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ブログタイトル
なんじゃそら
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/sosakukan
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おもしろおかしく。
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187回 / 305日(平均4.3回/週)

ブログ村参加:2015/09/24

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なんじゃそら

なんじゃそらさんの新着記事

1件〜30件

  • 217【あんたら、優しいな】

    伊勢おかげ横丁で、チャラ若もん5人のうち、髪染めピアスが露店の指輪を買うた。袋に入れた女店員「千円です」。「1万円、渡しましたよ」と若もんが優しい声で言う。もらいましたか、で陳列台や足元探したがない。「渡した、な?」と、淡路島の鬼瓦みたいな容貌魁偉な連れに言うた。これはもめると思うたら、連れも優しい声で「渡してたよ」。すると、陳列台の隙間に一万円札が。女店員「ありました。申し訳ありません」で平謝り。若もんは「よかった、よかった」「ほんとにすみません」「いいですよ」。久しぶりに人はみかけによらん、を見た。思わず「あんたら、優しいな」て、言うてしもた。217【あんたら、優しいな】

  • 216【自分の力で勝ちましてん】

    スポーツ選手が賞獲ったりメダル手にしたりすると「これまで応援してくださった方々、コーチ、両親の援助、友人のおかげでご恩返しでけて、ホンマによかったと……」。だいたいこんなこたえ方しよる。教科書どおりというか台本どおりというか、はたまた謙虚さを示して世間受け狙うてというか、まあそんなとこやろ。ここは居直って「これまで努力した自分の力で勝ちましてん。神業ていうか天才ていうか、とんでもない能力持ってる俺やなぁて思いまっせ」て言うたら、こんな気持ちええことないやろな。216【自分の力で勝ちましてん】

  • 215【金を持ったら】

    会社起こして儲かってベンツに乗って転げ回ってる知り合いが、よう自慢話するねん。フランス行ったときは、トルコでは、嫁が靴が欲しいてイタリアへとか、ふんふんてきくのも疲れる。俺が金持ったら、ダイムラー社に行って自分が描いたデザインの車作らせる、絨毯もイランに行って織らせる、特注の自家用ジェットやクルーザー持って、別荘も世界各地に……は、ない。いままでどおりの生活をする。福沢諭吉が「……学者は貧乏なり金持ちは無学なり」て、言うたらしいから、そう言われんようにな。215【金を持ったら】

  • 214【寝られんかった】

    映画『二十四の瞳』で有名な小豆島へ出張。予約してもろてたホテルが高すぎてキャンセル。近辺の宿を探したがどこも満室で、最後の旅館が「今夜宴会場に寝てもらえば明日から個室になります」。宿代も手頃でそこに決定。大広間の隅に布団が敷かれて、枕元の電気スタンドがぼんやり。脇の腰衝立ズラして部屋を眺めると、奥まで明かりは届かず闇になってた。その闇の向こうから、澱んでいた忌まわしい過去がそよいでくるんやないかと思うと、気色悪うて寝られんかった。ホンマに、怖かったわ。214【寝られんかった】

  • 212【防空壕を追い出されて・その2】

    空襲警報が鳴って、町内の責任者が「おまえが最後や、早くはいれ。防空壕の扉閉めるで」と、お母はんに怒鳴ってんのに、娘が帰ってくるまでは入らん、と待ってた。ほぼ諦めかけたとき、道の向こうから娘が走ってきた。お母はんも駆け寄って気が狂うたみたいに喜んだんやて。けど、もう防空壕の扉は閉められてはいられへん。よその人らと一緒に、ふたりは路地から路地抜けて逃げた。どこかわからんぐらいまできた時分、爆弾はおさまった。振り向いたら、いまきた町は燃えてた。「命拾いしたわ。いまでもご先祖さんに感謝してんねん」て、女先生が言うてた。212【防空壕を追い出されて・その2】

  • 212【防空壕を追い出されて】

    女先生に歯石をとってもろた日が終戦記念日やった。大阪空襲の話から「命拾いしてな」と、先生。10歳のある日、使いの帰り空襲警報が鳴った。そばの防空壕の扉が内から閉められようとしてて、自分も入れてもらおうと駆け込んだ。「見かけん子やな」と、おっちゃん。「○○町」と言うと、「隣町の子はあかん」で扉閉められた。走って家に向かった。トタン板に小石を落としたような音が聞こえ始めた。頭が割れるかと思うほどの大きい爆発音がして振り向くと、さっきの防空壕の真上に爆弾が落ちたんやて。212【防空壕を追い出されて】

