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小谷の250字 http://blog.livedoor.jp/kotani_plus/

政治経済から芸能スポーツまで、物書き小谷隆が独自の視点で10年以上も綴ってきた250字コラム。

圧倒的与党支持で愛国主義者。巨悪と非常識は許さない。人間が人間らしく生きるための知恵と勇気、そしてほっこりするようなウィットを描くコラム。2000年11月から1日も休まず連載。

小谷隆
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住所
江戸川区
出身
豊橋市
ブログ村参加

2014/11/24

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  • ハル(213)

    「私さあ、ピルやめたんだよね」 夜の営みの最中にユキヨはそんなことを言い出した。「でも、ゴムしてるから」と僕は言った。「大丈夫」「大丈夫じゃいやなの」 そう言ってユキヨは僕の背中に手を回して自分に引き寄せた。「妊娠したい」と彼女は真面目な顔をして言っ

  • ハル(212)

    我々は同じアパートの住人やご近所からは仲良しの夫婦に見えたらしく、僕は「旦那さん」、ユキヨは「奥さん」と自然に呼ばれるようになった。「お子さんまだなの?」と訊く主婦もいた。「旦那さんも頑張らないと。女房にばっか働かせてぷらぷらしてちゃだめよ」「家で仕

  • ハル(211)

    それから僕はユキヨとともに苫小牧で冬を越した。彼女が夜の仕事で稼いでいた分は僕が補充した。「お金持ちなんだね」お金を渡すたびにユキヨは言った。「そうでなかったら犯罪者だわ」 思ったことをぜんぶ口に出してしまうのも良し悪しではあるけれど、おかげで彼女は

  • ハル(210)

    「ていうか」とユキヨは仰向けになって暗い天井を眺めながら言った。「このさい結婚しちゃうとか?」「さすがにそれはな」と僕は言った。「まだ旅の途中だからね」「まだどこか行きたいの?」「行きたいというか」と僕は口ごもった。「居場所がないんだ。実家はあるけど今

  • ハル(209)

    「ねえ、もしかして私のこと大事にしてくれてるの?」「もちろん大事にしてる」「嬉しい! けど、私は何番目に大事な女?」と訊いてからユキヨはハッとして物言いを変えた。「ごめん。つまんないこと訊いたね」「今は君しかいないから」「私しかいない? まじで?」「

  • ハル(208)

    寒冷地特有の二重窓を閉め切ってしまえば電車の音も踏切の音も聞こえない。ユキヨの出勤がない日の夜の営みはいつも絶望的な静寂に包まれていた。「あなたは着けなくていいよ」と肌を合わせながらあるときユキヨは言った。「お客には漬けさせてるけど、こういう仕事してる

  • ハル(207)

    苫小牧といえば工業都市ではあるけれど、ユキヨのアパートがある海に近い街はとても寂れた印象だった。なだらかな傾斜の土地にポツポツと街並みが続き、その先は森になって遠くの樽前山に連なっている。至る所でキタキツネが野良犬のようにうろついているのを見た。 海岸

  • ハル(206)

    「そんな君がどうして苫小牧に?」 流れからしてここにはさむべき質問を僕はインタビュアーのように投げかけた。「男と駆け落ちしてきたのよ」とユキヨは鍋の味見をしながら言った。「その人もテレクラで知り合ったんだけどね」 一度だけ勢いで寝たその相手が故郷の苫小

  • ハル(205)

    驚いたことにユキヨは東京の生まれだった。葛飾区で生まれ、江東区で育ち、名の知れた短大も出て、3年間は都銀の支店に勤めていたという。 仕事のストレスから夜な夜なテレクラに電話をするようになり、そこで知り合った相手と男女の仲になった。男に貢いで作った借金を

  • ハル(204)

    「一緒にいてあげる」 ユキヨはそう言って、半ば強引に僕をホテルから引きずり出すように車で彼女の家に連れていった。家はコールガールの胴元がある札幌ではなく苫小牧にあって、比較的新しい1DKの小綺麗なアパートだった。「ここだったら宿泊費もかからないわ」とユキ

  • ハル(203)

    軽井沢を離れて1年半も経っていた。5人で暮らした家に独りで住むのは寂しかったし、そもそも義父との繋がりもなくなれば僕が会社にいる意味もなくなった。 社長の座はマキの妹の夫に譲り、僕は潔く家を出た。皮肉なことに、事故の賠償金で僕は一生働かなくても暮らせる

  • ハル(202)

    ひとしきり泣いたあと、僕はシャワーを浴びた。それからベッドに戻って、横たわる彼女のバスローブを剥ぐと、貪るようにその豊満な肢体を抱いた。そして倒れるように眠りについた。 夢を見た。僕はマキや子供たちと食卓を囲んでいた。そこに真実も、ミチコさんも、ミカも

  • ハル(201)

    僕はそこに滞在している間におそらく20人ぐらいの女性を呼んだけれど、誰とも交わることはなかった。ただ同じベッドで添い寝してもらっただけだった。 どの女性もどこか訝しがるような態度でほとんどは背を向けて寝ていたけれど、彼女だけは僕に向き合って、「あなたの

  • ハル(200)

    彼女はベッドの上でストレッチをしたり、時おり僕に顔を寄せてみたり、起き上がって冷蔵庫のビールを飲んだりしながら、白々と外が明るくなるまで僕の話を聴いてくれた。「泣けるよ、まじで」と窓際の彼女は涙声で言った。「なんであなたは泣かないの? やっぱり作り話な

  • ハル(199)

