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プロフィール
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ブログタイトル
晴耕雨読
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/miki701_1941
ブログ紹介文
郊外の畑で野菜づくり。読書にコボを試し、週末には仲間と登山。気に入った風景をカメラに収める日々。
更新頻度(1年)

332回 / 365日(平均6.4回/週)

ブログ村参加:2013/02/21

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みきちゃんさん
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晴耕雨読

みきちゃんさんの新着記事

1件〜30件

  • 珍味

    山登りのもう一つの楽しみは、その土地の美味しいもの、珍味に出会うことだ。この旅の、燧ケ岳の山行で、桧枝岐のひのき屋という民宿に泊まった。コロナ禍ということもあり、この日の宿泊は我チーム11名のみ、貸し切りの状態であった。11名に提供された部屋は四つ。男性は8畳に2名づつという広々感である。玄関先では体温測定、浴場でも体温測定。玄関先にも部屋にも手指消毒アルコールが置かれ、寝具も清潔感があり感染対策は万全であった。桧枝岐は今でこそ、車を走らせれば有料道路を通り4時間ほどで着くが、かっては人跡未踏の秘境であった。「日本一の山奥の部落。隣村まで3里、郵便局まで5里、汽車に乗るまでは二日がかりで歩く」という言葉でその秘境ぶりが語られていた。その民宿だから、土地で採れる食べ物は、無論美味しいがどれもが初めて口にする食べ物...珍味

  • 燧ケ岳

    先週末、一泊二日の日程で燧ケ岳に登った。前日に桧枝岐の民宿に泊まり、東北の最高峰燧ケ岳・俎嵓を目指す。民宿はひのき屋、代表は平野チサエさんである。この名で思い出すのは、平野長蔵翁である。尾瀬の開発と自然の保護に生涯を捧げた尾瀬の恩人である。今も翁が始めた長蔵小屋が尾瀬沼の畔にある。長蔵が初めて俎嵓に登ったのは、明治22年の8月のことである。この年長蔵は20歳であった。この景観に感動して、翌月には石碑を建て、後年に最初の長蔵小屋を始めて、登山道の整備や遠来の客の案内も行った。小屋の炉端で、客と話すのが大好きであった。そこで生い立ちを語り、淡水魚の養殖や植物愛護の話、また政治や時局、尾瀬の発電所などについて熱く語った。次第に有名人となっていく長蔵は村民の嫉妬の的でもあった。自ら尾瀬沼山人と号したが、山人の行動を私利...燧ケ岳

  • 糸瓜忌

    明治35年9月19日、闘病中の正岡子規が亡くなった。享年36歳であった。患っていたのはカリエス、当時にあっては不治の病であった。死の前日、子規は「痰一斗糸瓜の水も間に合わず」という句を詠んでいる。糸瓜の水は、痰切りの薬として、子規は死の間際まで使っていた。糸瓜の蔓を切り、根の方を瓶に入れて吊るしておくと水が貯まる。その水を、咳が出るときや痰が詰まったとき飲むと効果があった。子規の忌日が、糸瓜忌と呼ばれる由縁である。子規の闘病のすざましさは、『病床六尺』に見ることができる。苦しみの様子を連載にして新聞に載せた。その精神の強さには、頭を下げるほかないが、なかに病床で見た夢が記されている。「昨夜の夢に動物ばかリが沢山遊んでいる処に来た。其動物の中にもう死期が近づいたがころげまわって煩悶して居る奴がある。すると一匹の親...糸瓜忌

  • 萩は秋の七草で、第一に挙げられる。日本に自生した山萩は、万葉の時代から愛されてきた花だ。長井市には萩公園があって、今頃は萩の花の見ごろのはずだ。春の新緑、花の終わった紅葉も見ものらしい。散歩道で、小さな萩の木を見るたびに、長井の萩公園に行ってみたいと思う。枕草子67段に、「萩、いと色ふかう、枝たおやかに咲きたるが、朝露にぬれてなよなよとひろごりふしたる、さ牡鹿のわきて立ち馴らすらんも、心ことなり。」と書いているように、萩の花をつけた枝は朝露の少しばかりの重さにも耐えられず、枝を地面につけるように伏せてしまう。そこへ牡鹿が分け入ると、露が払われてもとのように立つ。こんな繊細な花が、万葉や平安の貴族たち好まれた。たおやかな女性の姿を、花の姿のなかに見ていたのかも知れない。朝夕の気温も下がって、戸外を散策するのも気持...萩

