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困った時はダンマパダ、スッタニパータで悟りを開く http://76263383.at.webry.info/

題を「困った時はダンマパダ」から「困った時はダンマパダ、スッタニパータで悟りを開く」に変更しました。

ダンマパダ423詩の解説を何回か終えた段階で、少し趣を変えて、異なるお経の勉強を始めようという思いに至りました。どのお経を選択するかいろいろ迷いましたが、毎日少しずつ勉強するのに都合がよく、仏教を勉強する人たちに人気のあるお経として、スッタニパータを選びました。

ワンギーサ
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2009/08/08

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  • 石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その4)」

    ここから、仲基の代表作である『出定後後』を見て参ります。 『出定語後』の第一章では、釈尊入滅後の三蔵(経蔵・葎蔵・論蔵)の編纂や、根本分裂(上座部や大衆部の二大分裂)や枝末分裂(約十八~二十の部派に分裂)について述べています。 また「有(う・存在)を前提とする立場は小乗とされた」ことに言及し、これに対して「空」という思想を加上したのが『般若経』を制作したグループであったと述べています。   仏教…

  • 「無分別智(その20)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その20。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [こだわってはならない] 無分別智は、何かにこだわることによって得られるものではありません。 無分別智は、何ものにもこだわらないところから出てくるものであるからです。 しかしながら、意識的にこだわりを捨て去ることによって、そのことによって直接的に得られるものではありません。 …

  • 「無分別智(その19)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その19。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [努力の結果ではない] 無分別智は、世間的な努力やいわゆる修行・鍛錬の結果得られるものではありません。 無分別智は、努力無しに生じたものであると(知る人は、それを目撃した人は)知るからです。 *法津如来のコメント また、先日の知人から「(あなたのブログは)やっぱりさっぱりわか…

  • 「無分別智(その18)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その18。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [師は無用] 無分別智は、師(グルと呼ばれる存在を含めて)が近くにいるかどうか、 師と仰ぐ人がいるかどうか、 師と仰ぐ人の言葉を胸に秘めているかどうか、 あるいはまだ見ぬ師に憧れ尊敬する気持ちがあるかどうか、 師を探し求めているかどうか、 などとは無関係に顕れ出るものです。 …

  • 「無分別智(その17)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その17。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [信仰ある人からも現出する] キリスト教徒やイスラム教徒、その他のあらゆる一神教や多神教を信仰する人から無分別智が現出しないというのではありません。 無分別智が現出するかどうかは、一大事の局面においてその人がそれらの信仰から離れているかどうかによって決まるからです。 逆に言えば…

  • 石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その3)」

    仲基の方法論において、私自身経典を学んできて感じるのは「加上」(かじょう)ということです。私は、原始仏教経典の『阿含経』を専門に学んで参りましたが、とにかく量的に莫大です。同じような・似たような経典も多いし、繰り返しもとても多いです。繰り返しが多いのは、修行者が記憶しやすくするための手段として用いたと考えておりましたが細部は不明です。   釈尊滅後すぐに行われたという、第一結集(けつじゅう)で唱…

  • 「無分別智(その16)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その16。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [超越者の啓示ではない] 無分別智は、神の啓示として顕れ出るものではありません。 もちろん、それに類似する他の表現である宇宙生命とか一大心霊とか超意識とか異次元世界の賢人とかからの啓示として顕れるものでもありません。 無分別智を得るということについては、いかなる超越者も仮定する…

  • 「無分別智(その15)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その15。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [善・悪を超越している] 無分別智は、相手の悪意が本当は悪意ではないものであると (意識することなく、しかも相手よりもそのことを遙かに深く)知って、 自らは善意を超えた善意(真如)を以て相手に応えようとするところから顕れ出るものです。 なお、これを煩悩即菩提とも呼びならわします。 …

  • 「無分別智(その14)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その14。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [非合理・合理を超越している] 無分別智は、分別ではないところから生じるからといって非合理なものではありません。 かといって、何らかの精神作用の手続きによって合理的に得られた結論でもないのです。 無分別智は、非合理・合理を超越していると(知る人は)知るからです。 それは、究…