    いろんなことがありすぎて、そのときの僕は人に話さないと頭の中を整理できなかった。けれど見知った人にはおいそれと語れない話だ。源氏名しか知らないような相手だからこそ話せたのだと思う。 僕は彼女と肌を合わせることもなく、ただ寝物語にこれまでの来し方を彼女に

  • ハル(198)

    「その話、もし作り話だとしても泣けるよ」と彼女は言った。「作り話だろうけど」 歳は30前後だろうか。彼女はふくよかな肢体をバスローブに包み、窓際で煙草を燻らせていた。窓の外には寂寥感しかもよおさない、周囲に深い雪を湛えた湖が広がっている。その先には真っ

  • ハル(197)

    そしてとうとう、僕の歌が日の目を見るのをマキは見届けることができなかった。 ある年の8月、子供たち3人を車に乗せ、国道18号をマキは佐久から戻るところだった。追分の上り坂をを走っているとき、対抗車線から大型のトレーラーがはみ出してきた。おそらくマキはと

  • ハル(196)

    僕はいっぱしのミュージシャン気取りで余暇を過ごした。何曲も自作の歌が溜まっていった。できるたびにまずマキに聴いてもらった。 マキは優れたリスナーだったと思う。何でも手放しに褒めるようなことはしなかった。よくない曲はよくないとはっきり言ったし、彼女に不評

  • ハル(195)

    バブル崩壊後の商売がうまくいって、会社はどんどん大きくなっていった。義父は会長に退き、僕が社長に昇進した。 長女の誕生を機に僕たちの一家5人は中軽井沢の駅近くにひと回り大きな家を建てて引っ越した。 マキの計らいで、新居には防音のきいたスタジオまがいの

  • ハル(194)

    それからというもの、僕は夕食後の2時間をギターや歌の練習にあてた。といっても、もともとはマキが片付けや子供の世話をしている傍らで、ソファにでんと腰かけてテレビを観るともなしに眺めていた無駄な時間だった。 マキは文句も言わないどころか、時おり僕の部屋に来

  • ハル(193)

    「ありがとう」と涙を流したまま精一杯の笑顔を浮かべてマキは言った。「パパって、もしかして音楽の道に進みたかったんじゃないの?」「昔、ちょっとだけね」と僕は言った。「けど、そんなに甘い世界じゃない」「素人耳だけど、パパの歌、すごくよかった。音痴だとか言っ

  • ハル(192)

    マキは僕がギターケースを持ち帰ってきたのに少し驚いたけれど、特に問いただすわけでもなく、「パパ、ギター弾けるの?」とだけ訊いた。「学生時代に少しだけ」 30を過ぎて趣味ひとつないのも悲しいから、と僕は説明した。「ね、弾いてみて」とマキは言った。 僕

  • ハル(191)

    バブルがはじけて不動産価格が下落していたこともあって、割安な物件はすぐに売れた。あれよあれよと手持ちの弾がはけてしまうとにわかに暇になって、そこで初めてお茶の水の楽器屋に足を運んでみようと思った。 輸入ギター専門の店に行ってみると、折からの円高の恩恵で

  • ハル(190)

    またギターを買うようにとミチコさんがくれたお金は封筒のまま書斎の引き出しにしまったままだった。ちょうど会社は別荘管理に加えて不動産の仲介まで始め、東京にも事務所を構えて精力的に営業するようになっていた頃だった。 すでに上信越道が開通して東京から軽井沢へ

  • ハル(189)

    僕はコウダハルが血の繋がった従姉妹であることも、僕とミチコさんとの間に生まれた真実のこともマキには伝えていなかった。ハルのことは口外するとろくなことがなかったし、真実もすでに他人の家の娘であって、マキに迷惑をかけるこもない。後ろめたい気持ちもあったけれ

  • ハル(188)

    スター。 その言葉でハルはさらに遠くへ行ってしまった気がした。ぽっと出のアイドルではなく、その名の通り天上に輝く星。僕はもうハルを仰いで眺めるしかなかった。 とはいえ僕は僕なりに幸福な家庭を築きつつある。マキは家の中をいつも清潔にしていたし、朝昼晩と

  • ハル(187)

    ハルは離婚から1年で再婚した。相手は美容外科医だった。式も挙げず、都内のマンションで幼い娘ともども暮らしていると報じられた。 ヒット曲はなくても、ハルは様々な歌番組に登場していた。まだ二十代なのに大御所の歌手のような風格すら湛えていた。 僕は軽井沢の

  • ハル(186)

    その中身がお金であることは容易に知れた。「やめてください」と僕は言った。「僕はもう社会人なんですから」「これでギターを買って。少しばかりだからいいものは買えないでしょうけど、手元にギターを置いておいて。そうしたらいつかまたやる気が出るかもしれないから

  • ハル(185)

    「少しでもいいから、続けてみたら? あなたの歌は並大抵じゃないわよ。こう言ったら失礼かもしれないけど、こんな所に埋もれていい人じゃないわ。私はずっとそう思ってきた」 僕には返す言葉がなかった。まさかここで音楽の話が出るとは想像もしていなかった。だいいち、

  • ハル(184)

    ミチコさんとは僕の結婚が決まってからはさすがに肌を合わせることはなくなったけれど、たまにランチをともにした。式には呼べなかったけれど、結婚することは親よりも先に報告していた。「よかったじゃない」とそのときミチコさんは言ってくれた。「社長の後継ぎとはね。

  • ハル(183)

    マキは言葉数こそ少ないけれど聡明な女性だったし、家事も仕事もすべて隙ひとつ見せないほど完璧にこなした。決して美人とはいえないけれど、透明感のある白い肌の持ち主で、それに時おり見せる愛嬌のある笑顔は僕だけでなく周囲の誰をも癒していた。「白雪姫」とあだ名さ

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