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1件〜100件

  • 水戸殉難志士の墓 水戸市松本町

    明治2年、新政府の初代水戸藩知事となった徳川昭武公は、明治維新の礎として殉難した志士の遺骸を収容して、常磐共有墓地の一角に埋葬し、同所に「殉難」碑を建立、慰霊顕彰した。大正3年、殉難志士の氏名を刻して建てたのが「水戸殉難志士の墓」である。 市指定史跡 水戸殉難志士之墓 昭和二十九年七月十日指定 元治元年(1864) 筑波山に尊皇攘夷の挙兵があって水戸藩内の動揺が甚だしくなった。そこで鎮撫のため藩主慶篤の目代として松平大炊頭頼徳が水戸へ下った。その護衛のため榊原新左衛門照煦等はそれに随い武田伊賀守正生等も加わった。 その反対派の市川三左衛門弘美等は、水戸城を占據していてその入城を拒み戦端が開かれ…

  • 常磐共有墓地 水戸市松本町

    愛宕山古墳群の南東に隣接する常磐共有墓地を訪れた。常磐共有墓地は、1666年(寛文6年)に、水戸藩第2代藩主徳川光圀が命じて開設させた範士共有の儒教式の墓地。 常磐共有墓地 | 水戸市ホームページ 郷土いいとこ再発見 安積澹泊(格さんのモデル)の墓 関鉄之介の墓 藤田東湖の墓 藤田小四郎の墓 にほんブログ村

  • 馬塚古墳 水戸市愛宕町

    愛宕山古墳群で愛宕山古墳の他に唯一墳丘が確認できる古墳の馬塚古墳を訪れた。馬塚古墳は径14mの円墳。後で知ったが、馬塚古墳の脇の空き地は、旧水戸生涯学習センターの跡地で、平成26年に解体工事に伴う発掘調査が行われ、古墳跡3基(愛宕山5〜7号墳)が検出された(文献[1])。愛宕山5号墳は径約20mの円墳、6号墳は円墳と推定される周溝の一部、7号墳は径約16mの円墳。 馬塚古墳 山内光雲書 馬塚古墳は愛宕山古墳群のひとつであり、直径14メートルを測る。同古墳群は、那珂川中流域右岸台地(標高30メートル前後)の一帯に占拠し、前方後円墳2基、円墳5基から群を形成していたものと推定されるが、現存するもの…

  • 一盃山稲荷神社 水戸市愛宕町

    那珂国造(なかくにのみやつこ)の古墳築造の時、多くの作業者が毎朝食前に飯椀一杯づつの土を築いてできた小山なので一盃山との伝承がある一盃山稲荷神社を参詣した。 水戸にある珍しい名前の神社(2) - ぶらっと 水戸 にほんブログ村

  • 曝井(さらしい) 水戸市愛宕町

    曝井(さらしい)は、愛宕山古墳の西方、北に下る滝坂の中程、曝台といわれる右手にあって、「千歳湧く曝井の泉」と郷土かるたに選定された1200年の歴史を秘めた萬葉ゆかりの湧き水。 曝井(さらしい) 三栗(みつくり)の那賀(なか)に向へる曝井の絶えず通はむ そこに妻もか この歌は万葉集巻九にあって、普通、高橋虫麻呂の作といわれている。この曝井は『常陸国風土記』の那賀郡の条に、「坂の中に泉がわき出て、水量が多く清らかで、夏に村の女たちが布を洗って曝らした。」と書いてある。 この辺一帯の台地からは各所に湧き水が見られるが、ここがその代表的な場所といわれている。ここで布を曝らしたのは、調(ちょう)として都…

  • 愛宕山古墳 水戸市愛宕町

    愛宕山古墳は、石岡市舟塚山古墳、常陸太田市梵天山古墳に次ぐ茨城県内3番目の規模で、全長137mの大型前方後円墳である。那賀国造の墓と考えられており、国指定史跡となっている。水戸市の北部に位置し、那珂川右岸の標高約30mの上市台地北東側縁辺部に立地している。後円部の墳丘上に火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を祀る愛宕神社が鎮座する。また、愛宕山古墳に建借間命(たけかしまのみこと)が埋葬されているとして、境内に愛宕山古墳群の姫塚古墳(全長58mの前方後円墳、造成により湮滅)より遷霊した姫塚古墳神祠(祭神 建借間命姫)、愛知県安城市の姫塚古墳より分霊した綾姫神祠(祭神 孝徳天皇の皇女 綾姫)などの摂…

  • 旧水海道小学校本館 水戸市緑町

    歴史館の敷地に旧水海道小学校本館が移築、復元保存されている。旧水海道小学校本館は、1881年(明治14年)に建築され、日本建築と西欧風建築が融合した明治洋風建築で、明治十年代の県下唯一の遺構。 旧水海道小学校本館 | 【茨城県立歴史館】歴史博物館・文書館|茨城県水戸市 水海道小学校玄関 | 水戸市ホームページ にほんブログ村

  • 水戸農業高等学校旧本館 水戸市緑町

    茨城県立歴史館の企画展を鑑賞後に水戸農業高等学校旧本館の外観を見学した。1899年(明治32年)から1970年(昭和45年)まで、歴史館の敷地に茨城県立水戸農業高等学校があった。この建物は旧校舎本館を復元したもの。 六地蔵宝幢 旧水戸農業高等学校本館 | 【茨城県立歴史館】歴史博物館・文書館|茨城県水戸市 六地蔵石幢|茨城県教育委員会 六地蔵寺石幢 | 水戸市ホームページ にほんブログ村

  • 吉田古墳 水戸市元吉田

    5月に茨城県立歴史館の企画展「ビフォー・アフター三昧塚古墳」を鑑賞した際、茨城県立歴史館の前に吉田古墳を訪れた。吉田古墳は、横穴式石室奥壁に釵・刀子・鉾等武具を主体とした線刻装飾をもつ終末期古墳で、墳形は方墳とも円墳ともいわれていたが、近年の調査により、多角形形墳と判明(いびつな八角形墳と推定)した。横穴式石室は、凝灰岩質砂岩を用いた切石積み、無袖型、玄室平面形は長方形、奥壁は台形、側壁が内傾し、奥壁1枚、両側壁各3枚で構築され、天井石は3枚遣存、南に開口する。1914年(大正3年)の発掘で、金環、鉄鏃、直刀、勾玉等が検出されている。2005年度(平成17年度)より4ヶ年、水戸市が主体で史跡整…

  • 廣瀬武夫と杉野孫七の像 旧万世橋駅前広場

    かつて、万世橋駅前広場に建てられていた日露戦争の英雄、廣瀬武夫と杉野孫七の巨大な銅像。 旧万世橋駅 (明治・大正時代) Old Manseibashi Station (Meiji and Taisho Periods) 中央本線のターミナル・万世橋駅は当時東京でも屈指の繁華街だった須田町交差点前に、1912年(明治45) 4月1日に開業した。当時の最新の技術で作られた煉瓦アーチの高架線を背にして建てられた駅舎は、後に東京駅丸の内駅舎の設計も手掛けた明治建築界を代表する建築家、辰野金吾と葛西万司の設計で、壮麗なレンガ・石積(一部鉄骨造り) の2階建てで、駅舎内には食堂も併設されていた。 駅前広…

  • 記憶の広場 千代田区神田須田町

    さいたま市に移転前の交通博物館跡地に建つJR神田万世橋ビル。「記憶の広場」に過去の記憶が保存されている。 JR神田万世橋ビル|株式会社JR東日本建築設計 JR神田万世橋ビル:【公式】JR東日本の賃貸オフィス|ジェイアール東日本ビルディング にほんブログ村

  • いなりプレーパーク 北区十条台

    北区立中央図書館の隣の「いなりプレーパーク」は、以前は稲荷公園で、その前は四本木稲荷神社だった。四本木稲荷神社の来歴については、古墳巡りを始めたばかりの頃に本ブログに記事を書いた。公園の隅に陸軍造兵廠東京工廠長杉本春吉謹書の殉職慰霊碑が建つ。 プレーパーク事業を実施しています|東京都北区 北区プレーパーク - 北プレ ホーム にほんブログ村

  • 十条駐屯地のモニュメント広場 北区十条台

    前回、自衛隊の十条駐屯地の煉瓦を見学したときに、モニュメント広場は中に入れないと思って、柵の外から撮影したけど、北区立中央図書館に行ったついでに寄ってみたら、中に入れた。前回も入れたのかな。 にほんブログ村

  • 北区立中央図書館 (再訪) 北区十条台

    北区の広報紙で、『北区立中央図書館(赤レンガ図書館)-旧東京砲兵工廠銃包製造所煉瓦造建造物保存活用工事報告書-』が刊行されたと知り、購入するため、北区立中央図書館を訪れた。報告書は図書館内の「北区の部屋」で購入できる。刻印のある煉瓦も一挙公開。 北区ニュース 令和4年5月10 北区情報の泉~お知らせ~ – 広報プラス 北区ニュース 北区立図書館 北区の部屋 にほんブログ村

