住所
-
出身
-
ハンドル名
Kitohoshiさん
ブログタイトル
Vive Hodie ー今日を生きる。ー
ブログURL
https://vivehodie.hatenadiary.com/
ブログ紹介文
当事者として回復のヒント、統合失調症当事者のライフスタイル模索、ご家族への情報提供等の試みです。
自由文
更新頻度(1年)

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ブログ村参加:2018/07/18

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Kitohoshiさんのブログ記事

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  • AWトウザー著 「神の再発見」 六 神の自己充足(75p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    神はみこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。 (ピリピ2:13) 神の自己充足の真理が、クリスチャンの活動をまひさせるのではないか、というような想像はやめましょう。それどころか、このことはあらゆるきよい努力をするように刺激するでしょう。 (「神の再発見」 75p) さまざまな真理の要素が、絶えず正反対の立場に立ち、見えるところの反対のことを信じるよう要求するときもあります。私たちは、それを知ることのできる時まで待つのです。その時には、今はそれ自身矛盾しているように見える真理が、輝くような一致を見、矛盾は真理の中にあるのではなく、私たちのそこなわれた心…

  • AWトウザー著 「神の再発見」 六 神の自己充足(74p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    主はモーセに仰せられた。「下って行って、民を戒めよ。主を見ようと、彼らが押し破って来て、多くの者が滅びるといけない。 (出エジプト19:21) また仰せられた。「あなたはわたしの顔を見ることはできない。人はわたしを見て、なお生きていることはできないからである。」 (出エジプト33:20) 神は、ご自身の愛とあわれみをもって、キリストとして私たちに来てくださいました。これは使徒の時代からの教会の、変わることのない立場でした。それは、永遠の御子の受肉の教義に対する、クリスチャンの信仰として定まっています。最近では、このような、初期の教会にとって意味したものといくらか異なって、それ以下のものを意味す…

  • AWトウザー著 「神の再発見」 六 神の自己充足(67p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    それは、父がご自分のうちにいのちを持っておられるように、子にも、自分のうちにいのちを持つようにしてくださったからです。(ヨハネ5:26) 「父がご自分のうちにいのちを持っておられる」と私たちの主は言われました。主が短いセンテンスで、人間の思いの、はるかにとどかないような崇高な真理を示されることは、主の教えの特徴です。神は自己充足であると主は言われました。神は究極的な意味で、ご自分だけで満ち足りておられるのです。神がいかなるおかたであっても、その全存在をもってご自身の中に満ち足りておられるのです。あらゆる生命は、それが無意識の最も低い生命であっても、あるいは高度に自己意識を持つ、セラピムの知的な…

  • AWトウザー著 「神の再発見」 五 神の自己存在(65p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。 (マタイ16:24) 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。 (ガラテヤ2:20) 自己が人間の心を支配しているという原理が人間の行為の根源にあり、人間のなすすべてのことを悪に変えてしまうという聖徒たちのあかしは、預言者や使徒たちの教えと調和しています。私たちを…

  • AWトウザー著 「神の再発見」 五 神の自己存在(64p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。(イザヤ53:6) 「心のきよさとは、一つの事を志すことである」とキールケゴールは言いましたが、私たちはこれを逆にして、「罪の本質は、一つの事を志すことである」という同様な真理を宣言できるでしょう。なぜならば、私たちの意志を神の意志に反して働かせることは、神を廃位させることです。私たち自身を、小さな人のたましいの王国で、至高な者にすることだからです。罪は、海辺の真砂のようにふえ広がりますが、それでも一つなのです。多くの罪があるのは、罪の根があるからなのです。これは、非常に…

  • AWトウザー著 「神の再発見」 五 神の自己存在(63p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます。(ヨハネ16:8) 人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、「兄弟たち。私たちはどうしたらよいでしょうか。」と言った。(使徒2:37) 「その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます。」 キリストのこれらのことばが一番早く成就したのは、ペンテコステの時、ペテロが最初の偉大な説教をしたあとでした。「人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、『兄弟たち。私たちはどうしたらよいでしょうか。』と言った。」この「私たちはどうしたらよいでしょうか」というの…