  • 石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その2)」

    仲基の著作は、十余編あると言われておりますが現在全文を読む事が出来るのは、『出定後語』、『翁の分』、『楽葎考』の三著作のみです。 その中で有名なのが、『出定後語』(しゅつじょうごご)と題された書物です。この著作は、仲基が逝去する約九ヶ月前に刊行されたようです。 仲基の著作の特色は、オリジナリティあふれる方法論や思想です。何より、独創性があると言うことですが、それは誰もがすぐ「そうだな」と理解出…

  • 「無分別智(その13)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その13。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [必然でなく、偶然でもない] 無分別智は、必然的に生じたものではありません。 その一方で、無分別智は偶然に得られるものでも無いのです。 無分別智は、因縁によって生じたものであると(知る人は)知るからです。 *法津如来のコメント 必然的とは、ある原因があってその結果がある…

  • 「無分別智(その12)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その12。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [意識に拠らず、無意識にも拠らない] 無分別智は、意識に拠って生じるものではありません。 その一方で、無分別智は無意識に拠って生じたものでも無いのです。 無分別智は、意識乃至無意識のさらに奥にある何かに拠っていると(知る人は)知るからです。 すなわち、無分別智(仏智)は、…

  • 「無分別智(その11)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その11。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [外的要因では無く、内的要因でも無い] 無分別智は、外的要因によって生じたものではありません。 その一方で、無分別智は内的要因によって生じたものでも無いのです。 無分別智は、外的および内的なあらゆる感受を排したところから生じたものであると(知る人は)知るからです。 *法津如…

  • 石法如来の特別寄稿「富永仲基(とみながなかもと)について。(その1)」

    私が、富永仲基(とみながなかもと)の存在を知ったのは今から40年ほど前、阿含宗に所属していた時代です。管長の桐山靖雄(きりやませいゆう)が、自宗の依拠している経典である『阿含経』の正当性を法話や著書で宣伝する際、彼の説を利用していたからです。 おそらく、現代日本において富永仲基の名前は全く無名に近く、知る人などほとんど居ないことでしょう。この名前を聞いても、「誰それ?」という方が大半でしょうが…

  • 「無分別智(その10)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その10。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [木石ではない] 無分別智は、自分のこころを木石のように頑なにして、何事にも影響されないようにすることではありません。 無分別智は、この世で一番柔和なこころであると(知る人は)知るからです。 最も柔和にして、しかも揺るぎなき最強のこころ。 それが無分別智であると、(知る人は…

  • 「無分別智(その9)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その9。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [そのままでよかったのではない] 無分別智は、それを知る前と後で実は何も変わらず、そのままの自分でよかったのだということを(見解として)認知することではありません。 なぜなら、無分別智を生じたとき、その前と後では明らかに自分が変わったことをはっきりと知るからです。 しかしながら、…

  • 「無分別智(その8)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その8。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [自然体ではない] 無分別智は、俗に言う自然体から出てくるものでもありません。 自然体という意味が、いろいろと考え抜いた結果や諸々の経験を踏まえ、その最後のところは自然に任せるという深い意味であったとしても、そこから無分別智がでてくることは無いのです。 無分別智は、正しい熱望の結…

  • 石法如来の特別寄稿「経典に習う。」

    以前記事にも書きましたが、仏教思想に触れる人は稀です。・・・更に、経典を学ぼうとする人は少数派で有り、極めようとする人は皆無に等しいくらい少ない。それが現実です。 私自身も、この世界に70年ほど生きておりますが、仏教思想を学ぼうとしている人にすらお目にかかったことはありません。   仏教の思想は難しいと言われますが、私の場合はほとんど独学です。ただ、最初に出会ったのが釈尊直説の教えに最も近いと言…

  • 「無分別智(その7)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その7。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [これ見よがしな行為を生じない] 無分別智は、これ見よがしな行為を生じることはありません。 それは、愛する人を援助するとき、これ見よがしなことは一切しないことに似ています。 *法津如来のコメント 「これ見よがし」とは「得意になって人に見せびらかしたり当てつけがましくしたりする…

  • 「無分別智(その6)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その6。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [自由奔放ではない] 無分別智は、自分だけが煩いから脱れ、自分だけが自由奔放に生きていくということを後押しするものではありません。 無分別智は、独りよがりな独断専行の動機とはなり得ないのです。 無分別智は、善き行為のみを生むものであると(知る人は)知るからです。 *法津如来…