  • 王子電気軌道

    都電と通称される東京都交通局が運営する路面電車は、1903年に開業した東京電車鉄道、東京市街鉄道、1904年に開業した東京電気鉄道の3社が合併して1906年に設立した東京鉄道を、1911年に東京市が買収して東京市電気局が運営する東京市電として誕生、1943年に東京都制の施行により東京都交通局に改組、その後もしばらく市電の名称が使われた。1911年に誕生した東京市電は、営業キロを発足時の98.8kmから、1914年度末までに128.0kmとしたが、第一次世界大戦の影響による資金調達難と好景気による物価上昇で路線整備計画は見直しとなる。この好景気により1日の乗客数は1916年度の約72万人から19…

  • 東京女子医大通り 宮前商店街 (再訪)

    荒川区の東京女子医大通り 宮前商店街を再訪。この通りの名前に由来になった東京女子医科大学 東医療センターは、この地での営業を昨年末で終了して、今年1月1日から足立区江北で東京女子医科大学附属足立医療センターとし再出発した。宮前商店街の病院跡地は、居抜きで、(仮称)令和宮前パークサイド病院、改め、令和あらかわクリニックとして今年4月1日から営業を開始した。来年1月には240床の令和あらかわ病院となる。東京女子医大の病院は移転したが、「東京女子医大通り 宮前商店街」の看板はそのままだった。 令和あらかわ病院(令和あらかわクリニック) (仮称)令和宮前パークサイド病院が開設 | マイ広報紙 荒川区報…

  • 宮前公園 (再訪) 荒川区東尾久

    今年4月1日に第二工区エリアがオープンした宮前公園を再訪。 新着記事です。「宮前公園の第二工区エリアは2022年4月1日(金)10時にオープン!」https://t.co/uXxy3Su71k— 荒川区のはなし(東京都荒川区の地域情報サイト) (@arakawa_story) 2022年3月30日 宮前公園、全体竣工。/MY TOWN尾久図書館へのダイレクトアクセスも実現。 pic.twitter.com/EkY4fNNNht— Satoshi YAMASHITA (@satoshiimoshita) 2022年4月2日 春の隅田川沿い散策 宮前公園宮前公園多目的広場と4月1日にオープンしたば…

  • 旧第一銀行 横浜支店と旧横浜生糸検査所付属倉庫事務所 横浜市中区本町・北仲町

    旧第一銀行 横浜支店は、関東大震災復興期の1924年(昭和4年)に、多くの銀行建築を設計したことで知られる西村好時の設計で、古典主義様式として建てられた。4本の重厚なトスカナ式円柱と半円形のバルコニーが特徴。1980年からは横浜銀行本店別館として使用され、2003年に建物の一部を曳家方式で移築復元、横浜市認定歴史的建造物に認定。2004年からはBankART1929 Yokohama、ヨコハマ創造都市センター等として運営され、2021年の1年間は天井脱落対策工事のため休館、現在、運営事業者を公募中。第一銀行は、1873年(明治6年)に渋沢栄一により創設された第一国立銀行を前身とする日本最古の銀…

  • 横浜銀行集会所の建物基礎 横浜市中区本町

    大岡川のさくらみらい橋の近くに残る横浜銀行集会所の建物基礎。横浜銀行集会所は、遠藤於菟(おと)が設計したアール・ヌーヴォー様式の建物(1905年)だったが、関東大震災(1923年)で倒壊した。 マル(○)に「ニ」の刻印? 大岡川とYOKOHAMA AIR CABIN(ロープウェイ) 日刊新聞発祥の地 にほんブログ村

  • 旧横ギャラリーと鉄道創業の地 横浜市中区桜木町

    神奈川県立歴史博物館で「洞窟遺跡を掘る」を鑑賞する前に、JR桜木町駅周辺で鉄分を補給した。 旧横濱鉄道歴史展示「旧横ギャラリー」は、1872年の鉄道創業時に英国から輸入された5種10両の機関車のうちの1両の10型機関車(110形)を展示する。10両のうち現存するのは、大宮の鉄道博物館に保存されている1号機関車(150形)と台北の保存館にある7号機関車(A3形)を含めて3両のみ。 鉄道創業の地 記念碑 日本初の鉄道建設に建設師長として貢献した英国人技師エドモンド・モレルの功績を称え植樹されたモレルの桜(横浜緋桜) 明治20年(1887年)頃の初代横浜停車場前を撮影した写真 にほんブログ村

  • 駿河台下の煉瓦 千代田区神田神保町

    明治大学博物館に来たついでに駿河台下の路地裏で煉瓦の刻印を探索。ミロンガ 「上敷免製」の刻印。日本煉瓦製造。 ラドリオ 二重◯(◯と◯が重る)は金町煉瓦製造所の刻印。 清泉堂 「日本」の文字の刻印であれば日本煉瓦製造の刻印。 駿河台下といえば三省堂 【本の街 #神田神保町 から全国のファンの皆様へ】5月8日(日)、本の街 神田神保町のランドマークだった #三省堂書店 が #一時閉店 となりました。店内やセレモニーの様子を140年の歴史とともに、ご紹介しています。お時間がある時にどうぞ。詳しくは、こちらから↓https://t.co/9uUF4VJN6j pic.twitter.com/b5mO…

  • 富士ソフトのモザイク壁画 千代田区練塀町

    秋葉原駅に隣接する旧国鉄操車場跡地に建設された富士ソフト秋葉原ビル。エントランスの壁面には巨大なモザイク画は同社のISO14061のスローガン「アマゾンの自然を守る」がテーマでタイトルは「オーパ!パラダイス・アマゾン」(作:西田明未) 富士ソフトの経営理念『たかきひのき』「楽しい、簡単、きれい、品質、納期、機密保持」を表現 国内外拠点一覧(東京) |富士ソフト株式会社 ASCII.jp:アキバに集結した最先端の映像技術を大公開! これが噂の「富士ソフト秋葉原ビル」内部だ! にほんブログ村

  • 田村神社 桜川市真壁町田

    おふじ権現古墳の次に、「埼玉古墳軍」さんの「古墳軍ニュース特別編 茨城県石づくし」に紹介されている「田村神社内石造物(桜川市・旧真壁町)」を確認したくて田村神社を訪ねた。 真壁小学校との間にあるとのことだが見つからなかった。真壁小学校は、2018年3月に廃校になり小中一貫校「桃山学園」に統合され、跡地は市民体育館の真壁第二体育館となっている。ちなみに、田村神社のケヤキは桜川市指定の天然記念物。なお、文献[1]に、明治34年9月下旬、田村神社前の筑波町大島に達する県道改修中に、人夫が埴輪土偶土馬を偶然、発掘したことが報告されている。現場は改修前は麦畑で、開墾前は丸塚があったのではないかという。 …

  • おふじ権現古墳 桜川市真壁町飯塚

    「ざわつく金曜日」で紹介された「つくばぷりん ふじ屋」でプリンを購入。その足で、おふじ権現古墳を訪れた。もともとは全長60m級の前方後円墳の後円部の一部のみ残っているようだ。 つくばぷりん ふじ屋 つくばぷりん ふじ屋 にほんブログ村

  • 露盤石 つくば市北条

    つくば市北条の露盤石。北条中台遺跡と重複して中台の台地東側に所在したと想定されている北条中台廃寺の石造露盤と考えられている。露盤とは塔の屋根頂部に置いて雨仕舞の役割を果たす建築部材のこと。北条中台廃寺は、寺院的遺構が未発見だが、平沢官衙遺跡との関係から、郡衙近隣に所在することが多い(郡寺と呼ばれることもある)寺院跡となり得るとされる。北条中台廃寺は文献[2]の「番号136、北条中台古墳群,北条中台遺跡と同一地域,H27確認・発掘調査」 2020年に中台古墳群を探索したときに、「露盤石」の看板の「←」矢印の意味を勘違いして、目の前を通り過ぎて、見つけられなかった。この「←」矢印は「稲荷神社」の場…

  • 八幡神社 つくば市平沢

    平沢古墳群からの帰り道、神社を参詣した。 石造六角地蔵宝幢。県指定文化財(工芸品)。永正16年(1529年)銘をもつ土浦市盛泉寺に所在するものに比較して形態が退化していることから、16 世紀 末期頃のものとされる。 六地蔵石幢|茨城県教育委員会 にほんブログ村

  • 平沢3号古墳 つくば市平沢

    平沢3号墳(前島岩屋)は、側壁倒壊に伴って平成19年(2007年)に茨城大学が一部の発掘調査を実施した後、所有者が修復を行った。一辺19mの方墳。石室の前面から鉄鏃や須恵器の長頸瓶のほか、8世紀初め頃の火葬墓に使用された須恵器の壺と蓋に使われた坏が出土。 周辺には怪しい石がある。 つくば市前島窟古墳: 埼群古墳館別館 文献 [1] 筑波古[代]地域史研究グループ編著 1982 『筑波古代地域史の研究』筑波大学 [2] 茨城県考古学協会 2010「茨城の考古学散歩」東冷書房 [3] つくば市教育委員会 2020「つくばの遺跡」 にほんブログ村