  • AWトウザー著 「神の再発見」 五 神の自己存在(63p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます。(ヨハネ16:8) 罪には多くの結果が現われますが、その本質は一つです。神の御座の前に礼拝のために創造されている道徳的な存在であるのに、自分自身、自己という王座にすわり、その高められた地位から「私は有る」と宣言するのです。これこそ、その集中的な本質においての罪です。けれどもそれがあたりまえなので、それでよいように見えるのです。福音によって、罪を知らないというその言いわけが取り除かれ、たましいがいときよきおかたの御前にありのままの姿で出される時にのみ、恐ろしいほどに、道徳的にふさわしくない自分の姿が、良心にしみじ…

  • AWトウザー著 「神の再発見」 五 神の自己存在(62p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    あなたは心の中で言った。『私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。密雲の頂に上り、いと高き方のようになろう。』 (イザヤ14:13~14) 生まれつきのままの人は、自らの自己性に関して、神の自己性に挑戦するというただ一つの理由で罪人です。人間はその他のすべてのことにおいては、喜んで神の主権を受け入れるでしょう。しかし、自分自身の生涯では、それを拒むのです。人間にとって、自分が支配権を持つときに、神のご支配が終わるのです。彼にとって自己(self)は自己(Self)となり、この点において「わたしは天にのぼり、わたしの王座を高く神の星の上におき....…

  • AWトウザー著 「神の再発見」 五 神の自己存在(61p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    神はモーセに仰せられた。「わたしは、『わたしはある』という者である。」また仰せられた。「あなたはイスラエル人にこう告げなければならない。『わたしはあるという方が、私をあなたがたのところに遣わされた。』と。」(出エジプト3:14) 自己性については、神がモーセに語られた「わたしは有って有る者」ということばほど、きっぱりとした主張は考えられないでしょう。その独立存在の、無条件の宣言に、神がありたもうすべてのこと、神でありたもうすべてのことが明らかにされています。けれども、神ご自身は罪ではなく、あらゆる可能な善意・聖潔・真理の神髄なのです。

  • AWトウザー著 「神の再発見」 五 神の自己存在(60p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。(ヨハネ1:1~3) なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は御子によって造られ、御子のために造られたのです。御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。(コロサイ1:16~17) 御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あ…

  • AWトウザー著 「神の再発見」 四 聖三位一体(52p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    神はこのイエスをよみがえらせました。私たちはみな、そのことの証人です。 (使徒2:32) わたしが自分のいのちを再び得るために自分のいのちを捨てるからこそ、父はわたしを愛してくださいます。だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父から受けたのです。」 (ヨハネ10:17~18) 聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです。(ローマ1:4) 父なる神の予知に従い、御霊の聖めによって、イ…

  • AWトウザー著 「神の再発見」 四 聖三位一体(52p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    初めに、神が天と地を創造した。(創世記1:1) なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は御子によって造られ、御子のために造られたのです。 (コロサイ1:16) その息によって天は晴れ渡り、御手は逃げる蛇を刺し通す。(ヨブ26:13) あなたが御霊を送られると、彼らは造られます。また、あなたは地の面を新しくされます。(詩篇104:30) 御使いは答えて言った。「聖霊があなたの上に望み、いと高き方があなたをおおいます。それゆえ、生まれる者は、聖なる者、神の子と呼ばれます…

  • AWトウザー著 「神の再発見」 四 聖三位一体(49p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。(ヨハネ1:18) だれも天に上った者はいません。しかし天から下った者はいます。すなわち人の子です。(ヨハネ3:13) 人類をあがなうために、永遠の御子は、父のふところを離れませんでした。御子は、人々の間を歩まれたとき、ご自分を「父のふところにおられるひとり子の神」とされ、またご自身について、「天にいる人の子」と語られました。ここに神秘を認めます。しかしそれは混乱ではありません。御子は、受肉においてご自分の神性にベールをかけられましたが、それを無にされたのではありませんでした。神格の統一性ゆえに、…

