水たまりの中の青空 ~第二部~ (百十五)
結局小夜子は、武蔵の元に身を寄せることにした。悩みに悩んだ小夜子だったが、加藤家での居ずらさは増すばかりだった。あの夜以来、奥方の咳払いが毎夜のように聞こえた。小夜子の空耳かも知れないのだが、どんなに足音を忍ばせても聞こえてしまう。そして咳払いの後には必ずと言っていいほどに、嘆息混じりの小声が聞こえてくる。はっきりとは聞き取れないものの、小夜子への当てつけことばに決まっていると感じられるのだ。英会話の授業に支障を来し始めたことも、小夜子の心を決めさせる一因になった。教室内での会話全てが英語となり、時として疎外感に苛まれてしまう。簡単な挨拶程度は理解できるのだが、日常の事柄を語り合う学友の輪に入れなくなることが多くなってきた。「いかがわしい場所で働いているんですって」。「女給でしょ、いやあねえ」。「お酒の匂いをプ...水たまりの中の青空~第二部~(百十五)
2021/06/30 08:00