カーネーションの花びらが束ねられている一点(『中論』是故去去者所去処皆無)
ダイニングテーブルの上にカーネーションの花が挿してありました。それを何気に見ていたら、花びらが一点にシュッと束ねられていることを気持ちいいなと感じている自分に気が付きました。一点に絞られているというのは潔さとか簡潔とかを連想させて、自分の中に潜在的にこうなりたい願望があるからいいなと感じるのかもかもしれません。この一点にシュッと束ねられているというのに関係するかもしれないという内容が、龍樹の『中論』の観去来品第二章のなかにありました。その章は運動について考察する章です。読んでみると、歩くことを一例として否定し、そのうえ、とどまっていた状態から歩くことを開始すること、歩くことをやめて立ち止まることなどを否定しています。でも普通に考えたら、歩き始めるとか歩くことを止めて立ち止まるというのは、当たり前のこととしてあり...カーネーションの花びらが束ねられている一点(『中論』是故去去者所去処皆無)
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