宗教や倫理など、いっけん良さそうなことを言っても、そんなのはめくらまし、子供だましだ。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村人気ブログランキングへ
この先の未来がただ何も予定はなく、どうなるか未定で、どうなってもどうならなくても世界にとってはどうでもよければ、世界は何の意義もなく、存在に価値はなくなる・・・
場合によっては、時間やお金だって浪費しているだけかもしれない
有意義なことをしようとしていても、徒労に終わっているかも知っれないし、何かやろうとして失敗して借金したってそれは別にたいしたことじゃないかもしれない。。。とにかく、一生懸命無理して頑張る必要はないのだ。人気ブログランキングへにほんブログ村にほんブ
何をすればいいかは、その時の状況や環境に左右される。例えば、愛する家族がいるならなるべく自分がしっかり健康で長生きするよう頑張るのがいいだろう。逆に、孤独な人生なら、早めに死ねるように暴飲暴食して生活習慣病になったほうが良いかもしれない。何かをしている途
世の中には頭の回転が速く話題が豊富でひっきりなしにおしゃべりしている人が少なくない。もちろん、そういう人も、無口な人と一緒にいるときや、葬式の場面などでは、おとなしくしている。まるで、話し始めて、エンジンがかかり、おしゃべりのスイッチが入るのは、お酒を飲
嬉しいことも喜びは少なく憤るべきことかいなかも考えずに無関心になり悲しい出来事にも涙は見せず楽しいことにもクールにふるまう一番大事なのは、悲しさや憤りに左右されない事か・・・
世の中の運不運に動じることなくいつも感情を一定にし物事に左右されることなく心を振り回されずにしていたい。しかし、過去の辛かった出来事を懐かしく思い出しながら感慨にふけるのはやはりだめなのだろうか?
皆働くのは嫌に決まっていてそんな仕事をどうせなら楽しくやろうとしてるだけ。人生も同じ。皆生きるのは嫌に決まっていてそんな人生をどうせなら楽しく生きていこうとするのが世の多くの人の考えだ。どうせやるなら楽しんだ方がいいだろうと考えるのは、いかがなものだろう
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宗教や倫理など、いっけん良さそうなことを言っても、そんなのはめくらまし、子供だましだ。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村人気ブログランキングへ
哲学者でも科学者でも、職業としてそういう分野に従事してる人は、純粋に学問なり研究なりに精進してるというわけではなく、自分の所属や人脈などに配慮した利益相反のある中で自分の推し進めたい仮説を喧伝しているに過ぎない。僕の好きな哲学的漫画『銃夢』は今月の最新刊
不運不幸苦しみ悲しみつらい生きてる意味がないように思える楽しみがないき真面目几帳面馬鹿正直面白みがない退屈地味変化がない弱い貧しい切羽詰まっているピンチだこれらのネガティブな事象はそれが本当の人生の意味に繋がっていく貴重な経験だにほんブログ村にほんブ
http://utantomyu.blog89.fc2.com/blog-entry-752.html?spへの補足人生に何故苦しみや不幸があるのかという問いに対する答えに、「苦しみがあってこそ他者に同情・共感できるから」というのがある。他者に心から同情するのはとても大事な行為だ。そもそも他者とコミュニケー
フレンチ料理は豪華で人気がある。そんなフランスの国民性も前向きで楽観的だろう。しかし、ドイツやイギリスのような真面目な国では料理などよりも科学や技術などへ力を入れており料理なんて二の次だ。ユニバース25における、もはや食にも性にも興味関心が失せてしまったネ
タイパ時間をかけても得られるパフォーマンスが大したことなければそんなことはしないほうが良いという考えしかし、人生は無駄な時間のほうが多いとくに人と会っているときは、相手に合わせて時間を無駄に過ごさざるを得ないにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村