  • レキサルティを服薬して、イライラする場合、合わないケースが多いらしい。

    kyupin先生によるとレキサルティが合っている指標として いくつかの基準をあげている。 1 よく眠れるようになる 2 神経過敏がない事 3 幻覚が減る 4 体が動くようになる 5 アカシジアなどの副作用が減少ないし消失 6 不安が減る 7 表情が改善する 8 体重が減る(太りやすい薬からの変更の場合) 9 体重が増える(穏やかな生活となってカロリー消費が少なくなる) 自分もレキサルティへの変薬を試みてみたが、イライラと不眠が出て エビリファイに戻した。 するとイライラは収まり、不眠も改善された。 まさに1と2においてレキサルティがマッチしていない例であった。 kyupin先生によると2につい…

  • AWトウザー著 「神の再発見」 四 聖三位一体(49p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    『わたしは去って行き、また、あなたがたのところに来る。』とわたしが言ったのを、あなたがたは聞きました。あなたがたは、もしわたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くことを喜ぶはずです。父はわたしよりも偉大な方だからです。(ヨハネ14:28) アタナシウス信条の作者たちは、三つの人格の相互関係を、非常な注意を払ってつづり、霊感を受けたみことばの限界内にとどまりながらも、人間の考えにあるギャップを、できるかぎりなくそうとしています。「この三位一体においては、どのおかたも、前に来たり、あとに来たりしない。また上であったりすることはなく、三つの人格すべてが等しく永遠であり、共に等しくありたもう」と。…

  • AWトウザー著 「神の再発見」 四 聖三位一体(46p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    イエスは彼に答えられた。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。」(ヨハネ14:23) わたしと父とは一つです。」(ヨハネ10:30) キリストは、父と御霊とともにご自身について語っておられる時に、複数形を用いることをちゅうちょなさいませんでした。「わたしたちは、その人のところに来て、その人とともに住みます。」けれども、再びキリストは言われました。「わたしと父とは一つです。」神を統一体の中における三位一体として考え、人格を交えず、本質をわかたないことは、非常にたいせつなことです。そう…

  • 陰性症状や鬱にいいかも。アスコルビン酸(ビタミンC)を水に溶かして飲む

    アスコルビン酸(ビタミンC)2gをペットボトルの水に溶かして飲む。 口の中に爽やかな清涼感とともにすっぱさが広がってくる。 そしてなぜかハイ気味になっている。 ”ビタミンC うつ”などのキーワードをネットで調べてみると、ビタミンC摂取が 自律神経を調整する働きをもたらすとの研究があるというブログ報告例や、NIKKEI STYLEという日経電子版では、ビタミンCが、興奮した時に分泌される、神経伝達物質、アドレナリンの合成に欠かせない物質であるという記述がなされていた。そのことから、不足すると抑うつ症状が出てくるという。 ストレスによってもビタミンCは失われてゆき、アドレナリンが合成できにくくなっ…

  • AWトウザー著 「神の再発見」 四 聖三位一体(45p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    地よ、地よ、地よ、主のことばを聞け。(エレミヤ22:29) 神が宣言したもうことを、信者はそれ以上の証拠を必要とせずに信じます。確かに、証拠を求めることは疑いを認めることであり、証拠を得るということは信仰を不必要なものとします。だれでも信仰の賜物を有している者なら、初代のクリスチャン教父の次のような大胆なことばの知恵を認めることでしょう。「私は、キリストが自分のために死んでくださったことを信ずる。なぜならば、それは信じがたいことだからである。私は、キリストが死からよみがえられたことを信ずる。なぜならばそれが不可能だからである。」 それがアブラハムの態度でした。アブラハムは、あらゆる証拠に敢然と…