  • 「無分別智(その5)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その4。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [何も考えないことではない] 無分別智とは、何も考えないから得られるというものではありません。 しかしながら、無分別智は、何も考えないで出てきた智であるのは確かです。 それにもかかわらず、あらゆる分別や哲学的見解よりもすぐれているという不可思議な智のことです。 無分別智がどの…

  • 「無分別智(その4)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その3。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [気づきではない] 無分別智は、気づくことで得られるものではありません。 かといって、何ものかに気づかされた結果得られるものでもありません。 無分別智は、正しく気をつけることによってもたらされるものですが、気づきでも、気づかされでも無いのです。 強いて言えば、無分別智とは、気…

  • 「無分別智(その3)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その3。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [ひらめきではない] 無分別智は、ひらめきによるものではありません。 ひらめきによって何かを得た場合には、本人に”ひらめいた”という意識が伴います。 無分別智には、そのような意識が生じません。 ですから、無分別智はひらめきではありません。 無分別智は、ひらめきではない以上…

  • 石法如来の特別寄稿「『独り』この道を歩む。」

    なぜ仏道の修行は、独りで行じなければいけないのか?・・・修行者なら誰もがいだく疑問です。 私は、自分自身の過去を振り返り「覚り」に至ることが出来たのは、ひとえに自分自身を信じ独りゆく修行を行じてきたからに他ならない、という思いを強く持ちます。   私自身は、28歳から阿含宗という新興宗教団体に所属し仏教を学んで参りましたが、当時教団内部において仏教の経典(特に、阿含経)をしっかり学んでいる人間を…

  • 「無分別智(その2)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その2。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [分別から出てくることはない] ここで、分別とは、人が生まれてこの方得たあらゆる経験要素や、人類がその長い歴史において集積したあらゆる集合的要素によって導出される人為的な思惟弁別作用のことを指しています。 分別としての思惟弁別作用には、論理的(分析的)に得られるものもあり、直感的(弁…

  • 「無分別智(その1)」

    SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その1。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [実は二つあります] 無分別智には、実は2つあります。 一つは、覚りの境地に至るその直前においてそれが無分別智だと如実に認知されるそれ(根本智)であり、もう一つは、覚りの境地に至った後で、あらゆる行為を無分別に行いつつもそれが完全なる智慧、すなわち無分別智に他ならないことが後付けで認…

  • 「もう一つ、大切なコメント」

    昨日のブログ記事で、「実はもう一つ、大切なコメントもあったのですが、今回のテーマと少し離れるので省略させていただきます。」と書きましたが、今日はそのコメントを取り上げます。 hal 2021年03月07日 19:51 ここに https://76263383.at.webry.info/201702/article_1.html これを 貼らせて頂くこと おゆるしくださいませ。 このURLは、SRKWブッダのホーム・ページの「無分別智」の項の引用です。 その内容は…

  • 慈栄のメール「むしろ人間になって」記事へのコメント

    3月7日の記事「慈栄のメール『むしろ人間になって』に、ここで注目したい二つのコメントがありました。 その一つはhsさんのコメント、以下そのコメント。 力強い言葉。 ブッダが量産されていく... いい時代だ。 僕も続くぞ。 突き抜けろ。 大気圏。 もう一つは、あさみさんのコメント、以下そのコメント。 生存する如来の皆様のことばに触れることができる時代に生まれた幸せは計り知れません。 …

  • 「恕(じょ)すこと」

    3月5日のブログで、「恕(じょ)すこと」について言及しました。 恕(じょ)という言葉は、日常あまり使わない言葉です。 私が初めてこの言葉を目にしたのは、高校の漢文の授業です。 論語の中の言葉で次の文章でした。 子貢問うて曰く、「一言にして以って終身之を行うべき者あるか」。 子曰く、「それ恕か。己の欲せざる所人に施すなかれ」。(衛霊公第15) (口語訳:子貢がたずねた。「たった一言で、一…

  • 慈栄のメール「仏教知識はどんな知識?」

    青少年時代の事を思ってみてください。 ある青少年が道を外れて非行に傾いた時、彼の友人は言うでしょう。 「お前らしくないぞ」 「馬鹿なことはやめておけ」 「お前にとってそれが本当に大事な事なんだったら、俺は止めない」 「心配するな、(みんな)待ってるぞ」 ・・・ さて、これらの言葉は果たして知識と言えるでしょうか? ブッダ(我らの善き友)の言葉も実はこのようであると知られます。 ブッダの教…