  • 平沢2号古墳 つくば市平沢

    平沢古墳群の2号墳(開山岩屋古墳)は、共同墓地内に所在し、墓地の造成と山道で、墳丘は破壊され、原形を留めず、小規模な円墳と推定される。南に開口する横穴式石室の玄室のみが現存する。石材は、奥壁、側壁、天井石ともすべて1枚の雲母片岩の板石。玄門は2枚の逆「L」字形の板石を中央で合わせるつくりで、入り口の形状は合掌形。石室から「一字一石経」が出土。経塚として二次利用された形跡がある。 平沢2号墳4基が現存する平沢古墳群の1つで、通称を開山岩屋という。墳丘の規模や形は不詳であるが、横穴式石室の一部で遺体を納めた後室が現存する。入口の玄門を精美に加工する特徴から、7世紀中葉〜後半頃(古墳時代終末期)の築…

  • 佐都ヶ岩屋古墳 つくば市平沢

    平沢古墳群は、平沢官衙遺跡北方500mの小丘陵斜面に所在し、方墳2基と5〜6基の小型の円墳で構成されていたと考えられる。このうち4基は横穴式石室が確認されている。1号墳の佐都ケ岩屋古墳は市指定史跡で、東西35m、南北25mの方墳。筑波国際カントリークラブのクラブハウスに向かう道の脇、標高145mと眼下に旧筑波町の水田地帯を見渡せる地点に所在する。埋葬主体部は変成岩の巨大な板石を組んで構築された、全長7.7m、最大幅5.4mのT字型平面の横穴式石室で、南に開口して、前室、後室の複室構造で、後室の天井石の一部が抜かれているので羨道から覗くと奥が明るい。石材は、付近で産出し「平沢石」と呼ばれる雲母片…

  • 地中からのメッセージ 埼玉県立さきたま史跡の博物館

    埼玉県立さきたま史跡の博物館で開催中の令和4年度おひろめ展「地中からのメッセージ」を鑑賞した。今年度の展示は、①三芳町 中東遺跡(旧石器時代)、②桶川市 ふじま山遺跡(縄文時代)、③久喜市 小林八束1遺跡(縄文時代)、④神川町 平遺跡(弥生時代)、⑤熊谷市 諏訪木遺跡(弥生時代)、⑥行田市 愛宕山古墳(古墳時代)、⑦行田市 北大竹遺跡(古墳時代〜古代)、⑧川口市 三ッ和遺跡(古代)、⑨加須市 宮西遺跡(中世)、⑩久喜市 栗橋宿跡(近世〜近代)の10遺跡。 令和4年度 #埼玉の考古おひろめ展 #地中からのメッセージ のチラシを大公開です!開催期間は令和4年7月16日(土)~9月4日(日)です。随…

  • 「縄文・弥生の足あと−古墳以前の行田を探る−」行田市郷土博物館

    行田市郷土博物館で開催中の開館35周年記念のテーマ展「縄文・弥生の足あと−古墳以前の行田を探る−」を鑑賞した。古墳以前の行田を知る良い機会。「コメつくり関東平野一番乗り」の池上遺跡の土偶形容器、旧さきたま考古館展示土器類など。現在の行田市一帯は比較的平坦な地形だが、関東造盆地運動により台地の沈降と河川による堆積を繰り返して現在の地形になっていて、縄文遺跡は埋没台地上に、弥生遺跡は扇状地先端部一帯に多く残されているとのこと。 開館35周年記念 第32回テーマ展「縄文・弥生の足あと―古墳以前の行田を知る―」/行田市 「縄文・弥生の足あと−古墳以前の行田を探る−」行田市郷土博物館。行田で縄文展は初め…

  • OARAI KOFUN EXPO'22 大洗町幕末と明治の博物館

    大洗町幕末と明治の博物館で7月14日から開催中の企画展「OARAI KOFUN EXPO'22」を鑑賞した。昨年夏に開催された「弥生島と古墳島」は会期途中から茨城県民限定になり、県外から訪れることが出来きず、残念な思いをしたので、今年は速攻で訪れた。昨年観ることが叶わなかった埴輪を今年も展示していただきありがとうございます。 【令和4年7月14日~8月30日】OARAI KOFUN EXPO’22【第5回埋蔵文化財企画展】 | 大洗町公式ホームページ 【令和4年7月14日~8月30日開催!】OARAI KOFUN EXPO’22【第5回埋蔵文化財企画展】 | 大洗町公式ホームページ 7/14-…

  • こぐまちゃんとしろくまちゃん 絵本作家・わかやまけんの世界 世田谷美術館

    世田谷美術館で開催中の「こぐまちゃんとしろくまちゃん 絵本作家・わかやまけんの世界」を鑑賞した。累計発行部数が1,000万部を超えるロングセラー絵本シリーズ「こぐまちゃんえほん」を描いた、絵本作家・わかやまけん(若山 憲、1930-2015)の創作の全貌を紹介するはじめての展覧会。『こぐまちゃんおはよう』『しろくまちゃんのほっとけーき』などの初公開を含むリトグラフを一挙に公開。若山の代表作『きつねやまのよめいり』「おばけのどろんどろん」シリーズなど「こぐまちゃんえほん」とは大きく作風が異なる絵本のリトグラフと原画も展示。今年3月のひろしま美術館を皮切りに全国6都市を巡回。世田谷美術館での会期は…

  • 「夏の優品展―動物の饗宴―」 五島美術館

    五島美術館で開催中の「夏の優品展―動物の饗宴―」を鑑賞した。五島美術館と大東急記念文庫の収蔵品から、考古をはじめ絵画や工芸、前衛書などに表されたキュートな動物のかたち約60点を紹介する。古墳時代の考古資料では、水禽埴輪、宮崎県百塚原古墳群出土で国宝の金銅馬具類など。 次回の展覧会・イベント | 公益財団法人 五島美術館 水禽埴輪 | 公益財団法人 五島美術館 考古 | 公益財団法人 五島美術館 「館蔵 夏の優品展 動物の饗宴」五島美術館(東京・世田谷)で6月25日(土)から。愛らしい鳥たち、ほのぼのとした牛馬、瑞々しい魚、楽しい妖怪の宴など。考古をはじめ絵画や工芸、前衛書などに表されたキュート…

  • 「境・道・恵―多摩丘陵の3つの顔―」 東京都立埋蔵文化財調査センター

    東京都立埋蔵文化財調査センターで開催中の企画展示「境・道・恵―多摩丘陵の3つの顔―」を鑑賞した。東京と神奈川を隔てる境界にあたる多摩丘陵。平野の果てに現れる複雑に入り組んだ丘や谷。丘陵は人々を隔てる境界=「境」となるが、人々は時にそこに交通路=「道」を見出して離れた地域をつなぎ、またそこに秘められた豊富な資源=「恵」を求めて集う。多摩ニュータウン地域を中心にその多様なあり方を探る。ツーバイフォー材(2x4材)のフレームだけの間仕切りが空間を広く感じさせて斬新だった。 令和4年度企画展示「境・道・恵―多摩丘陵の3つの顔―」|企画展示|東京都埋蔵文化財センター | 公益財団法人 東京都スポーツ文化…

  • 府中市郷土の森博物館 府中市南町

    府中市郷土の森博物館の常設展と野外展示を見学した。 まいまいず井戸 柄鏡形敷石住居跡 旧府中町役場 府中市郷土の森博物館に来たのは2度目。 にほんブログ村

  • 江戸東京博物館コレクション 江戸東京たてもの園

    江戸東京たてもの園で開催中の特別展「江戸東京博物館コレクションー東京の歩んだ道」を鑑賞した。大田区の観音塚古墳出土の太刀形埴輪や碧玉製管玉、水晶製切子玉などが展示されていた。会期は来年2月12日まで。 江戸東京博物館コレクションーー東京の歩んだ道 にほんブログ村

  • 沼にハマってきいてみた「“マイ古墳”に埋葬されるのが夢! 古墳沼」NHK Eテレ

    11日にNHK Eテレで放送された「沼にハマってきいてみた」は古墳沼。見逃した人はNHK+で18日午後8時まで配信中なので是非、ご視聴ください。 【沼にハマってきいてみた】次回の舞台は群馬です/7/11の #沼ハマ は#古墳 沼群馬は知られざる古墳大国!\ハマったさんは自称“古墳王子”(愛知・中3)東日本最大の太田天神山古墳を満喫します✨7/11(月) 夜7:30~[Eテレ]#NHK沼https://t.co/G3irsVYojW pic.twitter.com/4xouZ9S44i— NHK前橋 (@nhk_maebashi) 2022年7月5日 📺情報解禁📺NHK•Eテレの『沼にハマってき…