  • AWトウザー著 「神の再発見」 四 聖三位一体(41p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    では知恵はどこから来るのか。悟りのある所はどこか。それはすべての生き物の目に隠され、空の鳥にもわからない。滅びの淵も、死も言う。「私たちはそのうわさをこの耳で聞いたことがある。」 しかし、神はその道をわきまえておられ、神はその所を知っておられる。 (ヨブ28:20~23 20~22は個人的補足) 人はみな、それぞれの信仰によって生きています。未信者も聖徒と同様です。すなわち、一方は自然の法則への信仰により、他方は神への信仰によって生きているのです。 人はみな、その生涯を通して理解することなく絶えず受け入れています。最も学問のある聖人も、一つの単純な「何?」という質問で沈黙させられます。その質問…

  • AWトウザー著 「神の再発見」三 神の属性、神についての真実な事がら(38p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    いったい、人の心のことは、その人のうちにある霊のほかに、だれが知っているでしょう。同じように、神のみこころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません。 (Ⅰコリント2:11) 「神のみこころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません。」神は同等の者に対してのみご自分のご神格の奥義を伝達することがおできになるのですが、しかし、実際問題として、神と同等のものが存在すると考えることは、知的に不合理なことです。 神の属性は、神について真実であると、私たちが知っているものです。神は特質として属性をお持ちになっているのではありません。神がご自分を被造物に現わされるときに、神がいかにいましたもうかを現わ…

  • AWトウザー著 「神の再発見」三 神の属性、神についての真実な事がら(33p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです。(マタイ5:8) 神は、私たちの質問に対して答えを備えてくださいました。確かにすべての答えではありませんが、私たちの知性を満足させ、心をうっとりさせるのに足るものでした。神は、これらの答えを、自然の中、聖書の中、また御子のご人格の中に備えてくださったのです。(「神の再発見」 33p) 神はこの三重の啓示によって、神に関する私たちの質問に対する答えを備えてくださいました。しかし、その答えは決して表面に横たわっているものではありません。このような答えは、祈りや、みことばに関する長い黙想や、また熱心でよく訓練された苦労によって求められなければなりませ…

  • AWトウザー著 「神の再発見」二 理解しがたい神(25p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    あなたは神の深さを見抜くことができようか。全能者の極限を見つけることができようか。それは天よりも高い。あなたに何ができよう。それはよみよりも深い。あなたが何をしりえよう。(ヨブ11:7~8) すべてのものが、わたしの父から、わたしに渡されています。それで、父のほかには、子を知る者がなく、子と、子が父を知らせようと心に定めた人のほかは、だれも父を知る者がありません。(マタイ11:27) あなたは神の深い事を窮めることができるか。全能者の限界を窮めることができるか。それは天よりも高い、あなたは何をなしうるか。それは陰府よりも深い、あなたは何を知りうるか」とナアマ人ゾパルは尋ねています。主は「父のほ…

  • AWトウザー著 「神の再発見」二 理解しがたい神(24p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    さあ、あなたは神と和らぎ、平和を得よ。そうすればあなたに幸いが来よう。 (ヨブ22:21) もし神が私たちの考えるとおりのおかたでないとするならば、どのような神であると考えたらよいのでしょうか。もし信条が宣言するように、神がまことに理解しがたいおかたであり、またパウロが言うように近づきがたいおかたであるならば、私たちクリスチャンは、どのようにして神へのあこがれを満足させればよいのでしょうか。「あなたは神と和らいで、平安を得るがよい」という望みに満ちたことばは、何世紀も過ぎ去ったのちの今でも変わりません。しかし、どのようにして人間の考えによる懸命な努力をお避けになる神と和らいだらよいのでしょうか…

  • AWトウザー著 「神の再発見」二 理解しがたい神(21p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    彼らの頭の上、大空のはるか上のほうには、サファイヤのような何か王座に似たものがあり、その王座に似たもののはるか上には、人間の姿に似たものがあった。私が見ると、その腰と見える所から上のほうは、その中と回りとが青銅のように輝き、火のように見えた。その腰と見える所から下の方に、私は火のようなものを見た。その方の回りには輝きがあった。その方の回りにある輝きのさまは、雨の日の雲の間にある虹のようであり、それは主の栄光のように見えた。私はこれを見て、ひれ伏した。そのとき、私は語る者の声を聞いた。(エゼキエル1:26~28) エゼキエルが、燃える御座に近づけば近づくほど、自分のことばが確かなものでなくなりま…

