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駐在員のインド漫録 https://ameblo.jp/bharat2009/

インド長期駐在者によるインドでの生活と各地への旅を写真とエッセイで綴る「インド漫録」。

2002年8月より西インド・グジャラート州バローダにビジネスで駐在しています。知られざるインドを日本の家族・友人・知人に伝えようと、写真エッセイを執筆して発信しています。

住所
相模原市
出身
新宮町
Bharat
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2010/01/25

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  • 第5919篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(61)

    午前10時28分、列車は「ケーテン中央駅」に到着。快晴、気温1度。少し風があってとても寒く感じます。下車した人は私含めて3人。駅舎を出ると長閑な風景が広がって…

  • 第5918篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(60)

    1月18日(日)午前9時39分「ライプツィヒ中央駅」発「ケーテン」方面行特急列車に乗車。ヨハン・セバスチャン・バッハゆかりの地「ケーテン」訪問です。この日、午…

  • 第5917篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(59)

    ヴェルディ自身が最も愛したオペラは『リゴレット』だったと。37歳という若さで作曲した作品。自身16作目の歌劇『リゴレット』はオペラとしての完成度が高く、「ヴェ…

  • 第5916篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(58)

    「マントヴァ公爵」に仕える道化師「リゴレット」は一人娘の「ジルダ」を公爵にもてあそばれ、殺し屋「スパラフチーレ」に公爵の殺害を依頼します。しかし公爵を愛する「…

  • 第5915篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(57)

    午後7時、ジュゼッペ・ヴェルディ(1813年生‐1901年没)作曲・歌劇『リゴレット』開演。短い劇的な前奏曲に導かれて全3幕が進行します。「リゴレット(バリト…

  • 第5914篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(56)

    「ライプツィヒ歌劇場」は1693年に創設されたヨーロッパで最古の劇場です。なのに、写真で見る歴史建造物は第二次世界大戦の大空襲でもろくも破壊。愚かな戦争で文化…

  • 第5913篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(55)

    「ドイツ料理」といえは食材にハム、ソーセージ、ジャガイモ、ザワークラウトが頭に浮かびますが料理名はあまり出てきません。「シュニッツエル」「アイスバイン」くらい…

  • 第5912篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(54)

    お店は「ワインショップ&レストラン」でした。ワイン・セラーにフランス・ワインの5大シャトーである「シャトー・ラフィット・ロートシルト」「シャトー・ムートン・ロ…

  • 第5911篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(53)

    1811年開業といえば、メンデルスゾーン(1809年生‐1847年没)が24歳の1835年、「ライプツィヒ・ゲバントハス管弦楽団」音楽監督に就任した時、このお…

  • 第5910篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(52)

    1月17日(土)午後4時15分、聖トーマス教会での礼拝コンサート「モテット(Motette)」が終わって礼拝堂の外へ出ました。「ライプツィヒ歌劇場」でヴェルデ…

  • 第5909篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(51)

    午後4時15分、コンサートが終わって教会を出るとまだ明るく日が差しています。バッハ像を何枚もカメラに納めました。(続)   

  • 第5908篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(50)

    礼拝堂での合唱、心に響きます。コーラスの合間に牧師が「福音書」を読み上げる。ドイツ語で全く理解できませんが、神聖な行間を感じ取れます。コーラス、パイプオルガン…

  • 第5907篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(49)

    コンサートの表題は「モテット(Motette)」となっています。声楽曲のジャンルの一つで中世からルネッサンスにかけて成立した宗教曲。ドイツのプロテスタント教会…

  • 第5906篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(48)

    快晴で日が明るい内にと、部屋に荷物を置いて街中へ出ました。「ライプツィヒ」の市街はこじんまりしていて、徒歩で動けます。ホテルから15分ほどで「聖トーマス教会」…

  • 第5905篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(47)

    「ライプツィヒ」は「ベルリン」から南西に約150Kmの距離。特急列車で1時間15分です。定刻の到着時刻より約1時間15分遅れて午後2時に「ライプツィヒ中央駅」…

  • 第5904篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(46)

    2026年1月17日(土)、「ベルリン中央駅」午前11時27分発ドイツ国鉄(DB)の特急列車で「ライプツィヒ中央駅」へ向かう予定でした。出発の30分前にホーム…

  • 第5903篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(45)