  • サボテン

    わが家にサボテンが来て40年近くになる。冬に陽だまりの窓の内に入れるほかは、ベランダの雨のたるところ置くだけで、枯れることもなく生き続ける。太陽をいっぱいに浴びて、たまに降る雨を多肉質の身体に蓄えて、一年にほんの少し成長するだけが、いつまでも元気な姿を見せてくれる。棘は葉の変形したもので、先端の白い部分はやわらかいように見えるが、どうしてどうして触るとしっかりとした棘である。人工の肥料や如雨露の水など一切必要とせず、最小の鉢と少量の土のみでしっかり生きていく。こんな生きざまに自分もあやかりたいものだ。サボテンの花は美しい。こんな小さな身体から、びっくりするような大きな花を咲かせる。花茎は10㌢以上に伸び、蕾がピンク色をおびて次第に膨らんくる。もうそろそろと思う頃、玄関先に取り込んで花を楽しむ準備をしていたところ...サボテン

  • マイナポイント

    買い物でスマホ決済が多くなった。5%のポイント還元で、クレジットカードもよく利用するようになった。財布に入った小銭で支払うと、請求額に合せて小銭を出すのに結構と時間がかかる。コロナの感染防止の上でも、電子決済は有効であるような気がする。今月からマイナンバーカードの利用すると、マイナポイントの付与が始められた。このカードに電子決済を登録すると、最大5,000ポイントが付与される。折角の国の方針のため、カードを発給を受けてポイントの申込みした。スマホで申し込めるとばかり思っていたが、自分が使用しているスマホではマイナポイントアプリがダウンロードできない。スマホの代わりに利用したのが、コンビニにあるセブン銀行を利用。なれない機械操作は高齢者には、なかなか難しい。決済サービスIDを聞いてくるが、これがアプリのどこを開け...マイナポイント

  • 秋雨

    秋雨。しとしとと降り、風は肌寒いほどだ。この間までのあの暑い9月は何だったのだろうか。テレビからは暖房用の霧ヶ峰のCMが流れてくる。台風が去って季節が新しい舞台に立った。雨の日には、特別なシャッターチャンスがある。シオンの花びらの上にたまった雨の雫。花は秋雨の雫を受けて元気そうな様子だ。雨降りはいやだな、という気持ちはいつもあるが、外に出るとこんなにもやさしい光景が迎えてくれる。紫苑は大学の女子寮の名にもなった。やさしい花かと思ったが、別名「鬼の醜草」とも言われる。茎は強直、葉はガサガサ。花の色だけが、秋を思わせる。可憐な野菊にはとても比べられない。どんな発想で、この花を女子寮の名にしたのか、不思議な気がする。良寛が台風の時に詠んだ長歌がある。その冒頭に秋の草々が出て来る。わが宿の垣根に植えし秋萩やひともと薄お...秋雨

  • 秋桜

    朝夕の気温が下がるにしたがって、コスモスの花が増え、色が美しさを増す。コスモスも日本古来の植物ではなく、帰化植物とのことだが、これほど日本中津々浦々どこでも見られれる花は珍しい。日本に帰化して、古来の種をおしやってはびこる草花や、水生動物も珍しくないが、コスモスほど日本の風景に馴染んで違和感を覚えない植物も珍しい。スキー場の斜面に植えられたコスモス、学校の花畑、田の畔、電車の駅の片隅、そして庭の方すみで、風に吹かれて咲く姿は、日本の秋を彩る代表的な花といってもいいだろう。コスモスの風ある日かな咲き殖ゆる杉田久女大正から昭和のはじめにかけて、モダンな花として親しまれてきた。それだけに、この花を見ながら、青春や生い立ちを回想する場面も多い。山口百恵の「秋桜」がヒットしたのも、そんな日本人の心の琴線ふれるものがあった...秋桜