  • AWトウザー著 「神の再発見」二 理解しがたい神(21p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    それらの生きもののようなものは、燃える炭のように見え、たいまつのように見え、それが生きものの間を行き来していた。火が輝き、その火からいなずまが出ていた。 (エゼキエル1:13) 霊感を受けた人たちが、言い表せないものを言い表そうとする努力は、聖書の中で、黙想の上にもことばの上にも大きな困難をもたらしました。これらは、自然を越えた世界の啓示であり、一方それを書きしるした思考は、自然の一部であるので、記者たちは、自分の言おうとする意味をわからせるために、非常に多くの「似た」ことばを、余儀なく使うことになったのです。御霊が、私たちの知識の領域を越えたところにある何かを知らせようとなさるとき、御霊は、…

  • AWトウザー著 「神の再発見」一 なぜ神について正しく考えなければならないか(16p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    というのは、彼らは、神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからです。(ローマ1:21) 偶像礼拝とは、「ただ単に目に見える礼拝の対象の前にひざまずくことだけであり、それだから文明国の国民は偶像礼拝とは関係がない」というような誤った考えを、思いあがって受け入れることのないように気をつけようではありませんか。偶像礼拝の本質は、神についてふさわしくない考えを心にいだくことです。偶像礼拝は、まず、心の思いに浮かび、明らかな礼拝行為が行われなくとも存在しうるのです。「彼らは、神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせ…

  • キリスト教の貴重な本、復刊希望はこちらがあるようです。

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  • AWトウザー著 「神の再発見」一 なぜ神について正しく考えなければならないか(15p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    こういうことをおまえはしてきたが、わたしは黙っていた。わたしがおまえと等しい者だとおまえは、思っていたのだ。わたしはおまえを責める。おまえの目の前でこれを並べ立てる。(詩篇50:21) 人間の心が傾きやすい多くの罪のうち、神にとって偶像礼拝ほど憎むべきものはほかにはありません。なぜなら、偶像礼拝は、その根底において、神の人格に対する侮辱だからです。偶像礼拝の心は、神を、ほんとうの神以外のもののように思い込みーそのこと自体の中に恐るべき罪がありますー自分自身に似せて作ったものをもって真の神の代わりにします。この神は、それを作った者のイメージと常に一致するので、それを現わす製作者の道徳状態のように…

  • AWトウザー著 「神の再発見」一 なぜ神について正しく考えなければならないか(11p~) 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。 (ヨハネ1:1) 疑いもなく、頭で考え出すことのできる最も強力な思想は、神についての思想であり、どの国のことばにとっても、最も重みのあることばは神ということばです。思想と言語は、神のかたちにかたどって造られた被造物への神の賜物であり、これらは神と密接な関係があって、神から離れてはありえないのです。最初のことばが「ことば」であったということは、非常に意義深いことです。「ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」私たちは、神が語りたもうゆえに語ることができるのです。神にあっては、ことばと観念は切り離すことができません。 …

  • AWトウザー著 「神の再発見」 序 引用聖句 と引用聖句周辺の本の引用。

    「やめよ。わたしこそ神であることを知れ。わたしは国々の間であがめられ、地の上であがめられる。」 (詩篇46:10) この本のメッセージは、この時代から脱皮しようとするものではなく、この時代にふさわしいものです。教会にしばらく存在し、なお確実に悪化しつつある一つの状態のために必要となっています。私は一般の宗教的な考えから尊厳の観念が喪失していることを言っているのです。教会はかつていだいていた高い神観念を放棄し、思考したり礼拝したりする人間に全くふさわしくない、非常に低い、非常に卑しいものをその代わりに置き換えてしまいました。教会は、故意にではなく、少しずつ、そして知らないうちにこのことをしてしま…