輩たちのうちの女性たちがクスクス笑いだした。 どうした? 口角泡でも飛ばしたか。 「写って

  • この人は誰 ? (京都安下宿事情83)

     四国でジャーナリストをしている友人から、彼の勤めるメディアの新聞が届いた。 大型の封筒にはある日の新聞が入っているだけで、消息はない。 正直最初は解釈に苦しんだ。 何か私に読んで欲しい記事があるのだけは間違いないだろう。新聞を最初から最後までざっと見て

  • 「最悪の日韓関係」の中「反日感情の強い」釜山で年末年始を過ごしてみた22-韓国雑感釜山年末年始編-(河童亜細亜紀行222)

     韓国雑感も5回目の釜山編である。 「笑ってトンヘ号(仮名)」のエレベーター。 行先は「1階」「2階」ではなく、「中甲板」「3甲板」「4甲板」「5甲板」である。 大きな船は一見ショッピングモールのフロアに似ていて、しかしこういうところでやはり船であることを意識さ

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