  • 蜻蛉

    今日は台風の余波で、大気が不安定になり、あちこちで雷雨となっている。ところによって100ミリを超える大雨が降った地域もある。予定した山行も、中止となった。風の吹く里山の道を散歩する。山では、トンボが湧き出るように飛んでいるが、平地でもたくさん見られるようになった。花を撮っているカメラに止まるのもいて、意外にのんびりとした行動をとる。とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな中村汀女今年の9月はずっと気温が高く、生りが思わしくなかったが、ここに来て秋茄子が採れるようになった。朝夕に気温が下がってくると、茄子の身がしまっておいしくなる。「秋茄子は嫁に食わすな」という言葉もあるように、味を熟知している姑が、半人前の嫁に食わせてなるものか、という嫁いびりの感情が込められている。茄子に限らず、秋サバや秋蕗も嫁に食わすな、という言葉...蜻蛉

  • 夏藤

    散歩道に見た覚えのある花。蔓の先に花を上向かせて咲いていた。夕暮れの光りのなかで、ほんのりとピンクが白い花のなかに交じっている。グーグルレンズで検索してみると、夏藤と出てきた。実がしだいに多くなっていくなかで、この季節に咲く花は貴重だ。散歩の時間を豊かに、楽しくしてくれる。昨夜雨。日照りが続いた畑には恵みの雨だ。ようやく生り始めた秋ナスと最後のモロヘイヤを収穫して、千葉の娘に送る。娘たちが喜ぶ姿を力にして続けてきた野菜づくりだが、もう最後に近づいてくると、寂しい気がしてくる。秋茄子をうましと噛みぬ老いたりや中山一庭人朝夕の気温が下がった。開けたベランダから入ってくる風は冷たい。昨日まで暑くて、身の置き所もない日々は、過ぎるともう記憶の底に沈んでいく。朝、味噌汁に落とした3粒の銀杏、食後に食べる完熟したキューイフ...夏藤

  • 人生相談

    ラジオにテレフォン人生相談という番組がある。仕事で車に乗って出かけているとき、11時になると流れてくるこの番組を聞くのが好きで、面白いと道路脇に駐車して聞いたこともある。この番組のパーソナリティーは心理学者の加藤諦三教授で、この人の話が面白かった。氏には『アメリカインディアンの教え』という著書もあり、素朴に生きるインディアンの生きかたを述べて、相談者を力づけていたような記憶がある。相談者は、生きる上での弱点を放送のなかで晒すので、見えない人の内面を覗くのが面白いという、あまり人に誇れないことのうような気もしないではない。今般、総裁候補に名のり出た菅義偉氏の人生相談が話題になっている。菅氏は新聞の人生相談を、自分の仕事の一部のように読んでいたという。国民の悩みはどこにあるかを知りたい、というのが動機らしい。何か、...人生相談

  • 目覚め

    今朝、5時に目が覚めた。窓の外は、朝の光が空を薄紅色に染めている。この光景をカメラに収めたかったので、ドアを開けて通路に出た。隣室の奥さんが、廊下の窓を開けるために出てきていた。両家ともここに長く住んでいるが、こんな時間に顔を合わせるのは初めてである。「朝焼けがきれいなので、写真を撮りたくて」と話すと、「朝から暑いので、窓を開けに」と会話にならないような話をした。同じ景色を見ているのだが、どう感じるかは人それぞれだ。私の脳裏には、ギッシングのこんな言葉が、朝のイメージができあがっている。「かつてないほどのすがすがしい、柔かい空が輝いている。窓は開け放たれ、庭の木の葉や花の上に太陽に光りが明るく輝いているのが見える。私のためにうたってくれている小鳥の声もいつものように聞こえる。時折り、軒端に巣をつくっている岩燕ツ...目覚め

