船は途中、三島に立ち寄り、三郎が乗る船ともう二艘の船の船人の一部が降りた。三郎が乗る舟の残りは20人ほどとなった。その目的地は皆相模だと関口太兵衛が、上陸して岸壁に集い手を振る船人を眺めていた三郎にぽつ理といった。 伊豆を越えて、相模に...
4 三郎のように、新たな土地を求めて、30人ほどがこの船に乗っていた。同じような船が5艘。移住者は150人はいるということか。 移住者のほとんどは一...
Y市幸田地区に残された姥伝説の裏に隠された真実とは・・・この答えを求めて、物語は進行するのか。内ゲバで殺害された女子学生。現在の物語の進行が予想される。過去の事件とどう絡んでいくのか。 幸田村の草分けの一人、太田三郎を中心に、草創期の幸田...
だれもが不幸を抱えている。希望が見いだされたら・・・。それだけを聞きたくて集まっている。 どの者たちも弁士の話に心が動いていた。 夏の暑い日だった。人々の汗と熱気が重なり異様な空気があたりに充満していた。三郎の心も高揚した。 巨大地震...
戦国時代の記述が続きますが、つまらなくありませんか。内ゲバ事件はどうなってるのか、村の亡霊女の話は・・・。気になりますか。気になるところです。
母の下半身は潰れた屋根や瓦礫に埋もれていたが、上半身は瓦礫の隙間から見ることができた。 母の頭から大量の血が吹きだしていた。 近くに血に塗れた大きな石があった。前年の台風の際に、屋根に乗せられた木皮が風で飛ばないよう二人で積んだ大石だ...
今も父と二人の兄の死体は見つかっていない。だから、本当は死んだのかどうかもわからない。近くの岩場に行ったのだと思うが、どこに行ったのかもわからなかったから、探しようも無かった。帰ってこないから、死んだとしか考えられないのだ。 母は気丈だ...
三郎は、一度目の地震の際、津波で父と2人の兄を失った。あの日のことを三郎は今も鮮明に覚えている。 父と兄たちは日が上がる前から磯釣りに出かける準備をしていた。 父と釣りにでかけるのは久しぶりだったから、兄たちは朝から陽気だった。三郎は...
三郎は、一度目の地震の際、津波で父と2人の兄を失った。あの日のことを三郎は今も鮮明に覚えている。 父と兄たちは日が上がる前から磯釣りに出かける準備をしていた。 父と釣りにでかけるのは久しぶりだったから、兄たちは朝から陽気だった。三郎は...
更に太兵衛の熱弁は続いた。 「伊勢殿は伊豆から相模に進出したばかり。相模の民は今、様子を見ている。殿は民の心を掴むことに腐心している。新たに獲得した未開拓地を殿の家来が開発する、その地の農民が見捨てた土地、そこを開発する、そして成功すれば...
3 後に幸田村と名付けられたこの村は太古の昔から、人が住んでは去り、住んでは去りを繰り返した。東西を分断する、村のほぼ中央を流れる幸田川がたびたび氾濫するからだ。 その廃墟の村に、再び人が移...
2 「内ゲバか?バールで殴打 世田谷 女子大生死亡」 六日未明、東京都世田谷区代沢二丁目の丸山アパート1階1号室に住む、T大生佐宗千佳子さん(24歳)が、頭部をバールで...
概略はこうだ。 亡霊となった女の夫は修験者だった。 夫は家を空けることが大半で、常に諸方を歩き回り、ついには家に帰らなくなった。女は夫を諦めきれず、探しめぐった末に、悲しみのあまり発狂した。そして、村民に危害を加え始めた。困り果てた村...
小説に対する意見をお聞きしたいです。連載みたいに少しずつ掲載します。 1 鷹狩りに向かう途中か、その帰りだったのだろう。 中原街道を西へと向かう途上、滝山街道と交差する辺りで、家康は、この...
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