瀬戸の夕なぎ
夏の夕方、大阪では風がぴたりと止まって蒸し暑くなる。昼間の熱気も淀んで息苦しく感じる時間帯がある。瀬戸の夕凪やね、と私が言うと、周りのみんなは笑う。大阪人は瀬戸という言葉にあまり馴染んでいない。多くの人は海に無関心で暮らしている。海岸線がほとんど埋め立てられて、海が遠くなったこともあるかもしれない。瀬戸の夕凪という言葉を、私は別府で療養していた学生の頃に知った。療養所は山手の中腹にあって、眼下には別府の市街と別府湾が広がっていた。夜の9時には病室の電気は消される。眠るには早すぎるので、夜の海を出航してゆくフェリーや漁船の灯をぼんやり追いかける。航跡の遥か前方には、四国の佐多岬の灯台の灯が点滅しているのが見える。闇の中に無数の灯を浮かべる海は、昼間よりも豊かであり、そこから瀬戸の海がひろがっているのだった。...瀬戸の夕なぎ
2024/08/28 11:52