    このホールをフランチャイズにしているのが「ベルリン・コンチェルトハウス管弦楽団」。私自身、初めて聴く名前のオーケストラです。1925年設立された元東ドイツの「…

  • 第5902篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(44)

    コンサートホール「コンチェルトハウス・ベルリン(Konzerthaus Berlin)」は1821年に建造された歴史ある劇場です。リヒャルト・ワーグナー(18…

  • 第5901篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(43)

    「ベルリン」滞在中、世界のオーケストラの頂点に立つ「ベルリンフィルハーモニー管弦楽団」のコンサートを狙っていましたが、ドイツ人でも簡単に取れないプラチナチケッ…

  • 第5900篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(42)

    少し時間ができたので、「ポツダム」の中心街のレストランで早めの夕食を摂ったあと、「ベルリン」へ戻りました。この日の午後7時から「コンチェルトハウス・ベルリン」…

  • 第5899篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(41)

    「ツエツイーリエンホーフ宮殿も残念ながら改修工事で長期休館となっていました。「ペルガモン博物館」もそうでしたが、ヨーロッパに遺されている歴史建造物は文化遺産と…

  • 第5898篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(40)

    「ツエツイーリエンホーフ宮殿(Schloss Cecilienhof)」で「ポツダム宣言」が行われたのは1945年7月26日のこと。米国、英国、中華民国(今の…

  • 第5897篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(39)

    2026年1月16日(金)、「ベルリン」の郊外、南西30Kmにある「ポツダム」へ出かけたのはプロイセン王国第3代国王「フリードリッヒ2世(フリードリッヒ大王)…

  • 第5896篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(38)

    コンサートが毎晩開かれたという「宮殿」の居間に、チェンバロとその上に「クヴァンツ」製作の「フラウト・トラヴェルソ」が展示されています。2世紀半ほど前に繰り広げ…

  • 第5895篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(37)

    「サンスーシ宮殿」で更に記録しておきたいのは「C.P.Eバッハ」が父「J.S.バッハ」を1747年に「サンスーシ宮殿」に招き、大王がテーマを与えて「J.S.バ…

  • 第5894篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(36)

    「フリードリッヒ大王」が「フラウト・トラヴェルソ」を演奏するコンサートを描写した絵画があります。描いたのはドイツの画家「アドルフ・フリードリッヒ・エルトマン・…

  • 第5893篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(35)

    「フリードリッヒ大王」が当時、超一流だった音楽家たちを宮廷に集められたのはよほど財力があったということでしょう。ヴァイオリンのグラウン、同じくフランツ・ベンダ…

  • 第5892篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(34)

    「サンスーシ宮殿」は国王「フリードリッヒ2世」が1745年‐1745年の僅か2年で建てさせた「夏の離宮」でしたが、国王自身が政治的機能から切り離されたこの離宮…

  • 第5891篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(33)

    私自身、バロック時代の横笛「フラウト・トラヴェルソ」を演奏して40年。その楽器の名演奏家で作曲家の「ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ(J.J.Quantz 169…

  • 第5890篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(32)

    2026年1月16日(金)午前10時過ぎ、ベルリンの南西30Kmに位置する「ポツダム」中央駅に到着しました。この地にある「サンスーシ宮殿」を訪問するためです。…

  • 第5889篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(31)

    一流の「ベルリン国立歌劇場」でのオペラ、音楽の美しさ、演技の質、演出の巧みさ、舞台美術の美しさにおいて聴衆を満足させたことは間違いありません。スタンディング・…

  • 第5888篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(30)

    歌劇『トスカ』の主役「トスカ」は有名な女流ソプラノ歌手。画家でトスカの恋人「カヴァラドッシ(テナー)」、ローマ市の警視総監「スカルピア男爵(バリトン)」、前ロ…

  • 第5887篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(29)

    「オペラ」の題名の多くはその主役の名前が付けられます。「タイトル・ロール(Title Role)」と呼ばれる役柄が主役を指すためで、「表題役」とも言います。(…

  • 第5886篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(28)

    オペラには「序曲」や「間奏曲」が組み込まれています。オーケストラの演奏音楽でオペラ全体の性格やあらすじの予告がなされます。しかし、プッチーニのオペラには「序曲…

  • 第5885篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(27)