  • 「中国殷代の甲骨文」明治大学博物館

    明治大学博物館で明大コレクション51「中国殷代の甲骨文」を鑑賞した。展示期間は9月13日まで。骨に刻まれた甲骨文字で漢字の成り立ちが感じられる。 明大コレクション51「中国殷代の甲骨文」開催のお知らせ ☆本日から☆明大コレクション51「中国殷代の甲骨文」甲骨文字は、紀元前1300~同1100年(日本では縄文時代後期に相当)頃、古代中国の殷王朝期において占いに用いられた亀の甲羅(腹側)や牛の肩甲骨に刻まれた文字。漢字のルーツでもある貴重な資料をぜひご覧ください。https://t.co/rNhpelgamc pic.twitter.com/uFKETlQ3dE— 明治大学博物館(Meiji Un…

  • 古代常陸の雄・三昧塚(さんまいづか)古墳 明治大学博物館

    明治大学博物館で7月8日から開催中の「古代常陸の雄・三昧塚(さんまいづか)古墳」を鑑賞した。春に茨城県立歴史館で開催された企画展「ビフォー・アフター三昧塚古墳」の展示品が明治大学博物館にやってきた。さらに、発掘調査時の図面など明治大学博物館ならではの展示も見逃せない。会期は8月7日まで。 馬形埴輪の目が上に着いていた。地域最古段階の象形埴輪だから? 博物館事務所の皆さんが「おうじゃのおうかん」を真面目に被ってた。 企画展 古代常陸の雄・三昧塚古墳 開催のお知らせ明治大学博物館企画展「古代常陸の雄・三昧塚古墳」オリジナルグッズを制作しました(会期:7月8日~8月7日)明治大学博物館 × カフェパ…

  • 伝平国香供養塔 竜ヶ崎市川原代町

    こちらは、平国香供養塔と伝わる安楽寺の飛地に立つ石造宝篋印塔。安楽寺は国香の息子貞盛が父の供養のため建立したと伝わる。この地域は、平安時代後期から南北朝時代にかけて「相馬御厨」と呼ばれる荘園に属し、そこを実質的に支配していたのが平将門の子孫を称する相馬氏で、安楽寺や宝篋印塔の創建に相馬氏が関わっていたと考えられるそうだ。 石造宝篋印塔(伝平国香供養塔)|龍ケ崎市公式ホームページ 石造宝篋印塔(伝平国香供養塔) 文化遺産オンライン にほんブログ村

  • 桔梗田(桔梗姫入水の地) 取手市岡

    大日山古墳のある岡台地は、平将門が城館を構え、城館の隣に愛妾桔梗姫の御殿があったと伝わる。将門の最後を知った姫は、城下の沼に入水して果てたとされる。今は、埋め立てられて水田になり、この水田を地元では桔梗田と呼び、祟りを畏れ、村の共同管理地として受け継いできたという。訪れたのは菜の花の季節で、田植え前のため確かではないが、すでに耕作放棄地になっているようにも見受ける。高齢化で祟りの伝承も難しくなったか。 取手市/第18回企画展 伝説に生きる平将門 にほんブログ村

  • 大日山古墳 取手市岡

    取手市に残る将門伝説の地を散策。 小貝川右岸の標高20mの台地の東端に位置する大日山古墳。墳頂に岡神社を祀る。大日山古墳のある一帯は、将門が桔梗御前と一緒に住んだ屋敷跡で、古墳を物見台にしたと伝わる。1935年に地元の山王村史蹟保存会が仏島山古墳と大日山古墳を県の史蹟指定の請願を県知事に提出、翌年、大日山古墳のみ県の史蹟に指定された。1987年に藤代町史編さん事業の一環で大日山古墳の周溝確認の調査が実施されたが、周溝は確認されず、形状や規模は不明とのこと。現地の説明板では高さ2.8m、径18mの円墳。 取手市/大日山古墳 取手市/第16回企画展 文化財で振り返る取手の歩み 取手市/第18回企画…

  • 仏島山古墳 取手市岡

    取手市に残る将門伝説の地を散策。 平将門の墓との伝説がある仏島山古墳。1895年(明治28年)に古墳は開墾され、土は学校建設予定に運ばれた。この時、多数の埴輪と石棺が出土し、石棺からは人骨・刀剣・勾玉・鏃などが発見され、帝室博物館(現在の東京国立博物館)に収蔵されたという。また、1933年(昭和8年)に岡堰の工事のため土が削られ、古墳は消滅した。この時の出土品も帝室博物館に収められた。1935年に地元の山王村史蹟保存会が仏島山古墳と大日山古墳を県の史蹟指定の請願を県知事に提出、翌年、大日山古墳のみ県の史蹟に指定された。仏島山古墳は、2008年に遺存状態を確認するための発掘調査が実施されたが、1…

  • 糠塚1号墳 取手市市上高井

    関東鉄道常総線の稲戸井駅の北500mの小貝川支流沿いの台地に、前方後円墳1基と円墳2基からなる糠塚(ぬかづか)古墳群。1号墳は全長32mの前方後円墳。古墳全体に埴輪が巡る。2号墳は径16mの円墳(湮滅)。3号墳は径12mの円墳(湮滅)。 取手市/第5回企画展 市之代古墳群 取手市/第10回企画展 ヤマトタケルの時代 取手市/第14回企画展 常総古墳文化の系譜 取手市/第43回企画展 取手の古墳 にほんブログ村

  • 桔梗塚 取手市ノ井

    取手市に残る将門伝説の地を散策。 桔梗塚は、平将門の愛妾であった桔梗御前が、将門の討死後ここまで逃れてきて、追っ手の手にかかり亡くなったと伝わる。非業の死を遂げた桔梗御前の恨みで、桔梗を植えても花が咲かないとか、桔梗を植えてはいけないと伝わる。 取手市/桔梗塚(ききょうづか) 取手市/第18回企画展 伝説に生きる平将門 取手市/第34回企画展 平将門と子孫たち にほんブログ村

  • 十条冨士塚 (再訪) 北区中十条

    3年ぶりに十条冨士神社の大祭「お冨士さん」が開催された。冨士塚は再整備中なので、今年は仮宮での開催となった。猛暑の中、短時間だが、お参りした。 #十条冨士神社 の大祭、通称「#お冨士さん」が明日、明後日の2日間で開催されます🙌昨年度は中止となってしまいましたが、今年は例年規模の出店を見込んでいるとの事...!連日 #猛暑 が続いておりますので、#暑さ対策 をしっかりとして楽しみましょう!️☀️ pic.twitter.com/Smw5FyLIut— 東京北区観光協会 ー PR Station (@prkitajp) 2022年6月29日 【6/30、7/1開催のお富士さんに来られる方へ】明日か…

  • 布施弁天 東海寺 柏市布施

    布施弁天 東海寺は、弘仁14年(823年)3月、嵯峨天皇の時に紅龍山東海寺として、伽藍を建立。勅願所に指定されたといわれる。浅草、江ノ島とともに関東三弁天の一つに数えられる。布施弁天縁起によると、大同2年(807年)7月7日の夜「紅龍が現れ島を築き」と、現在の亀甲山が一夜にしてでき信仰の場となったとされる。 東海寺本堂・楼門・鐘楼 | 柏市役所 実は布施弁天にも人物埴輪が伝わっているんですよねぇ😉 どっから出たんだろう🤔? まさか、弁天様の山は古墳……⁉️👇️2体の埴輪。右のは3面展開図。 清野謙次 1955「埴輪研究史」『日本考古學・人類學史』下巻 岩波書店 より。#はにツイ https:/…

  • 弁天古墳 柏市布施

    関東三大弁天の一つ、布施弁天 東海寺の妙見大菩薩が祀られた弁天古墳。東海寺の南側の利根川(古鬼怒川)の氾濫により下総台地から切断された独立丘陵を利用して築造されている。全長35mの北面する前方後円墳。弁天古墳出土遺物(石枕、立花、石製模造品斧、石製模造品刀子、臼玉、鉄製刀子、鉄剣)は柏市指定文化財(有形文化財)。 弁天古墳出土物 | 柏市役所 妙見大菩薩は平将門の子孫を称した千葉氏が信仰し守護神としたことで知られる。この後、取手市に将門伝説の地を散策した。 取手市/第18回企画展 伝説に生きる平将門 文献 [1] 千葉県教育委員会 1990年「千葉県所在古墳詳細分布調査報告書」 柏市にある古刹…