  • 慈栄のメール「むしろ人間になって」

    余計な執著が滅び、人への不信が無くなり、他への慈があって、私はむしろ、人間になれたんじゃないかと思うことがあります。 仏やブッダ、如来と聞いて、ある人々は超越的な存在を思い浮かべて、それに執心する。 そのような人にとっては、仏教組織を離れ、自ら解脱したと称する人々が訝しく思われることもあると思う。 場合によっては、血の滲む努力によって種々の神通や法力、目に見えない力や超常的な智慧を備えて人々…

  • 石法如来の特別寄稿「真実はどこに?(その9)・・・見えるものと見えないもの。」

    アメリカ大統領選挙を主題材に、この世の虚妄について考え色々書いて参りました。書き進めた動機は(その1)で少し触れたように、私自身毎日虚妄なるものを見(観)て、非常に分かりやすい日常の展開(事象)は、修行の参考になるであろうと考えたからです。 分かりやすく理解しやすい事象であるが故に、「それを、そうである」とたしかに認識・認知する力を持つ(あるいは、持っている)ならば、仏道の修行にもすんなり入っ…

  • 「慈栄如来からのメール」

    昨日、慈栄如来からメールを頂きました。心の静まる文章ですので、ご本人の許可により引用させて頂きます。 (以下引用) 今朝はコメントを引用してくださっていましたね^^ それについて、少しコメントをつけようと思ったのですが、直接ブログに書き込むのではなく、メールにしておこうと思いました。最近は、解脱以前の事についてアレコレ思案することも無くなり、問われれば答える程度、機会がある時には話す程度に思…

  • 「聞いて心の静まる言葉」

    昨日の引用したダンマパダの偈では、「聞いて心の静まる有益な語句を一つ聞くほうがすぐれている。」という言葉が語られていました。最近では2月22日のブログ慈栄ブッダの言葉はそのような語句でした。 https://76263383.at.webry.info/202102/article_24.html (以下引用) 速やかに 覚りの境地には速やかに至る。 修行者それぞれに、求道者それぞれに、因縁に導かれた道が存在するでしょう。 その道は、速やか…

  • 「ダンマパダ100偈、101偈、103偈」

    今回は久しぶりにダンマパダの偈を引用します。 100 無益な語句を千たびかたるよりも、聞いて心の静まる有益な語句を一つ聞くほうがすぐれている。 101 無益な語句よりなる詩が千あっても、聞いて心の静まる詩を一つ聞くほうがすぐれている。 102 無益な語句よりなる詩を百もとなえるよりも、聞いて心の静まる詩を一つ聞くほうがすぐれている。 (中村元訳「真理の言葉・感興のことば」より引用) …

  • 石法如来の特別寄稿「真実はどこに?(その8)・・・国家の行く末と明治維新」

    先に紹介した、ヤフーニュース「アメリカ人だからこそ言いたい、この大統領選挙には納得できない」(2021.2.14・現代ビジネス)に、アメリカの最近の世論調査によるとドナルド・トランプ氏の支持者の75%、バイデン支持者の35%がJ・バイデン氏が大統領選挙に勝利したことを信じていないという結果が出ているようです。                           大統領に就任したバイデン氏は、数週…

  • 「友人からの質問と回答」

    ある友人から次のようなメールが来ました。(公開は本人の許可済み) (以下引用) おはようございます。質問させていただきます。 父親が厳しい半面、母親に甘やかされて過保護に育つと「してもらって当然」という傲慢な『自己の特別性』という根拠のない自信が潜在意識に浸透した行動をとるようです! 知り合いから相談されて『これは自分にも当てはまる』と感じました! 根拠のない自己信頼はある面で、「不器用な人に…

  • 「相談依頼人との対談、その後」

    相談依頼人と対談したのは2月24日でした。その二日後2月26日に彼から次のようなメールを頂きました。(この内容を公開することは本人の許可を得ています。) ・・・・・・ 「心境の変化があったのでご報告致します。 今まで自分が必死に追い求めていたものが実は追い求める必要がないものであると気付きました。 幸福も不幸もワンセットであり幸福を求めればもれなく不幸もついてくる表裏一体であるということ…

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