元宇宙飛行士の野口聡一さんの著作をAmazon Audibleで聴いた。『どう生きるか つらかったときの話をしよう』感想はAmazonレビュー星3つの人たちが書いている通り、宇宙飛行士という割には何の斬新さもないむしろ凡庸な人生観であきれた・・・たしか、ひろゆきが宇宙飛行士の
地球 台所の流しの湿ったところにも細菌が栄華を極めている。それと同じような灯の明かり
世界各地で侵攻や戦争、内乱があり、日本国内でも与党野党が対立し、民間でも騙し騙され争ってる。しかし、自分の肉体の中の細胞や分子は争っているだろうか?中に100個に1つくらいは癌細胞が生じるけれど免疫細胞に捕らえられ除去される。人間同士だと、アイツは嘘をよく
ウクライナ侵攻でロシアの若い男性の中の30万人近くが徴兵を逃れるためにロシアから外国へ移住した。また、出生率も下がった。先行き不透明で不安要素が多いと子孫を残そうという感じにならないのかもしれない。しかし、戦争中は仕事が暇になって出生率が上がるという報告も
人生の幸楽は全く意味がないと涼しい顔をしても、自分の独り子が誰かに苛められたり虐げられたり辱められたりしたら、親の気持ちは怒りというよりも憤りで気が狂わんばかりになるであろう。それでも、人生の全てのことに動じず心を平静に保つのが良いわけあるだろうか?いや
健康のためには、栄養をいろいろ取るのではなく粗食が大事なように、人生の幸せにとっては、いろんなことをいろいろ体験するのではなく、いかに苦難を避けた人生の輪廻を過ごせるかが大事なのかもしれない。老いていくと、仕事が減り、自由にできるお金も減り、だんだん行動
この世界は不条理だ。理不尽ではない。人間のやっていることなど、馬鹿らしいことばかりだから、一生懸命頑張っても報われるわけではないし、何か不運なことがあってもそれは不運ではなく当然の失敗なのだ。しかし、不条理はある。努力せず運だけで幸せになる人はいるし、不
仕事が生きがいという人がいる。しかし、そういうのは、仕事をしていないと、パタッと思考停止するというか、脱力するというか、人生空しくなってくるものだ。人生の意味がAということだとしたら、Aがなくなったときに人生空しくなってくるようなものではないはずだ。Aを知っ
やめてみる
このブログに書く記事の内容を考えるのも全くアイデアが浮かばない日々が少なくない。まるで作曲家がどうにかこうにか曲を生み出すように、僕も頭の中ら思索をひねり出している。しかし、人生の意味の探求っていうのは、そんな作曲家の創作活動と同レベルの作業ではないはず
本当に自殺したい気持ちが確かなら水も食料も断って死ぬのが大切だろう。もちろん、それは難しい方法だ。西べ進が友人に手伝ってもらって自殺したのは、生前にたいそうなことを論述していたのとは違って姑息というか情けない・・・
本を読んでると著者が読者へ自分の主張を認めさせようとした内容になっていて、本来の著者の考えた道筋の言語化ではなくなってしまってるのがほとんどだ。 にほんブログ村にほんブログ村人気ブログランキングへ
日本がもうすぐ津波に飲み込まれる…
カンちゃんドラ待ちリーチ者が他家二人の好形タメンチャンよりもツモ上がれる場合、そのリーチ者は何故その待ちでリーチしようと思えたのか?何故その待ちにすっぽりドラがやってくるのか?弱肉強食の自然界において弱い者が悪手を打てばその失態を見逃さずに敵に攻められ喰
他の人を優先させて、自分を捨てたら自分の苦難や悩みはまったくどうでもよくなるが他の人の苦しみや大変さがより強く苦しく感じられてしまうであろう・・・ならば、他の人を大切に思ったら執着するのは良くないであろう・・・
自分がすべきことをしているかどうかなんて執着しないで、生きて何をすべきか、ちゃんと使命を果たせているかなど、期待しないで、自分みたいなちっぽけな人間になんか果たせるはずがないと気楽に考えて、それでいて、人生の意味を探求することをあきらめない気持ちが大切だ
自分は正しいとか間違ってないとか悲劇のヒロインだとかそういうふうに驕(おご)らずに、自分なんていい加減な人間だとか不誠実不真面目な性格だとか、そういう謙虚な姿勢が良い。そして、だから自分の人生はどうせうまくいかないんだと自棄的にならないことだ。にほんブ
反出生主義でも、人生無意味主義でも、そんな消極的な姿勢でこの世を生きていけるものではない。除草剤散布された畑の雑草が枯れていくように淘汰されてしまう。一方、馬鹿でも悪でもエゴイスティックでもとにかく逞しく強く感情的に情熱的に生きる人、生きる家族、生きる家