  • 大青田貝層 柏市大青田

    4月のゴールデンウィーク前に柏市、取手市、つくば市を巡った。 最初に訪れたには、柏市の大青田貝層。一昨年秋に木下(きおろし)貝層を木下万葉公園で見学した。木下貝層は、約12万年前に古東京湾と呼ばれる広大な内湾に堆積した砂層(木下層)で、当時生息していた貝類を中心とする化石が多量に出土する。同様の貝層が柏市の利根運河の川底からも見つかっていると知り訪れた。地名から大青田(おおあおた)貝層と呼ばれている。大青田貝層の研究の歴史は古く1937年に大炊御門経輝(おおいのみかどつねてる)侯爵が地質学会雑誌に報告している。侯爵は理学博士で貴族院侯爵議員。ネット情報によると利根運河から取水する用水路を探索す…

  • 天神山古墳 行田市小見

    虚空蔵山古墳の西約200mの嶺雲寺山門前に所在する天神山古墳。文献[1]では、径20mの円墳。墳丘上に埴輪片らしきもの。 嶺雲寺 虚空蔵山古墳 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」 [2] 塩野博 2004「埼玉の古墳 北埼玉・南埼玉・北葛飾」さきたま出版会 にほんブログ村

  • 籠山古墳 行田市小見

    埼玉県立さきたま史跡の博物館のテーマ展を鑑賞した後で、小見真観寺古墳周辺で未訪問の2基の古墳を散策。 籠山古墳は、小見真観寺古墳の東約100mに所在の円墳。径約20m。文献[2]によると「現在は破壊されて墳丘はない」とのこと。 真観寺と小見真観寺古墳 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」 [2] 塩野博 2004「埼玉の古墳 北埼玉・南埼玉・北葛飾」さきたま出版会 にほんブログ村

  • 展示解説「ここまで分かった!戸田市の埋蔵文化財最新情報展」 戸田市立郷土博物館

    戸田市立郷土博物館で開催中の「ここまで分かった!戸田市の埋蔵文化財最新情報展」の展示解説に参加した。本展示会は先週に続いて2週連続で鑑賞。 今回の展示会ではここ数年の発掘調査で見つかった遺物や、倉庫に保管されていて普段は公開していない遺物を展示している。市内には11ヶ所の遺跡がある。縄文時代以前の遺跡は見つかっていないが、縄文土器の破片は何点か見つかっている。川に流されてきた土器片を含む土が後世の溝に堆積したと考えられる。縄文時代には荒川低地に利根川、荒川、入間川が流れ洪水被害多かったが、約3000年前に利根川、荒川が中川低地を流れるようになり、洪水の心配が減り、弥生時代後期後半(2世紀後半)…

  • 「ASUKAYAMAセレクション5★2022★ 学芸戦隊キュレイター」 飛鳥山博物館

    北区飛鳥山博物館で開催中の収蔵資料展示「ASUKAYAMAセレクション5★2022★ 学芸戦隊キュレイター」の展示関連イベント「収蔵資料展示展示解説」に参加した。学芸戦隊に扮する5人のキュレイター(学芸員)に一推しの展示を紹介していただいた。 収蔵資料展示「ASUKAYAMAセレクション5★2022★ 学芸戦隊キュレイター」(北区飛鳥山博物館)|東京都北区 次回予告「ASUKAYAMAセレクション5★2022★」次回の当館特別展示室開催展示は「ASUKAYAMAセレクション5★2022★」!当館恒例展示となっている本展ですが、今年は5人の学芸員の推し資料が登場です✨期間は5月28日(土)~6月…

  • 江戸袋貝塚 川口市江戸袋、江戸

    江戸袋貝塚は、旧入間川により形成された自然堤防上に位置し、沖積地に立地する貝塚として考古学上、地理学上貴重な遺跡。縄文時代後期の貝塚、集落跡。 東光院 川口新郷工場団地 氷川神社 江戸袋氷川神社 御由緒 □御縁起 (歴史) 川口市江戸3-28-22 当地は、大宮台地の南側に広がる低地にあるが、低地部には珍しく縄文時代後期の江戸袋貝塚があり、これは県最南端の貝塚である。また、地内を流れるも長堀(毛長川)は、川越付近から続く古い入間川の河道の名残で、両岸には自然堤防を著しく発達させており、この自然堤防上には、下流から上流まで古墳が群在する。当地の東光院境内においでも、古墳時代初期の方形周溝墓跡と考…

  • 鳩ヶ谷地区唯一の田んぼ 川口市某所

    鳩ヶ谷地区(旧鳩ヶ谷市)に残る田んぼ こちらの田んぼは、Twitterでフォローさせていただいている「いこ〜(@e_ikuon)」さんのツイートで知りました。 鳩ヶ谷地区唯一の田んぼと暗渠の用水。 pic.twitter.com/vMhqV6D5wg— いこ~ (@e_ikuon) 2022年6月13日 田植えをしてきました! | 【公式】川口市立辻小学校 小学生が稲刈り体験(鳩ヶ谷支店:川口市) – JAさいたま 川口御成道純米酒は川口市の米で作られていた!?肥留間農園の田植えに潜入!|川口なびっ!Blog にほんブログ村

  • くまん塚 (再訪) 戸田市本町

    戸田市立郷土博物館の企画展「ここまで分かった!戸田市の埋蔵文化財最新情報展」に、1999年の上戸田本村遺跡第4次調査で出土した馬形埴輪と人物埴輪を鑑賞した。この馬形埴輪と人物埴輪は、くまん塚の周溝の一部と思われる溝跡から発見された。その時の発掘調査全景と埴輪出土状態の写真がパネル展示されていた。このパネルだけでは、調査区の位置関係がよくわからなかったので、戸田市立中央図書館で、1次から4次までの上戸田本村遺跡の調査報告書(文献[1][2][3][4])を調べた。その結果、前回、くまん塚を訪れた時の理解が間違っていたようなので、現地を再訪した。 上戸田本村遺跡は、くまん塚と称する古墳跡や土師器の…

  • 「ここまで分かった!戸田市の埋蔵文化財最新情報展」 戸田市立郷土博物館

    戸田市立郷土博物館で6月12日から開催中の企画展「ここまで分かった!戸田市の埋蔵文化財最新情報展」を鑑賞した。並べられた土器や埴輪は壮観。展示台に段差をつけて、上層、中層、下層と出土層毎に展示するなど細かな気配りが素敵。 常設展も鑑賞 6月26日(日曜)、7月9日(土曜)、7月30日(土曜)は、午後2時から午後3時まで、担当者が展示を解説してくださるそうなので、都合がつけば参加したい。 文化財企画展 「ここまで分かった!戸田市の埋蔵文化財最新情報展」の開催について - 戸田市公式サイト 文献 [1] 戸田市立郷土博物館 2006「時は、弥生から古墳へ」 [2] 福田聖 2000 『方形周溝墓の…

  • 三千塚古墳群 第I支群 東松山市大谷

    水穴配水場前の「三千塚古墳群 第I支群」の説明板を見学。 市指定史跡 三千塚古墳群 (第Ⅰ群) 三千塚古墳群は、大谷地区の丘陵尾根上に広く分布している古墳の集 まりです。古墳群のほぼ中央に位置している雷電山古墳(五世紀初め頃の帆立貝式前方後円墳)を中心に、基の前方後円墳と約150基の円墳で構成されています。市内でもっとも多くの古墳が集中していることから、昭和31年に史跡として、市の文化財に指定されました。また、この古墳群は8つの小地域に分けられており、水穴地域の小支群は、第I支群とよばれています。 平成7年に、配水場建設に先立って、4基の古墳の発掘調査が行われました。1基は道路によって既に半壊…

  • 「古墳合祀之碑」 吉見町田甲

    吉見町の田甲原古墳群の「古墳合祀之碑」を見学。この碑は文献[1]の「田甲原古墳群(吉見町)」に記載されているが、場所が不明だった。ブログ「451のミニベロ」のMakoさんが執念で再発見した。 451のミニベロ : 再び「古墳合祀之碑」を探しに 文献 [1] 塩野博 2004「埼玉の古墳 比企・秩父」さきたま出版会 にほんブログ村

  • 稲荷塚古墳 吉見町北吉見

    吉見百穴から東に約350mの丘陵の東側にある稲荷塚古墳。文献[1]では、規模不明の円墳。 市野川沿いの桜並木と吉見百穴 吉見百穴はちょうど4年前の同じ時期に訪れた。 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」 にほんブログ村

  • 御所稲荷塚古墳 吉見町御所

    横見神社の鳥居の隣の赤い鳥居が稲荷社が祀られた御所稲荷塚古墳と思われる。文献[1]では、規模不明の円墳。文献[2]では「昭和50年(1975年)に、大字御所字稲荷前の遺跡が発掘調査され、1基の円墳跡(御所稲荷塚古墳)が発見され」とあり、どうなんだろう。 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」 [2] 塩野博 2004「埼玉の古墳 比企・秩父」さきたま出版会 にほんブログ村

  • 横見神社古墳 吉見町御所

    吉見丘陵の東側、荒川が形成した沖積地内の自然堤防上の御所古墳群。横見神社の本殿の土台部分が横見神社古墳か。文献[1]では、規模不明の円墳。文献[2]では「現在も石室の一部が露出」とあり、拝殿と本殿の間の部分か? 横見神社本殿/吉見町 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」 [2] 塩野博 2004「埼玉の古墳 比企・秩父」さきたま出版会 にほんブログ村