  • 204【最初からそう言え】

    痔で入院したときのこと。ケツの穴に指突っ込まれたり針金ねじ入れられたりの予備検査後、医者が「奥さん、いらっしゃいますよね」囁くように言うた。「はい、おります」「くるように言っていただけますか」。この会話、単なる痔の病気やのうて、もっと重大な別の病が発見されて、本人には言えんことがあるに違いない、てドキッとした。電話すると、顔色変えて飛んできた嫁に「手術の承諾書にサイン、お願いします」やて。ほんなら最初からそう言えよ。なんやねん、アホ、ボケ、カス。びっくりさせやがって。204【最初からそう言え】

  • 203【アホふたり】

    昔、同僚のひとりが高校生のとき単車盗んで、ポリさんに追われて袋小路で捕まった。「手首持って手錠かけるシーンを映画で観たけど、違う。抵抗したよって、つぶれるぐらい足で顔を踏まれ、折れるほど腕背中にまわされて、手錠の輪っかで手首を叩いてはめるんや。骨は痛いで」やと。ニューヨークの友達は「壁に向かって両手を当てると、警官「両脚を開け」の命令のあと、靴で内側のくるぶし右左を思いっきり蹴るんやて。「骨は痛いで」て、こいつも言うてた。警察の世話になるどっちもアホやわ。203【アホふたり】

  • 202【喋り倒して】

    池見てたら、お婆ちゃんが「よう食いよる」パンちぎってあひるにやりだした。相槌うつと、お婆ちゃんの喋りが始まった。「この近所に住んでんねん。昭和45年の万博始まる前に都市計画や言うて、役所が命令調子で田んぼ坪2.000円で売ってくれ、てきよってん。近所できいたら売らなしゃあないみたいで、売ってん。ほんでな、宅地になったら坪10万円になってんねん。詐欺やで。田んぼは減る、安う売ったて息子から怒られる。どない思う?」。こたえようとすると「えらい損したわ」で、行ってしもた。なんじゃいな!!202【喋り倒して】

  • 202【喋り倒して】

    池見てたら、お婆ちゃんが「よう食いよる」パンちぎってあひるにやりだした。相槌うつと、お婆ちゃんの喋りが始まった。「この近所に住んでんねん。昭和45年の万博始まる前に都市計画や言うて、役所が命令調子で田んぼ坪2.000円で売ってくれ、てきよってん。近所できいたら売らなしゃあないみたいで、売ってん。ほんでな、宅地になったら坪10万円になってんねん。詐欺やで。田んぼは減る、安う売ったて息子から怒られる。どない思う?」。こたえようとすると、えらい損したわ、で行ってしもた。202【喋り倒して】

  • 2324【タコとコマ】

    童謡聴いてたら♪もういくつねるとお正月お正月にはタコあげてコマをまわして遊びましょがあった。俺が10歳のころの1953年ごろか、古い歌や。いまの子どもはタコあげせえへんし、たまに園児がやってるのん見るものの、NASAが開発した誰でもあげられるような三角ダコみたいで、それでも空に浮かせる子は少ない。コマは、まず回してるのん、見たことないな。このぶんやと、ベーゴマもベッタンもラムネも知らんか。勉強はでけんでも、こういう遊びは得意やったな。おもしろいのにな。2324【タコとコマ】

  • 201【あかんやろ、子どもに】

    ある港町で「まぐろ祭り」のニュースやってて、解体したまぐろを観光客に振る舞うてた。親が1歳くらいの子どもに、生を食わせてんねん。そう言うたら、まえに馬刺しや生レバー食うてる子どもおったん観たことある。駅の待合室で赤児に缶コーヒー飲ませてる親もおった。あかんやろ。俺なんか親から「充分からだがでけてない」て、中学になるまで生もんや造りなんか食わせてもらえんかったで。子どもには子どもの、老人には老人の食いもんがあるのに、いまはなんでもありみたいやな。201【あかんやろ、子どもに】