    初めて聴く「オペラ」を鑑賞する時、登場人物とあらすじを事前に学びます。基本的にオペラは作曲者の言語での上演です。プッチーニの『トスカ』はイタリア語で字幕はドイ…

  • 第5884篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(26)

    「ベルリン国立歌劇場」は第二次大戦の爆撃によって完全に破壊され、1955年に再建。普通に考えて、戦後復興費と被災国保障だけでも高額費用を要する中、生活に直接必…

  • 第5883篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(25)

    1月15日(木)午後7時30分開演、「ベルリン国立歌劇場」G.プッチーニ作曲、歌劇『トスカ』。午後6時30分、宿泊ホテル「インターコンチネンタル・ベルリン」出…

  • 第5882篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(24)

    ワーグナーやモーツァルトの「ドイツ・オペラ」を聴きたいのですが、出かけた先で「イタリア・オペラ」公演が多かったです。今回の「ドイツ旅」日程で、「イタリア・オペ…

  • 第5881篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(23)

    私は「オペラ」ファンではありませんが、欧米を旅すると計画の中に「オペラ」鑑賞を入れます。「ベルリン国立歌劇場」でもS席2万円ほど。この料金で聴かない手はないだ…

  • 第5880篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(22)

    私自身、日本で「オペラ」を聴いたことがありません。オーケストラ演奏の方が好みだからです。ヨーロッパを旅すると主だった都市には「歌劇場」があります。石造りの歴史…

  • 第5879篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(21)

    ヨーロッパで単に「クラシック音楽」と言えば「オペラ」のことを指します。「オペラ」は歌・演技・舞踊・器楽・舞台の総合芸術、「クラシック音楽」は楽器演奏による芸術…

  • 第5878篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(20)

    撮影した初期ピアノの「フォルテピアノ(ドイツ語でハンマーフリューゲル)」はオリジナル。「パスカル・タスカン」1787年パリにて製作と表示されています。タスカン…

  • 第5877篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(19)

    この博物館、私がこれまで訪ねた博物館の中でも最も展示物の内容と数が充実しています。18世紀‐19世紀の古楽器を多く展示。ヴァイオリンの「ストラディバリウス」、…

  • 第5876篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(18)

    「ベルリンフィルハーモニー管弦楽団」の本拠地であるコンサートホール「フィルハーモニー」の近くに「楽器博物館」があるというので、地下鉄に乗って下車駅「Potsd…

  • 第5875篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(17)

    「ブランデンブルク門」から南へ100mほど歩いた場所に「ユダヤ人犠牲者記念碑」がありました。高さがまちまちのブロックの間は幾何学模様の迷路になっています。私と…

  • 第5874篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(16)

    「ブランデンブルク門」近くに「ドイツ連邦議会議事堂」は建っていました。薄汚い建物で威厳なし。1884年‐1894年、建造された帝国議会議事堂。1933年に不審…

  • 第5873篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(15)

    冷たい空気に晒されながら「博物館の島」にある「ペルガモン博物館」の工事の様子を撮影したあと、地下鉄「Uバーン」の24時間乗り放題チケットを購入していながらも、…

  • 第5872篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(14)

    真冬の薄暗い曇り空で寒い「ベルリン」市街に分散する観光スポットへ徒歩で目指すと防寒用にマスクを着けたくなります。私はコロナ禍以前から、真冬にマスクを着用。冷た…

  • 第5871篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(13)

    シュプレー川の中州にいくつもの博物館が建てられ、「博物館の島」と呼ばれています。そこに「ペルガモン博物館」はあります。ここに新バビロニア王国の「イシュタルの門…

  • 第5870篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(12)

    「ベルリン大聖堂」も「ベルリン国立歌劇場」からほど近い「博物館の島」の一角に建っています。巨大で立派なパイプオルガン」が設置されており、是非見たいと。どんより…

  • 第5869篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(11)

    ネットで鉄道路線図を参照することができます。ベルリン市街の路線図に訪問地の下車駅を『ペイント』ソフトで事前に落とし込んでいます。ロンドンの中心地は「ピカデリー…

  • 第5868篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(10)