  • 東京・ミュージアム ぐるっとパス2022

    勤務先の福利厚生を利用して「東京ミュージアム ぐるっとパス2022」を特価で2枚購入。有効期間は使用開始から2ヶ月間なので、いつから使って、どこをまわろうとか、思案中。 あと数日早く入手できていれば、埼玉県立歴史と民俗の博物館の「発掘された日本列島2022」も無料だった。残念。もう1回行こうかな。 東京・ミュージアム ぐるっとパス2022 見逃せないのが 東京都美術館 企画展「フィン・ユールとデンマークの椅子」7/23〜10/9 ¥1,100(無料) 恩賜上野動物園 入場料 ¥600(無料) ジャイアントパンダ「シャオシャオ」「レイレイ」「シンシン」の観覧には事前申込み(抽選制) 新宿区立新宿…

  • 安行原の蛇造り 川口市安行原

    今年も5月24日に行われた安行原の蛇造り。梅雨の合間に見学した。 コレミテ(8)安行原の蛇造り(あんぎょうはらのじゃづくり)今年も昨日、5月24日に行われました「安行原の蛇造り」。口の中にはお札、台座の掲示板には安行小学校の子どもたちが書いたポスターが貼られています。#川口市 #郷土資料館 #安行 #安行原 #蛇造り pic.twitter.com/jtklcY9Phn— 川口市立文化財センター 郷土資料館 (@VQ4dQ20EGBETyyQ) 2022年5月25日 コレミテ(9)蛇(じゃ)のサイズ感安行原の蛇造り。わらで編まれた長さ10mほどもある蛇。人と比べると、あごの大きさがわかります。…

  • 幸手の土器 幸手市郷土資料館

    幸手市郷土資料館で開催中の企画展「幸手の土器」を鑑賞した。サブタイトルは「土器からみえる人びとのくらし」初心者にもわかりやすく土器の見方を教えてくれる。幸手は現在は埼玉県だが、奈良時代の行政区分では武蔵国ではなく下総国葛飾郡に所属していたとされ、武蔵産の須恵器は発見されず、茨城県土浦市の新治産の須恵器や、古河市の三和産の須恵器が見つかるとのこと。また、常設展示では、沖積低地に属する幸手市で唯一、下総台地に位置する槙野原の縄文遺跡を紹介していた。ここの貝塚は埼玉県で最北とのこと。 旧吉田村立吉田中学校の校舎を活用した民具資料展示室も見学した。 大蛇 幸手市郷土資料館/幸手市 (仮称)郷土資料館の…

  • 発掘された日本列島2022 埼玉県立歴史と民俗の博物館

    埼玉県立歴史と民俗の博物館で、6月11日から開催中の「発掘された日本列島2022」を鑑賞。例年、「発掘された日本列島」は、江戸東京博物館で開催されるが、現在、大規模改修工事で閉館中のため、今年はさいたま市の埼玉県立歴史と民俗の博物館での開催となった。恒例の地域展では「埼玉の史跡」と題して、水子貝塚、神明貝塚、真福寺貝塚、黒浜貝塚、埼玉古墳群、比企城館跡群が紹介された。4つの貝塚は、奇しくも、今春、水子貝塚資料館で開催された「埼玉の四大貝塚」と被ったが、1/500サイズの地形模型や整備活用のイメージ図を展示するなど工夫もあり楽しめた。特別史跡の埼玉古墳群も古墳マニアだけでなく県内外の方に広くその…

  • トウカンモリ古墳 吉見町久保田

    田の中にぽつんと残るトウカンモリ古墳。文献[1]には未記載のため古墳ではないのかも。吉見町遺跡地図ではNo.115久保田古墳群として備考に「115-01トウカンモリ古墳」と記載があるが、種別は「古墳群」「古墳」「経塚」、時代区分は「古墳」「戦国」に印があり、戦国時代の経塚かもしれない。 道の駅いちごの里よしみ 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」 にほんブログ村

  • 稲荷塚古墳 川島町下小見野

    市野川の自然堤防上に築造された稲荷塚古墳群は、かつて十数基の古墳があったとされるが、現存するのは稲荷塚古墳のみ。1951年に周溝部と想定される地点から馬形埴輪(頭・脚部)が出土。文献[1]では、全長50mの前方後円墳。 稲荷塚古墳群(いなりづかこふんぐん)/ 川島町 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」 [2] 塩野博 2004「埼玉の古墳 比企・秩父」さきたま出版会 にほんブログ村

  • 森谷稲荷塚古墳 川島町飯島

    田の中にぽつんと残る森谷稲荷塚古墳。文献[1]では、径15mの円墳。墳丘上に三角点。 安藤川沿いの桜並木 鈴木家住宅でご主人に「うちの土地に古墳がある」と伺って訪ねた森谷稲荷塚古墳。ご主人は「いわゆる古墳ではなく、祭祀を行った塚ではないかと思う」とのことだった。特に発掘などの調査は行われていないので詳細は不明。広々とした田んぼの真ん中にポツンとある。 pic.twitter.com/nptKhTS3rJ— いこ~ (@e_ikuon) 2021年4月20日 鈴木家住宅はきれいな馬蹄形の自然堤防上に立地。森谷稲荷塚古墳はカーブの外側の田んぼの中。周囲の田んぼは戦後の農地解放で払い下げられたがこの…

  • 東大塚出土箱式石棺 川島町白井沼

    川島中学校敷地内に移設保存された箱式石棺。6枚の緑泥片岩を組み合わせて箱形にしたもの。文化年間(1804〜1818年)に東大塚の古墳上の神明社修理の際に出土。1965年5月に移設された。 石棺(せっかん)/ 川島町 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」 [2] 塩野博 2004「埼玉の古墳 比企・秩父」さきたま出版会 にほんブログ村

  • あさの一枚 紫陽花

    梅雨入りですね。 【関東甲信梅雨入り】本日6月6日(月)、気象庁から関東甲信地方が梅雨入りしたとみられると発表がありました。昨年より8日早く、平年より1日早い梅雨入りです。https://t.co/FmGTPF09WZ pic.twitter.com/PmLUNYmiDJ— ウェザーニュース (@wni_jp) 2022年6月6日 関東甲信地方が梅雨入り 平年より1日早く九州南部より早いのは17年ぶりhttps://t.co/5NuJp4qh4s6日の関東甲信地方は、断続的に雨が降るでしょう。湿った空気が梅雨前線に向かって流れ込み、雨脚が強まることもありそうです。前線は、今週中ごろは一旦南下す…

  • 広徳寺古墳 川島町表

    市野川の自然堤防に位置する広徳寺境内の広徳寺古墳。文献[1]では、径8mの円墳、馬鈴が出土。墳丘上の「美尾屋廣徳碑」は安政7年(1860年)建立。 廣徳寺大御堂は国指定の重要文化財 廣徳寺大御堂(こうとくじ おおみどう)/ 川島町 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」 [2] 塩野博 2004「埼玉の古墳 比企・秩父」さきたま出版会 にほんブログ村

  • 愛宕塚古墳 川島町三保谷宿

    富士浅間塚古墳から南に約100mの市野川の自然堤防に位置する愛宕塚古墳。文献[1]では、径10mの円墳。 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」 [2] 塩野博 2004「埼玉の古墳 比企・秩父」さきたま出版会 にほんブログ村

  • 富士浅間塚古墳 川島町三保谷宿

    4月に熊谷市の埼玉県文化財収蔵施設で特別公開された北大竹遺跡の出土品を見学したが、その日は、熊谷市に行く前に、川島町、吉見町、東松山市に寄り道した。 最初に訪れたのは、市野川の自然堤防に位置する氷川神社境内の富士浅間塚古墳。文献[1]では、径15mの円墳。 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」 [2] 塩野博 2004「埼玉の古墳 比企・秩父」さきたま出版会 にほんブログ村

  • 品川駅仮営業150周年キーワードラリー

    品川駅創業記念碑の写真を撮影したら、品川駅仮営業150周年キーワードラリーのキーワードの一文字が写り込んでしまった。ラリー終了までモザイクをかけておく。 品川駅創業記念碑 品川駅では、明治5年5月7(新暦6月12日)を駅の開業日にしています。 何故かというと、新橋・品川間の工事が遅れたため、この日に品川・横浜間で開業したからです。 新橋・横浜間で本営業を開始したのは仮開業から4箇月後の明治5年9月12 日(新暦10月14日)でしたそれを記念して、 今日では10月14日を「鉄道の日」としています。品川駅は日本で一番古い鉄道の駅といえます。この記念碑は鉄道開通80周年及び駅舎改築を記念して、昭和2…