  • 雲の表情

    遠い九州の西側の海を台風が大きなつめ跡を残して抜けていった。本体はもう朝鮮半島にあるのだが、そこへ向かった吹くのか、結構強めの風がこの地でも吹いている。空を見上げると、何事もなかったように白い横雲が、山を離れて浮かんでいる。人はこんな景色を見て何を思うのであろうか。今まで経験したことのないような、強風、大雨、高潮が強調されていただけに、被害が比較的少なく済んで、ほっとした印象がある。雲に何かしらの安らぎを感じる。但し、青空のなかの直射日光は、9月になったのに、真夏と変わらぬ強さだ。折しも、紫外線が新型コロナを不活性化する、という研究が発表された。台風一過の晴れが、地球上に蔓延しているコロナウィルスを消滅してくれるとありがたいのだが。春の夜の夢の浮橋とだえして峰にわかるる横雲のそら藤原定家新古今和歌種の選者となっ...雲の表情

  • 生きる

    昨日、台風が来る前の沖縄の海がテレビに映されていた。穏やかな海である。人々の生をやさしく包みこむような穏やかさ。この十数時間後には、今までに経験したことのないような強風が吹き、目を開けていられないような雨が降る。誰もが安心できるような人の生を保証するものはもはやない。危険を避けて、安全を図る以外に方法はない。今年は、新型コロナな世界的な感染拡大、大雨による洪水などで、人々の生は、はかないものであることを思い知らされた。我々の生きるよすがは、シェイクスピアのこんな言葉だ。このわれわれの生活は、人々の訪れることもなく、木々に言葉を、流れる小川に書物を見出し、石に説教を聞き、あらゆるものに善を見出す。(シェイクスピア『お気に召すまま』2幕1場)弟に位を奪われて、アーデンの森に追放された大公は、その森のなかで生きる意味...生きる

  • ブログの過去記事

    ブログを始めて8年半になる。投稿した記事の数も2863件となっている。この辺まで長くなると、過去にどんなことを書いたかもほとんど忘れている。自分が興味を持っている分野は狭いので、重複した記事も多々あるのは気づいている。アクセス解析で読者が読んだ記事がアクセス数を付して表示される。先日、5年ほど前の「散歩の途中で」という記事が表示されていたので読んでみた。散歩コースは現在とさほど変わっていないが、千歳山に行くのも、畑仕事に行くのも自転車を使っている。記憶をたどれば、自転車を使ったのは、そんな長いことではない。しかし、山の麓までなら5キロはあるだろう。そんな元気が、時間の経過とともに意識することもなく、いつの間にかなくなっている。魯迅にこんな言葉がある。「思い出というものは、人を楽しませるものではあるが、時には人を...ブログの過去記事

  • 夏野菜

    季節の移ろいとともに、夏野菜も終わりを迎えようとしている。暑い夏であったが、朝どりの野菜のおかげで、この夏を乗り越えられたと言っていい。後は秋に採れるナスとオクラが残るのみだ。今年で野菜を作るのも卒業と決めているから、野菜への感謝の念があらためて強くなる。娘に送る回数も、今年から少なくなってしまった。ではこのブログのタイトルも、「晴耕雨読」ではいけないことになる。ブログを書くのは習慣になってしまったから、新しい年からは名称を変えて継続したい。ブログの卒業については、もう少し身体の老化と相談しながら決めていきたい。秋の田園詩人の百舌鳥が高い栗の梢から声高々と鳴きちぎる。栗が笑む。豆の葉が黄ばむ。(徳富蘆花『みみずのたはこと』)徳富蘆花が世田谷の粕谷に転居し、半農生活に入ったのは明治40年、蘆花38歳の時であった。...夏野菜

  • シュウメイギク

    ご近所の家の庭にシュウメイギクがある。一週間ほど前から咲きはじめた。この花が好きで、今日はどんな具合に咲いているか気になった、散歩の足がこの家の方角に向かう。折しも、訃報が続いて入ってきた。葬儀に参列することなどできない人であるが、花が咲いた日にこんな話を聞くのは淋しさが一入である。ついこんな句が頭に浮かぶ。年年歳歳花相似たり歳歳年年人同じからず再び、レイモンド・カーヴァーの短編、『二十二歳の父の肖像』。実はレイモンド・カーヴァーは父の名で、作家は正式にはレイモンド・カーヴァージュニアである。父の想い出が語られる小説だが、作家の死別のシーンはこの短編に、千金の重みを与えている。葬儀を終えて、参列者から「とても哀しいよ」と声をかけられる。「父の死を知らされてからはじめて私は泣いた。その前には泣くことができなかった...シュウメイギク