  • 2323【なにしてええか】

    いま、コロナウイルスが騒がしい。テレビでもろくでもない奴が、ああでもないこうでもない、とほとんど一緒。俺は昔から何回も3回も言うてきた。日本人というのは、新しい問題が起こると、どうしてええかわからん民族や、てな。裁判官は法に基づかず自分の出世だけで裁き、行政も法律が規則が条例が、でなにしてええかわからへん。そろそろ、自分で判断する教育に変えんとあかんのとちゃうか。まあ、判例・慣例は平安時代から続いてきたらしいから、そう簡単にはいかんのは百も承知やけどな。2323【なにしてええか】

  • 2322【ジェが言えん奴】

    知り合いに「ジェ」が言えんのがおった。JAは「ゼイエイ」、JRは「ゼーアール」、ジェット機が「ゼット機」、JCBは「ゼーシービー」、紳士「ゼントルマン」、UFJ「ユーエフゼー」みたいに、ジェ・ジェイの発音は彼にとって相当難しいことらしい。1つひとつは、Jはジェイと言える。それがJCBとかJRとかにつながった言葉になると「ゼーシービー」で「ゼーアール」になる。舌が悪いのか歯並びがあかんのか。子ども時分にこういう言い方したとき、親なり先生なりが注意しなかったんか、そのへんはよくわからんな。2322【ジェが言えん奴】

  • 2321【見事な運転手】

    今日は、定期検診日。病院にはいったところで休憩していると、発車時間待ちの送迎マイクロバス3台が並んでた。いちばん前のバスから降りてきた運転手が、玄関前に散ってる落ち葉を拾い始めた。3枚くらいか、拾うと内にあるゴミ箱に棄てた。出て辺りを見てから、また運転席に乗り込んだ。送迎だけに雇用されてる彼は、ゴミ拾いまですることはないのがふつう。しかし彼は無欲で他人の視線も関係なく淡々と、気づいて腰をかがめてゴミを拾った。(これは見習わなあかん)。ええ勉強になったな。2321【見事な運転手】

  • 2320【憧れの国】

    1960年代の日本の道路は、砂利道、土道、凸凹道、荒れ道、クソ道で、雨でも降ればぬかるむ・泥んこになる・水溜まりができる・あまりの道に誰かをどつきたくなるなどで、単車で旅する旅人にとって、毎日がうんざりと腹立ちやった。当時のテレビ旅番組『兼高かおる世界の旅』で、アメリカはロスアンゼルス↔ニューヨーク約5.000kmを、高速道路で100kmのスピードのままノンストップで行き来してるのを観た。この映像に大きいショックを受けて、走ってみたい、いまに走ったる、と憧れたな。2320【憧れの国】

  • 2319【寝袋のこと】

    テント張るのに、硬い地面探さんとあかん、張るのもたたむのも時間がかかる、熟睡でけん、夜の雨でぬれたら乾かしてからたたむなど、時間かかって不便。で、寝袋にした。当時は旅に力がはいってなかったか、粗悪品が多かった。米軍兵士が使う寝袋は優れてる、てきいて中古品を買うた。防水力が弱いので雨がかかると雨水が沁み込んでくる。綿入れで薄っぺらいから山では寒い。こんな粗悪品でもこれしかないから辛抱と忍耐の毎日で、やっぱり熟睡でけん。こんなんでも、楽しかったな。2319【寝袋のこと】

  • 2318【テントのこと】

    1960年代の旅のテント。いまのテントはピン外して放り投げたら一瞬にして出来上がるんと違うて、組立てやからコツと段取りがいった。柱を立ててロープを結ぶ。テントをかぶせる。ペグ打ってロープを張る。テントの裾に土かけて虫の侵入禁止する、雨水防止に周りに溝を掘る。ひとりで組むのは難しかった。蚊がはいる。蚊取り線香を焚く。煙が多いと苦しくて寝られん。地面が柔らかい、風が強いとペグは抜け、雨が降ると弱い防水力やから持たん。熟睡はまず不可能。こんなんでも、楽しかったな。2318【テントのこと】