  • 最初のイギリス公使宿館跡 港区高輪

    1859年(安政6年)に初代の英国総領事ラザフォード・オールコックが着任したときに宿舎として提供された東禅寺。1865年(慶応元年)まで英国公使館として使用され、その間、1861年(文久元年)に尊王攘夷派の水戸浪士に、翌年に松本藩士による襲撃事件(東禅寺事件)が起き、1863年には江戸品川御殿山で建設中の英国公使館が焼き討ちされ(英国公使館焼き討ち事件)、英国公使館は横浜に移転した。「都旧跡 最初のイギリス公使宿館跡」の碑が立つが、港区立郷土博物館の港区文化財総合目録登録一覧には掲載されていない。東禅寺は国指定史跡。 近くの煉瓦塀 高輪公園 歴史と文化の散歩道/港区 看板建築 港区文化財総合目…

  • 高輪海岸の石垣石 港区高輪

    高輪ゲートウェイ駅から品川駅までお散歩。 隈さんが設計した駅の床は木目調タイルだった。天井の梁には福島県の杉がハイブリッド。 高輪築堤は確認できず 水素ステーションは定休日 高輪ゲートウェイ駅 高輪海岸の石垣石 高輪海岸の石垣石 ここに展示されている石は、江戸時代に、高輪海岸に沿って造られた石垣に用いられたものです。 平成7年(1995)、高輪二丁目20番の区有施設建設用地内の遺跡の発掘調査で出土しました。 石垣には、主に相模湾岸から伊豆半島周辺で採石された安山岩が用いられました。 発掘調査では3段の石積みを確認しましたが、 最上段は江戸時代の終わり頃に積みなおされたものと考えられ ます。正面…

  • 旧新橋停車場 鉄道歴史展示室 港区東新橋

    史跡『旧新橋停車場跡』に再建された旧新橋停車場の駅舎とプラットフォームを見学した。駅舎内の鉄道歴史展示室では企画展「鉄道博物館100年のあゆみ」を開催していた。展示室は入場無料、写真撮影禁止。隣のパナソニック汐留美術館の企画展も気になった。 プラットフォーム プラットホーム Platform構造 Structureもり しきいしづ プラットホームは 「盛土式石積」という構造で作られています。 両側面の真下には、溝状に地面を掘って基礎石を敷詰め、 その上に切石を石垣のように積んで土留め壁が作られ、内側には土が詰められました。 基礎石には龍野藩脇坂家・仙台藩伊達家屋敷の礎石などが使われました。 切…

  • 西新井大師(總持寺) 三匝堂 足立区西新井

    西新井大師 總持寺(真言宗豊山派 五智山 遍照院)の三匝堂(さんそうどう)を見学した。三匝堂は栄螺堂(さざえどう)とも呼ばれ、内部が二重螺旋構造になった御堂。一匝に八十八体大師像、二匝に十三佛、三匝に五智如来と二十五菩薩をまつる。外観のみ公開。 門前のコンビニの気遣い 山門 大本堂 三匝堂 総持寺三匝堂|足立区 西新井の地名の由来になった加持水の井戸。加持水とは弘法大師が疫病で苦しむ人々に水を加持したところ全治したという霊水。 境内散策 | 西新井大師のご案内 | 西新井大師 大正大学構内の巣鴨さざえ堂は内部の見学が可能。 現存する三匝堂 取手市/長禅寺三世堂 取手市/令和4年4月18日の長禅…

  • 東田端鉄道八景 北区東田端

    東田端公園と与美ガードに設置されている鉄道モニュメントと玉石アート、壁面アート。「平成17年度全国都市再生モデル調査選定事業」として東田端まちづくり協議会が取り組んだ「東田端鉄道八景」の「与美夕照(よみせきしょう)」と命名された。 東田端公園の鉄道モニュメントと玉石アート 与美ガードの壁面アート こちらは「下田端夜雨(しもたばたやう)」 「東田端鉄道八景」なのであと六景あると思われる。残りは「晴嵐」「晩鐘」「帰帆」「秋月」「落雁」「暮雪」かな。どこだろう。東田端しばりだとなかなか難しそう。 東田端まちづくり協議会は「東田端レールパーク型まちづくり構想」を策定して活動していたようだけど、後ろ盾の…

  • 『古代史の謎はどこまで解けたか (PHP新書)』山岸良ニ著

    昔、購入した本を再読した。奥付けでは2006年10月の第1版第1刷で、2009年の企画展の栞が挟まっていたので、2009年に購入したのかもしれない。読んだ形跡がないくらいの美品なので未読かも。 本書は、戦後60年の考古学の歩みをわかりやすく解説することを意図して、10のテーマごとに概説する。1章は「岩宿の発見から「捏造」の露見まで」で、1949年の岩宿遺跡の発見と2000年に発覚した「旧石器発掘捏造事件」がテーマ。芹沢長介と杉原荘介の確執、藤村新一の相沢忠洋に対する憧れについては上原善広著「石の虚塔」が詳しい。 2章、3章では、1954年に「日本人類学会創立70周年記念事業」として実施された堀…

  • 『縄文時代の歴史 (講談社現代新書)』山田康弘著

    山田康弘著の『縄文時代の歴史 (講談社現代新書)』を了読。古墳巡りを始めてから、縄文時代についても、貝塚や遺跡や博物館の企画展などに足を運んだので断片的な知識は得られたが、なかなか全体像がつかめない。そこで、縄文時代について学びたいと考えていた。本書の「はじめに」に「本書は、多様で奥深い縄文時代・文化を知るために、手軽に読むことのできる概説書を目指したもの」とあり、今の私に最適な1冊だった。 現在、縄文時代は、草創期、早期、前期、中期、後期、晩期の6つの時期に区分されている。本書では、I期(草創期)、II期(早期)、III期(前期、中期)、IV期(後期、晩期)の4時期区分を採用して、章立てとす…

  • 神崎遺跡 綾瀬市吉岡

    神崎遺跡は、神奈川県中央部、相模川の支流となる河川付近の標高24mの台地上に立地する弥生時代後期の環濠集落跡。土器は西遠江産が95%以上を占め、当該地域から集団移住があったと考えられている。弥生時代後期の南関東地域の社会のあり方を知る上で重要な遺跡。 ビニールシートで覆われた部分は、2017年から年1回、環濠の一部として一般公開していたが、風雨による崩壊の危険から2021年の公開を最後として土を埋め戻し、その上に防水シートがかけられている。 神崎遺跡公園 - 綾瀬市役所 国指定史跡 神崎遺跡 (神崎遺跡公園) - 綾瀬市役所 国指定史跡 神崎遺跡 - 神奈川県ホームページ 神崎遺跡資料館 - …

  • 豊受大神 海老名市杉久保北

    杉久保富谷児童公園の「杉久保遺跡・富谷横穴墓群」の説明板の地図に記されている豊受大神(豊受神社)を参詣した。 神奈川県神社庁/神社検索/豊受大神 にほんブログ村

  • 伊勢山古墳群 海老名市杉久保南

    伊勢山古墳群は、東名高速道路海老名サービスエリアから約700m南の座間丘陵の最南端に位置し、発掘調査により崖線に沿って南北に2基の古墳が確認されている。1号墳は円墳と見られているが、周溝のごく一部が確認されているのみ、2号墳は周溝の約1/3と墳丘の一部が確認されている(文献[2])。 杉久保遺跡・富谷横穴墓群の説明板の地図の下の緑の矩形が杉久保第一児童公園で、その矩形上に縦に並ぶ大小の円が伊勢山古墳群の1号墳(上の大円)と2号墳(下の小円)を示す。 文献 [1] 海老名市遺跡調査会 1997「伊勢山古墳群・杉久保遺跡の調査 - 杉久保第1児童公園発掘調査概要 -」『えびなの歴史』第6号 海老名…

  • 杉久保遺跡・富谷横穴墓群 海老名市杉久保北

    東名自動車道海老名サービスエリアのすぐ南の杉久保富谷児童公園に「杉久保遺跡・富谷横穴墓群」の説明板が立つ。説明板の地図によると富谷横穴墓群は杉久保富谷児童公園の西側のそうてつローゼン杉久保店前の駐車場辺りにあったようだが、整地されたのか、面影はない。6基の横穴墓が確認され、3号墓で線刻が確認されているが詳細は不明(文献[2])。 そうてつローゼン杉久保店 文献 [1] 古墳時代研究プロジェクトチーム 2003 「神奈川県横穴墓文献一覧」『研究紀要8:かながわの考古学』財団法人かながわ考古学財団 [2] 坂口圭太郎他 2018 「全国装飾古墳一覧(中間報告)」『熊本県立装飾古墳館研究紀要14』熊…