    地下鉄の乗車券は国鉄在来線とバスも共通で使えます。ABCの3ゾーンに区分され、ゾーンABを買えばベルリン市街の移動はOK。24時間有効乗車券で12.4ユーロ(…

  • 第5867篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(9)

    2026年1月15日(木)、曇り気温1度。1996年‐1998年に駐在した英国の冬も同じような気候でした。寒く薄暗い。写真撮影には不向きな状況です。この日はベ…

  • 第5866篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(8)

    ベルリンの空港からホテルまでのアプローチ方法について、事前に調べています。ベルリン空港駅から「ベルリン中央駅」まで列車、そして中央駅からホテルへはタクシー。午…

  • 第5865篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(7)

    1月14日(水)午前9時15分、ドーハ「ハマド国際空港」発「ベルリン」行きカタール航空QR-81便は定刻に離陸。安定飛行に入り、食事のサービス。ちょっと早めの…

  • 第5864篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(6)

    カタールは石油・ガスの産出国で大金持ち。カタール航空便を購入すると「燃油サーチャージ」は不要です。ビジネスクラスは半個室でワイン・食事も日系航空会社よりワンラ…

  • 第5863篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(5)

    カタールは日本とマイナス6時間の時差。午前6時35分、真っ赤な太陽が地平線から昇る光景を窓越に眺めながらドーハ「ハマド国際空港」に到着です。気温20度。中東カ…

  • 第5862篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(4)

    2026年1月13日(火)午後11時30分、羽田空港発ドーハ行きQR-4851便は定刻に出発。カタール航空便でチケット購入していますが「ワンワールド」アライア…

  • 第5861篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(3)

    私の海外旅行計画は航空券の予約購入から始まります。出発予定日の10ヶ月前から活動開始。1月のヨーロッパは旅のオフシーズン。航空券・ホテルともに安く購入できます…

  • 第5860篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(2)

    日時:1月15日(木)午後7時30分開演会場:ベルリン国立歌劇場指揮:ジュゼッペ・メントゥッチャ演奏:ベルリン国立歌劇場管弦楽団曲目:ジャコモ・プッチーニ作曲…

  • 第5859篇:2026年1月「ドイツ音楽紀行」(1)

    2026 年1月13日(火)‐22日(木)の旅程で、「ベルリン」「ポツダム」「ラ イプツィヒ」「ケーテン」を訪問。「ライプツィヒ」と「ケーテン」はJ.S.バッ…

  • 第5858篇:2025年10月「インド紀行」(87)

    2025年11月4日(火)、インド旅最後の日のランチをまた「ミッタル」さんと「ラージ・クマール」さんからご招待。お二人のご配慮で旧日航ホテル「ザ・メトロポリタ…

  • 第5857篇:2025年10月「インド紀行」(86)

    「ロブスター」と「伊勢海老」、英語では両方含めて大型の食用エビとして「ロブスター」と呼んでいるようです。メニューに「ロブスター」と書いてあったのでそのつもりで…

  • 第5856篇:2025年10月「インド紀行」(85)

    1530年、「ゴア」にポルトガル領インド総督府が置かれ、ポルトガル支配下で香辛料貿易の拠点となります。カトリック教徒はイスラム教やヒンドゥー教ではタブーとされ…

  • 第5855篇:2025年10月「インド紀行」(84)

    「ミッタル」さんは「ヴェジタリアン」。「パニール・ティッカ」という「タンドール」で焼くカッテージ・チーズの串焼きを注文。これもまた美味です。「ラージ・クマール…

  • 第5854篇:2025年10月「インド紀行」(83)

    因みに「パンジャブ州」はターバンを巻いた「シーク教徒」の人々が暮らす世界。首都「アムリトサル」にある「シーク教」本山の黄金寺院(Golden Temple)を…

  • 第5853篇:2025年10月「インド紀行」(82)

    日本人に広く知られている「タンドリー・チキン」や「ナーン」は「パンジャブ料理」。「タンドール」とは円筒形の粘土製のオーブン(窯)のこと。窯の熱源は炭。 火力が…

  • 第5852篇:2025年10月「インド紀行」(81)

    多民族、多言語、多宗教の巨大なモザイク国家と言われる「インド」。料理も十把一絡げ(じっぱひとからげ)で「インド料理」と括れません。頭に浮かぶだけでも「パンジャ…

  • 第5851篇:2025年10月「インド紀行」(80)