  • 2317【旅の始まり】

    1957年中学2年、監督と野球部員10人ほどが山を越えた一庫(ひとくら・兵庫県)へキャンプに行った。ハンゴウの飯と魚の缶詰を食い、山で道に迷い、うるしにかぶれ、夜はキャンプファイヤをした。そんな程度で、印象はない。1961年、友達2人と若狭湾へキャンプに行った。雲と海と風を感じた。その年、連れがホンダのカブ50㏄に乗ってきた。免許取って、中古を買い乗り始めた。乗るだけでは意味がないと思い、若狭湾で受けた自然が、このバイクで山や川や海を越えたら、見たこともないなにかがあると思い始めた。「よし、旅するで」。これが俺の旅の始まりやった。2317【旅の始まり】

  • 2316【ネタ探し】

    ネタ探しは人の集まるところに多い。それも病院の待合室、スーパーの無料休憩所、電車内、高速道路SAの食堂や土産物売り場、万博公園の散策道など、いろいろある。特にええのが、待合室と無料休憩所。人は大阪のおばちゃんの群れ、若い子連れ、無精ひげのおっさん、よれよれ爺さん婆さんなどか。耳すまさんでも、動きや話がおもしろそうやったら、ちらちら見る、聞き耳をたてる、メモをする。色付けに、ややオーバーめに表現する。で、俺も気ぃ抜いたら見られてる、やから油断はせえへんけどな。2316【ネタ探し】

  • 2315【いまの中学生】

    中学校校門前で、携帯に電話がかかってきた。話し終わって行こうとしたら、授業が終わったか、ぞくぞくと生徒が出てきた。それぞれの話と動作を見ているとキラキラとして明日の輝きのように見えたので、しばらく、観察することにした。背が高くすらっとしてる子、いつ子ども生んでもおかしくない子、ブスやのにスカートが短い子、ちょっと気合い入れたらオリンピックに出られそうなたくましい子、年金貰うのも近いかと思わせる子など、いろいろ。まっ「テーマ持って行きろーっ」とだけは言いたいな。2315【いまの中学生】

  • 2314【こんな会話】

    スーパーの無料休憩所で。近所に住むおっさんとおばはんが偶然会うたんか。おばはん「奥さん、元気?」おっさん「元気や。こんなトコで会うのん、珍しいな」「うん、いまから〇〇堂行くとこやってん」「ふーん」「今日は、お空がきれいやな」「うん」「太田さん、元気?」「みたいやで」「ここのコーヒー、あんまりおいしくないわ」「うん」「なんか、寒ぅなってきたわ」「そやな」「トイレ行きたいわ」「行っといでえな」「コーヒー、みててくれる?」「うん」「〇〇堂、休みちゃうやろな」「ちゃうやろ」「コーヒー、いらんわ。トイレ行ってそのまま〇〇堂行ってくるわ。さいなら」「さいなら」。こんな会話しとった。2314【こんな会話】

  • 2313【逆上がりのコツ】

    小学校校庭の鉄棒場。先生が、逆上がりを教えてた。生徒はすのこのような円筒を4分の1ほどに切ったんを蹴っとる。生徒は何度やっても、でけん。先生は、もっと板を強く蹴りなさい、みたいなことを言う。なんででけへんのか、できるにはどうしたらええんかを先生は知らん。最近の先生は教科書通りしか教えん奴が多いから、これでは生徒が可哀想。鉄棒握って肘折って、身体反り返らんと海老みたいに曲げたら、でける。簡単やのに、それがわかれへん♪先生先生それはせんせぃ~2313【逆上がりのコツ】

  • 2312【正確爺さん】

    総合病院の採血室。採血終わった爺さんが、右指で採血した跡の左腕押さえて出てきた。あいにくこの日は採血待ちが多く、混雑していた。俺の前に立ったので、少し腰をずらした。爺さんはそれには目もくれず、診断ファイルをそこに置くと、左腕の腕時計を右腕にしてから、採血した跡を右指で押さえた。「ここで会うたが百年目」敵討ちでもするように、瞬きもせず時計を睨んだ。多分、看護師に「5分ほど、押さえて下さいね」と、言われたか。「よし、5分。5分経った。5分」と言うと、ファイル持って消えた。2312【正確爺さん】

