『三四郎』読書メモ⑩
夏目漱石の『三四郎』の読書メモ。今回は十章。いろいろな考える要素があって、長くなりそうだ。三四郎は広田の家に行く。広田は合気道のようなものを稽古している。広田は三四郎に『ハイドリオタフヒア』を貸す。その中に「生きるとは、再の我に帰るの意にして、再の我に帰るとは、願にもあらず、望みにもあらず、気高き信者の見たる明白なる事実なれば、聖徒イノセントの墓地に横たわるはなお埃及の砂中に埋まるが如し。」とある。結局は自分に帰り、自分からは離れることができないのである。原口の家に行く途中、子供の葬式に出会う。三四郎は美しい弔いだと思う。『ハイドロオタフヒア』を読み、子供の葬式に出会い、三四郎は客観的に人の生死を見ていることに気付く。そして美禰子のことを考える。美禰子を客観的に見ることができるのだろうか。三四郎は美禰子を...『三四郎』読書メモ⑩
2024/10/30 16:18