  • 2020/09/03

    二百十日-晴耕雨読立春から数えて二百十日、9月1日にあたる。稲は田植えの関係もあったのか、この頃に花を咲かせた。田を見るとこの地方では、今では花は終わり、実が入って米ができつつある。しかし昔は、米の花の季節と、台風の季節が重なる。ここで大風が吹いては、米の受粉もうまくいかない。そこで、農民たちは祈るような気持ちで、稲の花が終わるまで無事に過ぎることを願った。枝少し鳴らして二百十日かな尾崎紅葉紅葉の句は、農民のそんな気持ちを斟酌して詠んだものだ。台風9号は沖縄から九州をかすめ、朝鮮半島へと向かっている。今朝は、朝から日が出て、蝉しぐれとなった。太平洋高気圧が優勢であれば蝉、大陸からの高気圧が優勢になれば草むらで虫の音が高くなる。夏の蝉と秋の虫が二百十日にせめぎあう。ところで昨日書いたレイモンド・カーヴァー。彼は詩...2020/09/03

  • 二百十日

    立春から数えて二百十日、9月1日にあたる。稲は田植えの関係もあったのか、この頃に花を咲かせた。田を見るとこの地方では、今では花は終わり、実が入って米ができつつある。しかし昔は、米の花の季節と、台風の季節が重なる。ここで大風が吹いては、米の受粉もうまくいかない。そこで、農民たちは祈るような気持ちで、稲の花が終わるまで無事に過ぎることを願った。枝少し鳴らして二百十日かな尾崎紅葉紅葉の句は、農民のそんな気持ちを斟酌して詠んだものだ。台風9号は沖縄から九州をかすめ、朝鮮半島へと向かっている。今朝は、朝から日が出て、蝉しぐれとなった。太平洋高気圧が優勢であれば蝉、大陸からの高気圧が優勢になれば草むらで虫の音が高くなる。夏の蝉と秋の虫が二百十日にせめぎあう。ところで昨日書いたレイモンド・カーヴァー。彼は詩人でもある。「夜に...二百十日

  • 九月

    月が変わると、気分も一新する。耐えられない暑さから、この二日ほど抜け出た感じがする。折から台風が、連続して朝鮮半島方面へ。台風は新しい季節の使者なのか、九月の声を聞いて、やはり秋の到来を実感する。アメリカでは、大統領選挙が本格化し、日本では首相辞任で、新しいリーダー選びが始まった。アメリカオレゴン州ポートランドで、人種差別撤廃デモの激化が報じられている。この騒動のなか発泡事件で白人1名がの死亡。いつになったら、この社会の差別問題は解決するのか。今日、知人の二つの訃報に接した。同じ場所で生をともにした知人たちが、また一人、二人と去っていく。オリオンを九月の深夜見るかなしさ相馬遷子人生には不思議な邂逅がある。キーワードはオレゴン州ポートランド。行ったことも見たこともないアメリカ西海岸の街だ。先月の末から、新聞やテレ...九月

  • アケビ

    早朝や夕暮れに近所を歩いていると、虫の音がひときわ大きくなった。今日は薄曇りで、猛暑がやっと一段落した。あちこちで、アケビやイチジクなど秋の実が目立ち始めた。こんな光景からも季節の移変わりを感じる。アケビを知ったのは、子どもたちが小学校へ通っていたころだ。山の麓の小学校であったので山中の集落から来ていた子もいた。秋も深まるころ、学校帰りにその子に誘われて遊びに行ったらしい。お土産に紫に色づいて口のあいたアケビをたくさん貰ってきた。子どもたちは、中の柔らかい実を、甘い、甘いと言いながら食べ、種を窓の外へ吐き出した。翌年になると、種から芽がでてアケビの蔓がたくさんでてきた。窓の外に、細木を立てると、蔓は勢いよく伸び、日よけになるほどになった。毎年、蔓は大きくなり、春先、芽を摘んでよ出ると、ほろ苦い木の芽のおひたしが...アケビ

