chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
風の記憶 https://blog.goo.ne.jp/yo88yo

風のように吹きすぎてゆく日常を、言葉に残せるものなら残したい…… ささやかな試みの詩集です。

風のyo-yo
フォロー
住所
未設定
出身
未設定
ブログ村参加

2014/10/31

arrow_drop_down
  • 花の名前は

    キハナ(季華)という名の女の子の孫がいる。いつのまにか、女の子とも言えないほど成長してしまったけれど。その命名には、私も関わりがある。四季折々に咲いている花のようにあってほしい、という思いを込めた名前だった。彼女が花のように育っているかどうかは、まだわからない。いつのまにか高校生になったと思ったら、もうすぐ卒業しようとしている。何かをたずねると、「わからへん(わからない)」という答えがかえってくる。それが口癖になっているのかもしれない。本当にわからないのかわかっているのか、よくわからない。「わからへん」と言いながら、何事もすいすいとこなしてしまう。脳天気ともいえるが、善意に解釈すれば、いつも自分でわかっていることよりも、さらに先の未知の部分をみつめているのかもしれない、ともいえる。未知のことは、誰でもわか...花の名前は

  • ひとよ 昼はとほく澄みわたるので

    このところ、芳しい若葉の風に誘われるように、ふっと立原道造の詩の断片が蘇ってくることがあった。背景には浅間山の優しい山の形も浮かんでいる。白い噴煙を浅く帽子のように被った、そんな山を見に行きたくなった。ささやかな地異はそのかたみに灰を降らした……私も灰の降る土地で育った。幾夜も、阿蘇の地鳴りを耳の底に聞きながら眠った。朝、外に出てみると、道路も屋根も草や木々の葉っぱも、夢のあとのように色を失って、あらゆるものが灰色に沈んでいた。だから、静かに灰の降る土地に親しみがあった。林の上には沈黙する活火山がある、そんな風景のなかで詩を書いた詩人に、特別な親近感があった。立原道造は昭和14年3月に、25歳の若さで死んだ。たくさんの美しい詩を残した。道造が生涯を終えた同じ年頃に、私は新しい生活を始めようとしていた。それ...ひとよ昼はとほく澄みわたるので

  • ナオキの相対性理論

    ナオキという、小学4年生の孫がいる。学校での出来事を、よく母親に話すという。その話をまた母親から聞く。なかなか面白い。先日、相対性理論のことを口にしたら、クラスの誰も知らなかったと言う。え?相対性理論?私は耳を疑った。そんなことを知っている小学生がいるのだろうか。もしかして、きみは天才か秀才か。なんでそんな言葉を知っているのかと驚いた。光速や重力?私にとってはまるでチンプンカンプンな話だからだ。話の続きを聞いていると、どうやら彼は相対性理論という言葉を知っているだけのようだった。それも漫画の本で知ったという。相対性理論という言葉の格好よさが気に入って、しっかり言葉だけを自分のものにしてしまったようだ。なにかしら珍しいものが道に落ちていた。それを拾ってポケットに入れた。それの使い道までは考えなかった。そんな...ナオキの相対性理論

  • アカシアの花が咲く頃

    アカシアの雨にうたれて~♪満開のニセアカシアの花の下に立つと、そんな古い歌が聞こえてきそうだ。高い樹の上で白い花をたわわにつけていて、かなり強くて甘い香りをふりまいてくる。歌にうたわれているアカシアも、このニセアカシアらしい。いつ頃から何故、ニセなどという名称が付けられてしまったのか。花にもニセモノやホンモノがあるのだろうか。手持ちの樹木ポケット図鑑をみたら、ハリエンジュという別名も出ていた。小さなポケット図鑑だから、詳しい説明はない。エンジュというのが日本名だとしたら、炎樹とでも表記するのだろうか。空に燃え上がるように咲いている姿は、まさに炎の樹という名前がふさわしい。その派手でおおらかな咲きようは、日本古来の樹というよりは外来樹ではないかとも思われる。須賀敦子の本を読んでいたら、イタリアの風景の中にも...アカシアの花が咲く頃

  • さわらび(早蕨)の道

    宇治は茶の香り。爽やかな五月の風が吹きわたってくると、自然と良い香りのする風の方へ足が向いてしまう。「おつめは?」「宇治の上林でございます」そんな雅な風も耳をくすぐるが、まずは茶よりも腹を満たすことを考える。駅前のコンビニでおにぎりを買い、宇治川の岸辺にすわって食べた。宇治川は水量も多く、流れも速い。「恐ろしい水音を響かせて流れて行く」と、『源氏物語』宇治十帖の中でも書かれている。麗しい浮舟の姫君は、ふたりの男性からの求愛に悩んだすえ、この激流に身を投じようと決意する。からをだにうき世の中にとどめずばいづくをはかと君も恨みんと、彼女は歌を残して消える。せわしなく時を運ぶような川の流れは、この世とあの世との境界にもみえる。その川に架かる橋は、夢の浮橋か。宇治十帖に登場する姫たちは、夢のように儚い。大君・中君...さわらび(早蕨)の道

  • 書を捨てよ、野へ出よう

    ぼくは速さにあこがれる。ウサギは好きだがカメはきらいだ。これは、寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』の書き出しの文章だ。この本が出版されたのは1967年のことで、その頃から日本人はひたすら速さに憧れ、速さを追い求めたようだったが、その後は反動としてのシフトダウン。スローライフの勧めや、ゆとり教育などが提唱される。週休2日や祝日の増加などで、すこしはゆとりある生活リズムを取り戻したかもしれないが、いまも行楽地の混雑や高速道路の渋滞は変わらない。おりしも連休中だが、喧騒の街へ出かけるのはやめて、静かな野へ出てみることにした。近くの公園で、3家族でバーベキューをする。おとなが6人で子どもが4人、少子化、高齢化の時代、いかにも現代を象徴するような野外パーティーの1日となった。かつては、どこへ行っても子どもの方が多...書を捨てよ、野へ出よう

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、風のyo-yoさんをフォローしませんか?

ハンドル名
風のyo-yoさん
ブログタイトル
風の記憶
フォロー
風の記憶

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用