『松野博一官房長官は15日の記者会見で、ジャニーズ事務所の故ジャニー喜多川前社長による性加害問題を巡り、性犯罪を厳しく批判した』という。が、国民や国全体の関心度は低い。というか、犯罪としての認識がない。これがもし、誰かが殺人を犯したと言うのなら、国民は早く
不幸があとで報われる程度のそんな三文小説のような筋書きでは納得いかないもっと報われる程度ではない、もっと重要な意味でこの世に不幸があるはずだ
物語は、幸せや楽しさだけでは物語としてはつまらなく、何か不幸なことがあったほうが物語として盛り上がる。そういう感じで、人生も同じようにとらえてる人はいるかも知れないし、そういう人生をわざわざ選んでる人もいるかも知れない。しかし果たして人生一回きりだと考え
この世の真理のヒントだけでも
この先の未来がただ何も予定はなく、どうなるか未定で、どうなってもどうならなくても世界にとってはどうでもよければ、世界は何の意義もなく、存在に価値はなくなる・・・
有意義なことをしようとしていても、徒労に終わっているかも知っれないし、何かやろうとして失敗して借金したってそれは別にたいしたことじゃないかもしれない。。。とにかく、一生懸命無理して頑張る必要はないのだ。人気ブログランキングへにほんブログ村にほんブ
何をすればいいかは、その時の状況や環境に左右される。例えば、愛する家族がいるならなるべく自分がしっかり健康で長生きするよう頑張るのがいいだろう。逆に、孤独な人生なら、早めに死ねるように暴飲暴食して生活習慣病になったほうが良いかもしれない。何かをしている途
世の中には頭の回転が速く話題が豊富でひっきりなしにおしゃべりしている人が少なくない。もちろん、そういう人も、無口な人と一緒にいるときや、葬式の場面などでは、おとなしくしている。まるで、話し始めて、エンジンがかかり、おしゃべりのスイッチが入るのは、お酒を飲
嬉しいことも喜びは少なく憤るべきことかいなかも考えずに無関心になり悲しい出来事にも涙は見せず楽しいことにもクールにふるまう一番大事なのは、悲しさや憤りに左右されない事か・・・
世の中の運不運に動じることなくいつも感情を一定にし物事に左右されることなく心を振り回されずにしていたい。しかし、過去の辛かった出来事を懐かしく思い出しながら感慨にふけるのはやはりだめなのだろうか?
皆働くのは嫌に決まっていてそんな仕事をどうせなら楽しくやろうとしてるだけ。人生も同じ。皆生きるのは嫌に決まっていてそんな人生をどうせなら楽しく生きていこうとするのが世の多くの人の考えだ。どうせやるなら楽しんだ方がいいだろうと考えるのは、いかがなものだろう
人生の意味は、いろんな体験をしながらいろいろ悩み考え思い煩うことにあるのではないだろうか?人生の意味を考えるのもその一つだろうけれど、人生の意味そのものを考える時間がなくても、人生の現実的ないろいろな諸問題を考えることも大いに意味があると思う。ただし、最
何のために?『1さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。 2弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」 3イエスはお答えになった。「本人が
今生きている人で悩みのない人は、無意識的に、ただ何となく生きているのだろうか?死ぬ理由がないから生きているだけなのだろうか?毎日のルーティーンを脊髄反射的に淡々とこなし、考えることもなく生活。意識はほとんどない。人は何かで悩み始めると途端に意識が大きく出
自分自身を自覚する存在としての「意識」はいつも自分の脳にまとわりつく。。。寝ている時、寝入っている時、夢を見ている時、、、全身麻酔の手術を受けている時、一体どこにいってしまっているというのだろうか?意識は連続性を持つというけれど、空白の期間があったりもす
AbemaTVで麻雀のMリーグ戦を見ていると、実力よりも運が半分以上を支配しているゲームの大会で一生懸命深刻に考え込んで一喜一憂している打ち手達に、呆れてしまう…佐々木寿人のように考えても仕方ないことは考えるだけ無駄と割り切って、さっさと手際よく打ち進めている方