    2025年10月25日(土)、「ミッタル」さんと「ラージ・クマール」さんから「パンジャブ料理」のレストランへランチのお招きがありました。「ラージ・クマール」さ…

  • 第5850篇:2025年10月「インド紀行」(79)

    旅の楽しみのひとつに「Dining(食事)」があります。世界5大料理として広く認知されているのは「フランス料理」「イタリア料理」「スペイン料理」「中国料理」「…

  • 第5849篇:2025年10月「インド紀行」(78)

    運転手の「ファルハン(Farhan)」さんは23歳。英語も分かり易く、気が利いています。その名はイスラム教徒。「ゴア」で最も歴史ある「モスク」があるので見て欲…

  • 第5848篇:2025年10月「インド紀行」(77)

    間歇的に降る雨はやがて上がり、寺院の参道を歩き出しました。寺院の床は雨でびしょびしょ。寺院への入館は靴を脱いで下駄箱に置くこと。参拝のヒンドゥー教徒たちは皆、…

  • 第5847篇:2025年10月「インド紀行」(76)

    「オールド・ゴア(旧ゴア)」の世界遺産サイトを訪問した後、運転手が案内したのが「ヒンドゥー教寺院」です。インドの総人口の約80%は「ヒンドゥー教徒」で、「イス…

  • 第5846篇:2025年10月「インド紀行」(75)

    日本でのミッションを終えた「ヴァリニャーノ」は、ヨーロッパと日本の相互理解を得る使者として、遣欧使節を連れて行くことを思い立ちます。そして、選ばれたのが前述4…

  • 第5845篇:2025年10月「インド紀行」(74)

    松田毅一著『南蛮巡礼』の中に、天正遣欧少年使節の話があります。学校で習った、「伊東マンショ」、「千々石ミゲル」、「中浦ジュリアン」、「原マルチノ」4少年の話で…

  • 第5844篇:2025年10月「インド紀行」(73)

    「オールド・ゴア(旧ゴア)」に遺る往時の僅かな建造物である、1605年建造の「ボム・ジェズ教会」、1521年建造の「聖フランシス教会(Church of St…

  • 第5843篇:2025年10月「インド紀行」(72)

    当時、60にもおよぶバロック、ルネッサンス、ゴシック様式のカトリック聖堂や宮殿が「ゴア」に建てられました。16世紀末の「ゴア」は繁栄の最盛期となり、人口も20…

  • 第5842篇:2025年10月「インド紀行」(71)

    「ゴア」は16世紀初頭、スンニ派イスラム朝・ビジャープル王国(1490年‐1686年)の支配下にありました。1510年、ポルトガル艦隊を率いるアフォンソ・デ・…

  • 第5841篇:2025年10月「インド紀行」(70)

    「ザビエル」の遺体は10年に1度公開されています。前回の公開が2024年だったので、次は2034年。私は81歳になりますので、インド訪問の気力体力は残っていな…

  • 第5840篇:2025年10月「インド紀行」(69)

    聖人に列せられている「ザビエル」の遺体が何故異国の地インドに今でも安置されているのか?航海士「ヴァスコ・ダ・ガマ(1460年頃生‐1524年没)」は1524年…

  • 第5839篇:2025年10月「インド紀行」(68)

    ザビエルはポルトガル王ジョアン3世(1502年生‐1557年没)に東インド布教を要請され1542年、「ゴア」に着任。ここを拠点に東方布教に力を注ぎ1549年、…

  • 第5838篇:2025年10月「インド紀行」(67)

    「パナジ教会」とポルトガルの街並みを見た後、「オールド・ゴア」へ移動。ここには世界遺産の3つのサイトが集まっています。その中で最も注目されているのが「ボム・ジ…

  • 第5837篇:2025年10月「インド紀行」(66)

    「パナジ教会」の周辺にポルトガル時代の街並みが広がっています。教会を建ててその周囲に住居ができる。生活の中心にある信仰。教会に出かけて神に祈りを捧げます。日本…

  • 第5836篇:2025年10月「インド紀行」(65)

    最初に訪れたのはゴア州の州都「パナジ」にある「パナジ教会」。ポルトガル植民地時代、「ゴア」の都は「オールド・ゴア(旧ゴア)」だったがペスト蔓延で1843年に「…

  • 第5835篇:2025年10月「インド紀行」(64)