  • 屏風岳

    続く猛暑のなかで、高山は別世界。標高が100m高くなると気温は0.6℃下がる。標高が1800mであれば地上の気温よりおよそ11℃低くなる。9時30分の地上気温が31.5℃、その時刻には屏風岳の頂上にいたので20.5℃という計算になる。しかも、ガスが出て、ミストを浴びたような状態であった。猛暑を避けるのに、運動をしながら、こんなにもいい方法が他にあるだろうか。(続く)屏風岳

  • 過ぎゆくもの

    高齢になった妻のもとに一通の知らせが来た。運転免許の更新のための講習会の知らせである。免許を返上するときが迫っている。「どうしようか?」と相談顔で聞いてきた。更新の知らせは、すぐに自分のところにも来る。もう一回だけ自分は更新するつもりだから、足は確保できる。「ここで返上してもいいのでは」と答えた。自動車を持たない生活が数年後にはやってくる。それからの生きかたを考えていかなければ。何か、話がしんみりとして来る。沼津に住んでいる兄が、数年前に免許を返上した。兄は、「忠告だけどね。免許は運転できる内は返上しない方がいいよ。車のない生活は、とたんに行動範囲が狭くなって淋しくなる。」そんな言葉をかけて、その後、電話も間遠になった。この秋、孫の結婚式がある。千葉での挙式のため、車を使うことを考えている。孫が生まれてから、高...過ぎゆくもの

  • 葛の花

    散歩道に葛の花が咲きはじめてから旬日が経つ。この花が晩夏に咲きはじめて初秋まで咲くことはすでに知られている。山上憶良は秋の七草を歌にして、「萩の花、尾花、葛花、撫子の花・・・」と葛を七草に数えている。葛は川沿いの至るところによく繁り、その生命力の強さを示しているが、この季節になると赤紫の花を咲かせる。あまりに繁茂力が強いので、絡まれた木々が本体が隠れるほどの大きな葉を開く。この繁茂する力に着目して、砂漠の緑化がを目指す試みが行われたこともある。人の身にかつと日当る葛の花飯島晴子葛を人の暮らしに活用してきた歴史は長い。地中深く張る根から澱粉が採れる。カタクリに根からも澱粉をとるが、同じような手法と思われる。先ず根は、30年ほど経た古い根が使用される。この根を砕いて何度の何度も水に晒し、澱粉だけを抽出する。これを乾...葛の花

  • 秋の風

    残暑は厳しいが、朝方は風が凛として、秋を思わせる。散歩の途次のコスモスは、こんな寒暖のなかで咲く本数を増やしていく。元禄2年の7月、芭蕉の奥の細道の旅は、金沢に至っている。この年の夏の暑さも、ことのほか厳しかったようだ。酒田から北陸への道中は、暑さに耐える旅であったとも言えそうだ。あかあかと日は難面(つれなく)も秋の風芭蕉はこの句に前書きして「北海の磯づたひ、まさごはこがれて火のごとく、水は涌いて湯よりもあつし。旅懐心をいたましむ。秋の空いくかに成ぬともおぼえず」この旅の暑さは、今年の夏の終りに似ている気がする。金沢で芭蕉を出迎えた門人の人たちの顔にも、残暑にやつれがあらわれていた。同じやつれで弱っていた芭蕉が、この挨拶の句で、やっと秋風が吹くと見舞ったと考えられる。秋の風

  • 地蔵盆

    昨日、処暑。暑さがおさまっていく季節らしいが、日中の気温は35℃を前後する毎日だ。朝、晩には虫の音が聞こえ、心なし秋の気配を感じてはいるが、この日中の暑さには、閉口してしまう。今日は、地蔵さんの縁日。地蔵盆である。村はずれにあるお地蔵さんに、お菓子や花をお供えする風習があったらしいが、この日が来てもそんな光景には、とんとお目にかかれない。そう言えば、この春、山の会で肘折温泉の地蔵倉に行った。登山というには、林のなかを少々歩く程度であったが、急峻な崖道の岩の窪みに地蔵さんが置かれていた。確か、六体あったような気がする。狂言にも「六地蔵」というのがあって、六種類の地蔵さんが、苦しんでいる子どもや村人のために、それぞれの力を発揮して助けてくれる。地獄道の檀陀、餓鬼道の宝珠、畜生道の宝印、修羅道の持地、人間道の除蓋障、...地蔵盆