  • 2311【自論展開爺さん】

    スーパーの無料休憩所で。前席に老人ふたりが腰かけた。コーヒーも飲まずに、ちょっと人相の悪そうな面したほうが「最近、自民党も調子に乗っとるな」みたいなことを言うた。それがきっかけか相方が、唇舐めると一気に喋り出した。「オバマは頼んなかったな。トランプはもっとあかんし。民主党が無茶したよって、自民党が勝ったんや。共産党ちゅう名まえがあかん。変えんと指示得られんやろ。IRで中国から金貰うて動いとる代議士がおる……」。話はまだまだ続くが、息継ぎも「、」も「。」も改行もなしに自論を展開する爺さん。いつ終わるかわからんかったから、席を立ったで。2311【自論展開爺さん】

  • 2310【タイヤが持つか】

    近所の爺さんが、20年以上乗った2.000㏄棄てて1.200㏄ハッチバックの新車買うた。よっぽど嬉しいのか食前食後食間に、ときにべっぴんの老妻乗せて走り倒しとる。見てておもしろいのが、車庫入れ。植木があるから、隣とは充分な広さがあるので、ふつうの技術なら1回のバックではいる。入り損ねても2回ですむ。ところが爺さん、バックで入れてハンドル切って出して、バツクしてまた出して、を10回はする。もうええやろ、でもまた出したり入れたり。3年後の車検くるまえに前輪タイヤ、交換やろな。2310【タイヤが持つか】

  • 2308【飯は誰かと】

    近所の西公園に、おばちゃんがやってきた。隣のベンチに腰かけた。画材は持ってない、カメラはない、メモはとってないから、創作できたんやなさそう。紙袋から自分で作ったか、弁当を出した。水筒からお茶出して飲み、おにぎりを食べては空を見上げ、木々を渡る小鳥に目をやったりしてた。この場面では夫か娘か孫と一緒の昼食がふつう。それが、独り。独りが好きか、独りになりたかったからか、独りにならなあかん事情があったかはわからん。ただ、飯は誰かと笑いながら食いたいもんや、と思うたな。2308【飯は誰かと】

  • 2306【館内放送員のナマリ】

    「東方、小結、おむすび山。東京都都京市出身大江戸部屋……ただいまの決まり手は、にぎりつぶし、にぎりつぶしで、おむすび山の勝ち」。大相撲の館内放送の何人かのうちのひとりに、とんでもないぐらいナマリのきついのがいてるで。大相撲はいまやBSで世界中の人が観てる。なかには日本語を勉強して日本に行きたいという人もいてるはず。その人らはこれきいて「こないして喋るねんな」と、真似するかもしれん。方言やナマリは好きで支持するにしても、公で流すとき、これはあかんやろ。2306【館内放送員のナマリ】

  • 2305【2003年】

    今日は、定期検診日。待合室で老夫婦の隣に腰かけた。夫が初診か問診票に書いてる。「全身麻酔したことありますか」の項になった。妻が「〇×の手術のときや。いつやったやろか」で、指折り数え始め「思い出した、2003年」。嫁「2003年や」「うん?」「2003年」「何が」「あんたが〇×の手術したとき」「うん」「2003年やで」「うん」「ここに、2003年て書き」「どこに」「ここや、ここ」「なにを」「2003年」「2003年、てなんや」「あんたが〇×で全身麻酔して手術したときやんか」「あ~あ。それをここに書くんかい」「そうや」「2003やな」「そや、2003」。2003、2003がずっと続いてた。2305【2003年】

  • 2304【人手不足やから】

    ファミリーレストランやコンビニが24時間営業やめると言い出して、鉄道も終電を早める、と発表した。理由は、人手不足。快適な文化生活を送る権利がある、みたいな台詞からきてんのと違うて、人手不足から営業でけへん、やて。そらそうやろ、自分の息子娘が不規則で過酷で給料が安ぅて、人権無視されて、社会保障なし……みたいな職場で働いてたら、どう思う?自分が嫌なことは他人も嫌なはず。そこを考えての営業時間短縮・変更やったら、日本も一等国の仲間入りになれるのに、違うねんな。2304【人手不足やから】

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