    2025年11月1日(土)午前10時、曇り時々雨の中、運転手の「ファルハン(Farhan)」さんが宿泊ホテル「Taj Cidade de Goa Herita…

  • 第5834篇:2025年10月「インド紀行」(63)

    「ゴア」は長きに渡ってポルトガルの植民地だったことからコロニアルの雰囲気を色濃く残す町並みや1986年に「ゴアの教会群と修道院群」として世界文化遺産に登録され…

  • 第5833篇:2025年10月「インド紀行」(62)

    ポルトガルの航海士、ヴァスコ・ダ・ガマ(1469年頃生‐1524年没)がアフリカの喜望峰を回ってインドの西海岸・ケララ州にあるカリカット(現コジコード)に上陸…

  • 第5832篇:2025年10月「インド紀行」(61)

    「ゴア」はアラビア海で獲れる海産物が楽しめます。天気よければビーチで海産物のバーベキューもあるそうですが、「モンスーン(雨季)」のような天候では叶いません。ホ…

  • 第5831篇:2025年10月「インド紀行」(60)

    2025年10月31日(金)午後11時40分、「デリー空港」を飛び立ったエアー・インディアAI-883便は「ゴア空港」午後2時25分に到着。空港ターミナルを出…

  • 第5830篇:2025年10月「インド紀行」(59)

    インド内務省が定めるインド6地域で「ゴア」は「西インド」に区分されていますが、「西インド」の最南端であり南インドと接してアラビア海に面したケララ州と気候風土が…

  • 第5829篇:2025年10月「インド紀行」(58)

    1985年‐1986年、ケララ州コーチン(現コチ)に駐在していた時、初めて「ゴア」を訪問。私のインド勤務は2002年‐2016年のグジャラート州バローダ(現ヴ…

  • 第5828篇:2025年10月「インド紀行」(57)

    遠藤周作著『深い河』を読んでヒンドゥー教最大の聖地「ベナレス(ヴァラナッシィ)」を訪問。氏の織田信長の時代を描いた歴史小説『反逆』に書かれていたインドの「ゴア…

  • 第5827篇:2025年10月「インド紀行」(56)

    午後6時10分、「デリー空港」に到着。翌日となる10月31日(金)は南インド「ゴア」訪問です。「バグドグラ空港」から「ゴア空港」行きフライトがあればいいのです…

  • 第5826篇:2025年10月「インド紀行」(55)

    午後3時50分、エアー・インディアLCC「IX-1185」便は「バグドグラ空港」を出発。雨は既に上がっていましたが曇りです。天候よければ空港を出発して間もなく…

  • 第5825篇:2025年10月「インド紀行」(54)

    インドの空港ではターミナルを入る時「E-ticket」か事前に発行されている「電子搭乗券」とパスポートか身分証明書が必要です。これらがないと、ターミナルへ入れ…

  • 第5824篇:2025年10月「インド紀行」(53)

    朝食を終えて午前8時50分、宿泊ホテル「ジ・エルギン・ダージリン(The Elgin Darjeeling)」を出発。標高2150mの「ダージリン」から100…

  • 第5823篇:2025年10月「インド紀行」(52)

    2025年10月30日(木)午前3時に目覚めて部屋の窓から外を見ると強い雨が降っています。デリーの旅行代理店との移動車契約では早朝の「タイガーの丘」からの「カ…

  • 第5822篇:2025年10月「インド紀行」(51)

    英国植民地時代に建てられた「バンガロー」。トイレ・シャワー・洗面台がついた部屋が3つあるという。客人をホテル代わりに泊められるよう設計されています。次回は是非…

  • 第5821篇:2025年10月「インド紀行」(50)

    午後3時、ダージリンのホテルまで2時間を要することからお暇(いとま)しようと告げたところ、「妻が食事を作っているので食べて行って下さい」とチョウベ氏。インドの…

  • 第5820篇:2025年10月「インド紀行」(49)

    雨が上がったのを見て、茶畑に連れ出されました。あちこちに豪雨の傷跡があります。「オータムナル・フラッシュ」の生産は11月一杯続くとのこと。ダージリン紅茶の茶葉…

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