  • 那須岳

    今週の山行は那須岳である。那須岳とは、茶臼岳を指すが、ここを主峰とする朝日岳、三本槍岳などの那須五山の総称でもある。那須と言えば知られているのは那須野である。茶臼岳が噴火したこの火山の裾野に広がる野原には、鹿などの野生の獣が多く生存し、馬を駆って矢で鳥獣を討つ狩りが盛んであった。平家物語に登場する矢の名手、那須与一はこの那須野に生れ、騎射の技術を磨いたと思われる。また九尾伝説も那須を有名にした。鳥羽天皇をたぶらかした玉藻前は、九つの尾を持つ狐の妖怪であった。正体を見破らた玉藻前は、那須高原に逃げて石になった。殺生岩である。この石に近づく生きものは、石の毒にあたって死に絶え、蜂や蝶が、真砂の色も見えぬほどにかさなり死す、とかの芭蕉も「おくの細道」に書き残している。今は使われていないが、那須火山帯という火山の分類も...那須岳

  • 棚田

    山間に広がる棚田の景観は、日本の風景のシンボルであり、その美しが心に響いてくる。先人はこの景観を作り上げるために、またこれを維持するために、どれほどの血と汗の努力を費やしてきたであろうか。想像の範囲を大きく超えている。棚田の上流には、この田を潤すための用水池が設けられ、その管理をめぐる人々の水争いも、数多く言い伝えられている。越後国上山の五合庵に住み、近在を托鉢していた良寛は、通りすがりの山田の風景に触れていた。8月の酷暑の月ともなると、田を守る農夫の姿に、感謝の念を抱かずにはいられなかった。あしびきの山田の爺がひねもすにいゆきかえらひ水運ぶ見ゆ良寛上り下りの大変な山の田圃で働く爺さまのさまが、天秤で水桶を運んで行ったり来たり、一日中干上がった田に水を運んでいる姿がここから見えるよ、というほどの歌意であるが、国...棚田

  • 登山ロス

    熱暑が続き、今日は36℃の今夏最高気温が予想されている。地上から130ⅿほど上に住んでいるので、ほとんどエアコンを使わずに過ごすが、さすがにここ数日エアコンの世話になっている。今日も午後には、エアコンの世話にならざるを得ない。これほどの熱暑続きなのに、山行予定の22日は雨マークがついている。このまま気圧の配置に大きな変化がない限り、土曜の山行は無理と思われる。ここ3週間、登山ロスの生活となる。昨日、久しぶりに千歳山に登った。朝6時ごろ、熱暑を避けの山歩きである。朝、半袖と半ズボンの軽装で、涼しい朝の風を受けて、久ぶりの山歩きが楽しい。朝日のなか、頂上から望む瀧山の姿も新鮮に見える。もう山中に咲く花もほとんど見かけない。ネットにネジバナの写真をみかけたので、どこかに咲いていないか、と目をこらしたが会えずじまい。木...登山ロス

  • 早朝ウォーキング

    悠創の丘には、手入れされた芝生がある。夏の早朝、ここまで来て目が覚めるような思いがする。振り返れば、月山や朝日連峰の眺望もすばらしい。自宅からここまで、ほぼ3㌔弱。スマートウォッチの運動強度は、この日「3」であった。体力の向上に役立つ強度である。思えば、3月から始めた歩く運動は5か月を越えた。コロナの自粛期間に、毎日歩く習慣を手に入れたのは、自分にとって大きな収穫であった。スポーツ科学の宮下先生は、この習慣について語っている。「一口でいえば、足腰の筋肉が強化され、そこへ酸素を送る肺、心臓、血管の機能が改善される。①足の動きがスムーズになる。よろけなくなる。②足腰の筋肉の働きが改善され、心臓が送り出す血液の量が減る。そのため心拍数の減少につながる。③呼吸する量も減る。④同じスピードで歩いても心拍数が上がらず、息も...早朝ウォーキング

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