  • 真土大塚山古墳(再現) 平塚市西真土

    平塚市の真土大塚山公園を訪れた。この公園は1996年に市が民有地を買収して開設。この公園には、すぐ南にあった真土大塚山古墳(現在は消滅)を再現したものがある。真土大塚山古墳は、砂丘上(標高8m)に造られていたため、発見時より墳丘の残りは良くなく、円墳(径30m)、前方後円墳(全長60m)、前方後方墳(全長43m)の諸説がある(文献[3])。主体部は2つと想定され、三角縁神獣鏡、変形四獣鏡、 白銅製の鍼、巴形銅器など貴重な遺物が出土している(文献[3])。真土大塚山古墳は、相模川下流の右岸の砂丘に立地して、集落から離れた場所で、この立地は最近発見された長柄・桜山古墳群と共通し、ヤマト政権が東国支…

  • 牛山古墳 平塚市大神

    牛山古墳は、2000年に東海大学が測量調査を実施(文献[2])、2016年に平塚市教育委員会と東海大学が2か所にトレンチを設定して実地調査して、高さ4.9m、一辺(南北)28m前後の規模を持つ隅丸方形墳と判定された。 リンク 「大神の史跡紹介 ①牛山古墳」『大神公民館だより』令和3年5月発行 文献 [1] 相原精次・藤城憲児 2000「神奈川の古墳散歩」彩流社 [2] 東海大学文学部考古学研究室 2002「平塚市牛山古墳の測量調査」『東海史学』第37号 東海大学史学会 にほんブログ村

  • 相模國一之宮 寒川神社 寒川町宮山

    大神塚の説明板に明治41年の発掘調査の出土品(和鏡2面、漢鏡1面、直刀3振)や陪塚の出土品(金銀環、勾玉、管玉等)が寒川神社に展示されていると書いてあったので、参詣した。 寒川神社 大神塚古墳の出土品は方徳資料館に収蔵されているようなのだが、神嶽山神苑と方徳資料館へ入苑・入館するためにはご祈祷を受ける必要があるそうなので、またの機会とした。 にほんブログ村

  • 下寺尾官衙遺跡群 茅ヶ崎市下寺尾

    下寺尾官衙遺跡群、小出川を望む標高約13mの相模原台地頂部に位置する相模国高座郡家(郡衙)と考えられる下寺尾官衙遺跡(西方遺跡)と台地の南裾に位置する下寺尾廃寺跡(七堂伽藍跡)を中心として、隣接する遺跡も含めた複数の遺跡からなる。官衙は約1300年前の律令国家の時代の役所のことで、全国の約66か所の国に国府が置かれ、その下に郡を設けて郡衙(郡家)という役所を置いた。相模国は8郡が置かれ、高座郡は現在の寒川町、綾瀬市、海老名市、相模原市の一部、座間市、茅ヶ崎市、藤沢市の一部、大和市が含まれる。 茅ヶ崎市の「史跡 下寺尾官衙遺跡群保存活用計画」の短期事業(平成29年から令和2年)で公有化・整備され…

  • 越の山横穴墓群 寒川町岡田

    岡田遺跡の所在する台地の東向き小出川の谷に面する斜面中腹(標高13m前後)に越の山横穴墓群。1953年8月に赤星直忠氏による発掘調査で6基の横穴墓が確認された(文献[1])。また、1985年12月に6基の横穴墓から南側に約200mの斜面でも3基の横穴墓が確認された(文献[2])。 文献[5]によると越の山横穴墓群の2号と4号で線刻画が確認されていて、2号が「人物・縦線など(顔のみ※他剥落?)、垂下様式の耳・仏像と推定」、4号が「文章のみ、人物・縦線など、報:仏像と推定」とのこと。文献[6]によると7号と9号で造付石棺があり、相模東部の分布氏族として「秦、壬生直、飛鳥部、春部、大田部直、矢作部」…

  • 岡田遺跡 寒川町岡田

    相模川の支流の目久尻川と小出川に挟まれた標高24mの相模野台地上に所在する岡田遺跡は、縄文時代から弥生時代の遺跡で、特に縄文時代中期の集落址は、環状集落で、勝坂式期から加曽利E式期の竪穴住居址が600軒以上確認され、未調査を含めると推定1,000〜1,500軒の規模で県内最大、全国的にも有数の住居址数の遺跡。弥生時代後期の住居址や方形周溝墓も確認されている。 岡田遺跡/寒川町ホームページ 岡田遺跡出土遺物(縄文土器)/寒川町ホームページ 岡田遺跡出土遺物(土製品、石製品等)/寒川町ホームページ にほんブログ村

  • 大神塚周辺古墳群 寒川町岡田

    3月に開催された大神塚(応神塚)古墳の発掘調査の現地説明会では、寒川駅前公園に集合して、地元のボランティアで方々が現地まで案内していただいた。その時に途中で立ち寄ったのが大塚古墳公園で、大神塚(応神塚)古墳の周辺にあった大神塚周辺古墳群の1基のE号墳の石室が保存されている。E号墳は明治期に調査された記録があった。2005年から21011年の寒川駅北口地区土地区画整理事業の岡田西河内遺跡の発掘調査でE号墳の石室と周溝が再発見された。 にほんブログ村

  • 企画展「ビフォー・アフター三昧塚古墳」 茨城県立歴史館

    国指定重要文化財の修復完了を記念して、茨城県立歴史館で開催中の企画展「ビフォー・アフター三昧塚古墳」を鑑賞した。 国指定重要文化財修復完了記念 ビフォー・アフター三昧塚古墳 | 【茨城県立歴史館】歴史博物館・文書館|茨城県水戸市 『国指定重要文化財修復完了記念 ビフォー・アフター三昧塚古墳』(茨城県立歴史館)https://t.co/BGrQ9FXLdJ— 古墳にコーフン協会 (@kofun_ni_kohfun) 2022年4月19日 《企画展1 》ビフォー・アフター 三昧塚古墳4月29日(金・祝)から茨城県立歴史館で開催されるようです!国指定重要文化財となっている行方市 三昧塚古墳の出土品が…

  • 帝政ロシア製32ポンド砲 神奈川県立歴史博物館

    神奈川県立歴史博物館で野外展示されている旧山下居留地90番地中から出土した帝政ロシア製32ポンド砲。1959年にオランダ製11ポンド砲とともに出土。オランダ製11ポンド砲は横浜開港資料館の脇に野外展示されている。 ウクライナとロシアの市民に平和と安全を ロシアのウクライナ侵攻から学ぶべき安全保障上の教訓は、狭隘な自国中心主義に根差した思想、歴史観が国際社会の平和にとっていかに危険かということで、近隣諸国との歴史観の共有は喫緊の課題だが、正に問題の当事者である与党からは、非現実的な軍拡の話ばかりで、そうした現実的な話が出ない。— 平野啓一郎 (@hiranok) 2022年5月4日 フィンランド…

  • 都電荒川線とバラ 荒川区西尾久

    都電荒川線の小台停留所と荒川遊園地前停留所の間の専用軌道のバラの垣根がきれいに咲いていた。🌹🌹🌹🌹🌹🌹 にほんブログ村

  • 蟹ヶ谷の横穴墓群跡 高津区蟹ヶ谷

    子母口貝塚から蟹ヶ谷古墳群に向かう途中で、蟹ヶ谷四方之嶺横穴墓と西田原横穴墓群の跡地を探索した。私のGoogle Mapでは、集合住宅「アデニウム日吉」の位置に「蟹ヶ谷四方之嶺横穴墓」が、「ヒューマンスクエア日吉ウルビノ」の裏辺りに西田原横穴墓群が個人的に地点登録してある。何かの情報で登録したはずだが、思い出せない。ちなみに、ガイドマップ川崎(川崎市地図情報システム)では、アデニウム日吉の場所に遺跡番号「高津区No.135」種別「横穴墓」、ヒューマンスクエア日吉ウルビノの隣のヒルステージ日吉の場所に遺跡番号「高津区No.117」種別「横穴墓」が記されていた。 Google Mapでは「アデニウ…

  • 子母口貝塚 (再訪) 高津区子母口

    橘樹神社の次に子母口(しぼぐち)貝塚を再訪した。 眼下の神奈川県道14号(尻手黒川道路)と矢上川の先にこの後に訪れる蟹ヶ谷古墳群が分布する丘陵が望める。 子母口貝塚は。今から約8,100年前の縄文時代早期後半の貝塚で、「子母口式土器」の標式遺跡としても有名です。子母口貝塚は東西約100m、南北約150mの範囲にある4つの地点貝塚を総称したもので、浅海の砂の中にいるマガキが約半分を占め、ヤマトシジミやハイガイに混じって、スズキやクロダイ等の魚骨やイノシシ等の獣骨も見つかっています。当時の子母口貝塚は、眼下に砂浜が広がり、その先には大海原が続いていたと考えられています。 川崎市教育委員会:高津区 …

  • 子母口富士見台古墳 (再訪) 川崎市高津区子母口

    千年伊勢山台古墳の次に子母口(しぼぐち)富士見台古墳と橘樹神社を再訪した。 川崎市教育委員会:橘樹神社と富士見台古墳 にほんブログ村

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